鳥取家庭裁判所米子支部 平成2年(家ロ)1号 1991年1月24日
主文
申立人らの本件申立てを却下する。
理由
第1本件申立て
1 本件申立の趣旨
本案審判の確定に至るまで、遺言執行者小山一郎の職務の執行を停止する。
2 本件申立ての理由
(一) 遺言者亡加藤功一(以下「本件遺言者」という。)は平成2年3月29日死亡したが、申立人加藤久代(以下「申立人久代」という。)は本件遺言者の妻であり、申立人加藤久一(以下「申立人久一」という。)は本件遺言者の長男であって、本件遺言者の相続人である。
(二) 本件遺言者は、公正証書遺言によって、遺言執行者小山一郎弁護士(以下「本件遺言執行者」という。)を遺言執行者に指定し、遺産分割方法を指定し分割を実行すること及び相続人全員の相続分を指定することを委託し、本件遺言執行者は就職を承諾した。
(三) しかし、本件遺言執行者には、次のような解任事由がある。
(1) 本件遺言執行者は、相続財産目録を全く調製していない。
(2) 本件遺言執行者は、相続財産の調査未了のうちに、最も重要な相続財産である有限会社加藤総本店(以下「加藤総本店」という。)の出資口数306口を、本件遺言者の二男である加藤淳一(以下「淳一」という。)に指定した。
(3) 本件遺言執行者は、平成2年4月3日、申立人久一が、本件遺言執行者に対し、相続財産中の動産類の相続財産目録の作成に立ち会いたい旨を要求したところ、これを拒否した。
(4) 淳一は、本件遺言執行者と相談の上で、出資口数の関係から昭和46年の作成日付の加藤総本店の社員総会議事録を作成し、それに基づき加藤総本店の取締役及び代表取締役各就任の役員変更登記をなした。
(5) 淳一は、本件遺言執行者と相談の上で、本件遺言者所有の不動産を勝手に加藤総本店名義に所有権移転登記をする等した。
(6) 右(4)、(5)のような理由から、申立人らは、現在、淳一らを相手方として加藤総本店の取締役の職務執行停止仮処分を求めて係争中であるが、本件遺言執行者は、右仮処分事件において、淳一の代理人となっている。
(7) 本件遺言執行者は、淳一と共に、申立人らに対し、「予備的総会招集」なる文書を送付し、これに対し、申立人らが平成2年5月29日付け内容証明郵便で本件遺言執行者に問い合わせをしても、本件遺言執行者は何らの回答、連絡もしない等、淳一と意を通じ、淳一の利益のためにのみ行動している。
(四) 申立人らは、平成2年5月29日、当裁判所に対し、本件遺言執行者の解任を求める申立てをした(当庁平成2年(家)第×××号事件)が、このまま放置すれば、相続財産の不当な減少、隠匿等を許すことになる。
よって、本件申立ての趣旨のとおりの保全処分を求める。
第2当裁判所の判断
1 本件記録並びに当庁平成2年(家)第×××号遺言執行者解任申立て事件記録によれば、次の事実が一応認められる。
(一) 本件遺言者(被相続人)は、平成2年3月29日死亡した。その相続人は、本件遺言者の妻である申立人久代、本件遺言者と申立人久代との間の長女である加藤友美、長男である申立人久一、二男である淳一、三男である加藤三郎(昭和62年5月29日死亡)の子である加藤千鶴子、加藤洋介である。
(二) 本件遺言者は、平成2年2月14日、公正証書によって、別紙「平成2年第×××号遺言公正証書」のとおりの内容の遺言(以下「本件遺言」という。)をなし、本件遺言において、本件遺言者の全ての遺産につき遺産の分割の方法を指定して分割を実行すること及び相続人全員の相続分を指定することを小山一郎弁護士に委託し、かつ、同弁護士を遺言執行者に指定(本件遺言執行者)した。
(三) 本件遺言執行者は、同年4月3日、申立人ら本件遺言者の相続人の面前で本件遺言執行者(並びに相続分の指定受託者及び遺産分割方法の指定受託者)に就任する旨の意思表示をなした。
本件遺言執行者は、本件の被相続人及び相続人らのいずれとも何らの身分関係はない。本件遺言執行者は、昭和59年ころから、加藤総本店の顧問弁護士として、同会社の経営の補助、同会社関係の訴訟の代理人等をしてきたものである。
(四) 本件遺言者の相続財産は、土地、建物、株式、預金、動産等、多数かつ広範囲にわたっているところ、相続財産の範囲につき相続人らの間に争いがあるうえ、申立人らの協力が得られなかったこともあって、本件遺言執行者が相続財産につき調査、確認をするのに日子を要する等したが、本件遺言執行者は、平成2年10月11日、本件遺言者の相続財産目録を調製して、申立人ら相続人にこれを交付した。
