鹿児島地方裁判所 平成9年(ワ)836号 判決 2001年2月26日
大阪市<以下省略>
本訴原告(反訴被告、以下、原告という。)
岡安商事株式会社
右代表者代表取締役
A
右代理人支配人
B
鹿児島市<以下省略>
本訴被告(反訴原告、以下、被告という。)
Y
右訴訟代理人弁護士
森雅美
主文
一 被告は、原告に対し、金三九二八万三一〇四円及びこれに対する平成九年一〇月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告は、被告に対し、金四四一九万一八五五円及びこれに対する平成九年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
五 この判決は、一、二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の請求
一 原告
主文一項と同旨
二 被告
原告は、被告に対し、金八八三八万三七一一円及びこれに対する平成九年二月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二当事者の主張
(本訴)
一 請求原因
1 原告は、東京穀物商品取引所、関西商品取引所(旧称・関西農産商品取引所)等の商品取引所に所属する商品取引員であり、被告は、不動産業を営む者である。
2 被告は、平成八年七月五日、原告(鹿児島支店)に委託して、右各商品取引所の商品市場における取引を各取引所の定める受託契約準則に従って行う旨の契約を、原告との間に締結した。
3 被告は、右契約に基づき、原告に委託して、
① 平成八年七月九日から同九年二月二四日までの間、東京穀物商品取引所に上場されている「東京米国産大豆」の売買取引、
② 平成八年七月一八日から同八年八月一九日までの間、関西商品取引所に上場されている「関西輸入大豆」の売買取引
をそれぞれ行い、平成九年二月二四日、右取引(以下、本件取引という。)は終了した。
4 原、被告間で、右取引中、順次損益を清算したが、取引終了時点で、
① 原告が被告に返還義務のある預り証拠金は、金一億〇四一九万一九四五円であり、
② 被告が原告に支払義務のある損金は一億四三四七万五〇四九円となった。
右預り証拠金と損金とを相殺した結果、被告には、金三九二八万三一〇四円の差損金支払義務がある。
5 よって、原告は、被告に対し、右差損金三九二八万三一〇四円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成九年一〇月四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1は認め、同4は否認する。
三 抗弁(信義則違反)
1 被告は、原告担当社員C(以下、Cという。)の勧めに従い、本件取引を行ったが、同人の勧誘行為は、以下のとおり、数々の注意義務に反し、被告の利益への考慮なく、もっぱら原告の手数料稼ぎのみを目的とし、社会的に是認される程度を著しく超えた違法行為であり、全体として強度の違法性を有する。
(一) 本件取引への勧誘の状況
平成八年七月初め頃、原告の社員D(以下「D」という。)から、被告に対し、先物取引の話を聞いてみないかと電話があった。Dは「話だけでも聞いてください」といい、二、三日して被告の事務所を訪れた。Dは値段の上下が書いてあるグラフを示し、「中国で大豆が不作で、世界的に大豆が不足している。中国が大豆の買付に走るから上がるのは目に見えている。絶対に上がるから、必ず儲かるから」などとさかんにいった。
被告は当初、そのような話は気にとめていなかったが、Dがさかんに取引を勧めるうちに、Dが徳之島出身ということが分かり、被告も奄美大島出身であることから、急にDに親近感を覚えた。しかも、グラフを色々と示し、中国の具体的な話を交えて、断定的な語り口で話すDに、被告は少しくらいのお金であればいいかという気持ちになっていった。
翌日、Dは上司だというCを連れて被告の事務所を訪れた。二人は被告に対し、「今から大豆は上がるから絶対に儲かる」と勧め、被告は親近感を持っていたDに対し、上司まで連れてきたのに断ると悪いような気持もあり、「一〇枚だけやってみよう」といった。すると、Cは「二〇枚からでないと始められない」といい出し、それに押し切られるかたちで、被告は一四〇万円を用立てることにした。
Cは、「商品先物取引委託のガイド」(甲九、一〇、以下、委託のガイドという。)を示して、被告に先物取引の危険性や証拠金などについて説明したというが、読んでいて下さいといった程度のことで、話はもっぱら値段がどうだこうだということばかりであった。
平成八年七月九日、Dが被告事務所に来たので、被告は証拠金として一四〇万円を預けた。被告はDが帰った後、原告会社に電話をかけ、Dに「Cさんは信用できる人ですか」と尋ねたところ、Dは「Cさんはプロだから、Cさんに任せたら大丈夫です」と答えた。被告はそれを聞いてCを信用する気持になった。
(二) 本件取引の状況
被告名義の本件取引経過は、別紙2の「取引経過表」のとおりである。(ただし、後記「特定売買」に関する記入部分を除く。)
これを具体的にみると、以下のとおりである。
(1) 平成八年七月の取引状況
同年七月九日、被告は、Cの勧めに従って米国産大豆を二〇枚買建てた(別紙2取引経過表の建玉番号1。以下建玉番号につき、単に算用数字で記載する)。七月一二日に、Cから利益が出たので九日の買建玉を仕切ったと連絡が入った。しかも一〇〇万くらいの利益が出たので二〇枚を買建に入れたといった(3)。被告は、玉を建てたらしばらくはそのまま様子を見るものと思っていたため、意外に思った。しかし、被告にはそうですかというほかなかった。これはいわゆる「無断売買」(もしくは「建玉の事後承諾」)に当たる。
同日午後、Cは、売建玉を一〇枚入れたといってきた(2)。被告は、Cに対し「売るのがあるんですか」と尋ねた。被告には、物は買って売るものであって、売ってから買うという感覚がよく分からなかった。
この売建玉は、3との関係では両建となっているが、これは前場2節で建てた玉(3)が未だ損失も生じていない段階のもの(利益両建)であり、いわゆる両建の効用さえなく、手数料のみ増える無意味なものである。Cは当初から被告が全く先物取引の知識のない、性格が温厚な人物と見切って、勝手気ままな取引を強行したものである。
七月一六日、Cは、買玉三〇枚を建てようといってきた(4)。被告は追証拠金の請求をされ、いわれるままに夕方頃二〇〇万円を渡した。なお、実際は4を建てるための本証拠金として必要なものであったが、被告は、当初からほとんど証拠金について追証の請求しかされた記憶がない。しかし、その直後から絶対上がるといっていたCの予測に反して、相場は逆転し、一二日、一六日の買い二〇枚、三〇枚合計五〇枚が大きな含み損を抱えることとなった。
七月一八日には関西大豆の二〇枚の売建玉を勧められ、一四〇万の追証拠金の請求をされ、入金したが、翌一九日にこれを仕切った。
Cの勧めに従い、二二日に売り、買いにそれぞれ五〇枚を建てた(5、6)。勧めに従ったというより、Cが自分の判断で建て、被告はただそれに肯くほかなかったというほうが適切である。
この6の建玉は、3、4との関係では両建となっている。その上、5と6も両建となっている。このとき、被告は追証がかからないための建玉といわれて勧められた。すなわち両建の勧誘である。しかし、百歩譲って6が3、4との関係で一応意味のある両建と仮定しても、5を建玉する意味は全くない。5、6、は建てた場節も一緒であり、全く意味がないだけでなく、被告には害でしかない。なぜなら、これによって両建の目的である損を固定する機能さえなくなるからである。その上、手数料は追加され、仕切りの時期の見切りが二重にも三重にも困難になるからである。
原告は、翌二三日に5を仕切って利益を出しているではないかというが、その時点で6は全く同じ含み損を持っているのであるから、利益の意味がなく、手数料分だけ被告は損をしているというべきである。
Cは、被告にとって全く意味のない建玉を勧め、被告がこれに従ったということは、被告には先物取引に関する知識が全くなかったことを示し、Cはそのことを熟知していたということになる。すなわち、被告は、Cのいうがままの状態であり、先物取引の知識・経験がある者とはいい難いことが明白である。
この日、被告は追証が必要といわれ、これまで入れたお金が消えてしまうことを恐れ、Cにいわれるままに八〇〇万円を用意した。
原告の資料によれば、七月二二日五〇〇万円の入金となっているが、被告がCにこの日渡した金額は八〇〇万円である。原告の資料によれば、七月三一日に三〇〇万円入金したようになっているが、被告はこの日は入金していない。また、被告がCに金を渡したのは七月二二日夕方であり、Cは証拠金不足のままその日の一〇〇枚という玉を建てたことになる(5、6)。
二三日に、買建玉一〇枚(7)、二四日に買建玉二〇枚(8)、二五日に買建玉四〇枚を建て(9)、二三日に5の建玉を、二五日に6の建玉を仕切り、二九日、三〇日にはその日のうちに建てた玉を仕切っている。三一日には一二五枚の売建玉がなされている(17)。これらはほとんどCが独断でしたことで、被告はただCがいうことをそうですかと聞いていただけであった。
残高照合通知書(甲一五の一)によれば、七月三〇日、もし被告がこの日全てを仕切っていたとすれば、返還される金額は八七〇万円であり、一〇〇万円の損が発生しているだけということになる。しかし、実際の金額を把握できない被告は、ほとんどの玉が損を含んでおり、追証がかかっているという認識をしており、このとき既に大変な損をしているという認識であった。
被告には、原告の送付書類を正確に読んで理解する知識などなかったのである。また追証がかかっているか否かも、その日の終値を正確に掴んで、建玉数と乗ずることによって把握できるもので、被告がよく知るところではない。売買報告書も、取引日から数日して委託者のもとに送付されるものであり、顧客は大体の建玉枚数を理解していても、その建玉の正確な枚数、値段は分からず、ほとんど担当者の電話での口頭の話に頼っているのが常である。
(2) 平成八年八月の取引状況
七月二九日に一旦両建の状態が解除されたが、七月三一日から被告の建玉は常時両建の状況にあり、被告は、どういう方策を立てるべきかますます分からず、建て落ちは全てCの判断でなされた。
被告は、深刻な不安の中にあり、Cが被告への連絡なし(事後連絡を含めて)に建て落ちをなすことは余りなかったものの、被告としては、Cに全く依存する状況にあった。
八月五日前場二節に、18の売建玉の残二五枚を仕切り、同時に五〇枚買建玉をした。後場一節で17の売建玉の残七五枚、16の買建玉残一〇枚を仕切った。同時に七五枚の売建玉をしている。これもCの勧めどおりの建玉である。また、それを六日、八日に仕切っている。しかも、この五日の売、買玉はまたしても両建である。両建は、タイミングを見て処分するということが大前提であるが、利益を出しながら仕切ることは至難の業である。まして多数の建玉が常時両建の状態にあればそれはなお困難なことになる。被告は手数料の負担を負いながら、ますます困難な状態に追いやられたといって過言ではない。17の仕切り、20の建玉は無意味な取引であり、Cのいいなりに手数料稼ぎをされていたといわざるを得ない。
原告は、八月五日に追証拠金四〇〇万円を請求すると、被告が明日取りにくるようにいったと簡単にいうが、被告は、ただ、それまでの損を取り返し、なんとかつぎ込んだお金を取り返したいという一心であった。しかも、これは実質は本証拠金の積み増しにすぎず、被告は、追証を支払わなければそれまで投入した資金を失ってしまうという強迫観念のなかで、次から次に建玉を増加させられていったものである。
八月六日前場二節で一二〇枚の売建玉をし、その前場三節で前日建てた17の売建玉七五枚を仕切り、かつ後場一節で一一〇枚の売建玉をしている。しかし、何故に七五枚の仕切りをここでしなければならないのか理解しがたい。しかもこれは手数料不抜けの仕切りである。この無意味な取引のため、被告は四九万五〇〇〇円の手数料の支払を余儀なくされている。被告に先物取引の知識がなく、それゆえCの思うがままに操られていることの証左でしかない。
八月八日前場三節で19の買建玉を、手数料不抜けで仕切り、後場二節で21の売建玉を六四万八〇〇〇円の損を出して仕切っている。前者の仕切りは、通常であれば相場が逆転しているような場合(この場合、下げ)が想定されるが、すぐに売建玉を仕切って損をしているのであるから、不合理で全く説明がつかない。Cの、被告の利益など考えない手数料稼ぎとしかいいようのない取引の勧誘である。
八月九日前場二節で売建玉三〇枚(24)、後場一節で買建玉三〇枚(25)、後場二節で売建玉三〇枚(26)、買建玉一〇枚(27)、そして前場二節で建てた三〇枚をその日の後場二節で仕切っている(24)。25は、両建のつもりで建てたとしても25と26を同時に建てることは意味がなく、両建の効用もない。ただ手数料がかさみ、仕切りの見極めがより困難になるだけである。実際、一二日に双方とも仕切っており、26は損切りで、25は不抜けである。
八月一二日、一三日に直しの取引が続き(28、29、30)、八月一四日は三〇枚の買建玉をし、そのうち二〇枚を仕切っている(日計り)。しかも手数料不抜けで仕切っている。
