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鳥取地方裁判所 昭和57年(ワ)127号 判決 1987年7月30日

原告

竹本岩夫

右訴訟代理人弁護士

君野駿平

松本光寿

安田寿朗

高橋敬幸

被告

株式会社間組

右代表者代表取締役

本田茂

右訴訟代理人弁護士

山田賢次郎

奥平力

被告

木部建設株式会社

右代表者代表取締役

木部嘉隆

右訴訟代理人弁護士

飯原一乗

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金五四八三万四八五三円及びこれに対する昭和五七年七月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自原告に対し、金一億一四五八万〇七八五円及びこれに対する昭和五一年五月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

(本案前の答弁)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案の答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告ら

(1) 被告株式会社間組(以下「被告間組」という)は、土木建築工事の請負等を目的とする会社である。

(2) 被告木部建設株式会社(以下「被告木部建設」という)は、昭和四四年五月二九日被告間組木部班から独立して設立された土木建設工事の請負等を目的とする会社である。

(二) 原告

原告は、大正一五年一月二〇日に生まれ、一五歳で尋常高等小学校を卒業し、昭和二四年被告間組に雇傭され木部班に所属し同年から同四四年までの間同被告の下で、また右木部班が独立して以後は被告木部建設に雇傭され、昭和五一年まで被告間組の下請会社である同木部建設の下でそれぞれトンネル掘削作業に従事したものである。

2  原告の作業歴と作業環境

(一) 原告が従事した工事現場と作業内容

原告は、左記表の①から⑫までについては被告間組の、⑬から⑲までの間は被告木部建設の被傭者として、被告間組が請け負つたトンネル掘削作業(⑩を除く)に従事した。(なお、以下工事現場名について「信濃川」或いは①の工事などのように略称することがある。)

従事期間

工事現場名

作業内容

始期

終期

(昭和年月)

二四・七

二五・九

信濃川第三期第二ずい道掘削工事

トロッコ押し

二五・一〇

二六・八

川崎市水道八号、九号トンネル

先進導坑

二六・九

二七・四

丸山水力発電所建設工事

丸方

二七・五

二七・一一

長野県三浦ダム

導坑

二八・一

二九・六

和佐保堆積場建設工事

先進導坑

二九・七

三一・八

鳩ケ谷水力発電所建設工事

導坑

三一・九

三二・八

黒部川第四発電所新設工事

先進導坑

三二・九

三四・一〇

兼見トンネル工事

導坑

三四・一〇

三九・五

東海道新幹線丹那ずい道工事

先進導坑

三九・六

四〇・八

静岡県東海道線湯河原駅石垣補修工事

四〇・九

四二・九

室蘭本線黄金・陣屋間第二工区工事

導坑

四二・一〇

四四・三

紅葉山線登川ずい道工事

コンクリート

四四・五

四六・三

欽明路有料道路欽明路ずい道工事

コンクリート

四六・四

四九・二

山陽新幹線新欽明路トンネル工事

導坑

四九・三

四九・五

奥羽本線芦沢・舟形間第一工区建設工事

コンクリート

四九・六

五〇・二

東北新幹線黒石南工区建設工事

導坑

五〇・三

五〇・六

武蔵野南線生田ずい道工事

先進導坑

五〇・七

五一・三

久慈線小本ずい道工事

導坑

五一・四

五一・八

東北新幹線第一大槻ずい道工事

コンクリート

(二) トンネル工事現場における導坑作業工程と労働実態

(1) トンネルの掘削方式

トンネル掘削方式は、多様であるが、大別するとトンネル断面の一部を先行的に掘削し、その後に続く工程においてその周囲を切り拡げる工法(導坑先進工法)と、トンネル全断面ないし半断面を一気に掘削する工法(全断面工法ないしは半断面先進工法)がある。

前者において先行的掘削する分班が先進導坑であり、この掘削された部分を切り拡げ丸型に切つていくのが丸方(まるがた)である。これに対し、全断面ないし半断面工法においては一気に丸型に切つていくためにこのような区別はなく全員が一体となつて導坑等の仕事をするが、この場合をも含めて便宜上導坑と呼ぶ。

(2) 導坑掘削の工程

導坑掘削は、一サイクルが先づ削岩機を用いてダイナマイト装填用の穴をせん孔する削岩、次いでダイナマイトによる爆破、換気、崩壊した土石を搬出するずり出し、空洞に鋼材、材木等で堅枠を組み立てる支保工建込みの順序で行われ、この工程が繰り返され、前記の丸方も同様の方法で導抗によつて掘削された周囲を切つていく。

削岩は、一般には圧縮空気駆動の削岩機を使用するが、これは削岩機に装着した硬質の鋼棒の先端を加工して刃をつけたのみを岩面に当て、これを回転しながら打撃を加えて岩を粉砕してダイナマイト装填用の小孔をせん孔するものであり、削岩には各種削岩機、のみ、架台などが直接的に用いられ、間接的にはコンプレッサー、エアー管、ホースが用いられる。爆破は、削岩機によつてせん孔された小穴に装填されたダイナマイトを爆破して導坑断面の岩石を崩落させる工程であり、換気は当時においては爆破後直ちにエアー管により圧搾空気若しくは、ファンで起した空気を送り出して粉じんとガスが混浮する爆破現場の空気を後方に送り出し、或いは拡散させる方法が一般であり、その後に崩落した土砂、岩石を後方軌道上に持ち込まれたトロッコ(或いはバッテリーカー、トラック)に積み込み後方に送り出すずり出し作業が続く。

トンネルの掘進速度は、当時一労働日(一一若しくは一二時間)で、山の硬さなどの良悪によつて差はあるが通常二工程半程度であり二番方は先番(一番)の達成度に応じてこれを引き継いでいく。

このような掘削作業においては仕事の分担によつて先進導坑、丸方、土平(どべら)、コンクリート、トロッコ押し、あかり(坑外作業)等の各分班に分れ作業に従事するが、全断面工法、半断面工法の場合には前記のとおり先進導坑、丸方、土平の区別はない。

(3) 労働条件

原告が就業していた当時の労働条件は、真に過酷なものであつた。

先づ、労働時間は、昼一一ないし一二時間(午前七時から午後六時ないし七時)、夜一一ないし一二時間(午後七時から翌日午前六時ないし七時)の長時間二交替制という前近代的労働時間制が採られており、しかもこの昼夜番は七日ないし一〇日ごとに交替するがその際に生じる一二時間の空き時間をなくし、作業を連続的に遂行させる必要から、各番方が六時間ずつ延長、早出をすることによつて交替時には各々一七ないし一八時間労働を強いられ、また休日についても週休制は無視され、公休はわずかに月に二回、給料日である毎月五日と二〇日だけであり、更に、賃金は先進導坑グループにまとめて出来高に応じて支払われ、これが一人ひとりに配分されるシステムが採られ、通常得る賃金の約三分の二が基本給部分であり後は出来高に応じた歩合給であつたため、これを増大させるために労働者が自発的に自らを過酷な労働に追い込んでいかざるをえず、そのため、休憩も短めに切り上げて一層粉じん曝露時間を長くする結果となつた。

(4) 粉じん発生の実態

トンネル掘進現場での粉じん発生の実態もまた言語を絶するものがあつた。

即ち、トンネル工事は、鉱山における採掘作業と並んで最も高濃度で、閉鎖的な粉じん発生作業であることは言うを俟たないが、中でもその最先端部を掘進する導坑作業は、削岩、爆破、換気、ずり出し等の全工程を通じて濃密な粉じん(土砂、岩石粉)、発破ガス等が立ち込め、ひどい時は五〇センチメートル先も見えないような状態であり、換気工程でさえ、後方に排出される粉じんはわずかに過ぎず、結局粉じんを拡散させるだけのものであつて微少粉じんはかえつて長時間坑道内に残留して浮遊する状況であり、しかもトンネル内の工事は導坑先進工法などの旧工法においては導坑を中割が、中割を丸方が、丸方を土平が追いかけ、また新工法においても半断面を先進する場合には他の掘削がそれを追いかけるために一つのトンネル内に複数の切羽が存在し、トンネルのあちこちで絶えず粉じんが発生するものであるから、原告はこのような夥しい粉じんに曝露された。

原告が従事したトンネル工事現場のうち②、⑰、⑲の各現場では粉じんの発生は殆んどなかつたが、その他の現場では相当の発じんを伴い、そのなかで最も多量の粉じんに曝露されたのは③ないし⑨の各現場である。

3  原告のじん肺罹患

(一) じん肺

(1) じん肺とは、各種粉じんの吸入により生じる肺疾患である。粉じんを吸入した結果、肺内に排出不可能な粉じんの付着・滞留が生じ、①リンパ腺の粉じん結節、②肺野のじん肺結節、③気管支炎・細気管支炎・肺胞炎、④肺組織の変性・壊死、⑤肺気腫、⑥肺内血管変化の病変が一連のものとして発生、進行し肺機能が害されるものとされている。

(2) じん肺の特徴

じん肺の特徴として次の三点が指摘できる。

(ア) 不可逆性

早期の気管支炎のみの段階で治療を行えば、治療効果が上がり、じん肺を防止しうるが、一旦肺に生じた線維増殖性変化、気道の変化である慢性気管支炎、肺気腫の変化は治療によつても元の正常な状態に戻ることはない。

(イ) 慢性進行性

ある程度粉じんを吸収すると、最早新しい粉じんの吸入をしなくても(その時々の体調により一時的に肺機能が回復することはあつても)肺の病変は進行し続け、粉じん職場を離れても同様である。右進行速度を決定する要因は第一に吸入の量、第二にその質(けい酸分の多い場合には肺の線維化を強くもたらす)である。

(ウ) 全身疾患性

じん肺は、前記基本的病変に伴い、肺結核、消化管の潰瘍、虚血性心疾患、肺性心、腎臓、肝臓、内分泌機能の各障害など様々な合併症を引き起し肺機能だけでなく身体の各部位に障害をもたらす全身疾患である。

(3) じん肺の症状とじん肺患者の日常生活の制約

じん肺の症状は様々であるが、脱力感、疲労感の他基本的には呼吸困難、動悸、咳、痰であり、病状の進行に伴い発作を繰り返すようになり、遂には酸素吸入を必要とするようになる。

じん肺患者は、右のような基本症状を伴うため、歩行・外出の困難さ、入浴の制限、排尿・排便の不自由さ、食事・嗜好の制限など日常生活はあらゆる面で大きな制約を受け、そのうえ常に突然の発作、症状悪化のために死を迎えるかも知れないという恐怖の中で生きている。

(二) 原告は、前記2(一)のとおり、昭和二四年から昭和五一年までの二八年間にわたりトンネル掘削作業に従事し、その間多量の粉じんに曝されこれを吸入した結果、じん肺に罹患し、昭和四七年六月一日山口労働基準局長により旧じん肺法によるじん肺健康管理区分管理四の決定を受けた。

しかし、被告らのじん肺教育の不徹底から原告は、事の重大性に全く気づかずそのまま粉じん労働に従事した。

原告は、昭和五一年五月一三日岩手労働基準局長より、同年七月一二日栃木労働基準局長より再び同法による管理区分管理四の決定を受けた。

そこで、原告は、昭和五一年九月二一日じん肺により休職を余儀なくされ、昭和五四年一二月一日被告木部建設を退職した。

4  被告らの義務

(一)(1) 安全配慮義務

被告間組は、前記①ないし⑫の期間、被告木部建設は、会社設立以降の⑬ないし⑲の期間、いずれも労働契約上の使用者として、原告に対しその生命、身体、健康の安全を保護すべき義務(安全配慮義務)を有し、更に右⑬ないし⑲の間も、原告が同被告間組の下請会社である被告木部建設の従業員として同被告間組の指揮命令の下に労務を提供していたものであるから、被告間組と原告との間には労働契約関係に準じた使用従属関係があり、したがつて、被告間組は、この期間中も信義則上原告に対し前同様の安全配慮義務を負担していた。

(2) 一般的義務

被告らは、原告に対し、粉じん作業に従事させた使用者或いはそれに準じる者として、条理に基づいても右安全配慮義務と同一内容の一般的注意義務を右各期間それぞれ負担していた。

(二) 予見可能性

じん肺は、江戸時代から「よろけ」等と呼ばれ最も古くから知られていた職業病であるばかりか、戦前においても政府の「坑夫ヨロケ病ニ関スル調査」(大正一〇年)、けい肺の業務上疾病の確認(昭和五年)にみられるように、その対策が始められ、戦後すぐから、労働省によるけい肺巡回検診(昭和二三年)が行われ、同三五年には職業病としては唯一の特別法である「じん肺法」が制定される等、その被害は早くから公知の事実になつており、じん肺は粉じん職場に固有の疾病として、その対策が求められていた。

また、トンネル掘削作業とじん肺についても、古くは大正一五年ころからその問題の紹介がされ、昭和一三年に発行された産業衛生講座第五巻「職業病と工業中毒」にも明確にトンネル掘削作業の粉じんによるじん肺が記載されていた。

したがつて、被告木部建設はもとより、被告間組についても原告が雇傭された昭和二四年当時から、原告のトンネル掘削作業において原告がじん肺に罹患する可能性を十分に予見しえたというべきである。

