大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

鳥取地方裁判所 昭和51年(わ)74号 判決 1976年7月28日

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中三〇日を右本刑に算入する。

ただしこの裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

押収してあるガスライター一個(昭和五一年押第二二号の一)を没収する。

理由

(犯行に至る経過)

被告人は、本籍地で高校を卒業後、工員として二、三の会社で働いたのち土工となり、京阪神方面の飯場を転々とするようになつていたものであるが、そのような生活にも嫌気がさして一寸故郷に帰つてみようという気持から、他に格別の目的もないまま、昭和五一年三月九日午後九時ころ列車で鳥取に帰えり同夜は同駅構内で夜を明かしたが、翌一〇日午前二時ころ目覚めて近くの自動販売機からビン詰清酒(ワンカツプ大関)五本位を買い求めて飲んだりするうち、たまたま若桜線に始発列車が入つて来たので、寒くもあつたためこれに乗り込み、同日午前五時二〇分ころ終点である国鉄若桜駅で下車した。そして被告人はあてもなく付近を歩きまわるうち、同町内を流れる八東川沿いの土手にやつてきたが、早朝で寒かつたため、同土手脇に捨てられていたゴミくずに所携のマツチで火をつけて燃やし暖をとつた後、同駅方面に引き返えしその付近の店でタバコとガスライターを買い求め、同日午前八時ころ、同町大字若桜字坂下八三九番地次二に所在する同町所有の山林である通称こうもり山頂上部分に設けられている公園におもむき、同所備付のベンチで眠つた。

(罪となるべき事実)

被告人は、同日午前一〇時ころ、寒さのため目が覚め同所において暖をとろうとの考えの下に、右ベンチ近くのゴミ箱内のゴミに右ガスライター(昭和五一年押第二二号の一)で点火した。最初は湿つていて思うように燃えなかつたので同公園に生えている枯芝ならもつと燃え易いであろうと考え、点火してみたところ、今度はよく燃えはじめた。ところが被告人はこれをみているうちに、自分が普段から身内の者にも相手にされないうえ、当時気に入つた仕事にもありつけず、おもしろくない日々を過していた折でもあり、さらにまた朝方飲んだ酒の酔いがさめておらず気が大きくなつていたこともあつて、その付近の山林に放火し人が騒ぐのを見て日頃の憂さ晴しをしようと思いつき、同公園および隣接の同町大字若桜字古城谷一、五三一番地所在、三島庄太郎所有の山林内の合計一六カ所において右ガスライターを使用して、枯芝、枯草、落葉等に点火して火を放ち、周囲の落葉、落枝、下草等に燃え移らせ、右各山林のうち合計約二八六平方メートルを焼燬し、もつて他人の森林に放火したものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

被告人の判示所為は、森林法二〇二条一項に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、刑法二一条を適用して未決勾留日数のうち三〇日を右刑に算入することとし、後記情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から四年間右刑の執行を猶予し、なお同法二五条の二第一項前段により被告人を右猶予の期間中保護観察に付し、押収してあるガスライター一個(昭和五一年押第二二号の一)は判示犯行の用に供された物で犯人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項本文を適用してこれを没収し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、

(1)  森林法二条にいう森林とは、「木竹が集団して生育している土地及びその土地の上にある立木竹」又は「木竹の集団的な生育に供される土地」を指称するものであるところ、被告人が最初ライターで点火してまわつた判示こうもり山公園には木竹が生育しておらず、またその生育に供される土地でもないから、これを森林ということはできず、したがつて被告人の本件行為のうち公園内で点火してまわつた各行為は、まだ森林放火ということができない。

(2)  次に、被告人は右公園に隣接する森林内で点火してまわつたが、いずれも生木の生育する付近の下草等に点火したにすぎないところ、森林法二〇二条一項の森林放火とされるのは、森林内に生育する生木を燃燬した場合に限ると解すべく、本件では生木の焼燬に至つていないから、この点においても森林放火にはあたらない。

