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鹿児島地方裁判所 平成13年(行ウ)2号 判決 2003年8月25日

主文

1  甲事件の訴えを却下する。

2  被告所長が原告に対し平成13年8月30日付でした一般公共海岸区域占用許可申請を不許可とする処分を取り消す。

3  被告県は原告に対し,金300万円及びこれに対する平成13年1月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  丙事件の原告のその余の請求を棄却する。

5  訴訟費用は全事件を通じてこれを10分し,その9を原告,その1を被告らの各負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  甲事件

被告所長が原告に対し平成11年11月24日付でした一般海浜地等使用収益許可申請を不許可とする処分を取り消す。

2  乙事件

主文第2項と同旨。

3  丙事件

被告県は原告に対し,金7830万円及びこれに対する平成13年1月23日(丙事件訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が,採石事業を営むため下記(1)の申請をしたところ,鹿児島県知事(以下「県知事」という)が不認可処分をしたため,公害等調整委員会(以下「公調委」という)の処分取消の裁定を経て採石計画の認可を受け,その後,採石場地先の海岸に石材搬出用の桟橋を設置するため下記(2)次いで(3)の各使用許可申請をしたが,被告所長は(2)に対し不許可通知,(3)に対し不許可処分をしたという経過のもとにおいて,(2)(3)の各不許可処分はいずれも違法であると主張して,被告所長に対し各処分の取消を請求し,かつ,県知事の(1)の申請に対する違法な不認可処分及び被告所長の(2)(3)の各申請に対する違法な各不許可処分により損害を受けたと主張して,被告県に対し,国家賠償法に基づき,損害賠償を請求した事案である。

(1)  採石法33条に基づく岩石採取計画認可申請

(以下「本件採石申請」という)

これに対する県知事の不認可処分

(以下「本件採石不認可処分」という)

(2)  国有財産法18条3項に基づく一般海浜地等使用収益許可申請

(以下「本件申請1」という)

これに対する被告所長の不許可通知

(以下「本件不許可通知」という)

(3)  海岸法37条の4に基づく一般公共海岸区域占用許可申請

(以下「本件申請2」という)

これに対する被告所長の不許可処分

(以下「本件不許可処分」という)

1 争いのない事実及び証拠(甲ないし丙事件甲1ないし4,5の(1)ないし(6),6の(1)(2),7の(1)ないし(3),8ないし14,17ないし22,24ないし26,丙事件甲29ないし32,乙及び丙事件甲366ないし382,448,452,453,458,乙事件乙1,2,丙事件乙5,7,8の(1)(2),9ないし11,14の(1)ないし(4),19,証人A,同B,同C,同D,同E,原告代表者,検証)により認められる事実

(1) 本件採石申請及びこれに対する県知事の本件採石不認可処分

ア 平成9年2月20日,砂,砂利の採取販売及び採石業等を営む原告は,鹿児島県出水郡a町b島に所在する別紙物件目録記載1ないし5の各土地(以下「本件採石場」という)において採石事業を営むことを計画し,本件採石場の土地所有者らとの間で採石権設定契約を締結した。

本件採石場は北東方向にあるc港と南西方向にあるd港とを結ぶ海岸沿いの道路(b島一周林道の一部)脇に所在し,地先の海岸は当時一般海浜地(後記の海岸法改正により一般公共海岸区域に指定された)であり,c港周辺の港湾区域とは約600m離れ,d港ともほぼ同程度の距離がある。

c港及びd港はa町が管理する漁港であり,いずれも港内には多数の小型漁船が係留されていて,石材運搬用の500トンないし1000トンの大型船が接岸できるような岸壁はなく,また,港の広さからして運搬船を係留させた場合には漁船の出入りに大きな支障がでることが予想され,それぞれの港を使用している住民や漁民は運搬船が各港を使用することに反対している。また,本件採石場から両港に至る前記道路は幅員が十分でないうえ,地元住民らの生活道路として使用されており,石材運搬用の大型トラックの通行には適していない。

被告県がb島において唯一管理している港であるe港は,大型運搬船の係留が可能で,岸壁にも石材を運搬する車両が通行できるような広さが確保されているが,b島のほぼ西端に位置し,本件採石場から遠く離れているため,同港へ石材を運ぶには島内一周林道をほぼ半周することとなり,本件採石場付近の住民のみならず林道沿いの多くの集落の住民による反対が予想され,事実上搬出路として使用することは困難である。

本件採石場と前記道路で隔てられた直近の海岸はおおむね岩礁からなっていて,砂浜は存在せず,海は道路の路盤に連なる岩礁から急角度で深くなっており,大型船の接近に適している。

本件採石場付近の海域では,地先の海岸付近におけるアオサノリの養殖(業者は4名のみ)のほかは300m以上沖合での漁船漁業が行なわれているのみである。

イ 原告は,c地区及びd地区の住民らに対し何度か説明会を行ない,石材搬出は本件採石場地先の海岸に桟橋を設置して行なうので,c港やd港を使用することはなく,採石によって漁業に影響が出た場合には補償を行なう旨約束した。

両地区の住民らは,本件採石場地先の海岸ではアオサノリ養殖が行なわれている程度で漁業への影響がほとんどなく,c港やd港は石材運搬船の出入りに適しておらず,運搬船が寄港すると漁船の出入りに支障が出るとして,桟橋設置についての原告の説明に同意した。

原告は,両地区の住民らの代表との間でそれぞれ迷惑料の支払に関する契約を締結したうえ,岩石採取によって損害が生じた場合の補償を条件として,両地区の各住民から岩石採取について同意を取り付け,a町漁業協同組合(以下「漁協」という)からも,同様の同意を得た。

ウ 平成9年3月19日,原告は県知事に対し,本件採石場において岩石の採取を行なうため,採石法33条の規定に基づき本件採石申請をした(争いがない)。

エ 平成9年4月18日,a町町長(以下「a町長」という)は県知事に対し,a町教育委員会は文化財(b島は生物化石を多数包含する地層からなっており,一部地域は昭和60年にa町により天然記念物指定を受けていた)の滅失につながる恐れがあるという見解であり(この点につき,同年5月19日付意見書により,採石場予定地はa町指定の天然記念物所在地ではない旨の訂正がなされた),採石場地先の船積場予定地付近はアオサノリ養殖のため区画漁業権が設定されており,採石工事による泥水流入や運搬船の航行によりこのアオサノリ養殖はもとより付近海域における定置網漁業,養殖事業への影響が懸念されるところ,本件採石場の地権者及びc地区漁業者は賛成しているが,隣接地区(d地区及びf地区)の漁業者は多数が反対しているとし,採石場付近の林道は住民の生活道路であり,スクールバスや巡回診察車が運行されており,その使用について配慮が必要であるとして,県知事の慎重かつ的確な判断を望む旨の意見書を提出した。

