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鹿児島地方裁判所 平成11年(ヨ)260号 決定 2000年3月31日

債権者

小林宗生

外三四六名

右債権者ら代理人弁護士

馬奈木昭雄 髙橋謙一 内田省司 亀田徳一郎 井之脇寿一

幸田雅弘 小林洋二 久保井摂 森德和 伊黒忠昭

浦田秀徳 稲村晴夫 武藤糾明 諌山博 小島肇

椛島敏雅 山本一行 小澤清實 平田広志 梶原恒夫

城台哲 深堀寿美 三浦宏之 江越和信 江上武幸

下東信三 三溝直喜 永尾廣久 中野和信 藤尾順司

安部尚志 前田豊 小宮和彦 古屋勇一 古屋令枝

林田賢一 堀良一 井上滋子 名和田茂生 野林信行

石井将 三浦久 吉野高幸 荒牧啓一 河辺真史

前田憲徳 中村博則 秋月慎一 仁比聡平 縄田浩孝

一柳俊文 高木健康 井上道夫 宮原貞喜

債務者

株式会社甲野

右代表者代表取締役

甲野太郎

債務者代理人

和田久

蓑毛長史

新倉哲朗

主文

一  債務者は、別紙債権者目録一記載の番号1ないし28、30ないし115、117ないし216、218ないし234、236ないし238、240ないし242、244ないし279、284ないし298、300ないし302、304ないし319、321ないし328、332ないし335、337ないし339、341ないし345、348ないし350の債権者らに対する関係で、別紙物件目録記載一ないし二三の土地上に、産業廃棄物管理型最終処分場を建設してはならない。

二  別紙債権者目録二記載の債権者らの申立てをいずれも却下する。

三  申立費用は、別紙債権者目録二記載の債権者らに生じた費用と債務者に生じた費用の二分の一については同債権者らの負担とし、その余の債権者らに生じた費用と債務者に生じたその余の費用については債務者の負担とする。

理由

第一  債権者らの申立て

債務者は、別紙物件目録記載一ないし二三の土地上に、産業廃棄物管理型最終処分場を建設してはならない。

第二  事案の概要

本件は、別紙物件目録記載一ないし二三の土地(以下「本件土地」という。)の周辺に居住する債権者らが、本件土地上に産業廃棄物の管理型最終処分場(以下、「本件処分場」という。)を建設しようとする債務者に対し、本件処分場が建設及び操業されると、有害物質を含んだ浸出水が流出して地下水に混入し、債権者らが飲用ないし生活用として使用している井戸水が汚染されるおそれがあるとして、人格権に基づき本件処分場の建設の差止めを求めた事案である。

第三  争いのない事実及び証拠によって容易に認められる事実

一  当事者

1  債務者は、産業廃棄物の収集運搬及び処理業等を目的とする株式会社であり、鹿屋市下高隈町所在の本件土地において産業廃棄物の安定型最終処分場を設置及び操業していた乙野株式会社と実質的には同一会社である。(甲一の1ないし9、一の11ないし24、二、三)

2  債権者らのうち別紙債権者目録一記載の番号(以下、「債権者番号」という。)2ないし14、335の一四名は、本件処分場から約一五〇〇メートルの範囲内にある下高隈町に居住する者であり、債権者らのうち債権者番号1、15ないし28、30ないし115、117ないし216、218ないし234、236ないし238、240ないし242、244ないし279、284ないし298、300ないし302、304ないし319、321ないし328、332ないし334、337ないし339、341ないし345、348ないし350の三一六名は、本件処分場から肝属川沿いに約三〇〇〇ないし四五〇〇メートル下流の上祓川町に居住する者である(甲一〇の1ないし7、乙三六)。

債権者らのうち一四名が居住する下高隈町、及び三一六名が居住する上祓川町はともに公共の上水道による給水がない地域であり、右債権者らは、井戸水を飲用水、生活用水として利用している(甲一一の2)。また、上祓川町の住民らは、肝属川の水を農業用水としても利用している(甲一一の3)。

なお、本件処分場は、典型的なシラス台地である笠野原台地の北東端にあり、肝属川上流に位置している。そして、本件土地のボーリング調査の結果によれば、本件土地及びその周辺の地質はシラスであり、その地下水は肝属川の方向に流れていると推定され(乙一・一一九頁、甲一一の3)、上祓川町では、昭和三〇年ころ、本件処分場予定地付近に存在したでんぷん工場からの汚水が井戸水に混入したことがある(甲一一の2、甲一二)。

二  産業廃棄物に含まれる有害物質(甲一〇〇一ないし一〇七五)

1  産業廃棄物とは、燃え殻、汚泥、廃油等一九種類の物質である(平成九年六月一八日号外法律第八五条による改正前の廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下、単に「廃掃法」といい、現行の同法を「改正後の廃掃法」という。)二条四項一号、同年八月二九日政令第二六九号による改正前の廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令(以下、単に「施行令」といい、現行の同施行令を「改正後の施行令」という。)二条)。そして、産業廃棄物のうち、廃プラスチック類、ゴムくず、金属くず、ガラス、陶器くず等を安定型産業廃棄物といい、これらは安定型最終処分場に廃棄することができる(施行令六条一項三号イ)。また、産業廃棄物のうち、廃油、廃酸、廃アルカリ、感染性産業廃棄物、廃PCB等、指定下水汚泥、鉱さい、廃石綿等、爆発性、毒性、感染性、その他の人の健康又は生活環境に係る被害を生ずる恐れがあるものを特別管理産業廃棄物といい(廃掃法二条五項、施行令二条の四)、産業廃棄物のうち、燃え殻、ばいじん、汚泥、鉱さい等で、重金属その他の有害物質の含有量が金属等を含む産業廃棄物に係る判定基準を定める総理府令(以下、「総理府令」という。)で定める基準値に適合しないものは、公共の水域及び地下水と遮断されている場所(遮断型最終処分場)で埋立処分される(施行令七条一四号イ、六条一項三号ハ(1)ないし(5)、六条の四第一項三号イ(1)ないし(6))。

ところで、管理型最終処分場は、遮断型最終処分場に廃棄される産業廃棄物以外のあらゆる産業廃棄物を廃棄することができることとされており(施行令七条一四号ハ)、本件処分場でも、燃え殻、ばいじん、汚泥、鉱さい、植物性残さ等の廃棄が予定されている(甲四、乙一)。

2  管理型最終処分場に廃棄することができるとされている産業廃棄物である燃え殻、焼却灰、ばいじん、汚泥等には、重金属類(水銀、カドミウム、鉛、六価クロム、ひ素、セレン、シアン、有機燐、PCB等)、揮発性物質(トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、ジクロロメタン、四塩化炭素等)、ダイオキシン類(ポリ塩化ジベンゾダイオキシン、ポリ塩化ジベンゾフラン、コプラナーPCB)、内分泌作用攪乱化学物質(シマジン、DDT、フタル酸類、ビスフェノールA、ノニルフェノール、スチレン等。以下「環境ホルモン」という。)等が含まれている。そして、重金属類、揮発性化学物質には発ガン性等の有害性があり、ダイオキシン類には一般毒性、発ガン性、生殖毒性、免疫毒性、内分泌攪乱性等の有害性がある。また、環境ホルモンには、内分泌系に影響を与えることによって神経系、免疫系に間接的に作用するなどの有害性がある。

