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鹿児島地方裁判所 平成13年(ワ)546号 判決 2003年7月16日

住所<省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

久留達夫

福岡市<以下省略>

被告

オリエント貿易株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

川副正敏

大神昌憲

主文

1  被告は原告に対し,937万6850円及びこれに対する平成13年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを2分し,その1を原告,その1を被告の各負担とする。

4  この判決は第1項に限り仮に執行することができる。

但し,被告が600万円の担保を供するときは,この仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第1請求

被告は原告に対し,1875万3700円及びこれに対する平成13年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,被告を通じて商品先物取引を行なった原告が,被告従業員の不法行為により損害を受けたと主張して,被告に対し,損害賠償を請求した事案である。

1  争いがない事実及び証拠(甲1ないし8,12,乙1ないし7,8の(1)ないし(12),9の(1)ないし(17),10の(1)ないし(6),11ないし16,17の(1)ないし(15),19ないし21,証人B,同C,原告本人)により認められる事実

(1)  原告(昭和10年○月○日生。学歴は通信制高等学校卒業)は,中古車販売を業とする有限会社aを経営していた(争いがない)。

同社は●●●内の原告自宅兼本店のほかに,●●●に「b支店」及び「c支店」の2支店を有し,平成13年当時の年商は約8000万円に達していたが,従業員は本店に原告の妻,●●●の2支店に各1名を擁するのみであり,原告は普段はc支店にいることが多かった。

原告は,複数の不動産を所有し,他人に賃貸して収入を得ており,少なくとも1000万円程度の預貯金を有していたが,老齢・厚生年金を受給しており,平成12年度の申告所得は約191万円であった。

(2)  被告は商品取引所上場商品の売買取引受託業務等を行う商人であり,B(以下「B」という),C(以下「C」という。)及びD(以下「D」という)はいずれも被告の従業員(外務員)であった(争いがない)。

(3)  平成12年11月ころ,Bは,他の外務員らを伴って,b支店を訪れ,かねてから被告を通じて商品先物取引を行なっていた同店の従業員Eに取引状況の説明や新たな商品取引の勧誘をした。

原告は,b支店を訪れた際に,Eから先物取引をしていることを聞くことがあり,もうかったという話であったので,先物取引に興味を抱くようになった。

(4)  平成12年11月17日ころ,原告は,Bら外務員から商品先物取引について話を聞き,パンフレット(乙20)に基づいて関門商品取引所のブロイラー取引の勧誘を受けた。

原告は,Eから聞いた話で,先物取引はもうかることもあれば損をすることもあるという知識を有していたが,ブロイラーは年末に向けて需要が増え,相場が上がってくるというBらの説明であったため,関門(関門商品取引所)ブロイラーの商品先物取引として10枚を購入(買建玉)することにした。

同日,Bらに対し,前記関門ブロイラーの買建玉の委託証拠金40万円を支払った(争いがない)。

このとき,原告はBらから,「商品先物取引委託のガイド」(乙1)及び「受託契約準側(約諾書)」(乙2)を受領し,Bから示された「先物取引口座設定申込書」(乙3),「取引確認書」(乙4),「約諾書」(乙5),「通知書」(乙6)及び「ビデオ放映確認書」(乙7)の所定欄に記入し,署名押印してBに交付した。

同月20日,原告は被告に対し,関門ブロイラー10枚の買建玉委託証拠金40万円を支払い,同月21日,同じく20枚の買建玉委託証拠金80万円を支払った(争いがない)。

同月28日,原告は被告から説明ビデオ(乙15,16)の交付を受けた。

同月29日,原告は関門ブロイラー20枚の買建玉委託証拠金80万円を被告に支払った(争いがない)。

そのころ,原告は被告から,売買報告書,売買計算書,残高照会通知書等の送付を受け,確認した旨の返信はがきを被告に送り返した。以後,原告は新たな取引のつど上記書類の送付を受けた。

(5)  平成12年12月18日,原告は,関門コーン10枚の買建玉委託証拠金40万円を被告に支払い,同月19日,限月を変えた同コーン各10枚の買建玉委託証拠金40万円及び70万円を被告に支払った(争いがない)。

