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鹿児島地方裁判所 平成22年(た)1号 決定 2013年3月06日

主文

本件再審請求を棄却する。

理由

第1再審請求の趣意

本件再審請求の趣意は,主任弁護人森雅美ほか作成の平成22年8月30日付け再審請求書,平成23年3月18日付け補充意見書,同弁護人作成の平成24年12月25日付け意見書各記載のとおりであり,これに対する意見は,検察官磯部慎吾作成の意見書記載のとおりであるから,これらを引用する。

論旨は,要するに,有罪判決を受けた請求人に対し,無罪を言い渡すべきことが明らかな証拠をあらたに発見したから,刑事訴訟法435条6号により再審開始の決定を求めるというものである。

第2事件の概要と本件再審請求に至るまでの経緯

本件再審請求の対象となる事件(以下「本件事件」という。)の概要は,請求人が,昭和54年10月12日夜,夫のA及び義弟のBと共に,義弟のCに対し,その頚部をタオルで絞め,窒息死させて殺害し,さらに,翌13日未明,Bの長男のDを加えた4名で,Cの死体を遺棄したというものである。

1  Cは,同月12日朝から酒に酔い,夕刻頃には路上の側溝の傍らに酔いつぶれて寝そべっているところを発見され,近隣に住む同じ集落の者2名によってC方まで連れ帰られたが,その後,姿を見せずに行方不明となり,同月15日にC方堆肥置き場において,堆肥がかぶせられた状態で死体となって発見された。そのため,殺人,死体遺棄事件として捜査が開始されたところ,C方室内には物色された形跡がないこと,C方は農家が点在する集落の中にあり,隣接するA方やB方の奥に位置していることなどから,Cと面識のある者あるいは近親者等による犯行と判断された。請求人,A及びBのほか,同月12日夜にCを連れ帰った集落の者らに対して,Cの行方不明を知った経緯やCを捜索した状況等に関する事情聴取が実施されたところ,A及びBは,同月17日になって,Cの首にタオルを巻いてCを絞め殺し,その死体を遺棄したことを自供したため,同月18日に両名とも逮捕された。そして,Cの死体遺棄に加わったとされたDも同月27日に逮捕され,また,A,B及びDの供述から請求人の関与も明らかになったとして,同月30日,請求人が逮捕された。

その後,請求人,A及びBは殺人,死体遺棄の罪で,Dは死体遺棄の罪で,それぞれ鹿児島地方裁判所に起訴された。請求人は,捜査段階から自己の関与を否定する供述をし,公判廷においても,「共謀及び殺害行為に関与したことはない」旨述べ,A,B及びDが請求人も関与したとの供述をしていることについては,「私はCさんに嫌われていたので私まで巻き込めば他の兄弟にも恥ずかしくないと思い,そう言ったのだと思う」旨供述した。そのため,請求人の公判では,A,B及びDがそれぞれCの殺害や死体遺棄に及んだことについては争点とならず,専らこれに請求人が加わったのかどうかという点について,A,B及びDらの証人尋問が実施され,その供述の信用性が争われた。鹿児島地方裁判所は,昭和55年3月31日,請求人がCの殺害及び死体遺棄の犯行に関与したことを認め,請求人に対して懲役10年に処する旨の判決を言い渡した。請求人は第1審判決に対して控訴及び上告したが,いずれも棄却されて,同判決は確定した(以下,請求人に係る本件事件の第1審を「確定審」と,第1審判決を「確定判決」という。)。

なお,起訴事実を認めていたA,B及びDについては,3名で併合審理され,鹿児島地方裁判所は,請求人に確定判決を言い渡したのと同日(昭和55年3月31日)に,Aを懲役8年,Bを懲役7年,Dを懲役1年にそれぞれ処する旨の判決を言い渡した。A,B及びDはいずれも控訴せず,同判決は同年4月15日確定し,それぞれ服役した。

2  請求人は,平成2年7月,刑務所を満期出所し,Aと離婚して現在の姓になった。そして,請求人は,平成7年4月19日,鹿児島地方裁判所に対し,確定判決について,刑事訴訟法435条6号による再審請求をした(以下「第1次再審請求」という。)。請求人は,第1次再審請求において,自身はもとより,A,B及びDのいずれも,Cに対する殺人,死体遺棄の犯行に及んでおらず,これらの者の自白は信用性に乏しく,客観的証拠に裏付けられていないなどと主張した。また,確定審では,Cの死因に関し,Cの死体を司法解剖した甲大学教授E作成の鑑定書(以下「E鑑定書」という。)が取り調べられていたところ,第1次再審請求において改めてCの死因が問題となり,弁護人から,E作成の鑑定補充書(以下「E補充鑑定」という。),乙大学教授F作成の鑑定書及び意見書(以下「F鑑定」という。)等が,検察官から,丙大学名誉教授G作成の意見書(以下「G意見」という。)等が提出され,また,これらの者の証人尋問が実施されるなどした。鹿児島地方裁判所は,平成14年3月26日,要旨,E補充鑑定及びF鑑定によれば,Cの死体の頚部には絞頚を示す外表所見(索条痕)も内部所見も認められないことから,このような死体の客観的状況はA及びBの自白を前提とする犯行態様とは矛盾する可能性が高く,その信用性を慎重に吟味する必要があり,本件がAとBの自白以外の証拠によってどの程度支えられているかについても再検討する必要が生じたなどとし,C宅中6畳間に敷かれていたビニールカーペット(以下「カーペット」という。)や死体遺棄に使用されたとされるスコップ,ホーク等の客観的証拠,A,B及びDその他関係者の供述など,新旧全証拠を総合評価した結果,請求人,A,B及びDについて,有罪と認定するには合理的な疑いが生じるといわざるを得ないなどと判示して,再審を開始する旨の決定をした(以下,同裁判所での審理を「第1次再審請求審」と,同開始決定を「第1次再審開始決定」という。)。

これに対して,検察官が即時抗告したところ,福岡高等裁判所宮崎支部は,平成16年12月9日,要旨,確定審の審理にE補充鑑定やF鑑定が加わっても,これらの鑑定の証拠価値は高くなく,A及びBの自白に基づく犯行態様や死因に疑いを生じるとはいえないなどとし,さらに,客観的証拠やA,B及びDの自白に関する第1次再審開始決定の評価は相当でないなどと判示して,第1次再審開始決定を取り消した上,再審請求を棄却する旨の決定をした(以下,同裁判所での審理を「即時抗告審」という。)。請求人は,同決定に対して特別抗告したが,最高裁判所は,平成18年1月30日,抗告棄却の決定をしたため,第1次再審請求についての審理は終了した(以下,第1次再審請求についての審理終了に至るまでの手続を総称して「第1次再審」という。)。