(三) 被告らの結果回避義務の内容

したがつて、被告らは、原告が従事したトンネル掘削現場における作業環境が前記2(二)(4)のとおりであつたから、原告が粉じんの吸入によりじん肺に罹患しないよう次のような義務を負つていたというべきである。

(1) 粉じんの発生防止・抑制義務

先づ、第一に、作業過程における粉じんの発生を抑制し、また発生浮遊する粉じんを速やかに除却するために可能な限りの具体的設備を施し、かつそのような措置を講ずべきであつた。

(ア) 収じん装置の設置

トンネル工事のうちとりわけ削岩時に発じんが著しく、しかも、乾式の場合はもとより、湿式の場合にも水ぐりによつて完全に粉じんの発生を抑制できないのであるから、削岩機の先に収じん装置をつけ発じん部位を包囲して粉じんが拡散するのを防止すべきであつた。

(イ) 湿式削岩機の使用

また、削岩機の使用によつて発生する粉じんを少なくするためには掘削面に注水することのできる湿式削岩機を使用するとともに、これを湿式として使用するための給水を確保すべきであつた。

(ウ) 換気

発破時の発じんそのものを防止できないし、削岩時、ずり出し時も完全に発じんを防止できないとすれば、トンネルのように極めて狭い場所では空中に飛散、浮遊した粉じんを労働者が吸入しないように換気することが重要であり、その方法として単に圧搾空気を放出するだけでは不十分であつて、排気設備(コントラファン等)を設置し、しかもその効果を確認すべきであつた。

(エ) 散水

発破後浮遊粉じんを除去し、ずり出しの際の発じんを抑制するためにはずりに対してのみでなく、周囲の天井、側壁、床面の全面に散水すべきであつた。

(2) 体内侵襲防護義務

第二に、粉じん発生の防止若しくは十分な抑制ができないとすれば、せめて発散浮遊する粉じんが労働者の体内へ侵襲することをできるだけ防止するための具体的措置を講ずべきであつた。

(ア) マスクの使用

発生した粉じんを坑夫が吸入しないよう検定合格品で有効に粉じんを通さないマスクを会社負担で支給し、その使用を徹底するとともにマスクの取換え、掃除などの指示をすべきであつた。

(イ) 労働条件の改善

更に、粉じん曝露、吸入を少なくするため、労働者の賃金水準をダウンさせることなく労働時間を短縮したり休日、休暇、休憩を保障するなど粉じん曝露時間を短くし体力の回復、健康の増進に努めるべきであつた。

(3) 健康管理義務

第三に、じん肺罹患者を早期に発見し、適切な対処を可能にするために一般的健康診断はもとより専門医による特別健康診断を行い、発見された罹病者に対してはごく軽症であつても労働時間の短縮、作業転換、治療等の措置を講ずべきであつた。

(4) 安全衛生教育義務

第四に、マスク着用の励行やじん肺罹患者の早期発見のためには、労働者自身のじん肺に対する十分な理解が必要であり、そのために、粉じんの恐しさ、じん肺発生のメカニズム、その防止方法等についての安全衛生教育を徹底すべきであつた。

5  被告らの義務違反

被告らは、右4(三)の義務を負つていたにもかかわらず、次のとおり、これに違反した。

(一) 粉じんの発生防止・抑制義務違反

(1) 収じん装置の設置について

被告らは、収じん装置を全く使用しなかつた。

(2) 湿式削岩機の使用について

被告らは、削岩機は概ね湿式を使用したが、被告間組は、現場によつては先進導坑掘削以外の作業箇所でスタンドが張れないため乾式削岩機を使用することもあつた。

また、湿式削岩機を使用する場合も作業能率を優先させて空になつたタンクに追加するための水の搬入、使用を怠るなどして水ぐりをせず空ぐりの状態で使用することがしばしばあつたうえ、ジャンボ架台に取り付けられた以外の場合にはのみ先が削孔数センチメートルまで固定しないためにのみ先を手に持つて削孔するいわゆるもんもん取りの時には水を出さずに使用していたのが常態であり、これらの点について被告らから水を出すような指示は一切なかつた。

(3) 換気

被告らが行つた圧搾空気の放出は、右空気をホースで発破付近に吹き付けることによつて粉じんやガスが徐々に後方更には坑外にまで排出されることを期待したものであろうが、粉じんやガスをかくはんするだけで薄められることはあつても完全に排出することはなく、粉じん等が後方に移動するにしてもその過程で労働者は粉じんに曝される等この方法は粉じんの排出対策としては極めて不十分であつた。

被告らは、殆んどの現場でコントラファン等の排気設備を設置しておらず、設置している場合もそれによつて有効に粉じんを除去できているか何ら確認をしていない。

(4) 散水

坑夫らは、殆んどの現場でずり出し等の際ホースで散水したりしたことはなく、散水をするにしてもせいぜいずりに対してだけであり周井の天井、側壁、床面の全面に散水することはなかつたが、この点についての被告らの指示、教育もなかつた。

(二) 体内侵襲防護義務違反

(1) マスクの使用について

原告がマスクを初めて支給されたのは昭和四四年ころ⑬の現場からでそれまでは全く支給されず、原告は、タオルで口を覆つたりして粉じんの吸入に対処していた。

しかも被告間組が支給したマスクはフエルト製マスクであり、この程度のマスクでは粉じんの遮断にはあまり効果がなく、そのうえ呼吸によつて排出される水分と合して目詰りを起し、これを装着すれば呼吸が困難となるなど問題が多く、またこのマスクの取換え、掃除等も個々の坑夫任せで、被告らは、マスクの使用について目で判断して粉じんがひどい時はマスクをしろという程度の指示しかなかつた。

(2) 労働条件の改善について

被告らが労働条件の改善の措置を採るどころか、一日一〇時間から一二時間労働を恒常化させ、過酷な労働を強制していたことは前記2(二)(3)のとおりである。

(三) 健康管理義務違反

原告が初めてじん肺健康診断を受けたのは昭和四七年原告が初めて管理四の決定を受けたときであり、それ以前に実施されていたことがあつたとしても極めておざなりのものであり、同様に一般の健康診断も建前だけで厳格には実施されていなかつた。

また、じん肺健康診断においてはX線写真からじん肺の所見を発見するには熟練が必要であるのに、被告らは、医師の選任は現場任せで、そこでは普通の内科医を選任していた。

更に、被告らは、原告が初めて右のような決定を受けた後も依然として原告に坑内の監督、見廻り作業をさせ、その勤務内容、時間の変更等の検討を行わなかつた。

(四) 安全衛生教育義務違反

被告らが行つた教育ないし指示は粉じんがあるときはマスクをするとかいう労務ニュースを配つたりそれを壁に張つた程度のものである。

また、被告らの安全衛生委員会等での話の内容も殆んどダイナマイトや落石事故についてのものであり、じん肺についてあつたとしても右に述べた程度のものであつて、安全パトロールも主として右物理的事故防止のために設けられたものでしかも実地点検を行わない単なる書類上のチェックのみの形式的なものであつた。

6  被告らの共同責任

(一) 以上のとおり、被告らは、原告との労働契約または労働関係上の信義則に基づく安全配慮義務を懈怠し、その債務を完全に履行しないことにより、また右義務と同一内容の一般的注意義務に違反して後記のとおりの損害を原告に与えたのであるから、原告に対しいずれも債務不履行又は不法行為に基づく各損害賠償責任を負担する。

(二) なお、被告木部建設設立以後については、同被告が被告間組のトンネル部門の木部班から形式上は分離されたものの、木部班の財産、従業員等をそつくり受けついで設立されたもので、会社設立後も、木部班のときと同様の実態の下に被告間組の下請としてあつて、しかも同建設の被傭者である原告が同間組の指揮命令下に労務を提供していた等両者の緊密な関係に照らして、被告らは、共同不法行為(民法七一九条)或いはそれに準じた共同債務不履行により共同して連帯責任を負うべきである。

この場合、被告木部建設は、本来設立以降の分についてのみ責任を負うと考えても、継続的に長い年月にわたり就労した被害者が、どの時期の、どの現場の、どのような機会にじん肺の原因となる粉じんを吸入したか特定するのは不可能であるうえ、原告は、木部班員として被告間組のトンネル掘削作業に従事し始めてから、被告木部建設を退職するまでの間にじん肺に罹患したものであるから、原告が木部班員として被告間組に雇傭されていた期間の労働と被告木部建設が設立されて以降の期間の労働とを原告のじん肺の発生原因において区別する必要もない。

したがつて、被告らは、共同して後記損害について責任を負担すべきである。

7  損害

原告は、前記じん肺の罹患により以下のとおりの損害を被つた。

(一) 逸失利益 七四五八万〇七八五円

(1) 昭和五一年より昭和五五年まで二一七二万一五三四円

原告の昭和四七年から就労不能となる前年である昭和五〇年までの四か年の平均収入は、少なくとも右各年の賃金センサス第一巻第一表の対応年齢の産業計、企業規模計、男子労働者、学歴計の四か年の平均賃金の一・一八四六倍であつたから、この期間の原告の逸失利益を計算すると二一七二万一五三四円である(別表一のとおり)。

(2) 昭和五六年(五五歳) 四五八万五一三〇円

昭和五五年の五五歳から五九歳の男子労働者の平均賃金年額は三六八万六三〇〇円であるから昭和五六年における平均賃金はその五パーセント増と推定して、これを右(1)同様一・一八四六倍すれば、同年における逸失利益は四五八万五一三〇円である。

(3) 昭和五七年(五六歳) 四五七万三一四八円

同年における五五ないし五九歳の男子労働者の平均賃金年額は三八六万〇五〇〇円であるから、これを右(2)と同様に一・一八四六倍すると、同年における逸失利益は四五七万三一四八円である。

(4) 昭和五八年(五七歳) 四八〇万〇二九五円

同年における五五歳から五九歳の男子労働者の平均賃金年額では、昭和五七年の統計と同五九年の統計の平均額である四〇五万二二五〇円と推定されるので、これを前記同様に一・一八四六倍すると、同年の逸失利益は四八〇万〇二九五円である。

(5) 昭和五九年(五八歳) 五〇二万七四四二円

同年における五五歳から五九歳の男子労働者の平均賃金年額は四二四万四〇〇〇円であるから、これを前記同様に一・一八四六倍すれば、同年の逸失利益は五〇二万七四四二円である。

(6) 昭和六〇年(五九歳) 五二七万八八一四円

同年における平均賃金年額を前年の五パーセント増と推定し、これを前記同様に一・一八四六倍すると、同年の逸失利益は五二七万八八一四円である。

(7) 昭和六一年(六〇歳)より同六八年(六七歳)まで 三一二六万八三一二円

原告は、じん肺に罹患しなかつたならば、六七歳までは就労可能であり、昭和六一年における対応年齢の平均賃金を同五九年の賃金センサスの一〇・二五パーセント増と推定し、その後も毎年前年比にして五パーセントの賃金上昇があるものと推定して、この期間の逸失利益を前記同様に更に一・一八四六倍して新ホフマン係数で算出すれば三一二六万八三一二円となる(別表二のとおり)。

(8) 以上原告の逸失利益は合計七七二五万四六七五円であるところ、原告は、被告木部建設より中途の休職までの賃金として計二六七万三八九〇円の給付を受けているので、これを控除した七四五八万〇七八五円を逸失利益として請求する。

(二) 慰謝料 三〇〇〇万円

原告は、被告らの故意ともいえる加害行為によつてじん肺に罹患したことにより、前記のような呼吸障害その他の全身的な身体障害を被り、右症状は年々悪化し日常生活も数々の制約を受けながら死に至る恐怖に必死に堪えているのが現状である。

また、原告は働きたいと思つても働くこともできず人目をはばかるようにして家の中にじつと閉じこもることが多く、一見健康な者と変わらないためその苦しみを分かつてもらえず、これらのことが更に苦痛を倍加させる。

更に、原告が収入の途を断たれたことにより原告家族の経済的基盤が奪われ、労災補償と他の家族の収入で辛うじてその生活を支えるということを余儀なくされている。

このように原告は、じん肺に罹患したことによりすべての生活を奪われ、人生を奪われたこの原告の深刻な被害からすれば、原告の精神的苦痛を慰謝すべき金額は三〇〇〇万円を下らないというべきである。

(三) 弁護士費用

原告は、本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人らに委任し、弁護士費用として、右請求金額の約一割相当額である一〇〇〇万円を支払うことを約した。

8  よつて、原告は、被告らに対し、選択的に債務不履行又は不法行為による各損害賠償請求権に基づき、各自一億一四五八万〇七八五円及びこれに対する債務不履行又は不法行為の後である昭和五一年五月一三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  本案前の主張(不起訴の合意)

1  被告木部建設

被告木部建設は、昭和五四年一二月一二日、原告との間で被告木部建設が原告に対し既払分の三七三万八五八六万円を含め特別功労金名目で八〇〇万円を支払い、原告のじん肺罹患に関する紛争を一切解決する旨の和解契約を締結し、これに伴い、原告は請求、訴訟等を一切行わない旨の不起訴の合意をし、被告木部建設は、そのころ右金員の支払を了した。

