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鹿児島地方裁判所 平成11年(行ウ)3号 判決 2001年10月01日

原告

内田伸子

同訴訟代理人弁護士

蔵元淳

小堀清直

増田博

被告

鹿児島県

同代表者知事

須賀龍郎

同指定代理人

内門公孝

外六名

被告

須賀龍郎

被告ら訴訟代理人弁護士

和田久

蓑毛長史

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告らは、原告に対し、連帯して金九五万一三六〇円及びこれに対する平成一一年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要

本件は、被告鹿児島県(以下「被告県」という。)が計画している港湾埋立に関し、鹿児島県情報公開条例(以下「本件条例」という。)に基づき漁業補償等に関する文書の開示を求め、文書の一部非開示処分等を受けた原告が、当該処分は開示義務に反し違法であるとして、被告県に対し国家賠償法に基づき、被告須賀(以下「被告知事」という。)に対し不法行為に基づき、それぞれ損害賠償を求める事案である。

1  争いのない事実等(証拠等により認定した事実には書証番号等を付す。)

(1)  原告は、地方公共団体の税金の使途や非違行為の是正等を目的とする「オンブズマン鹿児島」と称する団体の構成員である(原告本人)。

(2)  本件条例八条は、実施機関は、開示の請求に係る公文書等に次の各号のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書等の開示をしないことができると定めている(乙1)。

三号(事業活動情報)

法人(国及び地方公共団体を除く。)その他の団体(以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、開示することにより、当該法人等又は当該事業を営む個人の競争上の地位その他正当な利益を害すると認められるもの。

八号(行政運営情報)

県又は国等が行う監査、検査、取締り、許可、認可、試験、入札、徴税、交渉、渉外、争訟その他の事務事業に関する情報であって、開示することにより、当該事業の目的が損なわれるもの、特定のものに不当な利益若しくは不利益が生ずるもの又は当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの

(3)  被告県は、平成二年に策定した県総合基本計画に基づき、「魅力ある南の拠点」にふさわしい鹿児島港の整備を図ることとし、鹿児島港中央港区を埋め立てて、大型観光船埠頭、離島急患用のヘリポート等の建設(いわゆる人工島の建設)を計画している(公知の事実、弁論の全趣旨)。

(4)  行政処分(各処分については争いがないが、その到達日につき、弁論の全趣旨で認定した。)

ア 原告は、被告知事に対し、平成一〇年九月一七日、本件条例に基づき鹿児島港中央港区に係る漁業補償に関する協定書(以下「本件文書1」という。)の開示を求めたところ、被告知事は同年一〇月一日付けで、本文文書1のうち補償金の支払時期及び方法について本件条例八条八号に該当するとして、一部非開示決定(以下「本件処分1」という。)をし、原告に対し、そのころこれを通知した(甲1の1)。

イ 原告は、被告知事に対し、同年一〇月三〇日、本件条例に基づき鹿児島港中央港区漁業補償金の支出命令票(以下「本件文書2」という。)の開示を求めたところ、被告知事は、同年一一月一三日付けで、本件文書2の存否をも含めて本件条例八条八号に該当するとして、非開示決定(以下「本件処分2」という。)をし、原告に対し、そのころこれを通知した(甲2の1)。

ウ 原告は、被告知事に対し、同年一二月一五日、本件条例に基づき鹿児島港中央港区漁業補償の補償額算定調書、算定資料及び参考資料(以下「本件文書3」という。)の開示を求めたところ、被告知事は、同年一二月二八日付けで、本件文書3は本件条例八条三号、八号に該当するとして、非開示(以下「本件処分3」といい、本件処分1ないし3を併せて、「本件各処分」という。)をし、原告に対し、そのころこれを通知した(甲3)。

エ 原告は、被告知事に対し、平成一一年二月二二日、本件条例に基づき再び本件文書2の開示を求めたところ、鹿児島県土木部長は同年三月二日の鹿児島県議会において本件文書2の存在を明らかにし(乙4の3)、被告知事は、同年三月八日付けで、本件文書2のうち補償対象漁協の口座名義、口座番号等を除いて開示決定をした(甲2の2)。

オ なお、オンブズマン鹿児島の構成員である隈元明美は、被告知事に対し、同年三月一二日、本件条例に基づき本件文書1の開示を求めたところ、被告知事は、同年三月二六日付けで、補償対象漁協の代表理事組合長の印影を除いて、開示決定をした(甲1の2)。