3  管理型最終処分場では、処分場内の水に有害物質が触れて溶解し又は浮遊微粒子状物質として含まれ、これが浸出水(産業廃棄物に触れた水)となって移動する。

4  有害物質の摂取は、その量が微少であったとしても複合汚染の可能性があり、永続的に継続して人体に対する影響を与えるおそれがある。

ダイオキシン類の耐用一日摂取量として国が定める規制値は、研究が進み実態が解明されるに従って見直しを迫られている。すなわち、国は、ダイオキシン類について、昭和五九年に耐用一日摂取量を一〇〇ピコグラムとして安全宣言をしたが、平成八年には耐用一日摂取量を一〇ピコグラムとし、平成一〇年にWHOが耐用一日摂取量を一ないし四ピコグラムとしたのを受け、現在、規制値の見直作業をしている。

5  埋め立てられた産業廃棄物に含まれる右有害物質が、時間の経過とともに無害化するのか否か、仮に無害化するとした場合でもどのような条件と期間があればどの程度無害化するかなどについては、いずれも未だ解明されていない(甲二〇三〇)。

三  法定の管理型最終処分場の設備

管理型最終処分場では、浸出水による公共の水域及び地下水の汚染を防止するための措置が必要とされ、平成一〇年六月一六日号外総理府・厚生省令第二号による改正前の一般廃棄物の最終処分場及び産業廃棄物の最終処分場に係る技術上の基準を定める命令(以下、「共同命令」といい、現行の共同命令を「改正後の共同命令」という。)では以下のとおり規定されている(改正後の共同命令二条一項四号、一条一項五号)。

1  遮水工の設置

処分場に搬入された産業廃棄物に触れた水(保有水)が無害化されないうちに公共の水域及び地下水を汚染しないようにするため、保有水と公共の水域及び地下水を遮水する施設が必要とされる。そして、その施設の構造は、次のとおりであることが要求されている。

(一) 二重遮水構造(同号イ(1))

厚さが五メートル以上の不透水性地層がある場合以外は、厚さが五〇センチメートル以上の粘土層等又は厚さが五センチメートル以上のアスファルト・コンクリート層の表面に遮水シートが敷設されていること、若しくは不織布その他の物の表面に二重の遮水シートが敷設されていること(同号イ(1)(イ)ないし(ハ))。

(二) 基礎地盤は必要な強度を有しかつ平らであること(同号イ(2))。

(三) 遮水層の表面を遮光の効力のある不織布等で覆うこと(同号イ(3))。

2  地下水集排水設備(同号ハ)

地下水により遮水工が損傷するおそれがある場合には、地下水を有効に集め、排出することができる堅固で耐久力を有する管渠その他の集排水設備を設けること。

3  保有水等集排水設備(同号ニ)

保有水等を有効に集め、排出することができる堅固で耐久力を有する管渠その他の排水設備を設けること。

4  調整池(同号ホ)

保有水等集排水設備により集められ浸出水処理設備に流入する保有水等の水量及び水質を調整することができる設備を設けること。

5  浸出水処理設備(同号ヘ)

保有水等にかかる放流水の水質を、排水基準を定める総理府令(以下、「排水基準令」という。)一条に規定する排水基準に適合させることができる設備を設けること。

四  本件処分場の設置に至る経緯

1  本件土地は、乙野株式会社が産業廃棄物の安定型最終処分場を設置及び操業していた土地であった。そして、債務者は、同社が右処分場内の産業廃棄物をすべて搬出した後、その跡地に産業廃棄物の管理型最終処分場である本件処分場を建設するため、平成七年一月二五日、鹿児島県に対し、事前協議書を提出した(甲四)。そこで、鹿児島県知事は、同年一一月一六日、鹿児島県産業廃棄物の処理に関する指導要綱八条に基づき、事前協議を要する「関係地域」として下高隈町の吉ヶ別府集落及び黒坂集落を指定した(乙二一)。

債務者は、同月以降、吉ヶ別府集落及び黒坂集落の対策委員会との間で説明会を開催して事前協議を重ねた結果、黒坂集落は、同年一二月ころ、異議はないとの回答をしたが、吉ヶ別府集落は、平成八年三月二五日、意見集約ができなかったため協議を打ち切る旨の通知をした(乙二一)。債務者は、平成七年一二月及び平成八年一月、「関係地域」には指定されなかった上祓川集落についても説明会を開催しようと試みたが、同集落の住民らは、本件処分場の建設自体に反対し、これを拒否した。

2  債務者は、平成九年五月一日、鹿児島県知事に対し、本件処分場の設置の許可を求める申請をした。なお、右許可申請は、廃掃法、施行令、共同命令に基づき行われた(乙一)。

3  本件処分場の地元地区住民らは、平成九年六月ころ、鹿児島県及び鹿屋市に対し、本件処分場を公共関与により整備するよう陳情をした。そして、鹿児島県も、県内初の管理型最終処分場建設を公共関与で進める方向で取り組もうとしたが、同年九月の鹿屋市議会において賛成を得られなかったため、公共関与を断念した(乙一七)。

4  乙野株式会社は、平成一〇年一月一六日から同年二月二四日にかけて、鹿児島県から、安定型最終処分場であった本件土地に一旦搬入していた産業廃棄物を農地ないし林地等の埋立土砂として不法に投棄したとの疑いで調査を受けた。そして、鹿児島県は、右調査の結果、かかる不法投棄の事実はないとの結論を出した(甲六)。しかし、周辺住民らは、右調査結果を不服として訴訟を提起している。

5  債務者は、同年七月二日、鹿児島県からの要請により、再度、上祓川集落の住民らに対する説明会を開催しようとした。しかし、同集落の住民らが弁護士や専門家の同席の上での説明会の開催を要求したのに対し、債務者がこれを拒否したため、実質的な説明会は開催されなかった(甲七ないし九)。

鹿児島県知事は、同年一〇月一五日、債務者に対し、廃掃法一五条一項により本件処分場の設置許可をした(乙二)。そこで、債務者は、そのころ以降、本件処分場の建設工事に着工したが、債権者らが本件土地への出入口に座り込むなどして反対運動を開始したため、工事が進まなかった。ところが、債権者らは、その後も座り込み等による本件処分場建設の反対運動を継続したところ、平成一一年八月二三日、警察から警告を受けたので、法的手段に訴えることにし、本件仮処分の申立てに至った。なお、債務者は、現在、工事発注のための実施設計にも着手できず、土地の掘削の段階で本件処分場の建設を中断している状態である。

五  本件処分場の計画概要(乙一)

