鳥取家庭裁判所 昭和50年(家)284号 審判 1976年11月22日
申立人 松山冷子(仮名) 外二名
相手方 山口清子(仮名) 外一名
主文
1 被相続人美津野洋平の遺産を次のとおり分割する。
(1) 別紙目録(略)記載の土地及び建物を美津野良子の所有とする。
(2) 美津野良子は、松山冷子に対し金九三万五、〇〇〇円、美津野邦夫に対し金四三万五、〇〇〇円、山口清子に対し金一三八万五、〇〇〇円、美津野雅彦に対し金九三万五、〇〇〇円の各支払義務を負うものとし、これを昭和五二年一月三一日かぎり支払わなければならない。
2 鑑定人及び証人に支給した費用は、これを六分して、その二を美津野良子の、各一をその余の相続人らの各負担とする。
理由
1 上記美津野洋平が昭和四九年三月一五日死亡して、同日その相続が開始したこと、その相続人は妻の美津野良子並びに嫡出子の松山冷子、美津野邦夫、山口清子及び美津野雅彦であること、被相続人の遺言、相続人間における遺産分割の協議は存在しないこと、以上の点は記録上明らかである。
2 審問、証拠調及び調査の各結果を総合すると、以下のとおりの事実関係が認められる。
(1) 相続財産
(イ) 被相続人の所有していた不動産は、先代美津野平吉から家督相続により取得した別紙目録(略)(1)記載の土地及びその地上に建築し自ら居住していた同目録(略)(2)記載の建物である。現在において、同土地の更地価額は八六五万円、建付地価額は八三〇万円(昭和五一年度の固定資産評価額は一二七万五、四一二円)であり、建物はすでに耐用年数をほぼ経過した老朽木造建物であつて、その価額(空屋価額)は三七万円(同年度固定資産評価額は一三万七、一二〇円)であり、相続開始後は良子が単身これに居住している(居住利益の評価については後述する)。
(ロ) 動産類としては、現在良子の占有ないし管理下にある電話加入権一個、書画骨董類及び蔵書若干、日常使用の家具類と、邦夫の所持する刀剣一振りとがある。そのうち刀剣は、美術品として登録ずみで、被相続人が家に伝わるものとして座右に置いていたものであつて、その評価額を邦夫は約三〇万円と推定している。その他の書画、骨董類と蔵書については、格別価値の高い物があるとは認められず、相続人らの間でもその取得をとくに希望しているものはない。家具類についても高価品の存在は認められない。
預貯金、証券類は存在しない。
(ハ) 洋平の負担した債務はない。
(2) 生活歴と現在の生活状況
(イ) 被相続人洋平(明治二六年生)は、永年教員を勤め、昭和三二年ころ退職したものであり、同四一年三月三〇日先妻しずに死別した後、短期間二男雅彦方に身を寄せたこともあつたが、知人の仲介により良子と再婚することになり、同四三年一月三日挙式し、同年二月二一日婚姻の届出をし、以後死亡まで上記建物に同女と同居し、恩給により生活していた。その間同四四年一二月から同四五年五月にかけて脳軟化症で入院し良子と二女清子の看護を受けた。
(ロ) 良子も前夫と別れ実子はなく多年単身で暮し、寮の賄婦などをした後、洋平と再婚したもので、同人の死亡後も引き続き上記建物に単身で居住し、遺族扶助料(昭和五〇年度は年額七〇万円、同五一年度は八九万円)を受けているほか、和裁の内職により若干の収入を得ている。
(ハ) その他の相続人はいずれも洋平と亡しずとの間の子であつて、
(a) 長女冷子(大正六年生)は昭和一六年に松山英雄と婚姻し、現在大阪府下に居住し、国鉄を退職後鉄道弘済会に勤務する夫の収入で生活し、
(b) 長男邦夫(大正九年生)は、陸軍士官学校卒の軍人であつたが戦後は昭和二二年ころから兵庫県下で会社員となり現在は西宮市所在の自宅に居住して、会社役員をしており、
(c) 二女清子(大正一三年生)は、昭和二〇年に山口勉と婚姻して以来○○町に居住し、夫が教員として勤め、副業的に農業を営んでおり、
(d) 二男雅彦(昭和八年生)は、昭和三一年に○○大学を卒業して以来鳥取県下で教員をしており、同三五年に婚姻後も父洋平方に同居していたが、同四二年三月にそのすぐ近くに居宅を新築し、当初三か月間は洋平を同居させたこともあり、以来引き続き同所に居住し、妻道子も教員をしており、いずれも生活及び住居は安定している。
