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鳥取地方裁判所 昭和61年(行ウ)2号 判決 1991年12月10日

鳥取県米子市東町二三八

原告

小室安正

右訴訟代理人弁護士

高橋敬幸

高田良爾

同市西町一八-二

被告

米子税務署長 堀越均

右指定代理人

見越正秋・中原満幸・白尾兆成

永谷進・岡垣利幸・川田幸利

河田俊夫・矢野聡彦・戸田哲弘

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告に対し昭和五八年三月一〇日付でした原告の昭和五四年分の所得税の総所得金額を二六五万八五二六円、同五五年分の所得税の総所得金額を五四四万二一四四円、同五六年分の所得税の総所得金額を五七八万七一七九円と更正した各処分のうち、昭和五四年分につき一一八万円、同五五年分につき一七九万六一〇〇円、同五六年分につき二二一万三八二〇円を超える部分及びそれに対応する各過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は酒類販売業を営むものであるが、昭和五四年分、同五五年分及び同五六年分(以下「係争各年」という。)の所得税についてした原告の確定申告、これに対する被告の更正及び過少申告加算税の賦課決定、これに対する原告の異議申立て及び審査裁決の経緯は別紙1記載のとおりである。

2  しかしながら、被告がした前記各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)には以下に述べる違法があり取り消されるべきである。

(一) 被告は、原告に対し何ら事前連絡をせず、又調査理由の開示を行わない違法な税務調査に基づき本件各更正処分を行った。

(二) 被告が行った本件各更正処分には、原告の所得を過大に認定した違法がある。

3  よって、違法な本件各更正処分を前提とする過少申告加算税賦課決定も違法であるから、原告は請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認めるが、同2は争う。

三  被告の主張

1  本件各更正処分に至る経緯

(一) 被告は、原告の係争各年分の所得税確定申告を検討したところ、事業専従者控除額控除前の所得金額が事業の規模に比較して低いこと等から、申告内容を確認するため調査を行う必要があると認め、被告所部係官林喬任(以下「林係官」という。)をして所得税調査を行わせることとした。

(二) 昭和五七年一〇月六日及び翌七日、林係官は、原告の係争各年分の所得税調査のため原告方店舗に赴き臨宅調査を行おうとしたところ、原告が不在であったため、原告と電話連絡をとり、税務調査への協力を依頼するとともに、次回調査期日を同月一三日とする旨約した。

(三) 同月一三日、林係官が原告方店舗に臨場したところ、原告は、「今日は都合が悪い、前の担当者はなぜ来ないのか、税務署の手持ち資料で調査してくれ、一年前に調査は済んでいる」などと主張するばかりで、林係官の意を尽くした適切な説得にも応じることなく、ただ所得の実額計算を可能ならしめる帳簿書類等を同月二六日に提示する旨約したに終わった。

(四) そして、同月二六日、原告は、臨場した林係官に対し、その調査方法を非難し、税務調査には応じられない旨述べて帳簿書類等を提示せず、その後林係官が原告に対し再三再四帳簿等を提示するよう要請したがこれに応じなかった。

2  推計の必要性

前記のとおり、原告は税務調査に際し、あえて事業所得及び不動産所得にかかわる帳簿書類等を提示せず、当該調査に協力しなかったのであるから、被告は原告の事業所得及び不動産所得を実額で認定することができず、やむを得ず推計の方法によってしたのであり、推計の必要性が存在したというべきである。

3  調査手続の適法性

質問検査の範囲、程度、時期、場所等実定法上特段の定めがない実施細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の利益との比較衡量において社会通念上相当な程度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的選択に委ねられているものであって、当該調査理由の開示や調査についての事前通知のごときも質問検査を行う際の要件とされているものではない。林係官の本件調査手続は右合理的選択の範囲内の行為であるから、本件調査手続は適法である。

4  係争各年における売上金額、売上原価、算出所得(売上金額から売上原価及び標準経費の額を控除した後の金額)、標準外経費、事業専従者控除及び事業所得の各金額は別紙2記載のとおりである。

(一) その計算方法

まず、被告が把握している仕入金額を売上原価とし(期首、期末棚卸額はほぼ同一と推定できる。)、これに原告と業種業態の類似する同業者(以下「類似同業者」という。)の平均売上原価率を用いて原告の売上金額(雑収入を含む)を認定し、この売上金額に類似同業者の平均算出所得率を乗じて算出所得を出したうえ、これから標準外経費及び事業専従者控除額を控除して事業所得を算出した(別紙2記載のとおり。)。なお、詳細は以下のとおりである。

(二) 売上原価について

売上原価(仕入額)のうち、別紙3の番号<1>ないし<15>、<17>(以下番号のみ記す)は実額であるが、<16>と<18>は推計に基づくものが一部含まれており、その推計方法は以下のとおりである。

(1) <16>について

米子田中食品有限会社からのパン類の仕入金額については、各係争年分の実額の把握が可能であるものの、菓子類については昭和五六年分しか実額が把握できず、昭和五四年分及び同五五年分については取引事実が認められるのに、その仕入実額を明らかにする帳簿書類の存在が不明であった。そこで、やむを得ず、各年分のパン類の仕入金額を基礎数値とし、これに昭和五六年分におけるパン類と菓子類の仕入割合(七八・四対二一・六)を適用して昭和五四年分、同五五年分の菓子類の仕入金額を算出した(別紙4参照)。

(2) <18>について

各係争年の原告の仕入が<1>ないし<17>以外にも存することは、原告が国税不服審判所へ提出した営業に関する日記帳写し五日分(二月二八日、三月三一日、四月三〇日、六月三日、一二月一九日分で、いずれも昭和五六年分である。)から明らかである。そこで、少なくとも別紙5の各取引先に係る仕入は毎月発生すると推計されるから、まず、右五日分の仕入合計金額二三万六一七九円を一二倍して年額に換算する方法で昭和五六年分の「その他の仕入金額」を二八三万四一四八円と認定し、更に、昭和五四年分、同五五年分の<1>ないし<17>の合計額を基礎数値とし、これに昭和五六年分の<18>「その他の仕入金額」と<1>ないし<17>の仕入金額の割合(六・五対九三・五)を適用して、昭和五四年分、同五五年分における「その他の仕入金額」を算出した(別紙5参照)。

