鹿児島地方裁判所 平成13年(ワ)505号 判決 2003年11月19日
宮崎県<以下省略>
原告
X
同訴訟代理人弁護士
久留達夫
福岡市<以下省略>
被告
コスモフューチャーズ株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
山口定男
主文
1 被告は原告に対し,1807万9575円及びこれに対する平成5年5月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告,その1を被告の各負担とする。
4 この判決は第1項に限り仮に執行することができる。
但し,被告が1800万円の担保を供するときは,この仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第1請求
被告は原告に対し,3012万9292円及びこれに対する平成5年5月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告を通じて商品先物取引を行なった原告が,被告従業員の不法行為により損害を受けたと主張して,被告に対し,損害賠償を請求した事案である。
1 争いがない事実及び証拠(甲1,2,乙1ないし5,7の(1)(2),8ないし10,11の(1)ないし(18),12,13の(1)ないし(3),14の(1)ないし(15),17,18,19の(1)(2),証人B,同C,同D,原告)により認められる事実
(1) 原告(昭和21年○月○日生。学歴はa高等学校,b短期大学卒業)は,c信用金庫の職員であり,平成3年4月当時,同金庫d支店(以下「d支店」という)の支店長の職にあった(争いがない)。
(2) 被告は商品取引所上場商品の売買取引受託業務等を行う商人であり,被告鹿児島支店には,副支店長のC(以下「C」という),営業一課長のD(以下「D」という),E(以下「E」という)などの従業員がいた(争いがない)。
(3) B(以下「B」という)は平成3年3月に被告鹿児島支店に入社し,Dの部下となった(退社は同年5月)。
Bは上司のDから指示され,宮崎県の電話帳を調べて同県内の金融機関や会社に次々と電話をかけ,面会の約束を取り付けようとした。
同年4月9日ころ,Bはd支店に電話し,応対に出た支店長の原告に対してDと名乗ったうえ,話をして面会の約束を取り付けた。
同月12日ころ,DはB(ただし,Eの名刺を持参した)を伴ってd支店を訪れ,商品先物取引の経験がなく,システムについて知識を持たなかった原告に図表などを示して説明したうえ,大阪繊維取引所40単綿糸(以下「大阪綿糸」という)の先物取引を勧誘した。
翌13日ころ,原告はDから自宅に電話を受けた際,100万円の資金で1か月間だけということで,試験的に取引を行なうことを承諾した。
(4) 被告の受託業務管理規則(乙19の(1)(2)。以下「被告管理規則」という)2条1項6号本文は信用金庫等の金融機関の公金出納責任者に対する商品先物取引の勧誘及び受託を行なわない旨を定めているが,同但書は顧客本人から取引を行ないたい旨の理由を明記した申出書の提出があり,被告の総括責任者が正当な理由があると認めた場合を除外している。
(5) 平成3年4月15日,原告は証拠金100万円を被告に送金した。この日,大阪綿糸20枚の買建玉がなされた(争いがない)。
同日,原告はCから商品先物取引委託のガイド(乙17)及び受託契約準側(乙18)を受領した。
同日付で,原告は,先物取引の危険性を了知したうえで取引を行なう旨の記載がある約諾書(乙1)に署名押印し,かつ,金融機関に勤務しているが,自己責任により取引を行ないたい旨の同日付申出書(乙3)を手書きで作成して被告に差し入れた。