(3)  点火行為をした当時の被告人には、右の意味での森林に火をつけ又はこれに延焼させる意図は有しなかつたから、森林放火の故意を欠き同条にあたらない。

してみると被告人の本件行為はせいぜい軽犯罪法一条九号に該当する程度の所為にすぎず、そうだとすると管轄違いというべきであると主張する。

ところで、まず被告人が当初点火してまわつたこうもり山公園付近の状況を見るのに、実況見分調書(三月一二日付)によると、同公園は八東川の西岸にある山林状傾斜面の一部にあたり、台地状の一画に芝生を植え、四阿を設置し、簡易に展望、休憩等ができるように手を加えられた一画をなしている。弁護人は右の個所に芝生が植えられていて立木竹がない部分のあることなどから、右の一画は森林にあたらないというものの如くである。しかし、右の部分が森林にあたるかどうかを判断するにあたつては、その芝生が植えられ立木竹のない一部分だけを隣接部分から切り離して、単に切り離されたその土地の現況だけから判断するというのではなく、むしろ周囲の土地の地勢、樹木生立の状況、右部分の広さ、周囲の土地との面積比ないし位置関係その他の諸事情をも総合的に考慮して全体的、客観的に決すべきものというべきである。ところで、三島庄太郎の司法警察員に対する供述調書、武田吉造の司法巡査に対する供述調書、司法警察員作成の各実況見分調書ならびに司法警察員作成の「火災現場の写真撮影について」及び「森林火災写真撮影報告書」と題する各書面を総合すると、判示公園は、西側、南側とも樹木が群生する山林につながり、また東側八東川川岸との間の傾斜地にも少なからぬ樹木を残しており、僅かに北東側がひらけ、斜面を下つたところにある畑地をへだてて若桜町の町並につながつているという状態にあることが認められ、その実態を直視するときは、右公園は付近に四阿、ベンチ等の人工的設備がほどこされている部分があるとはいうものの、なお全体としては周囲の近接した部分を樹木の生立した山林でとりかこまれていて、いわば若桜町所有のこうもり山から西南側の三島庄太郎所有の山林に続くひとつづきの森林の一部となつているに等しいと認めるのが相当な状況にあるといえる(森林中の狭い一画を切開いて公園にしたのと変らない。)。かかる諸点からみれば、判示公園は客観的にみて森林法にいわゆる森林に当ると解するのが相当である。

つぎに、森林放火の既遂罪が成立するためには、森林の生木を焼燬することが必要であるかどうか。森林放火の罪の刑が相当に重いこと、同罪には未遂罪がもうけられているのに、もし生木の焼燬を要せず、落葉、落枝、下草等の焼燬しただけで既遂罪が成立するとすると、未遂罪の成立する範囲が極めて狭められてしまうことなどの諸点を主たる根拠として生木の焼燬を要するとする考え方がうまれてくることも理解できなくはない。しかし、本罪は公共危険罪であるうえ、なによりも森林が保有する多様な財産的価値を全体として包括的に保護しようとする趣旨であることからすれば、本罪は森林産物のうち、立木竹のみを保護の客体とするものではなく、森林の副産物である落葉、落枝、下草等をも包含するものと解するのが相当である。もつとも、このことからこれらの物を焼燬しただけでそれがいかに少量であつても常に森林放火の既遂となるといえるかどうかについてはなお検討すべき余地がないとはいえないかも知れない。しかし、少なくとも本件の場合には、被告人が点火してまわつたのち、第一発見者がかけつけた時には、山麓からみて山林の火事とすぐに判るほどの煙があがり火炎が走つているのが見え、公園内ではそこここで火炎があがり、それが落葉、落枝、小さな雑木等をもやし、一メートル位の炎になつている個所もあつて、かけつけた消防団員その他多数の者の消火活動にも三〇分以上を要し、風がなかつた天候も幸いして、ようやく杉等の生木の幹を相当数燻焼させた程度で消し止めたという状況だつたのであり、もとより被告人において火勢を支配しうる限度をはるかに越え、放置すれば生木を焼き本格的な山火事に発展する危険性の高い状態に達していたのであるから、本件落葉、落枝、下草等のもえた状態は、森林の焼燬というに足りるものと考えるのが相当である。

また被告人の点火状態を見るのに、同人は公園内で点火してまわつたのに続いてこれと隣接する三島庄太郎所有の山林奥に向つて点火をつづけている。これによれば、被告人が点火してまわつた最後の目的は、山林そのものの焼燬にあると見えること、また当公判廷における被告人の供述中にもこれを裏付ける供述部分があることなどからすると、被告人は単に下草等のみをもやすつもりだつたのではなく、立木等をも含めて焼燬する意図であつたと認められ、これによれば森林の範囲についての考え方の如何にかかわりなく森林放火の故意についても欠けるところはなかつたと考えられる。

以上の理由によれば、被告人の本件所為は森林放火に該当するもので、それを軽犯罪法一条九号の規定に該当するにすぎない場合と考えるのは大いに疑問であり、結局、本件が管轄違いである旨の弁護人の主張は採用することができない。

(量刑の事情)

被告人の本件犯行は、自己の日頃のうつ憤を晴らすという理由だけで他に殆んど動機らしい動機もないまま軽々に全く無関係な他人の森林に放火したものでありこれに対する消火活動が少しでも遅れていれば、相当広範囲の森林にとり返えしのつかない損害を与えかねなかつたほどの危険がせまつていたものと考えられるのであつて、このような無謀な行為に対し、世人のいだく不安感も一通りではなく、その犯情は悪質であり、被告人の責任は重大である。しかし、本件は幸いにも森林内の落葉、落枝、下草等を焼燬した外は若干の生木が燻焼したにとどまり、その被害がこの種の事犯としては最少限度に止まり、そのため鎮火直後被告人が現場で発見されて同行された時にも、警察関係者にとつて軽犯罪法違反の認識しかもたれない状態であつたこと、また被告人には過去とりたてるほどの前科前歴もないこと、その他の事実が認められるので、この際は実刑に処して終りとするよりも、これより長い相当の期間保護観察に付し、本件の如き所為が全く許されるものでないことを身にしみて自覚させるよう努め、今しばらくその推移を観察するのが相当と考えられる。

よつて主文の通り判決する。

(渡瀬勲 秋山規雄 石村太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例