鹿児島地方裁判所 平成15年(行ウ)10号 判決 2006年3月15日
主文
1 被告は,Aに対し,900万円の支払を求める損害賠償の請求をせよ。
2 原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを5分し,その3を被告の,その余を原告らの各負担とする。
事実及び理由
第1原告の請求
被告は,Aに対し,1575万6000円の支払を求める損害賠償の請求をせよ。
第2事案の概要
1 本件事案の要旨
本件は,原告らが鹿児島県揖宿郡B町の住民として提起した,地方自治法242条の2第1項4号本文の規定による住民訴訟の事案であるが,同法7条1項の規定に基づき,平成16年11月1日をもって揖宿郡B町が鹿児島市に編入されたのに伴い,その執行機関である被告が,従前の被告(B町長)の地位を承継している。
本件において,原告らは,B町長であったAが,町立B中学校の屋内運動場の解体及び改築工事の設計に関し,株式会社C設計との間で締結した設計委託契約に基づいて3150万円の設計委託料(消費税150万円を含む。)を支出したことにより,B町に対し,適正な設計委託料1574万4000円との差額に相当する1575万6000円の損害を与えたと主張して,Aを相手方とする前記損害賠償請求を行うよう被告に求めており,Aの締結した上記設計委託契約(以下「本件契約」という。)が,著しく合理性を欠く価格を設定したものとして違法性を有するものであるかどうかが,本件の主な争点である。
2 基礎となる事実
(1) 指名競争入札の実施等
前記屋内運動場(以下「本件屋内運動場」という。)の解体及び改築工事(以下「本件工事」という。)の設計については,概ね以下のような過程を経て,その設計業務の委託に関する指名競争入札が実施された(甲2,乙7,乙10,乙20,弁論の全趣旨)。
ア 平成11年11月,B町教育委員会総務課庶務係・学校教育係の主幹兼係長であったDは,本件工事の費用を算定するに際し,自らは建築の専門家でなかったことから,参考のため,指宿市役所の担当者に対し,当時同市において実施されたばかりであったF中学校の屋内運動場の解体・改築費について問い合わせたところ,次のとおりであったとの回答が得られた。
① 解体費 鉄骨造・床面積670m2で2000万円
② 改築費 鉄骨一部RC造・床面積1138m2で3億4000万円
(1m2当たり29万8769円)
③ 外構工事費 3800万円
④ 管理費 850万円
イ しかし,本件工事は,「建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律」(平成12年5月31日法律第104号。以下「再資源化法」という。)のうち分別解体等の実施を義務づけた規定(第3章)の施行予定日(平成14年5月30日)より後に行われる予定であったことから,Dには,本件屋内運動場の解体費をどの程度に見積もればよいのかが判然とせず,鹿児島県(以下「県」という。)に照会をしても,上記規定の施行を織り込んで解体費を算定した事例は判明しなかった。
ウ そのような状況において,Dは,分別解体には多くの労力及び時間がかかるため新築と同等の費用がかかるという内容の業者間の風評に接したが,少なくとも改築費の90%相当額を計上すれば解体費としては十分であろうと考え,F中学校の事例を参考に改築費を1m2当たり30万円と見積もり,解体費をその90%相当額である1m2当たり27万円と算定した。
エ 平成12年12月,上記金額を基に「第3次総合振興計画実施財政計画」が作成され,設計費を含む本件工事の総費用額(想定額)は次の合計8億3750万円とされた。
① 解体費 3億6600万円(≒1291m2×27万円×1.05)
② 改築費 4億0950万円(=1300m2×30万円×1.05)
③ 設計・管理費 6200万円(≒〔①+②〕×0.08)
オ その後の予算案策定過程において,本件工事の設計費については,当初3880万円(≒〔上記解体費+上記改築費〕×0.05)で計画されていたのが,平成13年12月に行われたローリング(見直し)により3550万円となり,さらに,町長(A)の査定により3500万円に減額され,これが,平成14年度のB町予算案に盛り込まれて町議会に提出され,平成14年3月に原案どおり可決された。
カ Dは,議会で可決された設計費がその5%となるように逆算して解体・改築費を7億円(3500万円÷0.05)と措定し,これを基に,県の「建築設計監理業務委託取扱要領」に示された方法(工事費を基準にして設計に要する人件費等を算出するもの)に準拠して,本件工事の設計委託の予定価格を3191万7143円と算定した上,これを前提にその委託案件を指名競争入札に付する旨の執行依頼書を起案し,その決裁を得た。
キ そして,上記案件が,消費税を除く概算工事費7億円の設計業務の委託案件として指名競争入札に付された結果,平成14年7月1日,C設計により3000万円で落札された。
(2) 本件契約の締結等
Aは,平成14年7月4日,B町長として,C設計との間で,委託料3150万円(消費税150万円を含む。)で本件工事の設計業務を委託する旨の契約(本件委託契約)を締結したところ,その履行期限が同年10月25日に当初の同月31日から平成15年1月31日に変更された後,C設計による本件工事の設計が完了し,同年3月18日には,上記の支出負担行為に基づく支出命令が発出され,翌19日に契約どおりの金額がC設計に支払われた(乙11の1,2,乙13の1から3まで,弁論の全趣旨)。
