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鹿児島地方裁判所 平成10年(行ウ)4号 判決 1999年1月29日

原告

和田清

原告

山路準一

右原告ら訴訟代理人弁護士

蔵元淳

被告

鹿児島県監査委員

有馬学

右訴訟代理人弁護士

和田久

右指定代理人

梶山勉

主文

一  被告が、原告らに対し、平成一〇年三月二四日付けでした別紙一文書目録の(一)及び(三)の各部分を開示しないとの処分を取り消す。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの連帯負担とし、その余は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  申立

一  被告(以下「被告監査委員」という場合がある。)が、原告らに対し、平成一〇年三月二四日付けでした別紙一文書目録記載の文書(以下、同目録(一)ないし(三)の文書全部を「本件文書」といい、同目録記載の各文書については、「本件(一)文書」等と番号を付して略称する。なお、原告らの開示申立に対して一部の開示がされており、公開部分を含めて「本件文書」という場合がある。)を開示しないとの処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

第二  事案の概要等と争点

一  事案の概要(当事者間に争いのない事実、当裁判所に顕著な事実を含む。)

1  鹿児島県(以下「県」という。)においては、県民への公文書等の公開を内容とする同県情報公開条例(昭和六三年三月二八日鹿児島県条例第四号、以下「本条例」といい、法条のみを示したときは、同条例の条項をいう。)が定められており、同条例には、別紙二「鹿児島県情報公開条例抜粋」のとおりの各条項がある。

2  県民である原告らは、本条例に基づき、被告に対し、本件文書(公開部分を含む。)の公開を求めたところ、被告は、本件文書について右第一の一のとおりの非開示の本件処分をした(なお、開示請求に係る公文書等の件名、開示部分、非開示部分及び非開示理由は、平成五年度分についてみれば、別紙三のとおりである。)。

3  本件は、原告らにおいて、被告が非開示とした本件文書は、本条例の定める非開示事由には該当しないから違法であると主張して、本件処分の取消しを求めた事案である。

二  争点

本件文書を非開示とした本件処分は、本条例の定める非開示の事由に該当するとして、適法といえるか否か。

第三  争点についての当事者の主張

(被告の主張)

一  本条例の定める公文書開示請求権について

1 地方自治体において、それぞれ条例や要綱等をもって定める公文書開示請求権は、憲法二一条に基礎を置くとされる「知る権利」や憲法の定める「民主主義」「国民主権主義」ひいては、「地方自治の本旨に基づく住民自治の権利」等に奉仕するものではあるとしても、これらの憲法の規定から直接導き出されるものではなく、このことは、本条例が定める「県民の公文書等の開示を求める権利」についても同様である。すなわち、公文書開示条例による情報開示請求権は、憲法や国際人権規約等から直接導き出されたものではなく、これはあくまで条例によって創設された権利である。地方自治体が、個々の住民に開示を請求する権利を付与するか否か、付与するとしてもその権利の内容をどのようなものにするかは、当該自治体がその制度の趣旨を考慮しつつ、自主的に決定すべき問題であって、その当否までが直ちに違憲ないし違法の問題を生じさせるものではない。

2 公文書の開示については、その公開請求権が本条例によって創設された権利であることからすれば、具体的な文書が公開しないことができるとされる文書に当たるか否かの判断は、本条例の目的及び同条の趣旨に照らし、その文書に即して合理的に解釈して当てはめることによってなされる必要があり、それで足りるものであって、本件訴訟の意義や食糧費に関する予算の議決方法、あるいはその支出の当否によって左右されるものではない。

二  本件処分の適法性

1 八条二号(個人情報)該当性

(一) 八条二号は、個人の尊厳及び基本的人権を尊重する観点から、特定の個人が認識され得る情報については、原則として非開示とすることを定めたものである。

本件(三)文書は、八条二号本文にいう「個人に関する情報(事業を営む個人の該当事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」に該当し、また、同号ただし書に規定する非開示の例外項目のいずれにも該当しない。

(二) 八条二号は、個人の尊厳及び基本的人権を尊重する立場から、個人のプライバシーは最大限保護する必要があること、また個人のプライバシーの概念は法的に未成熟でもあり、その範囲も個人によって異なり、類型化することが困難であることから、個人に関する情報であって、特定の個人が識別され得る情報については、原則として非開示とすることを定めたものであり、手引も、本条例が「プライバシー保護型」ではなく「個人識別型」を採用していることを説明している。したがって、原告ら主張のように、他人に知られたくないと望むことが正当であると認められ、それが特定の個人に関する情報について開示義務を免除したものと解することはできない。原告の解釈は、当面の公文書開示の要請に気をとられ、プライバシー保護の枠を限定することにより、個人の尊厳と人権の尊重を損なう結果を招来するものである。

(三) 公務員に関する情報

(1) 本条例は、「個人に関する情報で特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」については、公務員たると非公務員たるとを問わず、原則非公開としていることは明らかである、

(2) また、公務員の職務遂行上の情報として公務員の氏名等が開示されると、当該公務員に対する個人的攻撃などによりその私生活にまで侵害の危険が生ずることもあり得る。県の場合でも、最近、匿名者から県の職員に対し、「お前たちの県庁がいろいろ問題のあることをするから、川内の地震も起きたんだ。県庁の職員の子供を徹底していじめてやる。お前はどこに住んでいるのか。」などといった電話がされており、また、東京都の場合でも、東京都財務局の食糧費に関する会計処理担当課長に対し、料金受取扱いで一〇〇件余の商品を送りつける嫌がらせがなされていたことが報道されている。このように公務員の氏名等の個人情報が開示された場合、当該情報に基づいて特定の職員個人に対する何らかの危害、侵害を加えられる危険性のあることは十分に予想され、しかもかかる侵害については、その性質上予めこれを予測することは困難であり、よってその予防手段を講ずることも不可能である以上、かかる侵害に対しては、情報の開示にあたって、少なくとも特定の個人が識別できる情報については、一律非開示として取り扱うことしかないのである。

(四) 以上のとおり、被告監査委員が、プライバシーの侵害の有無や、出席者が公務員である場合には例外的に開示情報とする旨の規定のない本条例のもとで、個人を識別する情報を非開示としたことは、少なくともその適法な裁量の範囲内の行為として何ら違法ではない。

