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鹿児島地方裁判所 平成20年(ワ)78号 判決 2008年10月15日

原告(兼亡C訴訟承継人)

X1

原告(亡C訴訟承継人)

X2

原告ら訴訟代理人弁護士

千野博之

被告

主文

一  被告は、原告X1に対し四〇一四万三九三一円、及び原告X2に対し一三三八万一三一〇円、並びこれらの金員に対する平成一五年一一月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  上記第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

主文第一項と同旨

第二事案の概要

一  本件事案の要旨

本件は、平成一五年一一月一六日に鹿児島県名瀬市(当時。現・奄美市)で発生した交通事故により死亡したA(以下「A」という。)の遺族である原告らが、その加害車両を運転していたB(以下「B」という。)と共に知人宅で飲酒した上、事故の直前まで当該車両に同乗していた被告に対し、Bの運転を制止すべきであったのにこれを怠ったことにより事故を発生させた共同不法行為責任があるとして、損害の賠償を求めた事案である(附帯請求は、Aが死亡した日からの、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の請求である。)。

なお、本件訴訟は、当初は大分地方裁判所に提訴されたもの(同裁判所平成一九年(ワ)第一〇五号事件)が、いったん当庁名瀬支部に移送されて同支部同年(ワ)第二七七号事件として係属した後に、当庁に回付されたものであるところ、上記移送前に原告の一人であったC(Aの父)が死亡したことから、その訴訟上の地位を、同人と共に訴えを起こしていた原告X1(Aの母。以下「原告X1」という。)とその両者間の子(Aの兄)である原告X2が承継するに至っている。

二  基礎となる事実

(1)  次の交通事故が発生した。

ア 日時 平成一五年一一月一六日午前一時四〇分ころ

イ 場所 鹿児島県名瀬市<以下省略>付近の道路

ウ 態様 酒気を帯びて普通乗用自動車を運転していたBが、交通整理の行われていない交差点を直進しようとした際、前方の注視が十分でなかったことから、前方道路を左から右に横断歩行中であったA(昭和○年○月○日生。当時二四歳)を発見するのが遅れ、自車の前部を同人に衝突させたもの

(2)  Aは、上記交通事故(以下「本件事故」という。)によって生じた頭部外傷に起因する急性硬膜下血腫により、平成一五年一一月二三日午後一一時三分ころ県立大島病院において死亡し、その両親である承継前原告Cと原告X1が、二分の一ずつの割合でAの権利義務を相続承継した。

その後、承継前原告Cは平成一九年七月三〇日に死亡したところ、その相続人間の協議により、妻であった原告X1と両者間の長男である原告X2が、二分の一ずつの割合で承継前原告Cの権利義務を相続承継することが決められた。

(3)  一方、被告(昭和○年○月○日生)は、本件事故の前夜から当日にかけてBと共に知人宅で飲酒した上、事故の直前までその運転車両(鹿児島《省略》。以下「本件車両」という。)に同乗していた人物である。

なお、Bは、平成一六年三月一〇日、本件事故について、道路交通法違反(酒気帯び運転、救護・報告義務違反)及び業務上過失致死の罪により懲役三年の実刑判決を受け、これは同月二五日に確定したところ、同人は、本件事故当時は未成年者であったものである。

三  争点

(1)  被告の共同不法行為責任の有無

(原告らの主張)

ア Bは、平成一五年一一月一五日午後五時ころから、本件事故が発生した翌一六日午前一時四〇分ころの直前までの間に、ほぼ継続的に、ビール、発泡酒及び焼酎の水割りなど、合計六lを超える量の飲酒をしていた。

一方、本件事故は、別紙図面(同月二一日付け実況見分調書添付の「交通事故現場見取図」をコピーしたもの)の①の位置に停車していたBが、再発車後、同図面の<×>のところで車の前部をAに衝突させたというものであるが、同図面からも明らかなとおり本件車両は既に交差点の手前で反対車線にはみ出していた上、B自身も衝突時のスピードが時速三五kmくらいであったと述べているように、再発車後二九・一mほど進行する間に急激に加速させられていたものであり、同車両がふらつきながら走行していたとする目撃者もいる。

このような事故の発生状況に照らすと、本件事故の際にBにおいてAを発見するのが遅れたことについては、飲酒の影響があったことが明らかというべきである。

イ ところで、被告は、事故前夜の同月一五日午後八時四五分ころから当日の午前一時前ころまで、Bと一緒に知人宅で飲酒していたのであるから、Bの正確な飲酒量までは知らなかったとしても、同人に車を運転させれば交通事故を惹起して他人に危害を加える結果となる蓋然性が高いことを、十分に予見することが可能であった。

