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鹿児島地方裁判所 平成23年(わ)116号 判決 2012年2月07日

主文

被告人を懲役3年に処する。

未決勾留日数中140日をその刑に算入する。

押収してある金属バット1本(平成24年押第1号符号1)を没収する。

理由

(犯罪事実)

被告人は,平成23年4月30日午後6時ころ,鹿児島県薩摩川内市a町b番地c被告人方において,長男であるA(当時27歳)を諌めようと考えてAの部屋に行った際,Aが包丁を手にしていたことから,自らも金属バット(アルミニウム製。全長約85センチメートル,重量約775グラム。平成24年押第1号符号1)を持ち出し,Aと口論しながら部屋の中を移動していたが,ベッドの段差に足をとられて片膝を付くような体勢となったところをAから蹴られそうになった。そのため,被告人は身の危険を感じて,金属バットを2,3回振り上げて対抗し,さらに,自己の身体を防衛するとともに,それまで一度も自分に反抗したことのないAから暴力を振るわれそうになったことに激しい怒りを覚え,防衛の程度を超え,殺意をもって,Aの頭部,腕部等を金属バットで多数回殴打した上,仰向けに倒れているAの前頸部に金属バットを押し当てて強く圧迫するなどし,よって,同年5月2日午前1時40分,同市d町e番地fB病院において,頭部打撲に基づく脳障害(左右クモ膜下出血,左右脳挫傷)により死亡させて殺害したが,犯行後,自らの犯行を110番通報するとともにC警察署において,同署司法警察員Dに自首した。

(証拠)

省略

(事実認定の補足説明)

第1殺意の有無

弁護人は,被告人には殺意がなかった旨主張し,被告人も概ねこれに沿う供述をする。そこで,被告人が立ち上がった後に被害者を金属バットで殴ったり,首を押さえつけたりした行為(以下「本件殴打行為等」という。)について,被告人に殺意があったかを検討する。

まず,被告人が,被害者を死亡させる危険性の高い行為を,そのような危険な行為であると分かって行った場合には,経験則上,自らの行為によって,被害者が死亡する具体的・現実的危険性を認識・認容していたといえるから,殺意があったといえる。

被告人は,被害者と至近距離で向かい合った体勢で,少なくとも25回にわたって金属バットで被害者の頭部及び上半身等を強く殴り,その結果,被害者の頭部には,少なくとも9か所の皮下出血,頭蓋骨骨折,左右クモ膜下出血及び左右脳挫傷が生じ,そのうち左右クモ膜下出血及び左右脳挫傷が被害者の死因になっている。また,首に残った衣服の編み目の跡からすると,被告人は被害者の首に金属バットを相当強く押し当てている事実を認め得る。これらのことからすれば,本件殴打行為等は,被害者を死亡させる危険性が高い行為であることは明らかである。

そして,被害者の受傷状況等によれば,被告人は,自ら持ち出した金属バットを用い,目の前にいる被害者を狙って,手加減することも,急所を外そうとすることもなく,被害者が倒れるまで25回以上の多数回にわたって殴っているから,金属バットが被害者の頭部に当たる危険も当然に認識できたはずである。また,被告人は意識的に金属バットを首に相当強く押し当てているから,その危険性を当然に認識できたはずである。そうであれば,仮に,被告人が当公判廷で述べるように,被害者から包丁で刺されると思ったために気が動転していたとしても,少なくとも被告人には,自らの行為の危険性の認識は十分にあったと認められる。

したがって,被告人は,被害者を死亡させる危険性が高い行為を,それと分かって行ったものといえるから,被告人には殺意があったと認められる。

第2正当防衛又は誤想防衛の成否

1  客観的には被告人にどのような危険が差し迫り,その点について被告人はどう認識していたか(急迫不正の侵害及びこれについての被告人の誤想の有無)

被告人は,バランスを崩して片膝を突いた状態となったときに,被害者から蹴られそうになっているし,立ち上がった後も,被害者に迫って来られたりした可能性を否定できないから,その当時,被告人に,被害者の足や素手による攻撃の危険が差し迫っていたことは明らかである。