以後、売建、買建を繰り返し、八月二六日にはそれまで全て六月限であったのに、八月限の建玉をした(41)。
八月二六日、三〇日にそれまで含み損を抱えて、いわゆる因果玉の放置の状態になっていた7、8の買建玉を仕切った。しかし、この時点での値洗損は一三四九万七〇〇〇円であった。
(3) 平成八年九月ないし一二月の取引状況
九月五日前場二節で五〇枚の買建玉(43)、五〇枚の売建玉(44)をしている。これは42との関係ではそれぞれ途転、直しの関係にあり、かつ両建の関係にある。43が従前の建玉との関係で両建の効用があるとしても、44を建てたのでは損失を固定する両建の意味もなく、全く無意味な建玉であり、被告はまた困難な建玉を抱え込む反面、原告は三三万円もの手数料が見込めることになるのである。
なか、異限月間においても、同一の商品である限り値動きはほとんど同一であり、両建の弊害は同一限月の場合と全く同様である。
九月六日には43を仕切って買直しをし(45)、かつその日のうちに仕切っている(日計り)。手数料を含めて一三三万七六〇二円もの損失が発生している。
この頃、値段は上下しており、プロでも値段が読みきれないはずであり、五日、六日の建玉は損益など眼中にないといった建玉の仕方である。かかる取引を被告が望んだとすれば、プロたるCとしては被告の望む取引が決して理にかなったものでなく、この時点では相場を静観するのが妥当であることを充分説明すべきである。
九月六日に追証といわれ、被告は一〇日に五〇〇万入金している。しかし追証といわれ、入金しても、そのほとんどは新たに建玉することに使われ、建玉はCの意図どおりどんどん増えていく一方であった。
九月一一日には前日建てた買建玉五〇枚を仕切って(46)、八〇枚の買建玉を入れている(47、直し)が、これもまた合理的な意味がない。
九月一七日前場二節で22のうち五〇枚を仕切り、前場三節で44五〇枚を仕切り、かつ五〇枚の買建玉をしている(48)。その後後場二節で六〇枚の売建玉をしている(49)。この日の一連の取引も全く合理的説明がつかず、Cが手数料を稼いでいるとしかいいようがない。
九月二〇日の二〇枚の買建玉、売建玉も、被告には全くメリットがない。これも両建の効用さえ認められない建玉である。Cは、この頃、ポジションが心配で、バランスを取るよう勧めたといい、常時両建を積極的に勧めたことを自認している。
以後、一〇月七日までの取引は、直し、途転の繰り返しであり、この間に原告は多額の手数料を手にした。
一〇月八日に二〇〇枚の売建玉をした(59)。これは両建であるが、これもCのいう「バランスをとるために必要だ」ということになろう。そのバランスというものの実態は、関西輸入大豆の四枚という建玉まで使って、売建、買建の数をそろえている(八月六日分)のを始めとして、常時ほぼ同数の建玉になるよう誘導していっているのである。
一〇月八日後場二節に59を仕切って、同じく二〇〇枚の売建玉(60)、五〇枚の買建玉を入れている(61)。これもCが手数料稼ぎをしたという理由でしか説明のしようがない。Cはそれまでは、かかる操作を同一日ながら一応、場節を変えて行っていた。しかるに本建玉では全て同一場節で実行している。大胆というほかない。
一〇月一四日後場一節で、売建玉、買建玉にそれぞれ二五〇枚建てている(62、63)。その証拠金は三五〇〇万円である。同じ枚数を全く同時に建てており、両建でさえもない。これにより、一六五万円という手数料が原告に入るのである。その上、これは売り注文を出したが買い注文がなく、一旦売りは中止した後、売建注文に対応するよう、自分自身の買い注文をすることにして、売りと買いを建てたのである。結果的にこの建玉は、それぞれ数度にわたって仕切られ、62は一〇六五万五三九三円の損、63は二六〇万八五五円の益を出している。両建の仕切りの難しさを如実に表している。
一〇月一五日から一二月末まで、売建玉、買建玉が交互に頻繁に建てられ、途転になる建玉が多く続く。(64ないし89)これもCの判断でやったことにほかならず、手数料稼ぎに奔走したことが明らかである。
一〇月一日から一三日までは、時々買建玉のみの日もあるが、一四日から以後、ずっと両建の状態で、かつその建玉は、一四日を境に一挙に増加している。
短期間での建て落ちによる一〇月一五日から一二月末までの収支は、差益金四七四万五三四九円である。しかし、この間、原告は、一一九七万円もの手数料を稼いでいる。
しかも、常時両建の状況にあって、多額の洗値損約四一〇〇万円(一二月二七日分)を含んだ建玉が多数放置されたままになっている。いわゆる因果玉の放置といわれるものであり、客殺しの典型というほかない。
一一月一五日の取引につき、Cは自分が取次いでいないことを認め、そのとき、被告が強い口調で、「Cがいないと取引できないのか」といったとのことであり、このことを評して、被告が、「常に大きな相場を張りたがる」という。しかし、被告は、右取引が唯一自らの判断で指示した取引といい、しかも、できるだけ建玉を少なくしたいという思いでしたものであり、現に建玉は減少している。
(4) 平成九年一月以降の取引状況
平成九年一月からの取引は、三〇枚から一〇〇枚の建玉が直しの連続で建て落ちされている。
一月九日から二月二四日までの建て落ちの頻繁な取引により、原告が得た手数料は七七八万二〇〇〇円で、被告は四〇五万七八二〇円の損失を被っている。
一月二〇日頃から、ほとんど五〇〇〇万円を越える追証拠金がかかり、預り証拠金不足は多額であったが、それでもCは取引を継続させていた。
この間、被告は追証を請求されてはいたが、それ程強い請求ではなかった。二月三日に五〇〇万円、同月一七日に一五〇〇万円を入金したが、必要な証拠金額はそのような金額ではとても充たせない金額であった。Cは、一八日にさらに追証不足をいったが、それでも強く請求はしなかった。それは、被告が前日一五〇〇万円という大金を会社の資金を流用して入金したばかりであり、Cには、被告がそれ以上お金を作ることができないことは分かっていたからである。このときの洗値損は、「現在の建玉内訳及び証拠金等の状況表」(平成九年二月一八日現在、乙三〇)のとおり、実に一億五九四万二〇〇〇円であり、必要な追証拠金額は八六八〇万円で、証拠金不足は二六〇〇万八〇五五円であった。
平成九年二月一八日現在の残高照合通知書(甲五)の「二月二六日までに不足金を入金します」との被告の記載は、Cの指示でしたものである。Cは、このように書いていれば、二六日までは会社の方はなんとかなるという趣旨のことをいい、「その間に少しでも取り戻せますよ」といい、二月一九日の建玉を勧めた。しかし、Cは二一目頃、「会社は入金を待ってくれない」といってきた。
そして、一方的に二四日、残建玉を全て仕切ったものである。
原告は、売建玉のある六月限が値上がりし、買建玉がある一二月限が値下がりしてしまう珍しい現象のために被告が大きな損害を被ったように主張するが、それは全く見当違いである。被告の損害は、一一月六日(72)、同月二六日(81)、一二月六日(86、87)、同月九日(88)に建てた六月限の売建玉が因果玉として放置され、そのために発生した損失である。右建玉の損失約一億三五〇〇万円に比すれば、一二月限の買建玉による損失約八三〇万円はないに等しいものである。
(三) 先物取引に関する法規制
商品先物取引とは、売買の当事者が、商品取引所が定める基準及び方法に従い将来の一定の時期において、当該売買の目的物となっている商品及びその対価を現に授受するように制約される取引であって、現に当該商品の転売または買戻しをしたときは、差金の授受によって決済することができるものをいう、と定義されるが、その実質は、将来への見通しを要とした投機行為である。
将来の価格は、国際的な政治・経済・軍事・気象その他の影響による複雑な需給関係や思惑を反映して絶えず価格が変動している。商品取引をめぐる情報はさまざまのメディアによってもたらされるが、一般人にとってそのような各種の情報を自ら集めることは不可能に近く、仮にいくつかの情報を入手する手段を有していたとしても、その中から価格変動要因を的確に把握し、分析することは、相当に高度な知識と経験が必要であり、決して本来の仕事や家事の片手間にできることではない。
また、先物取引には、売買約定を最終的に決済しなければならない期限が定められており、委託者は、この限月までに否応なく反対売買をせざるを得ない。なぜなら、一般の委託者が大量の現物商品を引取ることは不可能なことだからである。
この取引の最大の特質は、当該商品代金総額の一割程度の委託証拠金により、大量の売買が可能な点にある。このため取引単位当たりではわずかな値動きであっても、代金総額に対しては、大きな損益となって現れてくるのである。また、相場の推移により、損失額が委託証拠金の半額に達すると、もしその建玉を維持しようするなら追加証拠金(追証)を入れなければならず、損を確定したくないという委託者特有の心理が働いて、結果としてますます損失を拡大することにもなりかねない。さらに、いわゆるストップ安等の制度による手仕舞いの注文が執行できず、預託した証拠金以上に損失が大きくなる危険もある。
商品取引の仕組み及び危険性は、高度な専門的知識がなければ、これを理解することは極めて難しく、公設市場における先物取引について、先物取引のシステムを悪用し、さまざまな手口で一般大衆に被害を発生させている業者が存在する。委託者の適格性を無視した取引、過当勧誘による取引、断定的判断の提供、利益保証、投機性等の説明の欠如した取引、業者への一任取引、両建、ころがしによる無意味な取引、手仕舞いの事実上の拒否、顧客を自己の売り・買いに向かわせる向い玉の詐欺的な取引等がそれである。
したがって、商品先物取引においては、委託者保護の必要性が大である。そのために、受託業者には、委託者保護のために高度の注意義務が課せられているのである。
先物取引に関する法規制については、商品取引所法、同施行令、同施行規則のほか、社団法人日本商品取引員協会(以下、日商協という。)、社団法人全国商品取引所連合会(以下、全商連という。)等の定める自主規制がある。
これらの法規制の趣旨は、先物取引の目的である「公正な価格形成」と「リスクヘッジ」を達成するための前提として、「公正な市場取引のルール」を確立するところにある。そして、この「公正な市場取引のルール」の確立のためには、当然「委託者の保護」がなされなければならないことになる。公正な価格は、開かれた市場で合理的意思を有した多数の委託者の自由な意思で形成されるものであり、委託者保護の確立なくして多数の市場参加は望めないからである。
商品取引所法は、もともと当事者により組織、運営される業者の取引ルールを定めるものとして制定された、いわゆる当業者主義に立つ法律であって、多数の一般大衆の参加が予定されておらず、このため委託者の保護は法の目的とはされていなかった。
しかし、昭和三〇年代後半に、専業型商品取引員のなかに積極的に一般大衆を勧誘し、利益獲得を図る者が現れ、これに伴ない委託者の被害が多発した。そのほとんどは先物取引の仕組みや危険性を知らない一般大衆に対し、商品取引員が不当な勧誘を行い、多額の金員を出捐させるというものであった。
この一般委託者の被害状況は、現在においても基本的には全く変わっていないが、右のような被害の多発に対し、昭和四二年及び昭和五〇年に、委託者保護の趣旨で法改正がなされ、平成二年六月、商品取引所法の大幅な改正がなされた。そしてこの法改正と併行して、主務省の指導の下で、日商協等による受託業務についての禁止事項や遵守事項が制定されるに至った。これらの禁止事項は、その経緯からみて、単なる業界内の自主規制と見るべきではなく、法が要請する委託者保護の趣旨をより具体化したものとみるべきであって、「実質的な違法性の判断基準」をなすものと考えるべきである。
(四) 商品取引員が負う高度な注意義務
一般委託者が商品先物市場における先物取引を行うには、自ら同市場に出向いて注文を出すことは認められておらず、必ず商品取引員にこれを委託しなければならない。委託者は、商品取引員との間に先物取引委(受)託契約を締結することが前提となる。この契約関係の法的性質は、民法上の委任契約であって、そのことから当然、商品取引員は、民法六四四条に基づき、一般委託者に対し善良な管理者としての注意義務を負う。
また、商品取引員は、商法上の問屋に該当するので、商法五五二条二項を介して民法六四四条の善管注意義務を負うということもできる。しかも、この委(受)託事務処理のための善管注意義務は、受任(託)者が専門的な知識・経験を基礎として、素人から当該事務の委託を引受けることを営業としている場合、とりわけ当該事務を営業とすることが何らかの形式で公認されている場合には、受(託)任者の注意義務は、当該事務についての周到な専門家を標準とする高い程度となるのみならず、委任(託)者が事務を処理する方法について指示を与えたときは、受任(託)者は一応これに従うべきであるが、その指示の不適当なことを発見したときは、直ちに委任(託)者に通知して指示の変更を求めることまでも必要とする高い程度のものとなる。
