鳥取地方裁判所 昭和40年(ワ)85号 判決
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〔判決理由〕4 そこで、被告日の丸ハイヤーの免責の抗弁(前記5)について考えるに、<証拠>によると次のとおり認められる。
本件事故の発生した道路は千代川に沿いその堤防上を南北に走る見通しの極めてよい幅員六・八米の直線の簡易舗装の道路(右幅員のうち両側各約八〇糎の部分は非舗装部分の幅員である)であり、本件事故現場附近の道路の東側には千代川が、西側には鳥取自動車学校が存在し、同道路のこの附近には速度制限がない(従つて普通乗用自動車のこの附近の法定最高速度は時速六〇粁)ところ、被告日の丸ハイヤーのタクシー運転手たる佐々木は前記のように原告とその子供二人計三名を乗客として本件自動車日野コンテッサの後部シートに乗せ、原告の指示に従い鳥取市賀露町に赴くべく右道路上、右道路の左側(すなわち道路の西側端)を時速約四五粁で北進し本件事故現場に差しかかつたのであり、衝突地点の約七四米手前の地点において自己の前方約一〇〇米のところを同道路の中央附近を南進してくる対向車たる本件自動車マツダクーペを認めたのであるが、佐々木運転手としては対向車においても自車が同道路西側を北進中であることを認めている筈であり道路の幅員にも余裕があるので、両車の接近にしたがい、対向車において道路中央の進路から左側(東側)通行の進路をとるようになるか、少くとも中央附近の進路を持続するものと信頼し、当然対向車と安全に行き交うことができると判断し、道路舗装部分のぎりぎり西側部分をそのままの速度で北進をつづけたのであるが、両車が漸次接近するにもかかわらず、対向車はその進路をかえないのみかますます同道路の西側寄りに寄りながら南進してくるので、対向自動車の運転者の異状を感じ、かつ、その運転者が脇見運転しているのを認めたので、突嗟に危険を感じ警笛を吹鳴しつつ急制動措置をとりスリップしつつ(スリップ痕の長さ一二・四米)急停止の状態に入つたが、その瞬間対向車の前部右側と自車の前部右側とが衝突した。一方、被告山根は本件マツダクーペを運転して本件道路上中央附近を時速約一五粁で南進し本件事故現場に差しかかり、自車の前方約一〇〇米のところを対向して北進してくる佐々木の運転する被告日の丸ハイヤーの自動車をみとめたのであり、従つてこれと安全に行き交うためにも前方を注視し、道路左側(東側)を進行しなければならないのに、同道路の西側にある前記鳥取自動車学校において練習中の自動車トヨペットクラウンに気をとられ、「同車のボデーがいたんでいるのは事故をおこしたからだろうか」等と考えながらそちらの方を脇見しながら運転したため自車が道路の中央線をのりこえ、さらに西側寄りに寄りながら南進していくのに気がつかず、対向車をさけるためハンドルを切つたりブレーキを踏んだりする等の余裕の全然ないまま前記のように自車の前部右側を、同道路舗装部分のぎりぎり西側寄りにおいて急停止寸前にあつた前記対向車の前部右側に衝突させた。
<証拠判断略>
右事実からすると、本件衝突事故の発生および自車の運行、旅客の運送等につき運転手佐々木には過失がなかつたものとみることができ、とくに同運転手が対向車を一〇〇米前方に発見した際、同運転手が対向車においても自車を発見している筈であるから両車の接近したがい対向車において道路中央の進路から左側(東側)通行の進路をとるようになるか、少くとも中央附近の進路を持続するものと信頼し、当然これと安全にすれちがうことができると判断したことについても無理はなく、この点についても過失はないし、もとより対向車の非常識な脇見運転をもつと事前に予測し、これに対処する措置をとりうべきであつたことを期待しうべき資料はなく、本件事故の発生はひとえに被告山根の脇見運転、前方注視義務違反、左側通行義務違反等の過失により生じたものというべきである。
進んで、<証拠略>によると、被告日の丸ハイヤーも本件自動車日野コンテッサの運行および本件の旅客運送に関し注意を怠らなかつたこと、右自動車に構造上の欠陥も機能の障害もなかつたことを充分に認めることができ、これを左右しうべき資料はない。
右の次第で、被告日の丸ハイヤーの前記抗弁は理由があり、同被告には自賠法三条による責任も、商法五九〇条による責任も認めることができず、従つて原告の同被告に対する本訴請求は理由がない。
5 前記4に認定、説示したとおり被告山根は本件事故につき民法七〇九条による責任を免れず、同被告は右事故により原告の蒙つた損害を賠償すべきものである。
