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鹿児島地方裁判所 平成15年(行ウ)9号 判決 2004年1月26日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は,Aに対し,金20万円を請求せよ。

第2事案の概要

本件は,a町の住民である原告が,同町の町長は,同町の職員多数を勤務時間内に,職務専念義務の免除手続を採らずに,同町議会議員により構成される全員協議会に出席させたうえ,同職員らに当該出席時間相当分を減額しないまま給与を支給し,もって,同町に過払給与相当額の損害を与えたと主張して,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,被告に対し,町長個人に対して不法行為に基づく損害賠償を請求するよう求めた事案である。

1  争いのない事実,証拠(甲1ないし3,乙1)及び弁論の全趣旨により認められる事実

(1)  原告はa町の住民であり,被告は同町の執行機関としての町長である(争いがない)。

(2)  a町議会は,本会議,常任委員会,議会運営委員会及び特別委員会のほかに,議員全員が参集して議会の行事,運営及び活動についての打ち合わせや意見交換,a町政及び同議会活動にかかわる事項に関する情報や意見の交換並びにa町の行財政上の重要問題や議案等についての議員の調査及び研究を行なうことを目的として,全員協議会を設置し,同議会会期中を含め,毎月1回程度これを開催し,平成14年7月7日から平成15年7月7日までの間,合計15回これを開催したが,いずれも非公開であり,議事録は作成されなかった(争いがない)。

a町で施行されているいかなる条例及び規則にも,全員協議会を置くべき旨または置くことができる旨を定めた規定はなく,全員協議会に言及した条項を置く条例及び規則も存しない(争いがない)。

(3)  参議院地方行政警察委員会調査室作成の「地方議会のさらなる活性化を目指して」に基づいて作成された「市町村議会の現状」と題する資料には,我が国の全ての市議会及び92%の町村議会が全員協議会を設置している旨の記載があり,また,全国町村議会議長会編集の「議員必携」には,各町村議会が同議会閉会中も全員協議会を開催しており,一町村議会あたり平均して年8.5日開催している旨の記載がある。

(4)  平成14年7月7日から平成15年7月7日までの間に開催された15回の全員協議会に,被告の口頭での職務命令により,同町総務課ほかの各課長,課長補佐,係長等の職員延べ33名(以下「本件各出席職員」という)が,職務専念義務免除の手続を経ることなく,勤務時間内に出席した(争いがない)。

本件各出席職員は,全員協議会において,それぞれ,過疎計画の変更,一般廃棄物処理施設の経過報告等,a町が抱える行財政上の重要問題,議案,将来の同町の行政計画等につき,町議会議員に対して説明した。

a町においては,職員が町議会議員に対し,全員協議会等において議案等について説明することを職務とする旨定めた条例及び規則は存しない(争いがない)。

また,a町職員の職務に専念する義務の特例に関する条例(昭和26年3月12日条例第4号。以下「本件特例条例」という)は,職員の職務専念義務を免除する場合を明示し,同条例の委任を受けたa町職員の職務に専念する義務の特例に関する規則(以下「本件特例規則」という)は,各種公共的団体が開催する会合等への出席に関して職務専念義務を免除する旨定めているところ,本件特例条例及び本件特例規則のいずれの条項にも,職務専念義務の免除を受ける事務として,全員協議会への出席は挙げられていない(争いがない)。

(5)  a町は,本件各出席職員に対し,各出席時間相当額を減額することなく給与を支給した(争いがない)。

a町職員の給与に関する条例(a町条例第24号。甲3。以下「本件給与条例」という)10条は,「職員が正規の勤務時間に勤務しないときは,(中略)その勤務しないことにつき任命権者の承認があった場合(中略)を除き,その勤務しない1時間につき,第13条に規定する勤務1時間当たりの給与額を減額した給与を支給する。」と規定している。

(6)  平成15年7月7日,原告はa町監査委員に対し,本件各出席職員に対する給与支出について,地方自治法242条1項に基づく監査請求をしたところ,同年9月4日,同監査委員は,同請求には理由がないとして,その旨原告へ通知した(争いがない)。

