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鹿児島地方裁判所 平成12年(ワ)1303号 判決 2002年8月09日

主文

1  被告は、原告に対し、7002万7462円及びこれに対する平成13年1月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

本件は、原告が不動産会社の代表者に対して融資した賃貸住宅建設資金の回収が困難となったことに関して、①主位的請求として、原被告間で締結された住宅融資保険契約に基づき、保険金及びこれに対する訴状送達日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を、②予備的請求として、住宅融資保険約款の解釈に関する被告職員の誤解により原告が損害を受けたとして、不法行為(使用者責任)に基づき、損害賠償及びこれに対する不法行為後の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

これに対して被告は、原告の行った融資は上記代表者から不動産会社への転貸を目的としたものであり、住宅の建設等を直接の目的としていないから、当該融資は保険約款所定の保険関係成立要件を満たしていないなどと主張して、原告の請求を争っている。

1  基礎となる事実

(1)  当事者等

原告は、農業協同組合法に基づき設立された農業協同組合連合会であり、信用事業を行っている。

グリーン鹿児島農業協同組合(以下「グリーン農協」という。)は、原告の会員である。

有限会社旭ホーム(以下「旭ホーム」という。)は、不動産の売買、賃貸業及び仲介管理業務等を目的とする会社である。同社は、その出資口数の大部分をAが保有し、Aがその代表取締役を務めていた。また、Aは、グリーン農協の組合員でもあった。

被告は、住宅金融公庫法に基づき設立された特殊法人であり、住宅融資保険法(以下「法」という。)に基づき、金融機関との間で、住宅融資保険契約を締結することができることとされている(法3条1項)。(甲21の1,21の2,証人B,弁論の全趣旨,争いのない事実)

(2)  住宅融資保険の概要

住宅融資保険とは、金融機関が行った住宅建設等のための貸付けを保険の目的とする損害保険の一種であり、貸付金の回収が滞った場合には、貸付金の回収未済額の90パーセントに相当する金額が保険金として被告から金融機関に支払われるものである(法5条、8条)。金融機関による住宅建設資金の貸付けについて保険を行うことにより、住宅の建設等に必要な資金の融通を円滑にすることが住宅融資保険制度の目的とされている(法1条)。

法3条1項によれば、被告は、金融機関を相手方として、当該金融機関が貸付けを行ったことを被告に通知することにより、貸付金の額の総額が一定の金額に達するまで、その貸付けにつき被告と当該金融機関との間に保険関係が成立する旨を定める契約を結ぶことができることとされている。このように、住宅融資保険契約とは、付保し得る貸付金の額の限度を契約締結時にあらかじめ定め、その後、金融機関が現実に貸付けを行い、これを被告に通知することにより、保険の目的が特定した時に、個々の貸付けについて自動的に保険関係が成立する旨を定める包括的な保険契約である。

住宅融資保険の保険関係が成立する貸付けについては、住宅の建設、住宅若しくは施設の建設に必要な土地若しくは借地権の取得等のための貸付けであることなど一定の要件を備えることが必要とされている(法4条)。(乙4,弁論の全趣旨,争いのない事実)

(3)  住宅融資保険約款について

被告が住宅融資保険契約を締結するときは、主務大臣の承認を受けた保険約款に基づかなければならないとされ(法3条2項、13条)、この規定に基づき、住宅融資保険約款(以下「約款」という。)が定められている。なお、約款は、保険契約の申込みの際に必要とされる契約証書の用紙に併記されている。

約款には、要旨、次のような規定がある。

「第3条 保険関係が成立する貸付けは、次の各号に掲げる要件を備えていなければならない。

一 貸付けの目的が次の一に該当するものであること。

イ 住宅の新築

(中略)

ト 住宅の建設又は施設の建設に必要な土地又は借地権の取得

(中略)

第11条 公庫は、次に掲げる場合において相当と認めたときは、保険関係が成立している貸付けについて、その保険関係に基づく保険金の全部若しくは一部を支払わず、若しくは返還させ、又は当該保険関係を将来に向かって消滅させることができる。