(五) 本件遺言執行者は、第1回の遺産分割の指定として、同年4月11日、淳一に対し、加藤総本店の本件遺言者の持分306口全部を取得させる旨の遺産分割方法を指定し、分割を実行しているところ、別紙の本件遺言の内容をみるに、その「趣旨」と題する部分には、「遺言者は、長男加藤久一が遺言者の事業及び資産の後継者となることを念願し、昭和40年ころより何回となく話をし、家族会議を開き、その都度協議を重ねてきたが、結局、遺言者の念願は実らず、遺言者も年をとり、かつ病状も悪化してゆき財産の管理等もしだいにできなくなっていった。財産の状況について知る者がいない状態となり、最終的には次男加藤淳一を帰して遺言者の事業と資産を管理させることとした。」旨述べられていることが認められ、本件遺言執行者がなした右遺産分割の実行は、本件遺言者の意思に適うものであり、本件遺言執行者としては、本件遺言の内容を忠実に執行しているものと認められる。
(六) 本件遺言執行者は、平成2年4月3日、本件遺言者の相続財産のうち、動産類の財産目録を作成するにあたり、申立人久一がした立会いの要求をいったんは拒否したものの、その直後の同月11日以降は、申立人らに対し、相続財産の調査、調製をするにつき、その都度立会いを要請してきているが、申立人らにおいては、立会いをしていない。
(七) 淳一が、加藤総本店の昭和46年の作成日付の社員総会議事録を作成し、これに基づき加藤総本店の取締役及び代表取締役に就任したこと、また、淳一が、本件遺言者所有の不動産を加藤総本店名義に所有権移転登記をしたこと、及び、淳一が、申立人らに対し、「予備的総会招集」なる文書を送付したこと等について、本件遺言執行者が、淳一に加担し、淳一と相談をなす等して、淳一と意を通じ、淳一の利益のためのみ行動しているような事情は、これを認めるべき証拠がない。
(八) 本件遺言執行者は、申立人らが淳一らを相手方としてなした加藤総本店の取締役の職務執行停止仮処分申請事件につき、当初、淳一の訴訟代理人となったが、遺言執行者としての公正な立場を確保するため、その後程なく右代理人を辞任した。
2 以上に認定した事実に基づいて、申立人らが本件遺言執行者の解任事由と主張する点(前記第1、2本件申立ての理由、(三)、(1)ないし(7))について順次検討する。
(一) まず前記第1、2、(三)、(1)の点について検討するに、前記第2、1、(四)に認定したとおり、本件遺言執行者は、平成2年10月11日、本件遺言者の相続財産目録を調製し、これを申立人ら相続人に交付しているのであって、現在に至るも右相続財産目録が調製未了というわけではない。
もっとも、右相続財産目録の調製に多少の日子を要する等したが、それは前記認定のとおり、本件遺言者の相続財産が多数かつ広範囲にわたっているだけでなく、相続財産の範囲につき相続人らの間に争いがあるうえ、本件遺言執行者の相続財産の調査、確認につき申立人らの協力が得られなかったこと等の理由によるものであって、相続財産目録の調製が若干遅滞したにしても、本件遺言執行者を責めることはできない。
してみると、申立人らの前記(1)の主張は理由がない。
(二) 次に前記第1、2、(三)、(2)の点について検討するに、前記第2、1、(五)に認定した、本件遺言執行者が淳一に対してなした如藤総本店の本件遺言者の持分306口全部を取得させる旨の第1回の遺産分割の指定は、基本的には、遺言執行者としての職務というよりも、相続分の指定受託者及び遺産分割方法の指定受託者としての職務というべきものであるうえ、前記に認定したとおり、本件遺言執行者がなした右遺産分割の実行は、本件遺言者の意思に適うものであり、本件遺言執行者としては、本件遺言の内容を忠実に執行したものである。
してみると、申立人らの前記(2)の主張は、解任事由にはなりえない。
(三) 前記第1、2、(三)、(3)の点について検討するに、前記第2、1、(六)に認定したように、本件遺言執行者が、平成2年4月3日、本件遺言者の相続財産のうち、動産類の財産目録を作成するにあたり、申立人久一がした立会い請求をいったんは拒否したことが認められるけれども、本件遺言執行者は、その直後の同月11日以降は、本件遺言執行者の方から、申立人らに対し、相続財産の調査等をするにつき、その都度、立会いを要請してきていることが認められるから、右平成2年4月3日の立会い拒否の点だけをもって、本件遺言執行者に解任に相当する落度があったということはできない。