(6) 被告管理規則6条3号は新規委託者の保護育成について定め,これに基づき,被告は「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係わる取扱要領」を定め,外務員の判断で受託できる枠を20枚とし,これを超える建玉の要請があったときは,管理担当班の責任者が適否を審査し,妥当と認められる範囲で受託するものとする旨定めている(乙19の(2))ところ,Cは原告の取引の範囲を750万円,玉数150枚に拡大したい旨の平成3年4月15日付建玉超過申請書(乙9)を被告の総括責任者宛てに提出した。
同年4月16日,原告はCから電話であと100万円の買い増しの勧誘を受け,原告はカードローンで100万円を借り受け,これを被告に送金した。このとき,大阪綿糸20枚の買建玉がなされた(争いがない)。
同日付で,原告は建玉枚数制限枠を超える取扱を受けたい旨の建玉超過申請書(乙8)を作成して被告に差し入れた。
(7) 平成3年4月18日ころ,原告はCから電話を受け,大阪綿糸計40枚の買建玉に利益が出ているとして仕切を勧められ,これを承諾したが,さらに100万円の買い増しを勧誘され,100万円をカードローンで借り入れてこれを被告に送金した。このとき,従前の預かり金200万円及び新たに送金された100万円が証拠金に充てられ,新たに大阪綿糸35枚及び30枚の買建玉がなされた(争いがない)。
(8) 平成3年5月8日ころ,Cから電話を受けた原告は大阪綿糸35枚の買建玉の仕切を承諾した(後日,原告に対し計算書が送付されたが,建玉の仕切による利益は出ていたものの,手数料を控除すると13万9838円のマイナスとなっていた)。
この日,原告はCから大阪穀物取引所小豆(以下「大阪小豆」という)の取引を勧誘され,今までの取引で利益が出ているものと考えていたため,これを承諾した。このとき,大阪小豆27枚の買建玉がなされた。
同月16日,大阪綿糸20枚の買建玉がなされた。
同月21日,原告は100万円を被告に送金した。
同月27日,上記大阪小豆27枚の買建玉が仕切られ,64万8000円の売買益となった。同日,大阪綿糸42枚の買建玉がなされた。
同月29日,大阪綿糸30枚及び42枚が仕切られ,いずれも利益となったが,手数料を差し引くとマイナスになっていた。この日,Cから電話を受けた原告は,さらに小豆の買建玉を立てることを承諾した。このとき,大阪小豆65枚の買建玉がなされた。
(9) 平成3年5月31日,原告はCから電話を受け,相場がストップ安となったためとして,大阪綿糸を損切りし,大阪小豆の売建玉をすることを勧められた。このとき,大阪綿糸20枚の建玉が仕切られ,大阪綿糸の取引はこれですべて終了した。前後12回の建玉(計167枚)と仕切によるトータルの売買損益は手数料込みで41万5921円のマイナスであり,一方,被告が得た手数料累計額は142万2840円であった。
同日,大阪小豆45枚の売建玉がなされ,大阪小豆についてはこの売建玉45枚と前記の買建玉65枚の両建の状態となった。
同年6月3日ころ,相場のストップ安という連絡に不安をおぼえていた原告はCに電話し,取引の終了を申し出た。この時点での大阪小豆の取引損益は手数料を控除しても40万3666円のプラスとなっていた。しかし,この日に前記の買建玉65枚のうち3枚が仕切られたが,いずれもマイナスとなっていた。
同日,大阪小豆16枚の売建玉がなされた。
同月4日,Cは原告を来訪し,約300万円が必要である旨を告げた。
同月5日,大阪小豆の前記売建玉45枚が仕切られ,売買益は84万4831円に拡大した。同日,大阪小豆52枚の売建玉がなされた。
翌6日,大阪小豆の16枚及び52枚の売建玉が仕切られ,取引損益は手数料を控除しても197万3499円のプラスとなった。この日,大阪小豆86枚の売建玉がなされた。
同月7日ころ,原告は定期預金を解約し,被告に296万円を送金した。
同月11日,大阪小豆86枚の売建玉が仕切られ,売買益はさらに拡大した。この日,大阪小豆96枚の売建玉がなされた。
同月12日,大阪小豆計108枚の売建玉がなされた。
同月14日,Cは原告の取引の範囲を2500万円,玉数500枚に拡大したい旨の建玉超過申請書(乙10)を被告の総括責任者宛てに提出した。
