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鳥取地方裁判所米子支部 平成11年(わ)40号 判決 2001年7月12日

主文

被告人を懲役15年及び罰金800万円に処する。

未決勾留日数中400日をその懲役刑に算入する。

その罰金を完納することができないときは、金2万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人から金583万2000円を追徴する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、立川満こと梁鐘萬、松波源こと鄭智源及び具箕本らと共謀の上、日本国内に覚せい剤を輸入しようと企て、営利の目的で、みだりに、平成11年4月9日ころ、中華人民共和国船籍の貨物船「林洋冷2号」の船内にフェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩を含有する覚せい剤結晶合計約100.0896キログラムをシジミ入りの麻袋99袋中に隠匿するなどして積載し、同日、朝鮮民主主義人民共和国興南港を出港し、同月13日午前9時30分ころから同日午後零時43分ころまでの間に、鳥取県境港市昭和町所在の外港2号岸壁に同船を接岸させた上、上記覚せい剤のうち合計約99.0886キログラム在中の上記麻袋合計99袋を荷揚げして、同岸壁に駐車中の大型冷凍車貨物室内に積載し、上記覚せい剤のうち約1.001キログラムを鞄内に隠匿して上記車両内に持ち込み、もって、覚せい剤合計約100.0896キログラムを陸揚げして輸入するとともに、法定の除外事由がないのに、輸入申告をしないで、同日午後零時43分ころ、同船から上記鞄内に隠匿した覚せい剤約1.001キログラムを上記車両内に持ち込み、輸入禁制品である覚せい剤を輸入した上、同日午後1時10分ころ、同市昭和町9番地所在の神戸税関境税関支署において、同税関支署長に対し、情を知らない輸入代行業者らをして、覚せい剤約99.0886キログラムを隠匿した上記麻袋の内容物がすべてシジミであるかのように装って輸入申告せしめ、輸入禁制品である覚せい剤を輸入しようとしたが、同税関支署職員らに発見されたため、その目的を遂げなかったものである。

(証拠の標目)省略

(事実認定の補足説明)

1  被告人及び弁護人は、当公判廷において、「立川、松波、笹本らとの共謀の事実はない。シジミや鞄の中に覚せい剤が入っていることは知らなかった。」と述べ、被告人には覚せい剤密輸の故意及び共謀がなく、無罪であると主張するので、以下補足説明する。

2  本件の共犯者で大韓民国(以下「韓国」という。)において覚せい剤の売買あっせん行為をしたとして懲役刑の判決を受けた具箕本(以下「具」という。)の公判調書(甲442、443)によれば、具は、韓国の公判廷において、以下のような供述をしている。

具は、平成11年2月初旬頃(以下、いずれも平成11年のことである。)、韓国墨湖港において、被告人から、覚せい剤を手に入れて持ってくることができるので、その販売先を探してくれという依頼を受けた。具は、日本に居住している暴力団の立川満こと梁鐘萬(以下「立川」という。)、松波源こと鄭智源(以下「松波」という。)に電話をかけ、覚せい剤1キログラムあたり300万円で取引することを合意した。そして、具は、3月初旬頃、墨湖港外港船船着場において、被告人に会い、上記合意内容を伝えた。具は、3月5日頃、日本に渡り、立川及び松波に会い、日本における通関は、被告人の知人である金弼の助けを借りること、覚せい剤は暴力団松葉会が買い取ることなどを合意して韓国に戻り、同月8日頃、上記船着場において被告人と会い、上記合意内容を伝えた。立川及び松波は、3月9日、松葉会幹部の安藤健夫と共に韓国に渡り、韓国束草市所在のニュー雪岳観光ホテル付近にあるルームサロンにおいて、被告人と会い、覚せい剤密輸の方法について話し合った上、翌10日、墨湖港において、覚せい剤を運搬する林洋冷2号を確認した後、ソウル江南区三成洞インターコンチネンタルホテルの部屋で、覚せい剤の取引資金として1000万円を具に渡した。具は、同月18日、墨湖港付近の喫茶店において、上記1000万円から、3000万ウォンを経費として被告人に手渡し、その後、数回に渡り、合計6000万ウォンを被告人に手渡した。また、松波は、時期は明確でないものの、立川の使いで、韓国に渡り、被告人が密輸の際に日本国内で使用するための日本製携帯電話を具に渡し、具はこれを被告人に渡した。覚せい剤の密輸が被告人側の事情により遅れたことから、具は、3月31日、日本に渡り、立川及び松波に上記事情を説明した。被告人は、4月2日頃、林洋冷2号に乗って墨湖港を出発して、朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」という。)の興南港へ行き、同月9日頃、覚せい剤100キログラムが隠匿されたシジミを積んで出港し、同月10日頃、墨湖港で一部の荷を降ろした後、同月11日、鳥取県境港へ向けて出発した。具は、同月10日、被告人の義弟から、被告人が出発したことを聞き、日本へ出発し、立川らに会い、被告人がまもなく日本の境港に入港すると伝えた。立川らは、部下である笹本智之に、覚せい剤を運搬するトラックに同乗して鳥取県境港に行き、覚せい剤入りのシジミを受け取るように指示して境港に向け出発させ、シジミなどの通関費名目として金弼の事務所宛に、500万円を振込送金した。

