鳥取地方裁判所 昭和51年(ワ)50号 判決 1978年6月22日
原告 松本道子 外四名
被告 中国電力株式会社
主文
被告は原告松本道子に対し金八〇一万二三三五円および内金七三一万二三三五円に対する昭和四八年七月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告松本陽介および原告松本進司に対し各金一〇七七万七六七五円および内金一〇〇七万七六七五円に対する右同日から支払ずみまで右同率の金員を、原告松本長平および原告松本ちよに対し各金八八万円および内金八〇万円に対する右同日から支払ずみまで右同率の金員をそれぞれ支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分してその二を被告の、その三を原告らの各負担とする。
この判決の第一項は仮に執行することができる。
事 実 <省略>
理由
一 請求原因1の事実は、俊則が第四号鉄塔での現寸測定のため下段アーム上に出たとの点を除き、各当事者間に争いがない。
二 そこで、責任原因について検討する。
1 被告が俊則の使用者であつたことは各当事者間に争いがない。ところで、使用者は、信義則上、労働契約に付随する義務として、労働者に対し、業務の執行にあたり、その生命および健康に危険を生じないように具体的状況に応じて配慮すべきいわゆる安全配慮義務を負つているものと解するのが相当である。
2 そこで、まず、本件作業および事故発生の具体的状況を認定する。
(一) 成立に争いのない甲第七ないし一〇号証、証人亀山啓児および同大野木秀夫の各証言によつて真正に成立したものと認められる乙第一号証および第三号証、右各証言を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 本件作業の内容は、鳥取県米子市美吉地区にある六六キロボルトの送電線を支えている第四および第五号鉄塔の現寸測定作業であつた。第四号鉄塔の構造は概ね別紙図面のとおりであり、なお、上段アームの南側先端と下段アームの南北両側先端から送電線(活線)が吊り下げられていた。測定の対象は同図面<1>ないし<12>の一二か所の部材で、その各ボルトのねじの方の中心点間の距離を一ミリメートル以内の誤差で測定する必要があつた。
(2) 亀山課長は、本件作業を実施するため大野木を作業担当者として指名し、昭和四八年七月二〇日、同人に対し、第四、五号鉄塔のスケツチ図(乙第一号証)によつて、測定すべき個所を指示し、昇降塔経路につき下段アームより上は同図面BC側の面(北側)を昇降すること、塔体の部材はBC面を測ること、下段アームの対角材(別紙図面<9>)は塔体内で測ること、AD側の面(南側)に身体を出さないことを指示し、翌二三日午前一一時ころ、俊則を大野木の補助者として指名し、俊則に対しても大野木に対すると同様の指示をし、同日午後五時三〇分ころ、両名に対し、前記指示事項を再確認し、かつ、メジヤーの先端に注意し相互監視を怠らないようにとの指示をした。亀山課長の指示は概略的なもので、昇降塔経路、測定方法につき以上のほかには具体的な指示はなかつた。
(二) 前掲甲第七ないし一〇号証、成立に争いのない甲第三号証、第二七および二八号証、第三六ないし三八号証(第三七号証中「耳が閃絡でふかれている」との記載部分を除く。)、被写体について争いのない検甲第二号証、証人亀山啓児および同大野木秀夫の各証言、検証の結果によれば、次の事実が認められる。