よつて、本件訴えは不適法である。

2  被告間組

右1のとおり。

被告間組が損害賠償責任を負うとしても、後記のとおり第一次的に右責任を負担するのは下請負人である木部班又は被告木部建設であるから、被告木部建設と原告との間に右のような不起訴の合意が成立している以上、本訴は被告間組との関係でも不適法というべきである。

三  本案前の主張に対する原告の答弁

原告と被告木部建設との間の不起訴の合意の成立は否認する。示談書(丙第一号証)は、原告と被告木部建設間の功労金請求に関する示談であつて、被告木部建設の不法行為、債務不履行による損害賠償請求に関する示談ではなく、また右示談書に記載されている不起訴の合意は単なる例文にすぎない。

なお、被告間組との関係では、同組に独自の基本的な安全配慮義務があるので、右和解契約、不起訴の合意は被告間組を何ら免責するものではない。

(原告の主張)

1 公序良俗違反

原告は、被告木部建設に対し損害賠償請求をしうるとの認識を欠き単に功労金の上積みを図る目的で本件和解契約を締結したものであり、示談額も社内規定若しくは労働基準法等法律上当然支払われるべき金額にわずか二四〇万円余を上乗せしたにすぎず、本件損害賠償請求に関する示談としては極めて低いものである。

このように本件和解契約及び不起訴の合意は、被告木部建設が原告の法的無知、窮迫に乗じてなしたものであり公序良俗(民法九〇条)に違反し無効である。

2 錯誤

本件和解契約が損害賠償請求に関するものとしても原告は、功労金請求についての示談であるものと誤信していたものであり、このことは右契約の際表示されていたものであるから、本件和解契約及び不起訴の合意は要素の錯誤があつて無効である。

(右原告の主張に対する被告らの答弁)

いずれも否認する。

四  請求原因に対する認否(被告ら)

1  請求原因1(当事者)について

(一) 同(一)の(1)、(2)の各事実はいずれも認める。

(二) 同(二)の事実は認める(但し、被告間組は原告の生年月日、学歴については不知)。

もつとも、雇傭契約は、原告と被告らとの間で各工事現場ごとに独立して締結されていたものである。

2  請求原因2(原告の作業歴と作業環境)について

(一) 同(一)(原告が従事した工事現場と作業内容)の事実は、各作業内容はいずれも知らないが、その余の点は認める。

(二) 同(二)(トンネル工事現場における導坑作業工程と労働実態)について

(1) 同(1)(トンネルの掘削方式)の事実は認める。

(2) 同(2)(導坑掘削の工程)の事実は、一日の掘進速度は否認し、その余の点は認める。但し、原告主張の順序で掘削がなされるのはトンネル掘削箇所の岩質がダイナマイト発破を必要とするほど硬い場合であり、掘削箇所の地山の状況によりダイナマイトによる発破が不要、また不可能な場合には切羽をピックで崩し掘削する方法(ピック掘り)とかスコップ、つるはしを用いて掘削する方法(手掘り)が採られる。

(3) 同(3)(労働条件)の事実のうち、勤務形態が二交替制でその勤務時間が一の方が午前七時から午後六時まで、二の方が午後七時から午前六時までで、一週間ごとに昼夜勤務が交替したこと、全休日(測量等一部の作業以外、全作業が休止される日)が毎月二日あつたこと、坑夫の賃金体系に掘削作業の進行状況によつて出来高的要素が加味されていたことは認め、その余は否認する。

坑夫らは、右全休日以外に適宜休暇をとり、平均労働日数は毎月二四日程度であり、また賃金体系に出来高的要素が加味されるのは主として坑夫側の希望によるものであるうえ、被告らは発破に伴う粉じんの除去のためなどの換気、待避時間、休憩時間等を確保したうえで賃金を決定していたものであるから、原告のじん肺罹患が右賃金体系と必然的に結びつくとの原告の主張は争う。

(4) 同(4)(粉じん発生の実態)の事実のうち、削岩、発破、ずりの積み込みの際粉じんが発生する可能性があることは認め、その余は否認する。

粉じんの発生もたとえば岩質が軟弱な場合には前記のピック掘り、手掘りによるため殆んど発生しないし、岩質が硬く削岩機を使用し発破する場合にも湧水、滴水などがある地山の状況によつては粉じんの発生は少ないし、そうでなくても水ぐり換気等すれば殆んど発生を防止することができる。

このように、粉じんの発生の有無及びその程度も当該掘削箇所の地山、岩質の状況等具体的状況によつて様々であるうえ、被告らは防じん対策を後記のとおり十分講じていたものである。

3  請求原因3(原告のじん肺罹患)について

(一) 同(一)(1)ないし(3)の各事実は知らない。

(二) 同(二)の事実のうち原告が原告主張の期間にわたつてトンネル掘削作業に従事したこと、原告がそれぞれじん肺の健康管理区分管理四の決定を受けたこと及び原告の休職、退職の点は認めるが、その余の点は否認する。

(被告木部建設の主張)

被告木部建設設立(昭和四四年五月二九日)以降は原告は、工事長或いは工事部長などの管理職として、直接掘削作業に従事することはなく、せいぜい現場を見廻つて工事の監督をする程度であり、主として工事の打ち合わせ等の事務的仕事を現場事務所ですることが多かつたものであること及び原告が第一回目の管理区分四の決定を受けた時期(昭和四七年六月一日)を考えると、原告が被告木部建設の事業に就労したことと、原告のじん肺罹患とは因果関係がないというべきである。

4  請求原因4(被告らの結果回避義務)について

(一) 同(一)(1)(安全配慮義務)、同(2)(一般的義務)についていずれも争う。

(被告間組の主張)

(1) 先づ、被告間組と原告との間に直接の雇傭契約があつたとしても、作業員の募集、採否、作業の配置部署及び基準賃金の額はすべて各班長が実行又は決定し、作業員に対する賃金の原資は、被告間組と木部班その他各班長との間で締結された下請契約(割出協定書)に基づく下請工事金であり、作業員も各班長の指図を受けて作業に従事していたのであるから、各作業員の実質上の雇主は被告間組ではなく各班長であり、被告間組と原告ら作業員との雇傭契約は形式的、名目的なものにすぎなかつたところ、雇傭契約上の一般的安全配慮義務は実質的雇傭関係が存することによつて初めて発生するものであるから、被告間組は、原告ら作業員に対し雇傭契約上の安全配慮義務を負担していなかつたというべきである。

また、被告木部建設設立以降については被告間組と原告らとの間に形式的にも雇傭契約はないから、右義務を負担することはない。

(2) 仮に、被告間組が元請業者或いは実質的元請業者として原告に対し安全配慮義務を負うとしても、原告の直接の使用者である木部班若しくは被告木部建設が第一次的に負担する義務のうち、被告間組が工事の施行管理のため下請業者である木部班長若しくは被告木部建設を通じた指揮命令系統によつて現場を支配しうる限度において第二次的に負うにすぎないというべきである。

以上述べた点は一般的義務についても同様である。

(右主張に対する原告の反論)

(1) 原告ら木部班の労働者の募集、採否、労働条件の決定が木部班長によつて事実上施行されていたとしても、それは被告間組の委任による代行権に基づくもので、前記指示も被告間組を通じて班長に伝達されるものであり、原告が被告間組より賃金の支払を受けていたことの他、トンネル掘削に必要な資材すべてを同被告が準備し木部班に貸与したり安全委員会の構成も同被告を中心としてなされていた点などを考えると原告と被告間組との間に実質上も雇傭関係があつたことが明らかである。

(2) また、被告木部建設設立以降についても、被告間組と被告木部建設との関係の実態は木部班当時と基本的には変わりがないのであるから、被告らが安全衛生管理について共同の義務を負担するとしても、実質的には基本的な工法・機材等の提供者であり全体としての事業の支配者である被告間組に第一次的責任があるというべきである。

(二) 同(二)(予見可能性)について争う。

(三) 同(三)(被告らの結果回避義務の内容)についていずれも争う。

(被告間組の主張)

湿式削岩機の使用、注水による削孔、換気装置による換気、防じんマスクの着用については昭和五四年四月労働安全衛生法に基づく粉じん障害防止規則の制定によつて初めて法定されたものであり、しかも右規則は安全配慮義務の上限を画するものというべきであるから、右規則制定以前については被告らにこのような義務はなく、またじん肺健康診断、じん肺に関する予防及び健康管理のために必要な教育も昭和三五年成立の旧じん肺法で初めて法的義務とされたものである。

5  請求原因5(被告らの義務違反)について

同5の主張については争う。

(被告らの主張)

(一) 粉じんの発生防止・抑制義務違反について

(1) 湿式削岩機の使用について

被告間組では昭和三五年制定のじん肺法に先立ち、早期から湿式削岩機を導入し使用してきた。

空ぐりの点については、被告らは、湿式として使用するために現場付近の川、沢、湖水(或いは井戸を掘つて)などからタービンポンプで揚水し坑口に設けられた貯水タンクに導入し、坑内へは自然流下方式により給水パイプを通じるなどして切羽まで送水していたものであり、このように給水は十分であつたにもかかわらず、坑夫が水の搬入、使用を怠り空ぐりとして使用していたものである。

また、いわゆるもんもん取りの点については、通常の量の水を供給すると水が四方に飛散するのを坑夫が嫌つて水を供給しなかつたものであるが、レバー操作で水の供給を調整しうるのに坑夫が右同様億劫がつてしなかつたものである。

(2) 換気について

被告らは、前記のとおり発破に先立ち、予め削岩機の動力源であるエアー鉄管(給気管)の圧縮空気を遠隔操作により切羽で開放できるようセットしておき、発破と同時に右圧縮空気を開放することによつて坑外からの清浄な空気を多量に切羽に送り込み十分な換気後ずり出し等の次の作業にかかるよう指導していた。

また、多くの現場では右の方法の他に、導坑掘削時に切羽にローカルファン等を設置しそれに風管を接続し切羽の空気を坑外に排出する排気方式の、坑口に同様な方法により切羽に清浄な空気を送り込む給気方式の換気設備が採られ、右各方式が併用されることもあつた。

なお、現場によつては上部半断面貫通に伴う、或いは立坑などを通じての自然換気が著しいところもあつた。

(3) 散水について

被告らは、ずり出し時に粉じんが発生するような場合には坑夫らに散水の実施を指示していたものであり、そのための給水設備が完備していたのは前記のとおりである。

(二) 体内侵襲防護義務違反について

(1) マスクの使用について

被告間組は、早期の段階から、各工事現場において坑夫に対し、防じんマスクを支給しその着用を指示していた。防じんマスクの使用に際しては若干の使用感があり、時間の経過によりマスクのフィルターが目詰りしてくるが、防じんマスクに使用感があつても着用し、また目詰りしたフィルターを交換したり清掃したりすることは坑夫らの義務というべきである。

(2) 労働条件の改善について

請求原因2(二)(3)に対する認否で主張のとおりである。

(三) 健康管理義務違反について

被告らは、現場によつては診療所を設置し、けい肺法施行前は労働安全衛生法規に基づく定期健康診断を、同法及びじん肺法施行後は各法に基づき健康診断の他けい肺健康診断又はじん肺健康診断(就業時及び定期的に)を実施してきたものであり、仮に原告がこれを受診していないとすれば同人の懈怠によるものである。

(四) 安全衛生教育義務違反について

被告らは、坑夫に対し、じん肺の恐ろしさ、その予防のための防じんマスクの着用、水ぐり、散水の励行、健康診断の必要性等につき各雇入れ時をはじめあらゆる機会を通じて教育してきたものであり、また、安全パトロールを現地で実施するなどして右の点の徹底を図つてきた。

6  請求原因6(被告らの共同責任)の(一)、(二)はいずれも争う。

7  請求原因7(損害)について

(一) 同(一)の事実は否認する。

(被告間組の主張)

原告の逸失利益の算定については次の点に留意すべきである。

先づ、坑夫は、就労に伴い発生する種々の危険を回避しながら、掘削という特殊技能を発揮していく専門職でありその意味で厳しい労働に従事するものであるから、就労年齢も概ね五〇歳止まりであるし、被告木部建設の社内規則によれば六一歳が定年であるから、六七歳まで坑夫として就労が可能との前提に立つ原告の主張は不合理である。

また、賃金センサスの数値は、原告が尋常高等小学校を卒業し直ちに就労しているものであるから、その逸失利益の算定は賃金センサスの対応年齢の産業計・企業規模計・男子労働者・小学・新中卒の平均賃金に依るべきである。

更に、昭和六〇年及びそれ以降の賃金はいずれも対応年齢の昭和五九年の平均賃金センサスをそのまま用い、かつ中間利息をライプニッツ係数を用いて控除すべきである。

そうすると、原告の得べかりし利益は、合計四七五四万七〇四九円となる。

(二) 同(二)の事実は否認する。

(被告間組の主張)

じん肺の進行性については肺内にあるけい酸量の限度で進行するもので決して無限に進行するものではないこと、じん肺は、非常に強い個人差のある疾病であることが医学上確立されており、また、現在のじん肺罹患者の平均死亡年齢は六八ないし七〇歳と全国男子平均死亡年齢七四歳に極めて接近している。

