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鹿児島地方裁判所 平成13年(ワ)618号 判決 2003年5月19日

主文

1  被告は,原告Aに対し金2363万9396円,原告B,同C及び同Dに対し各金1220万2236円並びにこれらに対する平成10年7月24日から各支払済まで年5分の割合による各金員を支払え。

2  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  この判決は第1項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告Aに対し金2542万6410円,原告B,同C及び同Dに対し各金1246万4914円並びにこれらに対する平成10年7月24日から各支払済まで年5分の割合による各金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,自殺した被告従業員の遺族である原告らが,被告は,雇用主として,過剰な長時間労働により健康を害さないよう配慮すべき義務を怠り,もしくは,過剰な心理的肉体的負荷により健康を損なうおそれがあることを知り得たにもかかわらず,労働環境を改善する措置を怠ったため,自殺の結果を招いたと主張して,被告に対し,安全配慮義務違反又は不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。

1  争いのない事実及び証拠(甲1ないし6,7及び8の各(1)(2),9ないし14,16,17の(1)ないし(3),18,21ないし30,37ないし39,乙1及び2の各(1)(2),3,4の(1)ないし(10),5ないし8,証人E,原告A本人)により認められる事実

(1)  被告は貨物自動車運送業等を業とする株式会社である。

亡F(昭和18年8月18日生。以下「F」という)は,昭和52年8月,被告に雇用され,同人が自殺した平成10年7月24日当時,被告の南九州営業所長であった。

原告A(以下「原告A」という)はFの妻,その余の原告らはFと原告Aとの子である。

(2)  Fは,被告に入社した後,鹿児島県姶良郡a町(後にb町に移転された)所在の鹿児島営業所において安全管理業務に従事していたが,昭和57年4月,鹿児島営業所長に就任し,以後,主として,顧客の開拓,営業所の管理,監督及び労働組合との交渉などの業務に従事してきた。

平成4年8月,Fは癌のため胃を全部摘出し,以後毎年入院検査を受けてきたが,経過は良好であり,これ以外に健康状態には問題がなかった。

上司や部下らは,Fの性格を,感情の起伏が激しく,機嫌がいいときと悪いときとが極端に違い,一本気な性格で,愛社精神が強いと感じていた。

(3)  平成5年4月,Fは鹿児島営業所,鹿児島県曽於郡c町所在のc営業所及び宮崎市所在の宮崎営業所の3営業所により構成される被告南九州支店の支店長代理(支店次長)に就任した(鹿児島営業所長と兼任)。同支店の支店長は,被告本社の業務部長を務めるE(以下「E部長」という)が兼務していたが,E部長は普段は実質的な本社機能を果たしていた佐賀県三養基郡d町所在の被告d支店において執務していたため,実質的には,Fが上記3営業所を行き来してその業務を統括するようになった。当時3営業所は合計120台程度のトラックを擁し,運転手は合計100名程度が就労していた。

支店長代理に就任して以後,Fは仕事が忙しく自宅に帰れないことが度々あったため,被告が宮崎市内に借り上げたマンションを利用し,1年ほどの間,宮崎営業所の業務のため鹿児島の自宅に帰れない時にこれを利用していたことがあった。

(4)  南九州支店は,食肉やブロイラーの冷凍輸送を主な業務としていたが,慢性的な赤字が続いており,厳しい経営環境にあった荷主のブロイラーや食肉生産会社から運賃切り下げを求められていたため,収益を改善させる必要に迫られ,平成8年ころ,1度目の損益改善計画が実施された。

この損益改善計画に伴い,労働組合の要求により,午前8時に積み込みを開始するトラック(1名のみの乗車制となっていた)につき,従業員運転手の状態,免許証を確認するなど,安全確保のための点呼を取ることになり,鹿児島営業所においては,所長のFが,週に1,2回の頻度で,早朝4時ないし5時に出勤し,午前6時ころに約10分間の点呼を行なうようになった。