同月21日,原告はCから電話を受け,相場が上がってきたため,買建玉で損の拡大を防ぐ必要がある旨を告げられた。原告は「手数料稼ぎをしているのではないか」とCをなじったが,結局,被告に120万円を送金した。この日,大阪小豆100枚の買建玉がなされた。しかし,この時点では,小出しに仕切られていた前記65枚の買建玉残りの売買損益は依然としてマイナスであり,他方,売建玉の仕切による売買損益はプラスで,トータルの損益は424万円を超えていた。
原告は同月24日ころに120万円,同年7月4日ころに480万円を被告に送金した。
(10) 平成3年7月26日,大阪小豆の売建玉24枚が仕切られ(売買損益はプラス),一方,24枚の買建玉がなされた。
同年8月8日,上記大阪小豆24枚の買建玉が仕切られ(売買損益はプラス),同時に前記65枚の買建玉残りの10枚も仕切られた(売買損益はマイナス)。この日,大阪小豆30枚の売建玉がなされた。
同月9日,大阪小豆売建玉計50枚が仕切られ,トータルの損益は手数料を控除しても447万円を超えるプラスとなった。この日,大阪小豆55枚の買建玉がなされた。
同月14日,大阪小豆売建玉20枚が仕切られ(売買損益は小幅なプラス),買建玉55枚が仕切られた(売買損益は大幅なマイナス)。この日,新たに大阪小豆56枚の売建玉がなされた。
同月27日,大阪小豆の買建玉10枚(売買損益はマイナス)及び売建玉40枚(売買損益はプラス)が仕切られた。この時点でのトータルの損益は手数料を控除してもまだ325万円を超えるプラスであった。
同日,新たに関門商品取引所小豆(以下「関門小豆」という)50枚の買建玉がなされ,同月29日,関門小豆につき今度は50枚の売建玉がなされた。
(11) 平成3年9月4日,原告はCから追証が必要になった旨の連絡を受け,同月5日に300万円,同月11日に132万円を被告に送金した。
この間も,大阪小豆の各建玉の仕切と新たな売建玉が繰り返された。同月6日の時点で,大阪小豆の売買損益は236万円を超えるマイナスになっていた。
(12) 平成3年10月1日ころ,原告はCから電話を受け,相場がストップ安となって追証が必要となった,建玉の値洗いで約800万円の損になっており,損切りして仕切っても120万円が必要である旨を告げられた。これに怒った原告は,この始末をどうつけるのか,どう責任を取るのか,被告は手数料稼ぎをしているのではないか,録音テープをマスコミに公表するなどと述べたが,結局,同月2日ころ,知人から120万円を借用し,被告に送金した。
同月中旬ころ,原告はCから60万円が必要である旨を告げられ,同月21日,60万円を被告に送金した。
同年9月25日から同年10月30日までの間に,大阪小豆の仕切,新たな買建玉,売建玉が繰り返され,売買損益はおよそ900万円のマイナスとなった。また,関門小豆の仕切は2回,新たな買建玉が2回行なわれたが,売買損益はマイナスであった。
同年11月21日,大阪小豆につき各65枚の買いと売りの両建玉がなされ,同月末の時点における大阪小豆の売買損益は1052万円を超えるマイナスであった。この後も大阪小豆の取引は継続された。
関門小豆につき,同年11月21日にそれまでの建玉がすべて仕切られるまで,仕切と両建が繰り返され,この時点におけるトータルの売買損益は203万円を超えるマイナスであった。この後,関門小豆の取引は約1年間行なわれなかった。
(13) 平成4年5月14日,原告は被告から18万0414円と298万5200円の合計316万5614円の送金を受けた。
(14) 平成4年10月上旬ころ,当時,c信用金庫eの店長となっていた原告は被告の本店従業員と名乗る者から電話を受け,以後は被告本店の従業員が原告の取引を担当する旨を告げられた。
原告は,同月14日に80万円,同月27日ころに140万円,同月28日ころに210万円,同月29日に140万円,同年11月6日ころに280万円,同月13日に94万円を被告に送金した(合計944万円)。