2 八条三号(事業活動情報)該当性

(一) 八条三号は、法人その他の団体及び事業を営む個人の事業活動の自由その他正当な利益を尊重し、保護する観点から、開示することにより事業を行うものの競争上の地位その他正当な利益を害することになるような情報は、原則として非開示とすることを定めたものである。

本件(一)文書は、同号本文に規定されている「開示することにより事業を行うものの競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるもの」の情報に該当し、同号ただし書に規定する非開示の例外項目のいずれにも該当しない。なぜなら、本件(一)文書の債権者の住所・氏名等の情報は、事前に当該債権者の同意を得ていない場合は、信義則及び取引慣行に照らして第三者に当然に提供できるものではない。また、本件処分に係る開示請求は、被告監査委員事務局が平成五年度から平成七年度に執行した食糧費の支出に係るすべての公文書が開示請求の対象であり、長期にわたる県の利用状況等から明らかになることにより、債権者に対するさまざまな社会的評価を招き、公正な競争を妨げるおそれがあるからである。

また、本件(二)文書の債権者の取引金融機関、銀行口座等に関する情報は、当該債権者が事業活動を行う上での重要な内部管理に関する情報であり、事前に当該債権者の同意を得ていない限り、信義則及び取引慣行に照らして第三者に当然に提供できるものではなく、これを当該債権者の意向に関わりなく、一般に公開すれば、当該債権者の正当な利益が侵害されることになるから、八条三号本文に規定する情報に該当し、同号ただし書のいずれにも該当しない。

(二) 原告らが主張する開示義務が免除される情報の範囲は、不正競争防止法における「営業秘密」の定義規定をそのまま本条例に当てはめたものであるところ、不正競争防止法における「営業秘密」の定義は、これを財産権的側面から捉えて、私人間において、その侵害の防止と差止請求あるいは損害賠償請求の要件等を定めるためのものであるのに対し、本件は、県の機関が自ら管理・保有する法人等事業者の当該事業に関する情報について、これをどの範囲まで公開するかという問題であるから、両者はその保護法益、制度目的を全く異にするものであり、原告らの主張には何ら合理性はない。

(三) 事業者の口座関係情報等については、確かにこれらが発行される請求書に記載されている場合があるとしても、右請求書は、特定の取引関係の成立を前提にし、当該取引の相手方当事者たる債務者に対して発行するものであるから、このことをもって広く一般に公表されている情報であるとすることは不当である。

(四) なお、原告らは、大阪府水道部懇談会議費情報公開請求訴訟の平成六年二月八日の最高裁判決を引用するが、同判決が是認した第一、二審判決は、顧客先や利用内容等が営業実態の一部をなす情報であり、それらをみだりに公表しないことがその信用の重要な部分を占めると指摘しており、また、この事案は、開示請求の対象期間が一か月であるのに対し、本件の対象期間は平成五年度から平成七年度の三年間の長期にわたっており、事例的には、非開示とすることが許される場合に該当すると解されるべきものであるから、右最高裁判決をそのまま引用することはできない。

(五) 以上より、被告監査委員の非開示処分は、八条三号に適合しており、何ら違法ではない。

3 八条八号(行政運営情報)該当性

(一) 八条八号は、県又は国等が行う事務事業の目的を達成し、又は事務事業の公正もしくは円滑な執行を確保する観点から、開示することにより、これらに支障の生じるおそれのある情報は、開示しないことができることを定めたものである。

本件(三)文書についてみると、懇談等出席者である相手側は、出席の事実が公表されることを前提に懇談等に出席しているものではない。このため、懇談等の相手側の事前の同意なしに開示すると、相手方が不信、不快の念を抱き、お互いの信頼、協力関係が損なわれ、以後の懇談の出席を拒否されたり、率直な意見の交換が控えられるようになり、結果として業務の円滑な実施等の行政運営に支障が生じるおそれがある。したがって、本件(三)文書は八条八号に該当する。

(二) 監査委員は、県の財務に関する事務の執行等の監査、財政的援助団体等の監査等、地方自治法に定める監査等に関する事務を所掌しているところ、右所掌する監査業務を適正に行うためには、常に監査知識、監査技術の向上を図る必要があり、そのために必要は情報収集や意見交換を行う懇談等は、八条八号所定の「渉外」ないし「交渉」に該当する。そして、このような懇談等は、適正な監査の円滑な執行を図るために必要かどうかについての実施機関の合理的な裁量によって実施されるものであり、これまでその開催目的や実施の事実、参加者の職名、氏名等については、広く第三者に公開されることを前提にしておらず、関係者も公開は念頭になく、予期し得る状態にもなかったのであり、本件監査委員で実施した懇談等の相手方や関係者も、当然そのように理解してこれに出席していたものと考えられる。しかるに、右のような情報が相手方の意思とは関係なく公になれば、相手方に不快、不信の感情を抱かせ、相手方との信頼関係を損ない、情報ないし意見の交換に支障を生じ、監査知識、監査技術の向上による適正な監査業務の推進に支障が生ずるおそれがあると認められる。

(三) 原告らは、被告側において、右「おそれ」の内容を具体的に主張・立証していないとするが、八条八号は、単に「事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの」の非公開を規定しており、「明らかなおそれがあると認めるに足りる十分な理由」(破防法五条)、「おそれがあると認めるに足りる相当の理由」(旅券法二二条一項五号)、「著しい支障を及ぼすおそれ」(大阪府公文書公開等条例八条四号、五号)などのように、「おそれ」についての具体的な文言規定になっていないことからすると、「おそれ」とは、当該文書の公開により公正若しくは円滑な執行に支障が生ずることについての具体的・個別的な可能性ではなく、一般的・抽象的な可能性があることをもって足りるというべきである。懇談会等が業務の施行のために必要な事項についての関係者との内密な協議を目的として行われたものであることについて具体的な事実を主張・立証すべきであるとすると、公開審理を原則とする現行の裁判制度の下では、当該文書そのものを開示することによって右事実を主張・立証するほかなくなり、当該文書を公開することによって当該文書が非公開文書であることを証明するという自己矛盾に陥ることになるのであって、業務の円滑な執行に支障が生じるおそれがあることを「具体的に」主張・立証することは、もはや立証の限界を超えるものである。