2  争点

(1)  本件各処分は違法か。

(原告の主張)

ア 本件条例八条八号の「当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの」との規定は、単に実施機関が、その主観においておそれがあると判断しただけでは足りず、そのようなおそれが具体的に存することを立証しなければならない。

イ 本件処分1について

(ア) 漁業補償交渉において通常最も重要であるのは補償金額であり、その支払時期及び支払方法を非開示とする積極的、合理的理由はない。殊に本件のように、既に漁業補償交渉が成立し、補償金の支出が決定されている場合、補償金の支払時期及び方法を開示しても、当該事業の円滑な執行に支障を生ずることは考えられない。

(イ) また、いわゆる人工島の建設計画は、巨額の支出を伴う一〇年に一回あるかどうかの巨大な事業であり、これに伴う漁業補償は反復継続する事業ではないから、将来、同種事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずることは具体的に考えられない。

(ウ) したがって、本件文書1は本件条例八条八号に該当しない。

ウ 本件処分2について

(ア) そもそも、本件文書2は、本件文書1と関連して補償金の支払時期及び方法を知り得るためのものにすぎないから、本件文書1と同様に本件条例八条八号に該当しない。

(イ) また、本件条例には、文書の存否応答許否に関する規定はないから、本件文書2の存否自体を明らかにしなかった本件処分2は違法である。

エ 本件処分3について

本件文書3は、開示されたとしても、特段行政の執行に支障が生ずるとは考えられないから、本件条例八条八号に該当せず、また、そもそも三号にも該当しない。

オ したがって、本件各処分はいずれも違法である。

(被告らの主張)

ア 本件条例八条八号の上記規定は、鹿児島県又は国等が行う、今後の当該あるいは同種の事務事業の円滑な執行に支障を生ずる一般的、抽象的な可能性があれば足り、これが具体的に存することまで要しない。

イ 本件処分1について

(ア) 漁業補償交渉は、一定の基準に基づき補償の条件を示し、この条件をもとに交渉を重ねるのが通常であるところ、漁業補償金の支払時期及び方法(例えば、一括払いか分割払いか、分割払いの場合の分割の回数、支払時期)も交渉条件の一つとして重要な要素となる。このため、ある漁業補償協定が成立したとしても、その履行が完全に終了していない段階で交渉条件が外部に開示されると、当該相手方の不信感を惹起し、漁業補償協定事項の円滑な履行または誠実な遵守が損なわれるおそれがあるのみならず、爾後の同種の補償交渉をなすに際し、開示された支払時期及び方法が相手方に事前に判明し、相手方との交渉が難航あるいは長期化するおそれがあり、さらには、漁協に対する債権者が、漁業補償金を目当てに督促をなし、補償金の分配を巡り内部的混乱を生ずることが予想される。その上、漁業補償交渉において、漁業補償金の支払時期及び方法が開示されることは予定されておらず、これを開示すると、前同様の弊害を生ずるおそれがある。

なお、本来、本件文書1のうち、補償金額も本件条例八条八号に該当するが、被告知事は、漁業補償の対象となる漁業権は、公有水面という国民共通の財産上に設定されており、漁業権の消滅、制限は同時に公有水面の消滅、制限という側面も有し、一般の用地補償の場合に比較して補償金額について県民の関心も高く公共性が高いと判断したため、これを積極的に開示したものである。

(イ) 漁業補償金の支払時期及び方法を開示することは、事業の種類、事業規模の大小、漁業補償額の多少に関係なく、今後の漁業補償を必要とする事業の円滑な執行に支障を生ずるおそれがあり、いわゆる人工島の建設計画もこれと異ならない。

(ウ) したがって、本件文書1は、本件条例八条八号に該当する。

ウ 本件処分2について

本件文書2は、漁業補償金の支払時期、支払金額等が記載されており、これを開示すると漁業補償金の支払時期及び方法を開示したのと同様の効果をもたらすことになる。

また、本件文書2の存在を認めるが非開示とした場合、支出命令票の存否自体で過去の補償金の支払の有無が判明するため、期間を限定して開示請求を繰り返すことにより、最終的に補償金の支払時期等が特定でき、上記と同様の効果をもたらすこととなる。