1  本件土地の形状及び本件処分場の構造

本件土地は、全体の面積が七万一一五〇平方メートルであり、その西側を通る国道五〇四号線のBM(ベンチマーク)の高さ一〇〇メートルを基準とすると、埋立地の中心付近は約一〇一ないし一〇二メートル、その北側は約一二五メートル、東側は約一三五メートル、南側は約一二〇メートルとなっているので、中心付近が低く、これを取り囲むように北側、東側及び南側が高くなっているすり鉢状の地形である。ところで、債務者の計画によれば、埋立地の底地を高さが九五メートルになるまで掘削するため、最低でも六メートルの掘削を行うことになる(乙一・図面番号3)。そして、産業廃棄物の埋立ては、五万一七九三平方メートルの埋立地を一区画五〇〇〇平方メートル以下の八ブロックに分割し、一区画毎に高さ五メートルの盛土による区画堤を作って一番区画から順に埋立てを行い、八番区画目まで埋立てが終了すれば、再度一番区画から順に区画堤を作って埋立てを行うという方法で行う。本件処分場の処理能力は、一日37.3立方メートル、埋立容量は一三六万五三七三立方メートルであり、一〇年後に埋立てを終了し、最終的には埋立地内の貯留構造物の高さは合計二五メートル以上になる予定である(乙一・三〇頁以下)。

2  浸出水による汚染防止措置

(一) 遮水工

本件処分場の遮水工は、二重の遮水シートを敷設する方法による。そして、右遮水シートは、一層目にEPDM(加硫系ゴムシート)、二層目にHDPE(高密度ポリエチレン)といういずれも東洋ゴム社製の厚さ1.5ミリメートルの製品を使用する。なお、一層目のシートの上、二重のシートの間及び二層目のシートと基礎地盤との間にそれぞれ厚さ一〇ミリメートルの不織布による保護マットを敷設する。そして、一層目のシートの上に敷設する保護マットは遮光の効果を有するものを使用し、右遮水層の上に厚さ一メートルの保護砂層を設ける。

(二) 地下水集排水設備

本件処分場では、直径六〇〇ミリメートル(幹線)及び三〇〇ミリメートルの高耐圧ポリエチレン管を敷設して地下水等を集排水する。右地下水集排水設備は、その途中にマンホールを設け、センサーにより水質の変動を常時監視するとともに、異常な水質変動を検知した場合には地下排水を浸出水調整池に流入させることができる構造になっている。

(三) 保有水等集排水設備

直径六〇〇ミリメートル(幹線)及び三〇〇ミリメートルの高耐圧ポリエチレン管を遮水シートの上に敷設して保有水を集排水する。

(四) 調整池

本件処分場の浸出水調整池(以下、「本件調整池」という。)の処理能力は一日三九〇立方メートル、容量は八一四一立方メートルである。ところで、吉ヶ別府地域雨量観測所における昭和五五年から平成一一年の各五月から九月までの降水データ(以下、「本件降水データ」という。乙二九、三〇)では、平均降水量は一日7.96立方メートル、最大降水量は一日21.77立方メートルである。そこで、本件調整池の処理能力は、本件降水データをもとに合理式によって平均浸出水を計算し、その平均浸出水量である一日190.24立方メートルと、最大浸出水量である一日520.30立方メートルの範囲内で設定されている。また、本件調整池の容量は、本件降水データの年間平均降水量である二九〇五立方メートルに最も近い昭和六三年の降雨時系列によって算出した日残浸出水量の最大値(8132.5立方メートル)の全量を貯量できるように設定されている。なお、本件調整池は、その貯水量が容量の限界近くまで達したら、埋立地と本件調整池の間のバルブを閉めて浸出水の流入を止め、浸出水を埋立地内部に一時的に貯留することができる設計になっている。

(五) 浸出水処理設備

保有水等集排水設備によって集められた浸出水は、①沈砂槽、②浸出水調整池(原水槽)、③流量調整槽、④生物処理施設(活性汚泥法。曝気槽及び沈殿槽)、⑤凝集沈殿槽、⑥砂ろ過装置一式及びろ過ポンプ槽、⑦処理水貯留槽、⑧消毒槽、⑨汚泥処理施設(余剰汚泥濃縮槽、汚泥貯留槽、汚泥脱水機)の過程を経て、有害物質を除去する。そして、右の過程を経て処理された水は、本件処分場の西側を通る国道を横断する暗渠(排水路)を通して、一日三九〇立方メートルの割合で肝属川に放流される。

第四  争点及び当事者の主張

一  被保全権利について

1  主張・立証責任について

(一) 債権者ら

一般の住民が、専門業者を相手として、業者の事業活動によって生じる健康被害又は生活妨害を理由に、建築及び操業の差止めを求めている事案においては、証明の公平な負担の見地から、債権者側は受忍限度を超える水質汚染の一般的抽象的蓋然性(本件では管理型処分場が一般的に受忍限度を超える水質汚染の危険性があること)についての一応の主張及び立証をすることで足り、債権者側がこれを主張及び立証したときは、債務者側が受忍限度を超える水質汚染がないことを具体的に(本件では、一般的に管理型最終処分場が危険でないこと、又は本件処分場が通常の管理型最終処分場とは異なる安全性を有していること)主張及び立証しなければ、右事業活動の差止めを認めるべきである。そして、右債権者側の一応の主張及び立証としては、①処分場に持ち込まれるごみが有害物質を含んでいること、②当該予定地において有害物質を含んだ水が施設外に漏出すること(処分場の地下水対策の構造上の欠陥)、③漏出した有害物質を含んだ水が地下水と混じり合うこと、④その地下水を住民が飲用水・生活用水等に利用していることで足りる。

(二) 債務者

民事訴訟の一般原則により、債権者側において、受忍限度を超える人格権侵害又は損害発生の高度の蓋然性について主張及び立証する必要がある。債権者らが、管理型最終処分場の一般的抽象的危険性を主張及び立証するのみでは、建築及び操業の差止請求の疎明として不十分である。

2  遮水工(二重遮水シート)の安全性

(一) 債権者ら

(1) 遮水シート破損の可能性

力学的見地からは、遮水シートにかかる荷重が均一でない限り剪断力が作用し、遮水シートは破損するといわざるを得ないところ、廃棄物処分場では、集排水管の存在、廃棄物自体の圧力、突起物の存在、浸出水を埋立地内に滞留させることによる水圧、地盤の不等沈下等、剪断力の発生原因は無数にある。したがって、遮水シートの品質を改良し、遮水シートを二重にしたとしても遮水工の破損を防止することは不可能であって、共同命令一条一項五号イ(1)ないし(3)が規定する二重遮水構造を形式的に満たすだけでは、遮水工の安全性としては不十分である。

実際、東京都日の出町谷戸沢最終処分場、東京都八王子市戸吹最終処分場、長崎県北松浦郡小佐々町一般産業廃棄物最終処分場等の処分場においては、遮水シートの破損事故が起こっている。また、岡山県吉永町の管理型最終処分場、三重県伊勢市の管理型最終処分場では、それぞれ知事により設置許可申請について不許可決定がされ、その理由として、遮水シートが破損する可能性が指摘されている。

