鹿児島地方裁判所 昭和25年(行)18号 判決
原告 森田孝吉
被告 鹿児島県農業委員会
被告側補助参加人 窪勇吉
一、主 文
被告が昭和二十五年裁決第一三六七号を以てなした別紙目録記載の農地は自作農創設特別措置法第三条第一項第二号該当農地として買収すべきものとの裁決はこれを取消す。
訴訟費用中参加により生じた部分は参加人のその余の部分は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告が昭和二十五年裁決第一三六七号を以てなした別紙目録記載の農地は自作農創設特別措置法第三条第一項第二号該当農地として買収すべきものとの裁決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、「訴外鹿屋市農地委員会は昭和二十四年二月四日原告所有に係る別紙目録記載の農地につき補助参加人窪勇吉の遡及買収請求により買収計画を定めたので原告はこれに異議を申立てたが棄却されたので、同月二十一日被告に対し訴願したところ同年三月二十四日被告は同年裁決第一〇六二号を以て右農地については昭和二十年九月原告と遡及買収請求者である小作農窪勇吉との間に完全な合意解約があつたものであるから、遡及買収申請は信義に反する。従つて買収計画から除外すべきであるとの理由で前記鹿屋市農地委員会の決定を取消し、該農地は買収計画から除外すべきものと裁決した。然るに被告はその後一年五月を経過した昭和二十五年八月三十日に至り、同年裁決第一三六七号を以て前記鹿屋市農地委員会のなした原告の異議申立を棄却する決定を正当と認め、右農地は自作農創設特別措置法第三条第一項第二号該当農地として買収すべきものとの前裁決と異る裁決をし、その理由とするところは原告が窪勇吉から別紙目録記載の農地の返還を受けて耕作したのは昭和二十二年であり、それは合意解約に基くものと認められないばかりか、右賃貸借契約について知事の許可もなく、且つ右農地が買収されることによつて原告の生活状態が遡及買収請求した小作農窪勇吉のそれに比較して著しく悪くなるとは認められないというにあつた。被告は農地調整法第十五条ノ二十八により再議の結果右のような前裁決と異つた裁決をなすにいたつたものと推測するが同法条によれば前裁決のあつた日より一ケ月を経過したときは知事は再議に付することはできないのであり、従つて県農地委員会も亦再議することはできないのは当然である。それに拘らず後の裁決は前裁決の日より一年以上も経過してなされているので、後の裁決は違法であるといわねばならぬ。
仮りに違法でないとしても原告は昭和二十年九月当時小作農であつた窪勇吉と別紙目録記載の農地の賃貸借を合意解約しており、その頃は知事の解約についての許可も不要であつたのであるから、窪勇吉の遡及買収請求は全く信義に反するものといわねばならない。又被告は昭和二十年十一月二十三日現在原告は七反を超える小作地を所有していたと認定しているが、事実と相違している。従つていづれの点よりするも右裁決は違法であるから、これが取消を求めるため本訴請求に及んだ次第である。」と述べた。(立証省略)
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「訴外鹿屋市農地委員会が補助参加人窪勇吉の遡及買収請求により原告主張の日別紙目録記載の農地につき買収計画を定めたこと、これに対する異議申立が棄却されたので原告は更に被告に訴願したところ、原告主張の日裁決第一〇六二号を以て原告主張通りの裁決がなされたこと、次いで被告は昭和二十五年八月三十日裁決第一三六七号を以て右裁決と全く相反する原告主張通りの裁決をなしたことは認めるが、それは前裁決後被告において右裁決は原告が小作農窪勇吉から本件農地を同人の同意もなく、且つ知事の許可もなく取り上げたのにそれを昭和二十年九月中に合意解約があつたものと誤認していたこと、並びに原告は昭和二十年十一月二十三日現在において同居家族の所有を含めて田畑八町二畝二十五歩を所有し、その内田畑三町八反の贈与は認容されたが、猶四町二反二畝二十五歩を所有することとなり、その自作地面積は一町七反五畝にして爾余の農地二町四反七畝二十五歩はすべて小作地であつたので、本件農地は当然自作農創設特別措置法第三条第一項第二号所定の小作地として買収しえたにも拘らず、右条項に該当しないものと誤認していたことの事実が判明したので、前裁決を取消す目的を以て本件裁決に出でたものであり、原告主張の如く農地調整法第十五条ノ二十八の規定に基いて再議した結果ではない。而して行政庁はそのなした行政処分が錯誤に基いてなされたものであることを認めた場合には、これを自由に取消しうるものであり、しかも前記の如く本件裁決の内容には何等違法はないのであるから原告の本訴請求は失当といわねばならない。」と述べた。(立証省略)