(四) したがって、本件(三)文書についての被告監査委員の非開示処分は、八条八号に適合しており、何ら違法ではない。

(原告らの主張)

一  本条例制定の趣旨等

1 本条例制定の趣旨

一条は、本条例が県民の公文書の開示を求める権利を明らかにするとしているが、これは、開示義務が免除される場合に該当するかどうかを判断するにあたっては、本条例が、憲法二一条一項の表現の自由に由来する知る権利を、また、憲法一五条一項の公務員選定罷免権、同九二条の住民自治、同九三条二項の首長・議員の直接選挙で保証する参政権等を、実質的、具体的に保障しようとする趣旨で立法されたことに留意してなさなければならないとの趣旨である。

2 本件訴訟の意義

いわゆる食糧費疑惑については、従来、食糧費が民主主義的チェックを受けず、不正の温床になりがちであったところ、一連の不当公金支出疑惑として明らかになったものである。そして、被告監査委員は、県の巨額の不正支出をチェックせず、見逃してきたのみならず、本来、法によって不正支出をチェックする機関であるのに、自らが「不正支出」をしていたのであって、原告た住民は、地方自治の本旨に基づく住民自治権を行使し、県の財務会計行為の非違を正すために本件公文書の開示を請求しているのである。

二  本件各文書の非開示理由の不存在

1 八条二号(個人情報)該当性の有無について

(一) 被告は、「個人を識別」という文言の解釈論としては、同義反復の域を出ず、およそ「自然人が特定される情報」一般について、開示義務が免除されていると主張しているものと解される。しかし、条文には「包括的に」とか、「公務員を除外しない」という文言がないばかりか、このような解釈では、ある「個人に関する情報」が公開されることは、およそあり得ないようにも思われる。三条が個人に関する情報につき「みだりに」と限度していること、手引も原則公開の観点から非開示事由を厳正に判断しなければならないとの解説をしていることからも、被告の主張は理解できないものである。

(二) 八条二号は、憲法二二条が保障する個人のプライバシーの権利、すなわち、私生活をみだりに公開されない権利の保護を目的とするものであるから、「特定の個人が識別され、またはされ得るもの」という条例の文言は、一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められ、それが特定の個人に関する情報について、その開示義務を免除したものと理解すべきである。その情報がある特定の自然人に関するものであることが判明するものであるとしても、その公開によって、個人のプライバシーの権利の侵害が生じない場合は、開示義務は免除されない。

(三) 公務遂行自体における私人としてのプライバシーを観念することは相当でない。公務員の地位にある個人のプライバシーが問題となるのは、その公務員の私人としての側面についてである。

宴会を伴う懇談等に出席した被告の職員はもちろん、懇談の相手方たる県等の行政庁の公務員ないし公務員に準ずる者が、公務である懇談等に職務として参加した場合には、私生活上の事実とは一切無関係であるから、個人のプライバシーの権利の侵害を問題とする余地はおよそ存在せず、その出席の事実に係わる情報の開示義務は免除されない。

(四) 食糧費の支出の適法性、適正性を自治体の住民が監視するためには、開催された会議等が食糧費の支出を必要とする会議等であったか、その会議等の飲食として適切な内容のものであったか、その会議等の費用として適切な金額の支出であったかが明らかにする必要があり、そのためには、会議等の出席者は誰であるかを明らかにすることが必須である。

2 八条三号(事業活動情報)該当性の有無

(一) 同号の事業活動情報については、本条例の定める公文書開示請求権の性格を踏まえ、また、本条例が「当該法人に不利益が生じる」という表現ではなく「競争上の地位その他正当な利益が損なわれる」という文言を採用したことを考慮すると、開示義務が免除される情報は、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上または営業上の情報にして公然知られざるもの」に該当する情報であっで、それらに実質的な被害が客観的に生じる場合に限られる。ノウハウや営業秘密に該当しないような情報は、開示義務が免除されないものである。

(二) 被告が債権者の住所氏名等について主張する類の社会的評価は、飲食店自身が広く宣伝し、一般に知られている事柄である。その情報を開示することが「当該事業者に対する様々な社会的評価が生じ、公正な競争を妨げるおそれがある」とするとすれば、飲食事業者が通常の営業活動を行えばすなわち、飲食物を提供し、料金を請求・受領し、請求書や領収書を発行すれば、それだけその事業者の正当な利益が損なわれるという奇妙なことになりかねない。営業秘密といえる「経営方針」は、請求書等を集めたところから、判明するようなものではなく、「何時、誰に、どのようなものをいくら提供し、支払がどのように行われているかという情報」が情報公開による利益を犠牲にしてまで保護されるべき情報とは、到底考えられない。

(三) 口座番号関係情報及び代表者印影についても、当該飲食店が一般に発行する請求書に記載されており、一般的に明らかにされているものである。これらが営業上の情報であるとしても、秘密に管理されることもなければ、公然知られないものでない。これらを公開することによって、当該飲食店を経営する法人ないし個人の競争上の地位が害されたり、社会的評価の低下、その他正当な利益が害されることはあり得ない。

(四) ちなみに、平成六年二月八日最高裁判決も、「懇談会等が行われた飲食店の名称等、飲食費用の金額及びその明細並びに右費用の請求」等について、事業活動情報該当性を否定した原審の判断を支持している。

3 八条八号(行政運営情報)該当性の有無

(一) 被告は、まず、同号の「交渉、渉外……その他の事務事業」に該当する懇談等の存在、その際行われた交渉、調査等の存在を主張、立証しなければならず、次いで、非開示部分の開示によって、「業務の円滑な執行に支障が生ずるおそれがある」ことを裏付ける情報を具体的に主張、立証しなければならない。しかるに、被告はこれを全く主張していないか、極めて抽象的に主張しているだけで留まっている。

(二) 単なる儀礼的な懇談の場合、その懇談の外形的事実が明らかになったとしても、「相手方に不信、不快の感情を抱かせる」ことを懸念する必要はない。関係行政庁等との単純な事務打合わせ等を目的とする場合、一定の具体的問題意識を持たないで、漫然と行政事務をより円滑に執行するとの目的で飲食を伴う懇談それ自体を目的とする会合が開催された場合、それに参加することは、社会通念上何ら不名誉若しくは嫌悪すべき事柄ではない。相手方の氏名が明らかになる情報を公開したとしても、相手方において不信、不快の念を抱き、また、会合の内容等につき様々な憶測等がなされることに危惧して、以降会合への参加を拒否したり、率直な意見表明をすることを控える事態は考え難い。