大野木と俊則は、事故当日午前一〇時すぎ現地に到着し、第五号鉄塔から作業にとりかかり、まず俊則が昇塔し、同人が安全なBC面を占め、打合せどおり、BC面の正面斜材、側面水平材を測定し、大野木がそれを記帳し、一〇時五〇分ころ同鉄塔の作業を終えた。そして、午前一一時すぎころ第四号鉄塔に到塔に到着して作業を開始し、今度は大野木が測寸するつもりで、上段アームのBC面まで昇塔し安全側を先占した。ところが、後から昇塔しAB面(西側)の上段アーム上に位置した俊則が、第四号鉄塔も同人が測定すると言つたので、大野木がそれを了承した。そこで、俊則は、上段アームの正面斜材(別紙図面<1>)、側面水平材(同<2>)、平面対角材(同<3>)を測寸し、大野木がそれを記帳した。そして、まず、大野木がC脚(北東側の塔脚)を伝つて一段下まで移動し、そこで安全帯を塔体にとりつけた。次に、俊則はB脚(北西側の塔脚)を伝つて上段アームから一段下の下段アーム吊材引付け点の正面水平材まで降り、AB面上の正面斜材と正面水平材とで囲まれた三角形の空間をくぐり塔体の内部を通つて、下段アームの位置のAD面の側面水平材に顔を北側に向けて腰をおろした。俊則が右空間をくぐり抜ける際、同人のかぶつていた安全帽が脱げて落下したので、大野木は俊則に取りに降りるよう注意したが、俊則はこのまま作業を続けると言つて降りなかつた。そこで、大野木は、C脚を伝つてさらにもう一段降り、下段アーム上のBC面まで移動し、直ちに下段アームの測定にとりかかつた。俊則は前記姿勢のまま、大野木にスケールの片方を持つてもらつてアーム平面対角材(別紙図面<9>)の測寸をし、大野木はスケールを俊則に返した後測定結果を記帳した。大野木が記帳中に、俊則は、AD面の腰かけていた水平材をまたいで上半身をAD面の南側に出した姿勢で、自分がまたいでいる水平材を測寸し、大野木が記帳を終わつて俊則の方を見た時には既に測り終えていて、同人が測寸結果を告げたので、大野木がそれを記帳するため俊則から目を離した。俊則が測寸した個所は事前の打合せ個所と異なり、前記の上段アームから懸垂している活線が存在する側の部材であつたが、大野木は黙つて記帳した。大野木が記帳中、俊則はAD面の下段アーム上をA脚から南方約九〇センチメートルの地点まで南側を向いて歩いて行き、そこで、下段アーム吊材を両手でつかんで身体を伸ばしつつあつた。記帳を終えた大野木が俊則の右姿勢を見ると同時に「頭」と叫んだが、その瞬間俊則は活線と閃絡し、地上に墜落した。電流は俊則の頭頂部から下顎部、両手、左大腿部を通り右足土ふまずに抜けていた。
(三) 俊則がAD面から下段アーム上を南側へ出たのは、同人がAD面をBC面と錯覚して、下段アーム補強材(本来の測定個所は別紙図面<4><5><6><7><8>)を測寸するつもりであつたためであると推定することができる。
(四) 以上(一)および(二)の認定を左右するに足りる証拠はない。
3 次に、本件における被告の安全配慮義務の具体的内容を検討する。
(一)(1) 労働基準法四二条、労働安全衛生法二〇条三号には、事業者は電気、熱その他のエネルギーによる危険を防止するため必要な措置を講じなければならない旨規定されており、規則三四五条一項には「事業者は、電路又はその支持物(特別高圧の充電々路の支持がいしを除く。)の点検、修理、塗装、清掃等の電気工事の作業を行なう場合において、当該作業に従事する労働者が特別高圧の充電々路に接近することにより感電の危険が生ずるおそれのあるときは、次の各号のいずれかに該当する措置を講じなければならない。1労働者に活線作業用装置を使用させること。2身体等について前条第一項第一号に定める充電々路に対する接近限界距離を保たせなければならないこと。この場合には、当該充電々路に対する接近限界距離を保つ見やすい個所に標識等を設け、又は監視人を置き作業を監視させること。」と規定されており、規則三四四条一項一号には、充電々路の使用電圧が六六キロボルトの場合の接近限界距離は五〇センチメートルと規定されている。
