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鹿児島地方裁判所 平成9年(ワ)39号 判決 1998年8月25日

鹿児島県姶良郡<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

久留達夫

福岡市<以下省略>

被告

久興商事株式会社

右代表者代表取締役

京都市<以下省略>

被告

Y1

右両名訴訟代理人弁護士

辻本章

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金六八七万八〇〇〇円及びこれに対する平成七年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自九八三万円及びこれに対する平成七年一一月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、商品先物取引に関する被告久興商事株式会社(以下「被告会社」という。)の従業員の勧誘等の一連の行為が不法行為に当たるとして、右取引によって被った損害につき、被告会社に対し民法七一五条に基づいて、被告Y1(以下「被告Y1」という。)に対し商法二六六条の三に基づいて、それぞれ損害賠償を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、昭和二五年○月○日生で、a大学教育学部を卒業後、小学校の教員となり、平成七年当時は四五才で小学校の教頭をしていた。

被告会社は、商品取引所上場商品の売買取引受託業務等を行う商人であり、被告Y1は、被告会社の代表取締役であった。

2  原告は、平成七年七月一九日、勤務先の小学校で、被告会社の従業員のB(以下「B」という。)から、電話で商品先物取引の勧誘を受けた。被告会社の鹿児島支店営業部課長のC(以下「C」という。)及びBは、七月二〇日、原告の勤務先の小学校に来て、とうもろこしの商品取引を勧めた。原告は、七月二一日、Cから電話でとうもろこし二〇枚の買建玉をすることの勧誘を受けこれを承諾し、Cに対し、委託証拠金一六〇万円を預け、同人から、「商品先物取引委託のガイド」と「受託契約準則」を渡され、被告会社と受託契約を締結した。

3  原告は、七月二六日、被告会社の従業員のD(以下「D」という。)から電話で二〇枚の買建を勧められ、これを承諾し、支店長のE(以下「E」という。)に委託証拠金一六〇万円を渡した。その際、Eは、原告に対し、当初買ったとうもろこしが七月二五日現在四〇万円の利益が出ている旨話した。

4  原告は、八月一日と八月三日にCから電話を受け、同日、集金に来たCに対し一六〇万円を渡した。

5  原告は、八月八日、被告会社に電話してCと話し、同月一四日、Cに一六〇万円を渡した。原告が、金はすぐ返ってくるのか聞いたところ、Cは、今二一〇万円のマイナスが出ているが回復するからもうしばらく様子を見るよう述べた。

6  原告は、八月二五日、Cから電話を受け、指定された口座に一三九万円を振り込んだ。

7  原告は、八月三〇日、Cから電話を受けて入金を約束し、八月三一日、集金に来たCに一一五万円を渡した。

8  原告は、九月二八日、Eから電話で「帳尻金がマイナス一九九万三七四六円で、これが切れないと売買ができないので清算していいか。」と言われ、「もう金はないですよ。」と言うと、「預っているお金から引いても、入金しても同じことだから引いときます。」と言われた。

9  原告は、一一月五日、被告会社の本社宛てに質問書を送付し、一一月七日、Eから電話を受けた。原告は、一二月二六日、被告会社に対し、取引をやめるという文書を出したところ、一二月二七日、本社の管理室長のF(以下「F」という。)から電話を受けた。

二  争点

1  被告会社の従業員の勧誘等の一連の行為が不法行為に該当するか。

(一) 原告の主張

被告会社の従業員は、全く面識もない者に突然電話し、すぐにでも利益が上がるかのように強調し、先物取引の危険性も充分説明せず、新規委託者の保護規定を無視して当初よリ大量の取引を行わせ、歯止めと称して無意味な両建をさせ、頻繁な反覆売買をさせ、顧客の意思と関係なく取引をさせ、取引をやめたいと言っても聞かず、無断売買を行っており、取引の端初から終了に至るまでの事実の経過を見ると、商品取引を装ってはいるものの、当初から顧客の意向を全く無視し、次々に取引を開始させ、被告会社の手数料稼ぎあるいは向い玉による利益稼ぎを目的とした典型的客殺し商法である。被告会社の従業員の右行為は、故意又は過失により行われた民法七〇九条に該当する不法行為であり、被告会社は、使用者として同法七一五条の責任を負う。また、被告Y1は、被告会社の最高責任者として、従業員を監督し、顧客の損害を防止すべき注意義務があるにもかかわらず、従業員の違法行為を放置した責任があり、商法二六六条の三により損害賠償の義務がある。

したがって、原告は、被告らに対し、各自、原告が委託証拠金として被告会社に支払った八九四万円と弁護士費用のうち右金額の一割に当たる八九万円の合計九八三万円及びこれに対する最終取引日の翌日である平成七年一一月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(1) 無差別電話勧誘

全国商品取引所連合会の「受託業務に関する協定」では、電話の勧誘を禁止しているが、被告会社の勧誘は、顧客の性別・年令・職業・資産等に全く関係なく、場所を選ばず執拗に行なわれている。被告会社の従業員は、突然原告の職場に電話をかけ「今回新しく商品先物取引をやっていただく人だけに特別な情報を提供しています。」と言って勧誘を行い、原告が勧誘を断っても執拗に面会を求めている。原告は、商品先物取引に関しては全くの素人であり、株式取引の経験もない。被告会社は、原告の資産について虚偽の事実を記載しているが、被告会社があえてこのような虚偽の事実を記載するのは、顧客に充分な資力があり、取引適格者であるという形式を整えるためである。

(2) 投機性等の説明の欠如、断定的判断の提供、利益保証

被告会社は、原告を勧誘するに際し、商品先物取引が極めて危険な投機であることの説明をせず、逆に極めて利益が生ずる取引であることを強調し、「今回新しく商品取引をやっていただく人だけに特別な情報を提供しています。」「今後とうもろこしの値段は確実に上がります。すぐ上がりますから、できるだけ早く買った人が有利だ。」などと執拗に利益が上がることを繰り返し、原告だけに特別の情報を提供するようなことを言って取引を勧めている。