したがって、本件条例に公文書等の存否応答拒否に関する規定がなくても、本件文書2は、その存否も含めて、本件条例八条八号に該当する。

エ 本件処分3について

本件処分3は、対象漁協や対象漁業者の任意の協力により収集した漁獲高、漁獲金額等に関する資料や漁業操業図等に基づき作成されたもので、第三者にみだりに公開されないことを前提としている。したがって、被告知事がこれを開示すると、対象漁協や対象漁業者等との信頼関係を著しく損ない、事業実施段階での協力が得られなくなったり、将来同種の事業の漁業補償交渉に際し、関係者の協力が得られず、補償金の算定根拠となる資料の収集や適正な補償金の算定に支障を生じ、また、相手方からこれを利用して多額の補償金を要求されるなど、補償交渉の遅延やこれに伴い事業自体の遅延を招来することになる。

したがって、本件文書3は、本件条例八条三号、八号に該当する。

オ 以上より、本件各処分はいずれも適法である。

(2)  被告県は本件各処分につき国家賠償法上の責任を負うか。

(原告の主張)

ア 本件各処分の違法性

(ア) 本件各処分は、原告の「知る権利」を侵害する違法な処分である。

また、原告は、本件文書1・2についての開示決定により、漁業補償金の支払時期を覚知し、直ちに住民監査請求を行った上で、当該支出につき地方自治法二四二条の二第一項一号の差止請求訴訟を提起できたにもかかわらず、被告知事の違法な本件処分1・2により、上記差止請求訴訟を提起する権利を奪われたばかりか、漁業補償金の支出が完了した後に本件文書1・2の内容を公表され、原告の本件処分1・2の取消訴訟提起の必要性を失わせ、同訴訟を提起しても訴えの利益を喪失するよう仕向けられ、裁判を受ける権利を侵害され、原告の県政に対する信頼を裏切られ、精神的苦痛を受けた。

(イ) 被告知事が、原告には本件処分1(一部非開示)をしながら、その後、原告以外の者に同じ文書を開示したことは、原告に対する違法な差別的取扱い(嫌がらせ)である。

また、被告知事が、漁業補償金の支出を完了した後、原告からの本件文書2についての再度の開示請求により、一部を除いてようやくこれを開示したことは、原告を侮辱するもので、違法である。

イ 被告知事の故意又は過失

被告知事は、故意又は重過失により、違法な本件各処分をした。これは、本件文書2につき文書の存否すら明らかにしなかったことやその後に原告以外の者に本件文書1を開示したことなどから明らかである。

ウ したがって、被告県は、公権力の行使たる被告知事の違法な処分につき、国家賠償法一条一項の責任を負う。(被告の主張)

ア 本件各処分の違法性について

(ア)a 本件各文書は、開示請求当時、非開示とされるべきものであるから、原告の「知る権利」は害されていない。

b 仮に、本件各処分が違法であったとしても、これが直ちに国家賠償法上の違法に結びつくものではない。すなわち、原告が主張する被侵害権利(住民訴訟を提起する権利や知る権利)は、公法上の権利に過ぎず、国家賠償法により保護される権利たり得ず、県政に対する信頼といっても、私的利益とは別個のものであるから、これらが侵害されたとしても、国家賠償法上の違法性はない。

因みに、被告知事は、本件文書1のうち漁業補償協定書の一部を開示したから、原告は金額や相手方等を認識でき、監査請求をなした上で住民訴訟を提起することが可能であった。したがって、原告の住民訴訟を提起する権利はなんら奪われていない(仮に、原告の住民訴訟の提起が支障を受けたとしても、これ自体不法行為を構成しない。)。

また、被告知事が本件処分2の後に本件文書2の一部を開示したのは、原告から二度目の開示請求がなされた時点において、当該漁業補償協定は履行されており、少なくとも当該協定の履行又はその誠実な遵守が損なわれるおそれは消滅し、開示について漁業協同組合の同意が得られ、信頼関係が損なわれるおそれがなくなったこと、さらに、県土木部長が議会で本件文書2の存在を認めたことから、非開示とすべき積極的理由がなくなったと判断したことによるもので、取消訴訟をなす必要がないと錯覚させたり、取消訴訟の訴えの利益を喪失させるためではない。