(2) さらに、成立に争いのない乙第二号証、証人板垣陽、同徳田清博の各証言によれば、被告は、工務関係の工事作業に関する業務について、その安全確実な実施を目的として、その内部規程として工務関係工事作業要則(要則)を定めており、右要則によれば、作業の実施にあたつては、作業責任者を定め(同一八項)、紅白ロープ・赤旗・標識ネツトなどの危険区画表示を設けるべきものとされているほか、同二六項には、六六キロボルトの活線に対し、一四〇センチメートル以内に接近するおそれのある作業は原則として活線近接作業とする旨規定され、同二七項には、作業責任者は、活線近接作業の実施にあたつては、適正な人員配置を行ない、安全監視に専念する専任の監視員を配置し、事前に関係部課と打合せをするなどの措置をとるべきものと定められていることが認められる。
(3) 労働安全衛生法、同規則は、直接には国と使用者との間の公法上の関係を規定するものであるが、使用者が労働者について危険を防止するために必要な措置を講ずるべき義務があることを定め、その実施を行政的監督に服さしめる趣旨のものであるから、その規定するところは、使用者の労働者に対する私法上の安全配慮義務の内容を定める基準となるものというべきである。
また、前記要則は、使用者の内部規程ではあるが、使用者に右の法令に基づく義務があることを前提とし、企業の実情に応じて、右義務の遵守を確実にするための具体的な手段を講ずべく、あるいはより高度の安全確保を目指して、制定されたものであつて、各個の作業において、危険防止の見地からする使用者および労働者双方の行為基準となることが予定されたものと解することができるから、使用者が要則に定められた安全配慮の措置をとるべきことは、その労働者に対する安全配慮義務の具体的内容をなすものというべきである。
(二) そこで、本件作業が要則および規則上活線近接作業とすべき場合に該当するか否かについて検討する。
(1) 規則三四五条一項にいう「特別高圧の充電々路に接近することにより感電の危険を生ずるおそれがあるとき」および要則二六項にいう「接近するおそれ」の解釈にあたつては、作業者が常に注意深く正常な行動のみをとることを前提とするのではなく、時として不注意・軽率な行動に出ることをも想定して判断すべく、作業者が予定の行動以外の、しかし所定の作業に伴うものとして予測することが不可能ではない行為に出た場合に活線から所定の距離以内に入ることとなるときは、右各規定に該当するものと解すべきである。けだし、人間の注意力には限界があり、熟練した労働者であつても、作業自体に神経を集中したうえで、なお危険物にも絶えず万全の注意を払うということは必ずしも期待しうることではないし、疲労や精神的弛緩による注意力の一時的減退、錯誤等は何人にもある程度避けがたいものであり、あるいは作業中半ば無意識裡に余分の動作をするということもありうることといわなければならないが、労働災害の防止は、そのような人間として通常ありうべき労働者の過誤にかかわらず、危険の発生をできるだけ減少させるという見地から、考えるべきことであるからである。ことに、本件のような特別高圧の送電線鉄塔の上での作業においては、作業自体が高所で不自然な姿勢によつて行なわれるものであり、他方、送電線の存在は視覚によつて認識するほかはなく、しかもこれに接触しなくても近寄つただけで感電し、感電事故は何の前触れもなく瞬間的に生じ、重大な結果に至るのであるから、作業者自身の注意にのみ頼るのではなく、物理的な防護策や人的な監視体制によつて、作業者が誤つて送電線に近づくことを極力防止すべきであると考えられるのである。
(2) 成立に争いのない甲第一七号証、前掲甲第七ないし一〇号証、第二七および二八号証、第三六ないし三八号証、検甲第二号証、証人亀山啓児および同大野木秀夫の各証言、検証の結果によれば、次の事実が認められる。
(ア) 第四号鉄塔は別紙図面のA脚の下段アームより下部に昇降用のステツプボルトがついているので、昇降する際は下方ではA脚を使用することになるが、下段アーム上に昇る際、下段アームより一段下のAB面(西側)の斜材を使用すべきか、一旦下段アーム上に出たうえで移動すべきかについての事前の具体的指示はなく、必ず斜材を使用して昇塔するとの教育・訓練が実施されていたわけではなかつた。