3  甲442号証及び甲443号証中の韓国公判調書及びその翻訳文は、韓国の裁判官、検察官、弁護人が在廷し、公開の法廷で、陳述拒否権の告知を受けた上での具らの供述を記録したものであって、同法廷には、覚せい剤密輸ないしあっせんに関する共謀及び故意を否認する立川や松波とそれらの弁護人がおり、その反対尋問にもさらされている。立川や松波が韓国に逃亡して、そこで逮捕され、覚せい剤密輸を否認し、その他の日本国内での関係者からも覚せい剤密輸の謀議内容等を明らかにできない状況では、本件密輸の謀議の内容及び状況を具体的に立証する手だては、韓国にいる具の供述によるほかない。

また、具の供述を記録した書面の内、公判調書が手続的適正や供述内容の信用性の点において、最も適した証拠であると認められる。そこで、刑事訴訟法321条1項3号及び323条1号により、甲442号証及び甲443号証をすべて採用することとした。

4  具の前記供述は、覚せい剤密輸への自らの関与を認めるもので、それ自体、具にとって不利な供述であるし、謀議の時期、場所及び内容等について明確であり、具、立川及び松波の出入国状況や林洋冷2号の航行状況とも一致していて、矛盾はない。また、日本製携帯電話が林洋冷2号の船内から発見押収されていること(甲24)、上記電話の通話記録によれば、境港到着後に上記電話で具及び松波と交信されていること(甲11、乙10添付の通話明細履歴)、被告人から具や金弼の名刺(甲14、乙2)のほか、立川、松波の携帯電話番号及びハングル文字で「東京」、「タチカワクミチョウ」、「具社長」等と記載された手帳(甲433、乙4添付のもの)が押収されていること、他方、立川組事務所からは具の名刺や具が来日した際の同人に対する接待状況を裏付ける金銭出納を記録したノート(甲123、437)が、立川の自宅からは具の自宅と会社の電話番号等を記載した手帳(甲438)がそれぞれ押収されていることに照らしても、具の前記供述は、十分に信用することができ、被告人が具や立川らと共謀して覚せい剤を密輸したことは明らかである。

5  被告人は、北朝鮮興南港において金指導員から境港までシジミの運搬を委託されたものにすぎず、黒色鞄もその際金指導員から境港でシジミを受け取りに来た人に渡すよう指示されて預けられたと供述し、前記日本製携帯電話についても、上記黒色鞄に在中していたものであると供述している。

しかしながら、林洋冷2号の船員らの検察官調書(甲36、48、69)によると、被告人が林洋冷2号から下船する際に持っていた黒色鞄は、4月3日に北朝鮮興南港に入港する前から所持していたものと認められ、特に携帯電話については、興南港に入港する時点で船用品として申告されており(甲435)、被告人自身、4月13日の海上保安官の職務質問の際には、鞄は自分のものであると認めていたこと(甲30)、覚せい剤所持容疑により、海上保安官に現行犯逮捕された際、その黒色鞄内には、被告人の物が多数入っていたことからすると、上記黒色鞄は、北朝鮮の金指導員から受け取ったものではなく、被告人の物であると認められる。

船員らの検察官調書(甲36、40、52、61、77、85、86)によると、被告人が林洋冷2号の急速冷凍庫内に黒色ビニール袋に入った粒状の物一塊を隠匿していたこと、被告人の黒色鞄は、被告人が下船する40分ほど前の時点では、厚さが薄く膨らみのない状態であったが、下船の際には膨らんでいたこと、黒色鞄から覚せい剤が発見され、被告人が海上保安官に逮捕されて、連れられて行く時、干精臣に対し、小声で、「倉庫内のこと、お前、警察に話したか。」と言ったことが認められる。そして、被告人が逮捕された後、黒色ビニール袋に入った粒状の物は、林洋冷2号の船内から発見されていないのであるから、黒色鞄内に隠匿されていた覚せい剤約1キログラムは、被告人が林洋冷2号の急速冷凍庫内に隠匿していた黒色ビニール袋に入った粒状の物にほかならないことは明白である。