(イ) 被告知事が、原告以外の者に対し本件文書1を開示したのは、その開示請求がなされた時点で、当該漁業補償協定が履行されたので、その履行又は誠実な遵守が損なわれるおそれが消滅したことを勘案したことによるもので、殊更原告に対する差別的取扱いをしたものではない。

また、被告知事が、本件処分2の後、原告からの再度の開示請求により、本件文書2を開示したのも上記と同様の事情によるもので、なんら原告を侮辱するものではない。

イ 被告知事には、本件各処分についてなんら故意または過失はない。

ウ したがって、被告県は国家賠償法一条一項の責任を負わない。

(3)  被告知事は本件各処分につき不法行為責任を負うか。

(原告の主張)

被告知事は、故意又は重過失により、違法な本件各処分をなしたから、不法行為責任を免れない。

(被告の主張)

公務員は個人責任を負わないから、被告知事に対する請求は失当である。

(4)  原告の損害額

(原告の主張)

原告は、本件各処分により精神的苦痛等を受け、以下のとおり合計九五万一三六〇円の損害を受けた。

内訳 慰謝料 九五万円(弁護士費用三〇万円を含む。)

交通費等 一三六〇円(本件文書1につき、再度の開示請求を余儀なくされ、これに要した交通費三六〇円と上記請求に要した時間相当額の逸失利益一〇〇〇円の合計額)

第3  争点に対する判断

1  本件各処分の経緯等

上記の第2の1の争いのない事実等及び後掲各証拠によると、以下の事実を認めることができ、これを左右するに足りる証拠はない。

(1)  被告県は、平成二年に策定した県総合基本計画に基づき、「魅力ある南の拠点」にふさわしい鹿児島港の整備を図ることとし、いわゆる人工島の建設を計画した(争いのない事実等(3))。

(2)  一般的に、港湾計画等に関する漁業補償は、計画策定後に①漁業権等の事前調査、②関係漁協への事業計画や事業工程の説明、調査協力依頼、③調査の実施、④漁業補償額の算定、⑤漁業補償交渉、⑥漁業補償協定の締結(漁業補償協定書の作成)、⑦漁業権消滅の仮登録、⑧漁業補償金の支払(支出命令票の作成)の事務手続を践み、特に上記④の漁業補償額の算定は、対象漁協、漁業者等から任意の協力の下に取得した漁獲量、漁獲金額等や漁業経営費等に関する資料(参考資料)を収集し、収集した数値等に基づき平年漁獲金額、漁業経営費等を算定(算定資料)し、それらをもとに、「公共用地の取得に伴う損失補償基準(昭和三八年七月二二日運輸省訓令第二七号)」(以下「損失補償基準」という。)及び公共用地の取得に伴う損失補償基準の運用方針(昭和四一年三月三一日官開第六三号運輸事務次官依命通達)」(以下「運用方針」という。)に基づく算定式にあてはめて具体的な補償額が算定(補償額算定調書)される(乙6、弁論の全趣旨)。

(3)  被告県は、平成五年六月、鹿児島港湾計画(改訂)を策定し、国は、平成九年一二月までに、第九次港湾整備計画七箇年計画として、これを閣議決定した(乙6)。

(4)  被告県は、平成七年四月ころ、漁業権の所在、種類、権利者、漁業種類等の事前調査を実施した(乙6)。

(5)  被告県は、同年五月末ころ、鹿児島市漁業協同組合(以下「鹿児島市漁協」という。)に事業計画の概要や補償の原則等を説明し、補償交渉の方法等を確認し、調査への協力を依頼した(乙6)。

(6)  被告県は、同年六月ころから平成八年六月ころまでの間、漁獲量、魚価、経営費、操業実態等について鹿児島市漁協や組合員に対して照会するなど調査を実施し、これを基に損失補償基準や運用方針に従い、漁業補償額を算定した(乙6)。

(7)  被告県は、国も交えて、鹿児島市漁協との間で、平成七年一二月末ころから平成八年七月ころまでの間、補償額、補償対象水域の範囲や支払時期等について、七回にわたり漁業補償交渉を行い、平成八年一〇月一八日、漁業補償協定を締結し、同年一二月一九日、漁業権消滅の仮登録を行った(乙6)。