したがって、商品取引員たる原告会社は、大臣免許を受けた専門業者として、また委(受)託契約関係上の「高度な善管注意義務」を負う者として、一般委託者である被告に対し、その投資勧誘・業務行為を遂行する過程において、法令・諸規則の遵守はもとより、「取引上の信義則を履践すべき基本的な注意義務」を負っていたというべきである。
(五) 具体的な注意義務違反
(1) 不適格者を勧誘しないようにする注意義務違反
被告は、先に一度先物取引をした経験があるとはいえ、それは本件と同様、ただ担当者に任せきりで、実質上はほぼ半年程度の取引をしたというにすぎず、先物取引の知識はほとんどないというに等しい状況であった。かかる状況の被告に対し、原告担当者は無意味な反復売買に引きずり込み、常時両建の状態で、既に平成八年八月一日ころから常時追証がかかり、その結果、常時委託証拠金が不足する状況で取引を継続させられている。これは明らかに担当者が勧誘する取引に必要な資金を、被告が充分に負担していくことができないと知りながら、取引を継続させたことを示している。従って、被告は少なくとも取引の一定の段階において、もはや適格者とはいえない状態にあった、すなわち不適格者であったのに、担当者は継続して取引に勧誘したという義務違反が存在する。
先物取引の危険性等を考えれば、先物取引に投入してよい資金は、余裕資金の三分の一程度といわれている。先物に勧誘するには知識、経験のみならず、その余裕資金があるか否かも充分調査、聴取りをして、その委託者の程度に応じて勧誘しなければならない。しかるに、原告担当者Cは、「調査もしなかったし、資力について考えもしなかったと」いい、委託者に応じた取引を勧めるという適格性に対する配慮は全く認められない。
(2) 無差別電話勧誘をしないようにする注意義務違反
全商連の「受託業務に関する協定」では、電話の勧誘を禁止しているが、原告社員の勧誘は、顧客の性別・年齢・職業・資産等に関係なく、場所を選ばず、執拗に行われている。
原告の社員Dは、突然被告の仕事場に電話を架け、「大豆先物の話を聞いてみませんか」といって勧誘を行い、仕事場に面会を求めてきた。
(3) 投機性等の具体的な説明をする、利益保証を禁止する、断定的判断提供をしない注意義務違反
原告の社員Dらは、被告を勧誘するに際し、商品先物取引が極めて危険な投機であることの説明をせず、逆に利益が生ずる取引であることを強調し、グラフ表等を示したりして、「世界は大豆は不足している。絶対に上がるから必ず儲かる。私に任せてくれ」などと断定的判断を提供し、担当者を盲信した被告に取引の危険性についての認識を誤らせ、自主的な判断というのにほど遠い状況に追いやったまま取引に引込んでいった。
また、Cは、取引継続中にも、値段につき、絶対に上がるとか、下がるとか断定的判断を提供し続け、多数の建玉取引、常時両建の状況に誘導していったものであり、その違法性は強い。
(4) 新規委託者保護規定に違反するような勧誘をしない注意義務違反
全商連は、その協定において、新規委託者については三か月は原則として二〇枚を超える取引はできない旨規定し、原告もそれに沿って新規委託者を保護するため、三か月の保護育成期間中は、原則として二〇枚以下の建玉でしか取引することができないという社内規則を作っていた。
にもかかわらず、原告は右規則を無視し、被告を右期間中におよそ信じがたい数量の取引に引きずりこんでいる。すなわち、わずか一週間後には五〇枚、二週間後には一〇〇枚を超え、三週間後には二〇〇枚を超える建玉をさせているものである。
この期間は、保護育成期間であり、委託者の資質、資力等を見定めるための期間であるが、原告において委託者たる被告の資質、資力等を慎重に検討した事実は全く認められない。
なお、この場合の新規委託者とは、この保護規定の趣旨(新規委託者は先物の知識がないため習熟期間を設けるとともに、受託者もその期間に委託者の知識の程度をみて適格性を判断する。)からみて、従前に別の会社で形式的取引の経験があったか否かは関係ないと考えるべきである。
(5) 両建の勧誘をしないようにする注意義務違反
両建玉は、既存の建玉について手仕舞いし、仕切り精算する代わりに、この既存玉に対応する同一商品の反対の売買玉を新たに建てることをいう。
両建玉は元の建玉に損失が発生している場合、これを行うと元の建玉の損失が固定されるとともに、新規の反対建玉の手数料の負担がかかる。その上、元の建玉に追証の必要があるのに両建した場合に、最終的な益金を出すためには、元の建玉に追証が必要とならない時期に、値洗益が出ている反対建玉の価格がその相場の天井(買建玉の場合)又は底(売建玉の場合)であることを判断した上で、これを決済する必要があり、このような相場の判断は相場の波が単に上がるか下がるかの通常の相場判断と比較し、かなり困難な予測が求められる。
平成一一年の商品取引所法改正以前の旧受託業務指導基準(全商連発行)において、両建の勧誘は禁止されていた。右改正では、省令四六条一一号において「数量及び期限を同一」にする両建の勧誘を禁止した。しかし、受託等業務規則五条六号は「手仕舞指示したのに、これに従わず、引き続き当該取引を行うことを勧め、又は新たな取引を勧めること」と包括的に手仕舞い拒否・回避行為を禁止しているが、これは従前の「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」(全商連決定事項)(以下、取引所指示事項という。)2の「委託者の手仕舞い指示を即時に履行せず、新たな売買取引(不適切な両建を含む)を勧めることなど、委託者の意思に反する売買取引を勧めること」を禁止するということを継承するものである。
その指示事項は不適切な両建を含むという趣旨であり、同一限月、同一枚数に限定していなかった。このことと、両建勧誘の禁止のそもそもの趣旨、沿革、判例の多くが両建の勧誘を義務違反としていること等を併せて考えるとき、異限月、枚数違いの両建も、少なくとも右受託等業務規則五条六号には違反するといわなければならない。
従って、改正後においても、両建の勧誘の禁止が異限月、枚数違いに及ぶことが変化したわけではない。むしろ、省令によって禁止されたことによって、両建の勧誘の禁止がより上位規範になったと考えるべきである。
以上からすれば、両建を勧誘すること自体、違反なことはいうまでもないが、前述の商品取引員の負う高度の注意義務に照らせば、元の建玉に損失が生じて追証を支払わなければならない顧客から両建玉の委託を受けた商品取引員としては、顧客に対し、両建玉をしてこれを決済すると、元の建玉の損失のほかに反対建玉の手数料も負担しなければならない旨を説明するとともに、両建玉によって最終的な益金を得ることはかなり困難であることを説明する「高度な注意義務」「信義則上の誠実義務」すらあるというべきである。
しかるに、原告担当者Cは、取引の当初から、全く無意味な両建の勧誘、すなわち、まだ損失さえ出ていない状態での両建玉の勧誘をなし、その後も全く無意味な両建玉をバランスをとるとか、追証がかからないとか被告にいいながら建玉をさせていった。
しかも、本件取引の中には、両建のいわゆる損を固定化し、追証を発生させないようにするという効用すらない、ほとんど意味のない、単に手数料を稼ぐためにのみ、Cが勧誘したと考えられる建玉すらある。
Cは、バランスをとるとか、追証がかからないとかいいながら、ほとんど常時両建の状況に被告を追い込んだものである。常時両建の状況は、「現在の建玉内訳及び証拠金等の状況表」(乙三〇)をみても明らかであり、全建玉回数一一〇回のうち、六四回の建玉が両建玉であり、その割合は五八パーセントに及び、違法性、注意義務違反の程度は極めて高い。
(6) 無意味な反復売買(手数料稼ぎだけを目的とした勧誘、いわゆる「ころがし」)の勧誘をしない注意義務違反
(ア) 無意味な反復売買(ころがし)とは、一般に、「短時日の間における頻繁な建て落ちの受託を行い、また既存玉を手仕舞うと同時に、あるいは明らかに手数料稼ぎを目的とすると思われる新規建玉の受託を行うこと」であるとされ、全商連発行の「受託業務指導基準」では、売買に当たっての禁止事項の一つとして、無意味な反復売買につき次のような説明がされている。
① 既存玉を仕切ると同時に新規に売直し、または買直し(同一限月及び異なる限月を含む。)を行っているもの、
② 同一計算区域内において委託手数料巾を考慮していないと思われる建て落ちを繰り返しているもの、
③ 既存建玉を仕切ると同時に新たな反対の建玉(同一限月及び異なる限月を含む。)を繰り返しているもの。
なお、委託者の取引経験、値動き、平均建玉日数、手数料損害金比率等を参酌し、判断する必要がある。
また、取引所指示事項2(1)も、「委託者の十分な理解を得ないで、短期間に頻繁な取引を勧めること」を不適切な取引行為として掲げ、委託者の十分な理解が得られないまま過度の取引を勧めることを禁止しており、具体的には、既存建玉を仕切ると同時に売直し又は買直しを勧めたり、建て落ちを頻繁に繰り返していること等がこれに当たるとされる。
さらに、商品取引所法四条三項において、一任売買が禁止されている立法趣旨は、一任売買は、不当勧誘や委託証拠金の不徴収などと相まって、未経験な委託者が不用意に先物取引に誘い込まれる原因となり、また商品取引員がその裁量権を濫用して過当な数量の取引をし、いわゆる「ころがし」による手数料稼ぎの手段とするおそれがあること、あるいは、一任売買においては、商品取引員がその裁量権を濫用して、自己の勘定による取引を有利にするために顧客の勘定による取引を行い、あるいは委託手数料稼ぎのために顧客の勘定によって過当な数量または頻度の取引をする危険があることに求められている。
すなわち、これは、一任売買禁止という手段を通じて「無意味な反復売買」による手数料稼ぎ行為の禁圧という目的を達成しようとするものにほかならず、前提として、立法者が「無意味な反復売買による手数料稼ぎ行為」の危険性・違法性を承認しているものである。
(イ) この「無意味な反復売買による手数料稼ぎ行為」が違法性を実質的に基礎づけるのは、商品取引員が、委託者との間で支配されているところの信義則に違反する行為であり、委託者との委託信任関係の破壊すなわち委託者の犠牲の下に商品取引員が自己の利益を追求するという背任的な業務遂行行為である点に求められる。
無意味な反復売買が、委託者に対する背任的業務遂行行為として実質的違法性を有することは、無意味な反復売買による客殺し商法の典型的手段とされる、いわゆる「特定売買」の手法自体が持つ、以下のような危険性より明らかである。
① 売直し又は買直し
既存建玉を仕切るとともに、同一日内で新規に売直し又は買直しを行っているもの(異限月を含む。)である。売(買)直しは、同一日に同一商品について仕切りと新規建玉を行う点において全く意味がないものである。すなわち、これは既存の建玉をそのまま維持するのと何ら変わりはなく、徒らに取引回数を増やして業者への手数料がかさむだけ、委託者にとっては有害無益なものである。
② 途転
既存建玉を仕切るとともに、同一日内で新規に反対の建玉を行っているもの(異限月を含む。)である。途転は、仕切玉と反対の玉を同日に建てることから、相場が逆に展開することを予想しているときに行うとされるが、証拠金全額を使ってこれを繰り返していると(本件では多額の証拠金が不足のままで繰り返している。)、一、二回は利益が出ても数回のうちには追証がかかるような結果となり、利益分も含めて元も子もなくなってしまう。他方、業者にとっては頻繁な建玉により多大な手数料が舞い込み、顧客を操作しやすい状況となるものである。
③ 日計り
新規に建玉し、同一日内で新規に反対の建玉を行っているものであるが、これも頻繁な建玉・仕切りという反復取引パターンのひとつであり、合理的理由なき限り、委託者の指示に基づかないでなされた手数料稼ぎ行為の一徴表である。
④ 両建玉
既存建玉に対応させて反対建玉を行っているもの(異限月を含む。)である。
両建は、当然売り買いの双方に証拠金を必要とするし、委託手数料も両建しない場合の倍額必要となるものである。両建は、両建したときに損益金が実質的には確定しているから仕切った場合と同じではあるが、余分の証拠金や手数料を負担させられる点において、委託者にとって明らかに不利な取引である、また、両建をしてしまうと、いずれの注文をも良い条件で仕切ろうとするのであるから、委託者は困難な判断を強いられて身動きができなくなり、商品取引員のいうがままに操縦されてしまうことが多く、逆に商品取引員にとっては、多額の手数料収入を得られる点、委託者との取引が拡大し、委託者を操作しやすくなる点において旨みが大きい。
⑤ 手数料不抜け
売買取引により利益が発生したものの、当該利益が委託手数料より少なく、売買益が手数料で食われて差引損となっているものである。これも委託の趣旨に反する全く不合理な取引であり、一般的に委託者の意思に基かないことが推認されるものとして、無意味な反復売買の重要な指標となるものである。
(ウ) 以上のような損失への危険性の高い「特定売買」の問題性は、農水省が商品先物取引の受託者事故の未然防止、委託者保護の強化等を目的に、平成元年四月一日から、「委託者売買状況チェックシステム」(なお、通産省の「売買状況に関するミニマムモニタリング」も同趣旨、以下、チェックシステムという。)をそれぞれ導入し、右①ないし⑤を「特定売買」として、監督官庁に対し、売買取引状況ならびに特定売買比率等を報告すべしとして、類型的なチェックを行っていることからも明らかである。