してみると、申立人らの前記(3)の主張は理由がない。
(四) 次に前記第1、2、(三)、(4)、(5)、(7)の申立人らの主張事実については、前記第2、1、(七)に認定したとおり、これを認めるべき証拠がない。
してみると、申立人らの前記(4)、(5)、(7)の主張は失当である。
(五) 前記第1、2、(三)、(6)の点について検討するに、前記第2、1、(八)に認定したように、本件遺言執行者は、申立人らが淳一らを相手方としてなした加藤総本店の取締役の職務執行停止仮処分申請事件につき、当初、淳一の訴訟代理人となっていたのであり、このことは適切でないといわなければならないが、しかし、本件遺言執行者は、その後程なくして右代理人を辞任したことが認められるから、本件遺言執行者が一時淳一の訴訟代理人であったことをもって、本件遺言執行者の解任事由とするのは相当でないというべきである。
してみると、申立人らの前記(6)の主張は理由がない。
(六) 以上のほか、本件遺言執行者につき、その解任の事由があることを認めるに足りる証拠はない。
3 以上の次第で、本件遺言執行者を解任すべき理由はなく、したがって、保全の必要性もないから、申立人らの本件申立てはその理由がない。
よって、申立人らの本件申立てを却下することとし、主文のとおり審判する。
(別紙)
平成弐年第×××号
遺言公正証書
本公証人は、遺言者加藤功一の嘱託により米子市○町××番地○○大学医学部付属病院に臨み、後記証人の立会をもって、左の遺言者の口授を筆記し、この証書を作成する。
趣旨
遺言者は、長男加藤久一が遺言者の事業及び資産の後継者となることを念願し、昭和四拾年ころより何回となく話をし、家族会議を開き、その都度協議を重ねてきたが、結局、遺言者の念願は実らず、遺言者も年をとりかつ病状も悪化してゆき財産の管理等もしだいにできなくなっていった。財産の状況について知る者がいない状態となり、最終的には次男加藤淳一を帰して遺言者の事業と資産を管理させることとした。
次男淳一は、西日本理化学大学教授であり、その地位と実績を放棄して帰ることになるから、遺言者は次男淳一及びその家族の将来を十分に配慮することが第一と考える。
参男加藤三郎は、昭和六拾弐年五月、妻子を残して他界した。その子らは未だ学齢期にあり、遺言者は、参男三郎の妻子の生活がたちゆくことを配慮せざるをえない。
遺言者は、すでに相当の不動産、有限会社加藤総本店の持分を妻加藤久代名義にし、その他妻久代の資産形成を考慮してきた。もとより、妻久代と共に働いてきたものであるが、それ以上に配慮してきたと考える。妻久代の資産は、いずれは全てを長男久一が承継するのが好ましい。
相続人のうちで誰が加藤家の祭祀を主宰すべきかは、現状では決めがたいものがあり、相続人間でよく話し合って決めてほしい。
遺言者は、全ての事情を慎重に考えて、以下のとおり遺言する。
壱、従前の遺言を取消す。
弐、遺言者は、この間全ての事情と遺言者の真意を弁護士小山一郎先生に話してあり、全ての遺産につき遺産の分割の方法を指定して分割を実行すること及び相続人全員の相続分を指定することを左記の者に委託する。
米子市○○町×丁目×番地
弁護士 小山一郎
昭和××年×月××日生
参、遺言者は、前記小山一郎を遺言執行者に指定する。
四、遺言者は、相続に際して、くれぐれももめ事の起きないように希望するものであり、相続人らは弁護士小山一郎先生の意見を聞いて円満に相続すること。
五、相続人らは遺言者ないし加藤家の財産の維持保存をはかり、くれぐれも食い漬すことのないようにすること。
六、妻加藤久代の相続に際しては、長男久一以外の相続人は相続放棄し、全ての妻久代の遺産が長男久一に承継するようにすること。但し、遺言者の遺産相続に関し本遺言を承服せず、調停、訴訟その他紛争が生じた場合はこの限りではない。
遺言者は、養子に強く感謝するものであり、皆が円満にまた幸せに生きていくことを切望してやまない。また、お世話になった全ての方々にも心からお礼を述べるものである。
(本旨外要件以下編略)