同月20日,原告は東工(東京工業品取引所)灯油買建玉10枚分の委託証拠金90万円を被告に支払った(建玉は同月25日)(争いがない)。

この時点で原告が被告に預託した委託証拠金は合計480万円となった。

被告は,受託業務管理規則(乙13)により,新規委託者保護育成措置として,当初の3か月間を習熟期間とし,この期間内の投下資金の限度額を500万円と定めている。しかし,同規則は,また,委託者からこの限度額を超える取引の申出があったときは,被告の統括責任者において,担当外務員等の責任者らから状況の説明を受けたうえで,委託者に資金的余裕があり,取引の仕組み及び危険性についての理解が十分であると判断される場合は,投下資金の限度額を引き上げることができるとも定めている。

(6)  平成12年12月25日,原告は上記管理規則に定める500万円の限度額を超えて取引をする旨の申出書(乙14)を作成して被告に交付した。

同月26日,原告は東工灯油20枚の買建玉委託証拠金として157万5000円を被告に支払った(争いがない)。

これにより,原告が被告に入金していた委託証拠金は累計で637万5000円となった。

(7)  平成13年1月4日,原告の買建玉(関門ブロイラー10枚,同20枚,東工灯油10枚)が仕切られ,売買差益累計額は208万3700円となった。

同日,東工灯油20枚の新規買建玉がなされた(争いがない)。

同日,上記売買差益金のうち187万5000円が委託証拠金に振り替えられた。

同月5日,原告の買建玉(関門コーン10枚,同10枚及び同10枚)が仕切られ,差益累計額は577万9500円(同月4日に委託証拠金に振り替えられた金額を控除した額は390万4500円)となった。

同日,東工灯油10枚及び東京コーン78枚の新規買建玉がなされた(争いがない)。 同日,委託証拠金390万4500円が上記売買差益金の残金から振り替えられた。

(8)  平成13年1月9日,関門ブロイラーの買建玉(10枚及び20枚)が仕切られたが,それぞれ42万円,60万円の損失となった。

同日,新たに東工灯油30枚及び東京コーン75枚の各売建玉がなされ(これらの建玉は,限月を異にするが,同月5日の東工灯油及び東京コーンの買建玉に対する両建としてなされた),原告は委託証拠金151万0500円を被告に支払った(争いがない)。

同日,原告は,Cからの電話で,原告がこの時点で保持していた各建玉が値下がりし,追加の証拠金(追証)913万9500円が必要となった旨を告げられたため,来訪して説明するよう求めた。

同月10日,原告は来訪したCから説明を受け,取引を止める旨の意向を述べたが,Cの説得を受けて電話でDと話をした。

同月11日,原告は上記各建玉の追証として913万9500円を被告に支払った(争いがない)。

このときまでの新規建玉及び仕切の回数累計は22回であった。

(9)  平成13年1月15日から同年3月30日までの間,64回にわたり,建玉の仕切と新たな買い,売りの建玉が繰り返された(争いがない)。

取引回数の増加とともに,1日になされる取引の件数も増加し,多い日では1日に10件の小刻みな仕切と新建玉が行なわれた(2月20日)。

この間の同年2月20日,この時点における売買差益金49万5000円が新規建玉の委託証拠金に振り替えられ,同年3月5日,新規建玉の委託証拠金149万0080円が原告から被告に支払われた。

既存建玉の仕切による損益は2月26日に損失に転じ,以後,わずかな利益はあったが,損失は拡大する一方であった。

(10)  平成13年4月6日及び16日,原告の建玉は仕切られる一方となった。

同月18日ころ,原告はC及びDを呼びつけて問いただし,被告に支払った金員を全額返すよう求めた。

同年5月15日ころ,被告の取締役F及び監査部のGが原告を訪問し,原告に対し,被告が得た手数料の範囲内で解決したい旨の申出をしたが,原告は応じなかった。

(11)  平成13年5月22日付の内容証明郵便により,原告は被告に対し,取引をやめる旨通知した(争いがない)。

同月24日,原告の建玉はすべて仕切られ,1705万3700円の累計損失が確定した。同月30日,被告は原告から預託されていた累計1851万5080円の委託証拠金(現金預託分のみ)を損失に振り替え,残額146万1380円を原告に返還した(争いがない)。

2  主張

原告(請求原因)

(1)  被告従業員の不法行為

ア 不適格者の勧誘

Bは,株取引も商品先物取引も全く経験がなく,商品先物取引についての知識を持たず,商品先物取引を行う適格性を欠いていた原告に対し,商品先物取引を行うよう執拗に勧誘した。