このようにじん肺は、今日においてはすべて重篤かつ死に至る疾病とはいえなくなつているのであるから、この点は慰謝料算定に際し十分斟酌されなければならない。

(三) 同(三)の事実は知らない。

五  坑弁(被告ら)

1  消滅時効

(一) 安全配慮義務不履行による損害賠償請求権について

(1) 安全配慮義務不履行による損害賠償請求権は、本来の債務である安全配慮義務の内容が変更されたに止まり、その債務の同一性に変わりないため、右損害賠償請求権の消滅時効も本来の安全配慮義務の履行を請求しうる時から進行を始めるものと解すべきところ、右義務の履行を請求しうるのは雇傭契約の存続中であるから、安全配慮義務不履行による損害賠償請求権の消滅時効の起算日は遅くとも被傭者の退職日と解すべきである。

そして、被告らと原告との間の雇傭契約は前記請求原因2(一)の各工事現場ごとに独立して締結されていたものであるから、被告らの原告に対する安全配慮義務も右工事現場ごとに独立して発生、終了し、したがつて、この場合の消滅時効の起算点は、原告を右各工事現場を離脱した日とすべきである。

(2) 原告が従事した工事現場①ないし⑲までのうち①ないし⑬までの分についての各現場離脱の日はそれぞれ前記のとおりである。

(3) 原告の右各現場離脱の日からそれぞれ一〇年を経過した。

(4) 被告らは、本訴において右各時効を援用する(なお、⑭から⑲までの現場の分については時効の援用をしないが、原告のじん肺罹患に原因関係を与えたとしても、その寄与度は極めて小さいものである。)。

(二) 不法行為による損害賠償請求について

(1)(ア) 原告は、昭和四七年六月一日、じん肺の健康管理区分の管理四の第一回目の決定を受けたことによりじん肺罹患についての損害及び加害者を知つた。

(イ) 右時点から三年経過した。

(2) そうでないとしても、

(ア) 遅くとも原告が就労不能ということで被告木部建設を退職した昭和五四年一二月ころには損害及び加害者を知つた。

(イ) 右時点から三年経過した。

(3) 被告らは、本訴において右各時効を援用する。

2  過失相殺

(一) 労働災害、職業病の発生を完全に防止するためには使用者側の措置のみでは不十分で、労働者が主体的に自ら安全衛生措置を履行することが必要であるから、使用者の下で使用者の施設において設備・機械を使用して労働に従事する労働者は、就労に際し定められた所定の安全衛生措置を遵守して作業に従事しなければならない義務(安全健康保持義務)を負つている。

本件において、原告は、じん肺罹患防止のため、被告らのじん肺防止対策に対応して、削岩機の湿式使用、右使用のための給水設備の延長、換気設備の稼動維持、散水の実施、防じんマスクの着用及びその点検、健康診断の受診をすべきであつた。

(二) しかるに、原告は、給水がありながら削岩機を乾式使用したりいわゆるもんもん取りの際にも調整によつて水ぐりが可能であるのに徒らに空ぐりし、ずり出しの際の散水を怠り、防じんマスクを使用せず、じん肺若しくはけい肺健康診断を受診しなかつた。とりわけ、被告木部建設設立以降は原告は同被告の管理職としての立場にあつたものであるから、その過失の程度は大きいというべきである。

3  損益相殺

(被告間組)

原告は、昭和五五年二月二九日までに被告木部建設より休業補償補給金一七三万七〇九四円、打切補償補給金二一二万四〇〇〇円、退職功労金二九二万五八九四円の各支払を受けているので、その合計金六七八万六九八八円を損害額から控除すべきである。

また、原告は、昭和六一年八月現在、昭和五一年から昭和六一年七月までの労災保険給付・社会保険給付として、昭和五一、五二年度休業補償給付金(二三五万四九〇二円)・休業特別支給金(七八万四七九二円)、昭和五三年ないし同六一年七月までの傷病補償年金(一五〇二万二一三二円)・特別年金(三六八万五一三七円)、昭和五三年ないし同六一年五月までの障害厚生年金(六九〇万四一三四円)の支給を受けており、傷病補償年金・特別年金は今後も原告が管理四の認定が変わらない限り、物価上昇に伴うスライド率(過去五年間のスライド率の平均は五・五パーセント)を乗じた額に増額されながら支給が決まつている。

右労災保険給付及び原告が昭和六一年五月まで給付を受けていた厚生年金給付である障害厚生年金はいずれも実質的に労働者の労働能力を喪失したことによる損害を填補するものであることは明らかであるから、既払の労災保険給付、社会保険給付(障害厚生年金)の合計額二八七五万一〇九七円及び将来の労災保険給付も原告の損害額から控除すべきである。

(被告木部建設)

被告間組主張の六七八万六九八八円を含む示談金八〇〇万円及び同被告主張の労災保険給付、社会保険給付に加え昭和五六年から同六一年六月までの療養補償給付四六万八七五二円、昭和六一年八月老齢厚生年金四七万四二七五円計二九六九万四一二四円を、更に今後給付される分についても控除すべきである。

六  坑弁に対する認否

1  坑弁1(消滅時効)について

(一) 安全配慮義務不履行による損害賠償請求権について

被告ら主張の(一)(1)の事実は否認し、同(2)、(3)の事実は認める。

(消滅時効の起算点についての原告の主張)

(1) 労働契約の基本的な契約責任は、労働の提供とその対価たる賃金支払の履行をもつて完結するのに対し、使用者が安全配慮義務を怠つたことにより生じる労働者の身体障害は、右の労働の提供と賃金の支払という対価関係に立つ当事者間の契約利益の範ちゆうには包含できず全く別個の責任であり、換言すれば右義務は労働者の身体、健康等の利益を維持することを目的とするものであつて、労働契約上の当事者たる労働者、使用者間の契約利益を目的とするものではなく、したがつて、その懈怠に基づく損害賠償請求は履行利益を前提とする填補賠償請求権ではなく結果賠償請求権であり、不法行為に基づく損害賠償請求権と同じ内容を有している。

したがつて、安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権をその実体に即して法解釈すれば、契約責任であるという点については民法一六七条により一〇年の消滅時効にかかるが、不法行為と同一の法的性質を有するという側面では損害及び加害者を知らなければ損害賠償請求し得る期待可能性はないという意味で、その起算点たる「権利を行使することを得る時」(民法一六六条一項)は、民法七二四条の趣旨と同様に解して「損害及び加害者を知つた時」と解すべきである。

(2) じん肺は進行性、不可逆性の疾患で死亡に至るまでその症状は徐々に進行するものであるから、罹患者の損害もその病変が進行を停止するか、死に転化する時でなければ認識することができず、したがつて、このような進行性疾患の場合にはその病変が停止するまでは時効は進行しないというべきである。

(3) 仮に、本件の場合も時効の進行の開始があるとしても、原告がじん肺被害について損害及び加害者と加害者の行為が法に違反し訴訟によつて損害賠償請求することができることを知つたのは原告が昭和五五年六月に弁護士に相談した時であるからこの時点を時効の起算点とすべきである。

(4) 仮に、消滅時効の起算点を原告が管理四の決定を知つた時と解してもその日は昭和五一年五月一三日ころである。

即ち、原告は、昭和四七年六月一日決定の管理四の通知をその決定日より約一〇日後に知らされたが、その時は単に管理四の診断があつた旨を被告木部建設の事務所で告げられたのみでその認定が療養を要する意味との説明もなく自覚的にも労働に支障は感じられなかつたので、そのまま従前どおりの労働を継続するなど右時点では未だ正確にじん肺の病変の性質を認識せず、昭和五一年五月一三日決定の療養を要する旨の管理四の文書で初めて療養を要することを知つたものである。

(5) 仮に、時効の起算点につき被告ら主張のように退職時説をとりしかも各現場ごとに新規雇用、解雇の手続がとられ各雇傭契約が結ばれていたとしてもこれは全く形式的なものにすぎないうえ、被告木部建設での仕事もすべて被告間組の下請工事でありその実質に着目すれば、原告が被告木部建設を退職した昭和五四年一二月の時点から被告らに対する関係でいずれも時効は進行するというべきである。

(二) 不法行為による損害賠償請求権について

右についての被告ら主張の(二)(1)、(2)の各(ア)の事実は否認し、同各(イ)の事実は認める。

(消滅時効の起算点についての原告の主張)

1  右(一)(2)のとおり、時効は進行しない。

2  原告が原告のじん肺罹患が被告らの過失に起因するものであること及びその損害を確定的に認識したのは原告が弁護士に相談した昭和五五年六月であり、この時点を起算点とすべきである。

被告が主張する管理四の決定を知つたことは、単に病変の進行程度を示し、療養を要する旨を指示するものであつて直ちに被告らの過失を示すものではないから起算点にはなりえない。

(三) 消滅時効が進行するとしても消滅時効の期間が経過していないか、経過しているとしても原告が本件訴訟を提起したのは昭和五七年六月五日であるので適法な時効中断事由があるから右いずれの場合にも時効は完成していない。

2  坑弁2(過失相殺)について

過失相殺の主張は争う。

被告らが原告の安全健康保持義務を主張するにはその前提として原告らがじん肺について十分な認識をもつ必要があるのに、被告らはじん肺教育を怠つていたものである。

3  坑弁3(損益相殺)について

各支払及び給付の事実は知らないし、仮に認められるとしても損益相殺の対象となるものではない。

労災保険制度は、企業における生産過程において使用者に従属する労働者とその遺族の生活を使用者に保護させることを目的とする労基法上の災害補償の制度を保険制度を利用することによつて果たそうとするものであつて損害の填補それ自体を目的とするものではなく、他方損害賠償制度は、市民相互間において発生した損害を填補し、その公平な分担を目的とするものであり、両者は本来補完的な関係になく制度目的を異にするものであるから、将来の給付はもちろんのこと既受領分も控除すべきでない。また、厚生年金についても生活保障を目的とした社会保険であつて到底損害の填補といえる性質のものではない。

第三  証拠<省略>

理由

第一本案前の主張について

被告らの主張する和解契約及び不起訴の合意について判断する。

<証拠>によれば、昭和五四年一二月一二日、原告と被告木部建設との間で、原告から同被告に対し慰謝料名下に一〇〇〇万円の請求がなされた件について、八〇〇万円(既払分三七三万八五八六円は控除)を同被告から原告に支払うことで示談解決する旨の念書が作成され、右示談書にはこれに伴い原告は、右示談解決後は本件に関し、同被告に対して請求、訴訟等一切行わない旨の記載部分があることが認められる。

しかしながら、右念書、示談書(丙第一、二号証)の内容は、原告が退職するに当り、被告木部建設が業務上傷病の打切補償金等を含め原告の永年の功労に報いるため特別功労金名目で八〇〇万円を支払うというものであること、また<証拠>によれば、休業補償補給金、打切補償金、退職金等労働基準法或いは同被告社内規定により当然に支払われるべき金額を除くと右示談によつて付加された金額は後記のとおりわずか二九二万円余であることがそれぞれ認められ、更に、当時の原告自身の認識はもとより(前掲丙第三号証の一の「慰謝料として請求」との文言は厳密な意味はないと解される。)、右示談書の作成に関与した同被告の社員である証人小田哲夫は、被告木部建設に本件損害賠償義務があるとの認識は全くなく、右付加金については原告の永年に亘る同被告に対する貢献についての文字どおり功労の意味である旨、また前記不起訴文言についても格別意味がない旨証言しており、以上の示談書の記載文言、後記認定の本件損害賠償金額に照らし示談金額は極めて低額であること、更に、作成者或いは同関与者の認識に照らし検討すると、右念書、示談書は原告の被告木部建設に対する永年の貢献に報いる趣旨の特別功労金に若干の増額をする示談が成立したことを証する書面にすぎないものと考えられ、本件損害賠償請求に関する和解契約及びそれに伴う右の点についての不起訴の合意があつたと解することは到底できないものであり、他に、被告らの主張する右合意の成立を認めるに足りる証拠はない。

よつて、被告らの本案前の主張は理由がない。

第二本案について

一当事者

請求原因1の事実のうち、(一)の(1)、(2)及び(二)の原告の生年月日、学歴、雇傭の形態を除いたその余の事実はいずれも当事者間に争いがなく、右の原告の生年月日、学歴については原告本人尋問の結果(第一回)認められる(被告木部建設との間では争いがない。)。

二原告の作業歴と作業環境

請求原因2の事実(原告の作業歴と作業環境)は、各作業内容を除いたその余の(一)、(二)(トンネル工事現場における導坑作業工程と労働実態)のうち、(1)(トンネルの掘削方式)、(2)(導坑掘削の工程。但し、一日の掘進速度及び削岩、爆破が一般的に行われているという点を除く。)、(3)(労働条件)のうち、勤務形態が二交替制であること、その勤務時間が昼番が午前七時から午後六時まで、他方夜番が午後七時から午前六時までであること、一週間ごとに昼夜勤務が交替したこと、全休日が毎月二日あつたこと、坑夫の賃金体系に出来高的要素が加味されていたこと、(4)(粉じん発生の実態)のうち、削岩、発破、ずりの積み込みの際粉じんが発生する可能性があつたことはいずれも当事者間に争いがなく、この争いのない各事実と前記争いのない請求原因1の事実と<証拠>によれば、次の事実が認められ、<証拠>中右認定に反する記載及び供述部分は採用しないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

1  原告の作業歴

原告が従事した各工事現場名、従事期間(約)、トンネル掘削工法及び原告の地位ないし作業内容は左記表のとおりであるが、原告は、左記の①から⑫までについては被告間組の被傭者として、⑬から⑲までについては同被告の下請である被告木部建設の被傭者として、被告間組が請け負つたトンネル掘削作業(⑩を除く)に従事したが、原告と被告らの雇傭契約は形式上は一応各工事現場ごとに新規採用、解雇という形で個別に結ばれていた。

番号

工事現場名

従事期間(昭和 年 月)

トンネル掘削工法

原告の作業内容・地位

信濃川第三期

第二ずい道掘削工事

二四・七~二五・九

底設導坑先進工法(掘削の大半は手掘り)

導坑・丸形などのずり出し

川崎市水道八号・九号トンネル

二五・一〇~二六・八

底設導坑先進工法(?)