右チェックシステムでは、特定売買の比率を全体の二〇パーセント以下に、手数料化率を全体の一〇パーセント程度、売買回転を月間三回以内にとどめるという方向で指導していくものとしている。
右通達等による指導は、商品取引員の受託業務の適正化を直接の目的とするものであり、商品取引員やその営業担当者と顧客間の個々の受託業務を規制するものではないが、その趣旨が顧客の利益を犠牲にした手数料稼ぎを防止し、よって受託業務の適正化を図ることにある以上、右数値の基準が、個々の業務が前述の「高度な注意義務」(忠実義務、信義則上の附随義務)に違反しているか否かを検討するに当たって重要な指標になるというべきである。
(エ) 本件における「特定売買」は、①直しは三八回、②途転は二六回(重複は三一回、以下、同じ)、③日計りは四回(九回)、④両建は二五回(六四回)、⑤手数料不抜けは一回(九回)、合計九四回(一五一回)である。
本件では、全取引回数(数回に分けて建玉を仕切った場合、その仕切り回数をカウントする。)一三八回中、九四回もの取引が「特定売買」に該当し(重複した場合は直し、途転、日計り、両建、不抜けの順位でどれか一つの特定売買としてカウントしている。)、特定売買率は六八・一パーセントにも及んでいる(重複したものも全てカウントすれば一五一回であり、一〇九・四パーセントにもなる。)。なお、建玉回数一一〇回のうち建玉における特定売買(日計り、不抜けを除く。)は、直し三八回、途転二六回、両建二六回、合計九〇回であり、その割合は、実に八一・八パーセントである。そうだとすれば、「特定売買」を全取引中の二〇パーセント以内にするというチェックシステム等の基準からは、本件は異常に高い比率というべきである。
(オ) 委託手数料は、取引を重ねる都度、委託者の損勘定として確実に累積されていくものであるから、受託者たる原告としては、委託手数料の累積増大化に注意を払いながら受託業務を行うべきは当然であるところ、手数料化率が高いということは、原告が被告の手数料負担累積増大化に全く注意を払わなかっただけでなく、かえって手数料稼ぎによる「客殺し」商法をしていたことを推認させるものである。このように全損害に占める手数料の割合は、一連の取引の社会的相当性逸脱の度合いを端的に示すものである。
本件では別紙1「損益計算表」のとおり、損金一億二二四〇万一七一五円に対し、手数料の額が四一二三万六四〇〇円であり、手数料化率は三三・六九パーセントという高率を示している。これは手数料化率を一〇パーセント程度とするチェックシステム等の基準を著しく上回るものであり、原告の「手数料稼ぎによる客殺し」の存在を端的に示すものとして、違法性を客観的に徴表するものである。
(カ) 売買回転率についてみると、平成八年七月九日の建玉から最終の平成九年二月二四日までの二三〇日間に、取引が一三八回なされており(数回に分けて落ちている場合、その落ちの回数を入れる。)、これは一か月あたり平均一八回の取引となる(土・日曜が休みであることを考慮するとほぼ毎日取引をしていたようなものである)。これは売買回転率を一か月平均三回とするチェックシステム等の基準を大幅に上回るものである。
(キ) 全商連発行の「受託業務指導基準」では、「なお、委託者の取引経験、値動き、平均建玉日数、手数料損害金比率等を参酌し、判断する必要がある。」としているところ、本件の各建玉の期間は、建玉日数の短い取引が極めて多数回繰り返されている。その具体的な頻度を明らかにすると次のとおりとなる。
・建玉期間五日以内の取引が五三回(四八・二パーセント)
・建玉期間六日ないし一〇日以内の取引が二一回(一九・一パーセント)
・建玉期間一一日ないし二〇日以内の取引が一二回(一〇・九パーセント)
・建玉期間三〇日以内の取引が九一回(八二・七パーセント)
という建玉状況である。これによれば、全一一〇回(数回にわたって落ちている場合も一回としてカウントする。)の取引中、実に九一回(八二・七パーセント)の取引が一か月以内という短期間で頻繁な建て落ちを繰り返していることを示している。右は一度に建てられた玉が数回にわたり落とされている場合も最長期で処理しており、その場合も分けて考えればもっと高率となる。
(ク) 本件の売買回転率は、一か月当たり平均一八回であり(本件取引回数全一三八回、取引開始から終了までの二三〇日間の取引の頻度)、これ自体が原告の意思に基づかない無意味な反復売買のあったことを端的に示すものである。
これに加えて、前述の「損失への危険の高い取引方法である特定売買」が多数存在するという本件取引の異常性とを勘案するならば、本件取引は、手数料負担の危険性に比してさしたる合理性もなしに「特定売買」を反復し、しかも取引全体において極めて短期間に建て落ちを繰り返しているという、まさに「客殺し」商法以外のなにものでもないというべきである。
(7) 一任売買、無断売買禁止の義務違反
前記の異常ともいい得る無意味な反復売買の存在からみて、原告の行った行為は、一任売買、無断売買としかいいようがない。被告は、平成八年一一月一五日、一度だけ自ら積極的に取引を指示したことがあるが、それ以外は全て無断、一任売買である。仮にそうでないととしても、実質上は、Cの意のままに取り込まれた結果の建玉である。
(8) 過当取引となるような勧誘をしないようにする注意義務違反
前記(6)の「無意味な反復売買」で述べたように、本件取引の建玉回数・建玉枚数・利益金を証拠金へ振り替えるという方法でどんどん枚数を増やすいわゆる「扇形売買」の形態であること、証拠金いっぱいに建玉するいわゆる「満玉」(本件取引の場合、証拠金いっぱいに建玉するというより、証拠金も不足の状態で過剰な建玉を常時しているという異常なものであった。)の形態であること等から、委託者が大きな損害を被るおそれが高いものであり、過当取引の勧誘をなしたと断定できるものである。
(9) 無敷、薄敷の状態で取引をさせないようにする注意義務違反
受託契約準則では、委託証拠金は取引の委託をするときに預託しなければならないが、原告はほぼ常時、預託金不足のまま強引に取引に引き込んでいる。「現在の建玉内訳及び証拠金等の状況表」(乙三〇)によれば、既に平成八年八月から恒常的な預り証拠金不足のまま、継続して取引に引き込んでいたことが明らかである。委託証拠金を預託しないで取引ができるとすれば、一見、委託者にありがたいことのように思えるが、これによって建玉が増大し、危険な状態に置かれ、それだけ損失も拡大するおそれが高く、いずれ精算時には委託証拠金は支払わなければならないのであるから、結局は大きな損害を与えることになる。担当者が委託証拠金不足のまま取引に勧誘するということは、過当取引・ころがしの手法の一つである。また、適格性の原則からいえば、証拠金を支払えない者は資格がない者というべきであり、そもそもそのような委託者は取引不適格者である。
(10) 因果玉の放置等に至るほかないような勧誘をしない注意義務違反
原告がなした平成八年一〇月一四日からの取引は特に異常というほかなく、建玉が全く証拠金残を無視したいわゆる無敷、薄敷の状態の中で行われ、別紙2「取引経過表」建玉番号2、3、47、48の一八〇枚の買建玉に加えて、同年一一月六日から一二月九日にかけての五〇〇枚に及ぶ巨大な売建玉(72、81、86、87、88)は、そのまま巨大な因果玉となって放置されていた。
以上述べてきた原告の従業員らの違法な行為は、原告が被告を食いものにすることによって不当な利益をあげるという目的のために有機的に関連し、全体として一個の違法行為を構成しているものといわざるを得ないし、全体として委託者に対する注意義務を怠った行為であるといわざるをえない。
2 以上のとおり、原告従業員Cらの行為は、全体として強度の違法性を有するから、原告の差損金請求は、信義則上、認められるべきではない。
四 抗弁に対する認否・反論
1 否認。Cの行為は違法性を有しない。
(一) 本件取引への勧誘の状況について
(1) 被告は、平成三年八月九日、東京メディックス株式会社(以下、東京メディックスという。)鹿児島支店に金二二二万円の委託証拠金を預託して同月一二日に東京工業品取引所で金一〇枚の買建てから取引を開始し、その後証拠金を一一一万円、二〇〇万円と追加してゴム、パラジウム、白金の取引も行い、平成五年四月二七日にパラジウム二〇枚の買手仕舞いで手数料、税共で二〇三万九七一〇円の損を出して取引を終え、最終的には四七五万円ほどの損を出している。取引期間は一年八か月にも及んでいる。当然のことながら、その間、被告は、両建をしているし、追証拠金を納めるなどもしており、先物取引に伴う種々の経験をしている。原告が承知している被告の商品先物取引は右会社におけるものだけであるが、本件取引の仕方からみると他でも取引したと考えられる。しかし、右取引のみとしても、その取引回数、期間、金額等からみて、被告は先物取引のベテランである。
(2) Dは、被告が商品先物取引の経験者であることを知って、平成七年八月頃に被告に電話して勧誘したが、被告から「東京メディックスで損をしたから、今はしない」との返事をもらった。しかし、新規委託者の勧誘が仕事であったDは、「いつか取引を始めてもらえるかも知れない」との考えから、毎月二回くらい業界紙や新聞記事を被告に送り続けた。また、その間、Dは、被告に何度も電話したが先物取引の話をすることができなかった。
平成七年二月五日、Dは被告と電話で初めて先物取引につき具体的な話ができた。しかし、Dは、大豆の値動きにつき詳しい話はもちろん、値上がりするともいっておらず、被告の方で資料をみて中国が不作だとか、大量の買付けに出るとか思ったのであり、最初の取引を大豆だといったのも被告であり、Cが関与する前に大豆と決めていたものである。また、Dは自ら出身が徳之島であると被告にはいっていない。
つまり、被告は、Dから送付された資料から輸入大豆の値上りを判断し、輸入大豆の取引を自分で決め、その上で平成八年七月五日、Dと会って約諾書に署名捺印したのである。
DとCは、被告に本件取引を勧誘するに際し、「絶対儲かる」などとはいっていない。証拠金の額についても、Cは「二〇枚から」とはいっていない。被告はDに「一〇〇万ぐらい」といっていた。
Cは、平成八年七月八日、被告に対し、委託のガイド(甲九、一〇)を用いて危険開示、四種類の証拠金、ことに追証拠金等を説明し、その都度右ガイドの説明文にアンダーラインを引いた。また、Cは、被告に輸入大豆の基本的ファンダメンタル、取引方法等も説明したが、被告は、ほとんど知っていることのようであった。
(二) 本件取引の状況
(1) 平成八年七月の取引状況について
Dは、同年七月九日、被告を訪ねて保証金一四〇万円を預かり、被告は、前場二節で米国産大豆二〇枚の買建をした。
それ以降、原告は、被告に対し、朝は外電とゼネックス、昼は前場値段表とコメント、取引終了後は大引の値段表とコメントを欠かさずファックスし、場が立っているときは毎回電話で競リを入れた。これを忘れると被告からは催促があり、原告は直ちに実施した。
その後、輸入大豆の相場は、大幅に値上がりし、被告の予測が的中し、利益となった。
七月一二日、被告は、Cのアドバイスで建玉二〇枚を仕切り、わずか三日間の取引で一〇〇万円を越える利益を出し、三〇枚建玉できるようにした上で、新たに二〇枚の買建をした。後場様子が不明であったため逆に一〇枚の売建とした。被告は、Cが勝手にやった無断売買であると主張するが、そのようなことはあり得ない。また、被告は「売ってから買うという感覚がよく分からなかった。」というが、東京メディックスでもしていることであって分からないはずはない。午後の両建につき、被告は全く無意昧であるというが、その後の推移からみれば売玉は利を出しており、直ちに買玉を仕切るよりは有利であった。
七月一六日、被告は委託証拠金二〇〇万円を預託し、帳尻金と合わせて三〇枚の買建増しをした。ところが、その後、相場は下降した。そこで、被告は、同月一八日、委託証拠金一四〇万円を入れて関西輸入大豆二〇枚の売建てをした。翌一九日、Cの勧めで売建てた一〇枚を仕切って純益で三八万円余をとり、同日、関西輸入大豆二〇枚を仕切って純益で三三万円余の利益を出した上で、同二〇枚の売建てをした。
彼告は、七月一六日、「追証拠金の請求をされ、いわれるがまま夕方頃、二〇〇万円をCに渡した」と主張するが、そのような事実はない。
原告は、被告に対し、七月一七日付残高照合通知書を出し、被告から「相違ない」旨回答書をもらっており(甲一三の1)、無断であるなどということはあり得ない。
七月二二日、相場はさらに下降した。被告は、午前に利の乗っていた関西輸入大豆を仕切った。この日、被告が買建てしている建玉が値下がりしているため、追証拠金を入れる必要があった。そのため、Cは、被告を訪ね協議した。被告は、原告からの状況報告も理解し、自らも新聞記事等に目を通し、相場観をもっていた。同時被告は、買相場と判断しており、既に建てている買い玉の損を難平(ナンピン)で買増しすることで一気に回復しようとしていた。被告は、太っ腹な性格で何事も派手で一発勝負をしたがる人であった。Cは、被告の強気一方の考えに危機感をもち、被告の買い意向自体は被告の判断であり、Cもそれが間違っているとはいえなかったが、新規に五〇枚の買建てすること自体はいいとしても、相場が下降しても対処できるように、同数の売建てをすること(両建)を勧め、被告もCの勧めをもっともなこととこれに同意した。
