大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

鹿児島地方裁判所 平成23年(わ)280号〔2〕 判決 2012年4月20日

主文

被告人を懲役2年以上3年以下に処する。

未決勾留日数中50日をその刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯等)

被告人(当時18歳),A,B及びCの4人は,平成23年9月末頃から行動を共にするようになった。4人の力関係は,A,被告人,B,Cの順であり,A主導の下,被告人ら3人は,Cに対し,使い走りをさせたり,二の腕をこぶしで殴ったりしていたほか,汚れた池に入らせたり,橋の欄干から川に突き落としたりしていじめていた。

被告人やCら4人は,平成23年10月15日午前零時30分頃,鹿児島県肝属郡a町bのc港に出向き,魚釣りをしていたが,魚が釣れなかったため,これに飽きたAが退屈しのぎにCをいじめて遊ぼうと考え,被告人とBにその旨伝えた。

(犯罪事実)

被告人は,A及びBと共謀の上,同日午前3時頃,上記港の岸壁付近において,Aの指示により,C(当時20歳)の服を脱がせて全裸にした上で,全員で手分けをしてその両手足を手でつかんでその体を宙に浮かせ,Cを左右に揺さぶり,同岸壁直下の海中に転落させようとする暴行を加え,さらに,Cを同岸壁に立たせた上で,AがCの右腰付近を背後から右足で蹴って同岸壁直下の海中に転落させる暴行を加え,よって,その頃,同海中において,Cを溺死させた。

(事実認定の補足説明)

1  争点

被告人に傷害致死罪の共同正犯が成立することについては争いがないものの,弁護人は,被告人にはCを海に転落させる意思はなかったから,他の共犯者らとの間にその点に関する具体的な意思の疎通はなかったと主張し,被告人もこれに沿う供述をしている。そこで,以下,この点について検討する(なお,AとBとの間にそのような意思の疎通があったことは証拠上明らかである。)。

2  被告人の意思内容について

(1)  被告人は,A及びBとともに,c港の岸壁際でCの両手足を持ち,海に向かって揺さぶる行為(以下「ゆりかご行為」という。)を行っている。そして,被告人が,Aから「落とすが,持て。」(「落とすぞ。持て。」の意味の方言。)などと言われ,Aが本気でCを海に落とすつもりであることを認識しながら,「ゆりかご行為」に荷担していることからすれば,被告人が,「ゆりかご行為」の際,Cが海に落ちても構わないとの意思を有していたことは明らかである。

(2)  ところで,被告人は,最初の「ゆりかご行為」の後,Aに対し「ぐらしくないですか」(「かわいそうではないですか」の意味の方言。)と問いかけており,その後は,「ゆりかご行為」へ参加していない。

この言動ないし経過のみからすると,当時,被告人はCを海に落とす意思を失っていたとも考えられる。

しかしながら,①被告人は,「ゆりかご行為」への参加をやめる際,AやBに対して,Cを海に落とすのを止めるよう提案することなく,むしろ,それまで自分が握っていたCの左手をBに握らせ,「ゆりかご行為」が続行されるのを暗に容認している。また,②その後,被告人は,Cを海に落とすようAから指示をされながら,Cを岸壁に立たせた上で,一,二分にわたり同人を海中に落とすふりを繰り返したのみで,自らの手でCを海に落としはしなかったものの,Aが「何で落とさないんだ。」,「俺はガチだぞ。」などと言って近づいてきたため,AがCを海中に落とすつもりだと明確に認識したにもかかわらず,Cを岸壁に立たせたまま後ずさりしてCから離れてもいる。さらに,③実際にCが転落すると,Cがおぼれているのに気づくまで,その様子を見て笑っていた。

以上の事実からすると,被告人は,最初の「ゆりかご行為」の途中,自らの手でCを海に落とすのをためらうようになったものの,その後もなお,AやBらがCを海に落とすのならば構わない,しょうがないとの意思を有していたと認められる。

(3)  したがって,被告人と共犯者との間にCを海に転落させることについての個別具体的な意思の疎通があったことは優に認められる。

(法令の適用)

1  罰         条     刑法60条,205条

2  酌  量  減  軽     刑法66条,71条,68条3号

3  不  定  期  刑     少年法52条1項

4  未決勾留日数の算入    刑法21条

5  訴訟費用の不負担     刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)

被告人は,A及びBとともに,Cを日常的にいじめていた。本件犯行は,こうした「いじめ」の延長線上で行われたものであって,その動機は極めて身勝手なものである。また,全く無抵抗なCに対し,一方的に暴行を加えた卑劣な犯行でもある。もっとも,Cの死亡という悲惨な結果を招いたのは,Cを海に転落させたからで,それ以前に加えた暴行に,Cの死亡につながる危険性はなかった。また,深夜,海面から高さ約2.41メートルの岸壁から海に落とすという行為は,集団で強度の暴行を加える事案と比較すれば,人の死を招来する危険性は一般的に低いといえる。したがって,本件は,実行共同正犯による傷害致死罪の中では,犯情の比較的軽い類型に属する。

また,本件犯行を主導し,実際にCを海に蹴り落としたのはAであること,及び被告人自身の関与は従属的である上,途中から積極的な関与を止めていることは,被告人に有利な事情として考慮することができる。もっとも,被告人も,自分が直接関与しないのであれば,AとBにおいてCを海に転落させることは構わないと考えていたこと,被告人はCに過呼吸の持病があることを知りながら,実際にCが海に転落しても,Cがおぼれていると気がつくまで,その様子を見て笑っていたことからすれば,被告人が本件犯行の途中からは比較的消極的であったとしても,これを有利な事情として考慮するには限度がある。

加えて,被告人は,Cを海に転落させることを除いては,Cに対する暴行を自ら積極的に行っていたのであって,被告人が可塑性に富む少年であること,特に被告人が検察官送致を受けてからは,自らの行為によってCが死亡した現実を受け入れ,反省を深めつつあること,被告人に保護処分歴がないこと等の事情を考慮しても,被告人の更生には不安が残るといわざるを得ない。

そこで,以上の事情を中心とする被告人のために有利,不利な諸事情を総合的に考慮して評議を尽くした結果,被告人を懲役2年以上3年以下に処するのが相当であるとの結論に至った。

なお,弁護人は,少年である被告人については,保護処分に付するのが相当であるから,本件を家庭裁判所に移送すべきであると主張する。

しかしながら,本件犯行によってCの死亡という重大な結果が生じており,被告人に処すべき刑罰は懲役2年以上3年以下の実刑と相応に重い刑事責任である。これに加え,遺族も厳罰を望んでいること,被告人が本件犯行当時それなりの判断能力を有する18歳の年長少年であって,被告人に自らが関与した罪の重大さを自覚させ,罪を償う意識を含めた反省を促すには,保護処分よりも刑罰の方が適切であると考えられること等の事情も認められる。これらの事情を総合考慮すれば,本件においては被告人に対し保護処分を選択することが相当と認められる特別の事情があるとまでは認め難く,本件を家庭裁判所に移送することは相当ではない。

(求刑:懲役3年以上6年以下)

(裁判長裁判官 中牟田博章 裁判官 安永武央 裁判官 松原平学)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例