スコップ・つるはしによる掘削

丸山水力発電所建設工事

二六・九~二七・四

底設導坑先進工法(横坑については全断面工法)

丸形の坑夫の先手(助手)

長野県三浦ダム

二七・五~二七・一一

全断面工法

坑夫の先手

和佐保堆積場建設工事

二八・一~二九・六

全断面工法

坑夫の先手

鳩ケ谷水力発電所建設工事

二九・七~三一・八

全断面工法(一部については底設導坑先進工法)

坑夫として掘削に従事

黒部川第四発電所新設工事

三一・九~三二・八

底設導坑先進工法

坑夫

兼見トンネル工事

三二・九~三四・一〇

全断面工法

坑夫兼世話役(二級工長)

東海道新幹線丹那ずい道工事

三四・一〇~三九・五

底設導坑先進工法

導坑掘削の世話役

静岡県東海道線

湯河原駅石垣補修工事

三九・六~四〇・八

室蘭本線黄金・

陣屋間第二工区工事

四〇・九~四二・九

上部半断面先進工法

上部及び下部の掘削の世話役

紅葉山線登川ずい道工事

四二・一〇~四四・三

全断面工法

コンクリートの大世話役(一級工長)

欽明路有料道路欽明路ずい道工事

四四・五~四六・三

上部半断面先進工法

コンクリートの大世話役(工事長)

山陽新幹線新欽明路トンネル工事

四六・四~四九・二

上部半断面先進工法

上部半断面掘削の大世話役(工事長)

奥羽本線芦沢・

舟形間第一工区建設工事

四九・三~四九・五

底設導坑先進上部半断面工法

掘削・コンクリートの大世話役(後に工事係長)

東北新幹線黒石南工区建設工事

四九・六~五〇・二

上部半断面先進工法

(一部については底設導坑先進工法・

またピック掘りもあり)

全般の大世話役(工事部長)

武蔵野南線生田ずい道工事

五〇・三~五〇・六

側壁導坑先進上部半断面工法

(ロードヘッターを使用した掘削)

工事部長兼所長代理

久慈線小本ずい道工事

五〇・七~五一・三

大半が全断面工法

工事部長(コンクリート巻き立てなどの

いわゆる後向きの作業に従事)

東北新幹線第一大槻ずい道工事

五一・四~五一・八

側壁導坑先進工法

(手掘り・ユンボによる上半開削工法が一部)

工事部長(工事全般)

2  トンネル掘削作業とその労働実態

(一) トンネル掘削の工法

トンネル掘削の代表的な工法は次のとおりである。

(1) 底設導坑先進工法

トンネル断面の中央下部(底設導坑)を先づ掘削し、続いてその上の中央(中割)、更にその上(頂設)を順次掘削し、その後頂設、中割、底設導坑の両側(順次、丸形、中背、土平という。)を順次切り拡げ、全断面掘削後コンクリート巻立て工事を施行するもので、木製の支保工を使用していた当時から用いられ、在来式工法とも呼ばれ、地質が硬くないところで採用される。

右底設導坑、丸形、土平などの掘削に従事するのを、順次先進導坑、丸形、土平などというが、このような区別は一気に全断面ないし半断面を掘削していく後記全断面工法、半断面式工法にはない。

(2) 上部半断面先進工法

トンネル断面の上半を先に掘削し、コンクリート巻立てをし、次に下半を掘削しコンクリート巻立て工事を行うものである。

(3) 全断面掘削工法

トンネル断面の全部を一度に掘削し、コンクリート巻立て工事を施行するもので、地山を支える支保工が木製から鋼製に変わつたのに伴い用いられるようになり、地質が硬いところで採用される。

全断面式工法、半断面式工法によると、トンネル内の削孔に際しジャンボ削岩機、ずり積み込みと搬出のためにダンプカー、ロッカーショベル等の大型機械が導入され、作業能率も著しく上がる。

(4) 側壁導坑先進工法(サイロット工法)

トンネル断面の下半分の両側を先づ掘削しコンクリート巻立て工事を行い、次に上半分を掘削しコンクリート巻立て工事を行い、最後に下半分の中央部分を掘削する方式で、地山が硬く崩れやすい場合に採用される。

(二) トンネル掘削の方法

(1) トンネル掘削作業の概要

トンネル掘削は、一般に、①削岩機を用いてダイナマイト装填用の小穴をせん孔する削孔、②右の穴にダイナマイトを装填して岩石を崩壊させる発破、③発破後の多量の粉じん、ガスを除去するための換気、④いわゆるコソク点検(浮き石などを鉄棒やつるはしで落とす作業)をした後崩壊、破砕された岩石(ずり)を坑外に搬出するずり出し、⑤コンクリート巻立てまでの間に掘削した部分が崩れないように空洞に鋼材、材木等で堅枠を組み立てる支保工建込みの順序で行われ、この工程が繰り返されるが、地質、岩質が砂層などで軟い場合にはピックと呼ばれる先の尖つたのみを用いるピック掘り、更にはつるはし、スコップを用いる手掘りによつても行われる。

(2) 削孔

削岩機は、抗外に設置されたコンプレッサーによる圧縮空気により駆動するもので、乾式、湿式の二種類があり、後者は、のみの先端から水を噴出させ、削孔によつて発生する粉じん(くり粉)を泥状にして流し出し、粉じんの発生を抑制しようとするものであるが、被告間組は、掘削箇所によつては乾式を用いることもあつたが、それを除けば被告らは、殆んどの場合は湿式削岩機を用いた。

削岩機は、当初は、持ち運び可能なレッグドリルを横或いは縦に張つたスタンドに数個取り付け固定させ使用したが、その後半断面工法、全断面工法などの施行に伴い六ないし一〇個の削岩機を取り付ける専用の架台いわゆるジャンボ架台に固定して使用するようになつた。

右湿式として使用するための給水は、付近の川、沢などから、或いは井戸を掘つてポンプで給水タンクに揚水し、そこから自然流下方式により敷設した給水パイプを通じて切羽近くまで送水し、そこから直接削岩機に接続したり或いは給水管から削岩機用のウオータータンク(ジャンボ架台の場合には常設されている。)に移し替えたりした。

(3) 発破

ダイナマイトを装填すると、坑夫は削岩機、照明器具などすべてを撤去したうえ、切羽が坑口から近い時には坑外へ、掘り進むにつれ切羽から一〇〇メートル以上離れた坑内の安全な場所に避難して遠隔操作で爆破を行うが、この時大量の粉じんとガスが発生する。

(4) 換気

発破後には、発破に先立ち、予め削岩機の動力源であるエアー鉄管(給気管)の圧縮空気を遠隔操作により切羽で開放できるようにセットしておき、発破と同時に或いは発破前に右圧縮空気を開放することによつて坑外からの空気を切羽に一〇ないし一五分間送り込む方法(圧縮空気開放方式。もつとも、このような遠隔操作によらない方法が少なからず採られたことについては後記のとおり。)が用いられた。

その他作業現場によつては発破後の換気に限らず、導坑掘削時、一般的に、切羽にファンを設置しそれに風管を接続し切羽の空気を坑外に排出する排気方式の、坑口に同様な方法により切羽に空気を送り込む給気方式の換気設備が施され、右各方式が併用されることもあり、トンネルが長くなると換気能力が劣るためファンを増設する方法が採られた。

(5) ずり出し

発破後一〇ないし一五分前記圧縮空気の開放による換気がなされ、切羽付近の粉じんやガスが一応拡散すると、坑夫らは、前記退避場所から切羽に戻りコソク点検を終えた後ずり出しを開始する。

このずり出しは、当初は坑夫がスコップでずりをトロッコに積み込み坑夫が右トロッコを坑外に搬出する等の方法が採られていたが、その後機械化されずり積み機によりバケットでずりをすくい反転させ、これを後方に投じてそのまま或いはベルトコンベアによりトロッコに積み込む方法、更にはショベルカーでずりを坑内に導入されたトラックに積み込む方法(トラック工法)などが採用された。

(三) 労働条件

各トンネル掘削現場の労働時間は、八時間労働が原則のところ二時間の時間外労働を含め午前七時から午後六時までと午後七時から翌日の午前六時までの昼夜二交替制で、一週間ごとに昼夜勤務が交替していたが、主として坑夫の側の希望により坑夫の賃金体系に出来高的要素が加味されていたことや工事完成期限に間に合わせる必要から、坑夫らは、休憩を早めに切り上げたり、次の番の者が来て交替するまで働き、しかも昼夜勤務が交替するときには、作業を連続的に遂行するため各々約一六時間実際に働くことも少なくなく、また、公休は月に二日で日曜日の休日労働が恒常化されていた(もつとも被告木部建設設立以降は適宜休暇がとれた。)。

(四) 粉じん発生の実態

(1) 信濃川(①但し、一部掘削あり)、川崎(②)、生田(⑰)、大槻(⑲)の各現場は、地質が軟かく発破を要せずいわゆるピック掘り、手掘り、或いはユンボ、ロードヘッターなどによる掘削のため、湯河原(⑩)は石垣補修工事のため粉じんの発生は殆んど無関係であつた。

また、削岩、発破を要した現場のうち、黒部川(⑦)では、あんこという粘土質のものでダイナマイトを孔に詰め込んでも水のためにダイナマイトが押し出されてしまうなど初めから終わりまで常時夥しい湧水に悩まされ、丹那(⑨)では、これと約五〇メートル併行して造られ、その際記録的湧水があつた旧丹那トンネルの場合と較べれば少なかつたにせよ多量の湧水があり部分的に排水のための水抜坑を設ける必要があり、芦沢・舟形(⑮)では、湧水のため切羽の正面(鏡という。)が自立せずそのため切羽に薬液を注入して水を押えながら掘削を続け、小本(⑱)では、全域にわたつてかなりの湧水・滴水があり排水ポンプを使つて排水する必要があり、これらの現場では粉じんの発生は比較的少なかつた(湧水等があつても発破時には粉じんは発生する。)。それ以外の現場については発破を要する箇所が少なかつたり、掘削箇所によつては滴水があつたり湿潤であつたところもあるが、概して次に述べるように掘削に際して多量の粉じんが発生し、そのうち特に粉じんの発生が激しかつたのは①から⑥及び⑧の各現場であつた。

(2) 先づ、削孔に際し、一部乾式削岩機を使用した場合は当然のこと、湿式削岩機を使用する場合も給水が不十分なため(坑夫が水の補給を怠る場合も含め)空ぐりをしたり、当初は削岩機ののみの部分が固定する三ないし五センチメートル削孔するまでの間、坑夫の先手(助手)が手でもつて固定するいわゆるもんもん取りの際泥水がはね返るのを嫌つて空ぐりするためかなりの粉じんが発生し、機械化に伴いジャンボ架台に固定して多数の削岩機を一度に使用するようになると湿式を利用しても目に見える程粉じんが発生した。

発破時には最も多量の粉じんが発生したが、坑夫は、切羽から一定の距離に退避したにすぎず、前記の圧縮空気開放方式の換気を行つても短時間で切羽に戻るため十分な換気効果はなく、右圧縮空気開放方式も遠隔操作によつてではなく発破直後坑夫が退避所から切羽に戻り圧縮空気のホースを切羽に向けることも少なくなく、このとき一〇メートルぐらい先は粉じん、煙などのため見えないような状態であつた。

ずり出しの際は、トンネル坑内が湿潤である場合を除き坑夫がスコップでずりを積み込んだりする場合はもとよりずり積み機によりバケットでずりを後方に投げ込む際も粉じんが発生し、前記トラック工法の場合には同時にトラックによる排気ガスも発生した。

以上のとおり認められる。

三原告のじん肺罹患

1  じん肺について

<証拠>によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一) じん肺とは、臨床病理学的見地からすれば、各種の粉じんの吸入によつて胸部エックス線写真に異常粒状影、線状影が現れ、進行に伴つて肺機能低下をきたし、肺性心にまで至るもので、剖検すると粉じん性線維化巣、気管支炎、肺気腫を認め血管変化をも伴う肺疾患であると定義することができ、この発生機序は次のとおりである。