(15) 平成4年11月9日までの間,大阪小豆について,仕切と両建が反復され,同日の最後の仕切ですべての取引が終了した。約1年6か月間で131回に及ぶ大阪小豆の建玉と仕切によるトータルの売買損益は1616万5739円のマイナスであり,被告が得た手数料累計額は1035万0600円であった。
(16) 関門小豆について,平成4年10月27日に20枚の売建玉がなされたのを皮切りに取引が再開され,以後多数回にわたって売りと買いの建玉及び仕切が繰り返されるようになった。
翌平成5年5月6日に関門小豆の最後の建玉が仕切られた時点で,約1年8か月間(うち約1年間は中断)で172回に及ぶ建玉と仕切による売買損益は1127万7502円のマイナスとなり,一方,被告が得た手数料累計額は441万1800円であった。
なお,平成3年4月15日の取引開始から最終的に終了した平成5年5月6日までの約2年間における建玉と仕切の回数は計315回,売買損益は2785万9162円のマイナス,被告の手数料累計額は1618万5240円であった。
(17) 平成5年5月18日,原告は被告から65万5094円の送金を受けた。原告の支払額は合計3122万円,受領額は合計382万0708円であり,差引2739万9292円が損金となった。
(18) 平成10年7月31日,原告はc信用金庫を退職した。
(19) 平成12年5月10日,原告はBから電話を受けた。
Bは,平成3年3月に被告鹿児島支店の従業員となって営業に従事するうち,被告の業務が詐欺まがいの代物であるという危惧を抱くに至り,2か月余りで被告を退職していたが,在職中に初めて担当した顧客である原告が大きな損失を出していたことを知り,自責の気持から原告のために何かできないかと考えて連絡を取ったものであった。Bは原告に対し,最初にDの名前で原告に電話し,Eの名刺を持って原告と面会したこと,原告と面談した際,Dは絶対儲かる旨を強調していたが,帰りにBが質問したところ,儲かるかどうか分からない旨を述べたことなどを告げた。
その後,原告は原告代理人弁護士に相談し,平成13年6月26日,本件訴訟を提起した。
2 主張
原告(請求原因)
(1) 被告従業員の不法行為
ア 勧誘の際の違法
信用金庫の支店長の職にあった原告に対する電話による無差別勧誘は受託業務に関する協定,被告の受託業務管理規則に違反する。
イ 説明義務違反
被告従業員は,原告に商品先物取引を勧誘するにあたり,商品先物取引が投機的な危険性の高い取引であることを十分説明することなく,原告を勧誘した。
ウ 断定的利益判断の提供
Dは原告に対し,「異常気象で作物が不作となり,数年に一度あるかないかの商品取引に絶好の時期となった。絶対儲かります。損はさせません」(平成3年4月9日),「異常気象でまだまだ上がる」(同月16日及び18日),「私を信用してください。責任を持ちます。上がるのは確実です」(同年5月29日)などと,利益を生ずることが確実であると誤解されるような断定的判断を提供して委託を勧誘した。
エ 新規委託者の保護規定の無視
被告は,自ら定めた新規委託者保護規定を遵守せず,原告が取引を開始した平成3年4月15日から3か月経過前の同年5月27日までに制限枠20枚をはるかに超える合計92枚もの取引をさせた。
オ 両建
被告従業員は原告に対し,平成3年5月29日ころから同年6月3日ころにかけて,それまで原告が買建玉をしていた大阪小豆につき,相場がストップ安になったので損失を食い止めるため今度は売建玉をするよう申し向け,その意味を理解できない原告に両建(既存玉に対応する同一商品の反対の売買玉を新たに建てること)を勧め,両建が,買建玉・売建玉の仕切を失敗するとさらに大きな損害を生じるおそれがあり,買建玉・売建玉の双方で利益を上げていくことは困難であるにもかかわらず,両建が損害を防止する安全な対策であるかのように告げて取引を続けさせた。
カ 無意味な反復売買
被告従業員は,手数料を稼ぐための手段として,平成3年4月15日から平成4年11月9日までの間,大阪綿糸,大阪小豆及び関門小豆につき,買建玉計55回,売建玉55回,仕切201回にわたり,原告に無意味な反復売買を行なわせた。
