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鳥取簡易裁判所 昭和33年(ろ)47号 判決 1959年7月21日

被告人 小椋潔

明三八・六・二三生 自動車運転者

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、被告人は乗合自動車の運転者であるところ、

第一、昭和三三年三月二五日午後四時五三分頃、乗合自動車(鳥二―二三六一三号)を運転し、鳥取市吉方地先国道(車道幅員約一〇米、両側歩道幅員各四米)を時速約二五粁にて西進し同市吉方久松橋西詰十字路にさしかゝつた際、約二〇米二〇糎前方車道の左端附近に、植木雅雄(当九年)が子供用自転車に乗り同一方向に走行しおるを認め、同児の右側を追越し約六〇米前方車道左端の停留所に停車する目的にて減速しながら進行したのであるが、斯る場合には、同児を完全に追越し了え、安全な距離を保つて後初めて進路を左にとつて進み、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにかゝわらずこれを怠り、不注意にも左側を完全に追越したことを確認せず、従つて十分な距離をおかずして漫然進路を左にとつて進行した為に、自動車を自転車の右把手に接触してこれを転倒させ、因つて同児に全治五日位を要する頭部打撲並に右手第三指擦過傷を負わせ、

第二、同年四月七日午後零時一三分頃、前記自動車に客約一〇名を乗せ岩美郡国府町中河原木下自転車店前停留所において、桜井寿恵(当六一年)外一名を乗車させて発車したのであるが、斯る場合には、車掌の発車合図のみに頼ることなく、自ら車内用バツクミラーによるか又は顔を振りむけるなどして、昇降口扉が閉まつたことを確認した上出発し、乗客の転落事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにかゝわらずこれを怠り、不注意にも単に車掌の合図のみによつて漫然発車した為に、昇降口に居た右桜井を路上に転落させ、因つて同女に対し約一週間安静加療を要する脳震盪症並に頭部打撲症を負わしめた、と謂うにある。

審究するに、第一公訴事実については、証人松本辰雄、同太田陽雄の両名に対する各尋問調書中、被告人操縦の自動車は植木雅雄の自転車を追越し、植木の自転車が自動車の後尾左角の辺に接触した趣旨の記載。証人奥田昌明の当法廷における、植木は自動車から追越されたとき受けた風圧によつて自転車の操縦を誤り自ら転倒したものと思う旨の供述。

証人植木雅雄に対する第二回尋問調書中、自動車が寄つてきたとき自転車のブレーキが利かなかつた趣旨の記載部分とを綜合して、本件事故は植木雅雄が自転車にて走行中被告人操縦の自動車から追越され、その刹那これによつて受ける風圧によつて心気動揺し自転車の操縦自由ならず自ら誤つて自転車を自動車に接触させたことに因ると認定するを妥当と思料する。証人植木は、第一回尋問の際は「自転車の右把手が自動車の左側後輪の斜上辺にあたり、ふらふらして転倒した意味のことを述べ、第二回尋問に際しては「自動車が寄つてきてフエンダーの辺が自転車の右把手にあたり、その侭ボデーで把手を擦りながら進み、自転車は自動車が行きすぎた途端に倒れた意味のことを述べ、いづれも自動車が追越前に自転車に接触した為に転倒した趣旨の供述をしているのであるが、同人のこの供述部分は前記松本並に太田各証人の供述と対比して信を措き得ない。

第二公訴事実については、(一)林俊一及び被告人の司法警察員に対する供述調書、証人桜井寿恵に対する尋問調書の各記載、被告人の法廷における供述に拠り、桜井寿恵外一名(中島雅美)が被告人操縦の自動車に乗つた場所は停留所ではなく、停留所を離れた道路上であつて、両人は被告人操縦の自動車の来るを道端にて待ち受け、停車を求めて乗車したこと。(二)証人中島雅美、同右桜井に対する各尋問調書記載に拠り、桜井は中島雅美が乗車して病院に行くを見送るために同人の風呂敷包を持つて同道したのであつたが、包を車内にて渡すべく、中島に続いて乗り込んだこと。(三)林俊一の前記供述調書に拠り、桜井は車内にて中島に対し二言三言話しながら包を渡し、あとづさりしたときに車掌は「オーライ」と言い続いて自動車は動き出し、桜井はよろめいたこと。(四)証人山根将延に対する尋問調書記載に被告人の当法廷における供述を綜合して、車掌山根将延は停車させて乗り込んだ両人を乗客と思い疑わずその車内乗り込みを待つて、踏段に立ち、折畳式扉の三分の一を閉じ両手にて残る扉を閉じる姿勢にて、進行方向に顔を向けながら発車合図を為し、運転者被告人はこれに応じて直ちに発車の操作をしたこと。車掌山根が発車合図に続いて残る扉を閉じる操作に移るとき、桜井は意外にも手摺にしがみつきながら降りかけて居りこれを阻止するいとまもなく転落し負傷したこと。運転者被告人は車掌の「アツ」という只ならぬ声に異変を直感し、直ちに停車措置をしたことの各事実を認定し得る。

右認定事実に基き、桜井の転落負傷に関し運転者被告人に公訴事実に謂う過失責任があるかを勘按するに、本件のごとく乗合自動車が停留所を離れた道路上にて、求められて臨時に停車して乗車させた場合に乗務員としては特段の事情のなき限り、その乗り込んだ者を客として疑わず、その者の完全乗車の確認のみにて再発車の措置を為すが通常であり且つそれにて足る理である。桜井等両人は車掌の発車合図、続いて自動車が動き出した際は車内に居たのであつて、この事実に、車掌は扉の三分の一を閉じ続いて残る扉を閉じる姿勢にて発車合図をした事実及び被告人の供述によつて認むべき車内の乗客が十数名の小人数であつた事実並に検証調書記載によつて認むるその場所が通行人すくなき田圃中の田舎道であること等彼是綜合するとき、運転者被告人が車掌の発車合図のみによつて発車の措置にいでたことをもつて業務上の注意義務に懈怠があつたとは言い難い。

本件事故は、転落者自身の甚だしき粗忽と扉の三分の一を閉じたのみの状態にて発車合図をした車掌の軽卒とに基因するものと断ずべく、被告人において発車合図を軽信したによるとの非難は実情を考慮の外におくものである。

以上公訴事実のいずれも、被告人に業務上の過失を認むべき証拠なく、仍て刑事訴訟法第三三六条に則り主文の通り判決する。

(裁判官 矢口宰九郎)

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