空気に混じつて粉じんが吸入されると、一部分は気管とか気管支のようないわゆる上部気道に抑留され、気管支粘膜の上皮細胞の線毛の働きで痰に混じつて再喀出されるが、吸入する粉じんの量が多くなると細い気管支を通じて肺胞内に到達する。

そうすると、肺胞の壁から異物を食べる喰細胞が出て粉じんを体内にとりこみ、肺門のリンパ腺をはじめ肺領域のリンパ組織に運びこみ、これを蓄積させる。

けい酸分を多く含んだ粉じんの場合は、リンパ腺に蓄積された粉じんは、リンパ腺の細胞を増殖させ、その結果正常な細胞が壊されて膠原線維が増加し、線維でおきかえられたリンパ腺はリンパ球の生産をはじめとするその本来の機能が失われる。

このようにリンパ腺が閉塞された後更に吸入された粉じんは、肺胞腔内に蓄積され、肺胞壁を破壊し、これを肺組織から遮断しようとしてそこから出てくる線維芽細胞により肺胞腔内に線維が形成され、〇・五ないし五ミリメートル以上の大きさの固い結節(じん肺結節)となり、肺胞壁を閉塞する。

吸じん量が更に増加すると、じん肺結節は大きさ、数を増して融合し、塊状巣を形成しその領域の肺胞壁を閉塞するばかりか気管支や血管も狭窄したり閉塞したりするが、他方、粉じんは、気管支を通過することから、気管支の表面へ上皮細胞に影響を与えて気管支変化を生じさせ、慢性気管支炎を生じ、また細小気管支腔が狭くなつて呼吸気道の抵抗が大きなり、末梢の細胞壁に負担がかかり壁が破れて肺胞壁が拡大し肺気腫を生じさせ、気腫壁には殆んど血管がないから空気が入つてきてもガス交換をすることができなくなり、また血管変化により循環障害が起こり、減退した肺機能の下でも本来必要なガス交換を行おうとして肺動脈を通じてより多くの血液を肺胞に送り込もうとして心臓の負担が増大して心肥大を生じ心臓を衰弱させ肺性心に至る。

右病変の過程において合併症を伴うことが多く、現行じん肺法施行規則では肺結核、結核性胸膜炎、続発性気管支炎、続発性気管支拡張症、続発性気胸を合併症としてあげているが、これ以外にも肺炎、各種の癌、消化性潰瘍、心筋梗塞等虚血性心疾患、脳血管障害、肝障害、腎障害等を挙げる有力な見解もある。

じん肺に罹患するか否か及びその症状の進行の程度は、気道の粉じんろ過能力、再喀出能力などの体質及び粉じんの粉じん量に左右される。

(二) じん肺の特徴

じん肺は、第一に早期の気管支炎など気管支変化については治療効果があるが、粉じん性線維化巣、進行した気管支変化、肺気腫、血管変化は治療によつて元の状態に戻すことはできず(不可逆性)、第二に粉じん職場を離れ粉じんの吸入が止んだ後も既に吸入された粉じんの量及び質(多量のけい酸を含んだ粉じん程線維化、気管支の変化をもたらす。)に対応して病変は進行を続け(慢性進行性)、第三に前記の循環障害による肺性心や合併症の他、慢性的な酸素不足のため各種臓器に悪影響を及ぼす(全身疾患性)という特質がある。

そしてじん肺の症状が進行を続けた場合肺性心により、或いは前記の合併症(ことにじん肺結核)を併発することによつて死亡することが少なくない。

(三) じん肺の症状

じん肺の自覚症状としては、主に呼吸困難、動悸、喀痰、咳等があげられ、一般には呼吸困難、動悸が初めに現われるが、前記のとおりじん肺は気管支炎を伴うことが多いので、この場合には喀痰、咳が最初に認められる。

2  原告の罹患

(一) 原告の罹患と本件掘削作業との因果関係

請求原因3(二)の事実のうち、原告が三度にわたり健康管理区分の管理四の決定を受けたことは当事者間に争いがなく、これと<証拠>によれば、原告は、昭和四七年六月一日管理四(エックス線写真の像第二型、心肺機能の障害高度、要療養(なお、丙第二二号証の決定通知書には療養の要否について記載なし))、同五一年五月一三日管理四(エックス線写真の像が第三型、心肺機能の障害高度、その他の症状あり、要療養)、同年七月一二日管理四の決定(内容明らかでない)をそれぞれ受けたことが認められ、以上によると原告がじん肺に罹患したことは明らかである。

<証拠>によれば、原告は、被告間組に就労するまでに土地造成工事などに従事したことがあるが、粉じんを伴う作業ではなかつたし、他に本件トンネル掘削現場以外で粉じんを伴う作業に従事したことがないことが認められ、これと、前記のとおり原告が昭和二四年七月から昭和五一年八月までの間本件トンネル掘削作業(但し、⑩を除く。)に従事しこれらの現場において多量の粉じんが発生していた事実(もつとも各工事現場で粉じんの発生量に差があつたことは前記認定のとおりである。)によれば、本件トンネル掘削作業によつて原告がじん肺に罹患したことは明らかである。

(二) 原告の症状と日常生活の制約

<証拠>によれば、原告は、第一回目の認定当時ころ既に身体がだるく疲れ易かつたが格別じん肺特有の症状はなく、第二回、第三回目の認定当時に至ると胸が締め付けられたり、むかむかするようになつたこと、現在の症状として呼吸困難(息切れ)が著しく(呼吸困難で救急車で運ばれ二週間入院したこともある。)特に歩いたりすると息切れ、動悸が激しく、常に胸が重苦しく、日に何回も咳、痰が出て通院を余儀なくされ、風邪を引いても以前と異なり一旦引くと治りにくくなつたこと、このようなわけで長時間の歩行、会話も困難であるなどの様々の日常生活上の制約を受けていることが認められる。

もつとも右証拠によれば、原告は、本件示談の際、或いはじん肺裁判関係で上京したことも認められるが、これらのことは右認定を左右するものではない。

四被告らの義務

1(一)  安全配慮義務

雇傭契約上の使用者が被傭者に対し、信義則上右契約の付随義務として同人が労務に従事する際生命、身体、健康等を危険から保護するように配慮すべき義務(安全配慮義務)を負うのはいうまでもなく、直接の雇傭契約がない場合にも安全配慮義務の実質的根拠となる使用従属関係がある場合には右関係に基づき信義則上同様の義務を負うと解するのが相当であるところ、原告が①ないし⑫の現場で被告間組との間で、⑬ないし⑲の現場では同被告の下請である被告木部建設との間でそれぞれ各現場ごとに雇傭契約を締結していたことは前記二1で認定したとおりであるから、右各期間、被告間組及び被告木部建設が直接の雇傭者としてそれぞれ安全配慮義務を負つていたことは明らかであり、また⑬ないし⑲の現場については元請人である被告間組も後記のとおりの原告との間の実質的な使用従属関係に照らし、安全配慮義務を負つていたというべきである。

右の点について被告間組は、①から⑫についての雇傭契約は形式的、名目的なものにすぎず、また⑬ないし⑲については何ら原告との間には雇傭契約がないから、かかる安全配慮義務を負ういわれはない旨主張するので若干の検討をする。

<証拠>によれば、被告間組と被告木部建設の前身であつた木部班長とは各現場ごとに「割出協定書」という一種の下請契約書を作成しこれに基づいて工事がされ、坑夫の募集、採用、労働条件、坑夫の配置の決定が木部班の班長によつてされていたこと、具体的な作業上の指示も班長、その下の大世話役、世話役を経てされていたこと、木部班が募集、採用した者は木部班に所属し(原告が木部班に所属していたことは当事者間に争いがない。)、他の班に配属されることはなく木部班と行動を共にし、坑夫らとしても木部班の従業員という意識が強く木部班独自の現場事務所が被告間組とは別にあつたことが認められ、これによると実質的には原告が木部班に雇傭されたうえ被告間組と木部班とは右「割出協定書」に基づく一種の下請関係があつたとみられないわけではない(なお、この点は後述する。)。

しかしながら、右各証拠によれば、最終的な採用の承認は同被告によりされ、坑夫らは、被告間組より賃金の支払を受け、この賃金にも被告間組が決定している基準賃金を基に同被告の了解を得て木部班が決定していたこと、作業上の指示も被告間組の現場所長を通じて前記のとおり伝達されていたものであり、同被告の職員が毎日現場を巡回していたこと、トンネル工事の施工方法の変更も被告間組が注文者と協議のうえ決定し、各工事現場で使用する削岩機等資材はすべて同被告が準備して木部班に貸与していたことと、安全衛生週間の行事、健康診断の実施など被告間組において実行していたこと、健康保険、失業保険の手続・支払も同被告によつてなされていたことが認められ、以上によれば、被告間組と原告との間には形式的な雇傭関係があつたばかりか、使用従属関係に基づく実質的な雇傭関係があつたことも明らかである。

また、被告間組と被告木部建設の関係については、<証拠>によれば、木部班が木部建設株式会社に法人化された後は被告木部建設に会社運営の独立性が認められ、従業員に対する賃金も同被告から支払われるとともに従来の日給制から月給制に移行し、被告木部建設においてマスクを支給したり、安価な機材類の購入をしたり、同被告独自の安全衛生委員会が設置される等右法人化に伴う変化があつたことは否定できないが、被告間組との基本的な関係は、木部班時代とほぼ同様であつたことが認められ、これによると、被告間組と原告との間には直接の雇傭関係はないにせよ、実質的な使用従属関係があつたというべきである。

したがつて、前記被告間組の主張は採用することができない。

(二)  一般的義務

被告らは、使用者或いはそれに準じる者として右安全配慮義務の他それと同一内容の一般的義務を負つていたというべきであるが、原告は、選択的に安全配慮義務不履行又は不法行為による各損害賠償請求をしているので、以下前者について検討する。

2  予見可能性

<証拠>によれば、じん肺は、古くから「よろけ」などと呼ばれ鉱山等の粉じん作業に伴う代表的な職業病として知られ、戦前から既に粉じん対策の必要性が認識され国による実態調査などが行われ、昭和五年にはけい肺が業務上疾病と認められるに至り、昭和一一年には鉱山だけでなく工場にもその適用範囲が拡大したこと、戦後昭和二二年労働基準法の制定に伴い職業病撲滅の第一歩としてじん肺対策が本格的に取り組まれることとなり、昭和二三年には金属鉱山の労働者に対するけい肺の集団検診が実施され、昭和三〇年には「けい肺等特別保護法」、昭和三五年には「じん肺法」(改正以前のもの)が制定され、後者については使用者及び粉じん作業に従事する労働者は、粉じんの発散の抑制、保護具の使用その他について適切な措置を講じ、使用者は、常時粉じん作業に従事する労働者に対してじん肺に関する予防及び健康管理のために必要な教育をし、就業時及び定期的にじん肺健康診断をすべきこと等が規定されたこと、トンネル掘削作業の場合は、鉱山の場合ほど古くから知られていたわけではないが、じん肺発生のおそれは昭和一三年ころには既に指摘され(大正一五年にけい酸じんによる健康被害の危険性を指摘した文献があつたことも窺われる。)、昭和二三年金属鉱山復興会議作成の衆参両院議長宛ての「鉱山労働者けい肺対策に関する建議書」の中でもトンネル開鑿事業場におけるじん肺の発生の危険性について触れていることが認められ、以上の事実とトンネル掘削作業の場合も鉱山の場合同様、削岩機、発破の使用など粉じんを伴う作業であるという点では共通であるうえ、原告が被告間組の下で作業に従事するようになつた昭和二四年ころには既に企業のなかではトンネル抗内における様々な粉じん対策を採つていたものもあり(弁論の全趣旨により認められる。)、現に同被告においても湿式削岩機を使用する等していた事実(前記二2(二)(2))をも併せ考えると、昭和四四年設立された被告木部建設はもとより、昭和二四年ころの右時点で被告間組において原告をはじめ抗夫らがトンネル掘削作業により粉じんを吸入しじん肺に罹患するおそれがあることを予見することができたというべきである。

3  被告らの具体的な結果回避義務の内容

被告らは、原告が従事したトンネル掘削現場における粉じんの発生が前記二2(四)のとおりであり、しかも右に述べたようにトンネル掘削におけるじん肺罹患のおそれを予見することができたのであるから、原告を含む抗夫らに対し粉じんの吸入によりじん肺に罹患しないよう次のような具体的な安全配慮義務を負担していたというべきである。

(一) 先づ、粉じんの発生を防止・抑制するために、

(1) 削孔に際しては、湿式削岩機を使用することはいうまでもなく、これを湿式として使用するための給水を十分確保するとともに、空ぐりを行うことなく湿式として使用すべきであり、仮に乾式を使用する場合には収じん装置の設置をすべきであつた(なお、右収じん装置の点について湿式の場合についても現在開発、利用されていることを認めるに足りる証拠はない。)。

(2) 発破後の換気はもとより、トンネル掘削時一般にファンなどの換気設備を設置し、できる限り抗内の換気を図るべきであり、それとともに発破後粉じんが稀釈されるまでは抗夫らを切羽近くに立ち入らせないようにすべきであつた。