キ 一任売買・無断売買
被告従業員は,顧客の指示を受けないでその委託を受け,またはその委託の取次を引き受けることを禁じている商品取引所法136条の18第3号に違反し,原告が具体的に商品の種類,限月,枚数を定めて建玉や仕切の具体的注文を出さなかったのに,無断で売買及び仕切を繰り返した。
ク 仕切指示の無視
平成3年6月3日ころから17日ころにかけて,原告は被告従業員に対し全ての取引を止めたい旨申し出たが,被告従業員は解約はできないとして,仕切の指示を拒否した。
(2) 原告は,Bから被告の実情を知らされた平成12年5月10日ころ,初めて本件取引の違法性及び被告従業員の行為が不法行為に該当することを知った。
(3) 原告の損害
ア 本件取引において,原告は被告に対し,委託証拠金合計3122万円を支払い,合計382万0708円を受領したから,損害額は差引2739万9292円である。
イ 原告の弁護士費用のうち273万円は被告の違法取引により生じた損害に当たる。
ウ 損害合計 3012万9292円
被告
(1) 被告従業員に違法な行為があった旨の主張は否認する。
ア 管理規則2条は「本人から取引を行いたい旨の理由を明記した申出書の提出があり,総括責任者が正当な理由があると認めた場合」を除外しており,原告はその旨の申出書(乙3)を提出した。
イ 被告従業員Dは,原告から商品取引の話を聞きたい旨の申し出を受け,平成3年4月12日に原告を訪問して仕組みを十分に説明し,また,取引をしたい旨の原告の申出があったため,同月15日,原告に約諾書(乙1),通知書(乙2)及び前記申出書(乙3)を作成してもらい,取引を開始したものである。
ウ 被告従業員は断定的判断の提供はしていない。
エ 原告は,同年4月16日付で,建玉枚数制限枠を超える取扱を受けたい旨の建玉超過申請書(乙8)を作成して被告に差し入れた。
オ 両建という取引方法の勧誘それ自体は何ら違法な行為ではなく,原告は被告従業員の説明及び説明書の記載により両建の意味及び仕組は十分理解していた。
カ 本件取引はすべて原告の指示,承認のもとに行われた。被告は原告に対し,取引のつど,約定値段,限月,枚数などを報告し,原告は被告が送付した残高通知に対し,内容を確認したうえ,間違いがない旨の回答書を返送していたものであり,被告従業員は原告からの仕切のの申出を拒否したことも,解約できないなどと述べたことはない。
(2) 原告の不法行為に基づく損害賠償請求権は,本件取引が終了した平成5年5月から3年が経過したことにより,時効消滅した。
(3) 仮に被告は賠償責任を負うとしても,原告にも過失があり,その割合は9割と見るべきである。
第3判断
1 不法行為の成否について
(1) 勧誘行為の違法性について
ア 原告の適格性の有無
被告管理規則2条1項6号本文は金融機関の公金出納責任者に対する商品先物取引の勧誘及び受託を行なわない旨を定めており,これは商品先物取引が高度の危険性を伴う投機取引であり,取引により損失をこうむった顧客が穴埋めなどのために公金に手をつけ,被害が広範囲に及ぶおそれがあることから,所轄省庁の行政指導により定められた商品取引受託業者の自主規制の一環であるが,自主規制とはいえ,前記の社会的危険の防止という要請に基づくことに鑑み,業者がこれに反する勧誘行為をした場合には法的な違法性を帯びるというべきである。この制限につき,被告管理規則には顧客本人から取引を行ないたい旨の理由を明記した申出書の提出があり,被告の総括責任者が正当な理由があると認めた場合を除外する規定が置かれているが,顧客本人の申告のみに基づいてこの除外規定を適用することはできず,顧客が十分な資産を有しており,取引において損失をこうむっても公金に手をつけるおそれがないことが,個別的な実情調査と客観的な資料に基づき,高度の蓋然性をもって推定できる場合に限り,勧誘行為の違法性が阻却されると解するべきである。