(3) 建玉制限

被告会社は、「受託業務に関する協定」等に沿って、新規委託者を保護するため、三か月の保護育成期間中は原則として二〇枚以下の建玉でしか取引することができないという社内規則を作っているが、被告会社は、右規則を無視して、三か月の保護育成期間中に原告に二〇枚以上の取引をさせている。被告会社では、新規委託者に対して三か月の保護育成期間内に二〇枚以上の取引をさせる場合、担当外務員が超過建玉申請書を顧客管理責任者に提出し、審査を受けた上で総括責任者の再確認を受けるというシステムになっているが、管理責任者は決まり文句を記載するだけで、総括管理者の確認もこれを追認するだけの内容となっている。

(4) 両建

両建とは、買建玉と売建玉を同時に行うことであり、両建で利益を上げるには、買建玉でも売建玉でも利益を上げるか、損をしている建玉を早めに仕切って利益を上げる方の建玉に乗りかえて、これを仕切りながら損害を回復していくしかないが、このいずれも、相当に相場の流れを知っている者しかできないことであり、現実にはそのような者はほとんどいないし、ましてや素人がそのようなことができるものではないので、安易に両建をすすめることは、それだけ多くの委託証拠金を出させ、被害金額も拡大することになって、極めて危険なものである。

被告会社は、平成七年八月一日に、わずかの値下がりで、追証になっているので歯止めが必要だと言い、執拗に両建を勧めたが、その後の相場は被告会社の勧めた方向とは逆に値上がりしており、更に悪質なことに、利益の出た買建玉をすぐ処分し、損失の発生している売建玉を長い間放置し、ますます損害を拡大させている。先物取引は限月が来るまで相当期間あるので、その間の値動きをじっくり見て処分方法を決めればよいが、被告会社のやり方は、顧客に対しそのような余裕を与えることなく、追証だと虚偽の事実を述べてまで委託証拠金を巻き上げようとするのである。

(5) 無意味な反復売買(ころがし)

被告会社は、平成七年九月に一五回、一〇月に二五回、一一月に一九回もの取引を原告にさせており、その内容も、八月二四日に買玉四五枚を仕切っておきながら、翌日はまた四五枚買建玉をしたり、九月二八日に二〇枚一万五四五〇円で買建玉したものを、同日全部一万五二九〇円で仕切ったり、一一月一日に二〇枚一万六三九〇円で買建玉したものを、同日六枚一万六二四〇円で仕切ったり、同じ日にわざわざ損をする売買をさせているのであり、まさに異常な取引としか言いようがない。

(6) 無断又は一任売買

被告会社は、平成七年九月六日以降、全く原告に連絡なく次々に取引をさせている。原告は、一〇月一二日には、早朝よリ遠足のため学校にも自宅にもいなかったが、この日も頻繁に取引をさせていた。

(7) 無敷・薄敷

受託契約準則では、委託証拠金は取引の委託をするときに預託しなければならないところ、被告会社は、平成七年八月一日及び八月八日の各取引について、立て替えるとか、すぐに入金しなくてもよいとか言って、金がないという原告に対し強引に取引をさせている。

(二) 被告らの主張

(1) 無差別電話勧誘について

業界内部の自主規制措置として、無差別電話勧誘禁止の規定が設けられた趣旨は、新規委託者の獲得を目的とした電話勧誘一般を禁止するものではなく、社会通念上、勧誘を受ける相手方の平穏やプライバシー等を必要以上に損ない、迷惑を与えるような形態の勧誘に限定して規制しているものにほかならず、新規顧客の獲得を目的とする勧誘行為は、それが社会通念上相当と認められる程度を越えない限り違法又は不当視されず、経済活動の一つとして許容されている。

本件の場合、被告会社のBのした電話勧誘は、原告の勤務先に昼間、一回だけ、ごく短時間の勧誘をし、訪問約束を取り付けた内容にほかならず、右規制の趣旨には違背しない。

(2) 投機性等の説明の欠如、断定的判断の提供、利益保証について

商品先物取引が、大きく利益を得る妙味がある反面、逆に大きく損を被る危険性の高い投機取引であることは、公知の事実であり、社会的常識である。このことを、長年教職の地位にあった原告が知らなかったはずはなく、現に、原告は、平成七年七月二一日の受託契約締結時に、私の判断と責任において取引を行うことを承諾した旨の約諾書を差し入れ、同日のアンケート調査でも、商品取引は投機行為なので得をすることも損をすることもあることを知っている旨回答している、このほか、勧誘段階で、BやCから、種々の資料を見せられて説明を受け、受託契約締結時に「商品先物取引委託のガイド」や「受託契約準則」を手渡されており、右ガイドは、商品先物取引の危険性を告知し、その仕組みや仕方等についてわかりやすく解説をしたガイドブックであり、先物取引はハイリスク・ハイリターンの取引であることが特記されていて、投機性の説明に欠如するところはない。

BやCが、原告に関門とうもろこしの買建玉による利益獲得を勧めたころ、関門とうもろこしは十分に値上がりが見込める状態にあったため、B、C及びDは、原告に勧誘をし、値上がり予想の相場感のもとに、原告に買建玉を勧めたのであり、同人らが、言葉の言い回しにおいて、多少値上がりの要因を強調し、あるいは利益獲得の面をいささか強調した感がないとは言えないが、同人らは、相場の動向についてことさら虚偽の事実を述べたようなことはなく、資料を原告に示しながら、客観的な相場の動向にもとづいて、今がとうもろこしの値上がりによって利益を得る絶好の機会であると勧めたものであった。したがって、本件は断定的判断を提供したものではないし、まして、利益保証をしたような事案ではない。