被告県の担当者は,同年5月30日に行なった現地調査の結果として,採石による粉塵,騒音,振動については特に問題はないが,泥水流出による漁業被害が最も懸念されるため,泥水処理計画,採掘方法,流出防止対策について検討の必要がある旨報告した。

オ 原告は本件採石場に設置する沈殿池の広さを98㎡として申請していたが,被告県は,資源エネルギー庁が作成した「採石技術指導基準書」に基づき,原告に対し,一般的な採石場の泥水(汚濁水)処理については,直径0.07mmの大きさの粒子まで沈殿させることができる広さの沈殿池の設置が必要であり,98㎡の広さでは直径0.07mmの粒子を沈殿させられないとして,沈殿池の広さを150㎡に変更するよう指導した。

平成9年6月27日までに,原告は上記指導に従い,沈殿池を150㎡とするなどの汚濁水処理施設及び流出防止設備の改善計画を提出した。

その後,被告県からは沈殿池について何らの指導はなされなかった。

カ 平成9年6月4日から7月22日までの間に,a町議会及びa町の住民数百名から県知事に対し,本件採石申請を不認可とするよう求める要請がなされた。

同年7月23日,県知事から再度意見を求められたa町長は,原告が的確な対策を用意し,反対住民からの懸念に対して説明をしていることを認めつつ,a町議会が採石場設置計画に反対する陳情を採択しており,島民の命の綱ともいうべき漁業に決定的打撃を与えるとして,採石場の建設に反対する旨の意見書を提出した。

キ 平成9年9月11日,県知事は,当該採取計画に基づく岩石の採取が水産業の利益を損じ,公共の福祉に反するおそれがあると認められ,採石法33条の4により認可してはならない場合に該当するとして,本件採石不認可処分(指令工振第295号)をした(争いがない)。

ク 原告は,本件採石不認可処分の取消を求めて公調委に裁定申請をした(争いがない)。

県知事は,審理の中で,本件採石不認可処分の理由として,被告県の内規で規定されているよりも細かい0.07mm以下の粒子も沈殿池で除去しなければ漁業被害をもたらすことになるが,0.07mmよりどの程度細かい粒子を除去すれば良かったのか判断できず,また,原告からは指導を受けた150㎡よりも大きな沈殿池を設置することはできないとの回答を受けており,それ以上の沈殿池の改善措置を講じることはできないであろうと判断した旨主張し,被告県の担当者は,150㎡の沈殿池があれば0.07mmの粒子は除去できるけれども,地元が反対したので150㎡では認可ができないと考えたが,さらに細かい粒子を除去するためにどの程度の広さの沈殿池を設置すればよいかの基準は持ち合わせておらず,また,原告はさらに大きな沈殿池を設置することに同意しないと考え,確認をしなかった旨陳述した。

ケ 平成10年12月10日,公調委は,本件採石不認可処分は,a町長等の反対意見を重視するあまり,水産資源の生息環境に悪影響を及ぼすことを証明するに足りる証拠はなく,採石法33条の4の不認可事由の存在が認められないのになされた違法な処分であるとして,処分を取り消す旨の裁定をした(争いがない)。

平成11年2月25日,県知事は原告に対し,本件採石申請に対し,これを許可する旨の処分をした(争いがない)。

(2) 本件申請1及びこれに対する被告所長による本件不許可通知

ア 平成11年3月10日,原告は,被告県の出水土木事務所を訪ね,本件採石場地先の海岸に石材搬出のための桟橋(以下「本件桟橋」という)を設置するための手続について相談したところ,担当者からa町長の意見書を添付するように指導された。

当時,本件採石場地先の海岸は,海岸法,港湾法,漁港法,道路法等の適用を受けない一般海浜地(法定外公共物)として国有財産法の適用を受け,私権の設定は一般的に禁止され,ただ用途または目的を妨げない限度において固有の使用または収益を許可することができるとされていた(国有財産法18条3項)が,許可申請の手続及び不服申立については何らの規定もされていなかった。

また,国有財産法上,一般海浜地の管理,使用収益の許可に関する事務は各都道府県知事に委任されており,この事務の処理のため,被告県は「鹿児島県一般海浜地等管理規則」(昭和52年制定。以下「県管理規則」という)を定めていた。なお,一般海浜地の使用収益の許可事務は鹿児島県事務処理規則により各地の土木事務所長に委任されていた。

県管理規則は,一般海浜地の使用収益の許可申請につき,申請書に知事が定める書類(各種図面のほかに,市町村の意見書及び利害関係人の同意書を含む)を添付し,各土木事務所長または支所長を経由して県知事に提出することと定め,3条2項は許可を与えることができる場合として以下のとおり定めていた。

1号

電柱,電線,水道管,下水道管,ガス管その他これらに類する施設の敷地の用に供する場合

2号

通路,材料置場,乾場,船揚場その他これらに類する施設の敷地の用に供する場合

3号

一時的に設置する駐車場,休憩所,遊戯場,露店,商品置場その他これらに類する施設の敷地の用に供する場合

4号

農地または採草放牧地の用に供する場合

5号

土石,土砂を採取する場合

6号

前各号に掲げる場合のほか,公衆の利便に供する必要があり,または,知事が特に必要やむを得ないと認めた場合

なお,県管理規則7条は許可を得て一般海浜地を使用する際に使用料を納付すべき旨を定め,別表第1として各使用の態様に応じた使用料を定めていたが,そのうち「娯楽施設用地」の中に「桟橋又は渡船場」の使用料(1㎡につき年間63円)の定めがあった。