(3) 生前贈与
(イ) 邦夫は昭和四三年三月二五日、洋平から一〇〇万円を受領し、その際、別紙目録(略)記載の土地建物の譲渡の代償として上記金員を受領し、上記土地建物については今後一切の権原を放棄する旨を記載した書面を同人に交付している。
(ロ) 雅彦は、上記のとおり○○大学を卒業したが、父母のもとからの自宅通学であり奨学金をも受けていたので、格別多額の学資を要したものではなかつた。雅彦は、昭和四〇年ころ上記現住居宅の敷地を購入するに際し、その資金として洋平から四〇万円の贈与を受けた。
(ハ) 冷子及び清子は、それぞれ上記婚姻の際ないしその後数年間に、洋平からたんす、鏡台、衣類、ふとん等を貰つたが、嫁入仕度として世間並み程度を下回るものであつた。
(4) 遺産への寄与及び管理
(イ) 邦夫は、昭和一四年ころから同二〇年ころまでの間に合計約三、八〇〇円を父母に仕送りしたと主張している。
(ロ) 清子は、洋平の死亡前約半年の間に同人の医療費として約四五万円を支出した。
(ハ) 雅彦は、昭和三五年ころから同四二年ころまでの間に洋平に対し二、三〇万円の金銭的援助をしたと主張している。
(ニ) 上記土地建物の固定資産税は、洋平の死後は良子が納付し、昭和五一年度分(土地四、〇九〇円、建物二、〇五〇円)まで納付ずみである。建物については近年とりたてていうほどの修理はしていない。
(5) 相続人らの間の協議の経過
(イ) 昭和四二年八月一五日、冷子、邦夫、清子、雅彦の間で、洋平の最終的な世話は一切雅彦とその妻道子がすること、ただし洋平からの申出があるまでの当分の間は、父と雅彦とは生計を別にすること、美津野家の菩提は雅彦が継承すること、上記土地建物は洋平の生存中は同人が所有し、その後は邦夫が譲渡を受けるものとすることとの内容の覚書が作成された。
(ロ) 洋平の良子との再婚に際し、実子四名はいずれも反対したが、昭和四二年一一月二八日ころの話合いで、雅彦は、上記土地建物を洋平の死後良子に譲る代わりに良子の老後は一切世話をしないことを条件として再婚を承諾する旨述べ、その結果洋平は再婚を決意するに至つた。
(ハ) その後、上記(3)(イ)のとおり、邦夫は一〇〇万円の受領と引換えに土地建物についての権限を放棄する旨の書面を作成した。
(ニ) 洋平の死後、申立人雅彦、相手方良子の間の調停事件(当庁昭和五〇年(家イ)第一六九号)において、系譜、祭具及び墳墓の権利の承継者を雅彦とすることに異議がない旨の調停が成立しており、他の相続人らの間にもこれについては異論がない。
(ホ) しかし、その余の遺産の分割については、相続開始後は協議はなされていない。
(6) 分割についての当事者の希望
(イ) 上記土地建物について、良子の希望は調停の経過において変転したが、最終的には、これを自己の単独所有として、他の相続人に対し債務を負担する方法による分割を希望している。
これに対し、冷子、邦夫及び雅彦は換価分割を希望しているが、雅彦は、第二次的には良子の単独所有及び債務負担による分割方法でもよいとしている。清子はとくに分割を望まず良子が居住を継続しうるような解決を希望している。
(ロ) その他の動産等についてこれを分割の対象とすることを希望する者はいない。
3 以上の事実関係その他一切の事情を考慮すると、本件遺産の分割は次のとおり定めるのが相当である。
(1) 別紙目録(略)記載の不動産は良子の単独所有とし、他の相続人に対しては、不動産の価格中各自の相続分に相当する金銭を良子から支払うべく、その債務を負担させる。
(2) 動産等は刀剣をも含む一切を分割の対象外とし、現在のまま所持するにまかせる。
(3) 民法八九七条所定の権利の承継については、あらためて審判をしない。
(4)(イ) 上記2(3)(イ)のとおり邦夫は洋平から一〇〇万円の生前贈与を受けているが、諸般の経緯からみて、その半額の五〇万円を特別受益額として相続財産に算入するのが相当である。