(3) 建玉制限について

業界内部の自主規制措置を受けて、被告会社においても受託業務管理規則を策定し、新規委託者について保護育成措置をとっているが、その要諦は、新規委託者の売買取引については、取引開始後三か月以内は原則として建玉枚数にかかる外務員の判断枠を二〇枚以内とし、それを超えて建玉(超過建玉)しようとする場合には、社内の管理担当班の審査に付し、その裁可のもとに建玉をすることになっている。

本件の場合、原告は、大学卒業後長年小学校の教師をし、取引開始当時は教頭の管理職にあった人物であり、取引意欲はもとより、理解度、判断力も十分であることが認められ、平成七年七月二四日からは、とうもろこし相場の動向を知ってその後の売買取引の参考にするために、毎日、シカゴの外電の値動きと関門商品取引所のとうもろこしの値段について、被告会社から自宅宛ファックス送信を受け、Cは、右のほか、原告の求めに応じて相場の動向に関する新聞記事や業界紙等の資料もファックスで送っていた。このような動きの中で、七月二六日、原告とDとの間で、新たに二〇枚のとうもろこしの買建をすることが検討され、原告の超過建玉の可否について管理担当班による所定の審査がされ、原告の理解度、判断力、資力等からして五〇枚までの超過建玉が妥当なものとされた。したがって、原告の理解度、判断力、資力、審査の経緯、取引の内容等からして、原告の超過建玉について格別の問題は見当たらない。

(4) 両建について

建玉当時の予想に反した相場の動き(相場の逆行)によって既存の建玉に損失が生じた場合、当該建玉を仕切るか、相場の好転を期待して建玉をそのまま維持するかどうかの判断に迷うときに対処する方法として、損切り、追証、両建、難平、途転の五つの手法があるが、両建は、値段が以後どちらに動こうと損益にプラスマイナスが生じないように一時的に損を固定するため反対建玉をして、しばらく相場の様子見をし、ある程度相場の動きの見通しが立った時点で、売り又は買いの建玉の全部又は一部を仕切り処分してはずし、残した建玉で挽回を図ろうとする手法であり、両建だけが、他の手法に比し特に難しいやり方でありリスクを伴うというものではない。ただ、両建の場合は、無意味な同時両建(売りと買いを同時に建てること)や損勘定となった建玉を放置し(因果玉)、短期間に再び反対建玉(両建玉)を建て、委託者の損勘定に対する感覚を誤らせることなどの不当な両建がされることが有りがちなことにかんがみ、そのような無意味又は不当な両建はしないよう取引所指示事項で規制されているものであり、単に両建玉であるがゆえに当然にすべてが禁止されるものではない。

本件の場合、取引開始後間もないころから両建取引が始まり、その後は取引終了に至るまでの間、かなりの回数の両建取引がされているが、これらの両建取引は、その大半が相場の動向に対応してされたそれぞれ意味のある取引であり、両建取引が直ちに本件の損害発生の原因となっているものではない。第一回目の両建は、取引開始後一一日目の八月一日にされているが、値上がり予想のもとに七月二一日に初回の建玉をした二〇枚のとうもろこしは、七月二八日ころから値を下げ始め、原告の建玉に評価損が出始めたことから、Cは、原告が大きく損をしてしまうことを懸念し、追証がかかる前に早めに対処しておいた方が良いと考え、八月一日、原告に二〇枚の両建をする一部両建をすすめ、原告は、毎日の値動きの様子について正確に把握していたことから、Cの説明を容易に理解し、一部両建をすることに応じた。第二回目の両建は、八月八日であったが、原告からCに電話が入り、状況説明を求められた折、Cが、相場の動きは値下がり気味であったことから、これ以上値が下がらないうちに八月限も両建をして相場の様子見をしてみたらどうかと助言したところ、原告は、右の状況を十分にわかったうえで、右の両建をすることにしたのであった。七月末以降、値下がりの状態が続き、一向に値段が上がって来ないことから、原告とCとの間で、相場の動向について検討し直し、当初の値上がり予想に基づく買い方針から、値下がり予想をもとにした売り方針に転じ、八月一六日、原告は、二月限の買玉二〇枚を仕切り処分し、逆に二〇枚の売玉を途転売りすることによって、完全両建の状態からいわゆる売り越しの状態にした。結果的には、ここで売り方針に転じたことが災いして、原告はその後損を広げて行くことになるのであるが、相場取引においては往々にして有りがちなことで、相場の読みなり見通しがはずれたからといって、一概に担当者を責められるものではない。原告は、八月二四日、値下がり気味であったことから、Cとの打合せの中で、買玉全部を仕切り売六〇枚だけを残し、売方針で利益を目指すことを決めた。そして、八月二五日以降、再び相場の逆行に見舞われ、両建処置がとられることになった。八月三一日には、Cが委託証拠金の集金をかねて、現況説明のため原告のもとを訪ねているが、残高照合通知書によると値洗い内容は三二一万円のマイナスとなっていたが、原告からは、建玉を損切りしてでも取引をやめてしまいたいなどとの話は一切なく、むしろ、何とか早く損を挽回できるようにしたいとの意向を強くのぞかせていた。その後、CやEは、原告とファックスや電話で連絡を取り合いながら、相場の動きに対応して売買取引を継続して行った。相場の逆行から値洗い損が増え、追証もかかってしまったことから、CやEは、追証対策を原告と電話で打合せをし、九月一二日から一三日にかけて、追証対策のために建玉の一部損切り処分することになったが、これは、追証拠金の入金が難しいので、建玉を一部仕切ることによって対処しようとしたものであった。九月一八日付けの残高照合通知書によると、原告の売買取引の現況は、売玉が四〇枚、買玉が五四枚のバランスであるが、前記のとおりいったん売り方針に転換した折りに残しておいた売玉に大きく値洗い損が生じ、全体としては四四〇万円余りの値洗い損となっており、追証もかかったままの状態であった。その後も、Cらは、原告と電話連絡を取りながら売買取引を継続し、取引終了に至るまで、ほぼ常時両建の状態を続けながら、相場の動きに対応して、値下がり傾向にあると見れば売り越し、値上がり傾向にあると見れば買い越したりして、挽回策に努めた。常時両建状態を維持したのは、それまでの思惑のはずれから、九月中旬頃には既に大きな値洗い損が生じてしまい、片建玉にするためには、値洗い損の生じている建玉を思い切って損切り処分してしまう必要があったが、原告は、何とか損を挽回することを強く望んで損切りを嫌がり、相場の反転に期待をかけていたからであり、売り越し又は買い越しの状態で、少しずつ利喰い処分を繰り返しながら、反転の機会を待っていたものであった。そのため、結果的には、一部の建玉が因果玉として残り、一〇月から一一月にかけて処分する結果となり、多少の損につながってはいるが、本件の全体の損益との関係では、それほど大きなウェイトを占めるものではない。