本件の場合,被告鹿児島支店の従業員は,電話帳で調べて無差別に●●●金融機関に電話をかけ,面会のアポイントを取るという方法で信用金庫支店長の原告と接触し,勧誘したものであり,前記の除外規定に定める申出書を原告から徴したうえ,被告統括管理者が正当な理由があると判定した形を一応整えてはいるが,被告において原告の資産について調査し,客観的資料を収集したうえで検討した形跡は皆無であり,除外事由があるとする判定は有名無実と認められ,不適格者に対する勧誘の点における違法評価を免れることはできない。
イ 説明義務違反の有無
被告管理規則4条は,勧誘の際は,商品先物取引の仕組,商品先物取引の本質的な危険性の開示を行ない,顧客の判断と責任において取引を行うことについて自覚を促したうえで参加を求める旨を定めている。
前認定のとおり,原告は,平成3年4月15日の最初の取引の際に,被告従業員から商品先物取引委託のガイド及び受託契約準側を受領したうえ,約諾書を作成して被告従業員に交付したものであり,これらの書類等には,商品先物取引の仕組,商品先物取引の本質的な危険性,顧客の判断と責任において取引を行うべきこと,原告はこれらを十分理解して被告に取引を委託する旨が記載されている。
上記の説明文書は,商品先物取引の仕組みや危険性についての最小限度の説明にとどまり,これを読んだだけで商品先物取引の性質,実態をあまねく理解できるというものではなく,しかも,取引開始の当日に上記の説明文書を交付された原告がその内容を理解したうえで取引に入ることを決定したとは考えられないから,これらの説明文書及び承認文書は形を整えるためだけに授受された疑いがある。しかし,原告がこれらの記載内容を読んでも理解する能力がなかったことをうかがわせる証拠はなく,実際に熟読し,理解するのは原告の責任であり,理解していないのに取引を委託したとすれば,これは原告の落ち度というほかないから,被告従業員に説明義務違反があった旨の原告の主張は採用できない。
ウ 断定的利益判断提供の有無
商品取引所法第136条の18第1号は,顧客に対し,利益を生ずることが確実であると誤解されるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘することを禁止しているところ,原告の供述(甲1の陳述書の記載を含む)及び証人Bの証言中には,最初に原告の勧誘にあたったDは,相場の動きについて説明したうえ,確実に利益を上げることができるかのような趣旨の発言をした旨の部分があり,証人Dはこれを否定するけれども,確実に利益が上がることを印象づけなければ,初めての顧客に取引を決意させることは困難と考えられることに照らし,このような発言があったであろうことは容易に推認できる。
このような発言を原告が鵜呑みにしたかどうかはともかく,客観的には上記法令に違反する勧誘行為があったと認められる。
(2) 取引過程における違法行為
ア 新規委託者の保護規定違反
前記のとおり,被告は「商品先物取引の経験のない新たな委託者からの受託に係わる取扱要領」を定め,外務員の判断で受託できる枠を20枚とし,これを超える建玉の要請があったときは,管理担当班の責任者が適否を審査し,妥当と認められる範囲で受託するものとする旨定めているが,Cは,取引開始と同時に,原告の取引の範囲を建玉数にして一挙に150枚,受託総額を750万円に拡大したい旨の建玉超過申請書を被告の総括責任者宛てに提出し,さらに,僅か2か月後の同年6月14日には,2500万円,玉数500枚に拡大したい旨の建玉超過申請書を提出したものであり,これは上記の新規委託者保護育成の定めの趣旨にはなはだしく違反するというほかない。
原告は,同年4月16日付で,建玉枚数制限枠を超える取扱を受けたい旨の建玉超過申請書を作成して被告に差し入れているが,取引が開始し,新規の買建玉が存しただけで,まだ仕切により損益が確定したり,追証が必要となったりなど,取引の動態が目に見える状態に至っていないこの時期においては,原告がどのようにして損益が発生するのかさえ実感できていなかったことは明らかであり,原告はその趣旨を理解して上記の申請書を作成したのではなく,いわれるままに提出したにすぎないと認められるから,被告の上記違反が免責される根拠とはなり得ない。
