鹿児島地方裁判所 平成25年(わ)242号 判決 2014年7月09日
主文
被告人を懲役20年に処する。
未決勾留日数中140日をその刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
被告人は,自宅に対する建物収去土地明渡しの強制執行を申し立てたA1及びA2に対する報復の目的などから,その居宅に放火しようと考え,更には,持続性妄想性障害の影響で長年にわたり自分の悪口を言っていると信じていたB1,B2,C1及びD1に対する報復の目的などから,その者らの居宅にも放火しようと考えた。そこで,被告人は,平成25年1月21日午前3時頃から同日午前3時25分頃までの間,次のとおりの放火等に及んだ。
第1被告人は,B1(当時80歳)及びB2(当時77歳)が現に住居として使用し,現に同人らがいる鹿児島県a郡b町cd番地e所在の木造モルタル瓦葺平屋建て家屋(床面積合計約120平方メートル)に玄関出入口から侵入し,同所において,灯油及び薪を用いた上,不詳の方法により同家屋に火を放った。その火は,玄関床板等に燃え移り,同床板等(焼損面積約0.103平方メートル)が焼損した。
第2被告人は,C1(当時80歳)が現に住居として使用し,現に同人がいる同町cf番地所在の木造瓦葺平屋建て家屋(床面積合計約148平方メートル)において,灯油及び薪を用いた上,不詳の方法により同家屋に火を放った。その火は,同家屋壁面等に燃え移り,同家屋が全焼した。また,その火は,同家屋北西側に隣接し,C2(当時53歳)ほか2名が現に住居として使用し,現に同人らがいる同町cf番地g所在の木造瓦葺平屋建て家屋(床面積合計約95平方メートル)及び前記C1方家屋南東側に隣接し,C3(当時63歳)ほか2名が現に住居として使用し,現に同人らがいる同町ch番地所在の木造瓦葺平屋建て家屋(床面積合計約128平方メートル)の壁面等にそれぞれ燃え移り,いずれの家屋も全焼した。
第3被告人は,A1(当時54歳)及びA2(当時58歳)が現に住居として使用し,現に同人らがいる同町ci番地所在の木造瓦葺一部2階建て家屋(床面積合計約146平方メートル)において,同家屋に放火すれば,同人らの生命身体にも危害を及ぼすおそれのあることが十分に予想されたのであるから,同家屋への放火を厳に慎むべき注意義務があるのにこれに違反し,灯油を用いた上,不詳の方法により同家屋に火を放った。その火は,同家屋壁面等に燃え移り,同家屋が全焼するとともに同人らは焼死した。また,その火は,同家屋北西側に隣接し,A3(当時35歳)ほか4名が現に住居として使用し,現に同人らがいる同町ci番地j所在の木造瓦葺平屋建て家屋(床面積合計約108平方メートル),同家屋の北東側に隣接し,A4(当時58歳)ほか1名が現に住居として使用し,現に同人らがいる同町ci番地k所在の木造瓦葺2階建て家屋(床面積合計約133平方メートル)及び前記A1方家屋の南東側に所在し,A5(当時23歳)が現に住居として使用し,現に同人がいる同町cl番地所在の木造瓦葺平屋建て家屋(床面積合計約136平方メートル)の壁面等にそれぞれ燃え移り,前記A3方家屋及び前記A5方家屋が全焼するとともに,前記A4方家屋の浴室天井等が焼損(焼損面積合計約33.78平方メートル)した。
第4被告人は,D1(当時79歳)及びD2(当時49歳)が現に住居として使用し,現に同人らがいる同町cm番地所在の木造瓦葺平屋建て家屋(床面積合計約100平方メートル)において,灯油を用いた上,不詳の方法により同家屋に火を放った。その火は,同家屋縁側の木製敷居等に燃え移り,同敷居等が焼損(焼損面積合計約0.0984平方メートル)した。
(証拠の標目)省略
(犯人性について)
1 弁護人は,被告人が本件の犯人であることについて争っていないが,被告人は,公判廷で,犯人であることを前提とした供述をしつつも,放火したことは覚えていないなどと曖昧な供述もしているため,念のため,本件の犯人が被告人であると認めた理由を示しておく。
2 本件各放火は,ほぼ同時刻に,同一集落の半径約100メートルという狭い範囲において,灯油を用いるという共通した手口で行われているから,同一人物による犯行と認められる。そして,第1のB1方玄関から,放火に使用された木片11本が発見され,このうちの3本と被告人が一人暮らしをしていた被告人方1階土間から発見された薪6本のうちの4本との切断面等は,虫食い穴の位置形状を含め合致したことが認められる(なお,被告人は,B1方玄関から発見された木片がペンキか何かで加工されている旨供述するが,証拠物を精査してもそのような痕跡はない。)。また,平成25年1月20日午後4時頃から同月21日午前8時頃までの間に,何者かが,B1方とA1方との中間地点に灯油成分と被告人の指紋が付着した青色ポリバケツのふたを放置したことが認められる。そうすると,被告人以外の者が犯人とすれば,犯人は,被告人が犯人であると偽装するため,被告人方の薪を犯行に使用し,上記ポリバケツのふたを現場付近に放置したことになるが,いずれも偽装方法としては迂遠である。特に,燃えてしまうことが予想される薪を利用するのは,常識に照らして考えがたい。B1方玄関から発見された木片と被告人方にあった薪との照合ができたのは,偶々,B1によって早期消火がなされたからであるが,無論,同人に本件各放火をする動機はない。したがって,それら木片と薪の切断面等が合致したとの事実は,被告人が犯人でないとしたら合理的に説明することができない。