(5) 無意味な反覆売買について

本件において、かなりの回数の取引が繰り返されているには違いないが、それは、相場の展開が原告の思惑通りに行かなかったためそれに対処するためと、生じた損を取り戻そうとしたが故におのずと取引回数が増えたものにほかならない。しかし、それとて、相場の様子を見ながらの何日かおきの取引が大半であり、日計りとか連日の取引等はほとんどない。また、本件において、いわゆる売り直し、買い直しの例はほとんど見当たらない。

(6) 無断売買について

本件の売買取引は、被告会社の担当者と原告との間で、ファックス又は電話で十分な打合せがされた上でされており、無断又は一任売買の事実は一切ない。原告は、取引開始後三か月半あまりを経た平成七年一一月五日に至り、被告本社管理部宛に手紙を出し、一〇月二四日、二五日、三〇日の取引(四回の取引)について、内容が不明であるので調査をして欲しいとの申出をしているが、これ以外に取引期間中不明を指摘した事実はない。また、売買の都度、被告本社から、売買報告書及び売買計算書が原告あて郵送され、毎月一八日前後には残高照合通知書が郵送されていたから、もし、個々の取引について無断売買がされていたとすれば、原告は当然にこれに気が付き、被告会社の担当者なり被告本社管理部などに苦情や異議を申し立てたはずであるが、右の手紙文のほかには、原告が異議を申し立てたようなことはなく、むしろ、原告は、残高照合通知書に対し、「相違ありません」、「まちがいありません」などと回答している。

(7) 無敷・薄敷について

受託契約準則が、商品取引員は、取引の受託に際し委託証拠金を徴収しなければならないと定めている趣旨は、委託証拠金が、主として商品取引員が委託者に対して取得する委託契約上の債権を担保するためのものであり、商品取引員の地位を安定させることにある。したがって、商品取引員が、個々の売買取引の委託を受けるに際し、顧客の入金約束のもと、証拠金を徴収することなく取引を行ったとしても、そのことが直ちに委託者との関係で違法と評価されるものではない。

2  過失相殺

(一) 被告らの主張

本件の勧誘・受託の経緯、取引の経過、内容等からすれば、大幅に過失相殺すべきである。

(1) 原告は、本件商品先物取引を開始した当時は小学校の教頭職にあった人物であり、十分な学識と教養、社会的常識を有するにもかかわらず、被告会社の従業員から勧誘されたとはいえ、利欲目的で極めて安易に儲け話をうのみにし、危険性の高い商品先物取引を開始した。

(2) 原告は、「商品先物取引委託のガイド」を受け取りながら、これをほとんど読むことなく、商品先物取引の仕組みや仕方について理解しようと努めなかった。

(3) 原告は、その主張によっても、被告会社の担当者との事前の話合いの上で大半の売買取引がされ、売買取引後の結果報告については、担当者からの電話連絡のほか、被告会社の本社から毎回郵送される売買報告書及び売買計算書に欠かさず目を通していたということであるから、個々の売買取引の内容や損益の状況は常に把握できた上、毎月一回は本社から残高照合通知書が郵送され、また、取引開始当初の七月から八月にかけては、担当者の訪問を受けてその時点における残高照合通知書に基づく説明を受け、原告は、未決済建玉の内訳や値洗損益の状況、帳尻損益の内容、委託証拠金の現在額等を容易に把握し得たわけであるから、損害を最小限に止めようと思えば、いつでも自己の判断で全建玉を仕切処分することができたのに、ずるずる取引を継続したために損を拡大してしまった。

(4) 原告は、取引開始後間もないころから、その意向により、取引期間中ほぼ毎日朝と夕の二回、建ち落ちの注文の参考にすべく、担当者から、未決済建玉についてのその日の値動きの動向だけでなく、国内の相場の動きの要因となるシカゴ穀物取引所の値動き等についてまでファックス送信を受け、それをもとに担当者と頻繁に電話連絡を取り合って売買を継続していたものであるから、原告は、自分なりに建玉をした商品の値動きや相場の動向についてかなりの程度正確に把握できる立場にあったにもかかわらず、取引開始当初に生じた比較的少額の損を取り戻すべく漸次取引回数および枚数を増やしながら取引を継続し、結局において損を拡大してしまった。

(5) 原告は、取引開始後間もないころから、当初の思惑に反した相場の動きで、建玉に値洗い損が生じかつ拡大していることを知りながら、格別の異議なり苦情を述べることなく取引を継続し、右の損害の逸回がほとんど難しくなった一一月初旬に至って初めて、被告会社の本社管理部宛の質問書を出したものである。

(二) 原告の主張

本件は、交通事故等のようにたまたま発生した被害に対し、関係当事者間で損失の分担をするという過失相殺の法理になじまない。被告会社は、前記のとおり、極めて違法性の強い取引を継続している会社であり、顧客の損害の発生は、被告会社により、当初から意図されていたと疑われても仕方がないほど違法性の強いものである。このような取引に引きずり込まれた結果発生した損害に対し、顧客にその責任が一部あると認めることは、結果として、被告会社の違法性の強い取引を一部免責する結果となりかねず、過失相殺の法理は適用すべきでない。