Fの出勤簿には,午前8時30分から午後5時30分まで勤務していたように記載されていたが,実際の勤務時間とは全く合致しておらず,被告も支店長代理であるFの時間外勤務は当然のこととして承知していた。

平成8年ころから,Fは月に1,2回の割合で本社に出張するようになり,同年7月から12月にかけては,東京にも各月1,2回の頻度で出張していた。

(5)  平成9年10月ころ,鹿児島営業所,c営業所及び宮崎営業所を廃止して,その業務を当時休止していた鹿児島県曽於郡e町所在のe営業所に統合し,事務職員を削減して事務の効率化を図ると共に,中長距離乗務員から希望退職者を募集して乗務員を削減することを柱とした2度目の損益改善計画(以下「損益改善計画」という)が企画され,E部長の指揮のもとで平成10年度の実施に向けての準備が開始された。

Fは,現場責任者として損益改善計画を実施するため,e営業所の敷地の整備や行政機関への届出などの諸々の事務を担当し,本社へも度々出張するようになり,移転前の数か月間は土曜日に休むことができないほどであった。

損益改善計画の実施について労働組合が反対したため,被告は社内に併存する3つの労働組合と交渉を行なう必要が生じ,社長以下被告の幹部従業員が各交渉に当たり,最終的には全ての労働組合が損益改善計画を受け入れた。Fは,現場の責任者として労働組合との交渉の席に出席し,直接交渉にあたることはなかったものの,従業員が解雇されることについて苦悩し,部下や知人,家族らに度々悩みを打ち明けていた。

損益改善計画に基づき,事務職員は3つの営業所で合計11名から5名に削減されることとなり,中長距離乗務員については,合計69名の乗務員を52名に削減するため希望退職者を募集したところ,予定数17名を上回る32名が応募した。

損益改善計画に伴い,一部の顧客との取引を打ち切ることになり,E部長はFを伴って取引先に対し説明や謝罪をして回ったが,その後の事務処理はFが一人で担当した。取引を終了した顧客の中には,F自身が営業活動を行なって取引を開始したブロイラーや食肉生産者があったため,Fはそのことでも悩んでおり,部下や知人,家族らに度々話していた。

平成10年4月下旬ころ,e営業所を再開するため,従前の3営業所から什器や備品を移送しなければならなくなったが,この作業に労働組合の協力を得ることができず,運転手らがトラックの運転を拒否したため,Fは親戚らに声をかけ,トラックを運転してもらうなどして,ようやく什器や備品の移送を終えた。

(6)  平成10年5月1日,従来の南九州支店は廃止され,傘下の3営業所はd支店に属するe町の南九州営業所に統合され,Fは南九州営業所の所長に就任した。

営業所の統合移転に伴い,事務職員は削減され,1か所となった営業所の担当区域が拡大したため,事務職員の業務は移転前よりも繁忙になった。

また,営業所の移転に伴って,早朝出発のトラックの点呼が午前2時ないし3時ころに行われるようになり,Fが週に2,3回の頻度でこれを担当するようになった。これにより早朝出勤の回数が以前よりも増加したこともあって,Fは,鹿児島県f町にマンションを借りてe営業所に通勤し,自宅へは休日に時々帰るという生活を送るようになった。

営業所移転の直後,移転に反対していた組合に加入している乗務員が鹿児島営業所に帰着する事態が生じ,解決に約1週間を要したことがあった。

また,e営業所の洗車場の水が隣接している茶畑にかかっていたことで苦情が出たため,洗車場と茶畑の間にコンテナを設置して解決したことがあった。

Fは,e営業所への移転に伴って従業員を解雇したことや自分が開拓した得意先との取引が打ち切られたことを悩んでいたが,e営業所に移転した後の平成10年6月ころからは,部下や知人,家族らに対し「自分の知らない間に取引先が切られる,会社に行ってもやることがない,会社を辞めたい」としきりに話すようになって,覇気もなくなり,部下の中には愚痴っぽくなったと感じる者もいた。