なお、遮水シートについての品質、耐用年数に関する東洋ゴムによる試験結果は、最終処分場での使用条件を考慮しない机上の数値に過ぎず、信用性がないし、その自己修復機能は、修復の程度、限度等の効果について具体的な根拠がない。

(2) 地下水集排水設備

本件処分場は、山間部に計画され、湧水による破損が起こる危険性が高い。したがって、本件処分場が改正後の共同命令一条一項五号ハの基準に形式的に適合しているというだけではなく、債務者側が計画する地下集排水管の敷設だけで湧水対策は万全であるとの主張及び立証を行う必要があるが、本件仮処分においてその主張又は立証がない。

(3) 遮水シートが破損した場合の対策

近年では、不透水性改良地盤、(漏れた水を集めるための)保有水集排水管、シートから漏れた水の処理設備、検知システム等が設置されるのが一般的であるが、本件処分場では、当初、右のいずれの設備も計画されていなかった。ところで、債務者は、現在、検知システムを採用する予定であるとするが、その具体的な効果及びその効果が持続する期間等が明らかでない上、廃棄物が埋め立てられた状態で年間数百個所発生すると考えられる破損部分の補修を続けることは不可能である。

(二) 債務者

(1) 遮水シート破損の可能性

本件処分場に使用する予定の遮水シートについての品質、耐用年数は、東洋ゴム社による耐熱性試験、耐紫外線試験、耐薬品性試験等の結果によれば、埋設部分では劣化等の変化はほとんど起こらず、暴露部分も一〇〇年以上の耐久性がある。そして、債務者は、現実の最終処分場に施工された場合に要求される引張力、引裂力等の設計項目・条件を具体的に検討し、遮水シートに損傷が発生した場合の漏水防止のため自己修復性をもたせ(粘着材、ベントナイト等の使用)、遮水シートを二重にし、保護マットの素材を選び、二重に重ね、工事施工工程の管理・検査を遮水シートメーカー及び鹿児島県から二重に受けるなど、遮水工自体の安全性を図るための措置を講じており、これらは改正後の共同命令一条一項五号イの基準を満たしている。

債権者らが主張する各地の産業廃棄物最終処分場における遮水シートの破損事故は、工事の設計、施工管理等の埋立処分管理上の固有の要因によるものであって、遮水シート自体の耐用年数や品質の劣化によるものではないし、二重の遮水シート構造が採られていない場合のものであるから、右事例が本件処分場にそのまま当てはまるものではない。また、岡山県吉永町の管理型最終処分場における不許可の理由は、厚生省の裁決では、当該施設の浸出水の調整池の容量の不足等であるとされており、二重の遮水シート構造の安全性は問題にされていない。

(2) 地下水集排水設備

本件処分場の地下水位は、西側のボーリング位置で地表から38.7メートル、東側のボーリング位置で地表から50.3メートルと深部にあるため、地下水の湧出による遮水工損傷のおそれはなく、本来、地下水集排水管を設ける必要はないくらいであり、改正後の共同命令の基準に適合しているだけで十分である。

(3) 遮水シートが破損した場合の対策

前記二重の遮水工に加えて右遮水工から浸出水が漏れた場合を想定した設備を設ける必要はないが、本件処分場周辺住民の不安を払拭するため、電気式漏水検知システム(ELLシステム)を採用する予定である。そして、右検知システムでは、複数の破損個所が存在する場合であっても、これらを分離して検出できる。そして、右検知システムによってシートの損傷個所が検知された場合には、ケーシング削孔等によりシート損傷部分を露出させ、水分を吸収して膨張するゴムを使った補修剤を同所に注入して補修を行う予定である。

3  浸出水処理システムの安全性

(一) 債権者ら

(1) 調整池

埋立地内部に水が貯留することは、遮水シートの破損の危険を増大させ極めて危険であるから、保有水等集排水設備が必要なのであり、浸出水を埋立地内部に貯めることはむしろ禁止されている(厚生省生活衛生局水道環境部環境整備課長通知2(2))。したがって、本件調整池の容量の適否は、調整池そのものを基準に考えるべきである。

そこで、これを前提に、本件降水データを利用して、本件調整池の日残浸出水量(五月から九月までの一五三日間)を計算すると、昭和五五年から平成一一年までの二〇年間のうち一三年については、本件調整池の容量の八一四一立方メートルを超える日が存在する。したがって、本件調整池は、三年に二回の割合で浸出水を調整しきれない場合があることになるから、放流水の水質を排出基準に適合させることができる処理施設であるとはいえない。

(2) 浸出水処理設備の有効性

ア 処理設備の機能

BOD除去のための①活性汚泥法の生物処理施設は、広範囲の負荷変更に対する安定性を欠き、浸出水処理には不向きであるため、一九九〇年以降は採用されていないのであって、時代遅れの欠陥施設である。②重金属類除去のためのアルカリ凝集沈殿法の凝集沈殿槽は、水酸化物及びSS性重金属を除去できるのみで、排水基準令一条所定の他の重金属類をすべて除去することはできないし、浸出水に溶解している重金属類をほとんど除去できないという欠陥がある。③砂ろ過装置一式及びろ過ポンプ槽は、右凝集沈殿槽で除去できない重金属類を除去するための装置であるところ、同様に浸出水に溶解している重金属類をほとんど除去できない。

イ 基準外の廃棄物が搬入される危険性

全国各地の産業廃棄物最終処分場において、法令の規定以上に有害な物質が不法に搬入され、埋められている現状があり、搬入される廃棄物を十分に検査することは不可能である。したがって、本件処分場は、本来、管理型最終処分場が予定する産業廃棄物に含まれる有害物質についてすら十分に除去することができない設備であるから、法令の規定以上の有害物質が搬入される可能性が大きいことを考慮すると、放流水の水質基準について安全性を確保できない危険性は極めて高い。

ウ 放流水の水質基準

債務者は、放流水の水質について、PH、BOD、浮遊物質濃度、大腸菌群数の基準値を示すのみであって、重金属等排水基準令一条所定の有害物質がどのように、どの程度除去されるのかについて具体的に主張及び立証しないから、放流水の水質が法定の基準を満たしているとはいえない。

国が指定する有害物質の数及び規制値が、わずか数年間で変遷している現状では、有害物質に関する国の規制値は、それ以上を摂取すると絶対的に危険であるという基準にはなっても、右規制内であれば人格権を侵害する危険性がないという安全性の基準としては機能しない。そして、本件処分場の浸出水には、一定の危険性が指摘される有害物質が含まれているのであるから、仮に、債務者が排水基準令一条の規制値に従っていたとしても、それだけで直ちに放流水が安全であるということはできず、債務者が安全性について積極的に主張及び立証しない限り、放流水は人体への危険性を有すると解するべきである。また、債務者は、ダイオキシン、環境ホルモン等についてはその処理方法さえも示さない。