被告は、両建がいかにも悪徳商法であるかのように主張するが、決してそうではなく、乱高下する等相場の状況によっては極めて有効な取引方法である。もちろん、被告もそれを充分承知していたし、Cも両建を勧めた際、手数料が両方にかかることも説明した。被告は、取引の途中においては、その仕切りにより、益となるか損となるかのみが関心の対象であり、手数料の額はほとんど問題にしていなかった。
被告は、右協議に基づき、追証、委託手数料として、Cに五〇〇万円を預け、Cは、後場二節で五〇枚の建玉をした。
七月二四日、相場はさらに下がったので、被告は、二〇枚の買増しをした。
翌二五日、さらに少し下がったため、被告は、強気にも前場で四〇枚の買増しをした上、後場でCの勧めで両建としていた売玉五〇枚を四七万円近い純益を出して仕切ってしまった。そのため、同日取引終了後は、買玉のみ一二〇枚残った。
右のように、二二日に五〇枚宛両建てした玉は、短期間にいずれも利益を出して手仕舞っており、両建が有効な取引であることが分かる。
七月二六日、被告はCの勧めもあって六〇枚の売建てをした。二九日、右売建玉に利が乗ったので、被告は三六万円余の純益を出して前場二節で仕切り、同時に六〇枚の売建てをし、一〇枚の買建てもした。この日午後になると相場は下げたので、右前場で売建てた六〇枚を後場一節で純益四〇万円余を出して仕切り、同時に三〇枚の売建てをした。ところが、後場二節になるとやや値を上げた。競りをきいていた被告は、本来的に買相場とみていたため、Cに相談することもなく、右三〇枚の売玉を三三万円余の損を出して手仕舞ってしまった。結果は一三〇枚の買玉のみが残った。
七月三〇日相場はやや上がった。被告は、前場でさらに五〇枚の買建てをし、後場で値が上がったので一節でこれを仕切って三九万円余の純益を出し、Cの勧めもあって後場一節で六〇枚の売建をしたが、後場二節でやや下がると競りをききながら四〇枚の買建てをした。このような取引内容をみれば、被告がいかに強引に一発勝負をねらって買方針にもとづいて買建てに走り、担当者のCがそれを押さえるのに苦労していたことがよく分かる。
七月三一日相場は続いて下がった。被告は、Cの勧めで建てた六〇枚の売玉を純益一一七万円余を出して手仕舞い、同時に危険を回避するため一二五枚の売建玉をした。
(2) 平成八年八月の取引状況
八月一日、被告は右売建玉のうち五〇枚を先高とみて仕切り、一七万円ほどの損を計上した。
八月二日、やや高くはなったが、前場二節で五〇枚の売建てをし、後場二節で内二五枚を一一万円余の純益を出して仕切った。
八月五日、立会前にCが被告に外電のシカゴ市場が安いことを報告し、東京も安く始まりそうだと伝えると、被告は、元来買相場と読んでいたため、安く始まった後、値を戻すとの予測で二五枚の売玉を仕切り、新たに五〇枚の買建てを指示し、原告はこれに従った。前場では被告の予測に近かったが、後場では暴落してストップ安となった。競りを聞いていた被告は一〇枚の売りをした。立会終了後、被告は、Cに右一〇枚につき新規売建てとするか、買仕切りにするかの相談をかけた。Cは損切りになるが仕切りがいいと答え、被告はこれに従った。被告は、「今日の買いは失敗した」といった。また、後場一節で、被告は、「後で買玉の損切もしなくてはならないので利益を出したい」といい、被告は、売玉七五枚を仕切って二一二万円余の純益を出した上で新たに七五枚の売建てをした。後場二節では、売玉のうち二〇枚を仕切って損を出した。この日、被告は、多額の損を出し、Cが追証拠金を請求すると、「明日取りに来るように」といった。
八月六日、Dが被告から追証拠金を受取った。立会前、Cが外電が安いことを伝えると、被告は、三〇枚の売建てを注文してきて原告はそれを履行した。前場三節の競りにより、前日の七五枚の売玉にも利が乗りそうであったため、被告は、後場一節でその仕切りを指示した。その後トウモロコシの一部限月がストップ安であることを伝えると、被告は、「また失敗したか」といい、後場立会前、Cの相場感を聞き、成行で一一〇枚の売建てをした。この日、大引値段がさらに安かったため、被告は少し機嫌を良くしていた。
八月七日、外電が高く入って来たため、被告は一転して不機嫌そうにCに来社するよう求めた。Cは、被告と情報、資料をもとに種々協議し、結局被告は二〇枚の売建てをして様子をみることにした。被告は、このように外電や競りをききながら含み損を取り戻そうと売買を繰り返した。被告は、仕事柄大金を動かしている関係からか、注文枚数が大きく、Cの心配をよそに一気に損を回復しようとした。Cは被告と協議しつつ、大きなリスクを負わないように、いつも「余り大きい勝負はしない方がいい」といい続け、八月八日以降九月初めまで相場の値動きも少く、被告も一〇枚、二〇枚の取引しかしなかった。
(3) 平成八年九月ないし一二月の取引状況
九月四日、被告は、前日二〇枚を売り仕切って利を出していたし、この日も値段が下落して始まったので、先安感を持って平成一〇年八月限大豆五〇枚の売建てをした。
翌五日、続落して始まったが、値下げが急すぎたため値を戻すとの判断から被告は五〇枚の買建てをした。この日も被告の予測通り値段は上昇した。
九月六日(金)、Cが立会前に外電などを入れたが、この日も続伸しそうな気配であった。被告は、その相場感の的中から強気になり、前日の買玉を利食って三〇枚買増しすることとし、前場二節に五〇枚を仕切ったうえで、八〇枚を買建てた。ところが、この日は、被告の予想に反して値を下げ、トウモロコシがストップ安を付けたこともあり、後場一節の競りを入れると、被告は、あわてて前場買建てた玉を損切してしまった。その結果一三〇枚の売越しになり、相当の値洗損が出ていた。Cが不足金として三六〇万円ほどの金額を伝えると、被告は、「月曜日か火曜日に五〇〇万円を入れる」といった。
九月一〇日、Cは、被告の事務所を訪ねて五〇〇万円を預かった。米国民間予報会社が大豆の値上り予想を発表したため、被告の売越ポジションは危険であった。Cは、彼告とその点を協議し、被告は、後場一節で五〇枚買建てた。
九月一一日、Cが外電が高いことを伝えると、被告は、危機感を持ち、買玉を増やすよう指示し、前日の買玉五〇枚を仕切って利を出したうえで、八〇枚の買建てをした。ところが、業界紙の予想に反し、一転相場は下げ始めた。
九月一七日、Cが安く寄り付くのではないかとの予測を伝えると、被告は、そろそろ買い場面でないかと買い意向を伝えてきた。Cは、被告の意向に従うこととしたが、徐々に買い進めることを勧めた。被告は、前場で売り玉七〇枚を仕切り、五〇枚の買建てをした。後場も値を上げたが、トウモロコシがストップ安を続けていたため、念のため被告は、後場二節で六〇枚の売建てをした。
九月一八日、朝のうち若干高く始まったものの、節を追う毎に値段が下った。被告は、売り手仕舞いを希望したが、競りがきけないとのことでめずらしく指値した。ところが指値を大きく下まわる値で仕切ることができた。
九月一九日以降も、大豆の六月限相場は下り続け、買越状態の被告の損は益々大きくなった。
九月二四日に至り、被告は、Cの勧めもあって買玉を二〇枚減らし、売玉を八〇枚増やし、バランスを取った。その後も相場は下がったが、右売建てで何とか損を減らすことができた。
九月末頃、相場は八月六日の底値を切ってきた。被告は、罫線を見ながらCに対し「もう買ってもいいのではないか」と買い意向をいってきた。Cは、「買っていただくのは結構だが、さらに下がったときのことを考え、別途に資金を用意しないと、買玉を処分しなくてはならず、大きな損を受けることになる」と注意した。被告は、「用意するしかないな」といった。この時点でも被告は、さらに損をするかも知れないことを全然考えず、それまでの損を一発勝負で取り戻すことばかりを考えていた。
一〇月一日、シカゴ市場急落の報を電話で聞いて、被告は、Cに「いくらなんでももう大丈夫ではないか」といってきた。Cは、「安いところにはあるが、被告がどれだけ下げに耐えられるか(どれだけ資金手当ができるかの意)の問題だ」と答えた。被告は、「もう下がらないと思うので売りを全部仕切ってくれ」と指示してきた。Cは、被告に直接会ってその意思、相場感を確認する必要があると考え、午前一一時頃、集金をかねて被告事務所を訪問した。右資金手当も含め、被告の意向を確認したが、被告の意思は堅いので、売玉全部を仕切ることとした。後場一節の競りを入れ、ストップ安の新安値の中で、被告の指示に従い、一九〇枚の売玉を全部仕切り、八月限り一〇枚の買建てをした。
一〇月二日、被告の相場感が見事的中して大豆相場は上昇した。被告の損失も四〇〇万円以上減った。しかし、シカゴ市場は下落していたため、危険を感じたのか、被告はCが外出中であったため、E支店長に対し、八月限一〇〇枚の売建てを指示した。
一〇月三日、シカゴ市場続落の報を聞いてか、被告は、更に六月限五〇枚の売建てをした。
一〇月四日、被告の懸念通り下落の外電が入り、東京市場も下落して一〇月一日の水準に近づいた。被告は、八月限の一〇〇枚、六月限の五〇枚の各売玉を仕切り、八月限二〇枚の買建てをした。被告の短期の相場展望は比較的的確に当たっていたが、被告の玉尻が買越しのため、損は増加してしまった。
一〇月七日、被告の観測は外れ、相場が下落した。被告は、六月限二〇〇枚の売建てをした。
一〇月八日、午前中はシカゴ高で高く推移し、前日の二〇〇枚売りはあだになり、損が減らなかった。しかし、午後から相場は一転して一気に急落し、右二〇〇枚が効を奏することとなった。被告は、右二〇〇枚を仕切って利益を出し、新たに同枚数を売建て、さらに六月限五〇枚の買建てをした。
一〇月一一日、Cが前場二節の値を報告すると、被告は、この数日の値動きからさらなる下げはないと判断し、成行きで二〇〇枚の売玉の仕切りを指示した。結果は多少の損が出、建玉は六月限二三〇枚、八月限二〇枚の買玉のみとなった。
一〇月一四日、Cは、一二日に被告に米国農務省発表の生産高予報からシカゴ市場は暴落の外電を伝えてあった。この日、Cは、深刻な状況を説明したが、被告は、希望的観測からか比較的楽観視していた。東京市場はパニック状態で、買いは皆無に近く、ストップ安で寄り付き、この日だけで被告の含み損は一〇〇〇万円程になった。被告は競りをききながら売り注文を出したが、買いがなくて成立しなかった。昼の休み時間に、Cは困り果てている被告のもとに急行した。被告は、翌日も安いとみていたので、Cは、同じ動きをするトウモロコシの売建てを提案したが、被告は、「感覚的には解るが、大豆だけで勝負したい」といい、種々話をするうちに決心したように、「明日の安いところを買うよ」といった。しかし、Cは、買増し後さらに下げたとき危険すぎるので買玉の損切り、あるいは売玉を持つことを勧め、帰社後電話で詰論をきくことにした。結局被告は、買建て二五〇枚とともに二五〇枚の売建てをした。
一〇月一五日、シカゴ市場は下落していたのに、東京市場は予想に反して高値で始まった。被告の損は多少減ったが、前日の両建は効を奏しなかった。
一〇月一六日、立会前、Cは、被告の要請で被告事務所を訪ね協議した。その結果、利の乗っている買い玉五〇枚を仕切り、損の出ている売り五玉〇枚をも仕切った。
一〇月一七日、被告は、「利食えるものを落としてくれ」と注文したので、一四日に建てた買い玉五〇枚が仕切られた。その後急騰したため、売越しの状態にある被告の含み損は増大した。
一〇月一八日、被告の求めで訪問したCに対し、被告は、「そろそろ思い切って買っていくべきか」と尋ねた。Cは、「一気に建てず段階を踏んでバランスをとりながら進んではどうか」と答え、一〇〇枚の買建注文をもらった。
その後、大豆の相場はボックス圏に入り、被告の含み損も増えたり減ったりで、被告は毎節競りをききつつ売買をした。
一一月一五日、Cは、E支店長とともに出張するため、シカゴ状況を説明し、指値で一〇月限買玉五〇枚、八月限買玉五〇枚の各仕切りの注文を受けて実行した。ところが、被告は、留守番の担当者に六月限五〇枚の売建てと一〇月限五〇枚の買玉の仕切りとを指示し、少なくない枚数に、「Cがいないが」と担当者がいうと、被告は声を荒げて実行させた。この日、被告は二〇〇枚もの売りをしたのであるが、このようにCの抑止が無ければ被告はどれだけ大勝負をしたか分からない。
一二月中旬に入って、それまでボックス圏にあった大豆相場が上昇しだした。それまで被告が常套手法として用いた逆張り(高ければ売り、安ければ買う)が外れ出した。当時、被告は、大豆の相場は基本的に弱気、つまり下落と読んでいたため、Cの勧めの買玉を仕切り、売り乗せることを常に考え、ねらっていた。
(4) 平成九年一月以降の取引状況
平成九年一月一三日、相場は徐々に上がり、朝からストップ高を演じた。被告は、また、決心したようで、Cに対し、「明日取りあえず一〇〇〇万円入れるから全部売りにしてもいいであろう」といった。最安値をつけた日がストップ安であったため、被告は、この日のストップ高から逆にこの日の値段を最高値と読んだようである。
一月一四日、被告は約束通り一〇〇〇万円を入れ、六月限買玉五〇枚を仕切った。