(7)  平成10年7月3日,親戚のGがFと電話で話をしたところ,Fの話が次第に深刻なものになってゆき,営業所を船に喩えて,船の舵が取れなくなったなどと話をしたので,GはFが精神的に参っているのではないかという印象を受けた。

同月4日から休暇を取ったFは,交通安全協会が職員を募集していることを知り,原告Aと相談した結果,同月6日,交通安全協会に出向いて募集の申込書をもらいに行った。

同月8及び9日,Fは鹿児島市内の病院に入院して精密検査を受けたが,異常は発見されなかった。検査を終えて自宅に帰ってきたFは原告Aに対して会社を辞めたい旨話し,以後,会社に出社しなくなった。

同月10日ころ,被告はFが入院したことを知った。

(8)  平成10年7月17日,Fは被告に対し,都合により8月15日付で退職する旨を記載した同年7月15日付の退職願(甲7の(1))を郵送した。Fは,同日付で,長期欠勤を謝罪するとともに,責任者として失格と悟ったため引責辞任する趣旨を記載した被告代表者宛の文書(甲7の(2))を作成した。

Fは,そのころ,交通安全協会に履歴書を提出した。

E部長は,Fが被告に退職届を郵送してきたことを知り,退職を思いとどまらせるためにFと面談することにし,同月21日,Fを宮崎のホテルに呼び出した。FはE部長に対し,「することがなくなった」と述べ,会社の仕事のことや交通安全協会に就職しようとしていることを話したが,E部長から,辞めてもらっては困るとして退職を思いとどまるよう説得を受けたため,退職を取りやめる旨答えた。

同月22日,Fはe営業所に出勤したが,従業員らはFがやつれていて痩せていることに気がついた。

同月23日,Fは早朝の点呼を終え,いつものとおり勤務に就いたが,午後3時か4時ころ,翌日の点呼を部下に頼み,沈んだ様子で営業所を出ていった。

(9)  平成10年7月24日午前2時ころ,Fは会社に行くと原告Aに言って自宅を出た後,行方不明になり,家族が所在を探したところ,鹿児島営業所内で首を吊って死亡しているFを発見した。fのマンションには家族宛と会社宛の遺書が遺されており,家族宛の遺書には「船が思うように進まなくなった。俺が間違っているか経営陣が間違っているか分からないが・・・事業所運営と会社経営は立場が違うからわからん。」「俺は航海の途中に船梶が壊れてコントロール出来なくなった。」などと記載されており,会社宛の遺書には「南九州が管理する荷主が加速度的に消えていく,しかも南九州で独自に開拓した粗利益率の良い荷主が,私に何の予告も無しに消えていく」「会社は規模縮小を進めて行く中で,極めて短い予告期間で合法的に首切りする方法を取っているが,此れは企業側の成功率だけを目的とした極めて極悪非道な手段と言わざるを得ない」「真剣に上申する意見を聞き入れず,厳しく食い下がればその人を抹殺し,無視して,一部のごうまんな意見だけを聞き,経営が維持できるのだろうか」「近日辞表を提出する予定だが,もう疲れた」「この場所で燃え尽きてこの道を選びます」などと記載されていた。

(10)  平成10年8月24日,原告Aは被告から,Fの死亡退職金806万0305円を受領した。

(11)  平成13年1月24日,f労働基準監督署長から依頼を受けた鹿児島労働局地方労災医員協議会は,Fの自殺につき,平成10年5月の営業所の統合移転の前後ころ以来のFの業務の過剰性,職場の人間関係や会社(被告)の経営方針に関する管理職としての苦悩による心理的負荷は強度のものであり,これにより,同年6月ころ以降,ストレス反応として,心身の疲労,過度の心配,集中力低下など,ICD-10(国際疾病分類第10改訂版)の診断ガイドラインにおける重度ストレス反応及び適応障害(診断分類F43)とみなすのを妥当とする症状が出現してうつ(鬱)状態に陥り,発作的に自殺念慮が生じたものと認定し,業務上の原因に基づく自殺であるとの見解をまとめた書面を提出した。