上段アームの塔体内の斜材(別紙図面<3>)を塔体内部から測定することは非常に困難である。
(イ) 第四号鉄塔において、俊則と同程度の身長の者がA脚から昇塔し、下段アーム上に立つた場合、活線までの距離は約九五センチメートルであり、右手を挙げた場合のそれは五〇センチメートル以内となる。下段アーム上でAB面中央に立つた場合およびB脚寄りに立つた場合にも、手を伸ばせば活線までの距離は一四〇センチメートル以内となる。また、上段アームの塔体内の対角材および斜材(別紙図面<1><2><3>)をBC面(北側)で測定しても、手を伸ばせば活線までの距離が一四〇センチメートル以内となる。
(3) (ア) このように、亀山課長の指示どおり昇塔し、測定したとしても、作業者の動作如何によつては活線までの距離が一四〇センチメートル以内となり、場合によつては規則上の特別高圧活線近接限界距離である五〇センチメートル以内となるのであるから、本件作業は、規則三四五条一項および要則二六項所定の活線近接業として実施すべきであつたものと認めるべく、本件の全証拠によつても右扱いを省略しうる特別事情があつたとは認められない。
(イ) 被告は、本件作業を活線近接作業とする必要はなく、大野木および俊則のような熟練者については相互監視のもとに実施すれば足る旨主張し、前記(2) の各証拠によれば、大野木および俊則が予定されたとおり理想的に行動していれば相互監視によつて俊則がAD面(南側)に出ないように注意することができて、本件事故は発生しなかつたものと推認できる。しかし、相互監視といつても、作業者各人の注意・判断を前提とするものであるが、前記(二)(1) のとおり、使用者は、作業者の注意力のみに依存しないで、物理的な防護策や人的な監視体制によつて作業者が誤つて危険に接近することを防止すべきものであるから、相互監視に期待して右の防止策を怠ることは許されないものというべく、被告の右主張は採用することができない。
(三) したがつて、被告は、本件作業を実施するにあたり、これを活線近接作業と定め、前記(一)の(1) (2) のとおり、充電々路に対する接近限界距離を保つ見やすい個所に標識等を設け、作業責任者を指名し、同人をして適正な人員の配置、専任の安全監視員の配置等を行なわせるべきであつた。そして、このような措置を講じていれば、俊則が誤つてAD面から南側へ出て活線に接近することを防止することができ本件事故の発生を回避しえたことは明らかである。
(四) 原告らは本件作業は不要作業であつた旨主張し、証人板垣陽の証言および前掲甲第一七号証によれば、事故当時、第四号鉄塔の構造図が存在していたので図面測量で足り、結果的には現寸測定は必要がなかつたことが認められる。しかし、証人亀山啓児および同大野木秀夫の各証言によれば、亀山課長は、本件鉄塔は製作上の誤差、輸送による歪み、施工の際の誤差、ボルト間隔のくいちがい等のため現寸測定が必要であると判断して、本件作業を命じたことが認められ、後日構造図による図面測量が正確であつたことが判明したとしても、本件作業を命じた時点において前記誤差、歪み等の可能性を否定できなかつた以上、本件作業が不要作業であつたと認めることはできない。
さらに、原告らは本件作業を停電作業とすべきであつた旨主張するが、活線近接作業とし、標識等を設け専任の監視員を置くことによつて、俊則が活線に接近することを防止できたと考えられるので、それ以上に停電作業とすべきであつたということはできない。
4 前記3(二)の各証拠によれば、被告は本件作業を一般作業として、右3(三)記載の措置を何らとらず、そのため本件事故が発生したものと認められるので、被告は安全配慮義務を怠つたものとして、債務不履行責任を免れないものというべきである。
三 過失相殺<省略>
四~七損害<省略>
八 結論<省略>
(裁判官 野田宏 菅納一郎 梶陽子)
(別紙)別紙図面<省略>