第三争点に対する判断

一  本件商品先物取引の経緯等について

前記争いのない事実と証拠(甲九ないし一二、一三の1ないし3、一四、乙一ないし七、八の1ないし3、九ないし一三、一四の1ないし5、一五の1ないし40、一六の1ないし6、一七の1ないし3、一八の1ないし9、二二、二三、二四の1ないし5、二五、証人Cの一部、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和二五年○月○○日生で、a大学教育学部を卒業後、小学校の教員となり、平成七年当時は四五才で、○○小学校の教頭をしていたが、株式取引や商品先物取引の経験はなかった。

被告会社は、商品取引所上場商品の売買取引受託業務等を行う商人であり、被告Y1は、被告会社の代表取締役であった。

2  被告会社鹿児島支店の従業員のBは、平成七年七月一九日、鹿児島県の教職員名簿から原告の名前を見いだし、商品先物取引の勧誘をすべく原告の勤務先の○○小学校に電話して、原告に対し「新しく商品取引をやっていただく人だけに特別な情報を提供しています。」と言って関門商品取引所のとうもろこしの取引を勧誘した。原告は、これを断ったが、「あやしい会社ではなくて説明したいだけです。」などと言われて、翌日の面談を約束した。B及び鹿児島支店営業部課長のCは、翌七月二〇日午後五時ころから約一時間半、○○小学校で原告と面談し、とうもろこしのパンフレットを手渡し、日経新聞や日本農業新聞の商品取引欄のコピー、とうもろこしの過去の値動きを示すケイ線、とうもろこし取引の損益計算例を示す表等の資料を示しながら、商品先物取引のあらましを説明をして、「新しく商品取引をやっていただく人を増やすために儲けていただける確実な情報を提供しています。コーンは確実に値上がりするので、早く買った方が有利です。」などと言って取引を始めるよう勧誘したが、原告は断った。なお、Cは、七月一九日付け顧客実態調査票に、憶測で、原告の資産につき「郵便局一〇〇〇万、労金一二〇〇万、農協五〇〇万」と、推定年収を一〇〇〇万とそれぞれ記載した。

3  Cは、翌七月二一日午前九時三〇分ころ、勤務先の原告に電話を入れ、とうもろこしが値上がりしそうである旨告げて取引開始を勧め、更に「僕を信用して下さい。先生には損はさせません。上がることは確実です。」と言うので、原告は、とうとうとうもろこし二〇枚の買建玉をすることを承諾した。Cは、午前一一時三〇分ころ、○○小学校に出向き、原告に約諾書及び通知書の署名を求め、「商品先物取引委託のガイド」と「受託契約準則」を手渡した。商品先物取引委託のガイドは、商品取引員たるすべての業者が受託契約締結時に新規委託者に対し必ず交付するガイドブックであり、商品先物取引がハイリスク・ハイリターンの投機的取引であることなどが記載されている。Cは、午後二時半ころ、委託証拠金一六〇万円の預託を受けるため、原告と郵便局に向かい、原告が払い戻した預金の中から委託証拠金一六〇万円を受領し、原告に前記の約諾書に捺印をしてもらった。この折、原告から、もし予想がはずれて損をしそうになったらどうするかとの話が出たので、Cは、決済、追証、両建、難平、途転の五通りの手法について社用箋に記載しながら説明したが、原告はよく理解できなかった。Cは、「アンケート調査」と題する書面に、原告の話を聞きながら、「商品取引の仕組みは、だいたい理解できた」、「商品取引は投機行為なので得をすることも損をすることもあることを、知っている」、「商品取引のガイド及び受託契約準則を受取り、説明を受けた」にそれぞれ丸印をつけた。

4  Cは、七月二一日の後場三節で、八月限の関門とうもろこし二〇枚の買建玉をした。その後、一一月一六日の最終取引まで、延べ七一回の取引(建ち三一回、落ち四〇回)がされた。

5  原告は、七月二四日、Cに対し、とうもろこしの値段が分からないので教えて欲しい旨言うと、以後、ほぼ毎日、朝にはシカゴの外電の値動きが、夕方には関門商品取引所のとうもろこしの値段がファックス送信されるようになった。

6  原告は、七月二六日、被告会社鹿児島支店の次長のDから、電話で「先生は商品取引は初めてなので特別にお回しするのです。必ず上がります。」と二〇枚の買い増しをするように勧められて、これを承諾した。その結果、後場二節で、二月限の関門とうもろこし二〇枚が買建玉された。被告会社では、新規委託者に対して三か月の保護育成期間内に二〇枚以上の取引をさせる場合、担当外務員が超過建玉申請書を顧客管理責任者に提出し、審査を受けた上で総括責任者の再確認を受けるというシステムになっているが、Dは、七月二五日付け超過建玉申請書に「取引の内容、仕組みは十分理解され、資金的にも問題ありません」と記載して、原告につき四〇枚の建玉を申請し、同支店長であり管理責任者であるEは、「内容等について充分に理解しており又資力的にも別に問題ないと判断します」と記載して、総括管理部のFの再確認を受けた。原告は、七月二六日夕方、委託証拠金一六〇万円を集金しに来校したEから、残高照合通知書を示され、七月二一日に約定値一万四〇〇〇円で建玉した買玉が一万四二〇〇円となり、値洗い益が四〇万円となっている旨聞かされた。