これに加え,弁護人は,当時,被告人には,客観的にも,また,被告人の認識を前提としても,包丁による攻撃の危険が差し迫っていたと主張し,被告人も,当公判廷において,これに沿う供述をしている。

そこで,まず,客観的に包丁で攻撃を受ける危険が差し迫っていたかを検討する。

証拠に照らしても,被告人が入室した時点で,被害者は包丁を手にしていたことは認め得るものの,被害者が被告人を蹴ったり殴ったりしようとした時点において包丁を持っていたかどうかは不明である。そして,被告人の公判供述によっても,被害者は,被告人に対して,一度も,包丁を突き出したり,刃先を向けたり,「刺すぞ」「殺すぞ」という言葉を口にしたりしていないというのであり,結果的にも,被告人は一切怪我を負っていない。これらのことからすれば,いかなる時点においても,被害者が実際に被告人を包丁で攻撃しようとした事実はなかったとみるほかなく,客観的には包丁で攻撃される危険までは差し迫っていなかったというべきである。

次に,この当時の被告人の認識について検討する。被告人の公判供述によれば,被害者が包丁を持った手を腰の横で小刻みに上下させて「これがわからんのか」と言いながら近付いてきた段階でも,また,被害者と向き合いながら部屋の奥に回り込んでいる段階でも,被告人は,部屋の外に逃げ出すことなく,金属バットを構えないまま,なお被害者を説得しようと部屋の奥に回り込んでいる。したがって,被告人は,被害者から包丁で攻撃を受ける危険性については,万が一の可能性は考えつつも,被害者が本気で親である自分に包丁で攻撃を仕掛けてくるとは感じていなかったと認められる。もちろん,このような状況において,被告人は,被害者から実際に蹴られそうになったのであるから,包丁で攻撃されるかも知れないとの思いが一段と増した可能性は否定できない。しかしながら,被告人の公判供述によっても,被告人の注意は包丁に全く向けられていなかったのであり,包丁による攻撃の危険が差し迫っていると感じた者の意識としては相当に違和感を覚える。しかも,捜査段階において,被害者から包丁で攻撃されることへの恐怖等があったから金属バットで暴行を加えたなどという供述調書は一切作成されておらず,むしろ,被害者への怒りから金属バットでの暴行に及んだ旨の検察官調書が存在するが,このことについて被告人は納得できる説明ができていない。

これらのことからすると,被告人は,被害者から実際に手や足による攻撃を受けようとしたことにより,被害者から包丁で攻撃を受ける危険が差し迫っているとまで感じたことはなかったと認められる。

2  被告人の反撃は防衛行為として許されるものか(防衛行為の相当性及び防衛の意思の有無)

以上のとおり,被害者からの差し迫った攻撃は,客観的にも,被告人の認識によっても,足や素手による暴行にすぎなかった。ところが,これに対する被告人の反撃は,金属バットで25回以上も殴って頭部等に傷害を負わせるというもので,被告人自身,その反撃の危険性を分かっていた。また,被告人と向かい合っていたはずの被害者の背中や後頭部にも金属バットによる傷が生じていることからすると,全く無防備の被害者に暴行を加えたこともうかがえる。そうすると,被告人の金属バットによる暴行は,手足による差し迫った危険に対する防衛としては,たとえ被害者が包丁を手にしていたことを考慮しても,はるかに強度なものであって,防衛として許される限度を超えているというべきである。

この点につき,検察官は,被告人の金属バットによる暴行は,手足による攻撃から身を守るためには明らかに必要のない過剰なものであるから,被告人には,およそ自分の身を守る意思はなく,被害者を攻撃するためだけに暴行に及んだと主張する。

しかしながら,バランスを崩して片膝を突いたところを蹴られそうになった被告人が,金属バットを被害者に向けて振り上げたことは,自分の身を守るための行為であることが明らかである。そして,被告人は,その行為に続けて,一連の流れとして,金属バットによる殴打行為等に及んでいる。被告人に差し迫っていた危険が足や素手による暴行にとどまっていたとはいえ,被告人は,被害者が包丁を手に持っていると認識していたのであるから,被告人が,自分の身を守るため,そのような過剰な行動に出ることは十分理解できる。