(中略)

三 金融機関の役員又は職員の故意又は重大な過失と認められる理由により貸付けに係る貸付金の全部又は一部が住宅の建設等のために使用されなかったとき。」(甲1,乙4,争いのない事実)

(4)  住宅融資保険契約の締結

原告は、被告との間で、被告のe支店長を代理人として、平成8年4月1日、保険価額の総額(付保し得る貸付金の総額をいう。法5条参照)を2億7000万円、保険関係が成立する貸付けを実行することができる期間を平成8年4月1日から平成9年3月31日までとする住宅融資保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。その後、平成8年5月21日、上記保険価額の総額は、9億円に増額された。(甲1,2,争いのない事実)

(5)  土地売買契約及び工事請負契約の締結

旭ホームは、平成8年12月20日、鹿児島市ab丁目c番dの宅地543.00m2(以下「本件土地」という。)について、土地所有者との間で、代金額を1億5600万円とする土地売買契約を締結し、2000万円を手付金として支払った。さらに、旭ホームは、平成9年1月21日、本件土地上に建築予定の賃貸マンション「エントピアa」新築工事について、建築工事請負業者との間で、代金額を1億8644万8500円とする工事請負契約を締結した。(甲17,18,弁論の全趣旨)

(6)  Aに対する融資の実行と土地売買代金等の支払

平成9年1月ころ、グリーン農協の組合員であったAは、同農協に対し、旭ホームが建築を予定していた上記賃貸マンションの用地取得及び建築工事資金の融資を申し入れたが、グリーン農協は、当該融資を行った場合にはAへの貸付限度額を超過することになるため、原告に対し、Aへの融資を依頼した。

ところで、農業協同組合及び農業協同組合連合会は、組合員以外の者に対する貸付けを法律により制限されており、組合員以外の者の資金需要のために組合員に対して貸付けを行うことも、いわゆる迂回融資や名義貸しに当たるものとして、原則的に禁止されている。しかし、法人の代表者が組合員であること、法人の代表者が当該法人の出資口数の過半数を保有することなどの一定の要件を満たす場合には、監督官庁等によって、当該法人が必要とする資金をその代表者個人に貸し付けること(「代表者貸付け」と呼ばれている。)が認められている。

本件融資が代表者貸付けの要件を満たしていると判断した原告は、平成9年2月7日、Aに対し、上記賃貸マンションの用地取得及び建築工事資金として、1億2500万円を返済期限平成11年1月31日の約定で貸し付け、平成9年2月19日、被告に対して貸付実行通知をした。貸付金は、A名義の貯金口座にいったん入金された後、直ちに払い戻されて土地所有者等に支払われ、同月7日付けで本件土地につき旭ホーム名義の所有権移転登記が経由されている。

さらに、原告は、同年7月30日、Aに対し、同様に1億5000万円を返済期限平成11年1月31日の約定で貸し付け、平成9年7月30日、被告に対し融資金額増額の変更通知をした。この貸付金も、A名義の貯金口座にいったん入金された後、翌31日に大半が払い戻され、旭ホーム名義の預金口座に送金された後、工事請負業者に支払われた。なお、上記賃貸マンションについては、同年7月28日、旭ホーム名義の所有権保存登記が経由されている(以下、これらの貸付けを総称して「本件貸付け」といい、本件貸付けに基づく貸付金を総称して「本件貸付金」という。)。

その後、原告は、平成11年1月28日、Aとの間で、本件貸付金の返済期限を平成13年1月31日までに延長する旨を合意し、被告に対してその旨を通知した。(甲3の1,4,5,10,12~20(枝番全部),証人C,弁論の全趣旨,争いのない事実)

(7)  Aの死亡と保険事故の発生

平成11年6月30日、Aの死亡が確認され、旭ホームもそのころ手形の不渡りを出して事実上倒産し、本件貸付金の回収が見込まれなくなったため、原告は、被告の承認を受けた上、同年8月11日をもって各貸付金債権につき期限の利益を喪失させる旨を通知した。これにより、本件貸付金の回収未済が生じ、本件貸付金に係る保険関係につき保険事故が発生した。

