大判例

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鹿児島地方裁判所 昭和25年(タ)1号 判決

原告 窪田兼良

被告 窪田テル

一、主  文

昭和二十二年十二月十日鹿児島市長に対する届出によつてなされた原告と被告との婚姻は無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告は、主文と同趣旨の判決を求め、その請求の原因として、「原告は戸籍上昭和二十二年十二月十日鹿児島市長に対する届出によつて被告と婚姻をした旨の記載がなされているが、該婚姻は原、被告共に婚姻をする意思がなくしてなされた無効のものである。すなわち、原、被告は終戦当時満洲奉天に居住していたのであるが、終戦と同時に同地に駐屯したソ聯軍、中国共産党軍、又は中国政府軍から、日本人の独身の青壮年が男女を問わず軍の使役その他に強制徴用せられ一般に恐怖の日を送つていた折柄、当時原、被告も共に独身で何時その憂目を見るかも判らない状態にあつたため、互に同一隣組に住み平素知合の間柄であつたのを機会に双方話合の上夫婦を装いその難を免れていたのであるが、間もなく当局から婚姻の届出のない者は夫婦と認めないとの指示があつたので、巳むなくこれまた双方話合の上夫婦を装うの必要から、昭和二十一年六月二十七日日本居留民会に対し、原告と被告とが婚姻をする旨の鹿児島市長宛届書を提出したのである。従つて原、被告は共に真実婚姻する意思がなかつたのは勿論同棲したことも全然なかつたのである。そこで、原告は独り昭和二十一年八月肩書本籍地へ引揚げ、昭和二十三年十月妻を迎え正式にその届出をしようとした際、前記被告との婚姻届が昭和二十二年十二月十日鹿児島市長に受理され戸籍上その旨の記載がなされていたため、これが受理を拒否され初めて右記載の存在を知りことの意外に驚いた次第である。

かような次第で、原、被告の婚姻は共に婚姻の意思のない無効なものであるから、原告は戸籍訂正の必要上これが確認を求めるため本訴請求に及んだ。」と陳述した。<立証省略>

被告は、本件口頭弁論期日に出頭しないが、その提出の答弁書の記載によれば、原告請求どおりの判決を求め、原告の主張事実は全部これを認める、というのである。

三、理  由

甲第一号証(戸籍謄本)によれば、原告が戸籍上昭和二十二年十二月十日鹿児島市長に対する届出によつて被告と婚姻をした旨の記載がなされている事実を認めることができる。而して甲第一号証、原、被告本人尋問の結果、及びこれによつて成立を認め得る甲第二号証によれば、原告は昭和十九年から蒙古の製鉄会社に勤務していたが、昭和二十年六月頃肩書本籍地へ引揚げの途中奉天に住む従兄田中胤高方に立寄つたところ、已むを得ない事情でそのまま同地に留まらざるを得ない必要に迫られ以後奉天駅前のアパートに居住しているうち同アパートに居住していた被告と知合になり近所附合をしていたこと、その後間もなく今次終戦となつて同地は非常に混乱し、終戦と同時に同地に駐屯してきたソ聯軍、中国共産軍、又は中国政府軍が日本人の独身男子の青壮年を軍の使役に強制徴用し、これらの者は内地に引揚げることができなくなるとの噂が飛び、間もなくこれが真実となつて次々に徴用せられ引揚も容易にできない状態になつたので、一般に非常にこれを恐れ、殊に独身男子はこれを免れる手段として知合の女性と時には少女、老女等とさえ只単に形式だけの婚姻届書を作成して日本人居留民会に提出して夫婦を装いこれを免れていたこと、原告も当時独身であつて何時徴用せられるかも判らない状態であつたので、これを是非免れたいとの考えから右の一般の例にならい、当時独身であつた被告に、右の事情を打明けて懇願の結果右居留民会に対する届書に被告を妻として記載することの承諾を得た上、昭和二十一年六月二十七日同居留民会に対し、原告と被告とが婚姻をする旨の鹿児島市長宛届書を提出したこと、該届書によつて前認定のとおり戸籍に原、被告の婚姻が記載されるに至つたこと従つて原、被告は共に真実婚姻をする意思がなかつたのは勿論同棲したことも全然なく、剰さえ当時の状勢からして該届書によつて戸籍に記載される等とは夢想だにしていなかつたこと、そこで、原告は昭和二十一年八月被告とは全く別に肩書本籍地へ引揚げ、昭和二十三年十月妻を迎え正式にその届出をしようとした際、戸籍上右被告との仮装の婚姻が記載されていることを知つてことの意外に驚くと共に、右の届出が受理されないで困つていること、被告も亦引揚後昭和二十四年に訴外中本庄一と事実上の婚姻をなし、昭和二十六年に正式にその旨の届出を了し、現在戸籍上中本の戸籍に記載されていること(右正式の届出がいかにしてなされたかは不明)を肯認するに充分で、他に右認定を覆すに足る何等の証拠も存在しない。以上認定の事実によれば、原告と被告との婚姻はその意思がないのになされたことが明らかであるから、これは正に民法第七百四十二条第一号の場合に該当し無効であることは当然であるので、戸籍訂正の必要上これが確認を求める原告の本訴請求は理由があるから正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した次第である。

(裁判官 中池利男)

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