(3) 発破後やずり出しの際必要に応じて散水をすべきであつた。

(二) 抗夫が粉じんを吸入しないように、

(1) 適切な防じんマスクを支給し、その使用を徹底するとともに、マスクの取換え、掃除などの指示をすべきであつた。

(2) 労働時間を短縮したり、休憩、休暇を保障すべきであつた。

(三) じん肺罹患を早期に発見し、適切な処置が採れるように一般健康診断は当然のこと定期的なじん肺健康診断を実施するとともに、これを抗夫に徹底させ、罹患者に対しては速やかに非粉じん現場に配置転換をすべきであつた。

(四) じん肺防止のためには事業者の措置はもとより坑夫らの理解・協力が不可欠であるから、坑夫らに対し、粉じんの恐ろしさ、防止方法などについての安全衛生教育を徹底すべきであつた。

五被告らの義務違反

そこで、前記二2(四)で認定したように①、②、⑩、⑰、⑲の現場を除き程度の差こそあれ多量の粉じんの発生があつた(④、⑨、⑮、⑱の現場では比較的少なかつたが)のであるから、これらの現場について被告らが右各義務を尽くしたか否かについて判断する。

前記二で認定の事実、同じく二で掲記した各証拠、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、<証拠>中右認定に反する記載及び供述部分は採用しないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  粉じん発生防止・抑制義務違反

(一) 削孔の際の削岩機は、丸山(③)、三浦(④)のように掘削箇所によつては乾式削岩機を使用することもあつたが(この場合収じん装置の設置はなかつた。)、それ以外では殆んど湿式削岩機を使用した。

湿式として使用する場合の水の補給は、給水管敷設方式によつて和佐保(⑤)を除けば、切羽付近までなされていて十分であり、右現場を除けば原告自身は、水ぐりを行つたが、他の坑夫達の中には給水管から削岩機用の水タンクに水を補給することなく空ぐりをすることもこのころには散見され(したがつて、付近で作業する原告は、粉じんに曝された。)、ジャンボ架台を使用する以前のいわゆるもんもん取りの際、原告らは、泥水がかかるのを嫌がつて数秒間空ぐりをすることが多く(この点については水量の調整を一定なしうるが)、これらの空ぐりの点について被告間組の方から注意を受けることは殆んどなかつた(なお、⑯の現場でもみられた。)。

(二) 換気設備については、丸山(③)、三浦(④)、和佐保(⑤)、兼見(⑧)では発破後等の多量の粉じんの発生があつたにもかかわらず、後記の発破後の圧縮空気開放方式による換気しかなく、換気効果は極めて不十分であつた(もつとも③のうちの排水路工事については導坑が既に貫通していたので自然換気があつた。)。

それ以外の発破を要する現場では前記のとおり排気方式、給気方式の換気設備が施され、紅葉山(⑫)、新欽明路(⑭)では両方式が併用されていたが、発破によつてファン、風管が破損しないように、或いは切羽が進むに従つてファン、風管などを移動させることを怠るなどの理由でファンが切羽から離れたところにあり、そのためこれによる換気も必ずしも十分でないことが多かつた。

発破後の圧縮空気開放方式による換気はどの現場でも採られたが、この方法によれば、粉じんやガスをかく拌し薄めることはあつても完全に坑外へ排出することはできないうえ(特に坑道が長くなれば排出は不可能である。)、被告間組の時期には遠隔操作によることなく発破後直ちに坑夫が退避所から切羽に向かい圧縮空気のホースを切羽に向けて圧縮空気を開放することが少なくなく、また前記のように発破に先立ち移動させていたファンを切羽に運んだりする場合、坑夫らは多量の粉じんに曝された。

右の点と関連して坑夫らは発破の際切羽から一〇〇メートル前後退避したに過ぎず、しかも右圧縮空気の開放後一〇ないし一五分のうちに切羽に戻り次の作業に従事することが多かつたが、この点について被告らから格別の指示などなかつた。

(三) 散水の点は、掘削箇所によつては滴水があつたり湿潤で散水を要しないところもあつたが、必要な場合について十分な給水があり削岩機用のホースを用いていつでも散水できるのに、一部を除き散水しないことが多く、この点についても被告らからの指示は殆んどなかつた。

2  体内侵襲防護義務違反

(一) マスクの支給については、被告間組時代の初めのころにはマスクが全く支給されず、坑夫は、手ぬぐいで口を覆つたりしており、和佐保(⑤)以降マスクの支給があつても支給されたマスクは、昭和二五年ころには既に検定制度が設けられ、このころ検定品のマスクが市販されていたにもかかわらず、風邪を引いた時に使用するガーゼの入つたフエルト製マスクであり、これは目詰りを起し易く呼吸が困難になることもあつて坑夫らの他被告間組の工事係の者なども使用しないことが多かつたが、これについて被告間組の方で問題意識を持つて着用の指示をするということも殆んどなく、あるとしてもせいぜい粉じんがある時はマスクをしろという程度であつた。

その後、ろ過材を使用する防じんマスクも使用されるようになり労務ニュースなどを通じてマスクの着用を呼びかけるようにもなつたが、坑夫らは、削孔時を除けばマスクを着用せず、耐用期間(一般に一〇〇〇時間又は五、六か月が標準)経過後についてもろ過材の交換をしなかつたりすることが多く、このような場面において具体的に注意を受けることはなかつた。

被告木部建設の時期になつてからは防じんマスクも一人当り一ないし二個無償で支給され、しかもいつでも取換えができるような態勢になり、マスク着用の指示もこれまで以上にはなされるようになつたが、指示についても切羽付近以外では着用しなくてもよいとか、粉じんの流れてくるところでは着用するよう指示しながら、他方発破後の退避場所において後ガスが流れてくるときは同様に粉じんに曝されるにもかかわらず着用の必要はないなど指示が一貫せず、またフィルターの取換えも目で見て汚なくなつたら交換するよう指示する程度で坑夫各自の自由に任せていた。

(二) 労働条件について一日一〇時間労働、休日労働、休憩の早期切り上げの実態等については前記のとおりであり、もちろんこれらの点については原告らの意思に基づくものとはいえ、粉じんの曝露時間を短くするために被告間組において配慮すべきであつた。

被告木部建設の時代になると全休日以外に適宜休暇をとるなど労働条件が一般に改善され、原告においてはその管理職的立場から直接の掘削などによる粉じん曝露の機会が少なくなつたことは後記認定のとおりである。

3  健康管理義務違反

丸山(③)、鳩ケ谷(⑥)などには被告間組の診療所が設置され、⑬までの各現場ごとに被告らは、労働基準法、けい肺等特別保護法、じん肺法等の規定による定期健康診断、けい肺健康診断、就業時及び定期的なじん肺健康診断(第一次的には粉じん作業についての職歴の調査及び胸部全域のエックス線直接撮影、第二次的に胸部に関する臨床検査及び肺機能検査など)を一応実施していたが、その重要性を坑夫らに十分理解させていなかつたことや受診についても周知徹底しなかつたため、原告は、他の多くの坑夫らと同様に健康診断はともかくじん肺健康診断を受診することは全くなく、新欽明路(⑭)の現場で初めてじん肺健康診断を受け、その結果いきなり第一回目の前記管理区分管理四の決定を受けたものであり、その後は⑮の現場(作業期間が短かつた。)を除き受診している。

原告が右第一回決定を受けたころには、原告自身としては被告木部建設の管理職的立場にあり、直接掘削作業に従事することがなく、また原告自身としてもまだ働けるという意識を有していた(前記のとおり決定通知書には要療養の記載もなく、同被告の方からは格別指示もなく原告は事の重大さに気付いていなかつた。)といえ、被告らとしては、原告が第一回目のじん肺健診の結果いきなり最重要ランクの管理四の決定を受け、原告が依然坑内現場を見廻つて作業の監督をしたりすることも多かつたのであるから、もつと原告の健康管理に関心をもつて原告を非粉じん現場に配置転換をしたり、坑内見廻りの機会をできるだけ少なくするなどの配慮をしてしかるべきところ、被告らは、この問題につき余り関心を示さなかつた。

4  安全衛生教育義務違反

被告間組の時代、同被告は、各現場ごとで新規採用する際をはじめ、坑夫らに対し、粉じんを吸入するとじん肺に罹患するおそれがあること、そのための方策等について教えることは殆んどなく、被告間組の労務担当者ですらじん肺について知らないことが多く、したがつて、坑夫らが空ぐりをしたりマスクを着用しなかつたりしているにもかかわらず、これについて被告間組或いは本部班長の方から指示、注意がなかつたことは前記のとおりである。

その後、被告間組を主体として木部班の大世話役などで構成する安全衛生委員会(原告も⑪ころには委員となつている。)が月一ないし二回開催されていたがそこでの協議事項の内容も主としてダイナマイトや落石事故の防止等についてであり、じん肺について触れるとしても粉じんがあるときはマスクをするとか、マスクを取換えるなどという程度であり(右安全衛生委員会のなかに専門部会を設けじん肺についても専門的に研究することになつていたが少なくともこの点については殆んど活動がなかつた。)、作業開始前のミーティング、被告間組の職員及び木部班の職員が集まつて行われる安全大会や労務ニュースを通じて坑夫らに呼びかけるにあたつても極めて不十分であつた。

また、被告間組は、その他各安全衛生週間の行事、支店、本店による安全パトロールによる現地点検なども行つていたが、同様に事故防止が主眼とされていた。

被告木部建設が設立されてからは、同被告が独自に安全衛生委員会を設け(原告も安全委員、これとは別に被告間組との合同の安全衛生協議会が設置され被告間組より被告木部建設に対する指導がされていた。)右同様のことを実施し、原告が第一回目の管理四の決定を受けた後被告木部建設の従業員がじん肺に罹つて死亡するなどのことがあり、これを契機に同被告においても問題意識をもつてじん肺の恐ろしさの教育、マスクの着用の指示など従来に比してよくされるようになつたが、たとえば、現地点検(安全パトロールは被告ら双方によつてそれぞれなされていた。)の際坑夫らがマスクを一応着用しているのを確認しこれで満足するという程度であり、そのマスクがフィルターの交換が良くなされ有効に機能するものであるか否かなどの具体的な点検は全くされなかつた。以上のとおり認められる。

六被告らの責任

1 以上によれば、被告間組と被告木部建設に安全配慮義務違反があつたことは明らかであり、被告間組は、使用者及びそれに準じるものとして後記損害について全部責任を負うべきであり、被告木部建設も、会社設立以降について使用者としての責任を負うべきであつて、設立以降については両者の前記のとおりの緊密な関係に照らし、共同不法行為(民法七一九条)に準じた責任を負うべきである。

2 もつとも被告木部建設の責任については、前記のとおり同被告が設立されたのが昭和四四年五月二九日で、原告が第一回目の管理四の決定を受けたのが昭和四七年六月一日であり、粉じんの発生が激しかつたのが主として被告間組の時期で、他方被告木部建設の時期になつてからは概して粉じんの発生も比較的少ないうえ、原告が従事した作業内容に照らせば、昭和五一年五月一三日第一回目の決定よりエックス線写真の像が第二型から第三型になるなどじん肺の症状が若干悪化したとしても、被告木部建設設立以降のトンネル掘削作業における粉じんと原告の前記じん肺罹患或いはその悪化との因果関係はさ程ないというべきであろう。

しかしながら、前記のとおり、被告間組時代、同被告と原告との間に形式上のみならず実質的にも雇傭関係があつたとはいえ、実質的には原告が被告間組というよりむしろ木部班に所属し被告間組と木部班長木部梅丸との間は割出協定書に基づく下請的関係の面があつたことは否定できないし、また、<証拠>によれば、木部班は、戦前から他の各班同様被告間組の下請として同被告に対し労務を提供していたものであるが、昭和二二年制定の職業安定法により労働者供給事業が原則として禁止されたため、従来親方又は班長と呼ばれてきた下請業者が従来どおりの形態で労務を提供することが困難となつたことから、各班が制限された形で一定の独立性を保ちつつ被告間組の組織に取り込まれるとともに現場作業所長が各班長から採用の申出のあつた作業員を直接雇傭する形態を採るようになつたことが認められ、以上によると、本部班は、被告間組の強い支配の下に限定された範囲内で原告に対し一定の使用従属関係を有していたというべきであるから、右限度内で一定の安全配慮義務を負つていたというべきである。

そうすると、このような木部班が法人化した被告木部建設も、右会社設立の経緯、会社設立前後の実態に照らし、木部班時代についても被告間組同様に責任を負うものと解するのが相当である。

以上のとおり、被告間組、被告木部建設は、ともに後記全損害について責任を負うべきである。

七損害

1  逸失利益

前記認定の原告のじん肺罹患の経緯・症状に照らすと、原告は遅くとも昭和五一年当時労働基準法施行規則別表第二の身体障害等級表第三級の四胸腹部臓器の機能に著しい障害を残し終身労務に服することができないものに相当したものということができ、したがつて、原告は、そのころ稼動能力を一〇〇パーセント喪失したものというべきである。