3  請求人は,平成22年8月30日,第2次となる本件再審請求をするとともに,弁護人らにおいて,H作成の平成20年8月1日付け鑑定書ほか35点の証拠を順次提出した(以下,括弧内の「弁」の数字は本件再審請求における弁護人提出証拠の番号を,「確定審検」の数字は確定審における検察官請求証拠の番号を,「第1次再弁」の数字は第1次再審請求審における弁護人提出証拠の番号を,「第1次再検」の数字は同検察官提出証拠の番号をそれぞれ示す。)。

第3確定判決の内容及び証拠との関係

1  確定判決が認定した事実

本件事件について,確定判決が認定した事実は,次のとおりである。

(1)  本件犯行に至る経緯

被告人(請求人。以下同じ。)は,昭和25年3月,夫Aと結婚し,住所地において夫Aと共に農業に従事してきたものであるが,Aは女6人,男4人の10人兄弟の長男にあたり,同人方に屋敷を接して同人の実弟である二男B,四男Cがそれぞれ居住し,同じく農業に従事していた。ところで,Cは日頃から酒癖が悪く,酔っては同人の妻Iに暴力を振るうため,Iは何度か子供を連れて実家に帰っていたところ,ついに昭和54年5月,被告人夫婦ら親族を交えて協議した結果,CとIは離婚し,Iは子供を引き取って実家に帰ってしまった。Cの酒癖は離婚後一層悪くなり,飲んだ先々で迷惑をかけたり,酔いつぶれて道端に寝込んだりする有様で,親族らが迎えに行ってCを連れ帰ったことも何度かあった。しかし,CはIと離婚した後も人目を忍んで同女との逢瀬を続け,同年7月頃には何とか復籍にまでこぎ着けたが,傍目を恐れたIはC方に戻らず,別居の状態が続けられた。被告人は,勝ち気な性格な上,口数も多く,人の悪口も平気で言いふらし,夫Aが以前交通事故に遭って仕事も十分できない上,知能もやや劣ることから,長男の嫁としてA(Aの姓)家一族に関する事柄を取り仕切っていた。Cは,被告人によってIと離婚させられ,一緒になることを妨害されているとして被告人に反感を抱き,酒に酔っては被告人を「打殺す」などと言って暴れ,一度は被告人方に押し掛けて入浴中の被告人を外まで追い回したこともあって,被告人夫婦,義弟Bは日頃からCの存在を快く思っていなかった。

同年10月12日,夫Aらの姉の子の結婚式がとり行われ,被告人夫婦をはじめAの兄弟はCを除き全員出席した。しかし,出席する予定であったCは当日朝から酒びたりのため酔って荒れていたとしてAら兄弟はCを連れて行かず,挙式を終えて,被告人らは午後7時過ぎにはそれぞれ帰宅した。Cは同日,酒を飲んで外を出歩き,午後8時頃,酔いつぶれて溝に落ちているのを部落の者に発見され,Cの近隣に住むJ,Kの両名がCを同人方まで届けたが,同人は前後不覚の状態であった上,着衣が濡れて下半身裸になっていたため,同人を土間に置いたまま帰った。被告人は,Jから連絡を受け,同日午後9時頃,J方に行ってCの様子を聞き,Jらに迷惑をかけたことを謝ったりした後,午後10時30分頃,Kと帰宅する途中,Cの様子を見るため1人でC方に立ち寄ったが,泥酔して土間に座り込んでいるCを認めるや同人に対する恨みが募り,この機会に同人を殺害しようと決意し,義弟B,次いで夫Aに対し,共同してCを殺害しようと話を持ちかけ,両名はいずれもこれを承諾した。

(2)  罪となるべき事実

被告人は,夫A,義弟Bと共謀の上,C(当時42歳)を殺害するため,同人絞殺に使う西洋タオルを携帯して,同日午後11時頃,鹿児島県曽於郡大崎町a,b番地所在の同人方に赴き,同所土間に座り込んで泥酔のため前後不覚となっている同人に対し,A及びBにおいて,こもごもCの顔面を数回ずつ殴打し,その場に倒れた同人を被告人を加えた3名で足蹴にするなどし,さらに,3名でCを同人方中6畳間まで運び込んだ上,同所において,被告人が,「これで締めんや」と言って西洋タオルをAに渡すとともに,仰向きに寝かせたCの両足を両手で押さえつけ,Bもまた,Cの上に馬乗りになってその両手を押さえつけ,Aにおいて,西洋タオルをCの頚部に1回巻いて交差させた上,被告人の「もっと力を入れんないかんぞ」との言葉に,両手でその両端を力一杯引いて絞めつけ,よって,同人を窒息させて殺害した。

殺害行為の後,Bはいったん帰宅して,同人の長男であるDにCの死体を遺棄するため加勢を求めたところ,Dはこれを承諾し,ここに被告人は,A,B及びDの3名と共謀の上,同月13日午前4時頃,被告人が照らし出す懐中電灯の灯りのもとで,前記3名が,Cの死体を同人方牛小屋に運搬した上,被告人の「まだ浅い,もっと掘らんか」との指図により,同所の堆肥内にそれぞれスコップ又はホークを用いて深さ約50センチメートルの穴を掘ってその中に死体を埋没し,もって,死体を遺棄した。

2  確定判決が認定した事実と証拠との関係

前記第2の1のとおり,確定審では,Cに対する殺人,死体遺棄の犯行に請求人が関与したかどうかが争われたが,確定判決は,この点に関する証拠の評価や,心証形成の過程を特に判示していない。唯一,請求人の犯行動機につき,「量刑の理由」の項において,保険金目当てもあったという検察官の主張を証拠上いまだ不十分と排斥しているだけである。

一方,控訴審判決においては,弁護人の事実誤認の主張に対し,確定判決が挙示した証拠のなかでも,特に,共犯者とされるA,B及びDの公判供述,Aの検察官調書謄本(昭和54年11月2日付け〔確定審検107〕,同月4日付け〔確定審検108〕,同月6日付け〔確定審検109〕),Bの検察官調書謄本(確定審検113)のほか,Bの妻であり,Bと請求人とが犯行当夜に本件事件に関する会話をしていたのを見聞きしたとするLの公判供述,泥酔状態にあったCをC方に連れ帰ったJ及びKの検察官調書謄抄本を挙げて,本件事件の夜,泥酔して前後不覚の状態にあったCがJらの好意によりC方に搬送されたことを当初に知ったのは共犯者のうち請求人であったと指摘し,確定判決のような経緯で殺害,死体遺棄の実行行為がなされたことが認められるとした上,さらに,弁護人が共犯者らの供述の矛盾を指摘する点については,共犯者らの供述は大綱において一致しており,請求人を陥れるために虚偽の供述をしているものと疑うべき何らの事情も認めることはできず,これらの供述内容は客観的状況とも符合するから信用できる旨判示している。