原告は、本件貸付金の元金合計2億7500万円のうち1100万円を保険事故発生前に回収しており、平成11年12月3日、被告に対し、事故発生時残元金を2億6400万円とする保険事故発生通知をし、さらに、平成12年3月1日、その90パーセント相当額の2億3760万円の保険金の支払請求をした。これに対して被告は、同年6月2日、貸付金が直接住宅の建設等のために使用されておらず、これが約款3条1号(注・原文では「第3条第一項」と誤記されている。)に抵触するとして、約款11条に基づき保険金の不払決定をした旨を原告に通知した。

その後、本件貸付金の回収を進めた原告は、合計1億9719万1708円を回収し、現時点の回収未済額は7780万8292円となっている。(甲6~9(枝番全部),弁論の全趣旨,争いのない事実)

2  争点

(原告の主張)

(1) 保険金請求権の有無(主位的請求)

ア 主位的主張(免責事由の不存在)

本件保険契約の締結当時、被告e支店においては、代表者貸付けが保険の対象になり得るとの解釈を採っており、そのようなものとして本件保険契約は締結されたものであるから、本件貸付けについて保険関係が成立していることは明らかである。

そこで、代表者貸付けに当たる場合が約款の解釈上免責事由に該当するか否かが問題となるが、約款は、3条1号で保険関係の成立要件として、「イ 住宅の新築、ト 住宅の建築に必要な土地の取得」と規定しているのみであり、約款上、借入者が「直接」住宅の建設等に使用するものであることに限定すべき根拠はない。

仮に、借入者が「直接」住宅の建設等に使用するものでなければならないとの解釈が成り立つとしても、借入者と住宅の建設等をした法人とが実質的に同一人格と認められるような場合には、借入者が借入金を「直接」住宅の建設等に使用したものと解釈することが可能である。旭ホームの実体は、Aの個人経営に係る個人企業と異なるところはなく、実質的にはAと旭ホームは一体であって、同一人格と評価すべきものであるから、本件の場合、借入者が借入金を「直接」住宅の建設等に使用した場合に当たる。

したがって、本件は、借入者が借入金を直接住宅の建設等に使用した場合に当たるから、約款の免責事由には該当しない。

イ 予備的主張1(特約)

仮に、上記のような解釈を採り得ないとしても、当時、被告e支店においては、代表者貸付けが保険の対象になり得るものと解釈して取り扱っており、原告もそのような解釈で本件保険契約を締結したものであるから、代表者貸付けに当たる本件貸付けについても保険の対象とする旨の特約が成立していたといえる。

ウ 予備的主張2(追認)

仮に、上記特約が有効に成立していないとしても、平成11年9月14日、被告e支店の職員が原告の職員に対して平成10年までに付保した代表者貸付けに係る案件については付保の対象になるとの回答をしており、上記特約の効力を追認している。

(2) 使用者責任の有無(予備的請求)

仮に、上記主張が認められないとしても、原告と被告e支店とは、代表者貸付けに当たる本件について、住宅融資保険の対象になるものとして契約したものであり、このことによって原告は、貸付金の返済を受けられない場合には、当然に回収未済額の90パーセント相当額の保険金の支払を受けられるものと考えていた。しかしながら、同支店職員の約款解釈の誤りによって、本件が免責事由に該当するものとして保険金の支払を受けることができず、このため、原告は、保険金の支払を受けられるとする期待権を侵害され、本来なら受け取ることができた保険金額相当の7002万7462円の損害を受けた。被告には、同支店職員の使用者として、原告が受けた損害を賠償すべき責任がある。

(被告の主張)

