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鳥取地方裁判所 昭和50年(行ウ)1号 判決 1980年3月27日

原告 船越さき

被告 国

訴訟代理人 一志泰滋 三森継男 守屋憲人 山口光男 外二名

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金九四〇万二一五六円及びこれに対する昭和四八年一〇月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨。

2  担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  原告の三男訴外亡船越順三(以下「順三」という。)は、広島大学教養部助教授をしていたが、昭和四八年一〇月二一日死亡した。

2  訴外順三は死亡当時文部教官教育職(一)二等級を支給されていたもので、右死亡により、国家公務員等退職手当法(以下「手当法」という。)五条二項、昭和四八年法律第三〇号附則五項に基づいて、退職手当として九四〇万二一五六円が支給されることとなつた。

3  右退職手当の受給者は、手当法一一条一項により訴外順三の長男加藤博己(以下「訴外博己」という。)となるべきところ、同人の親権者加藤昭子は、昭和四八年一二月二七日、訴外順三の死亡による相続の放棄を広島家庭裁判所に申述し、これが受理されたため、右退職手当の相続についても広島大学庶務部人事課長立花卓宛に放棄の通知をした。

4  手当法の立法趣旨、遺族の生活援護という社会通念に鑑み、同法一一条一項四号所定の第一順位者である子が相続放棄をした場合には、同号の第二順位者である父母に退職手当の受給権が生ずるものと解すべきである。

5  したがつて、訴外博己の相続放棄により、原告は、手当法一一条一項四号に規定する第二順位者として前記退職手当の受給権を有するものである。

6  よつて、原告は被告に対し、右退職手当九四〇万二一五六円及びこれに対する訴外順三の死亡した日の翌日である昭和四八年一〇月二二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。ただし、訴外博己は訴外順三の死亡による退職手当を固有の権利として受給するものであつて、相続によつて受給するものではない。

2  同4、5は争う。

三、被告の主張

1  国家公務員等の死亡による退職の場合の退職手当の受給権者は、職員の死亡当時の遺族の範囲及び順位によつて自ら定められており、この権利はその受給権者である遺族の固有の権利として与えられるものである。したがつて、民法の相続とは全く異なり、これを相続財産と同一に取扱うことはできない。

(一) 手当法に基づく退職手当は、国家公務員等の分担出捐を要せず国の一方的負担において支給されるものであり、勤続報償的性格が極めて濃厚であつて、法律に定める条件を満たした者は権利としてこれを請求しうる建前となつている。

(二) 死亡による退職について、手当法二条は、「この法律の規定による退職手当は、次に掲げる者で常時勤務に服することを要するものが退職した場合に、……その遺族に支給する。」と定め、遺族の範囲及び順位について同法一一条一項は「第二条に規定する遺族は、左の各号に掲げる者とする。……四号 子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹で第二号に該当しないもの」と定め、さらに同条二項は「前項に掲げる者が退職手当を受ける順位は……第四号に掲げる者のうちにあつては、同号に掲げる順位による。」と規定している。

2  以上のように、本件退職手当の支給を受ける権利は、相続の放棄によつて何ら影響を受けるものではなく、訴外博己が受給権者であることに変りはない。

四、被告の主張に対する原告の反駁

1(一)  退職金の法的性質としては、使用者が在職中の功労に対して支払う恩恵的給付、退職後の生活補償あるいは賃金の後払い等の性格を有するものと解すべきである。

(二)  死亡による退職金の受給権者指定の取扱いには種々の類型があるが、死亡退職金を相続人に支払うとする受給規程は一種の賃金説に基づくものであり、労働者の死亡により相続人が受給権者になるのは当然である。

2(一)  労働者が生前に退職して退職金を受取つた場合には、被相続人がこれを処分しない限り相続財産となる。また、退職金を賃金の一種とみる場合、死亡退職金もいつたんは本人に帰属する権利として把握されるべきであり、これは賃金あるいは家族の生活費が本人を媒体として支給されているものだからである。