したがって、被告としては、Bと一緒に知人宅から帰宅するに当たり、Bが本件車両を運転することを制止すべきであったのに、被告は、これを制止するどころか、自らもBの運転する本件車両に同乗した上、その後、別紙図面の①のところで同車両から降りた際にも、Bがそれまでの運転中に更に飲酒していたこと、及び、同人がそのまま運転を継続するであろうことを認識していたにもかかわらず、Bにそれを止めさせることを怠ったものである。

ウ そして、この注意義務違反行為の結果、その直後に本件事故が発生するに至ったものであるから、被告は、同事故について、Bとの共同不法行為責任を負うものというべきである。

(被告の反論)

ア 被告がBの運転を制止しなかったことは認めるが、そもそもこれを制止しなければならないような状況にはなかったものである。

すなわち、Bは、本件事故当日の午前一時ころ、被告と一緒に飲酒していた知人宅から帰ることになった時点でも、それほど酔っておらず、車の運転をするのが危ないような状態にはなかったし、実際、本件事故の直前に、被告が歩道上に知人がいるのを見つけた関係で別紙図面の①の位置に停車するまでの運転操作にも、全く危険は感じられなかった。

Bは、この運転中に更に飲酒していたようであるが(この点については、被告は記憶していない。)、被告ともども上記知人と立ち話をしていた時の様子も普通であって、Bにこれ以上運転を続けさせるのは危険であると思わせるような徴候はなかった。

したがって、被告がBの運転を制止すべき注意義務を負っていたというのは、当を得ない議論である。

イ のみならず、本件事故は、飲酒による影響とは全く無関係な、Bの単純な脇見運転によって発生したものであるので、被告がBの運転行為を制止しなかったことと本件事故との間には相当因果関係がない。

ウ 以上のとおりであるから、本件事故について被告に共同不法行為責任があるとする原告らの主張は理由がない。

(2)  損害

(原告らの主張)

ア Aの損害

① 逸失利益 四八七二万五二四二円

基礎収入を、平成一四年度の賃金センサス第一巻第一表・男性労働者学歴計の平均年収額である五五五万四〇〇〇円、生活費控除率を五〇%とし、就労可能年数を六七歳に達するまでの四三年間(これに対応するライプニッツ係数は一七・五四六)として、Aの逸失利益を算定すると、上記金額となる。

② 慰謝料 二五〇〇万円

Aは、二四歳という若さで死亡したものであり、将来の希望に満ち溢れた時期に、突然本件事故によって命を奪われたのであるから、その無念は察するに余りある。また、両親たる承継前原告C及び原告X1が、精神的にもAを頼りにするところがあったことなどを斟酌すると、死亡による慰謝料は二五〇〇万円を下らない。

③ 損益相殺等

以上の合計額から、本件事故について支払われた自賠責の死亡保険金三〇〇〇万円を控除すると、四三七二万五二四二円となるところ、その二分の一を相続した承継前原告Cが死亡したことにより、結局、原告X1が三二七九万三九三一円、原告X2が一〇九三万一三一〇円の損害賠償請求権を承継したことになる。

イ 承継前原告C及び原告X1の慰謝料 各二五〇万円

本件事故後、承継前原告Cは、飲酒量が増え、急性肝炎で倒れて入院し、その後も症状が悪化し、平成一九年七月三〇日に肝臓がんで死亡した。

また、原告X1は、本件事故後、精神面と身体面の双方において変調を来し、その状況は現在も継続しており、精神科のカウンセリングと投薬を受けるなどしている。

両者の最愛の息子を失った精神的苦痛は多大なものであり、これに対する損害はそれぞれにつき二五〇万円を下ることはない。

ただし、承継前原告Cの分については原告らが二分の一ずつ相続承継したので、結局、原告X1が三七五万円、原告X2が一二五万円の損害賠償請求権を有することになる。

ウ 弁護士費用

以上により原告X1は三六五四万三九三一円、原告X2は一二一八万一三一〇円の各損害賠償請求権を有することになるところ、この金額などに照らすと、本件の弁護士費用としては、原告X1について三六〇万円、原告X2について一二〇万円が相当である。

(被告の認否)