イ 平成11年3月15日,被告所長は原告に対し,法律により原則として一般海浜地の使用収益を許可することはできないことになっている旨説明した。

ウ c地区公民館長及び漁民総代は,石材搬出用の桟橋の設置場所としては本件採石場地先の海岸が最も望ましい旨のa町長宛ての平成11年4月30日付要望書,桟橋の設置場所としては本件採石場地先の海岸が最も適しており,桟橋設置を許可してもらいたい旨の被告所長宛ての同年6月13日付要望書をそれぞれ作成し,原告に交付した。

a町長は,原告が設置を計画している桟橋は大規模で,原状回復できるものではなく,使用も長期にわたると予想されるため,公共用財産の目的及び用途を阻害すると思われること,a町議会で岩石採取に反対する旨の陳情書が平成9年6月23日と平成11年3月23日に採択されていること,岩石採取による水産業への影響が懸念されるとして行政に慎重な対応を望む旨の意見が地元漁協から表明されたことを理由として,桟橋設置に同意できない旨の県知事に対する平成11年6月8日付意見書を原告に交付した。

エ 平成11年6月21日,原告は,桟橋設置許可申請書,附属書類等のほか,地区住民,隣接住民及び漁民の要望書を添えて出水土木事務所を訪問したところ,同事務所の担当者は漁協の同意書を新規に提出するよう求めた。これに対し,原告は,既に漁協から同意期間を平成13年8月31日までとする同意書を提出しているので必要ないのではないかと指摘したが,担当者は漁協の同意書を新規に入手して提出しなければ申請書は受理しない,c港の港湾区域内であれば許可になるであろうと述べた。

原告は出水土木事務所の担当者に対し,c港は単なる漁港であって大型船舶の出入りは不可能であるし,地域住民も反対しているため,本件採石場地先の一般海浜地の使用収益申請をしているのである旨指摘したが,出水土木事務所の担当者は新規に漁協の同意書を添付するよう指導を繰り返した。

平成11年6月22日,原告は漁協を訪れ,同意書の作成を求めたが,漁協から出水土木事務所に電話で同意書の要否につき問い合わせがなされた結果,同事務所は新規の同意書を求めないこととした。

オ 平成11年7月5日,原告は出水土木事務所を訪れて早急な許可を求め,同月22日,出水土木事務所から申請書を受理するので提出するようにとの連絡を受けた。

同月23日,原告は,本件採石場地先の海岸160㎡を平成13年8月31日までの期間,本件桟橋を設置するために使用収益したい旨の申請書(甲5の(1)ないし(6))を出水土木事務所に提出して本件申請1をし,受理された(争いがない)。

カ 平成11年8月17日,被告所長は原告に対し,書面により,海岸保全区域内に桟橋を設置する計画を検討するよう求めた。原告は,同月23日付けの書面により,c港湾区域及び海岸保全区域では近隣住民の同意が得られないとして,従前どおり本件採石場地先の海岸に桟橋を設置する意向である旨回答した。

キ 平成11年11月24日,被告所長は,原告に対し,本件桟橋は県管理規則の許可要件である公共的,一時的,公衆の利便の用に供するものでなく,知事が特に必要やむを得ないと認めるものに該当しないこと,a町長の意見は同意できないというものであったこと,漁協組合長の同意書が添付されているが,漁協から行政として慎重な対応を望むとする意見書が提出されていることを理由に,本件不許可通知をした(争いがない)。

(3) 本件申請2及びこれに対する本件不許可処分

ア 平成11年5月に成立し,平成12年4月1日から施行された海岸法の一部を改正する法律(平成11年法律第54号)により,従前国有財産法の適用を受けていた一般海浜地は「一般公共海岸区域」として海岸法の適用を受けることとなり,同法37条の3第1項は,一般公共海岸区域の管理は各都道府県知事が行なうものとした。

改正海岸法は,海岸につき,従来の津波,高潮,波浪等からの防護の目的のほかに,海岸が有する生態系,親水,景観等の自然環境の保全と整備,一般公衆のレクリエーション利用という観点を加え,これらの調和のとれた管理を行なうことを主眼の一つと位置づけており,国や自治体が所有する公共海岸のうち海岸保全区域を除く一般公共海岸区域内においては,海岸管理者以外の者が施設又は工作物を設けてこれを占用しようとするときは,海岸管理者の許可を受けなければならないとし(37条の4),許可を受けようとするものは一般公共海岸区域の占用の目的,期間,場所並に施設又は工作物の構造,工事実施の方法,期間等を記載した申請書を海岸管理者に提出しなければならないとして申請手続について定めたほか(同法施行規則11条,3条),許可を受けられなかった場合に公調委に対して裁定の申請を行なうことができるとして,不服申立の手続を設けた(39条の2)が,占用許可の基準については規定を設けなかった。

上記改正に伴い,被告県は,平成12年3月31日,一般公共海岸区域の占用許可等に関し,海岸法施行細則を定めた。

同細則は,一般公共海岸区域の占用許可申請には,県知事が指定する設計書等の図面に加え,占用によって影響を受ける他の権利を有する者の同意書または意見書等を土木事務所長を経由して県知事に提出しなければならないとしている(3条,11条。なお,市町村の意見書は添付書類とされなかった)が,許可の具体的基準については規定していない。

同細則4条は一般公共海岸区域における施設又は工作物の設置による占用許可(海岸法37条の4)の期間を30年以下と定めているが,被告県の運用通知では,公共施設は30年以内,その他の工作物は10年以内,公園,緑地,運動場施設等は5年以内とし,その他の工作物については3年以内としている。

また,被告県は,平成12年3月28日,鹿児島県海岸占用料等徴収条例及び同施行規則を制定し,桟橋又は渡船場の設置による占用については1㎡につき年間64円と定めた。

一般公共海岸区域の占用許可事務は鹿児島県事務処理規則により県知事から各土木事務所長に委任されている(同規則9条,別表第6)

イ 平成13年6月20日,原告は,本件採石場地先の海岸に石材搬出用の本件桟橋を設置する目的で,改正後の海岸法37条の4の規定に基づき,本件申請2をした(争いがない)。

原告が設置を申請した本件桟橋は,幅8m,長さ24m,高さが海側の端で7mで,H鋼を溶接して組み上げ,上部に鉄板を貼り付けたものであり,台風や大浪にさらされても損壊しないように堅固な構造になっており,10年以上は使用が可能であるが,撤去は比較的容易に行うことができる構造となっている。