これに基づき,f労働基準監督署長は,Fの自殺を業務上の事由に基づく労働災害と認定し,同年3月9日,原告Aに対する遺族補償年金・遺族特別支給金・遺族特別年金の支給を決定し,平成15年2月15日までに,このうち1154万1229円を原告Aに給付した。

2  当事者の主張

原告ら

(1)  Fは,平成5年に南九州支店支店長代理となって以来,過酷な業務を担当してきた上,平成8年以降は早朝出勤による不規則な長時間労働を恒常的に強いられ,平成9年10月ころからは,損益改善計画の実施に伴い,営業所の移転統合,顧客との取引中止,従業員の解雇などの仕事を担当するなど,精神的,肉体的に過剰な業務を強いられてきたものであり,その結果,ストレス反応として心身の疲労等の症状が出現してうつ状態に陥り,発作的に自殺念慮が生じ,自殺に至ったものであるから,自殺と業務との間には因果関係がある。

(2)  被告は,雇用主として,従業員であるFの労働時間,労働状況を把握し,過剰な長時間労働により健康を害さないように配慮すべき義務を負っていたにもかかわらず,その義務を怠り,Fの自殺という結果を発生させた。よって,被告は債務不履行責任又は民法709条に基づく不法行為責任を負う。

Fの上司であるE部長は,Fの上記のような異常な勤務状況を知り又は知り得たにもかかわらず,何らの措置も執らなかったばかりか,Fの自殺直前に,心身共に弱り果てていたFの精神状態を混乱に陥れるような言動をとり,Fの自殺念慮を促進させた過失がある。したがって,E部長の使用者である被告は同法715条に基づく使用者責任を負う。

(3)  損害

(ア) 逸失利益 4308万9486円

年収731万2400円,生活費控除4割,死亡当時の54歳から67歳までの就労可能年数13年に対応する新ホフマン係数9.8211

(イ) 慰謝料 2600万円

(ウ) 弁護士費用 570万円

(エ) 以上合計 7478万9486円

(オ) 相続

原告A(2分の1) 3739万4743円その余の原告ら(各6分の1)1246万4914円

(カ) 控除 1154万1229円

原告Aが平成15年2月15日までに受給した労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金を控除(内金請求)。

被告

(1)  損益改善計画の実施による業務の増加は従業員全体で対応することが可能であった。労働組合との団体交渉,地方労働委員会での紛争,取引先・荷主との契約中止及び従業員の異動に関するFの業務は,E部長を補佐するものにすぎなかった。事務所機器等の移動についても特別困難な事情はなかったし,早朝点呼についても,その後の早退により労働時間の調整が可能であった。平成10年6月ころには事務所の統合作業はほぼ終了していた。

Fの精神的負荷は,愛社精神が強かったこと,自分が開拓した荷主が事前の予告なしに取引中止になったことに我慢ができなかったこと,損益改善計画後は自分のすることがなくなったと感じていたこと,かつての部下が上司になるという状態を気にしていたことによるものであって,勤務時間の長時間化や業務内容の増加等によるものではなく,個人的要因によるものである。

(2)  Fには精神障害の病歴はなく,うつ病の徴候は体重減少以外に確認されておらず,直前にも就職活動を行なったり,検査入院をしたりしており,思考停止等の状態に陥っていなかったことからすれば,Fがうつ病に罹患していたとは考えられない。Fが自殺する前に作成した文章には強度な愛社精神に基づく諫言が記されていることからして,自殺はFの自由な意思に基づくものとみるべきである。