以上によれば,被告人は,いずれの放火についても犯人であると,常識に照らして間違いなく認められる。
(法令の適用)
1 罰 条
第1の事実について
住居侵入の点 刑法130条前段
現住建造物等放火の点 刑法108条
第2の事実について 刑法108条
第3の事実について
現住建造物等放火の点 刑法108条
重過失致死の点 被害者毎に刑法211条後段
第4の事実について 刑法108条
2 科刑上一罪の処理
第1の事実について 刑法54条1項後段,10条(重い現住建造物等放火罪の刑で処断)
第3の事実について 同法54条1項前段,10条(最も重い現住建造物等放火罪の刑で処断)
3 刑種の選択
第1から第4の罪について いずれも有期懲役刑を選択
4 併 合 罪 の 処 理 刑法45条前段,47条本文,10条(犯情の最も重い第3の罪の刑に法定の加重)
5 未決勾留日数の算入 刑法21条
6 訴 訟 費 用 刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)
(量刑の理由)
被告人は,住民が就寝している深夜,いずれも灯油を用いて,半径約100メートルの木造住宅密集地において,次々に4件放火しており,放火対象となった住人の生命,身体,財産はもとより,その近隣住民の生命等に与える危険性も極めて高い行為といえる。本件各放火により,6軒の家屋が全焼し,3軒の家屋が一部焼損した上,2人が死亡するという重大な結果が生じているが,これは本件各放火により起こるべくして起きた結果といえる。
そして,本件各放火の状況や態様からして,被告人が小火に留めるつもりであったとは到底考えられず,自ら放った火の燃え広がる危険性は常識としてわきまえていたはずであるから,たとえ本件各放火によりどのような結果が生じるか具体的に考えていなかったとしても,その責任非難を弱めるものではない。
被告人は,第3の被害者であるA1及びA2ら兄弟が,被告人の自宅に対し建物収去土地明渡しの強制執行を申し立てた結果,その日のうちに執行官が自宅を訪問する予定であったことから,長年住み慣れた自宅を追い出されるという追い詰められた心理状態にあり,それほど計画を練ることなく,思いつきで各放火に及んだということはできる。しかし,被告人が,そのような追い詰められた心理状態にあったにせよ,あえてA1宅に放火するという攻撃的な手段をとった主な目的は,強制執行を申し立てたA1らに対する報復であったと認められる。A1らは,その両親が被告人から重傷を負わされても,法律を守りながら強制執行の手続をとっていたのであり,そのような何ら落ち度のないA1らに報復するというのは,まさに逆恨みというべきで,強い責任非難をすべきである。
また,被告人は,持続性妄想性障害により,第1,第2,第4の被害者らから,自分は犯罪者であるなどの悪口を言われているとの妄想を抱いていたことが影響し,第1,第2,第4の被害者にも報復するなどの目的で各放火に及んでいる。しかし,その妄想の内容からすると,妄想だけで放火に及んだとは理解できない。実際,被告人は,長年にわたって同様の妄想を抱いていたものの,これまで妄想から犯罪行為に出たことはなかった。したがって,被告人が,第1,第2,第4の放火に及んだことに,持続性妄想性障害の影響は小さく,むしろ,第3の放火に及ぶのであれば,そのついでにその他の放火にも及ぶことを決意したという,被告人自身の自己中心的で短絡的な性格の影響が大きいというべきである。したがって,第1,第2,第4の放火に及んだ被告人に対する責任非難を弱めることはできず,なお行為の危険性や結果の重大性に相応する責任非難をすべきである。
以上のような放火の危険性の高さと結果の重大性,責任非難の強さからすれば,本件は,現住建造物等放火の事案の中でも特に重い部類に属する事案である。
また,被告人の被害者に対する謝罪の態度に疑問があることや,元来,自己を正当化する自己中心的な性格の持ち主であることからすれば,現在77歳と高齢で,今後自宅を失い,別の場所で生活することを余儀なくされることなど再犯のおそれを弱める事情があることを踏まえても,刑を軽く修正するほどの更生可能性があるとは認められない。
そこで,被告人がしたことに見合った責任として,懲役20年の刑を科すのが相当と判断した。
(検察官の求刑:懲役22年)
(裁判長裁判官 安永武央 裁判官 山田直之 裁判官 金友有理子)