結局のところ,本件事件において,確定判決が認定した事実と証拠との関係は,確定判決に挙示された証拠の標目や控訴審判決の判示内容等から推測せざるを得ず,第1次再審開始決定でも詳細・緻密に分析されたところであるが,大きく捉えれば,本件事件に関する共謀や実行行為の全般にわたり,A,B及びDの自白が直接証拠として最も重要であることは論をまたない。弁護人もまた,本件再審請求において提出した証拠に基づき,これらの者の自白に信用性がないことを種々主張しているから,次項より,その証拠について,刑事訴訟法435条6号の再審事由の有無を検討していくこととする。

第4証拠の新規性について(当裁判所の判断)

まず,本件再審請求において弁護人が提出した証拠が,刑事訴訟法435条6号にいう「あらたに」発見された証拠といえるか(証拠の新規性)について検討する。

証拠の新規性は,当該証拠が未だ裁判所によって実質的な証拠価値の判断を経ていない証拠であれば認められると解される。また,鑑定についても,その基礎資料に従前の鑑定と同様のものが用いられたとしても,新たな鑑定人の知見に基づき検討が加えられ,その結論も従前のものと異なるときには,新規性を認めてよいと解される。

そうすると,弁護人が提出した証拠については,いずれも新規性が認められることになる。

第5証拠の明白性について(当裁判所の判断)

次いで,本件再審請求において提出された新証拠が,刑事訴訟法435条6号にいう請求人に対し無罪を言い渡すべきことが「明らかな」証拠といえるか(証拠の明白性)について検討する。

なお,これは,請求人から提出された新証拠と,その立証命題に関連する他の全証拠とを総合的に評価し,新証拠が確定判決における事実認定について合理的な疑いを抱かせ,その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠であるか否かを判断すべきものであるが,その総合的評価をするに当たっては,その判決の当否を審査する過程において上訴審や再審請求審で取り調べた証拠をも検討の対象にすることができると解される(最高裁平成10年10月27日第3小法廷決定・刑集52巻7号363頁参照)。そこで,本件再審請求においても,新証拠の証拠価値を検討するに当たっては,確定審で取り調べられた証拠のみならず,第1次再審で提出された証拠も適宜検討対象に加えながら判断することとする。

1  H作成の平成20年8月1日付け鑑定書(弁1)及び平成24年11月20日付け鑑定書その2(弁23)について

(1)  Cの死因に関すること等について

ア H作成の平成20年8月1日付け鑑定書は,元M監察医務院長であり,医師・医学博士であるHが,弁護人の依頼を受け,E鑑定書,F鑑定,G意見等の確定審及び第1次再審において提出された各資料や確定判決等を鑑定資料として,Cの死体の状況から考えられる死因等を鑑定したものであり,その結論は,要旨,次のとおりである。①本件被害者は腐敗高度で,死体所見は不鮮明である。②頚部の圧迫痕様の所見について,G意見は索溝とし,F鑑定は単なる死後変化としているところ,F鑑定のいうとおり,頚部の外部内部所見に絞殺を思わせる索溝は見当たらない。③G意見は顔面にうっ血,チアノーゼが存在するとしているが,顔面の変色は他の部位の皮色と同じ変色で,死後変化と考えるのが妥当である。④頚椎前面の軟部組織間の縦長の帯状出血と前頚部下方軟部組織の出血を併せて考えると,前頚部中央下端に手掌面のようなやわらかい物体が強い圧迫外力として加わったため,Cは,頚部上方の舌骨,甲状軟骨あるいは気管軟骨等の骨折を伴わずに,しかも圧迫部の皮膚に擦過傷等を形成せず,その痕跡を残さずに呼吸困難を生じて死亡したものと思われる。⑤腐敗高度で明言できないが,この帯状出血と前頚部下方軟部組織の出血以外に死因となるような所見は見当たらないので,前頚部圧迫による窒息死と考える。

また,H作成の平成24年11月20日付け鑑定書その2は,検証調書謄本(確定審検8,9)添付の犯行再現写真を参考資料とし,⑥再現写真にある状況での絞殺はきわめてやりにくいことなどを指摘するとともに,⑦G意見について,独善的といわざるを得ないなどと指摘するものである(以下,H作成の平成20年8月1日付け鑑定書及び平成24年11月20日付け鑑定書その2をまとめて「H鑑定」という。)。

弁護人は,このようなH鑑定について,確定判決が示したCの殺害方法が存在すれば当然に死体に形成され,腐敗後も残存して観察できるはずの所見(索溝等)が欠けていることを示しており(前記②③④),確定判決の示す殺害方法に関する事実認定と矛盾するとして,この事実認定を支えるA及びBの自白は全く信用性のないものであることが明らかになったなどと主張する。

イ(ア) しかしながら,H鑑定は,E鑑定書に添付された写真等に基づき,「死体所見は不鮮明」で(なお,H鑑定は,一方では,「被害者の前頚部は…保存状態は比較的良好である」(平成20年8月1日付け鑑定書8頁)としながら,他方では,「腐敗して首の所見が不鮮明」(同12頁)などと指摘している。),「頚部の外部所見に索溝様の圧迫痕が明瞭に認められるわけでもない」,「明確な索溝は見当たらない」旨指摘しつつ,結局,Cの頚部に索溝がないとの明確な断定を避けていることは,その記載自体から明らかである。

そもそも,Cの死体を直接解剖して作成されたE鑑定書でも,「死体の腐敗が著しいために,損傷の有無,程度等が判然としない」とするにとどめられ,絞殺を疑わせるような索溝等の所見について,その有無を検討し明瞭に記載されていたわけではない。H鑑定は,G意見が索溝であると指摘した圧迫痕様の所見について,頚部に皮下出血を伴う表皮剥脱や血流渋滞によるうっ血等の変化が見られないことなどを指摘し,これは索溝ではないと「判断」しているが,この点は第1次再審でG意見とF鑑定とで見解が激しく対立したことからも明らかなとおり,もともと腐敗高度な死体の所見について,E鑑定書の添付写真を見ただけでいわば推論を重ね,E鑑定人もその有無を明言していない事情を指摘してこのようにいえるものかは大いに疑問があるといわざるを得ない。

結局のところ,Cの死体の頚部所見について確実にいえるものは,直接,司法解剖を経て作成されたE鑑定書の指摘の限度であるとみるのが相当であって,E鑑定書の添付写真に基づき推論を重ねたH鑑定の判断を優先させるべき特段の理由は見当たらず,Cの死体の頚部について,索溝等の有無を論じることはそもそも困難であるというべきである。

