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鹿児島地方裁判所 平成25年(わ)206号 判決 2014年5月16日

主文

被告人を罰金10万円に処する。

未決勾留日数のうち,その1日を金5000円に換算してその罰金額に満つるまでの分を,その刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

被告人は,平成25年6月18日午後4時30分頃から同日午後4時50分頃までの間,鹿児島県薩摩郡a町b番地cA方において,同人(当時65歳)に対し,その上半身を両手でつかんで強く押す暴行を加えた。

(争点に対する判断等)

第1公訴事実の要旨及び争点等

公訴事実の要旨は,被告人が,本件日時・場所において,Aに対し,その顔等を左右の拳で複数回殴り,その胸付近を両手で強く押し,Aをその場に転倒させてその後頭部を壁に打ち付けさせるなどの暴行を加え,よって,Aに左右硬膜下血腫,左右大脳クモ膜下出血等の傷害を負わせ,翌日,本件場所において,Aを前記傷害に基づく脳障害により死亡させたというものである。

被告人が,本件日時・場所において,Aに対し,概ね公訴事実指摘の暴行を加えたこと,その暴行によりAが公訴事実指摘の傷害を負い,それにより,その翌日Aが死亡したことは,当事者間に争いがなく,関係証拠によれば,容易に認められる。

本件の争点は,被告人が暴行の途中で模造刀を振り回したことがあったところ,それ以前の暴行(以下「第1暴行」という。)及び被告人が模造刀を振り回した後の暴行(以下「第2暴行」という。)について正当防衛が成立するか否かである。(以下,急迫性を「緊急状態」といい,防衛の意思があることを「自分の身を守ろうとする気持ち」といい,防衛行為としての相当性があることを「反撃として妥当で許される範囲にとどまる」という。)

すなわち,弁護人がいずれの暴行についても正当防衛の成立を主張するのに対し,検察官は,(1)第1暴行については,①Aの暴行により緊急状態が生じたことは認めつつも,被告人に自分の身を守ろうとする気持ちはなく,もっぱらAを攻撃するために暴力をふるっていることから正当防衛が成立せず,②仮に,自分の身を守ろうとする気持ちがあったとしても,その態様が妥当で許される範囲を超えているため,過剰防衛に当たると主張し,また,(2)第2暴行については,Aの暴行により生じていた緊急状態は,被告人による模造刀振り回しにより終了していたところ,第2暴行はそもそも喧嘩であって,Aの暴行により緊急状態が生じていないから正当防衛は成立しないと主張する。なお,関係証拠によれば,Aの死因となった暴行は,第1暴行の際の拳での右ほほへ殴打であったと認められる。

当裁判所は,第1暴行については,正当防衛が成立し,第2暴行については正当防衛が成立せず,暴行罪が成立するにとどまると判断した。以下,その理由を述べる。

第2第1暴行について

1  第1暴行の経緯等

(1) 被告人の供述は,詳細な動作等について記憶に曖昧な部分が見られるものの,Aの負傷状況とも整合し,特段不合理な点も見あたらないのであって,排斥することはできない。また,証人Bは,法医学の専門家としての意見を誠実かつ慎重に述べており,その供述内容は,十分合理的であって信用できる。

これらのことから,争点判断の基礎とすべき第1暴行の経緯等は,以下のとおりである。

(2) 被告人とその父であるAは,本件当日の午後,A方6畳居間で飲酒していた。その際,Aが,被告人に対し,被告人が何度も離婚していること,被告人の子供に会えないこと,Aの仕事で悩んでいること,被告人が3日前に飲酒運転で事故を起こしたことで逮捕されたことについて愚痴を繰り返すとともに,飲酒した際にいつもするように,被告人の体をだんだん強くつかんできた。そこで,被告人が,Aが強くつかんできたことに「やめろ」と文句を言ったことをきっかけに,Aとの口論となった。

口論の最中,Aは,いきなり,右手で自分の右隣に座っていた被告人の首の後ろをつかみ,ねじるように前方に仰向けになるよう押し倒し,さらに,仰向けの状態のAの右側に膝をついた状態で,怒鳴りながら,右手で被告人ののど仏付近を上に押し上げるように押さえ,左手で被告人の体を押さえつけた。Aの腕力は被告人よりも強く,被告人は,平手で,Aの手を振り払おうとしたができず,さらに,左右の拳で,数回,Aの顔や胸を殴ったところ,Aが被告人から手を離した。