(1) 保険金請求権の有無について

ア 原告の主張(1)アについて

約款3条1号により、住宅融資保険の対象となる貸付けは、住宅の新築及びその敷地の取得を直接の目的とするものに限定されている。本件においては、Aが借入者であるにもかかわらず、土地売買契約及び工事請負契約における契約当事者は旭ホームであり、貸付金が直接住宅の建設等に使用されているとはいえないから、Aに対する本件貸付けは、約款3条1号の要件を充足しておらず、保険の対象とならない。

また、原告の主張する程度の事実関係では、法人格の否認は認められず、A個人と旭ホームとは別人格というべきである。

イ 同イについて

被告e支店において代表者貸付けが保険の対象になり得るものと解釈して取り扱っていたという事実はない。

ウ 同ウについて

被告e支店の職員が原告の職員に対して平成10年までに付保した代表者貸付けに係る案件が付保の対象になるとの回答をした事実はない。

(2) 使用者責任の有無について

原告の主張のうち「原告と被告e支店とは、代表者貸付けに当たる本件について、住宅融資保険の対象になるものとして契約した」との点は否認する。

第3争点に対する判断

1  保険金請求権の有無について

(1)  はじめに

当事者双方の主張は必ずしも明確ではないが、善解すれば、保険金請求権の有無に関する主要な争点は、①本件貸付けに係る保険関係の成立の有無(主位的請求原因)、②本件貸付けに係る保険関係についての免責事由の有無(抗弁)、③本件貸付けについて保険の対象とする旨の特約の成立の有無(予備的請求原因1)、④本件貸付けについて保険の対象とする旨の追認の有無(予備的請求原因2)と考えられるから、以下、順に検討する。

(2)  本件貸付けに係る保険関係の成立の有無について

ア 法4条1号が規定する保険関係の成立要件について

前記のとおり、約款は、法の規定に基づき、保険契約の締結手続や契約内容の重要な事項についてその細則を定めたものであり、法の規定と矛盾なく解釈すべきものである。本件においてその解釈が争われている約款3条1号は、その内容にかんがみれば、法4条1号の規定を具体化したものであることが明らかであるから、法4条1号の規定について、まず検討する。

法は、住宅の建設等に必要な資金の融通を円滑にし、住宅の建設を促進することをその目的とすることから、法4条1号により、保険の対象となる貸付けを住宅の建設等のための貸付けに限定しているが、この要件は、貸付けの実行の際に、当該貸付金の使途が住宅の建設等とされていることを要するとするものであって、当該貸付金が実際に住宅の建設等に使用されたことまでをも必要とするものではない。融資された貸付金の全部又は一部が結果的に住宅の建設等に使用されなかった場合には、金融機関の役職員に故意又は重過失があった場合に限り、免責事由に該当し、保険金の支払の拒否等ができるとされているのみである(約款11条3号)。免責事由がこのように限定されているのは、貸付金が結果的に住宅の建設等のために使用されなかった場合をすべて免責事由に当たるとすると、金融機関は貸付けの実行後も貸付金の使途の監視に多大な労力と費用を要することになり、法の所期する目的を果たし得なくなるためであるとされる(乙4・52頁参照)。このように、貸付けの実行後にその実際の使途を把握することが困難であり、貸付金の実際の使途は原則として保険金支払義務の有無に影響を及ぼさないとされていることから、その反面、貸付けの実行の際には、その貸付けが真に住宅の建設等を目的とするものであることを十分に調査して、これを確認することが金融機関に期待されているというべきである。ところで、このような調査の実施に際しては、借入者自身が住宅の建設等を行う場合には、貸付けの目的の調査が比較的容易といえるが、住宅建設等を行う者に資金を融通するために貸付けを受ける場合には、当該貸付けが果たして真に住宅建設等を目的とするものか否かを確認することが難しく、ことに、数段階にわたって融通が行われるような事例では、その確認は極めて困難と考えられ、貸付金が住宅建設等以外に流用されるおそれが高いといえる。

このように、他に流用されるおそれが高い貸付けについてまでも住宅融資保険の対象とすることは、住宅融資保険制度の設けられた趣旨に照らし、妥当とは言い難いから、法4条1号が規定する貸付けとは、貸付けを受けた者自身が住宅の建設等をするための貸付けに限定され、住宅建設等を行う者に資金を融通するための貸付けはこれに当たらないと解するのが相当である。