ウ 平成13年7月27日,a町長は被告所長に対し,桟橋の設置により漁船漁業への影響が懸念され,林道が積出用通路として使用されると住民の日常生活に支障が出るとして,桟橋設置には同意できない旨の同日付意見書を提出した。この意見書には,本件桟橋の設置に反対する旨のc集落,d,f及びg集落の代表者で構成される公民館役員会,a町漁業協同組合の各意見書が添付された。

同年8月27日,採石業及び海岸での積出施設建設に反対する旨のb島採石場設置及び積出施設設置反対連絡協議会の名義による請願書が県知事に提出された。これにはc,g,f及びd部落の住民の名簿が添付されていた。

エ 平成13年8月30日,被告所長は原告に対し,一般公共海岸区域の占用は簡易で短期的なものを前提としており,石材運搬用の本件桟橋は大型船舶の停泊や桟橋場の運搬作業を安全かつ円滑に行うために大規模で堅固かつ長期的なものが必要となり,その占用は公衆の自由使用に供するという一般公共海岸区域の用途又は目的を妨げること,本件採石場から約600mの場所が港湾区域に設定されており,当該区域の利用を図るべきであること,a町長は本件桟橋の設置には同意できないとの意見であったこと,申請書に添付されているa町漁業協同組合長の同意書の同意期間が平成13年8月31日までとなっており,本件許可申請の占用期間(3年間)にわたる同意がないため,実質的に同意書が添付されていないと判断したことを理由に,本件不許可処分をした(争いがない)。

2 主張

(1) 本件不許可通知の処分性

ア 被告らの主張

国有財産法上,私人はもともと行政財産につき使用収益権等の実体法上の権利や法的利益,使用収益の許可申請権を有しないから,不許可は抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらない。したがって,本件不許可通知の取消を求める甲事件の訴えは不適法である。

イ 原告の主張

不許可は国民に重大な不利益を与え,行政が恣意的に許可不許可を行なった場合にこれを是正する方法が必要であるから,不許可処分に対する取消訴訟は許されると解するべきである。

(2) 本件不許可通知及び本件不許可処分の違法性

ア 原告の主張

(ア) 本件不許可通知について

本件桟橋は県管理規則3条2項2号または5号に定める占用許可が可能な場合に該当する。

県管理規則7条は一般海浜地を占用して収益を上げる者は使用料を納めなければならない旨を定めており,要件に該当しさえすれば娯楽施設であっても使用収益ができるのであるし,桟橋についても1㎡当たり年63円という料金が設定されていることからして,使用料を支払えば使用収益が可能であることを示している。また,関係町長の同意は,明文上,許可要件とはされていない。設置する施設は簡単軽微なものでなければならないとする規定はなく,30年という期間が設置されていることからしても,簡単軽微という要件は導き出されない。

実際にコンクリート製の桟橋について使用許可がなされた例が存在している。

原告は本件採石申請について認可を受けているところ,本件申請1の許可を得られなければ採石事業は採算がとれず,事実上事業を行うことができないし,港湾区域に桟橋を設置して本件採石場からトラックで岩石を運搬することは,環境面や交通面でa町住民により大きな不利益を与えることとなるのであるから,本件採石場地先の海岸に桟橋を設置することは,管理規則3条2項6号の県知事が特に必要やむを得ないと認めるべき場合に該当する。

(イ) 本件不許可処分について

海岸法施行細則4条は占用期間を30年以下としていること,県知事は過去に桟橋,渡船場の設置について10件の許可をしていること,町長の同意は許可の要件ではないこと,被告が指摘する港湾区域等に桟橋を設置することには地域住民及び漁民の同意が得られないことからして,本件申請2を不許可とする理由はなく,本件不許可処分は違法である。

イ 被告らの主張

(ア) 本件不許可通知について

一般海浜地は国有財産法の適用を受けるから,占用許可を受けるためには,その用途又は目的を妨げないことを要するのであり,公衆の自由使用と許可申請者との利益衡量という観点から判断されるものではない。

本件のように石材運搬を目的とする場合には係留施設の整った港湾施設の利用を図るべきであること,地元のa町長は同意しない旨の意見書を提出していること,本件桟橋は県管理規則3条2項の1ないし5号のいずれにも該当せず,地元a町長の同意しない旨の意見書が提出されている以上6号にも該当しないことからすれば,本件申請1を不許可としたことに違法性はない。

(イ) 本件不許可処分について

改正後の海岸法は,一般公共海岸区域の占用許可に関して許可の具体的基準を示していないが,一般公共海岸区域も公共用財産である以上国有財産法の適用を受けるから,改正前と同様,その用途又は目的を妨げない限度において許可できるもので,公衆の自由使用と許可申請者との利益衡量という観点から判断されるものではないと解すべきである。

本件不許可処分は,本件桟橋は規模が大きく堅固で長期的なものであること,a町長は桟橋設置に同意できないとの意見書を提出していること,占用許可申請地近隣の集落の住民から桟橋設置反対の請願書が提出されていること,漁協の組合長の同意書の同意期間は平成13年8月31日までであり,専用期間(3年間)にわたる同意がないことからすれば,本件桟橋の設置は一般公共海岸区域の用途又は目的を妨げるというべきであるから,許可の基準には該当せず,不許可としたことに違法性はない。

(3) 国家賠償法上の違法性及び故意・過失

ア 原告の主張

本件採石不認可処分,本件不許可通知及び本件不許可処分はいずれも違法であって,国家賠償法上も違法となる。

イ 被告県の主張

(ア) 本件採石不認可処分について

公調委が本件採石不認可処分を違法なものとして取り消したからといって,直ちに同処分が国家賠償法上も違法ということにはならない。

本件採石申請について,県知事は本件採石場が海岸に極めて接近しており本件採石場周辺海域における水産資源に悪影響を与えることが懸念されたこと,関係市町村長であるa町長の意見が反対であったこと,a町議会からも不認可を求める意見書を提出されたこと,合計420名の住民の認可反対の意見書が提出されたことを踏まえ,水産業等への影響について審査したうえで本件採石不認可処分をしたものであり,過失はない。

