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鹿児島地方裁判所 平成15年(行ウ)5号 判決 2006年2月22日

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の請求

1  被告は,Aに対し,4195万0172円及びこれに対する平成15年7月24日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める損害賠償の請求をせよ。

2  被告は,Aに対し,8308万4500円及びこれに対する平成15年7月24日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める損害賠償の請求をせよ。

第2事案の概要

1  本件事案の要旨

本件は,原告が鹿児島県国分市の住民として提起した,地方自治法(以下,単に「法」という。)242条の2第1項4号本文の規定に基づく住民訴訟の事案であるが,法7条1項の規定に基づき,平成17年11月7日をもって,国分市と同県姶良郡の溝辺町,横川町,牧園町,霧島町,隼人町及び福山町が廃され,その代わりに霧島市が設置されたのに伴い,その執行機関である被告が,従前の被告(国分市長)の地位を承継している。

本件において,原告は,国分市長であったAが,①京セラ株式会社(以下「京セラ」という。)との間で不当な評価額による土地の交換契約を締結したことにより,国分市に対し4195万0172円の損害を与えたほか,②その交換に供した市有地の地下に埋設されていた電気通信設備の移転工事に関し,その費用を京セラに負担させる措置を講じないまま,西日本電信電話株式会社(以下「NTT西日本」という。)との間で工事の契約をした上,その工事費として8308万4500円の公金を支出したことにより,国分市に対し同額の損害を与えたと主張して,被告に対し,Aを相手方とする前記各損害賠償の請求を行うよう求めており(なお,その請求中に登場する「平成15年7月24日」というのは,本件訴状が承継前被告に送達された日の翌日である。),これに対し,被告は,原告が本件請求をする前提として行った住民監査請求はその請求期間を徒過した不適法なものであり,したがって,本件訴えも不適法であるとして,その却下を求めるほか,予備的に,本案についても請求の棄却を求めている。

2  基礎となる事実

(1)  京セラから国分市に対する土地払下げ申請等

昭和47年,京セラは,鹿児島県開発公社が国分市内に造成した内陸工業団地に進出した。この工業団地は,その内部を東西と南北にそれぞれ延びる2本の道路によって区分される4つの区画から成っていたところ,京セラは,そのすべての区画を順次取得して,各区画に工場等の施設を設置した。そのため,京セラの施設群は,上記2本の道路を挟む形で立地することとなった。

この道路は,当初は鹿児島県によって管理されていたが,昭和49年9月に国分市道として認定され,その土地自体も,昭和51年11月22日付けで,鹿児島県から国分市に無償で譲渡された。

この2本の市道は,昭和58年3月,市道台帳の整備の関係で名称が変更されたのに伴い,改めて国分市道としての認定を受けたが,そのうち,上記工業団地内を南北に走る路線については,平成2年3月,京セラの各施設間の社員及び製品の移動に支障があるなどの理由で,路線廃止処分が行われ,当該土地部分自体も京セラに払い下げられた。

一方,上記工業団地内を東西に走る市道は,別紙「資料3」に表示されているとおり,「迫田~名波線」という国分市道の一部を構成するものであり,これには,別紙「資料4」で表示されているとおり,「山下4号線」という国分市道が接続していたところ,平成12年5月15日,京セラから国分市に対し,工場を増設しているため施設間の人の移動や製品の運搬がこれまで以上に多くなることなどを理由として,「迫田~名波線」のうち別紙資料3において「京セラ(株)国分工場」との表示がされている2つの区画の下側(南側)の部分の土地と「山下4号線」となっている部分の土地(これらは,現在,別紙物件目録記載1から4の土地として表示されている。以下,一括して「本件土地」という。)を払い下げて欲しいとの申請が行われた。〔甲1,甲3から7まで,弁論の全趣旨〕

(2)  市道の路線廃止処分等

その当時国分市長の地位にあったAは,上記申請を受けて,国分市議会の議長であったBに対し,市議会全員協議会(市議会議長の招集により,市の執行部と市議会議員全員が集まり,重要な案件につき議員が執行部から事前に説明を受けるなどの目的で慣例上開催される協議会)の開催を要求し,これに応じたBの召集により平成12年6月16日に開催された全員協議会の席上において,京セラから本件土地を払い下げるよう要請されていることを説明するとともに,同社が市の税収や雇用の面で多大な貢献をしていることから,その要請に応ずることとしたい旨の意向表明をした。