さらに、このように解した場合であっても、本件のような代表者貸付けに当たる事案については、例外的に法4条1号の要件を満たすものとみる余地がないかどうかが問題となるが、一定の場合に限ってそのような例外的な取扱を認めると、結局のところ個々の案件について具体的事情を精査することが必要となり、大量かつ画一的に処理すべき保険業務の運営に大きな影響を及ぼしかねないから、貸付けを受けた者自身の住宅の建設等を目的としない貸付けについては、一律に法4条1号の要件を満たさないものと解するのが妥当である。

イ 約款3条1号が規定する保険関係の成立要件について

以上のとおり、法4条1号が規定する貸付けとは、貸付けを受けた者自身が住宅の建設等をするための貸付けに限られると解されるから、約款3条1号の規定する要件についても、同様に貸付けを受けた者自身の住宅の新築等を目的とするものであることを要し、本件のような代表者貸付けに当たる事案は、この要件を満たさないものと解するべきである。

ウ 法4条1号及び約款3条1号が規定する保険関係の成立要件を満たさない貸付けに係る保険関係の成立の有無について

法4条及び約款3条は、いずれも住宅融資保険の保険関係の成立要件を定めた規定であり、これらの要件を備えていない貸付けについては、当初より保険関係が成立しないと考えられなくもない。本件訴訟における被告の主張もそのようなものと思われる。一般に、法律や契約等の規定により一定の法律関係の成立要件が定められている場合には、当該要件が充足されて初めて法律関係が有効に成立するのであって、当該要件を欠いているときには、法律関係は当初から成立していないとするのが通常である。

しかしながら、住宅融資保険の保険関係については、法制定当時の法案及び約款の立案担当者は、貸付けの実行当初から保険関係の成立要件を備えていない場合であっても、貸付実行通知書に所定の要件を備えているものとして記載されている限り、当該貸付けについて保険関係は有効に成立するものと解しており、その理由として、保険関係の成立を金融機関の貸付実行通知書による一方的な通知行為に係らせている以上、貸付実行通知書の記載が所定の要件を備えたものとなっているならば、これによって保険関係が成立するものとせざるを得ず、このような場合にはその後貸付けが所定の要件を備えていないものであることが判明したときには、免責等に関する条項を適用して解決することができるから、保険関係を成立させても支障がないからであるとしている(乙4・30頁参照)。

これは、すなわち、住宅融資保険においては、あらかじめ定められた保険価額の総額の範囲内において、金融機関の一方的な通知により自動的に個別の保険関係が成立する仕組みが採られており、個別の貸付けについて保険関係の成立要件の具備を被告が事前に審査しないため、当該要件を具備しない貸付けをあらかじめ保険の対象から排除することが困難であること、仮にそのような貸付けについて保険関係を不成立あるいは無効とした場合には、有効に成立している保険関係のみについて保険価額の総額の算出や保険料額の算定などを再度行うことが必要となり、保険契約当事者間の法律関係の複雑化と手続の混乱を招致しかねないことなどから、金融機関からの通知がされた貸付けについてはいったんすべて保険関係を成立させた上で、事案に応じて免責条項の適用により適切な解決を図ろうとするものと考えられ、合理的な考え方であるといえる。

さらに、前記のとおり、当初、被告は、約款11条に基づき保険金の不払決定をした旨を原告に通知しており、保険関係の不成立等を主張していないのであって、このことから、被告自身、保険関係の成立要件を備えていない貸付けであっても、貸付実行通知がされている以上保険関係が有効に成立しているとの見解を採っていたことがうかがわれる。

以上のような諸点を総合すれば、金融機関からの貸付実行通知がされた貸付けについては、法4条及び約款3条が規定する保険関係の成立要件の具備のいかんにかかわらず、すべて保険関係が有効に成立するものと解するのが相当であるから、本件貸付けについても、保険関係が有効に成立しているものと認められる。