(イ) 本件不許可通知及び本件不許可処分について

これらに違法性がないことは前記(2)イのとおりである。

(4) 損害

ア 原告の主張

県知事及び被告所長の違法な処分により,原告は以下のとおり合計7830万円の損害を被った。

(ア) 人件費関係の損害      1850万円

① 公調委に対する裁定申立に要した弁護士費用623万9750円のうち300万円

② 東京への交通費 113万1000円のうち50万円

・※  平成9年から平成12年の人件費(従業員に対する傷害保険,社会保険,労災保険を含む)3248万7187円のうち1500万円

(イ) 機械等の購入費        4800万円

採石用の機械等の購入代金2億4391万7879円の2割

(ウ) 施設建設費           480万円

採石用施設建設費2443万3020円の2割

(エ) その他              200万円

別紙投資目録4その他に記載の借地代800万円,現場への乗船費用60万円及び鹿児島への交通費147万3700円の一部

(オ) 弁護士費用           500万円

イ 被告県の主張

許認可を必要とする事業については,許認可を得て初めて事業が可能となるのであるから,許認可を見越して事前に契約をするようなことはすべきではない。

また,原告は職員を他の現場で働かせたり,機械類は賃貸するなどして損害の拡大を防止したと考えられるから,これによって得た利益につき損益相殺がなされるべきである。

第3判断

1  甲事件(本件不許可通知の取消請求)につき

(1)  本件不許可通知は当時の適用法令である国有財産法及び県管理規則に基づく使用収益許可申請に対してなされたものであるが,すでに適用法令は変更され,原告は現行の適用法令(平成11年改正後の海岸法及び海岸法施行細則)に基づく新たな占用許可申請(本件申請2)をしたのであるから,本件申請1に対する被告所長の行為の取消を求める訴えは,もはや審理判断する利益がなく,不適法である。

(2)  よって,甲事件の訴えは却下を免れない。

2  乙事件(本件不許可処分の取消請求)につき

(1)  改正後の海岸法は一般公共海岸区域占用の許可(同法37の4は申立手続を法律上当然に予定している規定であり,申請権を認める趣旨と解されるから,許可申請に対する許可または不許可の処分は抗告訴訟の対象となる行政処分に当たる)につき,海岸保全区域の占用許可をしてはならない場合について定めた同法7条2項と同趣旨の規定を設けておらず,その他許可不許可基準について何ら定めていない。被告県においても,占用許可申請手続等を定めた海岸法施行細則が制定されているのみで,海岸法改正前に一般海浜地使用収益の許可基準を定めていた県管理規則と同旨またはこれに準じる規則等は存しない。

一般公共海岸区域も行政財産であるから,私人による占用については国有財産法の適用により本来の用途又は目的を妨げないことを要するところ,海岸法は,津波,高潮等の自然災害から海岸を防護するとともに,海岸環境の整備保全及び一般公衆による海岸の適正利用を図り,もって,国土の保全に資することを目的としていることに照らし,一般公共海岸区域に属する国有財産である海岸の用途ないし目的は,自然現象による国土の浸食を防護し,海岸付近の自然環境を整備保全する基礎となり,国民一般によるレクリエーションやレジャー等の利用に供されるところにあると解される。したがって,管理者が一般公共海岸区域の占用許可を与えるかどうかについては,占用の目的及び態様が海岸法が定める上記の目的及び用途に反するかどうかを基準として判断されるべきものと解される。

(2)  前記のとおり,原告が設置を申請した本件桟橋は幅8m,長さ24m,高さが海側の端で7mであり,H鋼を溶接して組み上げ,上部に鉄板を貼り付けた大規模で堅牢な構造物であるが,海底から水面上までコンクリートで固めた恒久的な桟橋と異なり,解体撤去は比較的容易に行うことができるものである。また,本件採石場地先の海岸は岩場からなり,水深が急に深くなっているため,設置した桟橋に大型船が接岸するにあたって海底を大規模に掘削する必要はないと認められる。

本件採石場地先の海岸に本件桟橋を設置し,これに大型運搬船が接岸して石材の搬出を行なったからといって,海岸浸食の危険が生じ,もしくは海岸を波浪による浸食から防護するための工事(これが計画されていることを認めるべき証拠はない)の妨げとなるおそれがあると認めるに足りる証拠はない。

また,本件桟橋の設置工事により海岸の岩礁や海底の様相が大きく変更され,かつ,将来の撤去が困難で,多額の費用を要し,このため用途を終えた後も永久的に残存する結果となり,海岸の自然環境が破壊されるおそれがあるとも認められない(なお,自然環境の破壊が懸念されるのは,本件桟橋の設置よりも,本件採石場における岩石採取により山容が変化し,樹木や植物が排除されるためと考えられるが,採石場の設置及び操業についてはすでに採石計画の認可が与えられており,被告県の権限に基づき,認可に伴う条件の設定や認可後の監督に際し,採石事業続行中の自然環境破壊の防止措置を指導し,終了後の自然回復を命じることが可能なのであるから,本件桟橋設置の許可不許可の判断において採石事業の開始継続による自然環境破壊等の危険を考慮するのは筋違いである)。

このほか,地先海岸が従前から一般公衆の利用に供されていた形跡はなく,今後も海岸におけるレクリエーションやレジャーの拠点とされる見通しがあることを認めるべき証拠はない。

そうすると,本件桟橋の設置により,当該海岸が一般公共海岸区域内の海岸としての用途または目的を妨げるおそれがあるとは認められず,したがって,これを許可してはならず,もしくは許可すべきでない場合に当たるとはいえない。

(3)  本件採石場における採石事業は私企業である原告の利潤追及のための事業活動にほかならず,本件桟橋は本件採石場からの石材積出のみを目的として設置されるものであり,不特定多数の公衆による利用を目的とする施設に当たらないことは明白である。