被告人とAは,ほぼ同時に立ち上がり,Aは,その直後に,右手で被告人の首を前から押した。被告人も,Aの鎖骨付近や腕をつかんだり,Aの手を振り払おうとしたが,そのまま背後の壁に押さえつけられた。被告人は,自分の右鎖骨付近を押さえるAに対し,左右の拳を複数回前方に繰り出したところ,そのうち少なくとも右の拳による1回はAの顔に当たった。

被告人がAに暴行を加えたのは,いずれもAから押さえつけられている間であった(この点については,検察官も被告人質問で何ら弾劾を試みていない。)。

(3) 上記(2)のAへの顔に対する暴行は,少なくとも,右の目元,右の口元,右ほほ,左耳の4か所に各1回当たった。顔に対するいずれの暴行によっても骨折はしておらず,Aの右ほほ以外には中等度の皮下出血等が生じたにとどまるが,右ほほには比較的高度の皮下出血等が生じており,Aが脳障害により死亡する原因となった。右ほほに対する攻撃で重い傷害が生じたのは,攻撃の力の強さ自体に加え,力の方向が脳に大きな衝撃を与える方向であったためである。

2  第1暴行についての正当防衛の成否

(1) Aの暴行により緊急状態が生じていたか

第1暴行の際,Aの暴行により緊急状態が生じていたことに争いはなく,このことは,Aが,被告人との口論の最中,突然,一方的に被告人に対して首の後ろをつかんで押し倒すなどの暴行を加えていることからも明らかである。

(2) 自分の身を守ろうとする気持ちはなかったか

被告人は,第1暴行の際,途中からAに対する怒りがあったものの,いずれもAの手をふりほどくために暴行した旨供述する。そして,第1暴行が,いずれもAから急所である首やその付近を押さえ付けられた状態でなされたものであり,まずはAの手を振り払おうとしていること,Aの手が被告人から離れた後は攻撃を加えていないことは,いずれも被告人の上記供述によく符合する事実であり,被告人の行動が自分の身を守ろうとする気持ちの表れであることを強く基礎付けている。そのほかの暴行も,そのような気持ちの表れとみることができる。

そうすると,第1暴行の際,被告人には,その途中から,いきなり自分に暴行をしてきたAへの怒りの気持ちもあったものの,終始,Aの攻撃から自分の身を守ろうとする気持ちがあったと認められる。

(3) 反撃が妥当で許される範囲にとどまるか

既に示したとおり,Aはいきなり被告人に暴行を加え始めている。その暴行自体,被告人が仰向けの状態及び起き上がった状態のいずれでも,急所である首やその付近を押さえ付けるという強く執拗なものであった。したがって,Aの被告人に対する攻撃意図も強いものであったといえる。このような攻撃を受け,被告人は,まずは,Aの手を振り払おうとしたができなかった。

これらのことからすると,被告人が,自分よりも腕力の強いAの暴行により生じた緊急状態から逃れるためには,単にAの攻撃を一瞬止める程度では不十分であり,Aが攻撃を諦めるような相当強い反撃をする必要があったといえる。

被告人の第1暴行の大部分は,Aの顔や胸を拳で殴打するというものであるが,右ほほへの殴打以外は,あざが残る程度の強さであった。第1暴行のいずれかの段階で放った右ほほへの殴打は,客観的には,脳障害を発生させる危険な暴行であったといえるが,それは力の強さに加え,力の方向が脳に大きな衝撃を与える方向になったためである。しかし,右ほほへの殴打とそれ以外の殴打との強さがどれくらい違うのかは判然とせず,第1暴行の状況を前提とすると,被告人がことさら他の殴打よりも強い力で,また,危険な方向になるよう狙って右ほほを殴打したとは考えられない。このことからすると,Aの死亡は,Aからの強く執拗な暴力から逃れるため,偶々放った1発の力の強い暴行が,偶々危険な方向に加えられたため生じた結果といえるから,右ほほへの殴打を重視して第1暴行全体の危険性を理解することはできない。

そして,Aの暴行により生じた緊急状態から逃れるためには,例えば,顔以外を強い力で殴ったり,蹴ったりすることが考えられるが,そのような強い攻撃の危険性は,被告人がした第1暴行の危険性とほとんど変わらない。

したがって,第1暴行が,Aの暴行に対する反撃として妥当で許される範囲を超えているということはできない。

(4) 以上によれば,第1暴行は,Aの暴行により生じた緊急状態において,自分の身を守ろうとする気持ちで行われたものであり,反撃として妥当で許される範囲を超えているということはできないから,正当防衛が成立する。