なお,実際に本件工事に要した費用は,解体費が3714万4000円,改築費が4億1937万3000円であった(争いのない事実)。
(3) 原告らによる住民監査請求等
原告らは,平成15年9月26日,本件工事に関し,概算工事費を7億円とした上でその設計委託を入札に付したのは不当であるなどとして住民監査請求をしたところ,B町監査委員は,同年11月4日,前記のように議会で議決された設計費を基に概算工事費が逆算された経過などを認定した上,「指名競争入札が執行されていることから,不当な支払いがあったとは考えられない」とする監査結果を出したが,その中で,町職員の技術で対応できない事柄については「専門家に外部委託し,事業総額の見積書の作成を行いこれにより財政計画,企画を立案し議会に提出し承認を受けるべきであった」として,「今後このような疑義を招くことのないように厳しい反省と,特段の注意を求める」との意見を付した(甲1,甲2)。
3 争点に関する当事者の主張
(原告の主張)
ア 地方公共団体が競争入札により工事等を発注する場合,その価格の設定については一定の裁量が認められ,結果的に価格が高すぎたからというだけで直ちに違法な支出とされるものではないが,価格が著しく合理性を欠く場合には,裁量権の範囲を逸脱したものとして,違法と評価されるべきである。
本件契約における価格の算定方法については,①工事及び設計の作業量や質が大きく異なる解体と改築が区別されずに委託料が算出されている点と,②解体費を改築費の90%と不当に高く見積もっている点において,著しく合理性を欠き,裁量権の範囲を逸脱しているというべきであり,Aによる本件契約の締結が違法であることは明らかである。
イ 公共工事に係る設計委託料の算定については,県にマニュアル(建築設計監理業務委託取扱要領)があり,それによると,本件の委託において適正な金額は,以下のとおり,1574万4000円となる。
① 改築工事の設計委託料(4億円の工事として試算)
368人(のべ人数)×2万5400円(基準日額人件費単価)×0.7(依頼度)×1.0(業務比率)×2.4(諸経費率)×0.9(委託率)×0.9(落札率)×1.05(消費税)≒1335万5000円
② 解体工事の設計委託料
256人(のべ人数)×2万5400円(基準日額人件費単価)×0.3(依頼度)×0.6(業務比率)×2.4(諸経費率)×0.9(委託率)×0.9(落札率)×1.05(消費税)≒238万9000円
③ 合計 1574万4000円(=①+②)
ウ したがって,Aは,C設計への委託料を3150万円とする本件契約を締結したことにより,上記適正額との差額(1575万6000円)に相当する損害をB町に与えたものである。
(被告の反論)
ア 本件の設計委託に際し,解体と改築を区別せずに一括して発注したのは,本件工事が単年度工事であり,一括発注であれば解体作業を進めながら改築工事の準備が可能となり,工期が短縮され,結果的に経費率が下がり,工事価格が安くなるからであり,B町では過去においても解体工事と改築工事を一括して発注してきた。
イ また,本件屋内運動場の解体費を改築費(1m2当たり30万円)の90%相当額(1m2当たり27万円)としたのは,次のような事情からであった。
① 建物の解体工事については分別解体を必要とする旨の再資源化法の規定が平成14年5月に施行されることとなっており,複数の業者からそれが施行されると解体費用については新築とほぼ同額の費用を要するとの話があり,県に対しても参考となる事例はないか問い合わせをしたが,適当な事例がなく,参考となるべき回答は得られなかったこと。
② 従前行われていた混合解体では,一括して埋立等により最終処分されていたが,分別解体になると,各解体品の最終処分場所や運搬先も分からず,そのための経費の見積もりに見通しが立たない状況にあったこと。
ウ 以上のとおり,解体工事及び改築工事の一括発注については合理性があり,解体費を改築費の90%相当額としたことについても,当時の状況に照らし,やむを得ない事情に基づくものであったというべきであり,裁量権の範囲を逸脱した違法はない。
第3当裁判所の判断
1 競争入札との関係について
一般に,地方公共団体が,一般競争入札又は指名競争入札に基づいて,支出の原因となる契約を締結した場合には,当該競争入札が談合などによって機能していなかったというような特段の事情がない限り,その金額は一応合理的なものと事実上推定されるものというべきであるが,たとえ競争入札を経た結果であっても,その金額を決定する過程に瑕疵があったために契約金額が著しく不合理なものとなった場合には,当該金額による契約締結行為は違法との評価を免れないものというべきである。
2 事実認定及び判断