(7)  前記通知にかかるa町監査委員作成の平成15年9月3日付「a町長に関する措置請求の監査結果について(通知)」と題する書面(甲2)添付の住民監査請求監査報告書には,a町議会に政務調査費がなく,個々の議員が執行部からの情報を収集できるのは全員協議会の場だけである旨,全員協議会は,議会の自主的意見調整の場としての協議会及び町村長が行政上の重要問題等について議会の意見を聞くための協議会という2つの意味合いを持つ運用がなされている旨,町長が全員協議会の開催を要請することは少ないが,同協議会の場において,町議会に提案予定の案件を町職員が事前に議員に説明し,質疑を受けるという事前審議がなされる傾向にある旨の記載がある。

同監査委員は,上記書面において,a町執行部及び町議会に対し,全員協議会における町職員の議案に関する事前説明の廃止,全員協議会における町議会議員の議案に関する質疑及び討論の廃止並びに全員協議会の傍聴の許可及び議事録の作成と開示を要望した。

2  争点

(1)  本件各出席職員の全員協議会への各出席は,職務専念義務の免除を要する公務外(給与支給の対象外)の活動であり,出席時間相当分を減額することなくなされた職員に対する本件各給与支給は,本件給与条例10条に反し,違法か(本件各給与支給の違法性)。

(原告)

a町においては,全国平均の1.7倍以上に当たる年間15回もの本件全員協議会が開催された。

また,全員協議会は法令上の根拠を欠くため,これに参加している際のa町議会議員の資格は職務を行う公人ではなく,一私人にすぎないのであるが,それにもかかわらず,本件各出席職員は,全員協議会に出席した際,a町が抱える行財政上の重要問題,議案等を,議員に対して説明し,これについて質疑応答がなされた。かかる行為は,住民の監視が可能な公開の議会の場でのみなされるべきものであり,非公開である全員協議会のような場においてこれを行うことは,議会及び議員の独立性を犯すことにつながり,かかる手法の多用を許せば,議会審議の空洞化,儀式化や行政職員が持ち場を離れることによる事務の停滞,効率低下を招くこととなる。

さらに,上記事前説明及び質疑応答の結果,a町では過去多年にわたって町議会における審議の儀礼化,形式化が著しく進み,しばしば本会議における議案の提案理由説明,質疑及び討論が省略され,また議員への議案書の交付が必ず会期初日当日の朝にされている。

加えて,町監査委員は,町執行部及び同町議会に対し,全員協議会における町職員の議案に関する事前説明の廃止,町議会議員の議案に関する質疑討論の廃止及び傍聴の許可,議事録の作成と開示を要望したにもかかわらず,被告は,何らの措置も講ぜず,従前どおり全員協議会が開催されている。

以上の事実に照らせば,a町議会における全員協議会の運営実態は違法なものであり,本件各出席職員の出席は公務外の活動であるから,職務専念義務免除の手続が採られる必要があり,給与支給の対象とはならない。

したがって,本件出席職員に対し出席時間相当額を控除しないでなされた給与の支給は,本件給与条例10条に反し,違法である。

(被告)

全員協議会で説明された事項,内容は,a町が抱える行財政上の重要問題及び議案並びに将来の町の行政計画等であり,町議会及び議員にとって,本件各出席職員から全員協議会で当該説明を受けることは,議会審議のための資料を収集し,当該説明事項についての理解を深めるという意味を有するから,その活動の一環又は密接に関連する活動といえる。

また,執行機関としてのa町にとっても,町議会の要請に基づきまたは全員協議会が開催される機会を捉えて,町職員をこれに出席させ,町の行財政上の重要問題や議案等についての説明,質疑応答を通じてこれに対する議員の理解を深めることは,地方自治体たる町に課せられた事務執行の一部といえる。

a町議会における全員協議会の運営実態が違法なものであるということはなく,町職員の出席は公務遂行の一つというべきであって,給与支給の対象となり,本件各出席職員に対し出席時間相当分を減額することなくなされた給与支給は本件給与条例10条に反しない。

(2)  本件各給与支給につき,被告に過失があるか。

(原告)

a町事務決裁規程は,職員に対する給料,手当にかかる支出命令を,その職員が所属する各主管課長の専決事項と定めているが,本件各出席職員の所属部署はa町の全部局にわたっていること,給与の支給が多数回かつ長期間にわたって反復継続的に行われていたことからすれば,町長である被告につき,各主管課長による個々の支給についての監督義務違反を問題とするのではなく,職員への給与支給が適法になされることについての包括的注意義務違反を問題とすべきである。