イ 説明義務違反

B及びCら被告従業員は,原告に商品先物取引を勧誘するにあたり,商品先物取引が投機的な危険性の高い取引であることを十分説明することなく,原告を勧誘した。

ウ 断定的利益判断の提供

B及びCらは原告に対し,「商品先物取引は銀行金利以上によく儲かる」「今が一番底だ,12月になればクリスマスがあるので必ず上がる」「ブロイラーが今底なので絶対に儲かるので買うように」「今日の値は一口が320円前後で,今買ったらクリスマスのころには必ず500円以上は値上がりする。1か月で2,3倍近く儲かる」などと,利益を生ずることが確実であると誤解されるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘することが禁じられているにもかかわらず,被告従業員らは,前記のように,原告に対し,利益が生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して勧誘した。

エ 新規委託者の保護規定の無視

被告は,自ら定めた新規委託者保護規定を遵守せず,原告が取引を開始した平成12年11月17日から3か月を経過していない平成13年1月11日までに制限額500万円をはるかに超える取引をさせており,その際,被告は,原告が商品先物取引についての理解が十分でないのを奇貨として,限度額を超える取引をする旨の申出書を作成させた。

オ 両建

Cは原告に対し,平成13年1月9日ころ,原告の購入したコーンや灯油等が値動きが悪くて追証にかかる状態になったので,913万9500円用意するよう求めた際,両建(既存玉に対応する同一商品の反対の売買玉を新たに建てること)を勧め,両建が,買建玉・売建玉の仕切を失敗するとさらに大きな損害を生じるおそれがあり,買建玉・売建玉の双方で利益を上げていくことは困難であるにもかかわらず,「保険だ」「安心なさい」などと言って,両建が損害を防止する安全な対策であるかのように告げた。

カ 無意味な反復売買

被告は,手数料を稼ぐための手段として,平成12年11月中の買建玉を4回で60枚,同年12月中の買建玉は4回で40枚,平成13年1月中の買建玉は4回で148枚,売建玉は5回で159枚,仕切は19回で211枚,同年2月中の買建玉は3回で40枚,売建玉は8回で144枚,仕切は19回で275枚,同年3月中の売建玉は4回で21枚,仕切は16回で73枚,同年4月中の仕切は6回で18枚,同年5月中は仕切が4回で35枚と,原告に無意味な反復売買を行わせた。

キ 一任売買

被告は,顧客の指示を受けないでその委託を受け,またはその委託の取次を引き受けることを禁じている商品取引所法136条の18第3号に違反し,原告が具体的に商品の種類,限月,枚数を定めて建玉や仕切の具体的注文を出さなかったのに,売買を繰り返した。

(2)  原告の損害

ア 本件取引において,原告は被告に対し,委託証拠金合計1851万5080円を支払い,被告から146万1380円の返還を受けた。

ウ 原告の弁護士費用のうち170万円は被告の違法取引によって生じた。

エ 損害合計 1875万3700円

第3判断

1  不法行為の成否について

(1)  勧誘行為の違法性について

ア 原告の適格性の有無

証拠(甲1,乙3,原告本人)によれば,原告は,高等学校中退の学歴で,本件取引に至るまで,商品先物取引をした経験がなく,株式取引もほとんど経験がなかったこと,税務申告上は年金収入が所得の大部分を占めていることが認められるが,前認定のとおり,年商約8000万円規模の中古車販売会社を経営し,複数の不動産を他人に賃貸して収入を得ており,少なくとも1000万円程度の預貯金を有していたなどの事情に照らすと,原告は必ずしも商品先物取引を行なう適格性を有していなかったとはいえない。また,原告は強引で執拗な勧誘を受けた旨主張するが,原告は,自身が供述するとおり,中古車店従業員のEが被告と取引をしているのを見て興味を持ち,Eを訪れた被告従業員と取引の話をするようになったという経過であったと認められる。

してみれば,原告を商品先物取引に勧誘した点において,被告従業員らの行為が違法であった旨の原告の主張はいまだ採用できない。

イ 説明義務違反の有無

被告が自ら定めた受託業務管理規則5条は,勧誘の際は,商品先物取引の仕組,商品先物取引の本質的な危険性の開示を行ない,顧客の判断と責任において取引を行うことについて自覚を促したうえで参加を求める旨を定めている。

前認定のとおり,原告は,平成12年11月17日の最初の取引の際に,被告従業員から商品先物取引委託のガイド及び受託契約準側(約諾書)を受領したうえ,先物取引口座設定申込書,取引確認書,約諾書,通知書及びビデオ放映確認書の所定欄に記入し,署名押印して被告従業員に交付したものであり,これらの書類等には,商品先物取引の仕組,商品先物取引の本質的な危険性,顧客の判断と責任において取引を行うべきこと,原告はこれらを十分理解して被告に取引を委託する旨が記載されている。