7  とうもろこしの相場は、七月二八日から値を下げたものの追証はかかっていなかったが、原告は、八月一日、Cから電話で、二月が追証になっているのですぐ歯止めが二〇枚必要だと言われた。原告には歯止めの意味が分からず、「もうこれ以上お金が作れないのでやめる。」と言ったが、Cは、「今やめたらもったいないです。必ず回復しますから。そのための歯止めのお金です。このお金は明日にでもすぐ返します。」と言った。原告が「もう金がない。」と言うと、Cは「先生はうちの支店長に会っていますので、金は会社が立て替えますから後でいいです。」と言うので承諾した。Cは、後場一節で二月限の売玉を二〇枚建て、一部両建した。Cは、七月三一日付け超過建玉申請書に「現在の取引状態も十分理解され資金的にも問題ありません」と記載して、原告につき六〇枚の建玉を申請し、Eは、七月二五日付けと同様の記載をし、以降も同様に超過建玉が申請され、八月二九日付けでは、一三〇枚までの建玉が妥当と判断された。

8  原告は、八月三日、Cから電話で入金を催促され、夕方委託証拠金の集金に来たCに対し、郵便局からおろした一六〇万円を渡した。Cは、残高照合通知書を見せて「今七二万円のマイナスが出ているが、二月は歯止めがかかっていますので、これ以上損は広がりません。中身はだんだんよくなってきます。」と言った。

9  原告は、八月八日、被告会社に電話すると、Cが「もう少しで八月に追証がかかるところです。」と言い、代わったEは「どんどん下がっているので、すぐ歯止めをする必要があります。」と言った。原告は、どうしていいか分からず、しばらく様子を見たいと言ったが、Eは「今そんな悠長な段階ではないんです。もう追証がかかるところなんです。これ以上損が広がったらどうするんですか。」と繰り返し言った。原告は、「金はもうないので、すぐ入金できない。」と言ったところ、Eに「金はすぐに入金しなくてもよいですから、次の午前一〇時の売買で売をかけていいですね。」と言われて承諾し、前場二節で八月限の売玉二〇枚が建玉され、ここで完全両建の状態となった。

10  原告は、八月一四日、来校したCに委託証拠金一六〇万円を渡した。Cは、残高照合通知書を示し「今一二〇万のマイナスが出ているが回復します。私たちがうまくアドバイスをしていきますので、もうしばらく様子を見て下さい。」と言った。

11  原告は、八月一六日には、Cに言われるまま、買い方針から売り方針に転換し、二月限の買玉二〇枚を仕切処分し、八月限の売玉二〇枚を途転売りし、完全両建の状態から、売玉六〇枚、買玉二〇枚のいわゆる売り越しの状態になった。

12  とうもろこしの相場は、八月一八日に値を上げ始め、同日現在の原告の値洗い損は二六六万円になった。

13  原告は、八月二二日、とうもろこし二〇枚を買建玉したが、八月二四日、Cが、値下げ傾向にあるので買いを仕切ろうと進言したので、買玉四〇枚を全部仕切り、売玉六〇枚となり、四四万円余りの利益が出た。

14  ところが、とうもろこしの相場は、八月二五日反騰し、原告は、Cから電話で「このままでは回復しないので、売六〇枚と買四五枚にするために、四五枚買ったらどうか。預っている金もあるし、六六万六三一七円利益が出ているので、あと一三九万円入金してほしい。」と言われた。原告は「もうお金はない。」と何度も言ったが、Cに損を回復するためだと執拗に言われて承諾し、指定された口座に委託証拠金一三九万円を振り込み、一部両建となった。

15  原告は、八月三〇日、Cから電話で「今売六〇、買四五でなかなか回復しない。最後のお願いだから、一五買いを入れて、売六〇買六〇にしてくれませんか。」と言われた。原告は「もう金がない。」と何度も断ったが、Cから「先生最後のお願いです。後一五枚買うと必ず大丈夫ですから。お金は後でいいです。」と言われて、結局承諾し、同日時点で、売玉買玉がともに六〇枚の完全両建の状態になった。

16  原告は、八月三一日、Cが集金に来たので、郵便局から二七万円借金し、銀行から八五万円おろし、自分の持っていた三万円を足して、委託証拠金の一一五万円をCに渡した。原告が「もうこれが最後だ。」と言うと、Cは、残高照合通知書を示し「今三二一万円のマイナスになっていますが、歯止めをかけているんで、これ以上損は出ません。後は任せておいて下さい。私たちが責任を持ってやります。」と言った。

17  原告は、八月三一日で夏休みも終わり電話も架けづらくなっていたが、九月六日付け、七日付け、一二日付け及び一三日付けの売買報告書及び売買計算書に全く知らない取引が記載されていたので驚いて、九月一八日Cに電話した。原告が、「私にも何にも知らせないで、これが責任を持ってやるということか。」と抗議したところ、Cは「すみません。私も知らないので、どうなっているのか分からないんです。支店長がやっていますので。」と言った。その直後、Eから電話があり、「一四〇五〇を一〇枚落として一二六万のマイナスが出ましたが、悪いところを切りました。必ずよくなリますので様子を見て下さい。」と言われた。同日現在、売玉四〇枚、買玉五四枚、値洗い損は四四〇万〇五〇〇〇円、帳尻金がマイナス一二六万六〇九九円で、追証がかかっており、原告の実損は約五六六万円であった。

18  九月には計一五回の取引がされたが、原告には、被告会社から、売買報告書及び売買計算書が送られてくるだけであり、九月二八日には、二〇枚一万四五四〇円で買建玉したものが、同日全部一万五二九〇円で仕切られた(日計り)。

19  原告は、九月二八日、Eから電話で「帳尻金がマイナス一九九万三七四六円で、これが切れないと売買ができないので清算していいか。」と言われた。原告は、意味がよく分からなかったが、「もう金はない。」と言うと、「預っているお金から引いても、入金しても同じことだから引いときます。」と言われ、入金しなくても清算ができることを知った。

20  一〇月に入ると、委託証拠金が一枚八万円から一〇万円に上がり、原告から委託追証拠金が支払われないので、Eは、両落ちをして建玉を縮小した。一〇月一二日には、証拠金不足の状態が解消されたが、一〇月一八日の時点で、売玉一〇枚、買玉二〇枚、値洗い損は二〇九万円、帳尻金がマイナス三〇四万四七八〇円で、追証がかかっており、原告の実損は約六二一万円に増えていた。