本件事故について自賠責から三〇〇〇万円の死亡保険金が支払われたことは認めるが、その余は不知。

第三当裁判所の判断

一  争点(1)(被告の共同不法行為責任の有無)について

(1)  《証拠省略》によれば、本件事故の前日からのBと被告の行動等につき、以下の事実が認められる。

ア 平成一五年一一月一五日、Bは、午後五時過ぎころから酒を飲み始め、午後七時ころまでの間に、五〇〇mlの缶ビール二本と五〇〇mlの缶入り発泡酒四本を飲んだ。

同日午後八時三〇分ころ、被告がBに電話をかけ、知人であるD宅に行こうと誘ったため、Bは、本件車両を運転して被告を迎えに行き、被告の当時の内妻(現在の妻)の子供と被告を同乗させてD宅へ赴いた。

なお、Bと被告は小学校からの同級生であるとともに、同じ職場で稼働していたもので、特に上下関係があるような間柄ではなかった。

D宅において、被告とBは午後八時四五分ころから共に飲酒し、Bは三五〇mlの缶ビール一本の三分の一程度を飲んだ。

イ D宅で被告が知人に電話をしたところ、知人のE宅で鍋をしていることが分かり、これに合流しようという話になったことから、Bは、同日午後九時過ぎころ、上記子供と被告及びDを本件車両に同乗させた上でD宅を出発し、午後九時半ころまでにはE宅に到着した。

Bは、E宅に到着後、翌一六日午前一時前ころまでに、三五〇mlの缶ビール二本、三五〇mlの缶に入った発泡酒四本、焼酎水割り(焼酎五、水五の割合程度)コップ四杯くらい及びウイスキー少量を飲んだ。

ウ 同日午前一時ころ、Bは、被告を本件車両の助手席に、上記子供を後部座席に乗せてE宅を出発したところ、その出発前に被告がBを見た時もその顔は赤くなっていたが、同人は、運転しながら更に三五〇mlの缶に入った発泡酒一本を飲んだ。

その後、被告が歩道上に知人がいるのを発見したことから、Bは、別紙図面の①の位置に本件車両を停車させた上、被告と共にその知人と三〇分ほど立ち話をしていたところ、そこへ被告の当時の内妻が自転車に乗ってやって来た。

そこで、被告は、内妻及びその子供と一緒に歩いて帰宅することとし、同図面表示の交差点に向けて歩き出したところ、このようにして被告などと別れたBが一人で本件車両に乗り込んでこれを発進させた直後に、本件事故が発生した。

エ 本件事故は、Bが同図面の<×>のところで自車の前部をAに衝突させたというものであるが、同図面にもあるように本件車両は既に交差点の手前で反対車線にはみ出していた。

また、Bが停車していた位置から衝突地点までは二九・一mほどであるが、Bは、再発車後、衝突までに、時速三五kmくらいにまで加速していた。

なお、本件車両は事故前から下向きの前照灯が故障していたため、Bは補助ランプのみを点灯させて走行していたが、それでも二七m先にいる人が見通せるだけの視界はあり、本件事故当時、その視界を妨げるような物は存在しなかった。

オ 同日午前六時三一分ころBの飲酒検知が行われた結果、呼気一lにつき〇・二二mgのアルコール濃度であった。なお、Bは、本件事故からこの検査までの間は飲酒していない。

(2)  上記認定事実によれば、Bが、本件事故の際にAを発見するのが遅れたことについては、多分に飲酒による影響があったものと推認される。

この点、被告は、本件事故が、飲酒による影響とは無関係な、Bの単純な脇見運転によって発生したものである旨主張するところ、確かに、Bの司法警察員に対する供述調書である前掲《証拠省略》には、本件車両を発進させた際、被告やその内妻が歩道寄りの車道を歩いていたので、中央線寄りを走行して同人らを追い越したが、交差点の手前で安全確認をしてから加速した際に同人らが押川薬局の角辺りにいたため、同人らの方を見てクラクションを二回鳴らした後、前を見るとAがおり、衝突した旨の記載がある。

しかしながら、少なくとも証拠上は、被告及びその内妻以外に、事故現場付近にいた人でクラクションを聞いたという供述をしている者はいないし、Bは、司法警察員に対する供述調書である前掲《証拠省略》において、被告がクラクションに反応して手を挙げたと述べているのに対して、被告本人は、クラクションに何の反応も示していないと供述しており、食い違いがある。

また、上記《証拠省略》によれば、Bは、本件車両のエンジンをかけたまま停車しており、被告と別れた後すぐに同車両に乗り込んで発進させたというのであるから、被告とBが別れてから本件車両が交差点にさしかかるまでの時間はかなり短かったはずであるのに、被告本人は、クラクションが鳴ったとき既に発進地点から二一m以上離れた本件事故現場付近の交差点を歩いていたと述べており、不自然である。Bの上記供述内容も、同人において車で追い越したはずの被告やその内妻が、その直後に本件車両と並ぶようにして歩いていたというものであって、重大な矛盾を抱えている。