補助参加代理人は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、「訴外鹿屋市農地委員会が補助参加人窪勇吉の遡及買収請求により原告主張の日別紙目録記載の農地につき買収計画を定めたこと、これに対する異議申立が棄却されたので、原告が更に被告に訴願したところ原告主張の日その主張通りの裁決がなされたこと、次いで被告は昭和二十五年八月三十日裁決第一三六七号を以て右裁決と全く相反する原告主張通りの裁決をなしたことは認めるが、その余の原告主張事実は否認する。原告は昭和二十年九月頃補助参加人に対し解約の申入をした事実なく、仮りに右事実があつたとしてもこれより一年を経過した昭和二十一年九月には解約の効力が生じているに拘らず、原告は参加人の本件農地の継続使用について何等異議を述べなかつたので、前条件と同一条件で更に賃貸借をなしたものと推定される。
而して原告は昭和二十二年七月初頃暴力を以て参加人から前記農地を取り上げ、勿論これには知事の許可も得ていないものである。従つて該農地につき昭和二十年九月合意解約ありとなし、参加人の遡及買収請求を信義に反するとして棄却した前裁決は違法であつたのであり、これは原告の訴願請求をそのまゝ信用した錯誤に基くものであるから改めてこれが取消の目的を以て本件裁決がなされたものであつて該裁決には何等違法の点はない」と述べた。
三、理 由
訴外鹿屋市農地委員会が昭和二十四年二月四日原告所有に係る別紙目録記載の農地につき補助参加人窪勇吉の遡及買収請求により買収計画を定めたこと、原告から右買収計画につき異議申立がなされたが棄却されたので原告は更に被告に訴願した結果、同年三月二十四日被告は同年裁決第一〇六二号を以て原告の訴願を容認して本件農地を買収計画から除外すべきものと裁決したこと、並びに昭和二十五年八月三十日被告は同年第一三六七号を以て全く右裁決と相反する裁決即ち原告の異議申立に対する鹿屋市農地委員会の決定を正当と認め、原告の訴願を棄却する裁決をなしたことは当事者間に争がなく、後の裁決が前の裁決を取消す目的でなされたことは被告の自認するところである。
ところで被告は錯誤により誤つた裁決をなしたことが判然とした以上、これが取消をなすことは訴願庁の自由になしうるところであると主張するので、この点につき按んずるに、そもそも農地買収計画に対する行政庁えの不服申立の方法としては都道府県農地委員会に対する訴願が最終のものであり、右訴願は市町村農地委員会が定めた農地買収計画に関する争について、上級庁としての権威ある裁断を求める行政庁の争訟行為であつて、これに対する裁決は判決と同じく裁決をなした都道府県農地委員会を覇束するものであるから、訴願の裁決という裁判的な手続を経てなされる行為においては民事訴訟法第四百二十条の再審事由に該るような重大な瑕疵がある場合とか農地調整法第十五条ノ二十八のような特別の規定による場合の外は、原則としてその裁決をした行政庁自らこれを取消すことはできないものと解しなければならない。しかして被告が前裁決を取消し本裁決をなした理由が前裁決において昭和二十年九月に合意解約があつたと認めたのは誤認であり、実際は不法の取上げであり、しかも原告において昭和二十年十一月二十三日現在保有小作地の七段を超ゆる小作地を所有していたのにかゝわらず、これを超えないものと誤認して漫然訴願人の請求をいれて買収計画から除外するとの裁決をなすにいたつたのであり、それが被告において裁決をなすに当り、十分な審理をつくさなかつたため事実を誤認したことに基くものであることは、被告の答弁自体に徴し明らかであるから、その裁決取消の理由が以上掲記のいづれの事由にも該当しないことが明らかであり、なお仮りに前裁決に被告主張のような誤認があつたとしても、それは改めて鹿屋市農地委員会をして新に買収計画を樹立させれば足るものであり、かゝる理由でたやすく前裁決を取消しうべき筋合のものではない。
従つて本裁決(後の裁決)が違法であることは勿論であるから、爾余の争点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十四条後段第九十五条本文を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 鹿島重夫 中池利男 生田謙二)
(目録省略)