仮に、業務における相手方の位置付け、評価等が明らかとなり、そのことに不満をもつ相手方が出現するとしても、業務における相手方の位置付けは、懇談会等における接待の内容によってのみ定まるものではないので、そのような不満には合理的理由はない。また、公務員による公務員の接待等の懇談の事実が公表されることによって、懇談の相手方である公務員が不満を持ち、その不満を理由として被告との関係における自己の公務の遂行の仕方が影響を受けることはあり得ないし、また、あってはならないことである。仮に、接待の内容で公務の遂行が影響されるとすれば、公務員の服務規律に違反するばかりか、贈収賄の問題ともなるものである。したがって、行政事務をより円滑に執行するとの目的での飲食を伴う懇談等は、その実施を内密にする必要はなく、むしろ積極的に開示し、県政に対する県民の信頼と理解を深めるべき場合であり、開示業務を免除すべき場合には当たらない。

第四  認定事実

当事者間に争いのない事実と甲一ないし一五、乙一ないし五、七及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

一  当事者

1  原告らは、五条一号にいう県の区域内の住所を有する個人であり、被告は、二条三項にいう実施機関の一つである。

2  被告は、県の財務に関する事務の執行等の監査、財政的援助団体等の監査等、地方自治法に定める監査等に関する事務を所掌している。

二  食糧費について

1  食糧費は、地方公共団体の行政事務の執行上必要とされる消費的性質の経費がまとめられた需用費のうちの一つであり、歳出予算の款・項・節のうち、節の区分中の「11 需用費」に含まれる経費である。

需用費とは、地方公共団体の行政事務の執行上必要とされる物品の購入、取得及び修理等に要する経費で、一度の使用でその本来の効力を失うもの及び数年度にわたり使用し得るものではあるが、備品の程度に至らないもの等の取得に要する経費であり、例えば、消耗品費、燃料費、食糧費、印刷製本費、光熱水費、修繕費、賄材料費、飼料費、医薬材料費が含まれる(県予算規則二条三項、地方自治法二二〇条一項、同法施行令一五〇条一項三号、二項、同法施行規則一五条二項別記)。

右の食糧費には、会議用・式日用・接待用の茶菓・弁当、非常炊出賄、警察留置人食料、病院・療養所等の患者食料、宿泊所・保育所等の賄料等に要する経費が含まれ、会議等の茶菓や昼食、懇談会の会食、災害等に係る事務等に伴う補食・夜食等の支出に充てられている。

2  食糧費は、行政事務、事業の執行上直接的に費消される経費であるのに対し、交際費は、対外的に活動する地方公共団体の長その他の執行機関が、その行政執行のために必要な外部との交際上要する経費で、歳出予算の款・項・節のうち、節の区分中の交際費の予算科目から支出され、性質上広い裁量が認められるものであるから、両者は、基本的な性格を異にするものである(地方自治法二二〇条一項、同法施行令一五〇条一項三号、二項、同法施行規則一五条二項別記)。

三  公文書開示の請求

1  原告らは、被告に対し、平成一〇年三月一〇日、六条に基づき、平成五年度ないし平成七年度の食糧費の支出に係る本件文書につき、公文書開示の請求をした。

2  本件文書の内容

(一) 本件で開示の対象となった公文書は、被告監査委員事務局が平成五年度ないし平成七年度に執行した食糧費の支出に係る支出命令票、請求書であり、このうち、支出命令票には、担当課、年度、歳出科目、金額、懇談等の相手方等出席者が識別され得るもの、債権者(飲食店名等)住所・氏名、支出の内容、支払先金融機関、口座番号等が記載され、請求書には、飲食日時、請求の内訳(料理や飲物等の品名、数量、単価、奉仕料)、請求額、債権者住所・氏名、印、支払先金融機関・口座番号等が記載されている。

(二) 右文書のうちの支出命令票は、被告監査委員事務局の職員(以下「事務局職員」という。)が作成した文書であり、収支命令者が所属年度等、印鑑の正誤及び支出の内容が法令または契約に違反する事実がないかなどを調査して発行するもので、同文書には、原則として請求書が添付されるものであり、会議、懇談会等の具体的な内容は記載されていない。

また、請求書は、右のとおり、支出命令票に添付されるものであり、債権者が作成して支払請求をすべく、右事務局に提出したもので、債権者への返却は予定されていない。

四  被告の決定(本件処分)

被告は、原告らの開示請求に対し、平成一〇年三月二四日付けの公文書等一部開示決定通知書(甲一ないし六)をもって、八条の当該各号に規定する開示しないことができる公文書等に該当することを理由とし、一部非開示として非開示部分と非開示理由を記載し、その余を開示する旨の公文書等一部開示決定(本件処分)をし、これらを原告らに通知した。

右非開示部分と非開示理由は、本件(三)文書は、八条二号(個人情報)と同条八号(行政運営情報)に、本件(一)(二)文書は、いずれも同条三号(事業活動情報)に該当するというものであり、別紙三(甲一、四。ただし、平成五年度分のものであるが、同六、七年度分も同じ内容である。)のとおりである。

五  手引等について

県は、本条例による文書の開示請求がされた場合に備え、各職員のために前記の手引(乙二)を作成して配布している。また、国民からの要請による公文書開示等の機運のもとに、国は、情報公開法要綱案を作成し、情報公開法の制定を目指し、平成八年一二月一六日の行政改革委員会では、「情報公開法制の確立に関する意見」(乙五)が出されている。

六  本件申立に至る経過等

一連の公費濫用問題を調査している県の「予算執行に関する調査改善検討委員会」の平成八年八月の報告では、平成五年度ないし同七年度の三年間で八億円に近い不正な支出がなされているとされ、請求書や支出命令票等の中には、飲食実施日や支払年月日欄が空白のものや請求書記載の飲食日と支出命令票の記載の懇談会日が異なるものもあること、請求書を県職員が作成したものや債権者が架空名義のものがあったことなどが明らかとなり、さらに、県の不正支出のチェックをなすべき被告監査委員事務局に関連する食糧費の不正支出も公表され、県民から真相解明を求めるための方策として本件開示の申立を受けるに至った。