(イ) そして,H鑑定は,「被害者が無抵抗の場合」にはタオルのような幅の広い索条物では索溝を残さないケースもあるとしつつ,「両上肢,両下肢を押さえつけなければ,頚部圧迫が困難なほど抵抗する被害者」の場合には頚部に強い索溝を形成することが多いなどと指摘し,これを理由の一つとして,索溝の見当たらないCの死体所見は,確定判決の示す殺害方法とは合致しないとされているようである。

しかしながら,確定判決には,請求人がCの両足を押さえつけ,BがCの上に馬乗りになってその両手を押さえつけ,Aが西洋タオルを被害者の頚部に一回巻いて交差させた上,両手でその両端を力一杯引いて絞めつけたという犯行態様は判示されているものの,その際,そうしなければ頚部圧迫が困難なほどにCが抵抗したなどといった判示は一切されていない。そうであるのに,H鑑定が「両上肢,両下肢を押さえつけなければ,頚部圧迫が困難なほど抵抗する被害者」を勝手に想定して,確定判決の示す殺害方法とCの死体所見とが合致しないとの結論を導いていることは,論理展開に飛躍があるというほかない。

そして,確定審において取り調べた証拠によれば,Aは,Cの首を絞めた当時,Cが暴れたかは記憶がない趣旨の供述をしており(確定審検107,確定審第4回公判供述60項),せいぜい,犯行時,Cは手を動かしたのでBがCの手を胸に押さえつけたという供述がみられるだけである(確定審検108。なお,第1次再弁89もほぼ同じ内容である。)。

また,Bは,「Cはグーッと苦しそうな声を出して苦しみ出し両手や身体に力が入りもがこうとしました」と述べる部分はあるが(確定審検113。なお,第1次再弁90もほぼ同じ内容である。),公判廷ではCが暴れた記憶はない旨証言している(確定審第4回公判供述82項)。

そうすると,AやBの自白からは,本件犯行の際,Cが首や身体を動かして,「頚部圧迫が困難なほど抵抗」したとまでいうことは困難であって,H鑑定はその考察の前提において誤りがある。

すなわち,本件事件においては,Cの死体の頚部に強い索溝が必ず形成され,残存するはずであるとまではいい難いというべきである。そうであれば,Cの死体所見が確定判決の示す殺害方法と合致しないとはいえない。

(ウ) なお,H鑑定は,E鑑定書の添付写真から,「被害者に見られる確実な所見は,頚椎前面に見られる軟部組織間の縦長の帯状出血と前頚部下方軟部組織の出血である」と,2つの所見に着目し,Cの死因について,前頚部中央下端に手掌面のようなやわらかい物体が強い圧迫外力として加わったことによる呼吸困難からの窒息死と考察している(前記ア④)。

しかし,H鑑定は,確定判決の示す殺害方法とCの死体所見とが合致していないことを前提とし,Cの死因を考察しているところ,前記(イ)のとおり,その前提は直ちには採り得ないものである。

しかも,H鑑定は,Cの死因を考察した部分について,「死体は腐敗してその痕跡を見ることはできない」,「推定の範囲をでない」,「腐敗高度で明言できない」などといった留保を付けているのである。

なお,H鑑定が依拠する2つの所見のうち,頚椎前面の軟部組織間の縦長の帯状出血については,既に第1次再審においてもE補充鑑定,F鑑定,G意見がそれぞれ指摘していた所見であり,また,同所見が確定判決の示す殺害方法によって直ちに生じるものではないという点も論じられていた。すなわち,同帯状出血について,F鑑定は頚部の過伸展,過屈曲,垂直圧迫などによるとし,G意見はむち打ち外傷あるいは捻転などの外力作用としていたところ,H鑑定も,「私もそう考える」,「(これら外力作用によって)形成されたのかもしれない」などと同調すらしているのである。このことからも,H鑑定は,F鑑定やG意見のような見方を完全には否定していないことが明らかである。

これらの点からすれば,H鑑定のうち,Cの死因を考察した部分について,信頼性が高いとは到底いえない。

(エ) また,H鑑定のうち,犯行再現写真を参考に指摘する点については(前記ア⑥),法医学的な観点からの専門的意見とはいい難く,推論を交えて述べるものにすぎない。また,G意見を独善的であるなどと指摘していることについても(前記ア⑦),前記(ア)でみたような観点に照らせば,これを直ちにH鑑定の信用性を高めるものと捉えることはできない。

(オ) このようにみていくと,H鑑定の証拠価値を高くみることはできず,H鑑定をもって,確定判決の示す殺害方法とCの死体所見が矛盾するということはできないというべきである。

(2)  死体遺棄の状況に関することについて

ア また,H鑑定は,発見時のCの死体の状況について,うつ伏せで両手を両側の股関節付近に置き,頚は極端に右向きに屈曲した不自然な格好であったことから,その理由として,電撃性死体硬直の事例を紹介した上,Cの死体は死後硬直が強く発現していた状態で搬送され,かつ,堆肥の中に埋めるとき,両上肢,両下肢は屈曲して盛り上がっているので仰臥位では埋めにくく隠しにくいために,腹ばいにしたのではないかと分析,考察している。

そして,弁護人は,H鑑定のこの指摘に基づき,仮に確定判決のとおりの殺害行為が存在した場合には,Cは殺害直前,土間において格闘していることになり,複数の者により絞殺されるという強い精神的興奮状態にあったことになるから,電撃性死体硬直が出現した可能性もある,そうすると,Cの死体を運搬する際には,死後硬直による運搬行為の困難性が伴っていたと考えられる,また,堆肥への埋没に際しても,死後硬直が出現したことに伴い,埋めようとしたがうまくいかないのでやり直すなどの試行錯誤があったことが推測され,埋没の困難性も存在したものと考えられる,しかるに,A,B及びDの供述にはその点が欠落しており,これらの供述は信用性がないなどと主張する。

イ しかし,H鑑定の前記アの部分は,発見時のCの死体の状況(姿勢)だけを根拠に,多くの推論を重ねた内容であることが明らかで,そもそも信頼性が高いとはいい難い。

そして,確定判決は,Cが殺害直前に「格闘」していたなどとは一切判示しておらず,「強い精神的興奮状態」にあったことがうかがれるような判示もないから,仮に確定判決のとおりの殺害行為が存在した場合には電撃的死後硬直が出現した可能性もあるなどとする弁護人の主張は,その前提に誤りがあり,失当というほかない。また,仮にCの死体が死後硬直していたとして,弁護人の主張する死後硬直がある場合の「運搬行為の困難性」,「埋没の困難性」とは,具体的に何を指すのかその主張自体趣旨が不明であって,このような事情がA,B及びDの自白に現れていないからといって,その自白の信用性に疑問が生じるとは到底いえない。