(3)  本件貸付けに係る保険関係についての免責事由の有無について

ア 被告が主張する免責事由について

被告の主張は明確ではないが、上記のとおり、被告は約款11条に基づき保険金の不払決定をした旨を原告に通知しており、同条3号には、金融機関の役職員の故意又は重過失により貸付金が住宅の建設等のために使用されなかったときには、免責事由に該当する旨定められていることにかんがみれば、本件貸付けについても、同条3号の事由が存在するとして免責を主張しているものと解される。そこで、同条3号の免責事由の該当性について以下検討する。

イ 約款11条3号の該当性について

前記のとおり、原告は、本件貸付けが代表者貸付けの要件を満たすと判断して貸付けを実行したものであり、その貸付金はAの口座にいったん入金された後、旭ホームの口座に送金されるなどして、最後には旭ホームが建設する賃貸マンションの建設費等に充てられているから、このような事実関係によれば、本件は、形式的にみれば、金融機関である原告の役職員の「故意」により、貸付金の全部が住宅の建設等のために使用されなかった場合に当たるといえ、約款11条3号に該当するといえる。

ウ 約款11条柱書きの該当性について

ところで、約款11条の規定は、同条各号に該当する場合には当然に保険金の支払拒否等ができるとするものではなく、被告が相当と認めたときに限り、保険金の全部又は一部の支払拒否等ができるとするものである(同条柱書き)。そして、この「相当と認めたとき」の解釈に関して、約款等の立案担当者は、「保険金を不払にし又は返還させることが至当であると判定される程度の重大な場合に限定する趣旨である。免責は、引き受けた責任を一方的に免れるものであるから、特に運用の慎重を期すべきであることはいうまでもないことである」としており(乙4・53頁参照)、このような約款の制定の趣旨を踏まえれば、本件貸付けについて保険金の支払拒否が認められるためには、それが相当といえる程度の帰責性が原告に存在することを要するものと解される。

そこで、この点についてみれば、①前述のとおり、法4条1号及び約款3条1号の規定上は、保険の対象が貸付けを受けた者自身の住宅の建設等のための貸付けに限られることが必ずしも明確でないこと、②本件貸付けが行われた当時の原告及びグリーン農協の職員は、代表者貸付けが保険の対象になると考えていたこと(証人C、弁論の全趣旨)、③被告作成のハンドブックにおいても、平成10年度版までは、保険の対象が貸付けを受けた者自身の住宅の建設等のための貸付けに限定されるとの記載がないこと(甲22の1~22の3)、④平成6年ころ、原告側から被告e支店側に対して代表者貸付けが保険の対象になるのかを確認した際には、特段の問題はないとの回答がされていたこと(証人C)、⑤平成12年ころにあっても、代表者貸付けが保険の対象にならないことを被告e支店の担当者は十分に認識しておらず、約款3条1号等の解釈については、被告側でも周知徹底されていなかったこと(甲24の1、25、26の1、26の2、証人C、証人B、証人D、証人E)、⑥前記のとおり、農業協同組合等では、組合員以外の者に対する融資が制限されているため、本件のような事案においては、代表者貸付けの方法によらざるを得ず、また、そのような融資方法について監督官庁等も認めていたこと、⑦前記のとおり、本件貸付けは、代表者貸付けの要件を満たしており、最終的に貸付金は賃貸マンションの用地取得及び建築工事資金に充てられていたことなどの諸々の事情が存在し、これらの諸点を総合すれば、本件貸付けにおいては、保険金の支払の拒否が相当といえる程度の帰責性は原告に存在しないと認めるのが相当である。

エ 免責事由に関するまとめ

このように、本件貸付けに係る保険関係については、約款11条所定の免責事由が存在しないというべきであるから、被告は保険金の支払を拒むことができない。

2  まとめ

以上によれば、その余の争点について検討するまでもなく、原告には保険金請求権がある。

第4結論

よって、原告の主位的請求は理由があるから認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 市原義孝)

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