(1) そこで検討するに,前記「基礎となる事実」(1)で認定した事実に証拠(乙9,証人D)及び弁論の全趣旨を総合すると,①本件屋内運動場の解体費を算定するに当たってDが行った調査は,県に参考となる事例を照会したことのほか(しかし,参考となる事例はなかった。),業者から再資源化法が施行されれば新築と同等の費用がかかるとの噂を聞いたことの2点に尽き,同人は,このような調査のみに基づき,上記解体費を改築費の90%相当額と算定したものであること,②Aは,平成13年12月に行われたローリングにおいて,Dから上記のような説明を受け,解体費が高額であることについて疑問を述べながら,それ以上にDに対して同法施行後の解体費に関する調査を命じるなどの措置を採らなかったこと,③第3次総合振興計画実施財政計画における解体費の想定額と実際に要した解体費の差額は,3億2885万6000円にも及んでいるほか,本件工事の設計委託を指名競争入札に付した際に公表された概算工事費(7億円)とその現実の工事費との差額も2億4348万3000円に達しており,上記概算工事費は,結果的に現実の工事費(4億5651万7000円)より53%以上も高いものであったことが認められる。
(2) 上記認定事実によれば,Dはさしたる根拠もないまま本件屋内運動場の解体費を算定したもので,Aとしても,解体費が異常に高いことについてのDの説明が不合理であることを認識し得たものであるから,更なる調査を命じ,解体費の算定をやり直させるべきであったにもかかわらず,漫然と,Dの算定した解体費を基礎に,これを若干減額査定するのみで,本件工事の概算費用を著しく高額に設定して,その設計委託業務を入札に付したものというべきである。
なお,証拠(原告E)及び弁論の全趣旨によれば,県の「建築設計監理業務委託取扱要領」が工事費を基準にして設計委託料を計算する方法をとっていることは,少なくとも公共工事に係る設計委託に関わる業者間では周知であったことが窺われるから,本件工事の設計業務を入札に付した際に示された概算工事費が不相当に高額であれば,それを基に計算される各業者の入札額もそれに伴って高額化することは明らかというべきである。
この点につき,被告は,上記調査に加え,従前行われていた混合解体では一括して埋立等により最終処分されていたが,分別解体になると,各解体品の最終処分場所や運搬先も分からず,そのための経費の見積もりに見通しが立たなかったことを理由として,上記のような見積もりもやむを得なかったと主張するが,証拠(甲7,乙6,乙16から18まで)によれば,①平成12年6月に建設副産物リサイクル広報推進会議から出された,再資源化法に関するパンフレットの中には,社団法人東京建物解体協会などからのヒアリングを基に作成された「解体工事費用比較」によると,機械ミンチ解体後埋立処分(リサイクル率0%)に比して,分別機械解体後選別・再資源化(リサイクル率74%)のほうが,解体費用については若干高くなるものの,最終処分まで含めた解体工事費用全体としては,むしろ平均的に安くなる旨の記載があったこと,②本件工事に関しても,建設廃棄物受入料金等の最終処分費用は,落札した業者において負担することが前提とされていたこと,③平成9年2月25日に着手された,B町立養護老人ホームB園の解体工事において再資源化法で義務づけられているものと類似の分別解体が実施されていたことが認められるところ,このような過去の解体工事を調べたり,再資源化法に関する情報を収集し,社団法人東京建物解体協会のような団体に照会するなどの方法により,同法施行後においても建物の解体費が改築費の90%相当額に達することがあり得ないことは容易に知り得たものと考えられるし,監査委員の指摘のとおり,職員の技術をもって適切な処理ができない事項については外部委託をする方法も容易に考え得るから,被告の上記主張は採用できない。
そうすると,本件工事の設計委託料については,その金額を決定する過程に瑕疵があったために契約金額が著しく不合理なものとなったことが明らかであるから,Aが本件契約を締結したことは違法というべきである。
(3) そこで,更に進んで具体的損害額の点について検討するに,F中学校の屋内運動場の解体費が1m2当たり2万9850円であったことに照らすと(2000万円÷670m2=2万9850円),本件屋内運動場の解体費は4066万6500円(1291m2×3万円×1.05)程度と算定されるべきであったものと考えられ,本件工事の設計委託を指名競争入札に付する際における概算工事費の額も,これに改築費の見積額(4億0900万円)を加算し,若干の余裕を持たせた金額である5億円を上回るはずはなかったものと認められる。
そうすると,本件契約の前提となった概算工事費は,合理的な額を少なくとも2億円上回っていたものと解すべきであるから,本件契約における設計委託料は,少なくとも消費税込みで900万円(3150万円-[3150万円÷7億円×5億円])の限度で合理的な金額を上回っていたものというべきである。
したがって,Aは,本件契約を締結することにより,少なくとも上記と同額の損害をB町に与えたものと評価せざるを得ない(他方,明確にこの金額を超える損害が発生したことを認めるに足りる証拠はない。)。
3 結語
以上の次第で,原告らの本件請求は主文第1項記載の限度で理由があるから,これを認容し,その余の請求は理由がないから,これを棄却することとして, 主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小田幸生 裁判官 岡田幸人 裁判官 稲玉祐)