なお,Cの死体の埋没状況に関しては,A,B及びDの自白によれば,Aらは,堆肥を掘った後,掘り出した堆肥の上にCの死体を仰向けに乗せて,Cの死体を転ばせて掘った穴に入れた,そうするとCの死体はうつ伏せの状態で穴に入ったので,堆肥を戻して死体を埋めたなどとしており(確定審検107,113,確定審D第3回公判供述236-240項等),これらに照らせば,Cの死体がうつ伏せ等の状態で発見されたことに,別段不自然な点はないというべきである。

(3)  小括

以上のとおりであり,H鑑定には,Cの殺害に関するA及びBの自白の信用性,あるいは,Cの死体遺棄に関するA,B及びDの自白の信用性に影響を及ぼすような証拠価値はいずれも認められない。

2  弁護人白鳥努ほか7名作成のカーペット等再現実験報告書(弁2)について

(1)  カーペット等再現実験報告書は,弁護人が,実況見分調書謄本(確定審検12),A及びBの検察官調書謄本(確定審検107,108,113),これらの者が立ち会った検証調書謄本(確定審検8,9)等を資料とし,C方の中6畳間及び犯行当時同所に敷かれていたとされるカーペットの形状等を再現して作成されたものである。

すなわち,確定審で取り調べられた実況見分調書謄本によれば,カーペットには,脱糞様の黒褐色付着物(直径70㎝楕円状)が目地につまり込んだような状態で付着し,また,脱糞様のものが付着した素足先端部及びかかと部と認められる足跡が印象されていた(確定審検12の写真237,238)。

一方,カーペットが敷かれていた中6畳間の畳には,直径80㎝大の尿痕と,2か所に糞様の黒褐色付着物(3×2㎝大のものと4×2㎝大のもの)が認められた(確定審検12の写真85,91,93,見取図六の1)。

カーペット等再現実験報告書の再現実験は,これらの位置関係を再現し,さらに,Cを殺害する直前にCを中6畳間に寝かせた位置をA又はBの供述から再現して,そのときのCの臀部の位置と,カーペットの脱糞痕や畳の尿痕・脱糞痕等の位置とが一致するかどうかの検証を目的として実施されたものである。

そして,同報告書は,カーペットの脱糞痕,中6畳間の畳の尿痕・脱糞痕の位置は,犯行当日,中6畳間に寝かされていたとされるCの臀部の位置といずれも全く一致しないと結論付けている。

弁護人は,同報告書によれば,カーペットの脱糞痕や中6畳間の畳の尿痕・脱糞痕は,本件事件とは無関係に生じたものであり,本件とは全く関連性がないことが明らかになったとして,カーペット及び中6畳間の畳の状況はA及びBの自白を支える客観的証拠たり得ず,逆にこれらがC殺害にかかる客観的証拠であるとすれば,糞尿痕等の位置関係が相互に大きく矛盾するA及びBの自白は全く信用できないなどと主張する。

(2)  しかしながら,カーペットの脱糞痕,中6畳間の畳の尿痕・脱糞痕については,確定審で取り調べられた前記実況見分調書謄本添付の写真等から既にその大まかな位置関係は明らかにされていた(なお,畳の尿痕・脱糞痕の位置関係について,カーペット等再現実験報告書は,前記実況見分調書謄本の見取図六の1で示されているデータは虚偽であったとしている。また,そもそもカーペットの脱糞痕の位置関係については,前記実況見分調書謄本において,「同カーペット角に直径3センチの圧痕様のものが印象されていたので,同印象部角を基準」とした計測結果が示されているものの,その印象部角がいずれを指すのかは明確でなく,カーペットに係る他の鑑定結果(確定審検30,36)によっても判然とせず,正確な位置を特定することができない。もっとも,これらの点を踏まえても,大まかな位置関係については,添付写真等から,例えば,カーペットの脱糞痕は中央部よりやや外れた端側にあること,中6畳間の畳の尿痕・脱糞痕も中央部よりは奧6畳間側に位置していたことなどは把握できる。)。そうであれば,確定判決が,カーペットや中6畳間の畳に関する客観的状況がどこまでA又はBの自白を裏付けるものと位置付けていたかは不明であるものの,少なくとも,A及びBが本件犯行の際に中6畳間にCを寝かせたときの臀部の位置と,カーペットの脱糞痕,中6畳間の畳の尿痕・脱糞痕の位置が完全に一致することまで念頭に置き,心証を形成したとはそもそも考えにくいのであり,これを前提とする弁護人の主張は採用し難い。見方を変えて言えば,同報告書は,旧証拠のうち実況見分調書謄本等の内容をさらに分かりやすく視覚化したものとはいえようが,これまで判明していなかった事実を明らかにしたものとはいい難い。

なお,Cを寝かせたときのその臀部の位置と,カーペットや中6畳間の畳の脱糞痕等の位置とが一致しないことについては,本件事件後,請求人によってカーペットが拭かれたという供述があること,その後カーペットは中6畳間から持ち出され,捜査機関に領置されるまでの間に,更に動かされたり,広げられたり,畳み直されたりされたことなど,第1次再審における即時抗告審の決定において既に指摘されたような事情があるから,別段不自然とはいえず,A及びBの自白の信用性に影響を与えるものとはいえない。

(3)  したがって,カーペット等再現実験報告書には,A及びBの供述の信用性を左右するような証拠価値は認められない。

3  N及びO作成の鑑定書(弁3)等について

(1)  同鑑定書(以下「N・O鑑定書」という。)は,心理学者であるN,Oが,A,B及びDの捜査段階及び公判廷における供述(自白。なお,当審で新たに提出されたDの警察官調書写し3通〔弁20~22〕を含む。)を「供述心理学的手法」により分析し,これらが犯行体験に基づいていない可能性を示唆する兆候の有無について検討したというのである。その分析には,複数の供述間にみられる変遷構造を検討する「供述分析」の手法や,供述者が体験を説明する際に使用する独特の文体や談話の展開パターンに着目し,その特徴によって供述の体験性(供述者なりの体験の説明としての十全性)を検討する「スキーマ・アプローチ」の手法を用いたとされている。