第五  当裁判所の判断

一  本条例の制定と公文書開示請求権

憲法は、民主主義の原点として言論、出版等一切の表現の自由(憲法二一条一項)を保障し、国民主権の制度の骨格をなすものとして公務員の選定、罷免権、普通選挙の保障、住民自治(憲法一五条一項、九二条、九三条二項)等を定めているが、その実質的な保障は、活動をなし、あるいは制度に参加する国民らの政治の現状に対する正確な認識を不可欠の前提としているのであるから、いわゆる知る権利は、これら表現の自由及び参政権に内包ないし派生した権利と解するのが相当である。もっとも、知る権利それ自体は、その権利内容が必ずしも明確なものではないから、未だ抽象的な権利にすぎず、裁判規範として規律性を有する具体的な権利とはいい難いところである。

しかるに、県は、本条例を制定し、その一条で、県民の公文書等の開示を求める権利を明らかにするとして、実施機関が保有する公文書等の開示を求める県民の権利を設定することを明確にし、三条では、その解釈及び運用について、実施機関において県民の公文書等の開示を求める権利が十分に尊重されるように解釈して運用することとする一方、個人に関する情報がみだりに公にされることのないように最大限の配慮をしなければならないと定め、具体的には、八条及び九条において、実施機関は、開示請求に係る公文書等に八条各号のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書等の全部又は一部の開示をしない決定ができるなどの手続をも定めたのであって、このような本条例の規定及び前記手引等を総合すれば、本条例は、地方自治の場において、県民に実施機関の管理する公文書等の開示を求める権利(以下「公文書開示請求権」という。)を実体的に確立し、これによって県民の県政に対する理解と信頼を深め、さらに住民自治の本旨に則った県民参加による県政を推進するために、その開示手続の制度化を図ったものと解することができる。

本条例制定の趣旨は、右のとおりであって、本条例は、公文書開示請求権の内容を具体的に設定し、県民等の憲法上の抽象的な権利であった「知る権利」を地方自治の場において実効あらしめるために、裁判規範としての性格を有する公文書開示請求権という具体的権利にまで高めたものと解されること、本条例が八条等で適用除外事由を定め、非開示文書を明らかにしていることなどに鑑みると、県が保有する公文書の開示については、非開示事由に該当しない限り、原則として公開しなければならないものというべきである。手引一一、一二頁が、三条の解釈及び運用について、「八条各号に規定する適用除外事項に該当するかどうかについては、原則公開の観点から厳正な判断をしなければならない。」と注記しているのも、同旨と解される。

そこで、本条例の解釈、適用に当たっては、右の原則開示の趣旨や本条例の制定の目的等を踏まえ、非開示事由を定めた各条項を合理的、客観的に解釈し、当該情報が開示されることによって侵害される権利の有無等も対比考量して、合理的な解釈、適用判断をしなければならないというべきである。

二  本件文書の公文書性について

本件開示の対象となった被告監査委員事務局に係る前記支出命令票や請求書が本条例の「公文書」に該当するか否かについてみるに、これらの支出命令票等の本件文書は、前記のとおり、右事務局職員が職務上作成し、あるいは取得した文書であって、既に決裁等が終了し、同事務局が保管しているものであり、本条例の実施機関には、被告監査委員が含まれる(二条三項)から、本件文書は、いずれも二条一項にいう「公文書」に該当するというべきである。

三  本件(一)(二)文書が八条三号(事業活動情報)に該当するかについて

1  八条三号の趣旨について

手引三一ないし三四頁は、同号の趣旨について、「法人その他の団体及び事業を営む個人の事業活動の自由その他正当な利益を尊重し、保護する観点から、開示することにより、事業を行うものの競争上の地位その他正当な利益を害することになるような情報は、開示しないことができることを定めたものである。なお、現代社会において、法人等は大きな社会的存在となっており、その活動が社会に及ぼす影響も大きく社会的責任が求められていることから、公益上の必要がある場合等ただし書に当たるものについては、開示することとしたものである。」と解説し、さらに、同号の「競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるもの」とは、「(1) 法人等又は事業を営む個人の保有する生産技術上又は販売・営業上の情報であって、開示することにより、当該法人等又は事業を営む個人の事業活動が損なわれると認められるもの、(2) 経営方針、経理、労務管理等事業活動を行う上での内部管理に属する事項に関する情報であって、開示することにより、法人等又は事業を営む個人の事業運営が損なわれると認められるもの、(3) その他開示することにより、法人等又は事業を営む個人の名誉、社会的評価、社会的活動の自由等が損なわれると認められるもの」と解説し、生産、技術等に関する情報として製造工程図、製造方法概要書等を、販売、営業に関する情報として顧客名簿・取引内容、販売計画、設備投資計画等を、経営方針、経理、労務管理等に関する情報として監査・検査等の報告書、企業診断調書等を例示しているが、同号は、この解説のとおり、単なる個人に関する情報と区別される当該個人の事業に関する情報を保護する趣旨のものということができる。

2  本件(一)(二)文書への適用

(一) 別紙三のとおり、八条三号に該当することを理由として非開示とされた部分は、本件(一)文書である「債権者の住所・氏名等が記載されている部分及び債権者が識別できる部分」と本件(二)文書である「債権者の取引金融機関、預金種別、口座番号等が記載されている部分」である。

(二) 本件(一)文書について

(1) 前記認定のとおり、支出命令票、請求書の各文書には、債権者の住所氏名等が記載されている部分、又は債権者が識別できる部分があり、請求書には、料理や飲物等の品名、数量、単価、奉仕料、合計金額、飲食日時等の情報が記載されている。

(2)  しかしながら、当該文書に記載されている情報は、当該飲食店を利用する顧客をはじめとする公衆に広く開示されている情報にすぎず、それ以上に当該飲食店を経営する事業者の営業上の秘密、ノウハウ等の情報や経営方針等内部管理に属する情報など、同業者との対抗関係上特に秘匿を要するような事業活動情報が記録されているとはいえない。右手引が販売・営業上の情報として例示する顧客名簿・取引内容は、当該事業者の経営事業の概要を把握できるものであるところ、右の非開示部分が開示されても、多数の顧客中の、かつ県の一部門である監査委員事務局の数年度の利用状況が明らかにされるだけであるから、本来事業者のみが管理保有し得べきはずの営業上の情報や経営上の内部管理情報が当該事業者の意思に反して外部に流出し、その事業概要が他に明らかにされ事業運営が損なわれることになるとは認められないし、これらの利用の事実が明らかになったからといって、当該飲食店等の社会的評価を低下させることになるとも考え難く、これに反する証拠もない。