これに対し,一部の議員から地元の反対はないのかという質問が出されたが,市の職員が特に反対意見はなかった旨の説明をしたところ,他に質問が出されることもなく,その日の全員協議会は終了した。

そして,同月2日から開かれていた国分市議会の平成12年第2回定例会に係る追加議案として,前記「迫田~名波線」及び「山下4号線」の路線を廃止するとともに,いずれも前者の一部である別紙「資料1」表示の「迫田5号線」及び別紙「資料2」表示の「山下~名波線」につき新たに路線認定を行うことに関する議会の議決を求める議案が,同月20日にAから提出されたところ,この議案については,同日に審議及び採決が行われた結果,賛成多数で可決され,同月30日付けでAによりその旨の路線廃止・認定処分が行われた(なお,道路法8条及び10条参照)。〔甲7,甲10,弁論の全趣旨〕

(3)  NTT西日本との間での工事契約の締結等

上記処分は,本件土地を京セラに譲渡する前提として行われたものであるが,その当時から,同土地にはNTT西日本が道路占有許可を得て設置した電気通信設備が埋設されていることも分かっており,国分市は,平成12年9月4日,NTT西日本に対し,上記設備を他に移転するよう求めたところ,同社は,旧建設省と日本電信電話株式会社との間で平成10年7月21日に取り交わされた覚書を根拠に,上記設備を移転する工事(以下「本件工事」という。)の費用は国分市が負担すべきであると主張していた。

この点に関し,平成12年9月27日に開催された全員協議会において,国分市建設部長のCの答弁により,本件工事の費用が概算で約9500万円と見積もられていることを知ったBが,これをNTT西日本が負担することはないであろうが,市が負担すべきものでもないので,京セラと協議する必要があるとする意見を述べたところ,Cも協議をするとの回答をした。

しかし,その協議において京セラが,上記設備が埋設されたままの状態で払下げを受けるのでよいとして,その移転費用の負担を拒否したことから,国分市(市長A)は,同年10月23日,NTT西日本(鹿児島支店長)との間で,国分市の原則的費用負担額を9512万5300円とし,原則的工事期間を平成13年3月31日までとする旨などを定めた「支障電気通信線路移転工事契約書」を取り交わし,このようにして,NTT西日本により本件工事が行われることになった。〔甲1,甲10,乙5,乙8,乙9,弁論の全趣旨〕

(4)  土地交換契約の締結等

一方,前記払下げ申請については,結局,京セラが所有する土地(国分市山下町1718番26の宅地のうち1076.34平方メートル)との交換契約によることになり,平成12年12月19日,上記土地部分と本件土地(合計6211平方メートル)とを交換する旨のほか,その各面積に1平方メートル当たり8830円を乗じた金額(上記土地部分につき950万4082円,本件土地につき5484万3130円)の差である4533万9048円を「交換差金」として京セラが国分市に平成13年2月28日までに支払い,その支払があった時に所有権移転の効力が生ずるものとする旨などを定めた「土地交換仮契約書」が両者間で取り交わされた。

上記契約書では,その交換について法96条1項6号の規定による議会の議決がされると同時に本契約として効力を生ずる旨も定められていたところ,平成12年12月1日から開かれていた国分市議会第4回定例会の最終日であった同月25日,Aから上記議決を求める議案が追加提出され,同日中に審議・採決が行われた。

その審議において,D議員が上記交換差金の算定根拠について質問したところ,総務企画部長のEは,京セラが昭和47年に取得した前記4区画のうち最も高かった区画の坪当たり単価7446円を基に,年5パーセントの割合による28年間の複利計算をして,交換に係る土地の坪単価を2万9190円と算出した旨の回答をした。

また,F議員が,上記のような算定方法を採用した理由,本件工事に関する費用の額及びその負担者が京セラなのか市なのかという点について質問したのに対し,Aは,上記理由の点につき,京セラが市の雇用機会の増大あるいは経済浮揚に大きく貢献していることや,法人市民税という形で市の財政の大きな原動力となっていることなどからして,本件土地については無償で譲渡してよいのではないかという気持ちも十分あったが,種々検討した結果,上記のような価格であれば議会及び市民の納得が得られるのではないかと考えた旨答弁し,その他の点の答弁に立ったCは,本件工事の費用は概算で9500万円程度であり,市がその全額を負担するかどうかはNTT西日本との間で協議中である旨述べたところ,これを受けて上記F議員が,それではNTT西日本とその9500万円を折半するといったこともあり得るのかを質問したのに対し,Aは,「この際できるだけ市で全部というような気持ちを持って」いるが,NTT西日本にも費用の一部を負担してもらえないか「折衝を詰めて」いく旨の答弁をした。