一月一六日、Cは、被告のことが心配でその事務所を訪ねた。Cは業界紙を見せて「大豆相場が高くなるのではないか」と説明したが、被告はこれに同調せず、「六月限は、二回目の高値に近く、それ以上高くなるとは思えないので絶対買わない、買うとしても一二月限だ」といってCの六月限の買いの勧めに応じず、一二月限二〇〇枚の買建てをした。当時も一二月限は値上がり幅が少なかった。
その後も、六月限の値上がりは止まることを知らないように、同月三〇日まで急上昇を続けた。しかし、六月限の上昇に比べ、一二月限の上昇ははるかに緩慢であった。したがって、折角右二〇〇枚もの買建てをしても効果は薄かった。
なお、被告も、ようやく事情がわかったのか、右の間、同月二二日に八〇枚、二四日に三〇枚、二九日に一三〇枚といずれも六月限を買建て、一〇月限、一二月限の買玉をいずれも処分した。
一月三一日、急上昇していた大豆相場が一転して下落した。特に一二月限がひどくストップ安であった。
二月三日、被告は、右ストップ安から相場が天井を打ったものと確信し、前年七月一六日に買建てた六月限三〇枚を前場二節で相当の損を出して仕切った。相場は被告の読みどおり午後にさらに値下がりし、ストップ安に張り付いた。
二月四日、さらに下落すると読んだ被告は、前場二節にやはり前年七月一二日に買建てた六月限二〇枚を損を出して仕切った。続けて前場三節で被告は、一月二九日に買建てた六月限一三〇枚をも相当の損を出して仕切り、六月限に比べ安値にあった一二月限一〇〇枚を買建て、後場でも一二月限三〇枚を買建てた。被告は、それまでのCの相場感に不信を抱いたのか、自らの信念に基づいてか、売玉は六月限、買玉は一二月限というスタンスを明確にした。
その後、被告は六日、七日、一〇日、一二日と六月限の買玉を利を出して仕切っては一二月限の買玉を建て、一二日時点では六月限売玉四〇〇枚、一二月限買玉三七〇枚、同限売玉二〇枚という状態であった。
他方、大豆相場は被告の読みと違って反転し、同月二日以降上昇を続けた。
二月一三日、相場はさらに上昇を続け、一月三〇日の高値を上回った。被告は、相場状況をきき、買玉処分の意向を示した。被告は、Cの注意に耳を貸さず、前場一節から三節、後場一節の様子をきき、同節で一二月限買玉三七〇枚全部を相当の利を出して仕切ってしまった。この結果、被告の建玉は売玉四二〇枚のみとなった。
その後、二月一四日、一七日と相場は急上昇し、被告の含み損は益々拡大した。この頃、Cが先高感を伝え、売玉を処分するか、買建てをすべきであると電話あるいは直接訪問して再三伝えても、被告は、「いつかは下がるだろう、何とか持ちこたえる」というばかりでCには手の施しようがなかった。
二月一八日、さらに上昇する相場をみて、さすがの被告も二〇〇枚の買建てをした。しかし、六月限でなく一二月限であった。
被告は、取引当初から追証拠金の意味・内容をよく理解し、原告がその請求をすると遅れることなく納入した。しかし、平成九年一月二〇日頃から、被告は、追証拠金をきちっと納入しなくなった。被告は、「金は作るから少し待ってくれ」といい、原告も被告の立場を理解し、納入を待った。二月三日、被告は追証拠金の一部として五〇〇万円を原告に納入した。その折り、被告は、「不足額については二月二〇日頃には納入するので待ってほしい」といったので原告もこれを認めた。同月一八日、被告の含み損は益々増大し、追証拠金も多くなった。その上、右約束の二〇日にも支払えないとのことであったので、Cは、被告に、同日現在の建玉、委託証拠金、不足追証拠金につきそれぞれ確認してもらい、被告が追証拠金を同月二六日までには納入するといったので、残高照合通知書(甲五)にその旨を記載してもらい、署名してもらった。
二月一九日、六月限は、前場一節からストップ高を演じた。被告は、追証拠金の納入も遅れていたため、Cは、訪問して六月限の売玉を仕切るか、買玉を建てるよう勧めた。しかし、被告は、「資金は何とかするから」とCの勧めとは逆に一二月限二〇〇枚の買建てをした。
二月二一日、Cが被告を訪問したところ、被告から、「すまないがお金ができない」といわれ、「銀行では遅すぎるので、被告の土地で原告から金を融通してもらえないか」と頼まれた。Cは、難しいと答え、被告で努力してくれといって別れた。Cは、翌二二日にも訪問したが、被告に会えなかった。
二月二四日、被告は、「不足資金を用意できない」といい出し、原告と協議の上、売玉四二〇枚(内二〇枚が一二月限>、一二月限買玉四〇〇枚を後場一節で仕切ってすべての取引を終了した。
同じ市場でありながら、皮肉なことに、売玉のある六月限相場は値上がりしているのに、買玉のある一二月限相場は逆に値下がりしていた。そのため、被告は売玉でも莫大な損をするとともに、買玉でも損を出した。
被告は、本件取引期間中、ある程度はCのアドバイスを聞き入れるものの、基本的には自己の相場に対する読みに基づいて取引した。いくつかの場面ではCの読みがはずれ、被告の読みが的中した。Cにしても相場がどのように動くかを知ることはできないので、被告の意思を尊重しつつ、相場が逆に動いたときの資金手当てに注意を向け続けた。
原告は、平成八年七月一七日付け、八月九日付け、二三日付け、九月一七日付け、二四日付け、一〇月一日付け、七日付け、一四日付け、三〇日付け、一一月五日付け、一二月一三日付け、平成九年一月二〇日付け、二九日付け、二月三日付けと頻繁に被告から残高照合通知書の確認をもらっており(甲一三の1ないし14)、被告にはその間の取引につき何の異存もなかったのである。
(三) 先物取引に関する法規制について
「商品先物取引とは、売買の当事者が、商品取引所が定める基準及び方法に従い、将来の一定の時期において、当該売買の目的物となっている商品及びその対価を現に授受するように制約される取引であって、現に当該商品の転売または買戻しをしたときは、差金の授受によって決済することができるものをいう、と定義されるが、その実質は、将来への見通しを要とした投機行為である。」との主張は認める。ただし、「投機行為」とある点は争う。
「将来の価格は、国際的な政治・経済・軍事・気象その他の影響による複雑な需給関係や思惑を反映して絶えず価格が変動している。商品取引をめぐる情報はさまざまのメディアによってもたらされるが、一般人にとってそのような各種の情報を自ら集めることは不可能に近く、仮にいくつかの情報を入手する手段を有していたとしても、その中から価格変動要因を的確に把握し、分析することは、相当に高度な知識と経験が必要であり、決して本来の仕事や家事の片手間にできることではない。また、先物取引には、売買約定を最終的に決済しなければならない期限が定められており、委託者は、この限月までに否応なく反対売買をせざるを得ない。なぜなら、一般の委託者が大量の現物商品を引取ることは不可能なことだからである。」との主張は、ほぼ認める。ただし、価格変動要因を的確に把握分析すれば変動を予測できるというわけでもない。
「この取引の最大の特質は、当該商品代金総額の一割程度の委託証拠金により、大量の売買が可能な点にある。このため取引単位当たりではわずかな値動きであっても、代金総額に対しては、大きな損益となって現れてくるのである。また、相場の推移により、損失額が委託証拠金の半額に達すると、もしその建玉を維持しようするなら追加証拠金(追証)を入れなければならず、損を確定したくないという委託者特有の心理が働いて、結果としてますます損失を拡大することにもなりかねない。さらに、いわゆるストップ安等の制度による手仕舞いの注文が執行できず、預託した証拠金以上に損失が大きくなる危険もある。」との主張は、ほぼ認める。
「したがって、商品先物取引においては、委託者保護の必要性が大である。そのために、受託業者には、委託者保護のために高度の注意義務が課せられているのである。先物取引に関する法規制については、商品取引所法、同施行令、同施行規則のほか、社団法人日本商品取引員協会(以下、日商協という。)、社団法人全国商品取引所連合会(以下、全商連という。)等の定める自主規制がある。」との主張は認める。
その余は争う。被告主張の法規制は、あくまで取締規制であって、「実質的な違法性の判断基準」とすべきでない。
(四) 商品取引員が負う高度な注意義務について
商品取引員に注意義務があることは認めるが、単なる注意義務違反から違法となるのではなく、その程度が社会的に是認されている程度を越えているときに違法となるのである。
(五) 具体的な注意義務違反
(1) 不適格者を勧誘しないようにする注意義務違反について
被告の場合、建玉後に生じた値洗損による追証拠金は不足しているが、本来的に預託しなくてはならないとされている委託証拠金の不足はない。余裕資金が必要であることは、被告主張の通りであるが、担当者が預託者の資産を追及することはプライバシーを侵すこととなり、できない。
(2) 無差別電話勧誘をしないようにする注意義務違反について
原告社員Dは、無差別電話勧誘をしていない。
(3) 投機性の具体的な説明をする、利益保証を禁止する、断定的判断提供をしない注意義務違反について
原告社員D、Cは、断定的判断を提供していない。
(4) 新規委託者保護規定に違反するような勧誘をしない注意義務違反について
受託業務管理規則所定の新規委託者保護規定は、「商品先物取引の経験のない新たな委託者」につきその保護をしているのであって、既に経験者である被告はこれに該当せず、保護規定の対象ではない。
(5) 両建の勧誘をしないようにする注意義務違反
両建については、手仕舞い指示を回避しての両建の禁止であり、被告の場合はこれに当たらない。その後の法改正では数量、期限を同一にする場合となり、これにも当たらない。従って、両建を勧誘すること自体違法とはいえない。また、両建が損を固定化する機能しかもっていないとの考えは誤りである。両玉を同時に仕切るのであれば損の固定ともいえようが、同時に仕切らなければならない必要はない。両玉を最もよいチャンスに仕切ればよいのである。
(6) 無意味な反復売買(手数料稼ぎだけを目的とした勧誘、いわゆる「ころがし」)の勧誘をしない注意義務違反について
(ア)は、ほぼ認める。ただし、「売買に当たっての禁止事項の一つとして」ではなく、「原則として次のような取引を禁止する趣旨であり、」当然相場の状況によっては例外として認められるし、取引経験・値動き等も参酌されるのである。
(イ)中、「『無意味な反復売買による手数料稼ぎ行為』が違法性を実質的に基礎づけるのは、商品取引員が、委託者との間で支配されているところの信義則に違反する行為であり、委託者との委託信任関係の破壊すなわち委託者の犠牲の下に商品取引員が自己の利益を追求するという背任的な業務遂行行為である点に求められる。」との主張は認める。
(ウ)中、チェックシステムを導入・指導しようとしていることは認める。
(エ)中、本件における特定売買が、①直しが二八回、②途転が二二回、③日計りが八回、④両建が二五回あり、全取引回数一三八回中、特定売買に該当するのが八八回(特定売買率六三・七六パーセント)であることは認める。
(カ)は認める。
(キ)については、
・建玉期間五日以内の取引が五四回
・建玉期間六日ないし一〇日以内の取引が二二回
・建玉期間一一日ないし二〇日以内の取引が一二回
・建玉期間二一日ないし三〇日以内の取引が六回
・建玉期間三〇日以内の取引が九四回
が正しい。
その余は争う。被告は、無意味な反復売買を勧めたというが、決して無意味な反復売買ではない。取引が終わった後、つまり相場の動きを知った後に個々の取引を批判することはいくらでもできることである。しかし、競りをききながら、時には瞬間に判断しなくてはならないものであることを考えれば、幾多の失敗も避けられない。
特定売買率については、各取引員で売買をする三か月未満の未経験者の取引のうち「特定売買」がどんな比率を示すかにより、その取引員の勧誘内容を知ろうとするもので、被告のような経験者を対象としていない。相場の動きを無視して特定売買率の高低を問題にしても意味がない。
手数科比率については、利益を出し続けていれば手数料が増大しようと客も利益を出していればよい。右比率計算は無意味である。
(7) 一任売買、無断売買禁止の義務違反について
争う。
(8) 過当取引となるような勧誘をしないようにする注意義務違反について
争う。
(9) 無敷、薄敷の状態で取引をさせないようにする注意義務違反について
委託証拠金なし、あるいは不足で建玉をすることは、禁止されている。他方、建玉後、値洗損が出て追証がかかったときは、取引員はそれを請求できるし、入金がないときは建玉を仕切ることができる。しかし、これは取引員の権利であって義務ではなく、請求しないことが禁止されているわけでもない。無敷、薄敷とは委託証拠金がないとき、不足するときに使う言葉であって、追証拠金の不足には使わない。本件においては追証拠金が入らず、入金を待ったことは明らかであるが、委託証拠金が不足したことはない。
(10) 因果玉の放置等に至るほかないような勧誘をしない注意義務違反について
被告は、因果玉を放置したと主張するが、直ちに仕切るか待ち続けるべきかは、その値段、相場の動き、限月の長さ等から委託者が結論を出すことであって、因果玉となったからといって取引員の責任ではない。
2については争う。Cらの行為は違法性を有しない。
(反訴)
五 請求原因
1 (本訴)請求原因1と同じ。
2 (本訴)請求原因2と同じ。