Fの上司であるE部長は,Fに対して異常な過剰勤務を指示,命令したことはなく,Fの勤務状況を知りながら,これを放置したものではなかった。E部長がFを慰留した行為はFの精神状態を混乱させた行為ということはできない。

Fは平成10年6月には損益改善計画を概ねやり遂げ,勤務も平常の状態に戻っており,同年7月21日にE部長が退職の慰留をするまで,Fから被告に対して何らの訴えもなく,Fから会社に届いていたのは退職願だけであって,失格であるから引責辞任する旨の文書(甲7の(2))は会社に届いておらず,Fの部下も自殺直前の行動に不信を抱いていなかったことからすれば,Fの精神障害及び自殺の危険性について,被告に予見可能性はなかった。

(3)  仮に業務起因性及び因果関係が認められるとしても,Fの個体的要因に基づく任意の選択としての自殺であるから,Fの寄与度は10割近く認められるべきであり,過失相殺後の損害額は労災支給額を超えることはない。

遺族補償年金の全支給期間に支給される金額は損害から控除すべきである。

第3判断

1  業務の過剰性について

(1)  前認定のとおり,Fは,平成5年4月に南九州支店の支店長代理に就任し,実質的に3つの営業所の責任者として日常業務を担当し,平成8年に実施された1度目の損益改善計画以降は,週に1,2回早朝点呼を担当するとともに,本社や東京,大阪にも出張するようになり,平成9年10月以降,2度目の損益改善計画の策定に伴い,当時閉鎖されていた営業所を再開して3営業所の営業を統合し,事務職員や乗務員を削減し,一部得意先との取引を打ち切ることなどに関する具体的な事務処理を担当し,本社への出張も増加したものであり,この間,Fには,恒常的な不規則勤務,担当業務の繁忙化による肉体的疲労の蓄積があったと推認されるところ,平成10年5月にe営業所が南九州営業所として再開された後は,事務職員が削減され,営業の担当区域も広くなったことに加え,移転後の事務処理が加わり,さらに,午前2時から3時ころに行なう運転手の点呼を週に2,3回担当するようになり,早朝出勤の増加に対処するため,fにマンションを借りてe営業所に通勤し,自宅へは休日に時々帰るという生活を送るようになったものであり,このように,Fの恒常的な長時間労働と深夜に及ぶ不規則勤務はさらにその程度を増し,これにより,身体の疲労が慢性化し,精神的なストレスも増大したことが推認される。

(2)  2度目の損益改善計画の実施は,部下である従業員の削減及びFが開拓した顧客との取引の打ち切りを伴うもので,いずれもFを苦悩させるに足りるものであったことに加え,営業所移転の際の労働組合の非協力,移転後の一部の組合員や近隣とのトラブルなどによりFが受けた精神的な負荷は強度なものであったことが推認される。

(3)  これに対し,被告は,2度目の損益改善計画に伴う業務はE部長が遂行し,Fはこれを補助する業務を担当しただけであり,早朝出勤は管理職であれば誰でも担当しており,かつ,自己の裁量で勤務時間の調整が可能であり,営業所移転後は,F自身「することがなくなった」と言っていたように,通常の勤務状態に戻っていたとして,業務の過重性を否定する。

しかし,損益改善計画の指揮はE部長が執ったとしても,Fは現場の責任者として具体的な業務を処理したのであり,解雇される従業員や取引を打ち切られる顧客らとも日常的に接していたのであるから,組合交渉や得意先の挨拶回りなどとは別の次元において,不満や抗議を相手方から直接受ける立場にあったと推認され,また,管理職であれば誰でもが担当するからといって業務の過重性が否定されることはないのはもとより,管理職として自ら勤務時間の調整が可能であったとしても,営業所の移転に伴って部下の事務量が増加していた最中に,Fが自己の勤務時間を調整するのは困難であったと認められる。

e営業所に移転した後にFが「することがなくなった」と口にしていた事実はあるものの,前認定のとおり事実はむしろ逆であり,仕事がなくなったといえるような状態でなかったことは明らかであって,Fのかかる言動は,Fが,自分は上司に言われるまま意に副わない業務を遂行するしかない存在であり,自分の意向と裁量に基づいて行なえるような業務はないという無力感,抑うつ感にとらわれ,これが高じてうつ状態に陥り,その症状が発現した結果と認められる。