(三) 標準外経費について

標準外経費の額(別紙2の<6>)は被告が把握している実額である。

(四) 事業専従者控除

原告の事業専従者は、昭和五四年分については小室勝子及び小室敏子の二名であり、同五五年分及び同五六年分については小室敏子一名だけである。

5  類似同業者の選定(事業所得分)

前項の事業所得計算過程で用いた売上原価率と算出所得率の数値は、抽出した類似同業者の売上原価率と算出所得率の平均値であるところ、被告は次の全条件をみたす全業者を類似同業者として選定した。

(一) 米子税務署管内の納税者で米子市内に店舗を有し、係争各年を通じて酒類小売販売業を主として営む個人のうち、その途中において開業、廃業、休業、店舗の増改築等又は業態の変更をしていないもの。

(二) 係争各年を通じて所得税青色申告につき税務署長の承認を受けているもの。

(三) 酒小売と食品小売を兼業しており、かつ、たばこ販売をしていないもの。

(四) 事業にかかる売上原価の額は、係争各年分に応じ、いずれも次の範囲内であるもの(この金額は、被告が把握している原告の係争各年分の仕入金額の約二分の一以上かつ約二倍以下の範囲の金額である。)。

(1) 昭和五四年分 一三七六万円から五五〇五万円

(2) 昭和五五年分 一八〇二万円から七二一〇万円

(3) 昭和五六年分 二一六二万円から八六四八万円

(五) 事業に係る売上原価の額のうち酒類以外の割合が係争各年分を通じて概ね五ないし二〇%程度のもの。

(六) 従業員を一ないし三名程度有するもの。

(七) 所得税の更正又は決定の処分を受けた者にあっては、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間が経過しているもの若しくはこれらの訴訟等が係属していないもの。

以上の条件により選定した類似同業者は別紙六記載のAないしDの四業者であるところ、これらは機械的に選定されたものであり、そこに恣意の介在する余地はなく、客観的な合理性を有するものである。

6  係争各年における原告の不動産所得金額

不動産所得の金額は、被告が把握している原告の不動産収入の額を基準数値とし、これに類似同業者の平均算出所得率を適用して算出所得の金額(支払利息等及び支払地代家賃の金額を経費として差し引く前の所得金額)を認定し、これから原告の不動産所得に係る支払利息等及び支払地代家賃の金額を控除する方法により、原告の不動産所得金額を算出した(別紙7記載のとおり)。なお、支払利息等及び支払地代家賃の金額は被告において実額を把握していものである。

7  類似同業者の選定(不動産所得分)

前項の不動産所得計算過程で用いた算出所得率の数値は、選定した類似同業者の算出所得率の平均値であるところ、被告は次の条件を満たす全業者を類似同業者として選定した。

(一) 係争各年を通じて、米子市内において事務所等として家屋を継続して賃貸している個人。

(二) 係争各年を通じて所得税青色申告につき税務署長の承認を受けているもの。

(三) 家屋の賃貸による収入金額が、係争各年分に応じ、いずれも次の範囲内であるもの(この金額は、被告が把握している原告の係争各年分の収入金額の約二分の一以上かつ約二倍以下の範囲の金額である)。

(1) 昭和五四年分 一〇〇万円から四〇二万円

(2) 昭和五五年分 一一五万円から四六三万円

(3) 昭和五六年分 一一五万円から四六〇万円

(四) 所得税の更正又は決定の処分を受けた者にあっては、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間が経過しているもの若しくはこれらの訴訟等が係属していないもの。

以上の条件により選定した類似同業者は別紙8記載のA、Bの二業者であるところ、これらは機械的に選定されたものであり、そこに恣意の介在する余地はなく、客観的な合理性を有するものである。

8  結論

以上によれば、原告の総所得金額は、昭和五四年分が三九六万八〇一八円、同五五年分が六二六万七二七五円、同五六年分が七〇八万〇一七六円となり、これらの金額は本件各更正処分の金額を上回っているので、被告がした本件各更正処分は適法であり、またこれを前提とした本件過少申告加算税の賦課決定処分も適法である。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張1の事実は否認する(その詳細は後記「原告の反論」に記載のとおり。)。同2、3は争う。同4、6の事実中原告が地代を毎年五四万九七六八円支払っていること及び同6の事実中の不動産賃貸収入額は認めるが、その余の事実は否認する。同7の事実は否認し、同8は争う。

五  原告の反論

1  本件各更正処分に至る経緯

(一) 原告は米子民主商工会(以下「米子民商」という。)の会計、副会長であった。昭和五七年一〇月六日午前九時頃、林係官は何らの事前連絡なく突如として原告店舗を訪れたが、このとき原告は店に不在であった。翌七日午前一〇時頃、林係官は前同様に連絡なく原告の店を訪れ、自宅にいた原告に電話をし同月一三日に会う約束をした。

(二) 同月一三日、原告店舗を訪れた林係官に対し、原告は、米子民商会員三名の立会いのもとに、税務調査の理由について尋ねたが、林係官はこれに答えなかった。そして林係官は原告に対し酒類の粗利益について質問したが、原告と林係官との間で右粗利益率につき認識のずれがあったので、原告は林係官に対し、次回の調査期日に粗利益が判る酒の販売台帳を見せることを約し、次回調査期日を同月二六日と約束してこの日の調査を終了した。