(3)  被告は、監査委員事務局が三か年にわたって執行した食糧費の支出に係る全ての公文書が開示され、また長期間にわたってこれらの情報が集積されると、本来事業者のみが管理保有し得べきはずの営業情報や経営内容が当該事業者の意思に反して外部に流出することになると主張するが、かかる態様の蓄積情報の分析は、極めて高度な技術を要すると推認される上、その分析された情報の流失による事業者らへの損害が相当程度の蓋然性をもって考えられるとはいえないから、この点の被告の主張は、採用することができない。

(4)  なお、被告は、平成六年二月八日の最高裁判決も無限定的な開示を認めていない旨の主張をするが、同訴訟の事例は、懇談会等が事業の施行のために必要な事項についての関係者との内密な協議を目的としてされたとも解される場合に関するものであり、本件とは事案を異にし、また、本件開示請求は、裁量の幅の狭い食糧費支出に係るものについてなされているのであるから、被告に対して特段の事情の存在の主張・立証を求めることが酷に過ぎるとはいえない。

(5)  以上のとおりであるから、本件(一)文書が八条三号に当たるとした部分の被告の非開示処分は違法である。

(三) 本件(二)文書について

(1)  前記のとおり、支出命令票と請求書には、債権者の支払先金融機関・口座番号等の情報がそれぞれ記載されているところ、これらの情報は、一般に発行される請求書にも記載されている場合があり、顧客に対する関係では、いわば公にされているともいえるが、本来、取引金融機関・口座番号等の情報は、法人や個人がその事業活動を営む上で必要な金銭の出納又は事業資金の管理等に関する重要な内部情報であり、相手方によっては、秘密に属すべき事項であって、その公開、非公開は、もっぱら当該法人や事業を営む個人の自由な選択に任されるべきものと解される。そうすると、これらの情報を当該業者の同意もなく、一般に公開することは、まさに事業を行うものの正当な利益を侵害することが相当程度の蓋然性をもって考えられるというべきである。

したがって、債権者の取引金融機関・口座番号等の情報が八条三号に該当するとした被告の判断は相当である。

(2)  なお、原告らは、請求書作成や他人の氏名・印鑑の冒用等の食糧費費消に対する疑惑の実体を明らかにする必要がある旨の主張をするが、当該文書の内容の実体的な違法の評価が直ちに開示請求を正当ならしめるものではなく、右の部分の開示をしないことが本条例の趣旨、目的を没却、逸脱するものとはいえないから、右の原告らの主張は、直ちには採用し難いというべきである。

(3)  右のとおりであるから、本件処分中、本件(二)文書が八条三号に当たるとして非開示とした被告の処分は、適法である。

四  本件(三)文書が八条二号(個人情報)に該当するかについて

1  八条二号の趣旨について

(一) 被告は、同号は個人情報についての非開示を明確に定めたもので、公文書開示請求権が条例によって初めて創設された権利であるから、右条項の文言を厳格に解釈すべき旨の主張をし、手引二六、二八頁も、同号について、個人に関する情報であって特定の個人が識別され得る情報については、原則非開示を定めたものであり、「住所及び氏名が記録されている公文書等の場合は、おおむね本号に該当すると考えられる。」として運用されるべきである旨の解説をしている。

しかしながら、他方、手引二六ないし三〇頁を子細に検討すれば、同号にいう個人に関する情報とは、「思想、宗教等個人の内心に関する情報、健康状況、病歴等個人の心身の状況に関する情報、婚姻歴、家族状況、生活記録等個人の家庭等の状況に関する情報、学歴、職歴等個人の経歴に関する情報、団体活動記録、交際関係等個人の社会活動に関する情報、所得、資産等個人の財産状況に関する情報その他一切の個人に関する情報をいう。」とし、同号の個人情報が記録されている公文書等の例として、世論調査等意識調査票・信者名簿・個人相談カード、健康診断書・診療録・身体検査書・精神衛生相談記録等、生活保護決定調書・生活相談記録等、履歴書・戸籍謄本・刑罰等調書・学業成績等、団体活動記録等、預金残高証明書・所得証明書等というもっぱら個人の秘密と称し得る私的な事柄に関する情報を記載した文書を挙げており、さらに運用としては、「個人に関する情報は、いったん開示されると、当該個人に対して回復し難い損害を与えることがあるから、特にプライバシーに関する情報については、個人の尊厳及び基本的人権の尊重の観点から、最大限保護されるよう配慮するものとする。」旨の指針を示している。これらを総合すると、同号により非開示とされることの利益は、個人の正当な権利利益であって、その中心は、憲法一三条の保障するプライバシーの権利の保護にあると解され、この点は、平成八年一二月一六日付け行政改革委員会編「情報公開法制の確立に関する意見」(乙五の二四ないし二五頁)も同様に指摘しているところである

(二)  当該文書が同号の個人情報として非開示文書に該当するか否かの判断にあたっては、憲法二一条の表現の自由が内包する知る権利から派生し、その具体化である公文書開示請求権と、憲法一三条によって保護されるプライバシー権の双方の権利が衝突する可能性があり、その場合にいずれを優先させて調整を図るべきかが問題となるが、三条は、「実施機関は、県民の公文書等の開示を求める権利が十分に尊重されるようにこの条例を解釈し、及び運用するものとする。この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないように最大限の配慮をしなければならない」と定め、「みだりに」としぼりをかけていること、八条二号該当の非開示文書として手引が例示している世論調査等意識調査票等の文書は、いずれも個人の私的な活動や個人の信条、思想、名誉等を直截に表し、記載しているものであることなどを総合考慮すると、非開示文書に該当するか否かは、当該文書に記載されている者のプライバシー権を中心とし、当該情報の性質及び内容を勘案して、当該個人の正当な権利利益の侵害が生じる余地があるか否かを検討し、その考量によって開示、非開示を決定するのが相当である。