そして,これに続いて,十分に住民の理解が得られたか否かなどに関するG議員の質問とそれに対する答弁があった後,採決が行われたところ,上記議案は満場一致で可決された(以下,これにより本契約としての効力を生じた上記仮契約書所定の交換契約を「本件交換契約」という。)。〔甲1,甲8,甲9,弁論の全趣旨〕

(5)  本件工事の実施状況等

前記路線廃止・認定処分は,平成13年2月1日を効力発生日とするものであったところ,現地では,これに先立ち,国分市道でなくなる道路部分の各入口部分(3か所)に路線の廃止を予告する看板が設置されたほか,同年1月19日付けの「市報こくぶ」にも,上記道路部分は同年2月1日限りで廃止となるため通行ができなくなることを案内する記事が掲載された。

そして,同年2月20日には,京セラが前記交換差金を支払ったことから,本件土地について同社への所有権移転登記の手続が行われ,このようにして,上記道路部分(本件土地)については,翌21日以降,実際にも一般の通行ができない状態となった。

一方,本件土地に埋設されていた電気通信設備を移転するための本件工事については,前記のとおり一応同年3月31日までに完了する予定とされていたが,この工期が同年8月10日までと変更されたのに伴い,予算的にも平成13年度に繰り越されることになったところ,この完了期日が更に同年11月9日までと変更された後の同年10月9日に工事が終了した。

そして,その間の同年9月20日に行われた工事費用の精算合意により,その額が8308万4500円と確定され,同年11月14日,Aの支出命令に基づいて同額の金員が国分市からNTT西日本に支払われた(以下,この支出を「本件支出」という。)。〔甲3から6まで,乙6,乙7,乙9,乙10,弁論の全趣旨〕

(6)  決算の状況等

なお,国分市の平成13年度決算については,平成14年9月2日にその決算関係書類とともに議案が同年第3回市議会定例会に提出された後,継続審査のため付託を受けた決算特別委員会の報告に基づく審議が,同年12月開催の第4回市議会定例会で行われた結果,同月3日に承認されるに至ったところ,その過程において本件支出の件が特に問題とされることはなかったが,上記書類の1つである「決算に係る主要な施策の成果その他予算執行の実績報告書」の「道路新設改良事業」の欄には,「宮下~名波線」に関する「補償補填及び賠償金」として8308万4000円」の予算執行をした旨の記載があり,また,同じく上記書類の1つである「国分市各会計歳出決算資料(主な不用額調書)」の土木課に係る「道路新設改良費」の欄には,「補償補填及び賠償金」として9512万6000円の予算が計上されていたが,「補償費精算による減」のため決算額は8308万4500円となり,差し引き1204万1500円の予算が不用となった旨の記載があり,これらの決算関係書類は,上記のとおり市議会に提出されると同時に,市役所の情報公開室及び市立図書館において住民の閲覧に供された(なお,国分市では,平成13年4月1日に情報公開条例が施行された。)。〔乙2,乙3,乙9,弁論の全趣旨〕

(7)  原告による住民監査請求等

原告は,平成15年5月22日,本件交換契約及び本件支出は違法であるとして住民監査請求をした。

その際,原告は,本件交換契約及び本件支出は監査請求より1年以上前に行われたものであるが,それらについては,一般市民が客観的に知ることができない状況にあり,原告としても,鹿児島地方裁判所平成14年・第3号路線廃止処分無効確認等請求事件(以下「別件訴訟」という。)において,平成15年3月17日に実施されたCの証人尋問ないしそれに先立って同月13日にFAX送信された同人の同月12日付け陳述書により,初めて了知したものであるから,法242条2項ただし書所定の「正当な理由」がある旨を主張した。

