鳥取地方裁判所 平成3年(わ)10号 判決 1991年4月30日
国籍
韓国慶尚南道河東郡河東邑豆谷里五〇九
住居
鳥取市大覚寺一七〇番地一三
パチンコ遊技場業
松田鐘文こと全鍾文
一九五九年二月九日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官小野公夫出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役二年及び罰金九〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、鳥取市秋里三四五番地及び同所三四五番地の二において「ワールドカップ」及び「ワールドカップⅡ」の名称でバチンコ遊技場業を営むものであるが、自己の所得税を免れようと企て、所得税の確定申告に際し、所得金額に関する収支計算書を行わず、適宜の金額を計上する、いわゆる「つまみ申告」を行う方法により所得の一部を秘匿したうえ、
第一 昭和六一年分における実際の総所得金額は一億五〇〇万四七八三円でこれに対する所得税額は五九三二万九八〇〇円であるにもかかわらず、昭和六二年三月一四日、同市東町二丁目三〇八番地所在の所轄鳥取税務署において、同税務署長に対し、同年分の総所得金額は一七二三万五〇〇〇円でこれに対する所得税額は四五三万五七〇〇円である旨の虚偽の所得税の確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額と申告税額との差額五四七九万四一〇〇円を免れ
第二 昭和六二年分における実際の総所得金額は二億二九四四万八八三六円でこれに対する所得税額は一億二八八八万六〇〇円であるにもかかわらず、昭和六三年三月一二日、前記鳥取税務署において、同税務署長に対し、同年分の総所得金額は二〇八四万円でこれに対する所得金額は六〇七万五〇〇〇円である旨の虚偽の所得税の確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額と申告税額との差額一億二二八〇万五六〇〇円を免れ
第三 昭和六三年分における実際の総所得金額は二億三八六八万六四九円でこれに対する所得税額は一億三二二七万二七〇〇円であるにもかかわらず、平成元年三月一四日、前記鳥取税務署において、同税務署長に対し、同年分の総所得金額は三〇八三万五五〇〇円でこれに対する所得税額は一〇五一万五〇〇〇円である旨の虚偽の所得税の確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額と申告税額との差額一億二一七五万七七〇〇円を免れ
たものである。
(証拠の標目)
判示全部の事実について
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書五通
一 被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書二一通
一 検察事務官作成の捜査報告書二通
一 姜博の検察官に対する供述調書二通
一 崔守奉(六通)、全佳子、西尾哲彦(三通)、野上喜久、姜博(二通)、スーザン・J・メナデュー・チョン、澤田伊人、河本大策、太田寿明、鎌之真澄、松本秀明、小谷篤與の大蔵事務官に対する各質問てん末書
一 崔守奉の検察官に対する供述調書
一 大蔵事務官向井知道作成の売上高調査書、雑収入調査書、仕入高調査書、給料賃金調査書、地代家賃調査書、租税公課調査書、荷造運賃調査書、水道光熱費調査書、旅費交通費調査書、通信費調査書、広告宣伝費調査書、接待交際費調査書、損害保険料調査書、修繕費調査書、消耗品費調査書、福利厚生費調査書、雑費調査書及び調査事績報告書四通
一 大蔵事務官小田原和政作成の期首商品棚卸高調査書、期末商品棚卸高調査書、減価償却費調査書、利子割引料調査書、固定資産除却損調査書、申告事業所得調査書、利子所得調査書、配当所得調査書、不動産所得調査書、譲渡所得調査書、雑所得調査書、社会保険料控除調査書、生命保険料控除調査書、寄付金控除調査書、所得控除の合計額調査書、配当控除調査書、源泉所得税調査及び調査事績報告書
判示第一の事実について
一 押収してある六一年分の所得税の確定申告書(平成三年押第四号の1)
判示第二の事実について
一 押収してある六二年分の所得税の確定申告書(平成三年押第四号の2)
判示第三の事実について
一 押収してある六三年分の所得税の確定申告書(平成三年押第四号の3)
(法令の適用)
被告人の判示各所為は、各年度ごとに所得税法二三八条に該当するところ、いずれも同条後段により同条前段所定の懲役刑と罰金刑とを併科することとし、罰金刑についてはいずれも同条二項を適用し、右は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で、被告人を懲役二年及び罰金九〇〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の事情)
本件は、被告人が、その経営するパチンコ遊技場収入の確定申告に際し、三年度にわたり虚偽の申告書を提出して合計二億九九三五万円余りの所得税を免れたという所得税法違反の事案であるところ、被告人は、将来経営上不測の事態あるときに備えたい、あるいは借入金の返済にあてたいなどの気持ちから、いわゆるつまみ申告をなしていたというもので、結局は利欲に走ったと言えるその動機に同情すべき点はなく、本件が巨額の脱税であり、加えていずれの年度も九〇パーセントを超えるという極めて高い逋脱率の脱税である点に照らしても、犯行は重大かつ悪質であると言わなければならない。かかる犯行が横行するときは、国家財政を危殆に瀕せしめるとともに、国民の納税意欲を減退せしめ、ひいてその規範意識をも揺るがすなど国家の存立基盤を脅かしかねないものであるから、本件の犯行態様、ことに仮名定期預金をなしていた点なども合わせ考えると、被告人の刑事責任には重いものがあると言わなければならない。しかしながら、他方、被告人は税務当局の査察段階から、事実を素直に認め犯行の詳細について自ら供述するなど、調査への協力的姿勢と反省の情を示していること、被告人は開業当初は未だ大学生の身であり経営面では父親の強い関与の下にあって確定申告についてもその影響を免れていなかったことが窺え、本件時からはその関与等もなくなっていたものの、被告人において申告内容を急変することに躊躇した経緯があったこと、犯行態様は比較的単純で、積極的に種々工作を弄した形跡は窺われないこと、本件パチンコ遊技場経営はその後法人化しているところ、依頼した税理士において被告人に関する会社・個人の申告関係の適性を期し被告人の指導監督に当たることを誓っていること、本件についてはその後修正申告が行われ、被告人から支払われた本件関連の本税・重加算税、延滞税、市県民税等は合計約七億六〇〇〇万円にのぼり、また、本件が起訴時並びに公判の都度新聞報道されるなど相応の社会的制裁も受けていると言えること、被告人には妻と幼児・学童である子らの扶養すべき家族がおり、被告人の服役は家族の生活と将来に甚大な影響を及ぼすであろうこと、被告人が個人あるいは法人の形で雇用する従業員は約一〇〇名にのぼり被告人の服役はこれら従業員とその家族の生活にも影響を与えるであろうこと、被告人には交通関係の罰金前科以外前科は全くないこと、被告人において反省の情を表すため日本赤十字社に贖罪寄付を行っていることなど被告人に有利ないし斟酌すべき事情も認められるので、以上被告人に有利不利な一切の情状を総合考慮のうえ、被告人に対しては社会内における更生の機会を与えるを相当と思料し、主文掲記の刑を量定したうえ、その懲役刑の執行を猶予することとした次第である。
よって主文のとおり判決する。
(裁判官 小池洋吉)