なお、債務者は、本件処分場の操業開始後に、処理が不十分なために放流水に重金属等が含まれて地下水が汚染されてしまった後に、活性炭吸着法又はキレート吸着法等の装置を追加したのでは手遅れである。しかも、右処理設備によっても、有害物質を安全に除去することはできない。

(一) 債務者

(1) 調整池

本件処分場では、浸出水を埋立地内部に一時的に貯留することができるから、本件調整池の容量の適否は、調整池の容量の八一四一立方メートルに埋立地内部の貯水容積の約三万五〇八二立方メートルを加えた、本件処分場全体の貯水容積である四万三二二三立方メートルを基準に考えるべきである。

右貯水容積は、本件降水データのうち平成五年の六二日間を除くすべての日残浸出水量の最大値を貯量できる。なお、日残浸出水量が右貯水容積を上回る平成五年は、鹿児島県下に未曾有の水害をもたらした、いわゆる八・六水害の年であり、一〇〇年に一度ともいわれる極めて例外的な降水量を予定して調整池の容量を設定する必要はなく、本件調整池の容量は適正である。また、右降水データをもとに実際の降雨等の流入水の発生から浸出水の発生までの時間の遅れを考慮して計算する水収支モデルによる方法によって浸出水を計算すると、最大残浸出水量は平成五年八月二〇日の三万一一二二立方メートルになるから、本件処分場の右貯水容積は右最大残浸出水量の全量を貯量できる。

(2) 浸出水処理設備の有効性

ア 処理設備の機能

①生物処理施設(活性汚泥法)は、ばっ気槽の分割、ばっ気槽への空気量や返送汚泥量の調整等の各調整機構の設置により広範な処分場の水量及び水質の変化に十分対応できるし、活性汚泥法は、BOD以外のCOD、SS、TN、色、重金属等に対する処理能力の適用性についても、回転円板法や接触酸化法(接触ばっ気法)との間で優位差はない。また、重金属やPCBは、②アルカリ凝集沈殿法及び③全自動急速砂ろ過装置により十分除去される。

イ 基準外の廃棄物が搬入される危険性

債務者は、廃掃法一二条の三のマニフェスト制度を遵守し、排出業者の事業所に対する抜打検査等により、本件処分場に基準外の廃棄物が埋立処分されることを厳しく防止する予定であるから、法令の規定以上の有害物質が搬入される可能性を考慮する必要はなく、放流水の水質基準の安全性は確保される。

ウ 放流水の水質基準

本件処分場は、平成九年五月一日付けで設置許可申請がされているから、本来、重金属等排水基準令一条所定の有害物質については共同命令の基準値を満たせば足りるところ、より厳格な改正後の共同命令一条一項五号への基準値を満たしている。さらに、債務者は、PH、BOD、浮遊物質濃度、大腸菌群数については、肝属川の河川環境基準を維持するために鹿児島県の指導を受けて、債務者が独自に厳しい基準を設定しており、BODの日間平均値(mg/l)が改正後の共同命令では六〇以下であるところを五以下に、浮遊物質濃度(SS)の日間平均値(mg/l)が改正後の共同命令では六〇以下であるところを一〇以下にそれぞれ設定し、その他の排水基準令一条所定の有害物質についても改正後の共同命令の基準(排水基準令一条)を満たすように設定している(共同命令一条一項五号ハ、改正後の共同命令同号ヘ)。これに加えて、放流水の水質を維持するため、債務者は、年一回(PH、BOD、浮遊物質濃度、大腸菌群数については月一回)、第三者機関である鹿児島県水質検査業協同組合に検査を委託する予定であり、重金属等の処理が不十分との結果が出た場合は、活性炭吸着法又はキレート吸着法等の装置を追加設置していく予定である。

4  権利侵害の可能性

(一) 債権者ら

(1) 債権者らの生活状況

債権者らのほとんどは、本件処分場周辺地及び肝属川の流域に居住し、債権者らすべてが井戸水を飲用、生活用水として利用しているところ、本件処分場からの浸出水には有害物質が溶解し又は浮遊粒子状物質として含まれており、将来遮水シートが破損することにより漏れた浸出水には有害物質が無害化されないまま含まれた状態で、又は前記浸出水処理設備を経た放流水に有害物質が十分除去されないままこれが含まれた状態で、地下水から債権者らが使用する井戸水に混入することになる。

(2) 債務者の事業者としての性格

債務者は、事業計画案について債権者らに対する説明を鹿児島県から求められていたにもかかわらず、これを拒絶してきた。また、乙野株式会社は、安定型最終処分場であった本件土地に一旦搬入していた産業廃棄物を、農地、林地等の埋立土砂として不法に投棄しており、かかる会社と実質的に同一会社である債務者が、本件処分場について債権者らの人格権を侵害しないような設備を設置し、操業を行うことは期待できない。

(3) 立地条件等

本件処分場は、債権者らが飲用・生活用水として用いている井戸水の取水地点にあり、水源地に存在する。債務者は、本件処分場の立地条件について、より安全で、より被害の少ない他の場所についての代替案を検討せず、債権者らに対するアセスメントも実施していない。

(4) まとめ

したがって、本件処分場による地下水の汚染は債権者らの人格権を侵害し、その侵害の程度は受忍限度を超えるものである。

(二) 債務者

(1) 債権者らの生活状況

債権者らのうち債権者番号280、281、320の三名は、鹿児島市及び名瀬市に居住する者であり、そもそも本件処分場建設の影響を受けない。また、債権者らのうち下高隈町居住の一四名については、公共の上水道がない地区に居住しているが、債務者は右債権者らのために簡易水道を敷設する準備がある。さらに、債権者らのうち右一四名及び鹿屋市以外に居住する三名を除いた三三三名については、鹿屋市の公共水道が敷設されている地区に居住しているから、いずれも井戸水を使用する必要性がなく、仮に本件処分場の浸出水が地下水に混入したとしても、約三〇〇〇から三五〇〇メートル離れた上祓川集落に到達するまでの希釈効果は高いから、本件処分場の建設によって影響を受けるとはいえない。なお、債権者らは、本件処分場周辺の地下水は肝属川の方向に流れると主張し、債務者が本件処分場の地下水位の深さを図るために調査したボーリング結果をその根拠とするが、右資料は地下水の方向を計るには不正確であるし、右地下水脈の推定は本件処分場外にまで妥当するものではない。

(2) 債務者の事業者としての性格

債務者は、平成七年一二月以降、上祓川集落に対しても説明会の開催を申し入れるなどの努力をしており、説明会の開催ができなかったのは、むしろ債権者らが反対したためである。また、債務者及び乙野株式会社は、搬出した建築廃材等の処分についても、廃掃法に反するようなことは何らしていない。