2  精神障害の発生,業務の過重性と自殺との因果関係について

(1)  前認定のとおり,Fは,2度目の損益改善計画に伴って,従業員を解雇し,自分が開拓した顧客との取引が打ち切られたことについて苦悩し,営業所移転後の平成10年6月ころ以来,部下や知人,家族らに「自分の知らない間に取引先が切られる,会社に行ってもやることがない,会社を辞めたい」としきりに話すようになり,覇気もなくなっていき,同年7月3日,親戚のGと電話で話をした際,次第にFの話が深刻なものになってゆき,営業所を船に喩えて,船の舵が取れなくなったなどと話をし,同月4日から休暇を取り,同月8及び9日,鹿児島市内の病院に入院して精密検査を受けたが,検査を終えて自宅に帰ってきたFは,原告Aに対して会社を辞めたいと話をし,会社にも出社しなくなったあげく,辞表を提出し,E部長の説得を受けて退職を撤回し,同月22日にe営業所に出向いたFは,やつれて痩せた印象であり,会社宛の遺書には,荷主との取引の打ち切りをFに無断で決定したことや,従業員を解雇したことにつき,強い口調で批判し,「もう疲れた」「燃え尽きてこの道を選びます」と記載し,家族宛の遺書には,人生を航海に喩えて「航海の途中に船梶が壊れてコントロール出来なくなった」と記載したものであり,これらの事実によれば,Fは営業所移転後の平成10年6月ころからうつ状態に陥り,自殺念慮が生じた結果,自殺に至ったものと認められる。

(2)  Fが平成10年5月の営業所の統合移転の前後ころから,恒常的な長時間労働及び深夜の不規則勤務を強いられ,業務に基づく心理的な負荷をかなり受けていたこと,従業員の解雇や荷主との取引打ち切りによるFの精神的苦悩は2度目の損益改善計画の実施,e営業所への移転の前後ころから次第に深刻なものとなっていったと認められること,平成4年8月に胃ガンで胃を全部摘出し,以後毎年入院検査を受けてきたほかには,Fの健康状態に問題はなく,家庭など仕事以外の場面でも,特に心理的な負荷がかかるような環境にはなかったこと,Fには精神傷害の既往症もないことに照らし,Fがうつ状態に陥ったのは,長時間で不規則な労働時間と業務に基づく強い心理的な負荷を受けたことが原因であり,業務の過剰性と自殺との間には因果関係があると認められる。

(3)  被告は,Fは交通安全協会への就職活動や検査入院を行なうなど,思考停止に陥っていたとはいえず,また,会社宛の遺書の文面からして,自殺の動機は,Fが強度な愛社精神に基づいて被告を諫めようとしたところにあり,Fの自殺はその意思に基づくものであったとして,業務の過重性との因果関係はないと主張する。

しかし,うつ状態にあるからといって必ず思考停止に陥るとは限らず,また,会社宛の遺書の内容は被告ないしはE部長に対する憤懣を書きつらねたものと解することができ,Fがうつ状態にあったことと矛盾しないのであり,その他,Fの自殺が覚悟の上の自殺であったと認めることはできない。

3  安全配慮義務違反ないしは予見可能性について

(1)  一般に,使用者は,労働災害防止のため,快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保しなければならず(労働安全衛生法3条),かつ,労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負う。