そして,N・O鑑定書は,要旨,A,B及びDの供述からは,実際の体験に基づく供述であることを示す明確な特徴(「体験性兆候」)は確認されず,一方,「非体験性兆候」については,①A,B及びDの捜査段階での供述調書には,中核部分において顕著な変遷があること,②A及びBの公判供述のうち,犯行行為に関連して複数の人物がお互いの行為を調整(指示,相談)する必要があると考えられる場面(以下「相互行為調整場面」という。)の説明には,「協調の原理」(人々が会話を成立するために暗黙のうちに従っている原則)のうち,「量の公理」(会話のやりとりで当面の目的となっていることに必要とされる十分な情報を提供できるようこころがけること等)ないしは「作法の公理」(はっきりと分かり易い方法で言うこと,つまり明瞭であること,不明瞭な表現は避けること,あいまいさを避けること,短く言うこと,順序よく述べること)が充足されていないこと,③A及びBの捜査段階の供述調書における相互行為調整場面に関する供述では,「以心伝心」あるいは「テレパシー」的な意思伝達行為の記述がみられたこと,などを指摘し,結論として,A及びBの供述のうち,相互行為調整場面の供述については「体験供述性」を有しない可能性が高いとし,その供述全体の信用性にも大きく影響する可能性があるとする(なお,N・O鑑定書は,Dの供述における「体験供述性」についての判断は保留している。)。

弁護人は,N・O鑑定書が,A及びBの自白の信用性に看過し難い動揺を与えることは明白であるなどと主張する。

(2)ア  しかしながら,N・O鑑定書は,専ら供述の内容や変遷の有無等に着目して「体験供述性」の有無を論じており,その検討の過程でA,B及びDの能力や,請求人を含めた供述者間の人間関係,当該供述がされた際の外部的事情等が十分考慮された形跡はない。これらの者が供述変遷の理由を説明している供述部分についても全く等閑視されている。これらの事情を考慮せずに,当該供述が体験に基づくものであるのかどうかを真に判定することができるのか,かなりの疑問がある上,仮にこのような検討だけで「体験供述性」の有無を論じることができるとしても,供述の信用性の検討としては甚だ不十分であることはいうまでもなく,N・O鑑定書の結論がそのまま供述の最終的な信用性の判断に結びつかないことは明らかである。

なお,N・O鑑定書も,「当然のことながら自白の信用性は,当該自白にみられる諸特性だけではなく,物的な諸証拠,他の諸供述証拠なども視野に入れて総合的に判断されるべきものである。したがって供述心理学的な自白の信用性評価の結果が,直接,当該自白の信用性に関する最終的な評価となるものではない。」としているのである。

すなわち,N・O鑑定書の結論は,供述心理学の立場からの一つの見解としては傾聴に値するといいえても,本件再審請求における証拠価値は相当に限定的にみるほかなく,これがA及びBの供述の信用性を揺るがすとは到底考え難い。

イ  なお,N・O鑑定書が指摘する前記(1)の①から③までの点について,実質的には,確定審や上訴審,第1次再審において既にその検討を経ていると考えられるものの,供述の信用性判断の観点から,念のため次の点を付言する。

(ア) まず,①の点について,その一つとして,A及びBの供述のうち,Cの殺害を共謀した経緯や犯行状況に関する部分が,当初はAとBの2人で犯行に及んだとする供述から,徐々に請求人の関与を供述するようになり,最終的には請求人が首謀したような供述に変わったという点が挙げられている。

しかし,自らの犯行を自白した者であっても,捜査機関の取調べにおいて当初から犯行状況をすべて正確に供述し,一切の変遷がみられないことが通常であるとはいえず,記憶違いや,自己又は第三者の刑責の軽減を図るためなどの様々な事情から,その供述の一部が変遷することは間々みられるところである。そして,本件では,請求人は,事件当時,A家の一切を取り仕切っており,事件直後には,A,B及びDに対し,口止めを命じていたという供述もある。とすれば,A及びBは,当初,請求人の関与を隠し,かばおうとしていたため,供述の変遷が生じたとみるべきであって,変遷の理由は十分合理的である。この点に関する供述の変遷が,最終的な自白の信用性を損なうとはいえない。

また,他にN・O鑑定書で挙げられている供述変遷の点については,いずれも供述の一部分だけを取り上げて変遷の有無を指摘するもので,これが供述全体からみて中核部分の変遷に当たるとはいい難く,その供述の信用性を動揺させるほどのものではない。

(イ) 次に,②の点について,N・O鑑定書は,A及びBの公判供述のうち,請求人がBにC殺害を持ちかけた点,BがAにC殺害を持ちかけた点,請求人,A及びBがC方に向かう際などに,その殺害方法について具体的に相談等しないままであった点,具体的にタオルで絞殺する場面で誰が何をするかを確認等せず,Cの死体を遺棄する場面でも同様であった点等の相互行為調整場面を挙げて,行為者間での相談や指示に関する具体的な説明が行われておらず,行われていても登場人物によるコミュニケーションが「量の公理」ないしは「作法の公理」を満たしていないまま進行するという不完全なものにとどまっていたと分析し,「仮に本件犯行時の相互行為調整においてこのような事態が実際に生じていたとした場合,当然,大きな混乱やその後の共同行為遂行の困難に結びつくはず」であり,「A,B,Dそして請求人が親族という密接な関係にあるため会話がなくても犯行行為の共同作業が可能であったという可能性は非常に考えにくい」などといった前提に立って,相互行為調整場面に関する供述内容が不十分であるのは,それが実体験に基づかないものであるという説明が唯一残された可能性であるなどとしている。

しかしながら,殺人,死体遺棄等の重大事件が複数の者によって敢行されたときに,必ずしもこれらの者の間であらかじめ詳細な役割分担や手順等が定められることが通常であるとはいえない。特に本件については,請求人,A,B及びDは一族の者のなかでも長年隣り合わせに住んでいたところ,請求人とCはかねてより不仲で,請求人はCが死ねばいいという趣旨のことをしばしば述べていて,Aらもそれを知る状況にあったこと,本件事件は,請求人がたまたまその当日にCが酔いつぶれていることを知り,既に酔って寝ていたA,Bを誘って実行されたもので,そもそも計画的犯行とはいえず,ある程度場当たり的に推移しており,犯行手口も比較的単純であることなどからすれば,請求人とA,B及びDの相互の間で,Cの殺害や死体遺棄について提案と了承に言葉を尽くさなければならない状況にあったとはいえず,また,その実行に詳細な相談や指示が不可欠であったともいえない。そうすると,前記のとおり,N・O鑑定書が,「仮に本件犯行時の相互行為調整においてこのような事態が実際に生じていたとした場合,当然,大きな混乱やその後の共同行為遂行の困難に結びつくはず」などとするその前提は,本件事件においては当を得ていないというべきである。