(ロ) 清子の支出した医療費四五万円は、相続財産から返還させるべきである。
(ハ) 各相続人についてその余の受益及び寄与は、これを考慮外においても公平を失することはないものと考えられる。
(5) そこで、上記(1)により良子の負担する債務の額を算定すべきところ不動産の価額は上記のとおりであるが、良子の代理人は、この価額から居住利益相当額を控除したものをもつて清算金額を定めるべき旨を主張するので、以下、この点について検討する。
(イ) 本件のように、被相続人が生前自己の居住する家屋とその敷地を所有し、相続人の一人(以下この項では同居相続人という)がこれと同居し、他の相続人らは各自安定した住居を有し、格別生活に困窮してもいない場合には、相続開始後も同居相続人が右家屋に引き続き居住することができるようその地位を保護する必要があり、遺産分割に際してもその居住の継続を前提として分割方法を定めるべく、そのためには右家屋及びその敷地を同居相続人の単独所有とすることが最も適当であるが、たとえ相続人間の共有の状態のもとにおいても、他の相続人らが共有物の管理に関する事項として過半数の決定(民法二五二条)を主張し、同居相続人に対し右家屋の明渡を請求することは、特段の事由のないかぎり権利の濫用として排斥されるべきであり、また、仮りに分割により同居相続人以外の相続人の一人または数人の所有とされあるいはさらにその権利が第三者に譲渡されても、これら所有者から同居相続人に対する明渡請求は、同様にして許されないところと解するのが相当であつて、その意味において、同居相続人が相続開始後も右家屋に居住しうる地位は法律上保護されているものということができる。他方このように相続開始後も同居相続人が右家屋に居住を継続することによつて得られる利益は、右家屋が自己の単独所有とされた場合を除き、他の相続人の共有持分ないし所有権の負担においてもたらされるものであり、このような利得そのものには法律上の原因を欠くのであるから、同居相続人は、他の相続人に対し、家屋占有の通常の対価すなわち賃料相当額を不当利得として相続分に応じ支払うことを要するものと解すべきであり、反面からいえば、他の相続人の所有権ないし共有持分の内容をなす使用収益の権能は、そのような賃料相当額を収受する権能となつているものということができる。
(ロ) このような同居相続人の居住しうる地位は、相続開始前から予定されていることであり、反面からいえば遺産に属する当該家屋は、当初からそのような負担を荷つているものということができる。しかし、このような同居相続人の居住権原は同人の一身に専属するものであるから、たとえば一般の土地賃借権がある程度譲渡性をもつて取引の対象とされ、借地権価額としてその価値を表現されうるのと異なり、取引価額をもつてその経済的価値を示すことはできないものである(なお、一般に居住用家屋の賃借権についてはいわゆる借家権価格が常に存在するとは考えられないが、同居相続人の居住権原はまつたく譲渡性がなく、また所有者としても同居相続人の居住を受忍すべきのみで、修繕義務を含む積極的な使用収益債務を負うわけではないから、一般の家屋賃借権とも同一視しがたいものであつて、これを一種の法定賃借権とみる見解には賛同しない)。他方、同居相続人が当該家屋及び敷地の単独所有権を取得し、他の相続人に対しては債務を負担する場合には、その債務の額は、他の相続人の相続分の譲受の対価に相当するものであるが、その相続分の中には上記のような賃料相当額(それはいうまでもなく土地家屋の客観的評価額に基づく適正賃料額である)を収受しうべき権能を含むのであるから、当然右権能を消滅させる対価に相当する金額を上記債務の額に含ませることとなり、このような観点からは、同居相続人に居住利益に相当する金銭的価値を計数上保留させる余地はなく、土地家屋に何らの負担のないものとして評価した価額を各相続分に従い分割したものをもつて、他の相続人に支払うべき債務の額とすべきことになる。すなわち、本件において鑑定人中西成城の鑑定の結果に示されたような、土地家屋の現況に基づいて算定された経済賃料相当額の居住の利益は、相続財産の価額から控除すべきものではなく、むしろ遺産分割に際し清算されるべきものであり、結局所有権価額に含まれているとみるべきである。