2  本件(三)文書への適用

(一)  そこで、本件(三)文書の内容をみるに、前記食糧費の執行過程における会議、懇談会等での飲食等は、主催するのが被告監査委員事務局側であるか否かの差異はあるものの、前記支出命令票に記載されている関係者は、大別して、右事務局職員とその相手方である事務局職員以外の公務員あるいは一般民間人の三者の出席者に区別されるので、以下、これら出席者の識別され得る部分を非開示とすることの当否を検討する。

(二)  事務局職員の出席者が識別され得る部分について

(1)  一般に、事務局職員の職務遂行に係る情報については、当該職員の役職名、氏名に関する情報で構成されるものが多いのは当然のことであるところ、これらの情報は、行政事務に関するのみならず、当該職員の個人の社会活動に関する情報でもあり、これらが不可分とされている場合もあり得るのであって、このような場合に、当該職員の役職名、氏名は、私生活においても個人を識別する基本的な情報として用いられているのであるから、これらをみだりに開示することは、当該職員の私生活などに影響を及ぼすことがないとはいえない。

(2)  しかしながら、憲法九二条等の保障する地方自治の具体的な立法である地方自治法との関連について検討するに、同法は、普通地方公共団体の住民が、当該普通地方公共団体の職員の財務会計行為について監査を求め、非違行為の是正を請求することができる住民監査請求制度(同法二四二条)を定め、同監査請求に対する監査委員の監査結果等に不服があるときは、当該普通地方公共団体に代位して裁判所に対し、当該職員個人を被告として訴えをもって損害賠償等の請求ができる住民訴訟の制度(同条の二)を設けているところ、本件事務局職員の役職名や氏名に関する情報が事務局職員の職務の遂行に係る情報を構成している場合においては、当該事務局職員の役職名、氏名は、当該職務を遂行した者を特定し、責任の所在を明示するために表示されるものとみるべきであって、右住民監査等の制度の趣旨に照らせば、同職員の財務会計上の行為又は怠る事実と不可分一体の情報として、住民に対して公開される必要があるというべきである。このことは、本条例が、一条において、「県民参加による公正で開かれた県政」の推進をその目的に掲げ、原則公開をうたっていることからも明らかであり、当該職員の氏名等を非開示とすることは、本条例の趣旨、目的を没却するものである。

(3)  また、前記のとおり、食糧費は、本来、行政事務、事業の執行上直接的に費消されるものであるが、その執行上、外部者の参加を求めて宴会等を伴う懇談等の会合を持つ場合も考えられ、儀礼の範囲内にとどまる限り食糧費としての支出も許容されると解されるところ、事務局職員の食糧費の執行における宴会等を伴う懇談において、当該事務局職員の出席者が識別され得る部分が記載されている部分が開示されることになる場合もあるが、この場合においても、職務遂行として右懇談がなされた以上、当該職員の個人としての行動ないし生活に関わる意味合いがないのが通常であるから、当該職員のプライバシー権などの正当な権利利益の侵害が生じる余地はないと推認され、本件においては、この侵害の存在を推認すべき特段の事情があると認めるに足りる証拠はない。

(4)  以上のとおりであるから、事務局職員の出席者が識別され得る部分が記載されている部分は、同号のいう「特定の個人が識別され、又はされ得るもの」に含まれるものではないと解するのが相当である。

(三)  事務局職員以外の公務員の出席者が識別され得る部分について

(1)  事務局職員の職務の遂行過程で、当該職務の相手方等の関係者として、事務局職員以外の公務員(国家公務員や他の地方公共団体の公務員等)が関与している場合にも、事務局職員以外の公務員は、公務として関わっているのが原則であるから、この種の情報は、事務局職員以外の公務員の個人の社会活動に関する情報ではあるが、公務に関する情報でもあり、前記住民監査等の民主主義的制度を通じて、それが公表されることもあり得ることを当然予想しているものというべきである。また、事務局職員以外の公務員についての右情報は、事務局職員の職務の遂行に係る情報と密接な関係にあるから、県民の県政に対する理解と信頼を深めるためにも、これを明らかにする意義は大きいということができる。そして、前記のとおり、食糧費が行政事務、事業の執行上直接的に費消されるものである以上、事務局職員以外の公務員が食糧費の執行としての宴会等を伴う懇談会等へ出席したということは、被告監査委員事務局の行政事務の過程に関与したことになるから、懇談会等への出席という情報は、特段の事情がない限り、当該公務員のプライバシー権等の正当な権利利益の侵害が生じる余地のない情報であると推認される。

(2)  したがって、本件(三)文書のうちの相手方に、事務局職員以外の公務員の役職名、氏名が含まれている場合の結論も、右(二)で検討し、判断したところと異なるところはないというべきである。

そして、本件において、個人の正当な権利利益の侵害の存在等の特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、事務局職員以外の公務員が出席者として識別され得る部分も、同号のいう「特定の個人が識別され、又はされ得るもの」には含まれないと解するのが相当である。

(四)  民間人の出席者が識別され得る部分について

(1)  本件(三)文書の記載から一般民間人の識別ができる場合、当該民間人は、被告監査委員事務局の行政事務、事業の執行上行われる懇談会等に関与する以上、事務局職員の公務遂行過程に関与していることを当然認識していたはずであり、また、前記のとおりの食糧費の性格を併せ考えると、交際費の支出の場合とは異なり、食糧費の執行としての宴会等を伴う懇談会等への出席は、被告監査委員事務局の行政事務、事業そのものへの関与にほかならないというべきである。そうすると、当該民間人としては、当該行政事務、事業が当該民間人のプライバシー権を中心にした正当な権利利益と密接に関連しているといった特段の事情がない限り、個人識別情報として出席を秘匿すべきことは予定されておらず、それが公表されることもあり得ることを自覚しておくべきであり、このことは、県職員以外の公務員の場合と異なるところはないと解される。

(2)  右のとおりであるから、民間人の場合であっても、食糧費の執行過程で懇談会等に出席し、その事実が開示されたからといって、同情報は、前記例示のプライバシー権を中心にした正当な権利利益の侵害が生じ得る個人情報と一体として記録され、あるいは、他の情報と組み合わせることによって右の個人情報が特定されるといった侵害の可能性があることを窺わせる特段の事情がない限り、当該民間人のプライバシー権等の正当な権利利益の侵害が生じる余地のない情報であると推認されるところ、右特段の事情を認めるに足りる証拠もない。