(ウ) 最後に,③の点について,例えば,Bの供述には,「以心伝心」又は「テレパシー」のようなかたちで意思の伝達が行われている箇所があるなどと指摘しているが,当該部分は,Bがとった言動について,相手方に意図通りに伝わった旨,Bが「感じた」,「思った」という限度で述べられているにすぎないから,そもそも「以心伝心」又は「テレパシー」的な意思伝達行為があったとみること自体奇異である。また,N・O鑑定書は,本件事件当時,Bが小便に起き上がったタイミングでDが目を覚ましたという点をとらえ,「見事な偶然の一致」としているが,Dは,一貫して,Bが起きてきたときの物音で目を覚ましたと述べており,自然な成り行きであって偶然の一致というのは偏った見方というほかなく,これまた「以心伝心」又は「テレパシー」的な意思伝達があったとするのは誤りである。そうすると,この点に関するN・O鑑定書の指摘も採用の余地はない。

(3)  したがって,N・O鑑定書の結論を直ちに採用することはできず,N・O鑑定書の内容を踏まえてA及びBの自白を再検討してみても,その信用性は揺らがない。N・O鑑定書には,A及びBの自白の信用性に影響を及ぼすほどの証拠価値はないというべきである。

4  P作成の「御回答」と題する書面,Bに係る収容者身分帳簿及びこれらに関わる証拠群(弁4~12,24~36)について

(1)ア  「御回答」と題する書面(弁4。以下「P意見書」という。)は,昭和57年3月からDを診療していたP医師が,Dの入院診療録(昭和57年3月2日から昭和58年3月31日まで,昭和59年5月3日から昭和60年12月16日まで)及びそれ以前におけるDの受刑中の記録に基づき作成したものである。その内容は,Dについて,「知的障害があったことを意味しており,これは生来性のものであったと思われる」,「被暗示性や他人に迎合しやすい傾向はみられる」,「本人から事情聴取などするときは,落ち着いたリラックスした状態で具体的な例など挙げて質問をする方がよいと思われる,本人が心を置ける人が近くにいる方が望ましい。決して高圧的な態度や,批難する様な態度,決めつけたりする様な話し方は避けることが望ましい」などと記したものである。

弁護人は,P意見書や,弁5~12のとおりの書籍,統計等の資料を提出して,Dの自白の信用性を争っている。

イ  また,弁護人は,当裁判所が大分刑務所から押収したBに係る収容者身分帳簿の表紙部分には,Bが受刑者の収容分類のうち「Mx級」に分類されていた旨の記載があるとし,受刑者分類規程等の証拠(弁24~36)を提出して,Bが精神遅滞と判断される程度の低い知的能力(おおむね軽愚級以下であり,知能指数としてはIQ69以下)しか持たず,社会生活上著しい支障をきたす知能障害があり,そのため,捜査段階においても,およそ捜査機関による取調べに対して迎合せず,暗示を受けぬまま応答しうる適性を有していなかったことは明らかであるなどと主張して,Bの自白の信用性を争っている。

(2)ア  しかしながら,Dの知的能力に関していえば,第1次再審において,Dの受刑中に記録された分類調査表(第1次再検8)が取り調べられた結果,これに「IQ=64」等の記載があることが判明し,さらに,Dの入院診療録(第1次再弁41)や,D自身が証人として取り調べられるなどしたが,これらを踏まえても,Dの自白の信用性に疑いを生じるとは認められなかったところである。本件再審請求で提出されたP意見書は,既に第1次再審に提出されていた前記の分類調査表や入院診療録を基に作成されたものにすぎず,その内容が前記(1)アの内容程度にとどまっていることからも,その証拠価値が高いとは到底いえない。

イ  また,Bの知的能力に関しては,確かに,Bに係る収容者身分帳簿の表紙右上欄外には,「AMx」との表記があるから,弁護人の主張のとおり,Bが収容分類中「Mx級」(精神薄弱者(知能障害のため社会生活上著しい支障がある者)及びこれに準じて処遇する必要のある者)に分類されたといえそうである。もっとも,そのように分類されるに至った詳細な根拠等は不明であり,また,知的能力の程度まで具体的に量り知れるものではないから,自ずからその証拠価値には限界がある。

ウ  そもそも,Bにせよ,Dにせよ,確定審においてもこれらの者の職歴や生活状況等については関係証拠から明らかになっており,また,BやDを直接尋問しているから,その知的能力の程度についてある程度推測することも可能であって,その供述の信用性を判断されるなかで当然,考慮されたと考えられる。そうすると,BやDの知的能力に関する新証拠については,確定審において既にある程度明らかになっていた事項に一定の裏付けを与えたとはいえるものの,それ以上のものではない。同証拠により裏付けられた事情は,本件再審請求において初めて明らかになった事項とはいい難いというべきである。

(3)ア  なお,確かに,知的障害者については,被誘導性や暗示性が強いという特性を有するものがおり,取調官に迎合したり,誘導を受けたりして,その結果虚偽の供述をしてしまうおそれがあることが指摘されている。近時,知的障害によりコミュニケーション能力に問題がある被疑者等に対する取調べについては,その録音・録画が試行されるようになったことなども,周知の事実である。

しかし,そうであるとしても,本件事件において,Aを含め,BやDの知的能力が通常人に比して劣っていたからといって,A,B及びDの自白が取調官に迎合したり,誘導された結果得られた虚偽のものと直ちに結論づけることは,あまりに乱暴な議論であって,到底与することはできない。

イ(ア)  Dの確定審時の自白の内容等をみると,Dは,死体遺棄により逮捕された当初は,事実を否認する供述をしていたが(昭和54年10月28日付け警察官調書謄本〔確定審検114〕),その後は請求人,A及びBとともにCの死体を遺棄したという内容の自白に転じ,自身の公判のみならず,請求人に係る公判で証人として出廷した際にも同様の供述を維持しており(確定審第3回及び第4回各公判供述),とりわけ,その尋問の場面においては,P意見書が指摘するような,Dに対し,高圧的な態度,批難するような態度,決めつけたりするような話し方等によって尋問された形跡は全くうかがわれない。加えて,Dは,自身の公判で懲役1年の有罪判決を受けた後,控訴せずに服役している。このような事情にかんがみれば,Dの自白の信用性は基本的に高いというべきである。

そして,A,B及びDの自白は,それぞれ大綱において一致していることに加え,Bの妻であるLの供述内容(Bと請求人とが犯行当夜に本件事件に関する会話をしていたのを見聞きしたとするもの)は,Bの自白内容の一部とも符合している。Lには,夫であるBや息子であるDにとって不利な供述をあえてする動機は考えられず,その供述の信用性は高いと考えられるのであり,結局,Bの供述の信用性はLの供述によっても担保されていると考えられる。