しかし,国分市監査委員は,本件交換契約については,平成12年12月に市議会で可決されていることなどから,また,本件支出については,本件工事が長期間にわたって実施されており,それについて市やNTT西日本に照会することも可能であったほか,工事の費用額及びその負担者については市議会で質疑応答がされていることから,いずれも早期にその存在等を知り得たものと考えられるので「正当な理由」は認められないとして,同年6月11日,上記監査請求を却下した。〔甲1,甲2〕

3  争点

(1)  本件監査請求について「正当な理由」があるかどうか。

(原告の主張)

ア 本件交換契約について

法242条2項ただし書所定の「正当な理由」の有無は,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて住民監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたものと解される時から相当な期間内に住民監査請求をしたかどうかによって判断すべきものとされている(最高裁平成14年9月12日第一小法廷判決・民集56巻7号1481頁参照)。

そして,原告が本件で問題としているのは,本件土地の価格の算定方法の違法性であるところ,本件土地上の道路が路線廃止とされたことにより,本件土地が京セラとの交換に供されたことは判明するものの,本件土地の価格の算定についての違法性は,別件訴訟において平成15年3月17日にCの証人尋問が実施されるまで,ないしは,それに先だって同人の同月12日付け陳述書が提出されるまで知り得なかった。

他方,市議会での質疑応答のみによっては本件交換契約の違法性を知ることはできず,同契約に関する報道も本件土地の価格及び交換差金の額に至るまでの詳細なものではなかったから,この時点ではなお,住民が相当の注意力をもって調査しても,上記のような契約内容を知ることは不可能であった。

したがって,本件交換契約に関する監査請求が当該行為から1年を経過した後に行われたことについては「正当な理由」がある。

イ 本件支出について

NTT西日本に対して市が本件工事の費用を支払うのは当然であるが,問題なのは,京セラとの関係においても,Aが市を最終的負担者としてその費用を公金から支出していることである。

本件工事の費用の負担者については,市議会の平成12年第4回定例会で本件交換契約が可決された際の関連質問において,上記費用を支出することが明確に決定していない段階での質疑応答は行われているが,支出の決定の有無,金額,支出時期及び京セラとの交渉経過などが市議会で審議された事実はなく,市の広報や新聞報道でも明らかにされていなかった。そして,本件工事が行われたこと自体は外部的に明らかであったとしても,単にそれだけでは,その費用を京セラとの関係において市が最終的に負担するということを知り得たとはいえない。

さらに,平成12年9月27日に開催された全員協議会において,本件工事の費用について京セラと協議すべきであるとBが述べたのに対し,Cはその協議をすることを約束しているものの,全員協議会の議事録は作成されておらず,この件については,上記第4回定例会においても,その費用の負担を他に求めることは協議中である旨の答弁がされたにすぎない。よって,定例会の議事録及び本件工事の契約書からも,その費用を京セラに支払わせないまま最終的に市が負担することになったかどうかは知り得ない。

上記の事実を唯一知る可能性があるとすれば,平成14年12月3日の市議会において承認された平成13年度の決算資料からと考えられるが,同年9月19日に行われた決算特別委員会においても,本件工事の費用の支払を京セラに求めることなく市が最終的に負担する方針は,説明されておらず,たとえ住民が上記資料を入手したとしても,その費用の最終的な負担者が誰かを知ることは不可能である。

したがって,本件支出に関する監査請求が当該行為の日から1年を経過した後に行われたことについても「正当な理由」がある。

(被告の反論)

ア 本件交換契約について

本件交換契約は,交換差金を含む1つの契約であり,本件土地の交換があったことを知れば,交換差金,すなわち,土地の評価額についても知ることができたはずである。

したがって,遅くとも,本件土地について京セラへの所有権移転登記が経由された平成13年2月の時点で,相当な注意力をもって調査すれば,本件交換契約における土地の評価額を知り得たのであり,同契約に関する本件監査請求が遅滞したことに「正当な理由」があるとはいえない。

イ 本件支出について

本件工事の費用については,市議会の平成12年第4回定例会において審議され,その概算額は約9500万円で,最終的な負担者の点は協議中であることが明らかにされており,本件工事も外部に見える形で行われていたのであるから,相当な注意力をもって調査していれば,市がその費用を最終的に負担したことは容易に知ることができた。

なお,この点,「議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例」(以下「本件条例」という。)2条の定める金額の範囲内であれば,市長は議会に諮ることなく支出できるところ,本件支出はこれに該当するものであるので,市議会に諮る必要はなく,また,すべての支出が市報や新聞で報道されるわけではないので,議会の議決がなかったり,報道がされなかったこと自体は「正当な理由」の根拠とはなり得ない。