(3) 立地条件等

鹿児島県では、年間約九二万トンも排出される産業廃棄物を、県内に管理型最終処分場が一つもないために県外に搬出している。したがって、本件処分場は、産業廃棄物を県内で処理する必要性、公共性から積極的な社会的価値が認められるものであって、単に債務者の経済的利益の追求のための施設ではない。そして、右事情は、債権者らの受忍限度を検討する際にも考慮されるべきである。

二  保全の必要性

1  債権者ら

債務者が本件処分場を建設及び操業し、有害物質が債権者らの体内に取り込まれ、有害物質の人体への作用についての科学的正確性が実証された場合、その時点までに発生してしまっている被害の回復は極めて困難又は不可能であるから、本件処分場の建設自体を差し止める必要がある。

2  債務者

本件処分場が建設された後、問題が生じた場合にその操業を停止することで足り、本件処分場の建設自体を差し止める必要性はない。

第五  当裁判所の判断

一  被保全権利の存否

1  遮水工(二重遮水シート)の安全性について

(一) 前記第三の事実及び証拠(甲四、二〇〇一ないし二〇〇五、二〇一五ないし二〇一九、二〇二三の1ないし二〇三七の1、三〇一〇、乙一、五ないし一九、二九、三〇、三八ないし四〇の3)並びに審尋の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

(1) 二重遮水シートの方法による遮水工の問題点

遮水シートは、1.5ミリメートルの厚さのシートを何枚もつなぎ合わせたものを用い、数十メートルの貯留構造物を上載した高圧がかかる状態で、稼働時だけでも約一〇年、その後も長期間にわたり、完全に水漏れを防ぐことが要求される。ところで、二重遮水シートの方法を採ったとしても、遮水シートにかかる荷重が均一でない限リシートに剪断力が作用し、遮水シートは破損する危険性がある。そして、産業廃棄物最終処分場においては、一般的に、①廃棄物自体の荷重が均等ではないこと、②廃棄物に突起物等が存在すること、③遮水シートの上下に集排水管を配設すれば遮水シートを挟む保護層が均質にならないこと、④側面部分の斜面ではシート下方への引張力が増大して斜面肩部等の負荷が大きくなることなどが右遮水シートの剪断力の原因として挙げられる(甲二〇三三の1)。ところが、本件処分場においても、貯留構造物は最終的に二五メートル以上になり、一平方メートルあたりの荷重は少なくとも数十トンになるほか(乙一・三〇頁、甲二〇三三の1・一二頁)、廃棄物自体に突起物が存在し、荷重が均質にならないことは他の処分場と同様であり、また、シートの上下に集排水管を配していること、側面部分は斜面になる構造であることなども右遮水シートの剪断力の原因となりうるものである(乙一・図面10)。

(2) 他の処分場における事故事例

東京都日の出町谷戸沢最終処分場、東京都八王子市戸吹最終処分場、長崎県北松浦郡小佐々町一般産業廃棄物最終処分場等の処分場においては、現実に遮水シートの破損事故が起こっている(甲二〇〇二ないし二〇〇五)。そして、専門家からは、改正後の共同命令一条一項五号イの基準を満たす二重の遮水シートの方法によっても、処分場の条件によっては安全性を保証することはできないといった意見も出されている(岡山県吉永町の管理型最終処分場・甲三〇一〇、三重県伊勢市の管理型最終処分場・二〇三〇)。

(3) 本件処分場の地盤

本件処分場の地盤はシラスであり、深度八メートル未満の地盤のN値は一〇を下回るために、構造物の支持層としては地耐力が不足していて、支持層として最適であるのは深度一五メートル以上のN値が二〇以上の地盤である(乙一・一一五頁)。ところで、債務者は、本件処分場において、最低でも六メートルの掘削を行い、工事の進行に伴って地盤強度試験を行い、沈下防止の必要な個所が発見された場合には、部分的に地盤補強工事を行うことを予定している(乙一・一二四頁)。しかし、一般的に、産業廃棄物最終処分場の上載物質は非常に重いことを考慮すると、地盤の強度が弱いことや底盤に不均質な条件があることは、地盤の不等沈下の原因になり、遮水シートに剪断力が作用する原因になる(甲二〇三三の1・一二頁参照)。

(4) 浸出水貯留による遮水シート破損の可能性

改正後の共同命令一条一項五号ニが保有水等集排水設備を必要としている趣旨は、埋立地内の浸出水の多寡によって遮水工に対して水圧がかかり、遮水シート破損の原因になることから、埋立地内部に浸出水が貯留されることによる遮水シートの破損の危険性を回避することにある(甲二〇三〇、二〇三三の1・一一頁)。そして、鹿児島県土木部は、平成一〇年一月二三日付「調整池設置に伴う指導について(通知)」として、本件調整池の容量を一万六三六八立方メートルにするよう指導している(乙一・五五頁)。しかるに、本件調整池の容量は八一四一立方メートルであるところ、本件降水データによって算出した結果、日残浸出水量が本件調整池の容量を超える年は、昭和五五年から平成元年までの一〇年間のうち三年、平成二年から平成一一年までの一〇年間のうち九年存在し、そのうち埋立地内に浸出水を貯留する状態が五月から九月までの間だけで約一か月以上継続する年は、昭和五五年から平成元年までの一〇年間のうち二年、平成二年から平成一一年までの一〇年間のうち五年存在する(乙三八・三頁)。なお、埋立地内部の貯水容積は三万五〇八二立方メートルであり、これは二期工事完了時に埋立地内に高さ五メートルの貯留構造物が存在する状態において、その満杯まで浸出水を貯留した場合の貯水容積である(乙三八・七頁)。

(5) 地下集排水設備

本件処分場の地下水位は、西側のボーリング位置で地表から38.7メートル、東側のボーリング位置で地表から50.3メートルと比較的深部にあるため(乙一・一一九頁)、本件処分場の遮水シートは地下水の湧出による遮水工損傷のおそれは少ない。

(二) 前記第三の事実及び右認定事実をもとに、二重遮水シートによる遮水工の安全性について判断する。

(1)  二重遮水シートの方法による遮水工の一般的な評価として、産業廃棄物最終処分場では、遮水シートの剪断力の原因となる条件が数多く存在し、その安全性には疑問があるとの専門家の指摘があるところ、現実に他の処分場において遮水シートの破損事故も起こっているというのであるから、二重遮水シートの方法による遮水工は半永久的なものではなく、遮水シートの破損又は品質の劣化によりいずれは機能しなくなる可能性がある遮水工であることを認めざるを得ない。特に、本件処分場における固有の事情としてその地盤がシラスであって、債務者の予定している本件処分場の構造、投棄廃棄物等を考慮すれば、最終的に高さ二五メートル以上になる貯留構造物の荷重に長期間耐え、不等沈下を回避するに足りる強度及び均質性を有しているとまでは認めることができないこと、本件調整池の容量を超えて埋立地内に浸出水の貯留する状態が五月から九月までの間だけで約一か月以上継続する年が、昭和五五年から平成一一年までの二〇年間のうち七年存在し、今後埋立地内の浸出水の水圧によって遮水シートが破損する可能性も否定できないことなどからすると、本件処分場の二重の遮水シートの方法による遮水工が破損する危険性は、他の一般的な処分場の条件と比しても決して低くはなく、近い将来、本件処分場の遮水工が破損する可能性を否定することはできない。