そこで、原告の逸失利益を算定するに際し、<証拠>によれば、被告木部建設における定年は満六〇歳であることが認められるので、以下定年前と定年後に分けて検討する。

先づ、定年前については、<証拠>によれば、原告が大正一五年一月二〇日生まれで(前記一のとおり)、休職前四年間(昭和四七年度から昭和五〇年度まで)の原告の各年度の現実の収入は、原告の当該年齢(四六歳から四九歳まで)に対応する賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、男子労働者、学歴計の年収の一・一八四六倍を下らないことが認められるので、原告の被告木部建設における昭和五一年度から定年となる昭和六〇年度(五九歳、厳密に言えば、昭和六一年一月二〇日であるが便宜上昭和六〇年一二月末日として考える。)までの原告の得べかりし利益は、各年度の右賃金センサスによる収入をそれぞれ一・一八四六倍して計算すると別表三のとおり四五四六万二四五五円となる(なお、この点弁論の全趣旨によれば、この間原告の昇給及び一般的なベースアップも窺えないわけではないが、正確な昇給率及びベースアップ率を認めるに足りる的確な証拠がないので、結局右の方式で算定する。)。

次に、定年後(昭和六一年度以降)については、就労可能年数を六八歳までとして昭和六九年度までの逸失利益を求めるに、原告の前記収入がトンネル掘削作業という特殊な職業に基づくものでしかも尋常高等小学校卒業という原告の学歴(前記一のとおり)に照らせば、この間の収入は、賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、男子労働者、新中卒者の年収によるべきであり、昭和五九年度の六〇歳から六四歳までの平均年収は、二六〇万八九〇〇円であるから、これに新ホフマン係数六・五八九を掛けて右定年時の現価を算定すると、一七一九万〇〇四二円となる。

以上によると、原告の逸失利益は六二六五万二四九七円となり、原告が昭和五一年度休職前の賃金二六七万三八九〇円を受領していることは原告が自認しているところであるから、これを控除すると原告の逸失利益は五九九七万八六〇七円となる。

2  損害の填補

被告らは、原告が被告木部建設より支払を受けた①休業補償補給金、打切補償補給金、退職功労金計六七八万六九八八円(被告間組)を含む示談金八〇〇万円を、②原告が昭和六一年七月までに給付を受けた労災保険給付、社会保険給付計二九六九万四一二四円(被告間組は二八七五万一〇九七円)及び労災保険給付の分については将来の給付も含め、原告の損害から控除するように主張するので検討する。

前記本案前の主張のところで認定した事実、<証拠>によれば、①前記示談金八〇〇万円の内訳は、既払分を含め休業補償補給金一七三万八五八六円(甲第一六号証によれば、本来一七三万七〇九四円のところであるが)、打切補償補給金二一二万四〇〇〇円、企業年金給付金六五万九二〇〇円、退職金五五万三八一二円、特別功労金二九二万四四〇二円であり、これらがいずれも被告木部建設より(については保険会社より)原告に支払われていること、②昭和五一年から昭和六一年八月まで、昭和五一、五二年度休業補償給付金として二三五万四九〇二円、右各年度休業特別支給金として七八万四七九二円、昭和五三年から昭和六一年七月まで傷病補償年金として一五〇二万二一三二円、右各年度傷病補償特別年金として三六八万五一三七円、昭和五三年から昭和六一年五月まで障害厚生年金として六九〇万四一三四円、昭和五六年から昭和六一年六月まで療養補償給付金として四六万八七五二円、昭和六一年八月老齢厚生年金として四七万四二七五円計二九六九万四一二四円がそれぞれ原告に支払われていること及び傷病補償年金・特別年金については今後も引き続き支給される予定であることが認められる。

そこで、これらの金員が損害の填補として原告の損害額から控除されるべきか検討する。

先づ、被告木部建設が原告に支払つた休業補償補給金及び打切補償補給金(①の、)が損害の填補として控除の対象となること、他方企業年金給付金、退職金、特別功労金(同ないし)が本来損害の填補を目的とするものでないから控除の対象とならないことは明らかである。

次に、労働者災害補償保険法に基づく保険給付について検討するに、労災保険は、使用者の本来なすべき災害補償義務を政府が肩代りして労働者に対する災害補償を迅速・公正に保険給付の形式で行うものであるから、労災保険給付がなされた場合には、労働基準法八四条二項の規定を類推して同一の事由についてはその価額の限度において控除すべきものと解すべきところ、休業補償給付金、傷病補償年金(②の、)が控除の対象となる点は問題がないが、療養補償給付金(同)については治療費等の請求をしていない本件にあつては同一事由に基づくものとはいえず控除の対象とならないし、また、休業特別支給金、傷病補償特別年金(同、)は、いずれも労働者災害補償保険法二三条に基づく労働福祉事業の一環として労働者の福祉の増進を図るために支給されるもので損害填補のためのものでないから、控除の対象とならないというべきである。

厚生年金保険法に基づく保険給付について検討するに、老齢厚生年金(同)が損害の填補の性質をもつものではないことは明らかであるから控除すべきでないが、障害厚生年金(同)については、それが労働者の生活の安定と福祉の向上を目的とするものであるとはいえ、同法四〇条の規定の趣旨に照らせば損害填補の性質をも併せ有することは否定しえないから控除するのが相当である。

最後に、将来の給付分について検討するに、たとえ将来にわたり労働者災害補償保険法に基づく保険給付が確定しているとしても、いまだ現実の給付がない以上、このような将来の給付額を損害から控除するのは相当でないというべきであるから将来支給予定の傷病補償年金を控除すべきでなく(右特別年金については前記のとおりそもそも控除すべきでない。)、以上によれば、控除すべき金額は計二八一四万三七五四円となり、前記原告の逸失利益からこれを控除すると三一八三万四八五三円となる。

3  慰謝料

原告のじん肺罹患による現在の症状及び日常生活上の様々の制約は、前記三2(二)に認定のとおりであるが、更に病状の悪化により死に至る可能性も十分認められ(前記三1(二))原告が死の恐怖に脅えながら生活しているものであることは推測するに難くなく、原告が収入の途を断たれたことにより原告の家族の生計に多大な影響を与えているものであること(原告本人尋問の結果により認められる)、被告らの義務違反の態様、程度、その他諸般の事情に照らせば、原告がじん肺罹患によつて被つた精神的苦痛を慰謝するには一八〇〇万円をもつてするのが相当である。

4  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告が本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人らに委任し、弁護士費用として一〇〇〇万円を支払うことを同人らとの間で約したことが認められるところ、本件事案の性質・難易・審理の経過・認容額その他諸般の事情を考慮して弁護士費用として五〇〇万円を本件債務不履行と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

5  合計損害額

3,183万4,853円+1,800万円+500万円=5,483万4,853円

八消滅時効の抗弁について

安全配慮義務違反による損害賠償請求権の消滅時効の起算点について考えるに、右債権も一般の債権と同じく民法一六七条一項の規定が適用されるが、同法一六六条一項の「権利を行使することを得る時」とは単に権利行使について法律上の障害がないというに止まらず、その権利の性質・種類・内容及び権利者の職業・地位・教育等から権利を行使することを期待又は要求することができる時期と解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原告の被告らに対する債権の内容は、昭和二四年から同五一年まで二七年の長期間被告らに雇傭されて各工事現場で粉じん作業に従事するうち、じん肺に罹患したとしてその賠償を請求するものであるが、前記認定のとおりじん肺は、不可逆性、慢性進行性で全身疾患性の特質があるうえ、これによる被害を被告らの安全配慮義務違反によるものとして賠償を求めるものであり、更に原告は、尋常高等小学校卒業後、殆んどを被告らの下でトンネル掘削作業に従事してきたこと等を考慮すると、原告がじん肺に罹患したことを確実に認識し、それによる被害の賠償請求権を行使することを期待又は要求することができたのは、前記認定の昭和五一年五月一三日決定の「管理四」の通知を受け、そのため同年九月から休業した時と解するのが相当である。

もつとも、原告はこれより先の昭和四七年六月にも「管理四」の通知を受けているが、原告はそのころはその意味・内容を十分に理解できず、その後も従前と同様な仕事に従事してきたものであり、前記のとおり昭和五一年五月の「管理四」の通知により間もなく休業を余儀なくされたもので、その時を前記のとおり時効の起算点とするのが本件の事案に即し妥当なものと思料される。

そうすると、本件では消滅時効の一〇年の期間が経過していないことは明らかであるから、被告らのこの点に関する主張は理由がない。

被告らは、右起算点は、被傭者の退職日であり原告と被告らとの雇傭契約は現場ごとに独立になされていたものであるから、各現場離脱日を起算点とすべきであるところ、①ないし⑬の分については既に時効が完成している旨主張するが、そもそも右退職時説は、本来の給付請求権と安全配慮義務不履行による損害賠償請求権との同一性を前提とするものであり、このような前提自体について疑問があるばかりか(安全配慮義務不履行による損害賠償請求権は本来の給付義務と無関係な付随義務違反から生じた損害賠償義務である。)、実際的にも退職後相当な年月を経過してじん肺が発症した場合など不都合を来たすことは明らかであるから、採用しないが、仮に被告ら主張の退職時説によるとしても、形式的には現場ごとの採用、解雇という形を採りながら、実質的には前記認定のように雇傭関係は継続していた(被告らにおいて坑夫らの処遇に際し勤務年数などが重要なファクターとなつていたことは<証拠>などから明らかである。)というべきであるので、最終退職日(昭和五四年一二月一日であることは当事者間に争いがない。)を起算点とすべきであり、そうすると未だ一〇年の時効が経過していないことは明らかであるから、被告らの主張は、この意味でも理由がない。

九過失相殺の抗弁について

被告らは、原告において安全健康保持義務を自ら負つているにもかかわらず削岩機の空ぐり使用、防じんマスクの不着用、じん肺健康診断の不受診など右義務を懈怠したものであり、また被告木部建設設立以降は原告は、管理者的立場にあつたものであるから、損害賠償額の算定に際しこれらの点を斟酌すべきである旨主張する。

しかしながら、原告に防じんマスクの不着用、じん肺健康診断の受診を怠るなどの事実が認められるとしても、そもそも粉じん対策を第一に講ずべき責任は被告らにあると認められるところ、被告らは、前記のとおりこれをいずれも怠つたものであるうえ、原告の右懈怠も専ら被告らの前記のとおりのじん肺教育の不徹底に基づくものであると考えられ、そうすると原告の右の点につき損害賠償額の算定に際し斟酌すべき過失があつたとは認められないというべきである。

また、原告が⑪のころから安全委員として、⑬からは被告木部建設の中間管理者として安全教育について坑夫らを指導すべき立場で作業に関与していたとしても右同様の理由で右判断を何ら左右するものではない。

よつて、被告らの過失相殺の抗弁も理由がないから採用しない。

一〇結論

以上によれば、原告の本訴請求は、金五四八三万四八五三円及びこれに対する被告らに対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年七月九日(これらはいずれも記録上明らかである。)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官平田勝美 裁判官清水正美 裁判官金光健二)

別表一

年度

(昭和年)

原告の

年齢(歳)

原告の収入(円)

賃金センサス

による年収(円)

A÷B

47

46

1,945,940

1,716,000

1.1339

48

47

2,441,200

2,110,200

1.1568

49

48

3,526,060

2,593,700

1.3594

50

49

3,272,241

3,005,800

1.0886

51

50

2,673,890

(中途より休職)

3,188,400

3,776,978

52

51

3,494,200

4,139,229

53

52

3,682,600

4,362,407

54

53

3,827,900

4,534,530

55

54

4,143,500

4,908,390

21,721,534

(注)Bは各年の当該年齢に対応する賃金センサス第1巻第1表(産業計、企業規模計、男子労働者、学歴計)による。

別表二

年度

(昭和年)

原告の

年齢(歳)

昭和59年度の

賃金センサス

による年収

(円)

B=A×(1.05)n

昭和61年のnは

2、以下3、4、

(円)

新ホフマン

係数

B×C×1.1846

(円)

61

60

3,204,500

3,532,961

0.9523

3,985,514

62

61

3,709,609

0.9091

3,994,951

63

62

3,895,089

0.8696

4,012,440

64

63

4,089,844

0.8333

4,037,196

65

64

4,294,336

0.8

4,069,656

66

65

2,870,100

4,038,518

0.7693

3,680,352

67

66

4,240,444

0.7407

3,720,706

68

67

4,452,466

0.7143

3,767,497

31,268,312

別表三

年度

(昭和年)

原告の

年齢(歳)

原告の収入(円)

賃金センサス

による年収(円)

A÷B

47

46

1,945,940

1,716,000

1.1339

48

47

2,441,200

2,110,200

1.1568

49

48

3,526,060

2,593,700

1.3594

50

49

3,272,241

3,005,800

1.0886

51

50

2,673,890

(中途より休職)

3,188,400

3,776,978

52

51

3,494,200

4,139,229

53

52

3,682,600

4,362,407

54

53

3,827,900

4,534,530

55

54

4,143,500

4,908,390

56

55

3,658,900

4,334,332

57

56

3,860,500

4,573,148

58

57

4,033,900

4,778,557

59

58

4,244,000

5,027,442

60

59

4,244,000

5,027,442

45,462,455

(注)Bは各年の当該年齢に対応する賃金センサス第1巻第1表(産業計、企業規模計、男子労働者、学歴計)による(但し、昭和60年度分は昭和59年度分による。)。

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