イ 両建
平成3年5月31日,原告はCから,相場がストップ安となった旨の電話を受け,損失を最小限にとどめる手段として,大阪綿糸の損切り及び大阪小豆の売建玉(反対玉)を勧められ,同日,大阪小豆45枚の売建玉がなされたことにより,この売建玉45枚と同年5月29日の買建玉65枚の両建の状態となったことは前認定のとおりである。
被告は,このときに限らず,すべて原告の指示により建玉をした旨主張するが,被告従業員の現時の相場に関する説明とこれに基づく新たな建玉及び仕切の勧誘に,相場の動きを逐一フォローしていたのではない原告が被告従業員の言葉を信じてそのまま従っただけというのが実態であったと認められ,それまで順調に利益が上がっているものと考えていたのに,急転直下,損失が拡大しつつある旨の被告従業員の報告を受けた原告に冷静な選択が可能であったとは考えられず,損失を回復できるという形で被告従業員から両建の方法を説明されれば,原告がこれに飛びつくことは容易に読める筋道であり,一般に両建が顧客を操作誘導して深みにはまらせる業者の常套手段といっても過言ではないことに鑑みても,この両建が原告の自主的判断に基づくものであったとはとうてい考えられず,むしろ,取引から撤退させず,逆によりいっそう拡大させるために原告を巧みに誘導したものと認められ,委託を受けた被告の従業員としてはなはだしく信義誠実の原則に反する違法な行為といわざるを得ない。
ウ 一任売買等
前記のとおり,大阪綿糸,大阪小豆及び関門小豆の取引は,平成3年4月15日の開始から平成5年5月6日の終了までの間,建玉及び仕切の回数にして315回にも及んでおり,信用金庫支店長,次いでe店長として勤務していた原告が各商品の毎日の値動きを細かく監視しながら,将来の予測を立てたうえで,具体的に商品の種類,限月,枚数を定めて逐一取引の指示を出していたとはおよそ考えにくいことに照らし,これらの各取引は,被告従業員の申出に対して原告が承諾する形で行なわれ,または,このような申出もないまま取引が先行し,原告はただ事後的な報告に確認の返答をしていたにとどまるものと推認され,これに反する証人Cの証言は措信できず,むしろ,被告従業員は,取引の受託により原告の損益に関わりなく手数料を被告が取得できるシステムであることに照らし,手数料を被告に得させるため,原告が自身の判断により取引を行なう意思と能力を十分に有しないことを奇貨として,個別の指示を受けないまま短期間に多数の取引を反復したことが推認され,これを覆すに足りる証拠はない。このような被告従業員の行為は,商品市場における取引につき、数量、対価の額又は約定価格等その他の事項についての顧客の指示を受けないでその委託を受けることを禁止した商品取引所法136条の18第3号に違反する違法行為と認められる。
なお,原告は,平成3年6月3日ころから17日ころにかけて,仕切を指示したが,被告従業員は解約はできないとして,仕切の指示を拒否した旨主張するが,原告がその後の取引について異議を述べた形跡がないことに照らし,原告は被告従業員の説得に応じて仕切の指示を撤回したものと認められるから,仕切拒否の違法を認めることはできない。
(3) 以上のとおり,取引の勧誘及び受託の過程における被告従業員の行為は,単に取締規定である法令や被告管理規則に違反するというだけではなく,社会通念上,商品先物取引における外務員の外交活動一般に許された域を超えた違法な行為と認められ,したがって,被告は被告従業員らの使用者として原告に対する損害賠償責任を免れない。
2 消滅時効の主張について