(三) 同月二六日、原告は、林係官の調査に備え、原告店舗に併設されているプレハブ建物内を整頓し、机の上に販売台帳を用意しておいた。林係官は予定どおり原告店舗を訪れたが、立会人として来あわせていた米子民商事務局長(当時)の渡辺大修に対し、前日の他店での税務調査に関して口論を始めた。原告は林係官をプレハブ建物の方へ案内したが、林係官は訴外渡辺との口論を続け、プレハブ建物に足を踏み入れたものの、興奮して、「見せるのか、見せんのか、見せんのなら帰る」と言ってすぐに帰ってしまった。そして、その後直ちに被告は原告の取引先等に対して反面調査を行い、本件各更正処分等をしたものであり、原告は同日より後に被告係官から帳簿等の提示を要請されたことはない。

2  推計の必要性の不存在

(一) 前記のとおり、原告は昭和五七年一〇月二六日の税務調査に際し販売台帳を用意して林係官の調査に応じたのに、林係官は右帳簿を全く見ることなく、訴外渡辺との口論に終始したあげく激昂し、自ら調査を放棄したのであるから、本件においては推計の必要性の要件を欠くというべきである。

(二) なお、原告は総所得金額のうち不動産所得については実額を主張しているので、少なくとも不動産所得については推計の必要性がないというべきである。

3  事業所得の売上原価について

(一) 売上原価の計算方法について

別紙3記載の番号<16>と<18>の仕入については推計により額を算定しているところ、これを元にして同業者率を適用して売上金額、所得金額を算出することは、推計に推計を重ねることになり、誤差が大きくなって推計事実の客観的、合理性が失われるというべきである。

また、<18>については、原告の日記帳の記載によれば単発的な仕入であって毎月発生しているとする根拠もないのに、これが毎月発生しているとして推計しており、その合理性はないというべきである。

(二) 別紙5記載の株式会社ボン商会からの仕入について

ボン商会からの仕入品目はクリスマス商品であるから年一回のものであり、これが毎月発生するものとして一二倍するのは誤りである。

(三) 別紙5記載の「朔」について

「朔」は仕入先の名称ではなく、「ビン(瓶)」の誤記であるから、これを仕入先とみて毎月発生するとして計算するのは誤りである。

4  事業所得関係の類似同業者選定の不合理性について

(一) 選定基準自体のあいまいさ

被告が本訴において主張する類似同業者選定基準が被告の主張5項記載のとおりであるとしても、同項の(五)の「概ね五ないし二〇%程度」及び同項(六)の「一ないし三名程度」とある如く、選定基準自体があいまいなものである。

そして、米子民商が原告と同業者に対しアンケート調査をおこなったところ、被告の右選定基準に合致しながら別表6記載のAないしDとして挙げられなかった業者が一〇業者も存在した。

(二) 選定基準の内容の不合理性

被告の前記選定基準は粗利益率に大きく影響する次のような業態の違い、売り方の違いを考慮しておらず、右選定基準の合理性には大きな疑問がある。すなわち、

(1) 原告は、多品種、多銘柄の酒類を販売しているので、少数の銘柄のみを集中的多量に扱う場合に問屋から得られるリベートが殆どない。

(2) 原告は、店頭での立ち呑み販売をしていないので、これを行っている場合に得られる酒類の価格上乗せによる利益及び自家製つまみ等の販売による利益が一切ない。

(3) 原告はビールの冷やし代(一本につき一〇円)を取っていない。

(三) 類似同業者の差し替えについて

被告は本訴において、異議決定と同じく類似同業者による推計を主張しているが、異議決定、裁決、本訴の各段階を通じて同じであるはずの類似同業者に重大な変更がある。すなわち、右の各段階を進むに従い、粗利益率、所得率の低い同業者が削られ、高い同業者が加えられているのであるが、被告は異議決定の段階から類似同業者について国税局と綿密な打合せをしているものであり、右のような差し換えが行われることは全く異常なことである。

5  事業所得関係の推計の計算方法(雑収入の取扱)について

被告が本訴で主張する推計計算方法は、売上金額に雑収入を含めて粗利益率、所得率を算定し(異議決定では雑収入を含めていない)、原告の所得を算出しているが、これでは粗利益率、所得率が過大になるうえ、雑収入は売上原価との関連がなく、同業者間でのばらつきが大きいから、雑収入を売上金額に含めた被告の推計方法には合理性がない。

また仮に雑収入を所得金額に含めるとするならば、その計算方法としては、まず雑収入を除外して類似同業者の粗利益率、所得率を算定し、これにより原告の所得を算出したのち雑収入を加える方法を採るべきである。ところが、被告は粗利益率、所得率の算定に雑収入を含める誤った計算方法を採ったため、次のような説明不可能な過大な所得を算出することになっており合理性を欠くものである。

すなわち、別紙6記載の同業者A、Bは異議決定、本訴を通じて類似同業者として選定されたものであり、異議決定においては雑収入を売上金額から除外して計算したのであるから、右A、Bの本訴における売上金額と異議決定におけるそれとの差額及び本訴における所得金額と異議決定におけるそれとの差額はともに雑収入の金額を示すことになるはずのものであって、売上金額の差額と所得金額の差額はほぼ同額にならなければならないにもかかわらず、別紙9記載のとおり、所得金額の差額の方がかなり多額になっているのである。

6  不動産所得の実額について

原告の不動産所得の収入金額は被告主張のとおりであり、必要経費が被告の主張と異なるものである。原告の不動産所得の必要経費の実額及びこれを控除した後の不動産所得額は別紙10記載のとおりである。

なお、必要経費を事業所得分と不動産所得分に振り分ける比率について付言するに、原告が賃貸している二階部分の占める面積には二階専用の構造物である階段部分を合算すべきである。階段を合算した二階部分の面積が全体の面積に対して占める割合は五五・四四%になるのに、被告は階段部分の面積を除外して必要経費を低く見ている。