全員協議会への出席の違法性が地方自治の根幹を犯しかねない重大なものであることからすれば,上記の包括的注意義務を負う被告には,積極的に出席を抑止すべき義務があったというべきであり,本件において被告は,反復継続的になされた違法な各出席を漫然と看過し,違法な給与支給を続けさせた以上,同人には,各給与の支給についての過失がある。

(被告)

全員協議会は,全国の大部分の市町村がこれを設置し,職員を出席させているのであり,被告がa町職員に対し全員協議会への出席を命じ,職務専念義務を免除せず,給与を減額することなく支給させた点につき,何ら過失はない。

(3)  a町の損害の有無及び損害額

(原告)

全員協議会に出席した本件各出席職員に対する各給与の支給により,a町は本来支払うべきでない過払給与合計20万円の損害を被った。

第3判断

1  町職員の全員協議会への出席は公務に当たるか(争点(1))

(1)  全員協議会の位置づけ

ア 普通地方公共団体の議会議員を構成員とするいわゆる全員協議会については,前記のとおり,法令上の根拠がなく,a町において施行されている条例及び規則にも全員協議会の設置等に関する規定は一切存在しない(同町議会において設置等の議決が過去に行なわれたかどうかも証拠上明らかではない)のであり,少なくとも,同町議会における全員協議会は,慣行として行なわれる町議会議員全員による事実上の会議体というほかないものと認められる。

イ 地方自治法等関係各法令は,地方議会または議会議員の活動につき,その全てを必ず本会議または各委員会の場においてなすべきことを要求する趣旨ではないと解される。すなわち,地方議会の委員会について会議公開の原則(地方自治法115条1項本文)が適用されないことからも明らかなように,地方自治法は,地方議会に提出された議案についての議会としての意思形成過程につき,その全てを必ず公開の会議の場で行わなければならないとするものではない。

また,地方議会には,その運営等に関し,議会の機能を適切に果たすため自律性が認められているのであり(同法103条,127条,120条,134条以下等),議会が会議の運用をどのように行うかについては,議会に一定の裁量が認められていると解される。

地方議会は,当該普通地方公共団体の事務に関する調査権を有し(地方自治法100条1項),議会の常任委員会も,委員会固有の権能として,当該普通地方公共団体の事務に関する調査権を有する(同法109条3項)。もとより,地方議会及び議会の委員会がかかる権能を有するとはいえ,地方議会が全員協議会の場で当該普通地方公共団体職員に対し,公共団体の事務についての説明を求める行為が,法的な意味における地方議会の調査権行使に当たるのかについては,議論の余地があるところであるが,調査権が認められる地方議会が上記説明要求を本会議の場でなすか,その他の全員協議会等の場でなすかについては,その議会運営の一環としての性質を有するものであるといえるのであり,上記自律性に基づく裁量権が認められるというべきである。

さらに,個々の議員の行為として,全員協議会の場で当該普通地方公共団体職員に対し,公共団体の事務についての説明を求めるという行為について考えてみても,前記地方自治法100条1項及び109条3項が,地方議会または同議会常任委員会の構成員たる個々の議員に対してまで調査権を認めたものとは当然にはいえず,個々の議員が当該普通地方公共団体職員に対し,地方公共団体の事務について説明するよう求める権限を有するかは疑問であるものの,議員の当該行為は,議会審議のための資料を収集する行為として,議員本来の職務を背景とし,その活動の一環またはこれと密接に関連する行為といえる。

以上の諸点を考慮すると,法令上の根拠を欠くことをもって直ちに本件全員協議会の設置開催自体を違法とすることはできないと解される(この点は原被告とも認めている)。

ウ ただ,前認定のとおり,a町議会の全員協議会は非公開であり,議事録は作成されないため,一般住民が協議会の内容を知ることはできない。

地方自治法115条1項本文が地方議会の会議公開の原則を定めた趣旨は,住民の意思が議会に反映されているか,会議が公正に運営されているかなどを住民に知らせ,地方議会に住民のコントロールを及ぼす点にある。かかる趣旨及び各種の厳格な法的手続に従ってのみ議会の意思を決定せしめようと意図する地方自治法の精神からすれば,全員協議会においてなされた決定をもって当該地方議会の議決とすることが許されないことは論を待たないが,各種議案についての実質審議の過程(議案の趣旨説明,質疑,討論及び評決)も,全て公開された地方議会本会議でなされることが望ましいことはいうまでもない。

