鹿児島地方裁判所 昭和23年(行)44号 判決
原告 朝隈潤二
被告 鹿児島県農地委員会
一、主 文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、請求の趣旨
被告が昭和二十三年一月三十日裁決第五二八号を以てなした鹿兒島縣川辺郡知覧町郡字久保田一万六千二百八十一番田七畝二十八歩ににつき、訴外知覧町農地委員会が定めた買收計画を正当と認め、該農地を自作農創設特別措置法第三條第一項第一号該当農地なりとして、原告の訴願を棄却した裁決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。
三、事 実
原告訴訟代理人は、その請求の原因として、
訴外知覧町農地委員会は、昭和二十二年十二月十一日、原告所有の鹿兒島縣川辺郡知覧町郡字久保田一万六千二百八十一番田七畝二十八歩を、自作農創設特別措置法第三條第一項第一号農地として買收計画を定めたので、これに対し、原告は被告に対し訴願を申立たが、昭和二十三年一月三十日裁決第五二八号を以て、右買收計画を正当と認めるとの理由で、訴願を棄却せられた。しかれども、右買收計画当時、原告は九州大学医学部第一外科研究室にあつて医学の研究に從事しており、且つ原告の実父訴外朝隈武五郎が知覧町において耕作の業務を営んでいたので、右は、自作農創設特別措置法施行令第一條第二号の就学に該当し、同法第四條第二項によつて原告は在村地主とみなされるのである。故に、知覧町農地委員会が本件土地を自作農創設特別措置法第三條第一項第一号該当農地として買收計画を定めたのは違法であり、したがつて、これを適法として原告の訴願を棄却した被告の裁決もまた違法であるというべきであるので、右裁決の取消を求めるため本訴請求に及んだ。と陳述し、なお、原告が知覧町に復帰したのは、昭和二十二年十二月二十八日であると附陳した。(立証省略)
被告訴訟代理人は、主文と同趣旨の判決を求め、
答弁として、原告の主張事実中、訴外知覧町農地委員会が、昭和二十二年十二月十一日、原告所有の鹿兒島縣川辺郡知覧町郡字久保田一万六千二百八十一番田七畝二十八歩を、自作農創設特別措置法第三條第一項第一号該当農地として買收計画を定めたこと、被告が原告主張の日、その主張のとおり原告の訴願を棄却したことは認めるけれども、その余の主張事実はこれを爭う。原告は右買收計画当時はもちろんそれ以前の昭和二十二年五月から現在まで引続き鹿兒島市で医業を開業して同市に居住し、九州大学医学部第一外科研究室にいたのはその以前のことである。故に、本件農地を不在地主の小作地として買收計画を定めたのは適法であり、これを適法として原告の訴願を棄却した被告の裁決に何等違法はない。したがつて原告の本訴請求は棄却を免れないと陳述した。(立証省略)
四、理 由
訴外知覧町農地委員会が、昭和二十二年十二月十一日、原告所有の鹿兒島縣川辺郡知覧町郡字久保田一万六千二百八十一番田七畝二十八歩を、自作農創設特別措置法第三條第一項第一号該当農地いわゆる不在地主の小作地として買收計画を定めたことこれに対する原告の訴願を、被告が昭和二十三年一月三十日裁決第五二八号を以て、右買收計画を適法なりとして棄却したことは当事者間に爭いがない。
原告は、右買收計画当時、原告が九州大学医学部第一外科研究室にあつて医学の研究に從事していたので、これは自作農創設特別措置法施行令第一條第二号の就学に該当すると主張するのであるが、同令にいう「就学」とは、その言葉自体から見ても「学校教育に就いていることすなわち学校在学中」との意義で学校教育法第二十二條にいう「就学」というのと同じ意義であると解せねばならない、もともと研究室は大学に附置されているもので学校自体ではない(学校教育法第六十一條)研究室が学校でない以上、同所にあるといつても右をもつて同令にいう「就学」ということはできない。また自作農創設特別措置法立法の趣旨と目的からしても、不在地主の小作地は買收するのが原則であり(同法第三條第一項第一号)、ただ、例外として特別の事由によつて一時的にその市町村に住所を有しなくなつた者は特に在村地主として取扱ひ買收しないというのであるから(同法第四條第二項)、一時的に不在となつた特別の事由は限定的に且つ嚴格に定めなければならず、同法施行令第一條第二号のばあいが、「一時的に不在となつた」という点に重点がおかれているということは明らかである。しからば、そこにいう「就学」を右の意味において理解するならば、当然学校教育に就いていること、すなわち学校在学中と解しなければならず、大学附置の研究室にあつて研究に從事するのはその終了の時期を予測することはできず到底一時的であると解することはできないので右をもつて同令第一條にいう「就学」にあたらないことは多言を要しない。よつて原告の右主張はそれ自体において理由がない。仮に、原告主張のとおり、研究室にあることが就学にあたるとしても、原告が本件買收計画当時九州大学医学部第一外科研究室にあつた事実は、原告の全立証を以てしてもこれを認定することができず、かえつて証人朝隈武五郎、同種子田秀吉、同山下吉左衞門の各証言を綜合すれば、原告は、約十二、三年前九州大学医学部に入学し、昭和十七年同大学卒業後引続き同大学医学部第一外科研究室にあつて石山教授等の下で医学(外科)の研究に從事していたが、終戰後右石山教授等が戰爭犯罪容疑で巣鴨拘置所に收容されたため、原告の研究にも支障を生じ、なお、学位請求論文を著してもその審査を得ることができない状態に立至つたので、昭和二十二年五月頃より、当時鹿兒島市下荒田町で産婦人科医を開業し、その頃罹病していた実兄亡朝隈兼周の下で、兼周に代つて産婦人科の診療に從事し、同年六月十一日兼周死亡後もそのまゝ同人名義でこれを継続し、昭和二十三年三月よりは正式に自己名義で、鹿兒島市加治屋町に病院を建築して開業し現在に至つている事実を認めるこどができ、原告が本件買收計画当時はもちろんそれ以前の昭和二十二年五月以來現在まで鹿兒島市に住所をおき知覧町に住所を有していないことが明らかであるからこの点からしても原告の請求は理由がない。
しかして本件土地を四五年前から安樂徳男が賃借耕作しており右が前示買收計画当時小作地であつたことは証人山下吉左衞門の証言に徴し明らかであるので、知覧町農地委員会が、右土地を自作農創設特別措置法第三條第一項第一号該当農地として買收計画を定めたのは適法で、これを適法として原告の訴願を棄却した被告の裁決に違法があり得る筈がなく、適法なりといわなければならない。
よつて原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟特例法第一條、民事訴訟法第八十九條を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 鹿島重夫 中池利男 原清)