また、減価償却費中造作工事代金は、二階部分だけの造作の金額であるから、これは全額不動産所得の必要経費とすべきである。

7  不動産所得の必要経費についての被告の推計の不合理性

被告が選定した類似同業者が異議決定と本訴とで一部差し替えられており、これが異常な事態であることは事業所得について前記したのと同一であるが、さらに、不動産所得においては、異議決定と本訴を通じて同一である別紙8記載のA業者の所得率が、異議決定のときより本訴において高くなっているところ、これは被告がことさら計算方法を変えて所得率を高く算出したものと考えられる(別紙11記載のとおり)。

理由

一  請求原因1記載のとおり本件各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定がなされたこと、本件各更正処分にあたり、被告が推計により原告の総所得金額が算出したことは当事者間に争いがない。

二  本件各更正に至る経緯と推計の必要性、調査手続の適法性について

1  本件各更正に至る経緯

証拠(甲第四、第五、乙第一、証人林喬任、同渡辺大修、原告本人)によれば以下の事実が認められ、右認定に反する証人林喬任の供述部分は採用できない。

(一)  林係官は、酒類小売業及び建物賃貸業を営む原告(いわゆる白色申告者)の所得税調査のため、特に事前通知することなく、昭和五七年一〇月六日及び翌七日の午前中に原告の店舗を訪れたが、いずれの日も原告はまだ店に出ておらず不在であった。そこで、林係官は、原告の自宅へ電話して所得税の調査に来たことを伝え、帳簿書類を提示するように要請したが、原告は即時にはこれに応じられないとして日を改めて調査に応じる旨述べ、同月一三日に会う約束をした。

(二)  同月一三日、原告店舗を訪れた林係官は、原告及びその立会人として来ていた米子民商会員三名から、税務調査の理由について尋ねられたが、これに対しては具体的な返答はしないで、帳簿書類を提示するよう求めたところ、原告は準備ができていないとしてこれを拒否した。その後、酒類の粗利益率が話題となり、林係官と原告との間で右数値につき認識のずれがあったので、原告としては粗利益率が判る酒類販売台帳(酒税法上記帳を義務付けられ定期的に税務署の点検を受けている帳簿)を提示する意図のもとに、林係官に対し、次回調査期日には帳簿書類を提示する旨回答し、次回調査期日を同月二六日とする約束をした。

(三)  原告は、店舗に併設された倉庫用のプレハブ建物を調査場所にすべく右プレハブ建物内を整理したうえ机と椅子を持ち込んで用意し、同月二六日、右机の上に酒類販売台帳(A四版大で一年分の厚さが四cmくらいのものであり、三年分としても厚さ一二cm程度のもの)だけを用意し、立会人である米子民商事務局長の渡辺大修と共に待っていたところ、林係官は予定どおり店舗を訪れたが、渡辺を見るや前日の他店での税務調査につき同人と口論を始め、原告の招きで前記プレハブ建物へ入っても依然として渡辺との口論を続け、同人から「帳簿を見てもよいが昨日みたいなことはするなよ」などと言われたことに立腹し、机の上にあった酒類販売台帳を確認しないで、「(帳簿を)見せるのか見せんのか、見せんのなら帰る」と言い残して帰ってしまった。

(四)  その後、別紙1記載のとおりの経過で本件訴訟に至っているが、原告は、異議決定においては帳簿書類を一切提出しておらず、審査請求においては必要経費に関する帳簿書類を提出しただけであり(被告の主張4(二)(2)の五日分の日記帳写しは必要経費証明のために提出した書類にたまたま仕入記載があったに過ぎない)、国税不服審判所が再三提出を要求したのに仕入、売上に関する帳簿書類を提出せず、本訴においても右姿勢を維持した。

(五)  原告は、日々の取引の全て(買掛、現金仕入れ、現金売り、売掛、空き瓶の引き取り、経費支出、現金出納、預金勘定、店主勘定等一切)を日記帳(B四版百枚のノートで一年間二冊使用)に記帳していたほか、買掛帳(A五版のルーズリーフ一年分の厚さ二cm位のもの)、集計表(B四版大で月一枚のもの)を作成していたところ、林係官の税務調査の時点で過去のこれらの帳簿書類を店舗に置いていたものであり、本訴訟段階においてもこれらを保管している。

2  推計の必要性について

前項で認定した事実によると、原告は事前に約束した林係官の三回目の訪問調査日に帳簿書類の提出を求められ、これが店舗内にあったのに準備ができていないとして提出を拒否し、林係官の四回目の訪問調査日にようやく酒類販売台帳だけを開示する態度に出たが、その動機も粗利益率が低いこと、すなわち自己に利益な事実を示すためであったのであるから、この時点ではその余の帳簿書類を提示する意思がなかったものと認めざるを得ないのであり、その後の原告の本件訴訟までの立証態度が自己に利益な帳簿書類だけを提出するに終始していた事情にも照らし合わせると、原告は被告の税務調査に対して明らかに非協力な態度であったといわねばならない。

林係官が四回目の訪問調査の際に立会人と口論し、提示された書類の点検もしないで立ち去り、原告に対する質問調査を止めたことは、税務職員として冷静さと根気に欠けると批判されるべきではあるけれども、前記した原告の非協力な態度に徴すれば、林係官の右調査態度は、被告のした推計による本件各更正処分を取り消すべきほどの違法不当な行為に当たらないというべきである。

そして、本件訴訟において、原告の事業所得に関しては、仕入の一部と標準外経費が被告の反面調査等により明らかにされているだけであり、その余の仕入額、売上額、標準経費を明らかにする直接証拠が存在しないのであるから、事実認定の一方法としての推定の手段によらざるを得ないのである。原告は審査請求において、事業所得については標準経費だけの立証を行い、裁決もこれを実額認定しているが、収入実額を立証する資料を有するのにこれを提出しないで、自己に有利な必要経費だけを実額立証しても、それは所得の実額立証とはいえない。事業所得については、売上高だけでなく標準経費も含めて依然として推計の必要性があるというべきである。