(1) 原告は被告との取引委託契約関係が終了して約8年が経過した平成13年6月26日に本件訴訟を提起したものであるが,不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は被害者が加害者の違法な行為により損害を受けたことを知り,または通常人であれば知り得た状態になったときから進行を開始するのであり,違法な行為が外形上契約に基づく相手方の取引行為として行なわれたため,実際には相手方の行為が正常な取引行為ではなく,法令や社会規範に違反するなどの違法な行為であったことを被害者において気付かず,自分がこうむった損失が正常な取引の範囲内で行なわれた行為の結果であり,取引上の損失として甘受しなければならないものと考え,そのように考えたことについて特に落度がなかった場合は,消滅時効は被害者がこの事実を知り,または知り得たときから3年を経過しなければ完成しないと解される。
(2) 前記のとおり,原告は,平成12年5月10日ころにBから話を聞いて,初めて平成3年4月当時の被告鹿児島支店の従業員らによる勧誘の実態を知ったのであり,それまでは,こうむった損失が多額であったにもかかわらず,これを回復するための法的手段などについて検討した形跡がないことに照らし,自分の損失について損害賠償が請求できる可能性についての認識はなかったものと推認される。
取引の継続中に,原告が被告従業員に対して「手数料稼ぎをしているのか」「録音テープをマスコミに公表する」などと申し向けた事実はあるが,これらは被告従業員の見込み違いで損失をこうむったことについて苦情を申し述べたにすぎず,違法行為があったことを指摘して損害賠償を求める趣旨を述べたものとは認められないから,これらの言辞から原告が被告従業員の不法行為を認識し,または認識し得る状態にあったと認めることはできない。
(3) 以上のとおりであるから,原告の損害賠償請求権の消滅時効の起算点は平成12年5月10日ころと認められ,したがって,本件訴訟の提起前に消滅時効が完成していた旨の被告の主張は理由がない。
3 原告の損害及び過失相殺について
(1) 前記のとおり,原告が被告に預託した現金による委託証拠金の合計額は3122万円であり,被告から382万0708円の返還を受けたから,原告の損害額は差引2739万9292円と認められる。
(2) 原告が商品先物取引を開始した時点において,被告従業員に違法な勧誘,断定的判断の提供などの違法行為があったこと,取引継続中にも両建の勧誘,一任取引などの違法行為があったことは前述のとおりであり,前認定の取引経過に照らし,これらの被告従業員の行為は極めて悪質であったと認められ,被告は不法行為責任(使用者責任)を免れない。
他方,原告は,信用金庫支店長ないしe店長の要職にあり,これに応じた判断力,決断力を有していたと認められ,かつ,多額の資金を投入しようとしていたのであるから,取引の開始時及びその過程において,原告が被告から交付された説明文書を精読して理解を深める努力をし,自身で資料を取り寄せるなどして商品市場の動向に注意を払い,自主的な判断で取引を行ない得る余地はあったと認められるのに,先物取引の仕組みについて十分理解する努力をせず,被告従業員にいわれるままに漫然と取引を任せて撤退の機会を逸し,結果として多額の損害を生じたことに照らし,原告自身にも一端の責任があるといわざるを得ない。
前認定の諸事情を総合勘案すると,原告の損害のうち4割を減殺し,1643万9575円につき被告に賠償責任を負担させるのが相当と認められる。
(3) 原告が本件訴訟を原告訴訟代理人に委任して遂行せざるを得なかったことによる費用のうち164万円は被告従業員らの不法行為と相当因果関係がある損害と認められる。
(4) 以上合計1807万9575円の損害に対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の起算日は,原告の主張にしたがい,不法行為完了後の平成5年5月19日と認める。
4 よって,原告の本件請求は,不法行為による損害賠償として1807万9575円及びこれに対する平成5年5月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による金員の支払を求める限度で正当であるが,その余は理由がない。
(裁判官 池谷泉)