3 (本訴)請求原因3と同じ。
4 本件取引における原告社員の行為は、(本訴)抗弁1のとおり、違法である。
5 したがって、原告社員の行為は、民法七〇九条の不法行為を構成し、原告社員らは、原告の業務の執行について右不法行為を行ったものであるから、原告は、被告に対し、民法七一五条に基づく損害賠償責任を免れない。
また、原告は、本件委託契約の受託者として債務不履行責任を免れない。
6 損害
(一) 委託金 金八一八八万三七一一円
被告は、原告に対し、別紙3「被告入金状況表」のとおり、平成八年七月九日から同九年二月一七日までの間、委託証拠金名下に合計金八一八八万三七一一円を支払った。
(二) 弁護士費用 金六五〇万円
以上合計 金八八三八万三七一一円
7 よって、被告は、原告に対し、民法七一五条または債務不履行に基づき、損害賠償金八八三八万三七一一円及びこれに対する預託金の最終交付日である平成九年二月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
六 請求原因に対する認否
1 請求原因1ないし3は認める。
2 同4に対する認否は、(本訴)抗弁に対する認否・反論1と同じ。
3 同5は否認。
4 同6(一)の支払総額は認める。ただし、平成八年七月二二日の入金額は八〇〇万円であり、同月三一日の入金はなかった。
七 抗弁(過失相殺)
本件は、被告が大きく儲けるべく、Cのアドバイスもきかずに建玉をして大損をしたのであるから被告の責任は明白である。したがって、過失相殺を問題とする余地はないと考えるが、仮に被告の主張が認められるとすれば、被告の過失は極めて大きいものである。
八 抗弁に対する認否・反論
本件は、原告会社社員が、被告の先物に対する知識・経験の不足に乗じ、被告の利益を一考だにせず、詐欺的言動によりいたずらに取引を拡大していき、その過程で被告に多大な損害を被らせたものであり、その行為自体の反社会性・公序良俗違反性に鑑みると、かかる手法による多数の消費者への被害拡大を防止する意味からも、過失相殺の適用を認めるべきではないと考える。
すなわち、過失相殺は、損害の発生・拡大につき、被害者側にこれを誘発ないし助長する不注意があった場合に、損害の全部を加害者に負担させることは公平でないという考慮に基くものである。
これを先物取引被害についてみると、業者側は、先物取引の仕組みや危険性を充分に認識しており、法令、規則等により不当な勧誘方法を細かく規制されている。にもかかわらず、原告は、被告が知識や情報に疎いことに乗じ、さらには断定的判断の提供や両建の勧誘など被告の不注意を積極的に誘発する不当勧誘行為を重ねながら、取引の拡大継続を強引に勧めている。他方、被告の不注意というものは、原告の巧妙な勧誘を拒否し切れなかったことに起因するものであって、勧誘行為の違法性と比較してごく些細なものに過ぎない。このような場合に過失相殺を許すならば、結果的に業者のやり得を是認することになり不当である。
第三当裁判所の判断
(本訴)
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、同2、3の各事実は、被告において明らかに争わないものと認め、自白したものとみなす。
二 請求原因4の事実は、甲二ないし四によって、これを認めることができる。
三 抗弁(信義則違反)について判断する。
1 当事者間に争いのない事実と、甲一ないし一〇、一一の1、2、一二の1、2、一三の1ないし14、一四の1ないし102、一五の1ないし8、一六の1ないし53、一八の1ないし7、一九の1ないし4、二〇(ただし、採用しない部分を除く。)、二一の1、2、二二、二四ないし二六、乙一の1、2、二ないし八、一六の1、2(ただし、採用しない部分を除く。)、一七ないし三一、四一、証人C、同D、被告本人(ただし、いずれも採用しない部分を除く。)、及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告は、昭和二三年○月○日生であり、平成四年○月○○日、a株式会社(旧商号・a1株式会社、以下、a社という。)を設立し、建設業や不動産業等を営み、平成八年頃まで事業は順調に推移していた。
(二) 被告は、平成三年八月九日、東京メディックス(現商号・スターフューチャーズ証券株式会社)鹿児島支店に金二二二万円の委託証拠金を預託して同月一二日に東京工業品取引所で金一〇枚の買建てから取引を開始し、その後証拠金を一一一万円、二〇〇万円と追加してゴム、パラジウム、白金の取引も行い、平成五年四月二七日にパラジウム二〇枚の買手仕舞いで手数料、税共で二〇三万九七一〇円の損を出して取引を終え、最終的には四七五万円ほどの損を出した。その間、被告は、両建をし、追証拠金を納めている。
(三) Dは、被告が商品先物取引の経験者であることを聞き知り、平成七年八月頃、被告に電話して勧誘したが、被告は、「東京メディックスで損をしたから、今はしない」と断った。
Dは、その後も、毎月、業界紙や新聞記事を被告に送り続け、電話で勧誘したが、被告から断られていた。
平成八年二月頃、Dは、被告と電話で初めて先物取引につき具体的な話ができた。
(四) Dは、平成八年七月五日、被告から、電話で「先物取引の説明を受けたい」との連絡を受け、同日、a社事務所を訪問し、被告と面談し、委託のガイド(甲八ないし一〇)を渡し、同ガイドの内容について説明した。右ガイドには、東京穀物商品取引所等の受託契約準則全文、委託本証拠金・(委託)手数料一覧表、委託追証拠金の計算方法、相場情報の入手方法等が記載されている。
その結果、被告は、原告(鹿児島支店)に委託して、各商品取引所の商品市場における取引を各取引所の定める受託契約準則に従って行う旨の約諾書(甲一)に被告の署名捺印をもらい、もって商品取引委託契約を締結した。
Dは、前記説明の際、自分が徳之島出身者である旨を告げ、奄美大島出身者である被告を信用させた。
同月八日、Dは、上司のCとともに、a社の事務所を訪問した。
その際、Cらは、被告に対し、再度、委託のガイド(甲八ないし一〇)を示し、その内容について説明し、また、大豆相場の市況について話した。
(五) 翌九日、Dは、a社の事務所を訪問し、被告から委託証拠金一四〇万円を預かった。原告は、これを受け、同日、東京米国産大豆六月限二〇枚を買建てた。(別紙2「取引経過表」の建玉番号1)
同日、被告は、アンケート・ナンバー1(甲一一の1)に署名捺印し、Dを介し、原告に交付した。被告は、同アンケートの、①受託契約準則を理解できた、②委託のガイドをほぼ理解できた、委託証拠金の種類を知っている、③追証拠金はどのようなときに必要となるか知っている、④商品取引は、元金の保証はなく、価格変動によって利益または損失となることを知っている、⑤追証拠金や損益の計算方法を知っている、⑥委託証拠金を期限までに預託しないと建玉が処分される場合があることを知っている、との欄に○印をした。
(六) その後、被告は、原告の社員Cを通じ(ただし、平成八年一一月一五日の取引を除く。)、原告に委託して、
① 平成八年七月九日から同九年二月二四日までの間、東京穀物商品取引所に上場されている「東京米国産大豆」の売買取引、
② 平成八年七月一八日から同八年八月一九日までの間、関西商品取引所に上場されている「関西輸入大豆」の売買取引
をそれぞれ行い、平成九年二月二四日、右取引は終了した。
その間の取引状況は、別紙2「取引経過表」記載のとおりである。同表によれば、チェックシステムにいう「特定売買」が、多数回にわたって行われた。すなわち、直しが三八回、途転が二六回、日計りが四回、両建(異限月を含む。)が二五回(ただし、重複したときは、右の順で計算)である。
被告の原告に対する委託証拠金の支払状況は、別紙3「被告入金状況表」のとおりである。ただし、平成八年七月二二日には五〇〇万円、同月三一日には三〇〇万円、それぞれ入金したものと認める。
被告の建玉及び値洗い及び証拠金等の推移は、「現在の建玉内訳及び証拠金等の状況表」(乙三〇)のとおりである。
(七) 本件取引の間、原告は、被告に対し、朝は外電とゼネックス、昼は前場値段表とコメント、取引終了後は大引の値段表とコメントをファックスし、場が立っているときは電話で競リを入れた。
原告は、被告からの委託により、建玉及び仕切りを行った都度、被告に対し、「売買報告書及び売買計算書」(甲一四関係)を送付した。同報告書及び計算書には、市場商品名、新規・仕切りの別、限月、売買の約定年月日、場節、枚数、約定値段、総約定金額、売買差金、取引所税額、委託手数料額、消費税額、差引損益金、返還可能額、損益状況等が記載されている。
原告は、毎月末頃、被告に対し、「残高照合通知書」(甲一五関係)を送付した。同通知書には、預り委託証拠金及び委託証拠金必要額、及び現在の建玉内訳欄に値洗差金、必要証拠金額等が記載されている。これに対し、被告は、平成八【中略】ら、本件取引の終了まで、相当の取引差益を出していたことが認められるが、その一方で、手数料や、取引所税、消費税の支払が嵩み、差引益はほとんど半減するか、マイナスになることすらあった。
そして、本件取引の終了により、ずっと値洗損を計上していた因果玉が一気に表面化し、莫大な取引差損を計上する結果となったものであり、右差損に手数料や諸税の負担を加えると、被告の被った損失は、前記差益をはるかに上回るものとなった。
ことに取引差損が大きかったのは、別紙2「取引経過表」の、
①建玉番号62・・平成八年一〇月一四日(以下、平成八年の記載を省略)の売建玉二五〇枚を一一月一三日までに仕切り、マイナス合計八九一万円
②同番号72・・・一一月六日の売建玉二〇〇枚を平成九年二月二四日までに仕切り、マイナス合計約三〇二四万円
③同番号81・・・一一月二六日の売建玉一〇〇枚を平成九年二月二四日に仕切り、マイナス三〇六六万円
④同番号86・・・一二月六日の売建玉一〇〇枚を平成九年二月二四日に仕切り、マイナス三三九九万円
⑤同番号87・・・一二月六日の売建玉五〇枚を平成九年二月二四日に仕切り、マイナス一六九八万円
⑥同番号88・・・一二月九日の売建玉五〇枚を平成九年二月二四日に仕切り、マイナス一六七七万円
である。
しかるところ、「現在の建玉内訳及び証拠金等の状況表」(乙三〇)によれば、被告は、平成八年七月一八日以降、ずっと値洗損を計上し、当初はマイナス約一七六万円であったが、同月末にはマイナス約七七五万円、同年八月三〇日にはマイナス約一三四九万円、同年九月末日にはマイナス約一七〇〇万円、同年一〇月末日にはマイナス約四四六八万円、同年一一月二九日にはマイナス約二九〇五万円、同年一二月二七日にはマイナス約四一三四万円、平成九年一月二九日にはマイナス約六九六五万円、同年二月二一日にはマイナス約一億二九〇六万円となっており、平成八年一一月頃を除き、値洗損は、拡大するばかりであった。
そのため、平成八年七月一九日には追証拠金がかかりはじめ、同年八月一日以降は、常時追証拠金を必要とする状態であり、被告は、委託証拠金の積増しに追われた。その状況は、別紙3「被告入金状況表」のとおりである。
被告は、「Cから、『追証がないと今まで出した金が全部なくなる。』といわれ、出した元金が返ってくればいいとの一心で委託証拠金を支払った。」旨供述するが、右値洗損及び委託証拠金の積増し状況から、右供述は、信用するに足りるというべきである。
なお、被告は、自己の売買の結果及び損益状況を、原告から送付されてくる「売買報告書及び売買計算書」及び「残高照合通知書」により、およそ把握していたものと認められる。
(一〇) 被告は、平成九年一月二〇日頃から、追証拠金の支払が困難となった。被告は、追証拠金として、同年二月三日に五〇〇万円、同月一七日に一五〇〇万円を支払ったが、同月一八日現在で、なお委託証拠金必要額に二六〇〇万八〇五五円不足した。
その頃、被告は、同年二月一八日付け「残高照合通知書」(甲五)に、「二月二六日までに不足金を入金する」旨記載し、署名し、原告に提出した。
同月二四日に至っても、被告は、不足委託証拠金を支払えず、原告と協議の上、全建玉を仕切り、本件取引を終了した。
(一一) 被告は、代理人弁護士を通じ、平成九年四月九日付けで、原告に対し、原告社員の違法な勧誘行為により、委託証拠金名下に約一億四一九万円を交付させられたとして、その返還を求める「通知書」を発した。
これに対し、原告は、同年一八日付けで、被告代理人弁護士に対し、本件取引は、全て被告本人の判断、注文により執行されたとして、右返還を拒絶する旨また、原告の立替えた差損金約三九二八万円の支払を求める旨の「回答書兼請求書」を発した。
2 右認定事実によれば、被告は、商品先物取引について、ある程度の知識・経験を有しており、少なくとも当初は、資金的に余裕があったので本件取引を開始したものと認められること、本件取引中、原告が、被告の売買注文や仕切りの指示に明らかに反して委託取引を行った形跡はみられないことから、原告社員の行為に後記のとおり違法性があると認めるべきことを考慮しても、本件全証拠によるも、原告の本件差損金請求が信義則に照らして許されないと認めることはできない。
よって、被告の抗弁は採用しない。