他方、原告の不動産所得については、被告が収入金額の実額を把握しているので、原告は経費等の減算費目の実額を主張立証すれば足り、原告はその実額を主張立証しているところ、被告は、原告の実額立証が被告の推計による立証終了後になされた点を捕らえて、国税通則法一一六条一項本文所定の時期に遅れた立証であって許されないと主張している。しかし、原告が不動産所得につき審査請求の段階で必要経費の実額を主張立証し、概ね認容されたことは乙第一号証により明らかであるから、不動産所得についての原告の実額主張の内容は、本件訴訟前に被告に判明していたことである。にもかかわらず被告が本件訴訟においてなおも不動産所得の推計を主張している意味は、原告が審査請求で立証した必要経費の額を争い、裁決が認定した以上の不動産所得を推計で立証しようとしているということである。このような場合には推計の要件として、被告が先ず原告の必要経費についての実額立証を弾劾する必要があり、単に原告による必要経費の実額立証が時期に遅れたと論難しているだけではいまだ推計の要件を満たしていないというべきである。後記のとおり、本件においては原告提出の実額立証証拠の信用性を左右する証拠はないから、不動産所得に関する推計の必要性を肯認することができない。

3  本件調査手続の適法性について

原告は、林係官が、本件調査にあたり、事前に通知をせず、調査理由の開示をしなかった点が、違法な質問調査権の行使であって、本件各更正処分の取消理由に該当すると主張するが、この点についての判断基準は被告の主張3記載のとおりと解すべきであり、原告の指摘する林係官の右調査方法が合理的裁量の範囲を逸脱して違法であるとすべき事実は認められず、本件各更正処分の効力を左右するものではない。

三  事業所得の売上原価について

1  証拠(甲第四〇、乙第六ないし第二〇、第二一及び第二二の各一、二、第二三の一ないし八)によれば、別紙3記載の<1>ないし<15>及び<17>の仕入金額が認められる。また右証拠によれば、別紙4記載の米子田中食品株式会社からの係争各年別の仕入金額とその内訳(係争各年のパン類仕入実額と昭和五六年分の菓子類仕入実額)が認められ、この事実により、実額不明の昭和五四年分及び同五五年分の同会社からの菓子類仕入額を別紙4記載のとおり推計すること(本人比率適用)には十分合理性があるといえるから、別紙3記載の<16>についても被告主張の仕入金額を肯認できる。

2  次に、別紙3記載<18>の「その他の仕入金額」について検討するに、被告は、原告が国税不服審判所へ提出した昭和五六年中の五日分の日記帳写し(甲第四〇号証)に記載の一五件の仕入(別紙5記載のとおり合計二三万六一七九円)が毎月ほぼ同じ金額で発生するものと推定し、その一二倍の金額が昭和五六年分のその他の仕入の金額であると主張する。右一五件の仕入は月を異にする五日分の日記帳に各一回しか記載されておらず、小売業者が少なくとも月一回仕入の決済する取引慣行も経験則上首肯し得るところであるから、反証のない限り右一五件の取引が毎月発生するものと推定することには十分な合理性があるというべきであるところ、具体的な反証があったのは、ボン商会の分(甲第五〇の一、二により、クリスマス用商品であって年一回の取引と思われる)だけであり、その余の一四件については具体的な反証がない。なお、「朔」が「瓶」の誤記で顧客からの空ビンの引き取り代金であるとしても、原告の供述に照らせば、これは仕入れと同視できるものであり、毎月多数回発生していることが明らかである。

そうするとボン商会以外の一四件の仕入は毎月発生するものと推定できるが、更に、これが毎月ほぼ同じ金額で発生するとまで推定することに合理性があるかどうかを検討する必要がある。証拠(乙第一五ないし第二〇、第二一、第二二の各一、二)によると、原告の酒類以外の仕入額は月毎に相当大きく変動している事実が認められる。月毎に軽視できない変動があるのに僅か一か月分の数値に基づき一二か月分を推定することは好ましくない。特に、売上原価額は後に行う同業者比率による推定の基礎となる数値であるから、売上原価額についての推定は確度の高いものである必要がある。

したがって昭和五六年の<18>「その他の仕入」については、確実な範囲で捕らえるべく、一年間一五件の実額(二三万六一七九円)だけを認定し、これが昭和五六年の仕入総額に占める割合により、昭和五四年、同五五年分の<18>「その他の仕入」を推計する(本人比率の適用)にとどめることとする。そうすると、別紙12記載のとおり、昭和五四年分のその他の仕入金額は一五万〇一四五円、同五五年分のそれは一九万六六五五円になる。

3  以上によれば、仕入れの総額は、別紙3の<1>ないし<17>と別紙12の(4)の合計額であって、昭和五四年分が二五八八万七二三四円、昭和五五年分が三三九〇万六一九〇円、昭和五六年分が四〇六四万六九九七円と認められ、酒類等の小売販売業の場合には期首、期末棚卸額はほぼ同一とみて差し支えないので、右仕入額をもって売上原価とするのが相当である。

4  原告は、売上高、所得額の推計の基礎となるべき売上原価の認定に推計を持ち込むことは二重の推計になって誤差を増幅すると非難するが、前記のとおり、本件では売上原価の推計においては実額認定できる原告自身の実績比率を適用して誤差の増幅を最小限に止めているのであり、原告が証拠として提出可能な日記帳の提出を拒否しているため、売上原価の実額把握に困難を極めるという本件事案の特質をも勘案すると、本人比率の上に同業者比率を重ねる二重の推計も許容範囲であるというべきである。

四  事業所得を推計する同業者比率の合理性について

1  類似同業者選定の合理性

(一)  証拠(乙第二、第四の一ないし三、証人土井哲生)によると、広島国税局長は被告に対し、本件訴訟提起後の昭和六一年八月四日付で「昭和五四年分ないし昭和五六年分の酒類小売業者の課税実績表の報告について」と題する一般通達を発し、被告の主張5項(一)ないし(七)記載の基準に該当する者全員の係争各年分の売上金額(雑収入を含む)、売上原価の額、算出所得の金額、売上原価率、算出所得率を報告するよう求め、これに対し被告は保管中の所得税申告書を調査の結果、昭和六一年八月二八日付で、右通達記載の条件に該当する酒類販売業者四名について別紙6記載のとおりのデータを同国税局長宛に報告した事実が認められる。