全員協議会が,議会内部の話し合いの場として極めて便利であり,かつ,議員または各会派の当面する問題に対する意見の妥協点を見出しやすく,議会における本会議の運営を円滑に進めることができるという利点はある(乙3)としても,あらゆる議案の実質的審議を専ら全員協議会の場で行い,本会議においては確認的に評決をなすにすぎないというような運用は,地方議会の本会議及び委員会審議の空洞化,形骸化を招き,民主的な議会運営の根本原則に背馳するおそれがあるため,慎重な運用が望まれるところである。

(2)  町職員の全員協議会への出席の違法性について

ア 前記のとおり,全員協議会の設置開催はそれ自体違法とはいえないから,地方公共団体の職員が全員協議会において地方公共団体の事務について説明する行為も,原則として,違法とはいえないと解される。

イ 地方自治法は,地方議会に対する議案の提出を地方公共団体の長の権限とし(同法149条1号),地方公共団体の長につき,説明のため出席を求められた際の議場出席義務を課している(同法121条)。かかる規定の存在に加え,前記のとおり,説明要求を本会議の場でなすか,その他の全員協議会等の場でなすかについては,地方議会の運営の一環としての性質を有し,自律性に基づく議会の裁量権が認められること,議員の説明要求行為は,議会審議のための資料を収集する行為として,議員本来の職務を背景としたその活動の一環またはそれと密接に関連する行為といえることを併せて考慮すれば,普通地方公共団体職員が長の命を受け,説明のために当該地方議会の本会議ではなく,全員協議会に出席して議員に対し説明する行為についても,公務に該当し,給与支給の対象となるというべきである。

(3)  本件請求の当否について

ア 原告は,本件全員協議会の運用の実態が違法の状態に至っている旨主張する(なお,この点に関し,原告は,a町監査委員の要望にもかかわらず,被告が何らの措置も講じていない旨指摘するが,これは平成14年7月7日から平成15年7月7日までの間の15回の全員協議会より後に生じた事情であるから,認定判断の対象とはならない)。

イ 前認定のとおり,a町議会の全員協議会は,平成14年7月7日から平成15年7月7日までの1年間に合計15回開催され,延べ33名のa町各部課の課長等の一般職員(本件各出席職員)が出席し,町議会議員に対し,a町が抱える行財政上の重要問題,議案,将来の町の行政計画等を説明したものである。

前記住民監査請求監査報告書記載のとおり,本件全員協議会は,町長が行政上の重要問題等について議会の意見を聞く場としても運用されており,町職員が町議会に提案される予定の案件を町議会議員に説明し,質疑を受けるという事前の実質審議ともいうべき実態があり,この事前説明及び質疑応答の結果,町議会では,しばしば本会議における議案の提案理由説明,質疑及び討論が省略され,また議員に対する議案書の交付が必ず会期初日当日の朝にされていたなどの事実がうかがえる(弁論の全趣旨)。

これらの実情から見ると,a町議会における全員協議会の運用には,地方自治法の趣旨に照らし,不適切といわざるを得ない面があったのではないかという疑いがある。

ウ しかしながら,議会に政務調査費がない町議会議員にとって,執行部からの情報を収集できるのは全員協議会の場だけであり,議員にとって,かかる情報収集は,議員本来の職務を背景としたその活動の一環ないしはそれと密接に関連する行為といえること,上記15回の全員協議会全てにa町の一般職員が出席したわけではなく,全員協議会は議会の自主的意見調整の場として運用されていた面も有すること,一般に地方議会の規模が小さいほど全員協議会の開催回数は多くなる傾向にあり,全国の各市町村議会におけるa町議会の規模からして,1年間に15回という開催回数は,全国平均の年間8.5回に比し,著しく多いとまでは必ずしもいえないことからすれば,a町議会における全員協議会の具体的運用実態は,事前の実質審議がなされていたなどの事実はあるにしても,議会の自律権ないし裁量の範囲を著しく逸脱し,もしくは濫用にわたるとまではいえず,その他,a町議会における全員協議会の運用が,町長において,職務命令により町職員を出席させることを差し控えるのを相当とするほど,地方議会制度の趣旨に反していたと認めるに足りる証拠はない。

エ してみれば,全員協議会への本件各出席職員の出席は,町職員としての公務に属し,給与支給の対象となる行為と認められ,したがって,この分の各給与支給は違法とはいえない。

2  結論

よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の本件請求は理由がない。

(裁判長裁判官 池谷泉 裁判官 山本善彦 裁判官 大島広規)

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