21  一〇月には計二五回の取引がされ、原告が出張等で不在だった一〇月三日や一二日にも取引がされていた。一一月に入っても電話はなく、売買報告書及び売買計算書だけが届いたので、原告は、一一月五日付けで、被告会社の本社宛てに質問書を送付した。すると、一一月七日、Eから電話があり、「どうして僕に一言ってくれなかったんですか。」と言われ、原告が今の状況を聞くと、「今二〇〇万くらい残っている。」と答えた。

22  とうもろこしの相場は、一一月九日急落してストップ安となり、原告は、一一月一六日、Eから電話で「二〇〇万くらいマイナスが出た。先生に迷惑をかけないように落としていいですか。」と言われたが、何のことか分からなかった。一一月には計一九回の取引がされたが、原告は、請求書が来るようになったので、電話でEの責任を追求した。

23  原告は、一二月六日、被告会社の本社に電話で抗議し、一二月一三日、本社の管理室長のFに会って、無断売買のことで文句を言ったところ、伝票を送っているから無断売買ではないと言われた。原告は、一二月一五日、南日本新聞で、被告会社と代表者に対し損害賠償を命じる判決が出たことを知り、一二月二六日、原告代理人に相談して、被告会社に対し、取引をやめる旨の内容証明郵便を出した。

二  被告会社の従業員の勧誘等の一連の行為が不法行為に該当するか。

1  無差別電話勧誘について

全国商品取引所連合会の「受託業務に関する協定」では、「面識のない不特定多数の者に対し、早朝、深夜等相手方の迷惑を顧みることなく、電話等により」勧誘を行うことを禁止している(当事者間に争いがない。)が、これは被勧誘者の日常生活の平穏が害されることを防ぐだけでなく、商品先物取引をするのにふさわしくない者が引き込まれることを防止することをも目的としていると解される。

前記認定事実によれば、Bは、教職員名簿から原告の名前を見いだし、原告の勤務先に昼間一回だけ電話して勧誘したというのであるから、社会通念上、原告の迷惑となるような執拗な電話による勧誘であったとはいえないし、原告は、商品先物取引や株式取引の経験はないものの、その年齢、学歴、職歴からみて、およそ商品先物取引に参入する適格性がないとして取引から排除しなければならない者に当たるとはいい難いから、右電話による勧誘行為を、不法行為の違法性を基礎づける無差別なものとまでいうことはできない。

2  投機性等の説明の欠如、断定的判断の提供、利益保証について

(一) 全国商品取引所連合会の定める「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」(以下「取引所指示事項」という。)は、商品先物取引の有する投機的本質を説明しない勧誘を不適正な勧誘行為とし、日本商品取引員協会の定める「受託業務に関する規則」は、取引の仕組み及びその投機的本質について、顧客に十分な説明をしないで勧誘することを禁止している(甲一六)。商品取引員は、一般消費者に対して商品先物取引の委託を勧誘するに当たっては、取引の仕組みやその危険性、取引委託の方法等について、その者が的確に理解することができるように、職業、年齢、商品先物取引に関する知識・経験等に基づく理解力に対応した説明を行い、自主的な判断に基づいて商品先物取引に参入し、取引を委託するか否かを決することができるように配慮すべき義務を負うものというべきであるが、前記認定事実によれば、原告は、Cから、資料を示されて商品先物取引について一応の説明を受け、商品先物取引は投機行為なので損をすることもあることを理解したものと認められるから、投機性等の説明が欠如していたとみることは困難である。

(二) 商品取引法九四条一号は、断定的判断の提供を禁止しているが、これは、商品市場における相場の確実な予測は本質的に不可能なものであって、商品取引員が顧客に対して提供する先物取引に関わる利益やリスクについての情報や判断も、本質的に不確実な要素を含んだ将来の見通しの域を出ないものではあるが、商品取引の経験や知識に乏しい顧客の場合、専門家である商品取引員が、先物取引について利益が生じることが確実であるといったような断定的な判断を提供して取引の勧誘を行うと、それが十分な根拠を持つものと軽信し、冷静に自主的な判断をすることなく、その勧誘に応じてしまうおそれが強いことから、委託者保護のために定められた規定であり、この規定に違反して、断定的判断を提供し、商品先物取引の委託の勧誘を行うことは不法行為を構成するものというべきである。

これを本件についてみると、前記認定のとおり、Cは、原告に対し、新聞等の資料を示して、とうもろこしは確実に値上がりする、初めての人だけに儲かる確実な情報を提供しているなどと述べて、とうもろこしの先物取引を勧誘したのであり、断定的判断を提供して先物取引の委託の勧誘を行ったものとみるべきである。そして、原告は、右勧誘に応じて先物取引を委託するに至ったのであるから、Cの右勧誘行為は、不法行為を構成するものといわざるを得ない。

3  建玉制限について

「受託業務に関する協定」では、「顧客の資産状況や先物取引等の経験等に照らし、明らかに不相応と思われる過度な売買取引が行われることのないよう、適切な顧客管理を行うこと」を定め、「受託業務に関する規則」にも同趣旨の規定があり、これを受けて、被告会社でも受託業務管理規則を定め、新規受託者の保護育成措置をとっている(当事者間に争いがない。)。

被告会社は、原告が商品先物取引を始めた平成七年七月二一日の五日後には四〇枚の、一か月余り後の八月三〇日には一二〇枚の取引をさせているが、原告の資産調査は行われておらず、社内の審査は決まり文句を記載した定型的なものであること、原告は、とうもろこしの値動き等について毎日ファックス送信を受けていたとはいっても、自分なりの相場観に基づく判断力を有するには至っておらず、被告会社もこのことを認識し又は容易に認識し得べきであったことなどからすると、被告会社が、原告の資金力、理解力、判断力等を勘案して超過建玉が相当か否か適正に審査した上で原告に超過建玉をさせたとは認め難く、C、D及びEの行為は、新規委託者に対する保護育成の観点を欠いた違法な行為であるというべきである。