しかし,一般公共海岸区域の占用許可は必ずしも公共的な施設の設置の場合にしか認められないとする根拠はない。すなわち,海岸法は一般公共海岸区域に施設または工作物を設置する行為を許可制にしているが,施設または工作物の種類や用途を制限していないのであり(同法37条の6第1項は禁止される行為すなわち許可を与えることができない行為として,海岸管理者が設置した施設または工作物の損傷,油その他による海岸の汚損,自動車,船舶等の放置等のほか,その他海岸の保全に著しい支障を及ぼすおそれがある行為として,海岸法施行令12条の4により,土石,土砂の投棄,動植物の生育地における地表の剥離等が掲げられているが,本件桟橋の設置がこれらの禁止行為に当たらないことは明らかである),海岸法の目的とする海岸の保全,海岸環境の保全及び公衆の利用に反しない限り,特定の私人,私企業による営利目的の占用も許可の対象になり得ると解される。

被告県は,海岸法11条に基づき,許可を得て海岸を占用する者が納付すべき占用料に関し,鹿児島県海岸占用料等徴収条例(平成12年3月28日条例第67号)を制定しているところ,占用料納付の対象として,農地,採草放牧地,宅地,倉庫,工場,造船所,事務所,店舗,鉱工業用地の仮設工作物,材料置場,土木建築用地の仮設工作物,材料置場,漁業用地の漁業用工作物,娯楽施設用地,遊船,露店,仮設興行場,広告宣伝施設用地の広告板,広告塔などのほか,桟橋,渡船場を掲げていることに照らし,私人の営業活動のための施設または工作物の設置が,制度上,原則として許可の対象外とされ,例外的にのみ許可されるとは解されない(前記のとおり,国有財産法が適用されていた当時の県管理規則においては,桟橋及び渡船場は娯楽施設の一種として定められ,一般公衆の利用を前提としていたと解されるが,現在の海岸法施行細則においてはこのような絞りはかけられていない)。

また,海岸法施行細則4条は行為の区分に応じて占用許可の期間を定め,海岸法37条の4に規定する施設または工作物の設置による占用の期間を30年以下としていることに照らし,設置する施設または工作物が一時的な仮設物でなければ許可の対象にならないと解することはできない。

したがって,被告所長が,一般公共海岸区域の占用許可は公共的な利用を目的とする施設もしくは簡易で短期的な施設の設置の場合に限られ,一私企業の営業のための施設であり,大規模,堅固で長期使用を前提とする本件桟橋はこれに該当せず,一般公共海岸区域の用途又は目的を妨げるとしたのは,法令の趣旨を正解しないものというほかない。

(4)  本件採石場が存在するb島には,採石場近辺にc港及びd港があり,西端にe港があるため,これらの既存の港湾を積出港として利用することができるのであれば,本件採石場地先の一般公共海岸につき占用許可を得てこれに桟橋を設置するまでもないことは被告らが主張するとおりである。

しかし,前認定のとおり,d港やc港は多数の小型漁船等が係留され,出入りする小規模の漁港であり,大型の石材運搬船が出入りすることは客観的に不可能であるうえ,d港及びc港を拠点として漁業を営む者を含む住民は,石材運搬船が各港を利用すること,本件採石場から両港までの石材運搬のために住民が生活道路として利用している島内一周林道を大型トラックが通行することに反対している。また,b島西端のe港は被告県が管理する大型港であり,石材運搬船の寄港に支障はないけれども,同港まで石材を運搬するには島内一周林道をほぼ半周しなければならず,大型トラックの運行に沿線の住民がこぞって反対することは必至と認められる。

c港を中心として指定された港湾区域はc港の防波堤の外側にも広がっており,最短で本件採石場とは約600m離れているだけであることからすると,c港に出入りする漁船の航行に支障を与えないように,防波堤の外側の海岸に桟橋を設置することが考えられる。しかし,この場合,短い距離とはいっても石材の陸上輸送が必要となり,依然として石材運搬車両の林道使用による住民の通行の支障や交通事故の危険があるうえ,c港近辺の海岸と本件採石場地先の海岸とはほぼ同じような地形であり,わずか600m離れた場所に設置できるのに,本件採石場直近の地先海岸に設置できないとする理由はただ港湾区域に指定された範囲に入るかどうかという形式的な違いのみであって,海岸の保全,景観及び一般公衆の利用の観点において本質的な相違があるとは認められない。

(5)  原告は本件採石場において岩石採取の事業を営むことの認可を得ているが,採掘した石材を近辺のc港またはd港ないしb島西端のe港まで運搬するために一周林道を使用することは,前記のとおり林道の沿線住民の同意が得られる見込みがないため,事実上不可能である。したがって,地先海岸に桟橋を設置することを不許可とするのは,原告が上記事業を営むことを禁止するに等しく,採石計画認可の意味を無に帰するということができる。

いったん不認可としたものの,公調委の裁定により取り消されたため最終的に認可処分をしたという経過であったにせよ,県知事が原告の採石計画を認可した以上,被告県はこれを前提として本件桟橋設置許可申請に対処すべきであり,本件桟橋の設置が採石計画を実行するための事実上唯一の手段である以上,海岸法の適用において許可することがどのようにしても不可能な場合でない限り,設置許可の方向で検討するべきであり,その意味において,許可するかどうかについての県知事の裁量は覊束されているというべきである。

(6)  一般公共海岸区域の占用許可について,法令上地元自治体,住民及び関係諸団体の同意は許可の要件とされていない(海岸法施行細則は占用によって影響を受ける他の権利を有する者があるときは,その者の同意書または意見書の添付を求めているのみである)けれども,許可するかどうかの判断にあたり,占用許可により最も影響を受ける地元自治体等の意見を徴し,参考とすることは,県下の各自治体を統括する被告県としての重要な行政上の要請と解される。

ただ,地元自治体等の意見を徴し,参考とするに当たっては,当該意見が手続的に正しく形成され,表明されたものかどうか,内容的に首肯できる合理的根拠に基づいているかどうかについて,十分な吟味を経る必要があり,これをせずにただ地元の意見であるからというだけで,これを許可不許可を決する重要な要素とした場合,処分の客観的な違法評価を免れることはできない。

前認定のとおり,地元のa町長は,桟橋の設置により漁船漁業への影響が懸念され,林道が積出用通路として使用されると住民の日常生活に支障が出るとして,桟橋設置には同意できない旨の同日付意見書を提出し,この意見書には,本件桟橋の設置に反対する旨のc集落,d,f及びg集落の代表者で構成される公民館役員会,漁協の各意見書が添付されたこと,同年8月27日,b島採石場設置及び積み出し施設設置反対連絡協議会という名称により,採石業及び海岸での積み出し施設建設に反対する旨の請願書が県知事に提出され,これにc,g,f及びd部落の住民の名簿が添付されていたことは前認定のとおりである。