仮に,本件支出が行われた平成13年11月14日の時点で直ちにこれを把握することは無理であったとしても,平成14年9月の市議会定例会に提出された決算関係書類には本件支出の件も記載されており,遅くともこの時点で相当の注意力をもって調査すれば,本件支出の存在及び内容を知り得たところ,原告が監査請求をしたのはそれから7か月以上経過してからであるので,この点からも「正当な理由」があるとはいえない。

(2)  本件交換契約が違法であるかどうか。

(原告の主張)

本件交換契約で市が提供した土地(本件土地)については,時価相当額で評価されるべきところ,その価格は,近隣の固定資産評価額から算定しても,1平方メートル当たり1万7000円を下回ることはなく,総額で1億0558万7000円以上となる。

京セラが提供した土地についても上記単価によることとすると,その価格は1829万7780円となる。

そうすると,その交換差金は8728万9220円以上となるのに,本件交換契約では,これが4195万0172円も少ない金額(4533万9048円)とされており,この点で,同契約は明らかに違法である。

(被告の反論)

以下の諸点に照らすと,本件交換契約における本件土地の評価は合理的なものであって,その交換差金が低すぎるとはいえない。

① 本件土地は,鹿児島県が造成分譲した工業団地内の道路用地で,しかも,分譲された工場用地を京セラが全部取得したため同社の施設間を通過する道路となっていたのが,昭和51年に鹿児島県から市に無償で譲渡されたものである。

② 他方,分譲地の価格は道路等の付属施設の工事費も含めた全体の工事費を基に決定されるのが一般的であることからすると,本件道路の造成費は,分譲地のすべてを購入した京セラが負担したものとみることができる。

③ 本件土地のような道路用地は,一般の不動産取引においても住宅用地と同様の評価はされない。

④ 本件土地を交換に供することにより,京セラの施設間の物や人の往来と,道路を通行する一般の車両や住民との交錯がなくなり,工場における生産活動の円滑化が図られ,また,交通事故の防止にも資する。

⑤ 京セラは,市民に対する雇用の機会の提供,法人市民税,固定資産税,従業員及び関連会社の市民税等により,国分市に対して多大な経済効果をもたらしているところ,本件交換契約により工場敷地が拡大することから,将来的には駐車場部分への工場増設などが行われることで,雇用の更なる創出や公租公課の増大による市への一層の寄与が見込まれる。

(3)  本件支出が違法であるかどうか。

(原告の主張)

ア 本件条例上,市長は,1億5000万円を超えない範囲であれば議会の議決に付すことなく契約を締結できるが,これは,住民の利益という公益目的のために裁量を上記範囲内で認めたにすぎず,市長の恣意を許すものではないから,裁量権の逸脱又は濫用にわたる支出行為は違法となる。

イ 本件交換契約は,京セラが本件土地により分断されている工場用地の間の往来を自由にする目的で市に働きかけた結果,専ら同社の利益のために締結されたものであるから,それに伴って必要が生じた本件工事の費用は,当然,京セラが負担すべきものである。

ところが,Aは,京セラの市に対する経済的貢献の大きさを評価する余り,その費用を同社に負担させる措置を講じないままNTT西日本との間で本件工事の契約を締結した上,京セラとの間で交換のための仮契約を締結するに当たっても,また,その後,本件支出を行うに至るまでの間においても,京セラに対し上記費用の負担を積極的に要求しなかったものであり,8308万4500円もの公金を支出することによる市民の不利益を考慮したとは考えられない。

このように,Aは本来考慮するべきでない事情を考慮する一方,考慮すべき事情を考慮せずに本件支出をしており,しかも,それが適切な支出であることについての説明義務も果たしていない。

ウ そうすると,本件支出は,Aが裁量権の範囲を逸脱し,又は裁量権を濫用して行ったものであって,明らかに違法である。

(被告の反論)

本件支出は,NTT西日本との間で締結した本件工事の契約に基づくものであるところ,その契約は,京セラに譲り渡そうとしていた本件土地に電気通信設備が埋設されていたことから,土地の譲渡に際しては相手方の所有権の行使を妨げる物件を除去して引渡しを行うべきであるという,当然の義務に基づいて締結されたものである。