(2) 債務者は、工事進行に伴い必要な地盤強度試験を行い、沈下防止の必要な個所が発見された場合には、地盤補強工事を行う予定であること、本件処分場で用いる遮水シートには十分の強度と自己修復機能があり、現実に要求される設計項目・条件を具体的に検討し、遮水シートを二重にし、施工工程を十分管理するなど遮水工自体の安全性を図るための措置を講じているなどと主張する。しかし、地盤の補強工事の程度、地盤の均質性への配慮及びその効果並びに埋立地内に貯留する浸出水の水圧による遮水シートへの影響についての配慮については、本件全証拠によっても明らかではなく、債務者の右主張をもって本件処分場の遮水工が破損する可能性を否定することはできない。

(3) 遮水シートが破損した場合の対策について

債務者が採用を予定する電気式漏水検知システム(ELLシステム、乙四〇の1ないし3)が、本件処分場の遮水工の破損の危険性の程度及び範囲との関係において、具体的にどの程度の効果があるかは、本件全証拠によっても明らかではない。

債務者は、同検知システムでは複数の破損個所が存在する場合もこれらを分離して検出することが可能であり、シートの損傷個所が検知された場合、ケーシング削孔等によりシート損傷部分を露出させ、同所に水分を吸収して膨張するゴムを使った補修剤を注入して補修を行う予定であると主張する。しかしながら、前記認定のとおり、本件処分場では、地盤沈下や浸出水による水圧等による遮水シートの破損の可能性があるというのであるから、本件全証拠によっても、その破損の程度及び範囲は予測ができず、同検知システムの有効性及び補修剤の注入による修復がどの程度可能かについても不明であるといわざるを得ない。

(4) 以上のとおりであって、本件処分場の二重の遮水シートの方法による遮水工は、将来いずれは破損する危険性があり、遮水シートの破損による浸出水の漏水を防止するために有効な手段は予定されておらず、埋め立てられた産業廃棄物に含まれる有害物質が将来的に遮水シートが破損する時期までに無害化することについての債務者の主張・立証もないことからすると、遮水工(二重遮水シート)の安全性については疑問があるといわざるを得ない。

2  浸出水処理システムの安全性

(一) 前記第三の事実及び証拠(甲四、一〇〇二、二〇三三の1、乙一、二九ないし三四、三七ないし三九)並びに審尋の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

(1) 調整池について

本件処分場では、浸出水を埋立地内部に一時的に貯留することができるから、本件調整池の容量八一四一立方メートルに埋立地内部の貯水容積である三万五〇八二立方メートルを加えた四万三二二三立方メートルが、本件処分場全体の物理的な貯水容積である(争いがない)。そして、本件降水データによれば、右貯水容積は、平成五年の六二日間を除くすべての日残浸出水量の最大値を貯量できることになる(乙三八・七頁)。そして、平成五年は、鹿児島県下に大規模な水害をもたらした、いわゆる八・六水害の年である(乙三九)。

(2) 浸出水処理設備の機能

本件処分場の①生物処理施設は、有機性汚濁物質であるBOD、COD、T―N(窒素)を除去するための工程であり、本件処分場で採用予定の活性汚泥法の他には、回転円板法、接触ばっ気法等の工法がある。ところで、活性汚泥法は、一九七〇年代には浸出水処理設備として全国でかなりの実績があったものの、浸出水処理施設での広範囲の負荷変動(水量・水質)への対応が難しい上、汚泥の発生量が大きいため管理が難しい点及びT―N(窒素)の除去能力の点で他の二つの方法に劣るため、一九九〇年以降その実績は〇件であり、今後も採用されることはないといわれている方法である(乙三一・四一三頁以下)。

(3) 処理設備の計画流入水質の設定

本件処分場の浸出水処理設備は、計画流入水質について、BOD一〇〇〇PPM、COD四八〇PPM、SS三〇〇PPM、CI一〇〇〇〇PPMとし、右条件下において浸出水処理設備が計画どおり機能するように設定されている(乙一・五〇頁)。ところで、右計画流入水質は、可燃ゴミと不燃ゴミの混合埋立てを行っている最終処分場の計画流入水質についての昭和五四年当時の厚生省の調査結果を参考に設定されているが、計画流入水質については、ゴミ質が類似していること、埋立構造、埋立作業、集水面積等の違いを考慮して設定する必要があるとされている(乙三七・一四六頁)。ところが、本件処分場では、日残浸出水量が本件調整池の容量を超える年は、昭和五五年から平成元年までの一〇年間のうち三年、平成二年から平成一一年までの一〇年間のうち九年存在し、そのうち埋立地内に浸出水を貯留する状態が五月から九月までの間だけで約一か月以上継続する年は、昭和五五年から平成元年までの一〇年間のうち二年、平成二年から平成一一年までの一〇年間のうち五年存在する(乙三八・三頁)。そして、浸出水が埋立地内に貯留される時間が長くなると水質汚染濃度は上昇し、浸出水処理施設の機能に影響することになる(甲二〇三三の1・一一頁)。

(4) 規定外の産業廃棄物が搬入される可能性

燃え殻、ばいじん、汚泥、鉱さいのうち管理型最終処分場に廃棄されることが予定されるものは、重金属その他の有害物質の含有量が総理府令で定める基準値以下のものに限定される(施行令六条一項三号ハ(1)ないし(5)、総理府令一条)。ところで、搬入される産業廃棄物が同基準値を満たすか否かについては、五感で識別することが不可能であるのはもちろん、一日につき37.3立方メートルの産業廃棄物が約一〇年間にわたり搬入されるのを逐一チェックする制度は予定されていない。そして、安定型最終処分場では、本来、五感で搬入物をチェックできるはずであるが、各地で規定外の有害物質の搬入が行われている実体がある(甲一〇〇二)。

(二) 前記第三の事実及び右認定事実をもとに、浸出水処理システムの安全性について判断する。

(1) 調整池について

債権者らは、浸出水を埋立地内に貯めることを禁じた改正後の共同命令一条一項五号ニの趣旨を考慮し、本件調整池の容量の適否は基本的には調整池そのものを基準とすべきであると主張する。しかし、本件調整池八一四一立方メートルに埋立地内部の貯水用量三万五〇八二立方メートルを加えた本件処分場全体の貯水容積四万三二二三立方メートルは、本件降水データによれば、過去二〇年間のうち平成五年の六二日間を除くすべての日残浸出水量の最大値を貯量できるというのであるから、本件調整池が浸出水を未処理のまま処分場外へ放出させる恐れがないという物理的な観点からは、本件調整池の容量は適正であるというべきである。