しかし,a町長の意見書で指摘された漁業への影響については,本件採石不認可処分に対する公調委の裁定において,採石場からの泥水(汚濁水)の流出により水産資源の生息環境に悪影響が生じることを証明するに足りる証拠はないとされており,本件採石不認可処分の取消裁定及びこれに基づく県知事による認可処分によって決着はついており,石材搬出用の大型船の航行による小型漁船の安全に対する懸念についても,具体的な危険性は立証されていない。

また,林道使用による地元住民の支障については,本件採石場地先の海岸に桟橋を設けて搬出すれば,林道を通行しなくて済み,石材を陸上輸送し,付近のc港,d港またはb島西端のe港から積出を行なう場合と較べて地元住民に与える影響ははるかに少なく,かえって,本件採石場からの石材搬出の方法として最も合理的なものということができる。

そうすると,a町長の反対意見は客観的,合理的な根拠に基づくものとは認められない。

漁協については,原告は本件申請2に漁協の同意書を添付しているし,平成11年6月22日に漁協から出水土木事務所に架電がなされた結果新規の同意書は不要とされたことに照らし,当時の客観的状況として,漁協が桟橋設置に反対していたとは認められない。

近隣住民の反対については,本件申請2には本件桟橋の設置によって直接影響を受けるc及びd部落の住民の同意書が添付されており,このうちc部落の住民については,地権者でもあり採石に賛成している者も含まれているところ,b島採石場設置及び積み出し施設設置反対連絡協議会の構成員名簿には以上のように採石に賛成した者が含まれており,この名簿の信用性には疑問があるといわざるを得ない(先の本件申請1には桟橋を本件採石場地先の海岸に設置するよう求める要望書が添付されていたことに照らすと,c部落及びd部落の住民はむしろ本件採石場地先の海岸に桟橋を設置する方法を希望していたものと推認される)。

以上のとおり,地元自治体,住民,利害関係団体の各反対意見は,その内容及び成り立ちからして,これを不許可の方向に作用する重要な要素として考慮するのは適切ではなかったということができる。

(7)  なお,前記のとおり被告所長は海岸法改正前の本件申請1に対し,原則として私人の占用を禁止した国有財産法に基づく県管理規則3条(許可事由を限定列挙しつつ,公共的な必要性があることを許可の要件とし,かつ,必要性の有無の判断について知事の裁量に委ねた規定)に基づき,本件桟橋は例外的に許可し得る場合に該当しないとして,これを不許可としたものである。

しかし,少なくとも改正後の海岸法における一般公共海岸の占用許可が公共的な用途の場合に限られると解釈すべき根拠はないこと,本件採石場における採石計画の認可がなされている以上,本件桟橋の設置による海岸占用の許可についての県知事の裁量は覊束されると解するべきであることは前記のとおりであるから,本件申請2に対し,従来の県管理規則の許可基準を踏襲して許可不許可を決定することは許されないというべきである(県管理規則は海浜地の使用収益のほかに海底の土地の管理についても合わせて定めていたところ,海岸が改正海岸法及び海岸法施行細則の適用を受けるようになったため,従前どおり国有財産法の適用を受ける海底の土地の管理について,被告県は「鹿児島県海底の土地管理規則(平成12年3月31日規則第124号)」を制定したものであるが,同規則においては廃止前の県管理規則の使用収益の許可基準の規定がそのまま踏襲されており,海岸法施行細則との相違は明白である)。

(8)  以上の検討結果によれば,本件申請2を不許可とした本件不許可処分は法令上不許可とすべき事由がないのになされた違法な処分といわざるを得ず,取消を免れない。

(9)  よって,原告の乙事件請求は理由がある。

3  丙事件(損害賠償請求)について

(1)  本件採石不認可処分の違法性

本件採石不認可処分は,公調委の裁定において,本件採石場における採石事業により流出した泥水が付近海域の水産資源の生息環境に悪影響を及ぼし,水産業の利益を損じ,公共の福祉に反する旨の県知事の不認可理由を認めるに足りる証拠がないとして取り消されたものであるが,被告県は,不認可理由があると認定するにあたり,泥水流出による海域の汚染,水産資源への悪影響について具体的な調査分析を行なわず,また,どの程度の規模の沈殿池ならどの程度の粒子を沈殿させることが可能かについてのデータも,どの程度の大きさの粒子を沈殿させることができる沈殿池であれば海域の汚染を招来するおそれがなく,採石計画を認可できるかについての基準も有していなかったと認められる。してみれば,県知事が本件採石不認可処分をしたのは,故意または過失による違法な行為に当たる旨の原告の主張は理由があると認められる。

(2)  本件不許可通知の違法性

被告所長は,本件桟橋の設置は当時の県管理規則が定める一般海浜地の占用を許可できる場合に該当しないとして,不許可としたものであるところ,海岸法改正前の国有財産法に基づく一般海浜地の管理のため県管理規則が定めていた占用許可の基準が適正であったかどうかは別論として,被告所長はこれに従って許可不許可を決定するほかなかったのであり,かつ,県管理規則3条2項1号ないし5号は許可できる場合を公共的で簡易な施設ないしは一時的な施設の敷地とする場合,施設の設置を伴わない場合に限定して列挙し,6号は,その他公衆の利便に供する必要があり,または知事が特に必要やむを得ないと認める場合としていたため,被告所長は本件桟橋の設置はこれらの許可事由に該当しないと判断したものであり,この判断は必ずしも県管理規則の規定の解釈を誤り,ないしはその趣旨に反していたものとはいえない。

海岸法改正前においても,鹿児島県内において桟橋の設置が許可された事例が10件ほど存在し,その中には本件と同様の石材積出用の桟橋設置が許可された例があり(昭和61年5月のa町h字i番地先の一般海浜地における桟橋設置許可),この事例では,採石場から既存の港湾区域等に通じる道路がなく,また,地元町長の桟橋設置に異議がない旨の意見書及び漁業協同組合長の同意書が提出されたため,設置が許可されたと認められる。本件申請1の場合,港湾区域への連絡道路はあるものの事実上使用することが困難である点では同様であるが,前記のとおり,県管理規則は市町村の意見書及び利害関係人の同意書を許可申請に必要な添付書類と定めていたこと,a町長や地元住民らの反対趣旨の意見書が提出され,漁協組合長の同意書は添付されていたものの,漁協から行政として慎重な対応を望むとする意見書が提出されていたことに照らし,本件申請1を上記の許可先例と同一には扱えないとした被告所長の判断が誤りであったとまではいえない。