6 進んで原告の損害について考えるに、<証拠略>によると、原告は本件事故当時三〇才(この年齢の点は原告と被告山根との間で争がない)の婦人で、自己の子供二人と鳶職の内縁の夫とともに生活しているものであるが、本件事故の四、五年前から訴外山根嘉代蔵の営む飲食店の調理士見習として稼働していたもので当時月収一万八、〇〇〇円と一年間の(盆と暮との)手当三万五、〇〇〇円合計年収二五万一、〇〇〇円をえていたこと、しかるに前記の本件衝突事故により頭部を強く打つたため頭部打撲症、脳挫傷後遺症にかかり、事故後から約三年を経た昭和四二年四月二五日現在(同日に原告本人尋問を施行)においても右の後遺症になやまされており、その間、殆んど常に頭痛になやまされ、時にめまいに見舞われ、月に一度位は倒れそうになることがあること、従つて事故後は定職を持たず、もとより右の飲食店における稼働をしていないことを認めることができ、またこれらの事実と本件弁論の全趣旨とによると、同日からさらに少くとも約一年間(事故後四年間)は右のような稼働が全くできないものと推認しうるし、これを左右しうべき資料はない。
しかし、その後原告の後遺症の症状がどのようになるか、とくに、原告の稼働能力がその後も全く回復しないか、回復するとしてもいつ、どの程度回復するかにつきこれを認定又は推認しうべき資料はない。
従つて、本訴における原告の逸失利益による財産的損害の主張については本件事故後四年間についてはこれの認定が可能であり、理由があるが、その余は理由なしとして排斥を免れないけれども、このことは右の四年間の後に右後遺症が全治する確証があるということを意味するものでは無論ないのであるから、これらの事情は後記慰藉料の評価に当つて充分に斟酌されるべきである。
7 そこで右四年間の原告の逸失利益を算定するに、同年間の収入総額から年五分の割合による中間利息をホフマン式計算法により控除した金額(すなわち年収二五万一、〇〇〇円に右の利率による単利年金現価総額係数三・五六四を乗じた金額)八九万四、五六四円が右逸失利益の金額となり、原告は、本件事故当時において同額の財産的損害を蒙つたものというべく、原告の本訴の逸失利益による損害の主張は右金額の限度で理由があるが、その余は理由がない。
8 進んで原告の慰藉料について考えるに、原告は本訴においてその慰藉料として三〇万円の主張をする。
ところで、一般に裁判所による精神的損害の評価額が原告のそれの評価主張額をこえる場合には、裁判所によるその評価額と他の財産的損害の額との合計の認容総額が原告の請求総額を上まわらないかぎり、裁判所は原告による精神的損害の評価主張額にとらわれることなくこれをこえて原告の精神的損害を評価し、かつ、そのように評価したものを認容しても差支えないと当裁判所は考える。けだし、一般にわが民事法上不法行為は特定の人に向けられた(故意又は過失による)違法な行為として把握し、特定することが必要であり、かつそれで充分であると考えられ、従つて、また、これに照応して、不法行為による損害賠償の訴訟物の個数も右の基準によつてとらえていくことに何ら不都合はないと考えられる(つまり、たとえば、ある特定の違法行為により特定の人の蒙つた財産的損害と精神的損害との区別は、一つの不法行為より生じる(従つてまた一つの訴訟物の内部における)損害の算出ないし評価方法の区別にすぎないとみるわけである)。従つて、裁判所による認容総額において原告の請求総額をこえないかぎり、裁判所が原告主張の慰藉料の額をこえて、これの額を評価、認容しても、民訴一八六条違反の問題はもとよりおこりえないし、慰藉料についての「事実上」の主張がなされているかぎりいわゆる狭義の弁論主義の違反の問題もおこりえず、他にこの評価、認定の方法を不当とする理由はないと考えられるからである(ただし、認容総額が請求総額をこえない場合であつても、財産的損害の損害費目相互間の、又は精神的損害から財産的損害への損害額の「わく」の融通の問題はおのずから別問題である。というのも、財産的損害については、現在におけるような算定方式に従うかぎり、その損害の特定のために、従つて財産的損害についての争点の決定のために、従つてまた、その争点についての不意討をさけるために、どうしてもその損害につきその算定根拠とその額とについての主張の明確化が要請せられざるをえず、その意味でいわゆる狭義の弁論主義の制約が働き、従つて右のような場合における「わく」の融通はこれを認めることは困難である。尤も、この場合でも訴訟物に関してのみ生じうる民訴一八六条違反の問題はおこりえない)。
そこで本件についてみるに、被告山根の本件不法行為の程度および態容、原告の蒙つた傷害の種類および性質、とくに前記6の認定事実やその説示の事情、その他諸般の事情を考量し、原告の本件事故による精神的損害の(本件事故当時の)慰藉料の額はこれを一〇〇万円と評価し、かつ、これを認容するのが相当であると考える。(海老塚和衛)