(イ)  弁護人は,A及びBは,確定審における証人尋問や受刑中の親族との面会時等において,それぞれ,取調官による強制,誘導があったことをうかがわせるかのような供述をしていることを指摘する。しかし,これらの供述はいずれも断片的であるし,請求人に気兼ねする心情が入り混じっているがために出た供述等とみることもできるから,直ちに,これらの供述をもって取調官による強制,誘導があったとはいえない。

また,Dも,受刑後の第1次再審請求審において,取調官による強制,誘導があったことをうかがわせるかのような供述をしているものの,これについても,即時抗告審の決定で指摘されているとおり,その供述全体を見た場合,信用性が高いとはいえないものである。

ウ  そうすると,弁護人が主張するように,A,B及びDの自白が取調官の誘導等によって作出された全く架空の虚偽供述であるとは考えにくいというべきである。

(4)  したがって,P意見書やBに係る収容者身分帳簿の表紙部分の記載等の一連の証拠(弁4~12,24~36)に,BやDの自白の信用性に疑問を抱かせるような証拠価値は認められない。

5  その余の証拠等について

弁護人は,A作成の雑記帳(弁13~16),Q作成の手紙(弁17,18)を提出し,Aの人となりや,A及びBが受刑中から無実を訴えていたことなどを主張する。しかし,既に検討した点に加え,本件再審請求までに提出された証拠も含めて考慮しても,これらの証拠価値が高いとはいえない。

6  小括

以上のとおりであり,本件再審請求における弁護人提出の新証拠については,いずれも確定審で取り調べられたA,B及びDの自白の信用性を動揺させるような証拠価値は認められない。

なお,弁護人は,本件再審請求について,新証拠の立証命題とは離れたところで旧証拠を再評価し,A,B及びDの自白が信用できない旨を詳細に論じ,あるいは,第1次再審開始決定を支持して即時抗告審の決定を種々論難しているかのようであるが,これも到底採用することはできない。A,B及びDの自白の信用性は十分肯定できる。

結局のところ,本件再審請求において提出された新証拠は,これを確定審及び第1次再審までに提出された全証拠と併せて総合評価しても,確定判決の事実認定に合理的な疑いを抱かせるには至らず,その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠とは認められない。すなわち,証拠の明白性が認められないので,本件再審請求には,刑事訴訟法435条6号所定の再審事由があるとはいえない。

7  本件再審請求手続の進行等に関する弁護人の意見についてなお,本件再審請求手続の進行等に関する弁護人の意見について,念のため若干付言する。

(1)  弁護人は,①Aらの供述の信用性等に関する証拠の標目の開示を検察官に命じるべきである,②H,N,O及びPを証人として取り調べる必要がある,③そのほか,A,Bらの知的能力に関する資料を追加収集して提出したり,検察官に対して,更なる証拠開示を求めたりしていく予定であり,その検討には今後もそれなりの時間を要すると思われる,などとして,本件再審請求において十分な審理がなされていない旨意見する。

(2)ア  しかし,①に関し,その経過をみると,本件に関しては,そもそも,第1次再審において,確定審には提出されなかった多数の証拠が請求人・弁護人に既に開示されている。弁護人は,本件再審請求において,存在するはずであるのに未だ開示されていない証拠が多数あるなどとして,いくつか例示した証拠の開示を求めたが,これらはいずれも検察庁や関係警察機関(鹿児島県警本部,R警察署)に保管されていないとの回答があった(この回答に疑わしい点は特に見当たらない。)。このような経過を経て,弁護人は,検察官が第1次再審において取り寄せた証拠の標目の開示を求めるようになり,検察官によって同標目は作成されたが,当裁判所が任意で開示するよう打診しても,検察官は開示に応じなかった。もっとも,検察官によれば,同標目に挙げられているのは検察官が第1次再審当時に新規に集めた資料であり,確定審当時のものは含まれていないというのである。

このように,本件において,弁護人らは,確定審当時に存在した証拠について,その標目の開示を問題としているのではなく,第1次再審当時に検察官が収集したとされる証拠(資料)について,その標目の開示を問題としている。この点において,弁護人が類例として挙げる他の再審請求事件における証拠開示とは決定的に異なっている。第1次再審当時の収集資料は,第1次再審における争点(第1次再審請求において提出された証拠の新規明白性の有無)に関連して収集されたものと考えられるところ,本件再審請求は,第1次再審とは別の新規明白な証拠の存在を再審事由としているはずであり,第1次再審当時の検察官の収集資料が直ちに本件再審請求の判断に有益であるとはいい難く,むしろ,同標目の開示は第1次再審の不当な蒸し返しにもつながりかねない。

そうすると,検察官に対して証拠の標目の開示を命じることが,必要であるとも,相当であるともいえない。そこで,当裁判所は,開示命令までは発しなかったものである。

イ  ②③については,そもそも,再審請求は,その趣意書に再審請求の理由があることを立証する証拠書類及び証拠物を添えて差し出さなければならないところ(刑事訴訟規則283条),H,N,O及びPが作成した鑑定書等についての証拠価値は前記1から4までのとおりであり,更に証人尋問を実施したからといって異なる判断が導かれるとは考え難く,事実の取調べ(刑事訴訟法43条3項,445条)として証人尋問を実施する必要性は認められない。加えて,以上のような状況を踏まえれば,本件再審請求について,あえて弁護人からの追加資料の提出等を待たなければならない特別の事情があるとは考えられない。

(3)  以上の次第であり,弁護人の意見を採用することはできず,現時点までに提出された新証拠等を踏まえ,本件再審請求についての当裁判所の判断を示すこととしたものである。

第6結 論

したがって,本件再審請求は理由がないから,刑事訴訟法447条1項により,これを棄却することとし,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 中牟田博章 裁判官 松永智史 裁判官 松原平学)

(弁護人は,別紙弁護人目録記載のとおり)

(別紙)

弁 護 人 目 録

森 雅 美(主任)       末 永 睦 男

亀 田 徳一郎        田 中 佐和子

小豆野 貴 昭         玉 利 尚 大

泉 武 臣           中 山 和 貴

泉 宏 和           永 仮 正 弘

井 上 順 夫          野 平 康 博

岩 本 研           本 間 大 寿

小山内 友 和         前 田 昌 宏

柿 内 弘一郎         増 田 博

鴨志田 祐 美         松 下 良 成

木 谷 明           南 谷 博 子

木 村 亮 介          蓑 毛 まりえ

黒 木 健 太          向 和 典

幸 田 雅 弘          武 藤 糾 明

高 妻 価 織          本 木 順 也

佐 藤 博 史          八 尋 光 秀

白 鳥 努           山 口 政 幸

以 上

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