しかし,上記の説明文書は,商品先物取引の仕組みや危険性について要領よくまとめて記載してはいるが,最小限度の説明にとどまり,これを読んだだけで商品先物取引の性質,実態をあまねく理解できるというものではなく,しかも,取引開始の当日に上記の説明文書を交付された原告がその内容を理解したうえで,取引に入ることを決定したとはおよそ考えられず,約諾書等の承認文書も,株式取引経験の有無について事実と異なる記載があるなど,原告が慎重に内容を検討して記載したものとは認められない。証人Hは,同日に,口頭でも取引の仕組みや投機性,危険性について説明した旨証言するが,これを裏付けるに足りる証拠はない。

したがって,これらの説明文書及び承認文書は,形だけを整えるために授受された疑いが強いけれども,原告がこれらの記載内容を読んでも理解する能力がなかったことをうかがわせる証拠はなく,実際に熟読し,理解するのは原告の責任であり,理解した振りをして取引を委託したとすれば,これは原告の落ち度というほかないから,被告従業員に説明義務違反があった旨の原告の主張は理由がない。

ウ 断定的利益判断提供の有無

商品取引所法第136条の18第1号は,顧客に対し,利益を生ずることが確実であると誤解されるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘することを禁止しているところ,原告の供述(甲1の陳述書の記載を含む)中には,被告従業員らは以下のような発言をして勧誘した旨の部分がある。

「商品先物取引は銀行金利以上によく儲かる」「今が一番底だ,12月になればクリスマスがあるので必ず上がる」

「ブロイラーが今底なので,絶対に儲かる」

「今日の値は一口が320円前後で,今買ったらクリスマスのころには必ず500円以上は値上がりする。1か月で2,3倍近く儲かる」

「エルニーニョ現象だとか,遺伝子組換作物の影響だとかで,入荷不足で必ず値上がりする」

証人Hは,市況の説明や自己の相場観を原告に告げたことを必ずしも否定しておらず,取引を勧誘するには顧客にメリットがあることを印象づける必要があることに照らし,上記のような発言があったであろうことは容易に推認できる。

他方,原告は,Eから話を聞くなどして,商品先物取引で儲けることもあれば損をすることもあるという一般論を理解していたことを自認しており,被告従業員らの上記のようなセールストークが勧誘のテクニックの一つにすぎず,額面どおり受け取れないことは容易に理解できたと推認され,したがって,原告が被告従業員らの発言を鵜呑みにし,利益を生じることが確実と誤解するおそれがあったとは認められない。

(2)  取引過程における違法行為

ア 新規委託者の保護規定違反

被告は新規委託者について3か月の習熟期間を設け,その期間内の委託者からの投下資本の限度額を500万円以内とする受託業務管理規則を定めていたものであるが,前記のとおり,原告が取引を開始した平成12年11月17日から1か月あまりしか経過した同年12月26日には,原告が支払った委託証拠金は合計637万5000円となり,3か月経過前の平成13年2月16日の時点では,追証を含むとはいえ,現金だけで1700万円を超え,売買差益金からの振り替えを加えると2300万円近い委託証拠金を要する取引に拡大していたものであり,これは上記の新規委託者保護規定の趣旨にはなはだしく違反するというほかない。

被告は,原告が平成12年12月25日に乙14の申出書を作成し,提出したことをもって,上記の限度額を超える入金の申出があったとして,習熟期間中の取引制限に違反しない旨主張するが,この時期は,取引の開始から約1か月が経過したにすぎず,まだ新規の買建玉が存したのみで,仕切により損益が確定したり,追証が必要となったりなど,取引の動態が目に見える状態に至っておらず,新規委託者である原告が取引に習熟していなかったことはもとより,どのようにして損益が発生するのかさえ実感できていなかったことは明らかであり,原告がその趣旨を理解して上記の申出書を作成したとは認められない。