右認定の事実によれば、右通達の定めた選定基準は原告と類似する業者を選択する基準として十分合理性を有するものというべきであり、被告が報告した別紙6記載AないしDの四業者は右通達の示した選定基準を満たしていることが認められる。しかし、右基準を満たす総ての業者が報告されたかどうかについては原告の反論に鑑み更に検討する。

(二)  原告は、右通達の選定基準が、酒類以外の売上原価「概ね五ないし二〇%程度もの」、従業員数を「一ないし三名程度」としている点につき、その基準自体が曖昧であるため選定が恣意的になると批判している。確かに右の基準の表現では限界事例につき選定する者の判断が入る余地があるが、複数の者に対して通達を発したのではないのであるから、選定する者の違いによる判断誤差が生ずる可能性はなく、基準の定め方自体から選定の恣意性を疑うことはできない。

(三)  原告は、米子民商の行ったアンケート調査によると、右選定基準に該当する業者が他に一〇業者存在したと主張し、これに副う証拠として甲第一〇の一ないし三、第一一ないし第一四、証人渡辺紀子の証言を援用している。同証人の証言によると、米子市内の約二〇〇件の酒類販売業者全部を調査し、個人業者でたばこ販売を兼ねていない四五業者のうちの四〇業者に面接調査をして回答を得、その結果前記通達の選定基準に該当する業者が一一名あり、内一名が前記AないしDのうちに入っていたから、残り一〇業者が選定から漏れていたというのである。しかし、右一一業者のうち正確な売上原価の数字を示してくれたのは四業者だけであると言うのであるから、その余の七業者については選定基準該当の有無を回答者の判断に頼ったものと見ざるを得ず、その正確性に疑問がある。しかも、正確な売上原価の数字を示してくれた四業者のうちの一名から青色申告書の数字の転記を許されて提出した証拠が甲第一〇号証の一ないし三であるというところ、弁論の全趣旨(原告の最終準備書面の記載)によると、右甲号証の業者は、経営者老夫婦と若夫婦及び雇い人一名の五名で構成するというのであるから、老夫婦が隠居状態で実質的従業員が若夫婦と雇い人の三名であったとしても、税務署への申告書面上では従業員が三名を超えて記載されていた公算が大であり、そのために選定基準から漏れたものと解し得るのである。この例にも鑑みると、正確な売上原価の数字を示してくれた四業者についても、売上原価以外のその余の選定基準該当性の有無については回答者の判断に頼っているものと見ざるを得ず、その正確性に疑問を挟まざるを得ないのであり、結局、アンケート調査に基づく原告の主張は採用できない。

(四)  次に、本件更正処分から本件訴訟までに用いられた類似同業者の変遷について検討する。

乙第一号証によると、本件更正処分で用いられた類似同業者はA、B、c(大文字のアルファベットは別紙6記載のAないしDと同一であることを示し、小文字のアルファベットはそれと同一でないことを示す)であり、裁決はcが米子市内ではなく郡部の業者であるとの理由を示してcを除外し、新たにd(これはCと同一)、eを類似同業者に加えたところ、本件訴訟において被告はA、Bd(即ちC)のほかにDを選定したがeは選定から漏れており、Dはeよりも粗利益率(一マイナス原価率で求める差益率と同義)が係争各年を通じて大きい(最小一・四二%、最大三・二二%)ことが認められる。

右のようにeが除外され新たにDが加わった理由は、裁決庁の類似同業者選定基準と前記広島国税局長通達の選定基準との差に起因すると推定されるが、裁決庁の類似同業者選定基準が不明であるためその具体的理由は分からない。しかし、被告においては、少なくともeが右通達の基準から漏れた理由を説明できるはずであるのに、被告はこれにつき何らの説明もしていない(裁決庁はcを除外した具体的理由を示した)。

課税処分取消訴訟においては原処分の認定した課税標準の当否が訴訟物であり、課税標準計算の根拠となる果実についての主張立証は攻撃防御方法に過ぎないから、被告としては原処分の理由に拘束されることなく原処分の効力を維持するための一切の根拠を主張できるのであり、被告が訴訟において新たな基準で類似同業者を選定し、原処分の正当性を立証することが許されるのはいうまでもないが、類似同業者が原告に不利に変遷したことにつき説明可能な理由の開示がないため、被告が通達に基づいてした類似同業者の選定が恣意を入れずに機械的になされたものであることにつき、説得力が不足しているというべきである。

(五)  したがって、被告が選定した別紙6記載のAないしDの四業者の平均データを用いることを差し控え、原告の利益に、粗利益率、算出所得率が高いDを除き、裁決庁が用いたのと共通のAないしCの三業者の平均データを用いるのが相当であると認める。原告は、本件更正処分時から共通して用いられているA、Bの二業者だけの平均値を用いることの方が合理的だと主張している(原告の最終準備書面)が、業態の個別性を平準化するには三業者以上を選ぶのが望ましく、Cは中立的機関である裁決庁の用いた類似同業者であるうえ、Cの算出所得率を売上原価率で割った値は昭和五四年分以外ではA、Bのいずれよりも低く、係争各年を平均とするとCを加えた方が原告に有利だからである。裁決庁が用いたeも加えた方が平均値の安定性を得られるのであるが、eについては算出所得率が不明のためこれを用いることができない。