(2) 浸出水処理設備について

まず、①生物処理施設として活性汚泥法を採用することは、広範囲の負荷変動(水量・水質)や汚泥の管理上の問題、T―N(窒素)の処理能力等に問題があり、その余の②アルカリ凝集沈殿法及び③全自動急速砂ろ過装置の機能について判断するまでもなく、本件処分場の浸出水処理設備は排水基準令を満たす設備であるということはできないといわざるを得ない。そして、本件処分場は、三年に二回の割合で調整池の容量を超えた浸出水を埋立地内に貯留する必要があり、三年に一回の割合で浸出水の埋立地内の滞留期間が約一か月間以上継続することを前提とした構造であり、さらに、総理府令一条の基準を超えた高濃度の有害物質を含む規定外の産業廃棄物の搬入を阻止することは実際上は困難であるというのであるから、浸出水に実際含まれる有害物質の方が、計画流入水質よりも高濃度になることによって、右計画流入水質を前提として機能するよう設定されている浸出水処理設備が有効に機能しなくなり、放流水の水質が排水基準令に適合しなくなる可能性があるといわざるを得ない。

(3) 債務者は、活性汚泥法でも、ばっ気槽の分割、ばっ気槽への空気量や返送汚泥量の調整等の各調整機構の設置により広範囲の負荷変動に十分対応できるし、COD、T―N等に対する処理能力の適用性についても、回転円板法や接触ばっ気法との間で優位差はないと主張し、乙三七(一五八頁)にはこれに沿う記載が存する。しかしながら、前記の認定事実によれば、活性汚泥法はもともと水質維持のための管理が困難である上、本件処分場の活性汚泥法が前提とする計画流入水質よりも実際の浸出水のBOD濃度の方が高濃度になる可能性が高いのであるから、これらの事情を考慮しても、なお、活性汚泥法の処理能力が他の二つの方法に比して優位差がなく、排水基準令を満たす設備であるということはできない。

(4) 債務者は、本件処分場から放流される処理水は、BODの日間平均値などについて、改正後の共同命令の基準を満たすように設定している(共同命令一条一項五号ヘ、排水基準令一条)と主張する。しかしながら、本件処分場の事情として、浸出水の埋立地内部への貯留及び基準外の産業廃棄物の搬入などにより、実際の浸出水に含まれる有害物質が計画流入水質より高濃度になる可能性が指摘されているのであるから、これを前提としない債務者の右主張は、その前提が異なっており、採用できない。

また、債務者は、マニフェスト制度(廃掃法一二条の3)、排出業者の事務所の抜打検査などにより本件処分場に基準外の廃棄物の搬入を厳しく防止すると主張する。しかしながら、本件処分場では一日37.3立方メートル、合計一三六万五三七三立方メートルという大量の産業廃棄物が、一〇年もの長期間にわたり搬入されるのであるから、現状では、右方法によっても、本件処分場に基準外の産業廃棄物が搬入されることを防ぐことは困難であるといわざるを得ない。

(5)  以上のとおり、本件処分場は浸出水処理システムの点についても問題点が少なくなく、有害物質が本件処分場からの放流水に含まれる危険性は否定し難い。

3  債権者らの被保全権利及び権利侵害の危険性

(一)  債権者らは、人格権として生存及び健康を維持するのに十分な飲用水及び生活用水を確保及び使用する権利を有している。

(二)(1)  前記第三の事実によれば、債権者らのうち下高隈町に居住する一四名及び上祓川町に居住する三一六名については、井戸水を飲用水、生活用水として利用しており、地下水は、本件処分場から肝属川の方向に流れていると推定されるのであるところ、前記1及び2の事実によれば、本件処分場の遮水工から漏水した浸出水が、シラスの地盤を経由して地下水に混入する可能性は高く、また、処理が不十分のまま本件処分場の外に放流された水が、肝属川から地下水に混入して債権者らが使用する井戸水に混入する可能性も否定できないというべきであって、同債権者らの前記被保全権利が侵害される可能性が認められる。

右債権者らの被保全権利は、生存に関わる重要な権利であるところ、債権者らは、右有害物が混入した井戸水を飲用水、生活用水として継続的に長期間摂取することになるおそれがあり、有害物の摂取が微量であったとしても、永続的に継続して人体に対する影響を与えるおそれがあるので、債務者の事業者としての性格は措くとしても、本件処分場の建設及び操業による右債権者らの飲用水、生活用水の汚染による人格権の侵害は、受忍限度を超えるものというべきであるから、右債権者らの人格権に基づく妨害排除請求権としての被保全権利が認められる。

(2) 債務者は、下高隈町の住民のためには債務者の負担で簡易水道を敷設する用意があるし、上祓川町の住民らについては本件処分場からの距離が約三〇〇〇メートル以上あることにより有害物質の希釈効果がある、また地下水の方向についても疑問があるなどと主張する。しかしながら、簡易水道については、本件全証拠によってもその取水地点、汚染の可能性がないかなどについて明らかではなく代替手段にならない可能性があるし、その余の主張については立証がない。

また、債務者は、鹿児島県内には管理型処分場が一つもないため、本件処分場は、産業廃棄物を県内で処理する必要性、公共性から積極的な社会的価値が認められるものであると主張する。しかしながら、債権者の被保全権利の重要性、本件処分場はその立地場所が債権者らの飲用水、生活用水の取水地点にあり、周辺地域の生活環境の保全について適切な配慮がされていないこと、より安全でより被害の少ない他の場所についての代替案も検討されていないことなどをあわせ考えると、債務者が主張する公共性は前記判断を左右するに足りない。

(三) 以上に対して、別紙債権者目録二記載の債権者ら二〇名については、井戸水を飲用、生活用として使用しているのかどうか、また右債権者らの居住場所との関係で本件処分場からの浸出水によってその飲用、生活用水がどの程度の影響を受けるかについて、本件全証拠によっても明らかではなく、右債権者らの人格権侵害の危険性を認めることはできない。

したがって、右債権者らについては、被保全権利は認められない。

二  保全の必要性

本件の債権者らが侵害される権利は、人の生存及び健康に関わる重要なものである。そして、債権者らの右権利が一旦侵害された場合には、その被害の回復は極めて困難又は不可能である。他方、債務者の本件処分場建設計画は、鹿児島県の設置許可は出たものの、現在、工事発注のための実施設計にも着手せず、本件土地の掘削の段階で建設工事を中断していることなどを考慮すれば、本件処分場の建設自体を差し止める必要がある。

第六  結語

以上のとおりであり、債権者番号2ないし14、335の一四名(下高隈町居住)、債権者番号1、15ないし28、30ないし115、117ないし216、218ないし234、236ないし238、240ないし242、244ないし279、284ないし298、300ないし302、304ないし319、321ないし328、332ないし334、337ないし339、341ないし345、348ないし350の三一六名(上祓川町居住)については、理由があるから、担保を立てさせないでこれを認めることとし、別紙債権者目録二記載の債権者ら(二〇名)については、理由がないからこれを却下することとする。よって、民事保全法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項本文に従い、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官牧賢二 裁判官鈴木秀行 裁判官横田典子)

別紙物件目録<省略>

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