イ 両建

前掲各証拠によれば,平成13年1月9日,Cは,原告に対し,原告の購入したコーンや灯油等が値動きが悪くて追証にかかる状態になったので,913万9500円用意するよう求めた際,両建を勧め,両建が,買建玉・売建玉の仕切を失敗するとさらに大きな損害を生じるおそれがあり,買建玉・売建玉の双方で利益を上げていくことは困難であるにもかかわらず,両建が損害を防止する安全な対策であるかのように告げたことが認められる。証人Cは,追証がかかった際に顧客がとるべき4通りの方策を説明し,原告が両建を選択した旨を証言するが,1月4日までの取引でプラスの根洗いとなっていたのに,急転直下巨額の追加証拠金を要する事態に追い込まれた原告に冷静な選択が可能であったとは考えられず,建玉を仕切って損失を確定するよりも何らかの回復策があるのであればそちらを選択するであろうことが予測し得る状況下において,もしかしたら損失を回復できるかもしれないという形であったにせよ,被告従業員から両建の方法を説明されれば,原告がこれに飛びつくことは容易に読める筋道であり,一般に両建が顧客を操作誘導して深みにはまらせる業者の常套手段といっても過言ではないことに鑑みても,この両建が原告の自主的判断に基づく旨の上記証言はおよそ事実に反しており,むしろ,原告から委託を受けた被告の従業員としてはなはだしく信義誠実の原則に反する取引誘導を行なったことを示すものというべきである。

ウ 一任取引及び過剰な反復売買

前認定のとおり,平成13年1月15日から同年3月30日までの間,64回にわたり建玉の仕切と新たな買い,売りの建玉が反復され,これはそれまでの2か月間の取引が22回であったのに較べると著しく増加しており,1日になされる取引の件数も増加し,多い日では1日に10件の小刻みな仕切と新建玉が行なわれたことがあり,既存の建玉を仕切り,その日のうちに同じ商品を買建てしたこともあったものであり,これは通常の顧客が行なう取引の域を越えた過剰な反復取引といわざるを得ず,このような取引が原告の個別の指示に基づいて行なわれたとはおよそ考えられない。

証人Cはすべて原告の指示のもとに行なったものであり,原告は指し値で取引を指示することもあった旨証言するが,これを裏付ける客観的な証拠はないうえ,巨額の追証委託を余儀なくされて,Cからいわれるままに両建を行なうなど,自身の正常な判断力を失っていたと推認される原告が,相場の細かな動きを継続的に把握しつつ,これに応じてこれだけ多数の仕切と建玉をきめ細かく行なうことができたとはとうてい考えられず,同証言は信用できない。

むしろ,被告が原告の損益に関わりなく建玉と仕切による手数料を手にすることができるシステムであることに照らし,被告従業員は,手数料を被告に得させるため,原告が数十枚の建玉を行なう資力を有するものの,自身の判断により取引を行なう意思と能力が十分でなかったことを奇貨として,個別の指示を受けないまま短期間に多数の取引を反復したことが推認され,これを覆すに足りる証拠はない。

(3)  以上のとおり,取引過程における被告従業員の行為は,単に取締規定である法や被告会社の規則に違反するというだけではなく,社会通念上,商品先物取引における外務員の外交活動一般に許された域を超えた違法な行為と認められ,したがって,被告は被告従業員らの使用者として原告に対する損害賠償責任を免れない。

2  原告の損害について

(1)  前記のとおり,原告が被告に預託した現金による委託証拠金の合計は1851万5080円であり,平成13年5月30日に被告が原告に返還した金員は146万1380円であるから,原告の損害は1705万3700万円と認められる。

(2)  原告が商品先物取引を開始した後において,被告従業員に違法な行為があったと認められることは前記のとおりであるが,取引開始時に被告従業員らの違法な勧誘,説明義務違反,断定的判断の提供などの行為があったとは認められず,また,原告は,学歴こそ高くないとはいえ,年商約8000万円の企業の経営者であったのであるし,多額の資金を注入しようとしていたのであるから,取引の過程において,原告が被告から交付された説明文書を精読して理解を深める努力をし,自身で資料を取り寄せるなどして商品市場の動向に注意を払い,自主的な判断で取引を行ない得る余地はあったと認められるから,先物取引の仕組みについて十分理解しないまま,被告従業員にいわれるままに漫然と取引を任せて反復し,結果として損害を生じたについては,原告自身にも責任があるといわざるを得ない。

前認定の諸事情を総合勘案すると,原告の損害のうち5割を減殺し,852万6850円につき被告に賠償責任を負担させるのが相当と認められる。

(3)  原告が本件訴訟を原告訴訟代理人に委任して遂行せざるを得なかったことによる費用のうち85万円は被告従業員らの不法行為と相当因果関係がある損害と認められる。

(4)  以上合計937万6850円の損害に対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金の起算日は,原告の主張にしたがい,不法行為完了後の平成13年6月1日と認める。

3  よって,主文のとおり判決する。

(裁判官 池谷泉)

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