(8)  被告県と鹿児島市漁協は、平成一〇年四月一日、上記(7)の協定を変更し、漁業補償として、合計一六億三五〇〇万五〇〇〇円、内金八億二四八八万二〇〇〇円を同日以降、残金八億一〇一二万三〇〇〇円を平成一一年一月一日以降支払う旨約した(甲4の1・2、6、乙6)。

(9)  被告県は、鹿児島市漁協に対し、平成一〇年四月一七日、漁業補償金として八億二四八八万二〇〇〇円(第一回目)を支払った(甲5)。

(10)  原告は、平成一〇年九月上旬ころ、人工島の廃棄物護岸予定地の地質調査及び設計の発注が同月末に予定されていることを聞知し、人工島の規模、計画の進捗状況や全体像等を知るために、被告県港湾課に本件文書1のほか、整備事業の基本計画や環境アセスメント報告書等の開示請求を求めたところ、本件文書1以外のものはないといわれたので、本件文書1の開示請求を行った。

しかるに、被告知事は、同年一〇月一日付けで、本件文書1のうち補償金の支払時期及び方法について、本件条例八条八号に該当するとして、本件処分1をなし、漁業補償金の支払時期及び支払方法を開示しなかった(争いのない事実等(4)ア、甲4の1・2、7、原告本人)。

(11)  そこで、原告は、漁業補償金について監査請求をしようと考え、同年一〇月三〇日、被告県監査委員事務局を訪れ、監査請求の起算日を確認したが、本件文書1の非開示部分が不明であるとして、明確な回答を得ることはできなかった(原告本人)。

(12)  このため、原告は、以前、食糧費の情報公開請求をした経験から、公金が支出されていれば支出命令票が存し、支出命令票がなければ公金の支出がないということを知っていたので、漁業補償金が支払われていれば支出命令票があるはずと考えて、被告知事に対し、前同日、本件条例に基づき、本件文書2の開示を求めた。

しかるに、被告知事は、同年一一月一三日付けで、本件処分2をなし、本件文書2の存否をも含めて非開示とした(争いのない事実等(4)イ、原告本人)。

(13)  漁業補償金について上記のとおり監査請求を考えていた原告は、本件処分1・2からその支払時期等が明らかにならなかったことから、角度を変えてこれを明らかにしようと考え、被告知事に対し、同年一二月一五日、本件文書3の開示を求めた。しかし、被告知事は、同年一二月二八日付けで、本件処分3をなし、本件文書3は非開示とされた(争いのない事実等(4)ウ、原告本人)。

(14)  被告県は、鹿児島市漁協に対し、平成一一年一月二九日、漁業補償金として八億一〇一二万三〇〇〇円(第二回目)を支払った(甲5)。

(15)  原告は、漁業補償金の支払時期を知るために、被告知事に対し、平成一一年二月二二日、再び本件文書2の開示請求をしたところ、鹿児島県土木部長は、同年三月二日の県議会において、本件文書2の存在を明らかにし、被告知事は、同年三月八日付けで本件文書2のうち、支払金融機関、預金種別、口座番号、口座名義を除いて開示決定をした(争いのない事実等(4)エ、甲5、原告本人)。

(16)  原告と同じオンブズマン鹿児島の構成員である隈元明美は、被告知事に対し、同年三月一二日、本件条例に基づき、本件文書1の開示を求めたところ、被告知事は、同年三月二六日付けで補償対象漁協の代表理事組合長の印影を除いて、開示決定をした(争いのない事実等(4)オ)。

2  争点(1)(本件各処分は違法か。)について

(1)  本件処分1について

ア 本件条例一条は、その目的を「県民の公文書等の開示を求める権利を明らかにするとともに、県が実施する情報公開施策の推進に関し必要な事項を定めることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、もって県民参加による公正で開かれた県政を一層推進すること」にあると規定し、さらに、本件条例三条は、その解釈及び運用について、「実施機関は、県民の公文書等の開示を求める権利が十分に尊重されるようにこの条例を解釈し、及び運用するもの」と規定しており(もっとも、三条は、個人情報がみだりに公開されないよう実施機関に最大限の配慮を求めることも併せて規定している。)、情報公開制度の基本理念である原則公開の立場を明らかにしている。