これらの諸点に照らすと、Bが脇見をしてクラクションを鳴らしたという事実があったかどうかは、極めて疑わしいといわざるを得ない。

のみならず、仮にそのような事実があったとしても、交通整理の行われていない交差点の手前で急激な加速をしながら脇見をしたということ自体が、飲酒の影響によるものと解されるところであるから(なお、上記のとおり、Bは《証拠省略》の供述調書において、交差点の手前で安全確認をしたように述べているが、しっかり前方を見ておればその時点でAを発見することができたはずであると考えられる。)、被告の上記主張は採用できない。

他に、上記推認を妨げるような証拠は存しない。

(3)  ところで、被告の司法警察員に対する供述調書である前掲《証拠省略》には、BがE宅で三五〇mlの缶ビール一本のほか、発泡酒二本や焼酎の水割り(焼酎四、水六の割合)コップ四杯くらいを飲酒していたとする記載があるところ、被告本人は、同調書が警察官のいうままに作成されたものである旨を述べるが、同調書には焼酎と水の割合、コップの種類、焼酎に島みかんを六分の一に切ったものを入れていたことまで詳細に記載されており、警察官の誘導のみによってこのような詳細な調書が作成されたとは考え難いことに加え、被告本人によれば、E宅では七畳程度の部屋に八人くらいが座って飲酒していたとのことであって、Bと被告が、互いの飲酒状況が分からないほどに離れていたとはいえないことをも勘案すると、被告は、Bの飲酒量について、少なくとも上記調書に記載されている範囲では認識していたものと認めるのが相当である。

そして、その程度の飲酒をした場合には、正常な運転ができないおそれがあるものと見るのが常識的であり、この点に、上記(1)で認定した事実、特に、E宅を出る前に被告自身が、Bの顔が赤くなっていたのを見ていることを総合すると、被告としては、既にその時点で、Bに車の運転をさせれば交通事故を惹起して他人に危害を加える結果となる蓋然性が高いことを、十分に予見することが可能であったものというべきところ、この予見内容が、人の生命にも関わる重大な事態であったことからすると、Bとは前認定のような間柄にあった被告には、条理上、Bが車を運転するのを制止すべき注意義務があったものと認めるのが相当である。

ところが、被告は、自らもBの運転する本件車両に同乗したほか、その後、別紙図面の①のところで同車両から降りた際にも、Bが運転を継続するのを制止しなかったものであり、この注意義務違反行為の結果、その直後に本件事故が発生するに至ったものであるから、被告には、同事故につき、Bとの共同不法行為責任があると認められる。

他に、以上の認定判断を左右するに足りる証拠はない。

二  争点(2)(損害)について

(1)  そこで、本件事故による損害について検討するに、まず、Aの逸失利益については、原告ら主張の方法で算定するのが相当であり、これによれば、四八七二万五二四二円であると認められる。

また、本件に顕れた諸般の事情を総合考慮すると、Aの慰謝料についても、原告らの主張どおり二五〇〇万円とするのが相当である。

そして、本件事故について自賠責から三〇〇〇万円の保険金が支払われたことは争いがないので、これを以上の損害合計額から控除すると四三七二万五二四二円となるところ、その半分を相続した承継前原告Cについての相続関係をも踏まえると、結局、原告X1が三二七九万三九三一円、原告X2が一〇九三万一三一〇円の損害賠償請求権を承継したことになる。

(2)  一方、Aが二四歳という若さで死亡したことなどに照らすと、その両親である承継前原告C及び原告X1についても、固有の慰謝料を認めるのが相当であり、その金額としては、原告らの主張するとおり各自について二五〇万円とするのが相当と認められるが、承継前原告Cについての相続により、結局、原告X1が三七五万円、原告X2が一二五万円の損害賠償請求権を有することになる。

(3)  以上により、原告X1は三六五四万三九三一円、原告X2は一二一八万一三一〇円の各損害賠償請求権を有することになるところ、この金額などに照らすと、本件の弁護士費用としては、原告X1について三六〇万円、原告X2について一二〇万円が相当であると認められる。

三  結語

そうすると、原告らの本件請求は理由があるから、これをいずれも認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小田幸生 裁判官 秋本昌彦 渡邉春佳)

別紙 図面《省略》

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