(3)  以上のとおりであって、民間人が出席者として識別され得る部分も、同号のいう「特定の個人が識別され、又はされ得るもの」には含まれないと解するのが相当である。

(五) 被告は、公務員に関し、その氏名が開示されることになれば、個人攻撃、嫌がらせ等によりその私生活・家庭生活の平穏が脅かされる可能性があり、匿名者から県職員への脅迫めいた架電がされた例があるなどの主張をし、乙六によれば、東京都財務局執行の食糧費について住民訴訟が提起されている事例において、担当の課長に対し右主張のような嫌がらせがされたことが認められ、また、公務員のみならず、民間人に対しても同様の嫌がらせ等が発生する余地が全くないとはいえない。

しかしながら、右主張の架電の事例等は、いずれも特異な内容のものというべきであり、右事例の発生の蓋然性や行政事務への支障が考慮に価する程のものとはいえず、かかる事例に対しては別途対策を講ずるのが相当である。また、右事例は、もっぱら識別された者が公務員である場合であるところ、公務員が単に私的利益のためではなく、一般公共のために活動することをその職務としていることからすると、やむを得ないこと、又は回避困難なことといわざるを得ず、この点の被告の主張は、採用することができない。

(六) 以上のとおりであるから、本件処分中、本件(三)文書が八条二号にいう個人識別情報に当たるとして非開示とした部分は、違法というほかはない。

五  本件(三)文書が八条八号(行政運営情報)に該当するかについて

1  八条八号の趣旨について

(一) 手引四四頁は、同号の趣旨について、「行政が行う事務事業の中には、その目的、性質等からみて、執行前又は執行過程で情報を開示することにより、当該事務事業の実施の目的を失い、又はその公正もしくは円滑な執行に支障を生ずるものがある。また、反復的又は継続的な事務事業については、事業執行後であっても、当該情報を開示することにより、将来の同種の事業の目的が達成できなくなるもの、又は公正もしくは円滑な執行に支障を生ずるものがある。そこで、これらの情報を開示しないことができるとしたものである。」と解説する。また、手引四四頁は、同号の「監査、検査、取締り」等は、県又は国等が行う事務事業の例示列挙であるとしており、同号は、県又は国等が行う事務事業全般に関する情報を対象としていると解されるから、事務事業に関する情報としては、極めて多種多様な内容のものが想定される。

(二)  そうすると、当該情報を開示することにより、「当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがある」か否かは、当該情報及び当該事務事業の具体的内容、事業の執行における当該情報の意味合いなどの諸般の事情を総合し、個別具体的に判断されるべき事項であり、原則開示という本条例の趣旨に鑑みると、同号の「支障が生ずるおそれ」は、単に実施機関の主観において抽象的にそのおそれがあると判断されただけでなく、そのようなおそれが具体的客観的に存在することが必要であると解すべきである。手引四六頁の「開示することにより行政運営に支障が生ずるおそれがあるかどうかの判断については、慎重かつ厳正に行うものとする。」との運用指針も右と同旨と解される。

2 本件(三)文書への適用

(一)  被告は、本件(三)文書の非開示理由として、被告監査委員事務局において所掌事務を円滑に遂行するために行う懇談等は、同号の「交渉」、「渉外」に該当するとし、このような懇談等は、同事務局が事務事業の円滑な執行を図るという行政上の具体的必要を認め、合理的な裁量によって相手方、場所等を選別・決定した上で行われるものであり、その開催目的や実施の事実等については、関係者間でのみ承知されていることが一般であって、懇談等の相手方もそのように理解して出席していたものであるから、相手方の事前の同意なしに所属や氏名等を開示すると相手方が不信、不快の念を抱き、信頼、協力関係が損なわれ、以後の懇談等の出席を拒否されたり、率直な意見交換が控えられるようになり、結果として業務の円滑な実施等、行政運営に支障が生ずるおそれがあると主張する。

(二)  確かに、監査委員の職務は、地方自治法一九九条により定められ、普通地方公共団体の財務に関する事務の執行及び普通地方公共団体の経営に係る事業の管理を監査することを基本的な職務とし、必要があると認めるときは、普通地方公共団体の長等の事務執行につき、監査し、あるいは国の監査を執行又は協力する等の事務をも所掌しており、これらの所掌事務には、被告監査委員事務局において情報収集や意見交換など外部者が出席する懇談会等の開催もその事務事業として含まれると考えられ、宴会等を伴う懇談等も所掌事務を円滑に遂行するために必要なものと推認される。

(三)  しかしながら、前記のとおり、食糧費は、交際費と異なり、行政事務、事業の執行上直接的に費消されるものであることに鑑みれば、宴会等を伴う懇談等は被告監査委員事務局の事務事業そのものであって、出席者にとって、当然に非公式、非公開とされる必要のあるものとは認めることはできない。そうすると、懇談等の出席者が識別され得る情報が開示されることにより、「行政運営に支障が生ずるおそれがある」と判断するためには、懇談等の目的とする事務事業の性質・内容、懇談等の開催目的や出席者の属性などに照らし、非公開とする合理的必要性がある場合であること、懇談等の相手方等出席者も当然に非公開であると理解してこれに出席していたこと、相手方等の事前の同意なしに所属・氏名等を開示すると、相手方が不信、不快の念を抱き、関係当事者との信頼関係又は協力関係が損なわれ、以後の懇談等の出席を拒否されたり、率直な意見交換が控えられるようになることなどの特段の事情が存することを要するというべきところ、この特段の事情についての被告側の具体的な主張・立証はない。

(四)  したがって、本件(三)文書が八条八号に当たるとして非開示とした被告の処分は、違法である。

第六  結論

以上のとおりであるから、本件処分のうち、本件(一)(三)文書を開示しないとの部分は、いずれも違法であって取り消されるべきであるから、この部分の取消請求を認容し(主文第一項関係)、その余の部分を開示しないとの処分は適法であるから、この部分の請求を棄却する(主文第二項関係)こととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官牧弘二 裁判官山本善彦 裁判官鈴木秀行)

別紙一〜三<省略>

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