そして、これを受けて規定された前出の本件条例八条八号は、その立法趣旨に関して、行政が行う事務事業の中には、その目的、性質等からみて、執行前又は執行過程で情報を開示することにより、当該事務事業の実施の目的を失い、又は当該事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障を生ずるものがあり、また、反復的又は継続的な事務事業については、当該事務事業執行後であっても、当該情報を開示することにより、将来の同種の事務事業の目的が達成できなくなるもの、又は公正若しくは円滑な執行に支障を生ずるものがあるので、例外的にこれらの情報を開示しないことができるとしたものと解されている(被告県作成の情報公開事務の手引き。乙1)。

そうすると本件条例八条八号の「当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれ」とは、未だ抽象的なものでは足りず、それが法的保護に値する蓋然性を有するものであることが必要と解すべきである。

イ これを本件について見るに、上記認定事実1によると、本件で変更後の漁業補償協定が成立したのは平成一〇年四月一日で、被告県は、同月一七日、鹿児島市漁協に対し、漁業補償金の約半額に相当する八億二四八八万二〇〇〇円(第一回目)を支払っており、本件文書1の開示請求がなされた平成一〇年九月一七日の時点では、平成一一年一月一日以降の残りの漁業補償金(第二回目)の支払を残すだけとなっていたに過ぎないから、漁業補償金の支払時期又は支払方法を開示したとしても、本件の漁業補償協定の円滑な執行に支障を生ずる蓋然性があるものとはいい難く、他に上記支障を生ずる蓋然性があったことを窺わせる事情は認められない。

次に、漁業補償金の支払時期又は支払方法を開示することが将来の同種事業の円滑な執行に支障が生ずるかどうか検討するに、漁業補償金の支払時期や支払方法は補償金額と並んで漁業補償協定締結の際の要素で、協定の成否に影響を及ぼす抽象的な可能性は否定できないが、漁業補償交渉において最も重要な事項は補償金額であり、補償金額は調査によって得た資料を基に客観的、合理的に算定されるのであって、その支払時期や支払方法はあくまで漁業補償協定の付随的な事項にとどまり、これを開示することにより将来の同種事業の円滑な執行に支障を生ずる蓋然性があるとはいい難く、他に上記支障が生ずるおそれがあったことを窺わせる事情は認められない。

被告らは、漁業補償金の支払時期や支払方法が開示されると、将来の同種の補償交渉に際して、これらの情報が相手方に事前に判明し、その交渉が難航あるいは長期化するおそれがあり、また、補償金の分配をめぐって内部的混乱を生ずるおそれがあると主張するが、このようなおそれは未だ抽象的なものにすぎず、「県民参加による公正で開かれた県政」の推進(本件条例一条)の立場からすれば、直ちに法的保護に値するものとは認め難く、被告らの上記主張は採用できない。

ウ  したがって、本件文書1は本件条例八条八号に該当するとはいえず、本件処分1は違法である。

(2)  本件処分2について

本件条例には、文書の存否に関する情報(文書の存否を答えるだけで、不開示情報を開示することになる場合)についての規定はないが、当該文書の存否自体を答えると、不開示情報の規定により保護される利益が害される場合には、文書の存否を含めて本件条例にいう不開示情報に含まれると解するのが相当というべきところ、本件においては、漁業補償金の支払時期、支払金額等が記載された本件文書2は、上記(1)説示のとおり、そもそも本件条例八条八号に該当するとはいえないから、上記保護された利益が害される場合には当たらないと解される。

したがって、本件処分2は違法である。

(3)  本件処分3について

上記1認定事実によると、本件文書3は、対象漁協、漁業者等から任意の協力の下に取得した漁獲量、漁獲金額等や漁業経営費等に関する資料(参考資料)を収集し、収集した数値等に基づき平年漁獲金額、漁業経営費等を算定(算定資料)し、それらをもとに、損失補償基準及び運用方針に基づく算定式にあてはめ具体的な補償額を算定(補償額算定調書)するもので、これを公開すると、対象漁協や各漁業者の漁獲量、漁獲金額等営業上の秘密を害される蓋然性があるから、本件条例八条三号に該当するというべきである。

また、上記の営業上の秘密が公開されると、今後の漁業補償交渉の際に、対象漁協や各漁業者の協力を得ることが困難になることは容易に予想でき、その結果、漁業補償額の算定に支障が生ずる蓋然性があるといえるから、本件文書3は、本件条例八条八号にも該当するというべきである。