被告は,営業所の統合や再編成,損益改善計画を実施するにあたり,あらかじめ,具体的な業務を担当する中間管理職であるFの負担が過剰とならないよう配慮し,損益改善計画が実施される中で,Fの業務が過剰となって肉体的,精神的疲労の蓄積を招かないように,往々にして仕事が過酷であってもこれを上司に訴えることができないことがある中間管理職の立場に留意し,定期的にFの業務の実態を把握し,何らかの過負荷の徴候が見られたときは,速やかに業務を軽減し,配置を移動するなどの措置を講じるべき注意義務を負っていたということができる。

(2)  被告は,Fが南九州支店の支店長代理に就任して3営業所の事務を事実上統括していたこと,1度目の損益改善計画後,鹿児島営業所において,週に1,2度,早朝の4時や5時に出社して運転手の点呼を行ない,本社等に度々出張していたこと,2度目の損益改善計画に伴い,現場の責任者として,e営業所への移転や従業員の削減,得意先との取引打ち切りの直接の事務処理を担当しつつ,本社へ頻繁に出張し,e営業所への移転後は,深夜2時や3時の運転手点呼を週に2,3度行なっていたことについては,当然これを認識し,もしくは認識し得たと認められ,したがって,Fの業務が過剰であるとの認識は十分に持ち得たと認められる。また,Fは,従業員の解雇や自分が開拓した得意先との取引の打ち切りについて悩んでいたものであるが,営業所の従業員らには度々そのような話をしていたのであるから,被告はそのことを認識し得る機会があったと認められ,7月上旬から病院に入院し,その後も出勤しなかっただけでなく,唐突に辞表を提出したことは当然認識していたと認められるうえ,E部長は,7月21日にFと直接面談し,「することがなくなった」と発言するなど,Fが通常でない精神状態にあることを認識する機会があったのであるから,少なくとも,Fが過剰なストレスを受け,正常な精神状態を逸脱し,もしくは逸脱しつつあることを十分に認識し得たと認められる。

然るに,被告が,営業所の統合,損益改善計画の実施にあたり,Fの業務が過剰とならないよう配慮し,遂行中の業務実態を把握して過剰かどうかを評価した形跡はないのであり,E部長も,退職を決意するまでに至ったFの心身の状態を理解せず,ただ,辞めてもらっては困るとして慰留したのであり,これは,Fが退職を決意した理由につき,自らを被告の組織には無用の人間であるのみならず,円滑な業務と収益向上の妨げとなっていると思い込み,落ち込んでいるものと理解し,Fが被告にとって貴重な人材である旨を告げて励まそうとしたものと考えられる。しかし,前記のとおり,上記のFの言葉は自己の業務と存在についての無力感,抑圧感から生じた抑うつ状態の現われであり,したがって,Fにとって,E部長の言葉は,一時的には気力を回復する作用があったとしても,結局は,自分を便利な存在として従前どおり負担の大きい業務を押し付けようとしているにすぎないと受け取られ,Fの抑うつ感をさらに深めるのみであったと推認される。

(3)  被告は,Fの勤務状況は被告が命令したものではなく,Fからも勤務状況の報告があがってこなかったことから,Fの勤務状況を知りようがなかったこと,Fから被告に対して何らの訴えもなかったことから,業務が過剰であるためにFがうつ状態に陥っていることを認識できず,また,これを予見することもできなかったと主張する。

しかし,前述のとおり,被告は従業員の勤務状況を常に把握し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負っていたのであり,従業員から報告があがってこないからといって過剰な勤務状況を放置したことを正当化することはできないうえ,前認定のとおり,被告はFの勤務状況を知り又は知ることができたと認められるから,被告の主張は理由がない。

(4)  以上のとおり,被告は,Fが心身の健康を損なうことがないように注意する義務を怠り,その結果,うつ状態にあったFに自殺念慮が生じて自殺に至ったことを防止できなかったのであるから,注意義務違反によって生じた自殺という結果に対して責任を負わなければならず,損害を賠償する義務があるというべきである。

4  損害

(1)  逸失利益

死亡直前のFの年収は731万2400円で,死亡当時54歳であるから就労可能年数を13年とし,中間利息を控除するための係数を9.3935とし,生活費として40%を控除すると,その額は4121万3418円となる。