(ハ) しかし、上記のように、他の相続人が取得すべき所有権ないし共有持分が当初から当然に同居相続人の居住権原の存在によつて制約され、自由意思に基づく使用収益の余地が存在しないことを考えると、遺産分割にあたりそのような負担をまつたく無視し去ることも相当でない。とくに、本件のように家屋が老朽化しているにかかわらず、同居相続人の居住のためその生存中改築が不可能で敷地の効率的利用が妨げられていることが明らかな場合には、最効率利用の場合に得べかりし利益と現状のもとで同居相続人から支払を受くべき賃料相当額との差額については、他の相続人が当然その損失を負担すべかりしものであり、したがつて、土地家屋を同居相続人の単独所有とする場合にも、右差額は金銭清算の対象とならず、相続財産の価額から控除されるべき居住の利益にあたるとみることができる。
(ニ) そこで本件をこの観点からみると、
(a) 家屋はすでに耐用年数を経過しているものであるから、これを取りこわし敷地を更地として賃貸することによつて得られる賃料収入をもつて最効率利用による収益の最少限度確実な額とみるべく、その場合の適正賃料の年額は更地価額八六五万円に期待利回り〇・〇六を乗じた五一万九、〇〇〇円である。
(b) 他方、現存の家屋は地代家賃統制令二三条所定の同令適用除外例にあたらないことが明らかであるから、これを賃貸するにおいては賃料の額につき同令の適用を受けるものであり、したがつて同居相続人が支払うべかりし賃料相当額の不当利得金も同令及び昭和二七年建設省告示第一四一八号の第二の一1に基づいて算定されるべきであつて、その年額は、
純家賃額 137,120円×18.24/1000×12 = 30,013円
(建物価格)
地代相当額 1,275,412円×50/1000 = 63,771円
(土地価格)
合計九万三、七八四円である。
(なお、ここでは、計数上良子自身の相続分に対応する金額をも含めて計上する。また、賃料に含まれるべき税額及び管理費用に相当する部分は、本件の場合には算入する必要がない)。
したがつて、(a)と(b)との差額は四二万五、二一六円であるが、更地とするためには現存建物の取りこわし費用(約三五万円)をも必要とすること、現存建物に長期間居住を続けるためにはさしあたり九六万円余の修理費を要しその後も維持修繕に少なからぬ費用を要するものと推認されることなど諸般の事情を考慮すると、居住の利益の価額は上記差額から四割余を減じた年額二五万円と認めるのが相当である。
(ホ) そうすると、上記金額により、
相続開始時から本件分割審判時まで約二年八か月分、六六万円(一万円未満切捨)
以後良子(現在六六歳八か月)の余命にほぼ相当する一三年分(ホフマン係数九・八二)、二四五万円(一万円未満切捨)
合計三一一万円を上記建物価額及び土地の建付地価額合計八六七万円から差し引いた五五六万円が相続財産に属する不動産の価額であると認められる。
(6) そこで、上記不動産価額に上記3(4)(イ)の邦夫の特別受益額五〇万円を加えた六〇六万円を相続財産の価額とし、これから清子に返還すべき四五万円をまず差し引き残り五六一万円を相続分に応じて按分すると、良子を除く相続人については一人当り九三万五、〇〇〇円である。したがつて、良子が負担すべき債務の額は、邦夫に対し上記金額から五〇万円を差し引いた四三万五、〇〇〇円、清子に対しては四五万円を加算した一三八万五、〇〇〇円、冷子及び雅彦に対しては各九三万五、〇〇〇円、合計三六九万円となる。そして、上記債務は昭和五二年一月末日かぎり支払うこととするのが相当である。
4 手続費用中鑑定人及び証人に支給した費用四万一、九六〇円はこれを各相続人に相続分に従つて負担させることを相当とし、よつて、主文のとおり審判する。
(家事審判官 野田宏)