したがって、本件処分3は違法とはいえない。

3  争点(2)(被告県は本件各処分につき国家賠償法上の責任を負うか。)について

(1)  本件処分1、2は違法であるが、これが国家賠償法一条一項上も違法であるかどうかについては、一考を要する。すなわち、確定した抗告訴訟の判決の既判力が後訴の国家賠償請求訴訟にも及ぶか否かについては、これを消極に解し(違法性相対論)、抗告訴訟の取消判決が確定した場合であっても、そのことから直ちに国家賠償法一条一項にいう違法な公権力の行使に当たるものというべきではなく、それが肯定されるためには、当該公務員が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該処分をしたと認められる事情がある場合に限られる(職務行為基準説)と解するのが相当である(最高裁判所平成五年三月一一日第一小法廷判決・民集四七巻四号二八六三頁参照)。したがって、未だ確定した抗告訴訟の取消判決がない場合にあっては、一層、上記判旨が妥当するというべく、公文書の非開示処分の違法性が国家賠償法一条一項上も違法といえるかどうかは、当該公務員に上記注意義務違反があったか否か、そのためには開示請求者の被侵害利益や担当公務員の侵害態様等を総合考慮して判断をする必要があると解するのが相当である。

(2) これを本件について見るに、上記1認定事実によると、確かに、原告は、本件処分1、2により、事実上、直ちに監査請求を行い漁業補償金の支出前にその支出の差止訴訟を提起できないなどの支障を受けたということができるが、①漁業補償金の支出後ではあるものの、原告の再度の開示請求により本件文書2が開示されるなど、原告の上記支出の違法性を争う途が閉ざされたわけではなく、その不利益の程度は必ずしも大きいとはいえないこと、②本件条例八条八号の「当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあるもの」の意味内容は、既に当裁判所が検討したように、必ずしも一義的に明確ではないこと、③被告知事が原告の差止訴訟の提起を阻害するなどの意図の下に本件処分1・2をしたなどの事情は認められないことなどに照らすと、被告知事が職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件処分1・2をしたと認めるに足りず、これが国家賠償法一条一項上当然に違法であるとまでは断じ難い。

原告は、被告知事が、漁業補償金の差止請求訴訟を提起する権利を奪うことを意図したり、漁業補償金の支払が完了した後に本件文書1・2の内容を公表して、原告に本件処分1、2の取消訴訟を提起しても訴えの利益を喪失させるよう意図したものである旨主張するが、上記1認定事実によると、被告知事は、漁業補償金の支出が完了する前にその支払時期等を開示すると上記②に掲げたような支障を生ずるおそれがあると判断して本件処分1・2をなしたものということができ、これを超えて、被告知事が原告主張の上記特定の意図を有していたことを窺わせる事情までは存しないから、上記主張は理由がない。

また、原告は、①被告知事が、原告以外の者に対し、原告には非開示とされた本件文書1を開示したことは差別的取扱いにあたる、②被告知事が、漁業補償金の支出を完了した後、原告から本件文書2の再度の開示請求により、一部を除いてようやくこれを開示したことは、原告を侮辱したものである旨主張するが、上記認定のとおり、被告知事は、漁業補償金の支出が完了する前にその支払時期等を開示すると支障を生ずるおそれがあると判断して本件処分1・2をなしたものといえ、その判断に瑕疵があったとしても、殊更原告に対する差別的取扱いや侮辱する意図に基づき本件処分1、2をなしたということはできず、上記主張は理由がない。

(3)  以上より、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告県に対する請求は理由がない。

4  争点(3)(被告知事は不法行為責任を負うか。)について

公権力の行使に当たる公務員の職務行為を理由とする国家賠償請求については、国又は公共団体が賠償の責任に任じ、公務員が行政機関としての地位において賠償の責任を負うものではなく、また、公務員個人もその責任を負うものではないから(最高裁判所昭和三〇年四月一九日第三小法廷判決・民集九巻五号五三四頁、同昭和五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一三六七頁参照)、被告知事は、不法行為責任を負うことはない(その上、上記3説示のとおり、被告知事のなした本件処分1、2は国家賠償法一条一項上違法とはいえない。)。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告知事に対する請求は理由がない。

第4  結語

以上より、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・榎下義康、裁判官・小川理津子、裁判官・横田昌紀)

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