4  両建について

両建とは、委託者の予想に反して相場が変動し損失が生じた場合に、委託者が選択する一つの方法であり、両建の仕切りによって結果的に利益が出る場合もあるから、両建そのものが直ちに違法であるとはいえない。しかしながら、両建は、反対建玉をすることになるから委託証拠金が必要となるほか、最終的に双方の建玉を仕切った場合の手数料が倍額必要となること、無意味な同時両建を行い、利の乗った建玉のみを仕切り、損勘定となった建玉を放置し(因果玉)、短期間に再び反対建玉(両建玉)を建てるなどして、委託者の損勘定に対する感覚を誤らせることになりがちであり、いったん仕切って新たに建玉した場合よりも、仕切りのタイミングに関して難しい判断が必要となることなどにかんがみ、「不適切な両建」を勧めることはしないよう「取引所指示事項」で規制されている(甲一六)。したがって、商品取引員が、両建の右のような意味を十分理解していない者に対して、既存の建玉を仕切らずに両建をするように勧誘することは、危険性を告げないまま取引をさせる場合と同視することができ、違法と評価される。

前記認定事実によれば、Cは、取引開始から約一〇日後のわずかな値下がりしかない時点で、原告に対し、両建の意味を十分説明せずに両建をするよう勧誘し、原告は、両建の右のような経済的意味や仕切りの困難性について理解しないまま、Cの勧めに従って両建をし、その後かなりの回数の両建をさせられており、本件の両建の勧誘は不適切な勧誘として違法なものであるといわざるを得ない。

5  無意味な反覆売買について

「取引所指示事項」では、短期間の頻繁な売買取引を禁止しているが(当事者間に争いがない。)、被告会社は、平成七年九月に一五回、一〇月に二五回、一一月に一九回もの取引を原告にさせており、その内容も、八月二四日に買玉四五枚を仕切っておきながら、翌日はまた四五枚買建玉をしたり、日計り取引をしたりしたことは、前記認定のとおりであり、八月三一日に委託証拠金を預託したのを最後にこれ以上資金がないという原告から、手数料を稼ぐための手段として、C及びEが行ったものとみるべきであり、違法であるといわざるを得ない。

6  無断又は一任売買について

商品取引法九四条三号、同法施行規則三二条は、商品取引員が、数量、対価の額、約定価格等についての顧客の指示を受けないで先物取引の委託を受けることを禁止し(一任売買の禁止)、同法九四条四号、同規則三三条は、顧客の指示を受けないで、顧客の計算によるべきものとして取引をすることを禁止しているが(無断売買の禁止)、平成七年九月六日以降にされた取引については、ほとんど原告に連絡がなかったこと、原告が出張等で不在のときにも取引がされていること、八月に比べて格段に取引回数が増えていることなどに照らし、CとEの一存でされたものとみるのが相当であり、委託者の指示を受けずに無断で取引をしたものとして違法であるというべきである。

7  無敷・薄敷について

受託契約準則九条二項は、委託証拠金は取引の委託をするときに預託しなければならず、商品取引員が必要と決めた者でも取引成立日の翌営業日正午までに預託しなければならないと定めているにもかかわらず、被告会社は、平成七年八月一日及び八月八日の各取引について、委託証拠金の預託がないのに原告に取引をさせたことは前記認定のとおりであるが、委託証拠金制度は、商品取引員が委託者に対して取得する委託契約上の債権を担保するためのものであり、委託証拠金を徴収することなく行った取引が直ちに委託者との関係において違法との評価を受けるものではないというべきであり、したがって、この点につき違法はないといわざるを得ない。

8  以上によれば、被告会社の従業員であるC、E及びDが、相協力して原告に対して本件取引を勧誘し、取引を拡大、継続して、原告に委託証拠金として計八九四万円を出捐させて損害を被らせた行為は、全体として不法行為を構成する違法な行為というべきであり、被告会社は、その使用者として、原告に対する損害賠償責任を免れない。

9  また、証拠(甲一ないし八、一五、調査嘱託の結果)及び弁論の全趣旨によれば、被告会社は、会社ぐるみで、長年違法な勧誘行為等を繰り返していることが認められ、被告Y1は、取締役として、原告に対する損害賠償責任を免れないものといわなければならない。

三  過失相殺について

商品先物取引が極めて投機性の高い危険な取引であることは公知の事実であるにもかかわらず、原告は、被告会社の従業員のセールストークを安易に信用して、利欲目的で取引を開始したこと、原告は、商品先物取引の経験を有しないが、大学卒業後教職に就き、本件取引の当時は教頭職にあったもので、先物取引の投機性については一応の説明を受け、「商品先物取引委託のガイド」等を渡されていたのであるから、原告においてこれらを熟読すれば、商品先物取引の仕組みやその危険性、取引委託の方法、追証拠金を含めた委託証拠金の内容、取引の決済方法等について的確な理解を形成し得たものと窺われるにもかかわらず、これらを熟読して理解しようと努めなかったこと、被告会社から、とうもろこしの値動きについてファックス送信を受けたり、被告会社の従業員と度々電話連絡を取り合うなど、その理解度はともかく、少なくとも平成七年八月までの取引は、自分なりの一応の判断に基づく取引行為としての一面があることは否定し難いことなど諸般の事情を総合考慮すると、原告の前記損害については三割の過失相殺を行うのが相当であるから、被告らが賠償すべき損害額は六二五万八〇〇〇円となる。

四  弁護士費用は、本件事案の内容、認容額等にかんがみ、六二万円をもって相当因果関係のある損害と認める。

第四結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自六八七万八〇〇〇円及びこれに対する不法行為の日の後である平成七年一一月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却する。

(裁判官 鈴木順子)

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