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鹿児島地方裁判所 平成18年(わ)3号 判決 2006年5月11日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中70日をその刑に算入する。

押収してあるタオル1枚を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,タクシーに客を装って乗車し,運転手を殺害して売上金等を強取しようと企て,

第1  平成17年12月17日午後8時30分ころ,鹿児島県大島郡a町b番地先の通称c新港内に停車させたタクシーの車内において,同タクシーの運転手A(当時69歳)に対し,殺意をもって,いきなり後方から所携のタオルでその頸部を絞め付け,よって,そのころ,同所において,同人を頸部圧迫により窒息死させた上,同車のダッシュボード内の財布等から同人所有又は管理に係る現金約1万8500円を強取した

第2  同月18日午後8時30分ころ,同郡d町e番地のf遊歩道内に停車させたタクシーの車内において,同タクシーの運転手B(当時69歳)に対し,殺意をもって,いきなり後方から所携の前記タオルでその頸部を絞め付けるなどして殺害しようとしたが,同人が激しく抵抗したため,加療約6日間を要する顔面挫創等の傷害を負わせたにとどまり殺害するには至らなかったが,同車内の財布から同人所有又は管理に係る現金約1万4000円を強取した

ものである。

(量刑の理由)

1  本件は,被告人が,売上金等を強取する目的で,客を装ってタクシーに乗車し,運転手を殺害した上,現金を奪った強盗殺人(判示第1)及び同じ手口のタクシー強盗による強盗殺人未遂(判示第2)各1件の事案である。

2(1)  まず,被告人が本件各犯行に及んだ動機・経緯についてみる。

被告人は,高校卒業後,県外で仕事に就いたが,長続きせず,また,遊興による浪費で借金をするなどし,経済的に自立できなかったことから,平成10年ころ,鹿児島県大島郡a町の実家に戻り,実父とともに生活するようになった。しかし,被告人は,帰郷後も仕事が長続きせず,実父からの,再三の注意にもかかわらず,パチンコ等による遊興で借金を重ねたり,家出や無銭飲食を繰り返し,その度に実父が借金の返済や飲食代の弁償に追われた。被告人は,平成17年5月には,実父の要求で,家出や借金をしないことなどを約束する誓約書を作成したが,その後も約束を守ることなく,浪費,家出,無銭飲食等を繰り返した。そのため,実父は,同年12月初旬ころ,被告人を激しく叱責するとともに,鍋やパイプ椅子で殴るなどの暴力を加えた。被告人は,その直後に,実父の暴力から逃れたいという気持ちが高じて再び家出をし,空き家や公園のトイレなどで寝泊りしつつ,無銭飲食を繰り返した。しかしながら,被告人は,同月17日に,実父が,被告人に無銭飲食をさせないように,被告人の顔写真入りのビラを近隣の飲食店に配布して回っていることを知り,これ以上,無銭飲食を続けることができないと考えたが,実家に帰るとまた実父から暴力を振るわれると思い,実家に帰らなかった。そして,被告人は,空腹感や寒さから逃れるため,手っ取り早く金を得る方法を色々と思い巡らせた結果,タクシーの運転手を殺害して金を奪う強盗殺人の犯行を決意した。

このように,本件各犯行は,野宿生活に行き詰って金欲しさから敢行されたものであるが,たかだか数万円程度の金を奪うために,全く面識のないタクシー運転手を殺害しようと決意した点は,極めて自己中心的かつ短絡的で,人命軽視も甚だしい。しかも,判示第1の犯行で被害者に惨たらしい結果をもたらしながら,これに心を痛めて後悔するどころか,奪った金をほとんど使い果たすや,その翌日に再びタクシー強盗で運転手を殺害しようとしたのであって,非情かつ冷酷である。被告人が空腹や寒さから追い詰められた心境になって犯行を決意したという側面があるとはいえ,そのような状況に陥ったのは,被告人の無計画で無責任な生活態度に原因があるのであって,まさに自業自得というべきであるし,そのような状況を打開するために,人の命を奪ってでも金を得ようと考えた点は,余りにも浅はかである。被告人が最後に家出をした要因として,実父が被告人に激しい暴力を加えたという事情があるが,これも,実父が被告人の借金の返済や無銭飲食による飲食代の弁償等のため,幾度となく被告人の尻拭いを強いられてきた経緯に照らすと,さほど同情に値する事情ともいえない。