四 以上によれば、被告は、原告に対し、差損金三九二八万三一〇四円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成九年一〇月四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
(反訴)
五 請求原因1ないし3の各事実、及び同6(一)の支払総額は、当事者間に争いがない。
六 請求原因4(原告社員の違法行為)について判断する。
1 当事者間に争いのない事実と、前記三1に認定した事実、甲一ないし一〇、一一の1、2、一三の1ないし14、一四の1ないし102、一五の1ないし8、一六の1ないし53、一八の1ないし7、一九の1ないし4、二〇(ただし、採用しない部分を除く。)、二一の1、2、二二、二四ないし二六、乙二ないし八、一六の1、2(ただし、採用しない部分を除く。)、一七ないし三一、四一、証人C、同D、被告本人(ただし、いずれも採用しない部分を除く。)、及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 商品委託契約に基づく義務内容
一般委託者が商品先物市場における先物取引を行うには、必ず商品取引員にこれを委託しなければならない。委託者は、商品取引員との間に先物取引委(受)託契約を締結した上で先物取引を行うこととなるが、右委(受)託契約に基づき、商品取引員は、一般委託者に対し善良な管理者としての注意義務を負う。
そして、先物商品の値動きは、国際的な政治・経済・軍事・気象その他の影響による複雑な需給関係や思惑を反映して絶えず価格が変動し、一般人が価額の変動をもたらす各種の情報を自ら集めることは不可能に近く、また価格変動要因を的確に把握し、分析することは、相当に高度な知識と経験が必要であり、顧客は商品取引員のもたらす情報提供や助言に頼らざるを得ないのが実状であり、このことは、被告のように、かつて東京メディックスで商品取引経験があったとしても変わるものではない。
また、商品取引の特質は、当該商品代金総額の一割程度の委託証拠金により、大量の売買が可能な点にあり、取引単位当たりではわずかな値動きであっても、代金総額に対しては、多大の損益をもたらす可能性があり、相場の推移により、損失額が委託証拠金の半額に達すると、もしその建玉を維持しようとするなら追証拠金を入れなければならず、損を確定したくないという委託者特有の心理が働いて、結果としてますます損失を拡大することにもなりかねない。
したがって、商品取引員は、顧客の意思に反する取引を行ってはならないのは当然であるが、それにとどまらず、顧客の利益を可能な限り保護する義務があるというべく、いやしくも先物取引の知識・経験に乏しい顧客から、情報提供や助言を求められるのをよいことに、顧客の利益を犠牲にして過当な売買に誘導し、自社の委託手数料収入の拡大を図るなどしてはならない義務を負うというべきである。
そこで、以下、本件取引において、原告社員らの行為に右義務違反があるかどうか判断する。
(二) 本件取引破綻の原因
前記三1に認定した事実によれば、被告は、平成九年二月下旬、委託証拠金の負担に耐えきれず、経済的に破綻し、本件取引を終了せざるを得なくなったが、その原因は、直接的には、被告は、平成八年一〇月中旬から同年一二月上旬にかけ、東京米国産大豆(六月限)の値段が下落すると予想し、多数枚の売建玉をしたが、逆に、平成八年一二月下旬頃から同九年二月下旬頃まで、急速に値上がりしたため、取引差損が急速に増加したことによるが、遠因としては、本件取引開始当初に買建てた、別紙2「取引経過表」建玉番号3、4の建玉を放置したため、これが因果玉となり、値洗差損を生じ、これを回復するべく、ほとんどが特定売買に当たるような過当な取引に走ったため、かえって値洗差損を恒常的に増大させていったこと、また頻回に取引を繰り返すことにより、多額の委託手数料や税負担が増したことにあると考えられる。
原告は、「被告は、原告からの状況報告も理解し、自らも新聞記事等に目を通し、相場観を持っていた。」旨、「被告は、強引に一発勝負をねらって買(売)建てに走り、担当者のCは、それを押さえるのに苦労していた。」旨、「平成八年一二月中旬頃から、被告が常套手段として用いた逆張り(高ければ売り、安ければ買う)が外れだした。当時、被告は、大豆の相場は基本的に弱気、つまり下落と読んでいたため、Cの勧めの買玉を仕切り、売り乗せることを常に考え、ねらっていた、」旨、「平成九年二月二四日、皮肉なことに、売玉のある六月限相場は値上がりしているのに、買玉のある一二月限相場は逆に値下がりしていた。そのため、被告は、売玉でも莫大な損をするとともに、買玉でも損を出した。」旨主張し、これに沿うかのような証拠(甲二〇)を提出する。
しかし、被告が、大豆相場につき、経験や専門知識に裏打ちされた確かな相場観を持っていたことを示す証拠はなく、基本的には、Cのもたらす情報や助言に依存し、表面的かつ短期的な相場の値動きに左右され、場当たり的に取引を行っていたものと認められる。そして、被告は、巨額の値洗損を取り戻そうとして精神的に追いつめられ、自ら、大きな一発勝負や逆張り、あるいは買(売)建て一辺倒りに走り、かえって損失を大きくする結果となったものである。そして、被告が平成九年二月二四日の手仕舞いの取引で莫大な損失を出したのは、前記第三(本訴)三1(九)のとおり、それまでずっと値洗損を計上していた因果玉が一気に表面化したことによるところが大きいと認められる。
(三) Cの義務違反
(1) 農水省が商品先物取引の受託者事故の未然防止、委託者保護の強化等を目的に、平成元年四月一日から、「委託者売買状況チェックシステム」(なお、通産省の「売買状況に関するミニマムモニタリング」も同趣旨)をそれぞれ導入し、直し、途転、日計り、両建、手数料不抜けを「特定売買」として、監督官庁に対し、売買取引状況ならびに特定売買比率等を報告すべしとして、類型的なチェックを行おうとしている。
右チェックシステムでは、特定売買の比率を全体の二〇パーセント以下に、手数料化率を全体の一〇パーセント程度、売買回転を月間三回以内にとどめるという方向で指導していくものとしている。
特定売買は、第二(本訴)三(抗弁)(イ)(五)(6)①ないし⑤のとおり、先物取引業者にとって手数料収入をもたらす反面、委託者にとって危険かつ不利益な取引であり、これが頻回に行われているかどうかは、原告会社社員が、手数料収入を得る目的で被告を過当取引に走らせるよう誘導したか否かを判断する重要な指標となるというべきである。
原告は、両建について、両玉を同時に仕切らなければならない必要はなく、両玉を最もよいチャンスに仕切ればよいから、両建を勧誘することは違法でない旨主張し、原告社員Cは、「バランスをとるために両建を勧めた」との趣旨の証言をする。
しかし、両玉をいずれも良い条件で仕切るのは至難のわざであり、本件においても、被告は、利益の出た片玉を「利食い」ながら、損失の出た反対玉を好条件で仕切るべく機会をうかがうというやり方で取引を行っていたものと認められるが、前記第三(本訴)三1(九)のとおり、被告は、右取引方法により、表面的にはある程度の取引差益を出していたことが認められるが、その反面で、恒常的に莫大な値洗損を計上し続けていたものであり、両建は、委託者にとって本質的に危険な取引であるというべきである。したがって、Cは、被告に対し、積極的に両建を勧めるような勧誘をしてはならない義務を負っていたというべきである。
しかるところ、前記のとおり、本件における特定売買は、①直しが三八回、②途転が二六回、③日計りが四回、④両建が二五回、⑤手数料不抜けが一回、合計九四回(重複した場合は右の順位で計算しているが、重複した回数を入れると一五一回)であり、全取引回数(数回に分けて建玉を仕切った場合、その仕切り回数を計算)一三八回中、九四回もの取引が特定売買に該当し、特定売買率は六八一パーセントに及んでおり(重複したものを計算に入れれば、一〇九・四パーセント)チェックシステムの基準に比し、異常に高い比率である。
手数料化率についてみると、本件では別紙1「損益計算表」のとおり、損金一億二二四〇万一七一五円に対し、手数料の額が四一二三万六四〇〇円であり、手数料化率は三三・六九パーセントという高率を示している。これは手数料化率を一〇パーセント程度とするチェックシステム等の基準を著しく上回るものである。
売買回転率についてみると、平成八年七月九日の建玉から最終の平成九年二月二四日までの二三〇日間に、取引が一三八回なされており(数回に分けて落ちている場合、その落ちの回数を入れる。)、これは一か月あたり平均一八回の取引となる。これは売買回転率を一か月平均三回とするチェックシステムの基準を大幅に上回るものである。
そして、前記のとおり、被告が経済的に破綻するに至った遠因は、別紙2「取引経過表」建玉番号3(七月一二日の買建玉二〇枚)、4(七月一六日の買建玉三〇枚)の建玉を放置したため、これが因果玉となり、値洗差損を生じ、これを回復するべく、その後、ほとんどが特定売買に当たるような過当な取引に走らざるを得なかったことにあると考えられるが、被告が本件取引を開始した当初から、右のように積極的に建玉を増やそうとの意図を有していたとは考えがたく、右因果玉を生じた各取引は、原告社員Cの巧みな誘導により、行われたものと認めるのが相当である。
そうすると、被告は、原告社員Cにより、特定売買に象徴されるような過当売買に走るよう誘導され、その後、損失を回復しようとしてかえって損失を拡大していき、最終的に経済的に破綻するに至ったものであり、その一方で、原告は、本件取引により、別紙1「損益計算表」のとおり、合計約四一二三万円にのぼる多額の手数料収入を得たものである。
よって、Cは、原告の委託手数料収入の拡大を図ることを目的として、被告を過当な売買に誘導してはならない義務に違反したものというべきである。
(2) 前記第三(本訴)三2に認定したとおり、被告は、本件取引を開始した当初は、ある程度資金的に余裕があったと認められるが、その後、別紙3「被告入金状況表」のとおり、原告に対する委託証拠金の支払がかさむにつれ、その支払に困難をきたすようになっていったものである。
被告は、委託証拠金として、平成八年七月二二日に五〇〇万円、同月三一日に三〇〇万円をCに交付しているが、右各金員は、a社の資金を流用したものであるところ、被告は、そのことを同会社の従業員に知られることをおそれ、レストランでCに交付していること、また、被告は、平成八年一〇月一日に一二〇八万三七一一円をCに交付しているが、被告は、家族の預金を解約して右金員を調達したものであり、Cは、そのことを知っていたものと認められること、そして、その時点で被告が原告に入金した委託証拠金合計額が約三三八八万円に達しており、しかも、被告の保有する建玉の値洗損が約二四二五万円にのぼっていたこと、被告の経営するa社は、資本金一〇〇〇万円、従業員数二名の小規模会社であることからすれば、Cは、遅くとも平成八年一〇月初め頃、既に被告が経済的に危機的状態に至っていることを知り得たというべきであり、それにもかかわらず、なお、頻回に取引を継続させたものである。
右事実は、Cが、被告の利益を犠牲にしても、あくまで原告の手数料収入の拡大を図ろうとの意思を有していたことを推認させるというべきである。
(3) そうすると、Cの、本件取引における一連の誘導行為は、顧客である被告の利益を犠牲にし、原告の利潤追求を図ったことの徴表と認められ、その余の点について判断するまでもなく、同人の行為は、全体として違法性を帯びるというべきである。
七 請求原因5(原告の責任)については、原告社員Cの行為は、民法七〇九条の不法行為を構成し、同人は、原告の業務の執行について右不法行為を行ったものであるから、原告は、被告に対し、民法七一五条に基づく損害賠償責任を負うと認められる。
八 請求原因6(損害)については、
(一) 委託金 金八一八八万三七一一円
被告は、原告に対し、別紙3「被告入金状況表」のとおり、平成八年七月九日から同九年二月一七日までの間、委託証拠金名下に合計金八一八八万三七一一円を支払ったことが認められる。
(二) 弁護士費用 金六五〇万円
本件事案の内容・認容額に照らし、右金額をもって相当と認める。
以上合計 金八八三八万三七一一円
をもって、本件不法行為と相当因果関係のある損害と認める。
九 抗弁(過失相殺)について判断する。
前記第三(本訴)三1・2に認定したとおり、被告は、本件取引を開始する前、商品先物取引について、ある程度の知識・経験を有しており、少なくとも当初は、資金的に余裕があったので本件取引を開始したものと認められること、本件取引中、原告が、被告の売買注文や仕切りの指示に明らかに反して委託取引を行った形跡はみられないこと等から、被告の損害の五割を過失相殺するのが相当である。
そうすると、被告が原告に請求できる損害額は、金四四一九万一八五五円となる。
一〇 以上によれば、原告は、被告に対し、損害賠償金四四一九万一八五五円及びこれに対する預託金の最終交付日である平成九年二月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。
第四結論
以上のとおり、原告の本訴請求は、全て理由があるから認容することとし、被告の反訴請求は、右の限度で理由があるから認容するが、その余は失当として棄却することとし、主文のとおり判決する。
<以下省略>