(二)  したがつて、死亡退職金を相続人に支払う旨の規程がある場合はもちろん、規程のない場合であつても、相続人に対する黙示の遺贈があるものとみるべく、またそうでないとしても、死亡退職金が相続人に帰属することになる場合には、特別の事由のない限り相続財産に属するものと考えるべきである。

3(一)  死亡退職金は、被相続人の死亡により支払われるもので、遺贈的(相続的)性格を多分に有しているから、給付を受けた遺族とこれを受けない相続人との間の公平という点をも考慮に入れなければならない。そして遺留分との関係においては、国家公務員のように退職手当が法律によつて定められている場合でも、退職金の性格から、私企業の場合におけると同様実質的には相続財産であると解すべしとする説もある。

(二)  したがつて被告主張のように、手当法に基づく退職手当の受給権は、受給権者固有の権利であつて民法の相続財産とは全く異なり、その権利者の相続放棄によつて影響を受けないというものではなく、右主張はその基礎を欠くものである。

4  受給権者に順位があるということは、法の一般解釈から、先順位者が辞退した場合には後順位者が繰り上ることを意味するものであり、訴外博己が相続放棄をした以上、訴外順三につき生ずる本件退職手当を含む一切の権利義務を放棄したものであり、後順位者たる原告が本件退職手当の受給権を相続することになるのである。

第三、証拠<省略>

理由

一、請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

二、国家公務員に関する死亡退職金の支給については、手当法二条一項が「この法律の規定による退職手当は、次に掲げる者で常時勤務に服することを要するものが退職した場合に、その者(死亡による退職の場合には、その遺族)に支給する。一、国家公務員」と規定し、手当法一一条が右二条の遺族の範囲及び順位を規定している。一一条の内容は、一項において、(1)二条に規定する遺族の範囲は(一)配偶者(届出をしないが、職員の死亡当時事実上婚姻関係と同様の事情にあつた者を含む)、(二)子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹で職員の死亡当時主としてその収入によつて生計を維持していたもの、(三)右(二)に掲げる者の外、職員の死亡当時主としてその収入によつて生計を維持していた親族、(四)子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹で(二)に該当しないもの、とし、二項において、(2)前項に掲げる者が退職手当を受ける順位は、前項各号の順位により、右第二号及び四号に掲げる者のうちにあつては、同号に掲げる順位による。この場合において、父母については、養父母を先にし実父母を後にし、祖父母については、養父母の父母を先にし実父母の父母を後にし、父母の養父母を先にし父母の実父母を後にする、とし、三項において(3)退職手当の支給を受けるべき同順位の者が二人以上ある場合には、その人数によつて等分して支給する、としているものである。

以上のように、手当法によると、死亡退職金の支給を受ける者の第一順位は内縁の配偶者を含む配偶者であつて、配偶者がいれば子は全く支給を受けないこと、直系血族間でも親等の近い父母が孫より先順位となり、嫡出子と非嫡出子の取扱いに差はなく、父母や養父母については養方が実方に優先すること、死亡した者の収入によつて生計を維持していた子、父母、祖父母及び兄弟姉妹ならびにそれ以外の親族のほうが、そうでない子、父母、祖父母及び兄弟姉妹に優先すること、などが定められているのであつて、このような受給権者の範囲及び順位の定め方は、民法の規定する相続人の順位決定の原則とは著しく異なることが明らかである。

思うに、民法の相続の規定が、被相続人の有する財産をその近親者間に合理的に配分するという見地から相続人の順位及び相続分を定めているのに対し、手当法は、職員の収入に依拠していた遺族に対する扶養を主眼とし、これに副次的に相続的要素を加味して、民法の相続規定とは別個独立の立場で受給権者を定めたものと解される。

そうすると、受給権者たる遺族は、相続によらず、手当法に基づき直接に死亡退職金を受給するものとみることができ、手当法による死亡退職金の受給権は相続財産に属せず、受給権者である遺族固有の権利であると解するのが相当である。

三、以上のとおりであるから、手当法による死亡退職金が訴外順三の相続財産であることを前提とする原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田宏 奥田孝 辻本利雄)

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