もっとも,この点については,京セラとしては当該設備を残存したままの引渡しでもよいとの意向であったものの,NTT西日本が公道ではない土地に設備を設置したままにすることはできないと主張したという経緯があるが,本件土地を京セラに引き渡す以上,本件工事を行うべきであったのは当然であり,Aが,その実施を希望しない京セラに費用の負担を求めることなく,本件工事の契約を締結したとしても,何ら違法とはいえない。

そうすると,本件支出については,その原因である債務負担行為に違法がなく,支出行為自体が法令に違反する点もないことから,適法なものというべきであり,原告の主張は失当である。

なお,京セラが市における雇用機会の増大や経済浮揚に大きな貢献をしており,法人市民税という形で市の財政に多大な寄与をしていることに照らすと,市が本件工事の費用を負担した上で本件土地の交換契約を締結したことについても,何ら問題はないというべきである。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(正当理由の有無)について

(1)  まず,本件交換契約に関する監査請求について検討する。前記「基礎となる事実」(4)で認定した事実に,証拠(甲9,乙11)及び弁論の全趣旨を総合すると,前認定のとおり本件交換契約に係る交換差金の算定根拠についての質疑応答などが行われた,平成12年12月25日開催の市議会(同年第4回定例会の最終日)においては,上記質疑応答に先立ち,当該議案の提出者であるAから,それが,「国分市山下町1718番4の一部外3筆の公衆用道路6,211m2を市道拡幅のために必要な国分市山下町1718番26の一部1,076.34m2の工場用地と交換差金4,533万9,048円で交換しようとするものであ」る旨の趣旨説明が行われたこと,そして,この説明や同議案に関する審議の状況を含む,上記定例会についての会議録は,遅くとも平成13年2月20日までに一般市民が図書館などで閲覧することが可能な状態に置かれたことが認められる。

上記認定事実によれば,平成12年12月25日に上記議案が可決されたことにより本契約としての効力を生じた本件交換契約については,上記議会を直接傍聴した住民や(なお,前掲乙11によると,上記定例会の傍聴者は54名であったことが認められる。),上記会議録を閲覧した住民において,相当の注意力をもって調査した場合,遅くとも,その交換差金の支払期限であった平成13年2月28日の2か月後である同年4月末日までには,住民監査請求を行うに足りる程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたものと判断される。

そうすると,本件交換契約については,それに基づく所有権移転の効果が生じた同年2月20日を基準にしても,それから1年以内に住民監査請求を行うことが優に可能であったことになるから,原告が平成15年5月22日にした本件監査請求は,その請求期間を徒過した不適法なものといわざるを得ない。

(2)  次に,本件支出に関する監査請求について検討する。

前記「基礎となる事実」(4)で認定した事実によれば,Aは,平成12年12月25日開催の市議会において,本件工事の費用につき,NTT西日本に対してその一部の負担を求める態度は示していたものの,京セラに対してはその負担を求める意思がないとする姿勢をとっていたことが明らかというべきである。

そうすると,当日の会議を傍聴した住民で,市の負担において本件工事を行うことが違法であると考える者がいた場合,その工事契約に基づく公金の支出を差し止めるための住民監査請求を直ちに行うことも可能であったものと考えられるが,上記(1)で認定したとおり,遅くとも平成13年2月20日までに一般市民が図書館などで閲覧することが可能となった会議録の閲覧をした住民が,その公金の支出の有無を調査しようとした場合について考えても,「基礎となる事実」(5)及び(6)で認定した事実関係に徴すると,当該住民が相当の注意力をもって調査した場合,遅くとも,平成13年度決算の関係書類を一般市民が閲覧し得るようになった平成14年9月2日から2か月後の同年11月2日までには,平成13年11月14日に行われた本件支出の存在及び内容を,損害賠償関係の住民監査請求を行い得る程度に了知し得たものと判断される。

したがって,本件支出の関係でも,上記の時点から6か月以上が経過した平成15年5月22日に原告がした本件監査請求については,その請求期間を徒過した不適法なものといわざるを得ない。

(3)  他に以上の判断を左右するに足りる証拠はなく,そうすると,本件訴えについては,適法な住民監査請求が経られていないことになる。

2  結語

以上の次第で,本件訴えは不適法であるから,これを却下することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小田幸生 裁判官 岡田幸人 裁判官 稲玉祐)

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