第3第2暴行について

被告人の供述によれば,第2暴行において,被告人がAの上半身を両手でつかんで強く押す暴行を加えたことが認められるため,以下,この点について検討する。なお,公訴事実には,Aをその場に転倒させてその後頭部を壁に打ち付けさせる暴行を加えたかのような記載がある。しかし,Aは,被告人から強く押されて後退し,家具につまずいて転倒し,その後頭部を壁に打ち付けたにすぎず,被告人の暴行により生じたとはいえるものの,それ自体を被告人の暴行と認めることはできない。

1  第2暴行についての正当防衛の成否

関係証拠によれば,第2暴行が始まる前に,被告人は,Aから殺すぞと言われたことに対し,殺されるくらいなら殺してやると言って,12畳仏間から模造刀を持ち出し,6畳居間に戻って模造刀を振り回し,テレビや壁にたたきつけるなどしたことが認められる。

この被告人の行動により,第1暴行の際,Aの暴行により生じていた緊急状態が終了したことは明らかであるところ,その行動からして,被告人が,当時,Aに対する激しい怒りなどから,非常に強い興奮状態にあったことが認められる。そして,被告人は,模造刀を振り回した後,一旦6畳居間を出たり,模造刀をクローゼットに隠したりしているものの,ほとんど時間が経過する間もなく第2暴行に至っており,その間に興奮が大きくおさまるような事情もないことからすると,第2暴行の際も強い興奮状態であったと認められる。

一方,Aは,被告人が模造刀を持ち出した際にもひるむことなく,やるんだったらやれなどと述べて,被告人をにらみつけていた。したがって,被告人が模造刀を持ち出したことなどにより,座ってはいたものの,Aもまた,第1暴行から引き続き第2暴行の直前まで,なお強い興奮状態にあったと認められる。そのことは,被告人も十分分かっていたはずである。

そのような状況で,被告人は,一度出て行った6畳居間に戻り,Aに文句を述べ,これをきっかけにAが立ち上がり,Aの被告人に対する暴行と被告人の第2暴行が始まっている。しかし,その直前の第1暴行時に互いに強い暴力をふるい合っていたことからすれば,このような事態は被告人も予期していたはずである。実際,被告人は,立ち上がってつかみかかってくるAにすぐに対応し,ほぼ同時に互いにつかみ合う態勢となって,第2暴行に及んでいる。その態様を見ても,不意をつかれた被告人が基本的に守勢となっている第1暴行の状況とは異なり,相互に同じような暴行を加え合っている。これらのことからすると,第2暴行は,互いに興奮した状態で始めた喧嘩の中での行動であって,正当防衛によって保護すべきような緊急状態は生じていないと認められる。

なお,弁護人は,Aが先に立ち上がってつかみかかってきたことから,Aの暴行による緊急状態にあったと主張するが,Aがつかみかかってきたことがきっかけとなって喧嘩が始まったにすぎないというべきであるから,弁護人の主張は採用できない。

以上によれば,第2暴行ついて,正当防衛が成立する余地はない。

2  第2暴行において成立する罪について

既に述べたとおり,Aが死亡した原因となった暴行は第1暴行によるものであり,また,関係証拠によれば,Aには,表皮剥奪や皮下出血などの傷害が多数認められるものの,第2暴行によって傷害が生じたか否か,生じたとしてその傷害を特定することはできない。

したがって,第2暴行については,暴行罪のみが成立する。

(法令の適用)

1  罰       条    刑法208条

2  刑 種 選 択    罰金刑を選択

3  未決勾留日数の算入    刑法21条

4  訴 訟 費 用    刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)

(量刑の理由)

第2暴行の態様は,上半身をつかんで強く押すというものであり,Aは,被告人から押されたことにより,家具につまずいて転倒して壁に後頭部を打ち付けている。

暴行が行われたのが家具等が置かれた6畳の部屋であったことからすると,被告人の暴行は上記のような結果も十分に予想できるものであったとはいえるが,そのことを考慮してもなお,その態様自体は軽微であり,危険性は低い。そして,第2暴行は,Aからの一方的な暴力が発端となって始まった喧嘩の中で,Aも被告人につかみかかっている状況での行動であることからすると,被告人が暴行に及んだことに対する非難の程度も低い。

そうすると,本件は,暴行罪の中でも軽い事案であるから,罰金10万円が相当と判断した。

(検察官の求刑:懲役3年)

(裁判長裁判官 安永武央 裁判官 植田類 裁判官 金友有理子)

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