そして、黒色鞄内の覚せい剤とシジミ入り麻袋内の覚せい剤のそれぞれの包装に使われていたビニールテープは、材質が同じであること(甲229、230)、シジミ入り麻袋内の99個の覚せい剤は、黒色鞄内の覚せい剤と同様、いずれも約1キログラムの分量であり、ビニール袋に包まれた状態であったこと(甲124ないし233)、覚せい剤自体の成分も同じであること(甲225ないし228)、被告人は、シジミの価格やその品質には全く関心を示さず、その積卸方法や冷凍車内への積込方法について、激しい口調で指示をしていたこと(甲34、43、45、53、69、75、235ないし237、288、証人金弼)、被告人は、海上保安庁による立入検査終了の時点で、「今日は奢るぞ。」などと言って狂喜していたこと(甲50、58、72)などを総合考慮すると、被告人は、黒色鞄内の覚せい剤のみならず、シジミ入り麻袋内の覚せい剤の存在についても知っていたと十分に推認できる。

6  以上によれば、被告人の本件覚せい剤密輸の故意及び共謀は、明らかである。被告人及び弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

罰条

覚せい剤取締法違反(鞄内及び麻袋内の覚せい剤輸入について)

刑法60条、包括して覚せい剤取締法41条2項、1項(営利目的覚せい剤輸入罪)

関税法違反(鞄内の覚せい剤輸入について)

刑法60条、平成12年法律第26号による改正前の関税法(以下「改正前の関税法」という。)109条1項、関税定率法21条1項1号(禁制品輸入罪の既遂)

関税法違反(麻袋内の覚せい剤輸入について)

刑法60条、改正前の関税法109条2項、1項、関税定率法21条1項1号(禁制品輸入罪の未遂)

科刑上一罪の処理(観念的競合)

刑法54条1項前段、10条(一罪として最も重い営利目的覚せい剤輸入罪の刑で処断)

刑種の選択       情状により所定刑中有期懲役刑及び罰金刑を選択

未決勾留日数の算入   刑法21条

労役場の留置      刑法18条

追徴          平成11年法律第136号による改正前の国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律17条1項、14条1項1号(平成11年3月18日から4月13日までの期間の大韓民国通貨ウォンの日本円換算率平均レート(100ウォン当たり9.72円)に基づき6000万ウォンを日本円に換算した金額である583万2000円を追徴)

訴訟費用の不負担    刑訴法181条1項ただし書

(量刑の理由)

本件は、被告人が具や日本の複数の暴力団組織と共謀して、営利目的で約100キログラムもの覚せい剤を密輸したという覚せい剤取締法違反及び関税法違反の事案である。

犯行態様は、シジミ入り麻袋の中に大量の覚せい剤を隠匿して輸入するという巧妙、悪質なもので、極めて組織的かつ計画的な国際的規模の犯行である。本件覚せい剤は、海上保安官らによる密輸船内の立入検査では発見できなかったところ、通関手続も簡易な方法が予定されていたことからすると、海上保安官が被告人の行動を監視し、黒色鞄の行き先を注意していなければ、100キログラムもの覚せい剤が現実に国内に流通することになった可能性が十分にある。

100キログラムもの覚せい剤は、覚せい剤使用者の1回の通常使用量を0.03グラムとすると、300万回以上の使用に相当する量であり、仮に末端価格を1グラム1万円としても10億円にもなる計算となり、本件の覚せい剤が市場に拡散していれば、国民に相当の害悪をもたらすとともに、暴力団等の犯罪組織に巨額の利益をもたらしたことは容易に想像できるのであって、今回は辛うじて水際で阻止できたものの、到底許すことのできない重大犯罪である。

昨今、覚せい剤が社会に蔓延し、一般人、中でも若年者の使用が増加していると言われ、覚せい剤自体の根絶と覚せい剤を拡散させる者への厳しい対処が叫ばれているところであり、一般予防の見地からも、大量の覚せい剤密輸に対し、厳正に対処すべきはあまりに当然と言わなければならない。

本件において、被告人は、北朝鮮、韓国及び日本の間を自由に行き来する中国人貿易業者として、大量の覚せい剤を北朝鮮で入手してシジミに隠匿して日本に密輸入する計画を具に持ち掛け、同人を介して立川らに働きかけ、本件覚せい剤の密輸を実現したのであって、まさに本件覚せい剤密輸の首謀者の一人である。具が立川らから1000万円を受け取り、その中から被告人が6000万ウォンを受け取り、密輸成功の際には、さらに高額の利益を受け取る手はずになっていたことを考えると、その刑事責任は極めて重大である。

被告人は、逮捕後、一貫して、自分はシジミを運んだだけで、覚せい剤が入っていたことは全く知らなかったと主張し、犯行の全容を明らかにしようとしないばかりか、合理的でない弁解に終始していたものであって、本件を反省している様子は全くうかがえず、犯行後の情状もよくない。

そうすると、本件においては、100キログラムの覚せい剤は、結果的に国内に拡散しなかったこと、被告人には、日本国内での前科はなく、中国でも特に処罰を受けた経歴は認められないことなど被告人に有利な事情を十分考慮しても、被告人の刑事責任はなお重大である。

よって、主文のとおり刑を量定した。

(求刑 懲役15年及び罰金800万円、6000万ウォンの日本円換算額の追徴)

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