計算式731万2400円×(1-0.4)×9.3935

(2)  慰謝料

前認定の諸事実を総合すると,Fの精神的苦痛を慰謝するために必要にして十分な賠償額は2600万円とするのが相当である。

(3)  過失相殺

企業に雇用される労働者の性格は多様なものであるから,労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り,その性格及びこれにもとづく業務遂行の態様等が,業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても,業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり,その性格及びこれにもとづく業務遂行の態様等を,心因的要因として斟酌することはできないと解される(最高裁判所平成12年3月24日判決・民集54巻3号1155頁参照)。

前認定のとおり,Fは,自ら営業を行なって顧客を獲得し,早朝や深夜に行なわれる点呼を部下に任せることなく自ら担当し,損益改善計画の実施に伴って解雇される従業員の再就職先の世話をし,営業所の移転に伴って得意先との取引が中止されることに心を痛めるなど,仕事に対し真面目にかつ真剣に取り組んでいたこと,もともと感情の起伏が激しく,一本気な性格であったことがうかがえるが,このような感情の起伏の激しさや生真面目さが個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものとは認められないから,Fの性格及びこれにもとづく業務遂行の態様等を心因的要因として斟酌し,過失相殺の法理を類推適用ないし準用することはできない。

(4)  相続

Fの死亡により,原告Aは,上記及びの損害金合計額の2分の1に当たる3360万6708円を,その余の原告らは,6分の1に当たる1120万2236円をそれぞれ相続した。

(5)  損益相殺

不法行為と同一の原因によって被害者又はその相続人が第三者に対する債権を取得した場合には,当該債権を取得したということだけから右の損益相殺的な調整をすることは,原則として許されず,被害者又はその相続人が取得した債権につき,損益相殺的な調整を図ることが許されるのは,当該債権が現実に履行された場合又はこれと同視し得る程度にその存続及び履行が確実であるということができる場合に限られ,遺族年金の受給権を取得し,支給決定を受けている場合には,支給を受けることが確定した額に限って損害額から控除すべきである。

労働者災害補償保険法9条1項は,年金たる保険給付の支給は,支給すべき事由が生じた月の翌月から始め,支給を受ける権利が消滅した月で終わると規定しているところ,原告Aについて遺族年金の受給権の喪失事由が発生した旨の主張のない本件においては,口頭弁論終結の日である平成15年3月3日で原告Aが同年3月分までの遺族年金の支給を受けることが確定していると認められる。なお,原告Aは,遺族特別年金を合計273万9582円受給しているが,遺族特別年金を含む特別支給金は,損害をてん補する性質を有していないから,損害額から控除することはできない。

労働者災害補償保険法9条3項は,年金保険給付は,毎年2月,4月,6月,8月,10月及び12月の6期に,それぞれその前月分までを支払うと規定しているところ,原告Aは平成15年2月に平成14年12月分と平成15年1月分の合計42万6083円受給していることからすれば,同年2月分及び3月分も同額の支給を受けることが確定していると認められる。

したがって,本件において,損害額から控除すべき遺族年金の額は,原告Aが口頭弁論終結時までに支給を受けた1154万1229円に,口頭弁論終結時において支給が確定していた平成15年2月から3月までの2か月分42万6083円を加えた1196万7312円と認められる。

(6)  弁護士費用

弁護士費用は,原告Aにおいては200万円,その余の原告らにおいては各100万円を認めるのが相当である。

5  結論

よって,原告らの本件請求は,原告Aについて2363万9396円,その余の原告らについて各1220万2236円及びこれらの各金員に対する遅延損害金の支払を求める限度において理由があるが,その余は理由がない。

(裁判長裁判官 池谷泉 裁判官 平井健一郎)

裁判官 市原義孝は,差し支えのため,署名押印できない。 裁判長裁判官 池谷泉

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