したがって,本件不許可通知の違法をいう原告の主張は採用できない。

(3)  本件不許可処分の違法性

本件桟橋の設置は一般公共海岸区域の占用を許可できる場合に該当しないとした被告所長の本件不許可処分が法令上不許可とすべき理由がないのになされた違法な行政処分と認められることは前記のとおりである。

被告所長の判断は一般海浜地につき国有財産法が適用されていた当時の県管理規則に定める使用収益許可基準を踏襲したものであるが,海岸法の改正に伴って県管理規則は廃止され,新たに制定された海岸法施行細則には県管理規則のような制限的な許可基準規定は設けられなかったのであり,かつ,このような法令の変更は許可事務を委任された被告所長として当然把握精通しておくべき事柄であるから,被告所長がした本件不許可処分は過失による違法行為に当たると認められる。

(4)  原告の損害

ア 本件採石不認可処分に対する公調委への裁定申立に要した費用

証拠(甲301,302ないし303の各(1)(2),304の(1)ないし(3),305ないし308の各(1)(2))によれば,原告は熊本弁護士会所属のF弁護士に公調委への裁定申立手続を委任し,報酬623万9750円を支払ったことが認められ,この弁護士費用は被告が違法な本件採石不認可処分をしなければ支払う必要がなかった費用であるから,被告県はこれを賠償する責任がある。しかし,本件採石申請が認可されるまでの経緯等の諸事情を考慮すると,違法な本件採石不認可処分と相当因果関係が認められる損害は200万円とするのが相当である。

原告は公調委の審理に出席するための交通費113万1000円を損害と主張するが,公調委の審理に原告の関係者が出席することが義務とされているわけではないから,本件採石不認可処分と相当因果関係がある損害とは認められない。

イ 人件費

原告は,平成9年から平成12年までの間の従業員雇用による費用(給与,社会保険,労災保険及び傷害保険の各掛金)は本件採石不認可処分によって生じた損害と主張する。

この費用は,原告が本件採石申請に対して認可が出た場合に即時に採石事業を開始できるように予め作業員等を雇用していたところ,不認可により採石場の操業を開始できなかったため不必要な支出となったものであるが,県知事が本件採石申請に対して平成9年9月11日(本件採石不認可処分日)に認可処分をしていたとしても,さらに採取した石材の積出手段を講じる必要があり,これが完了しなければ事実上採石事業を開始することができなかったことは原告も自認するところであるから,本件採石不認可処分によって直接生じた損害とはいえない。また,原告が桟橋設置のための海岸使用の許可を求めた平成11年7月23日の本件申請1に対する被告所長の同年11月24日の不許可通知が当時の適用法令(国有財産法及び県管理規則)に照らして違法とはいえないことは前記のとおりであり,結局,改正海岸法施行後である平成13年6月20日の本件申請2に対し,被告所長が同年8月30日付で不許可処分ではなく,許可処分をしていたとすれば,原告の桟橋設置はこれから間をおかずに完了し,そこで初めて本件採石場の操業を開始することが可能となったと推認されるから,平成9年から平成12年までの従業員雇用を含む原告の先行投資は,県知事及び被告所長が違法な各処分をしていなかったとしても,本件採石場の操業に用いることはできなかったものであり,違法な各処分に基づく損害には当たらないと認められる。

ウ 機械購入費及び施設建設費

原告は,出水土木事務所の担当者から本件採石申請について早期に認可がされる旨を告げられたため,2億4391万7879円の費用をかけてホイールローダ等の機械を購入し,桟橋設置や現場事務所等の建設のため2443万3020円の費用を支出したが,本件採石不認可処分のため,これらの機械や施設を活用できなかったとして,購入費及び建設費等の2割に当たる金員を県知事の違法な処分によって発生した損害と主張する。

しかし,処分権限を有しない出水土木事務所の一担当者が1週間程度で本件採石申請に対して許可がなされるであろう旨述べたとしても,それは単なる見込みを述べたにすぎず,この段階で高額の機械を購入し,施設を建設したのは原告自身の判断に基づくものであるから,その責任を他に転嫁することはできない(桟橋はいまだ設置されていないのであるから(争いがない),その設置費用を損害に含める原告の主張は当を得ない)うえ,前記のとおり,違法な各処分がなかったとしても,原告が本件採石場における操業を開始できたのは平成13年8月以降のことであるから,この間の機械減価等による損害は違法な各処分によって生じたものとはいえず,その後現在に至るまでの間に上記機械につき何らかの損害が生じたことを認めるに足りる証拠はない。

エ その他の費用

原告は,平成9年度に支払った採石場の借地料800万円及び交通費等の一部を損害と主張するが,その趣旨は,借地料等を支払って採石場を確保したのに操業できず,利益を上げることができなかったことによる損失をいうものと解されるところ,平成13年8月以前の操業が事実上不可能であったこと,これが県知事及び被告所長の違法な各処分によるものとはいえないことは前記のとおりであるから,原告の主張は理由がない。

オ 弁護士費用

原告が被告所長の本件不許可処分の取消請求(乙事件),県知事の本件採石不認可処分及び被告所長の本件不許可処分による損害の賠償請求(丙事件)の訴訟を原告訴訟代理人弁護士に委任したことによる報酬は県知事及び被告所長の違法な上記各処分と因果関係のある損害と認められる。

前認定の諸事情を考慮すると,相当報酬額は100万円とするのが相当と認められる。

(5)  よって,原告の被告県に対する損害賠償請求は合計300万円及びこれに対する丙事件訴状送達の日の翌日である平成13年1月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余は理由がない。仮執行宣言については,相当でないからこれを付さないこととする。

(裁判長裁判官 池谷泉 裁判官 山本善彦 裁判官 平井健一郎)

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

別紙物件目録,同投資目録記載省略

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