(六)  別紙6記載のAないしCの三業者の平均売上原価利と平均算出所得率は次のとおりである。

平均売上原価率 平均算出所得率

昭和五四年分 〇・七九〇三 〇・一五二二

昭和五五年分 〇・七八三四 〇・一六〇八

昭和五六年分 〇・七九四〇 〇・一四九九

2  同業者比率を用いることの合理性について

原告は、前記類似同業者選定基準が業態の違いを考慮していないから、多種多銘柄の酒類を扱うためリベートが少なく、立ち呑み販売をせず、ビールの冷やし代もとっていない自己に同業者比率を適用することには合理性がないと主張している。しかし、類似同業者を合理的な範囲に絞って得た平均値を用いる場合には、業者間に通常存在する程度の営業条件の差違は無視しうる範囲内というべきであり、営業条件の差違が当該平均値による推計を不合理ならしめるほど顕著でないかぎり、これを考慮することを要しないというべきである。

原告が指摘する営業条件の差異は、粗利益率に影響を及ぼすものであるが、右差異が当該平均値の中に解消されない程のものであることを認める証拠はなく、かえって、原告は、売上高、売上原価及び算出所得を実額で示し得る資料を有しているのにこれを提出しないこと前記のとおりであるから、被告の主張よりも低い前記AないしCの三業者の平均売上原価率と平均算出所得率が原告の営業条件を無視するような値ではないと認められるのである。

3  事業収入に雑収入を含めた資料を用いることの是非について

先に認定した類似同業者AないしCの売上原価率及び算出所得率の算定基礎となった売上高には、事業収入だけでなく雑収入を含んでいる(乙第二)ところ、原告は、雑収入は売上原価との関連性がなく、雑収入を売上高に含めて計算すると粗利益率が過大になるから、雑収入を所得に含めるとするならば、雑収入を含まない売上高を基準にして粗利益率、算出所得率を計算し、これに基づいて算出した所得に雑収入を加えるべきであると主張している。粗利益率及び算出所得率自体の正しい数値を出そうとすれば原告主張のとおりである。しかし、雑収入を売上高に加えて計算した場合と、これを除外して計算した後に加えた場合とでは、計算途中の粗利益率、算出所得率自体に無視できない差がでるものの、最終的な計算結果として得られる算出所得額そのものに生ずる誤差は無視できる程度になるのであって、このことは原告側証人の鈴木章講師も認めているのである。

問題は、雑収入の中には事業規模に比例しないものが含まれることであり、乙第一と第四の一ないし三によると、別紙9記載のとおり、業者AとBとの間には、売上金額が一・二三倍のときに雑収入では三倍の開きがあることが認められる(業者Cについては雑収入額が不明である)。しかし、別紙9をみると、A、Bの売上金額中に占める雑収入の比率は最大でもAの昭和五四年分の三・七五%、最低がBの昭和五六年分の一・五一%と少なく、両業者の雑収入率の平均値とA、Bの各雑収入率との最大格差は昭和五四年分の一・一三%であるに過ぎないから、Cをも加えた平均値をとれば格差は一層小さなものになると見込まれる。したがって、雑収入金額が他の業者に比べて格段に少ないという特別事情のない限り、AないしCの雑収入を含めた平均売上原価率と平均算出所得率による推計方法にも合理性があると言うべきである。原告は前記日記帳等により自己の雑収入実額を立証できるのにこれをしないのであるから、右推計方法を排斥することはできない。

また、原告は、被告が本件訴訟において事業所得に雑収入を含めて計算した算出所得と、更正処分時に雑収入を除外して計算した所得との間には、雑収入の差を越える説明不可能な過大な所得差が生じていると指摘するが、これは明らかな誤解である。被告は、更正処分においては、粗利益から専従者給与以外の必要経費全部を差し引いた後の数値を所得と定義して用いていた(乙第一一号証一一頁)が、本件訴訟では、より合理的な平均所得率を得るため、粗利益から専従者給与と標準外経費以外の必要経費(すなわち標準経費のみ)を差し引いて得た計算途中の数値を「算出所得」と定義して用いているのであるから、原告の指摘する説明不可能な過大な所得差とは標準外経費の差なのであって、説明可能なものである。

五  事業所得金額

1  算出所得金額

三項で認定した係争各年の売上原価を基礎として、AないしCの三業者の平均売上原価率と平均算出所得率を用いて算出所得の金額を計算すると、別紙14の<5>のとおり、昭和五四年分が四九八万五四九五円、昭和五五年分が六九五万九五五四円、昭和五六年分が七六七万三七八四円になる。

2  標準外経費

(一)  建物減価償却費

証拠(甲第一五の一ないし三、第一ないし第二一)と弁論の全趣旨によると、事業所得及び不動産所得の双方にかかる建物全体の建築代金は一八一一万三〇〇〇円(請負代金一八八〇万円から冷暖房空調設備工事費六八万七〇〇〇円を差し引いた額)、その設計監理費は六八万円であることが認められるから、右建物の取得価格は一八七九万三〇〇〇円となる。右価格中の電気設備工事費一九一万四〇〇〇円と給排水設備工事費三七万九〇〇〇円については耐用年数を一五年とし、その余(一六五〇万円)については耐用年数を四〇年として減価償却費の計算をするのが相当である。以上によって右建物の年間減価償却費を計算すると別紙B記載のとおり毎年五〇万七四五三円となる。原告は右建物の一階部分で酒類小売販売業を営み、二階部分を賃貸しているところ、甲第一五の三によると、一階部分の床面積は九九・六〇m2、二階部分の床面積は一二三・九五m2(外付け階段部分二・三三m2は二階部分に含める)であると認められ、一階部分と二階部分の床面積比率(以下「床面積比率」という。)は約四四・五五%対五五・四五%になるので、結局、事業所得にかかる建物減価償却費は毎年二二万六〇七〇円、不動産所得にかかるそれは毎年二八万一三八三円となる。

(二)  支払利息等

証拠(乙第二六の一、二、第二七、第二八の一、二、第二九の一ないし三、第三〇の一、二)と弁論の全趣旨によると、原告は利息及び保証料として昭和五四年分一六五万五九九二円、同五五年分二〇四万五三六二円、同五六年分一九九万七四一三円を支払っていること、右支払額のうち事業所得と不動産所得に共通にかかる部分(建物建築費借入分)の額は、昭和五四年分が一五四万八三三四円、同五五年分が一八二万三〇六二円、同五六年分が一七〇万〇二〇四円であることが認められるから、共通部分の支払額うち不動産所得に係る部分を床面積比率で按分したうえ計算すると、事業所得及び不動産所得にかかる各支払利息等の額は次のとおりである。