したがって,被告人に身を守る意思が全くなかったとまでは認められない。

3  正当防衛による対抗が許されないといえるか(急迫性等)

検察官は,①全体的に見れば本件はあくまでも喧嘩であって,被告人の行為は喧嘩相手への攻撃にすぎない,②被告人は,もともと被害者から攻撃されれば「返り討ち」にするつもりで臨んでおり,反撃することがやむを得ないような場合ではない,③被害者からの攻撃も,そもそも被告人自身が招いたものであり,反撃することは正当化できないなどとして,正当防衛による対抗は許されない旨主張する。

しかしながら,本件は,被告人が息子である被害者を諌めようとしたところ,包丁を持ち出されたので,親としての面子から引き下がるわけにはいかないと,自らも金属バットを持ち出して説得を続け反省させようとしたが,予期せずバランスを崩してしまい,それまで一度も反抗したことのない被害者から蹴られそうになったため,怒りと恐怖が昂じて,非常に強い反撃に出た事案とみることも証拠上,十分可能である。そうすると,①本件は相互に攻撃を予定したような喧嘩とはいえないから,金属バットによる暴行が喧嘩相手に対する攻撃にすぎないとみることはできない。また,②被告人が金属バットを持ち出したのはあくまで説得目的であり,包丁を手にして近付いてくる被害者と相対しても,金属バットを構えることすらしていないことがうかがえ,被告人が積極的に被害者を「返り討ち」にするつもりだったと決めつけることもできない(積極的加害意図の不存在)。そして,③そもそも被告人が,金属バットを持ち出したのは,被害者が包丁を持ち出したからであり,また,部屋の奥に回り込んだ理由も,主として被害者を説得しようとしたためと見る余地があるから,被告人に,被害者からの攻撃に相当な限度で反撃することも許されないほどの落ち度があったとはいえない。

よって,検察官の主張は,いずれも採用できない。

4  結論

以上によれば,被告人が被害者を殺害した行為は,急迫不正の侵害に対して,自己の権利を防衛するために行われたものではあるが,防衛行為としてやむを得ない程度を超えているといえるから,過剰防衛が成立する。

(法令の適用)

省略

(量刑の理由)

被害者はあくまでも手足によって被告人を攻撃しようとしたにすぎない。一度も現実の攻撃を加えられていないにもかかわらず,被告人は,金属バットを用いて,一方的かつ執ように被害者の上半身を殴り,首を押さえつけたのであって,過剰防衛は認められるものの,その過剰性は非常に大きく,行為態様において悪質である。また,上記のような被害者の攻撃の程度を考慮すると,被告人に,被害者が包丁を持っていることからくる恐怖感があったにせよ,被告人の防衛行為が激しいものとなった理由は,息子に逆らわれたことで親としてのプライドを傷つけられたという怒りの感情の側面が大きかったと考えられ,動機においても酌むべき点は乏しい。

もっとも,被害者が以前から母親に対して物を投げつけたり叩いたりしていたこと,本件当日も,被告人が親として被害者を諭し導こうという強い思いを持っていたのに対し,被害者が先に包丁を持ち出し,手を出そうとするなど理不尽な行動に出たことが,本件のきっかけになっていることからすると,被害者にも多分に落ち度がある。また,被告人が自首し,遺族でもある被告人の家族が許しているといった被告人に有利な事情もある。

ただし,被害者の落ち度は,本件のきっかけであるにすぎず,行為態様が悪質で動機に酌むべき点が乏しいことからすれば,上記のような被告人に有利な諸事情を考慮しても,執行猶予を付すことが社会的に許容されるとは見ることができない。

その他,被告人が当公判廷でも反省の態度をみせていることや被告人の更生可能性に問題がないことなどを考慮しても,被告人に対しては,主文のとおりの実刑を科すのが相当であると判断した。

(検察官の求刑-懲役5年,没収。弁護人の量刑意見-無罪,ただし有罪であれば執行猶予。)

(裁判長裁判官 中牟田博章 裁判官 安永武央 裁判官 田中いゑ奈)

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