以上のとおりであって,本件各犯行の動機・経緯に酌量の余地はない。

(2)  次に,本件各犯行の態様についてみるに,被告人は,人気のない場所であれば,被害者が助けを求めることもできず,第三者に犯行を目撃されることもないなどと考えて,あらかじめ犯行場所を選定した上,知人が勤めていないタクシー会社の方が犯行をするのに好都合と考えて,電話でタクシーを呼び寄せている。そして,被告人は,運転手である被害者らに対し,置いてきた車を取りに行くなどとうそを言って自然を装い,人気のない場所に向うことに不審を抱かれないようにした上,あらかじめ首を絞めるために用意していたタオルを手に,犯行直前に助手席後方から運転席後方に移って犯行に及んでいる。このように,犯行は計画的で周到かつ狡猾である。また,被告人は,いずれも当時69歳の被害者らに対し,突然,背後から,その頸部にタオルを巻き付け,力一杯絞め付けており,その犯行態様は,極めて冷酷かつ残忍である。特に,判示第1の犯行では,被告人は,被害者の苦しむ様子も全く意に介さず,被害者の必死の抵抗を排し,被害者が失神した後,蘇生しそうになるや,息の根を止めるべく,繰り返し頸部を絞め続けて窒息死させたのであって,誠に執拗であり,何が何でも殺害しようという強固な意思がうかがえる。また,判示第2の犯行でも,被告人は,タオルで5分ほど頸部を締め付けた上,被害者の抵抗により,頸部に巻き付けたタオルが外れるや,すかさず,両手でBの頸部を絞め付けて殺害しようとしたものであり,これまた執拗で凶悪である。

(3)  本件各犯行の結果は誠に重大である。

まず,判示第1の犯行についてみるに,被害者は,突然,タオルで頸部を絞め付けられ,必死の抵抗にもかかわらず,繰り返し執拗に頸部を絞め続けられた結果,命を奪われたものであり,死の間際に被害者が被った肉体的苦痛は想像を絶するものがある。被害者は,工場で定年まで勤め上げた後,悠々自適の生活を送ることもできたが,少しでも働いて孫に小遣いをやりたいという思いから,タクシー運転手として働きつつ,家族とともに健康で平穏な生活をしていたところ,たまたま被告人を客として乗車させることになったばかりに,そのかけがえのない命を奪われたのであって,その無念さは計り知れない。被害者の遺族らは,突然,被害者を失ったことで深く悲嘆に暮れている。殊に,被害者の妻は,夫を失ったことで強いショックを受け,持病の心筋症が悪化して入院し,一時は心停止に陥るほど深刻な容態となり,退院した現在も病状は芳しくない。被害者の遺族らは,いずれも被告人に対する極刑を求めていて,処罰感情は極めて峻烈である。

また,判示第2の犯行についてみても,被害者は,加療約6日間を要する傷害を負ったばかりでなく,突然,自らのタクシーの乗客である被告人から力一杯頸部を絞め付けられ,生命の危機に晒されたものであり,頸部を締め付けられた時間もかなり長く,失神する寸前にまで至っていたのであって,この際に被害者が被った肉体的苦痛及び恐怖,驚愕等の精神的苦痛は甚大である。また,被告人が,被害者から約1万4000円を奪った点も看過できない。被害者の処罰感情も相当に厳しく,結果は重大である。

(4)  さらに,被告人は,判示第1,第2と連夜にわたって重大犯罪を犯しながら,今度は民家に押し入って強盗殺人等を働こうと目論み,高齢者がいる一軒家を探して街中を徘徊していたのであり,被告人が短期間のうちに凶悪な犯罪傾向を深化させていることがうかがえる。加えて,本件各犯行は,離島である徳之島内で連続して発生した重大凶悪犯罪であり,島内の住民に与えた恐怖感等の社会的影響は大きい。

以上からすれば,被告人の刑事責任は誠に重大である。

3  他方で,判示第2の犯行において,殺人自体は未遂に終わっており,傷害の程度も比較的軽微であること,被告人が,本件各犯行を素直に認め,自分の命が続く限り,毎日なくなった被害者のご冥福と,遺族らに対する謝罪の気持ちを込めて,祈りを続けていくと述べており,反省の態度を示していること,被告人の実父が,Aの遺族方及びB方に,見舞金等を持参して謝罪に赴いていること,被告人にこれまで前科がないことなど,被告人の刑事責任を軽くする方向に働く事情もある。

そこで,以上の諸事情を総合考慮した結果,被告人を無期懲役に処し,その生涯をかけて,判示第1の被害者の冥福を祈らせつつ,その罪を償わせるのが相当であると判断した。

よって,主文のとおり判決する。

(検察官樋口正行,同福澤純治,国選弁護人白鳥努各出席)

(求刑 無期懲役,押収してあるタオル1枚の没収)

(裁判長裁判官 谷敏行 裁判官 渡部市郎 裁判官 藪崇司)

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