事業所得分 不動産所得分

昭和五四年分 七九万七四四一円 八五万八五五一円

昭和五五年分 一〇三万四四七八円 一〇一万〇八八八円

昭和五六年分 一〇五万四六五〇円 九四万二七六三円

(三)  支払地代

係争各年において原告が五四万九七六八円の地代を支払っていることは当事者間に争いがないので、床面積比率により按分すると、事業所得にかかる分は毎年二四万四九二二円、不動産所得に係る分は毎年三〇万四八四六円になる。

3  事業専従者控除

乙第一及び弁論の全趣旨によると、事業所得に係る控除対象事業専従者は被告主張のとおりと認められるから、事業専従者控除額は、昭和五四年分が八〇万円、同五五年及び同五六年分が各四〇万円である。

4  事業所得の結論

以上によれば、原告の係争各年の事業所得金額は別紙14記載のとおり、昭和五四年分が二九一万七〇六二円、同五五年分が五〇五万四〇八四円、同五六年分が五七四万八一四二円となる。

六  不動産所得の実額

収入金額については当事者間に争いがなく、昭和五四年分は二〇一万円、昭和五五年分は二三一万六〇〇〇円、昭和五六年分は二三〇万一〇〇〇円である。

2 必要経費

(一)  公租公課

証拠(甲第二四ないし三五、乙第一)によると、原告は建物の不動産取得税及び固定資産税として、昭和五四年に四四万八七二〇円、昭和五五年に二六万〇二〇〇円、昭和五六年に二〇万八二〇〇円を支払ったことが認められる。このうち不動産所得にかかる部分を床面積比率で計算すると、昭和五四年分は二四万八八一五円、昭和五五年分は一四万四二八一円、昭和五六年分は一一万五四四七円になる。

(二)  減価償却費

不動産所得に係る建物減価償却費は五項2の(一)で計算したとおり毎年二八万一三八三円であるが、証拠(甲第二二、第二三、乙第一)と弁論の全趣旨によると、原告は昭和五四年三月に二階部分専用の金属造り造作を三五万円で設置した事実が認められるので、その耐用年数を四〇年として定額償却(三五万円×〇・九×〇・〇二五)すると年間償却費は七八七五円(昭和五四年はその10/12で六五六三円)になる。これと前記建物減価償却費を合計すると、昭和五四年分が二八万七九四六円、昭和五五年分と昭和五六年分が各二八万九二五八円になる。

(三)  支払利息等の支払地代

不動産所得にかかる支払利息等及び支払地代は五項2の(二)、(三)で計算したとおりである。

3 不動産所得の結論

1項の収入から2項の必要経費を控除すると、別紙15記載のとおり、不動産所得は昭和五四年分が三〇万九八四二円、昭和五五年分が五六万六七二七円、昭和五六年分が六四万八六八六円になる。

七  結論

以上のとおりであって、原告の事業所得と不動産所得の合計は、昭和五四年分が三二二万六九〇四円、同五五年分が五六二万〇八一一円、同五六年分が六三九万六八二八円となり、裁決で一部取り消された後の本件更正処分の課税標準額をいずれも上回るので、原告の請求は理由がない。

よって、原告の請求は全部失当であるからいずれも棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前川豪志 裁判官 小林克美 裁判官 村田文也)

別紙1

課税処分等経過表

昭和五四年分

<省略>

昭和五五年分

<省略>

昭和五六年分

<省略>

別紙2

原告の事業所得の金額の算出経過表(被告主張分)

<省略>

右表<6>の標準外経費の内訳

<省略>

別紙3

仕入金額の明細

<省略>

別紙4

<省略>

別紙5

昭和56年分原告の日記帳写し

<省略>

<省略>

別紙6

類似同業者(事業所得)の所得率表

昭和五四年分

<省略>

昭和五五年分

<省略>

昭和五六年分

<省略>

別紙7

原告の不動産所得の金額算出経過表(被告主張分)

<省略>

別紙8

類似同業者(不動産所得)の算出所得率表

<省略>

別紙9

同一業者であるにもかかわらず、本訴においては説明不可能な過大所得が生じていること(事業所得関係)

(A)

<省略>

(B)

<省略>

別紙10

不動産所得(原告主張分)

<省略>

別紙11

同一業者であるにもかかわらず、所得率の数字が本訴と異議決定で異なること

本訴の数字

<省略>

異議決定の数字

<省略>

別紙12

その他の仕入額の算定(認定分)

(1) 別紙5記載の昭和56年分「その他の仕入」実額236,179円(a)

別紙3記載の昭和56年分の番号<18>を(a)に置き換えると、同年分の仕入総額は40,646,997円(b)

昭和56年分の「その他の仕入」の仕入総額に対する割合は、(a)÷(b)=0.0058(c)

(2) 別紙3記載の昭和54年分<1>ないし<17>の合計額は25,737,089円(d)

したがって、同年分の「その他の仕入」額は、

(d)÷(1-0.0058)×0.0058=150,145円(e)

(3) 別紙3記載の昭和55年分<1>ないし<17>の合計額は33,709,535(f)

したがって、同年分の「その他の仕入」額は、

(f)÷(1-0.0058)×0.0058=196,655(g)

(4) まとめ

昭和54年分の「その他の仕入」推計額は150,145円(e)

昭和55年分の「その他の仕入」推計額は196,655円(e)

昭和56年分の「その他の仕入」推計額は236,179円(e)

別紙13

建物減価償却費(認定分)

<省略>

別紙14

事業所得(認定分)

<省略>

<6>の標準外経費の内訳

<省略>

別紙15

不動産所得(認定分)

<省略>

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