鹿児島地方裁判所 昭和27年(行)10号 判決
原告 中間常喜
被告 鹿児島県知事
一、主 文
被告が昭和二十六年九月一日、指令二六水第一二一三号をもつて鹿児島県薩摩郡上甑村江石三百四十六番地西正香に対してなした定置漁業第三号漁業権の免許及び、同年九月二十九日指令二六水第一三二三号をもつて原告に対してなした定置漁業第三号漁業権免許の拒否の処分は、いずれもこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、その請求原因として、被告は昭和二十六年三月三十一日に、鹿児島県告示第一五二号をもつて、定置漁業第三号漁業権の免許の内容たるべき事項、申請期間及び地元地区を公示したので、原告はその申請期間内たる昭和二十六年六月十四日に被告に対して、適法な免許申請をし、訴外西正香もまた適法な申請をしたので両者競願となり、被告はこれを受理して、その免許につき、訴外北薩海区漁業調整委員会(以下単に委員会と略称する。)に対して意見を求め、同委員会は被告の右諮問により、昭和二十六年八月二十九日、同三十日の両日にわたり第十回委員会を開いてこれを審議したうえで、右訴外西正香が原告よりも本件漁業権の免許をうくるにつき、優先順位を有するから同人に免許されるべき旨を議決して被告に答申し、被告は右委員会の答申に基づいて主文第一項記載のような各処分をした。
しかしながら被告の右の処分については、次のような違法がある。すなわち、漁業権の免許に際しては、都道府県知事は、海区漁業調整委員会の意見をきいたうえで、その許否を決しなければならないことは漁業法第十二条により明らかであるが、本件漁業権の免許に関し、被告の諮問をうけた前記委員会は、昭和二十六年八月三十日の会議において、原告と訴外西正香のいずれが優先順位を有するかについて審議して議決するに際し、出席委員九名によつて組織された同会議は、無記名投票によつてこれを採決したところ、原告に優先順位ありとするもの四票、西に優先順位ありとするもの四票、白票一票となり、結局両者の可否が同数となつた。そこでこのような場合には、漁業法第百一条第二項の規定により、会長が右両者のいずれかに決すべきであつたにかゝわらず、会長はこれが決裁をせず、かえつて出席全委員により、競願者両名について同法第十六条所定の勘案事項を各自採点しその総合点数の多数となつた者を優先順位者とする。若し総合点数が相等しいときは、抽せんによつて決する旨申し合わせ、各委員毎に採点し、これを合計したところ、原告は総合点数二百九十六点、西は同三百四十三点となり、会長はこの結果をもつて、西が原告に優先して本件漁業権を免許されるべき旨の委員会の議決として被告に答申した。しかし、このような採点による議決は、前記法条に定められた採決手続に違背した無効の採決であつて、適法な議決とはいい得ないものであるばかりでなく、右採点の一部には著しく偏ぱ不当のものがあり、到底これを受容できない不公正な内容を包蔵しているものがある。よつてこのような議決に基づく答申を受けた被告は、これを法令に違反し、又は著しく不当な議決として再議に付するか又はこれに拘束されないで独自の判断に基づいて免許の許否を決すべきであつたに拘らず、何等の措置をとることもなく、かつ両競願者の優先順位を決し得るに足る調査資料もないのに、右の違法な議決を採つてもつて前記の処分をしたものであり、結局同委員会の適法な議決に基づく意見をきかないで処分をしたものというべく、右処分は明らかに漁業法第十二条に違反した違法のものであるからこれが取消を免れない。仮りに、右委員会の採決手続が有効であり、従つて右議決が適法であるとしても、被告のした本件各処分は、漁業法第十五条、第十六条各項に定められた免許の優先順位についての判断を誤つた違法がある。すなわち原告並びに右訴外人はともに本件漁業権の免許を受けるにつき適格性を有し、かつ漁業者であるが、同法第二項から第四項までの優先順位及び、第五項の勘案事項についての両者の優劣は、次のとおりである。
一、同法第十六条第二項、第四項、漁業及び漁場の経験について
原告は、父の代から引き続き本件漁場において、定置漁業を営み本件漁場の開拓経営に当り、これが改善に努力し、特に父死亡後の昭和十一年以降は、原告がこれを引き継いで爾来約十六年間にわたり、これが経営に当つた経験者であるのに対し、訴外人は、定置漁業を一箇所で営むことをせず、年毎に漁場を移動して利益追及に専念し、その経験は原告に劣るし、特に本件漁場については全くの無経験者である。
二、同条第五項第一号の労働条件について
原告は、労賃は水揚高の一割五分の歩合払とし、労災の補償は労働基準法の定めるところに従つて補償をするのに対し、訴外人は労賃は水揚高三百万円で一割三分の割合の賃金を支払い、労災補償は公傷の場合に医療費を支払うに過ぎず、この点については明らかに原告が有利な条件で漁民を使用するものである。
三、同条第五項第四号の当該漁業の経験程度及び経営能力について
本件漁業に対する経験の程度は前示一のとおりであり、資本その他の経営能力は、原告が本件漁業用資材として落網二張いわし網四張、無動力船四隻(合計二十六トン)その他網材料の手持等も極めて豊富であるのに対し、訴外人は網の手持はなく、材料の手持もまた僅少で、動力船一隻(五十馬力)と無動力船一隻(合計一、〇九トン)を持つのみであり、原告が多年にわたり本件漁場の経営に従事してきたことゝ相まつて明らかに原告が訴外人よりも優つている。
四、同条第五項第五号の当該漁業に対する経済的依存度について
原告は、本件漁業の経営をその生業として、その経済は全部これを依存しており、これを失えば失業状態に陥るのに対し、訴外人は本件漁業の外、加工業、農業等を営み、その経済が本件漁業に依存する程度は六十%に過ぎないものであり、はるかに原告が訴外人に優先する。
以上のように、右各号について原告が訴外人に優先し、他の勘案事項については、いずれも両者相等しい程度であるから、原告は漁業法第十六条第五項による優先順位者として、訴外人に優先して免許されるべきである。
しかるに委員会は、これが判断を誤り右訴外人に優先順位がある旨議決して被告に答申し、被告もまた右意見を受容して前記の各処分をしたものであつて、右処分は明らかに右漁業法所定の優先順位の判定を誤つたものであるから、これが取消を免れない。
以上の理由により原告は被告のした本件行政処分の取消を求めるために本訴請求に及んだものであると陳述し、被告の主張事実はすべて争うとのべた(立証省略)。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張事実中、被告が原告主張のように本件漁業権免許に関する公示をしたこと、原告及び訴外西正香が各適法な免許申請をして両者競願となつたこと、被告が右両者の免許につき、訴外委員会の意見をきいたうえで、原告主張のような各処分をしたこと及び被告の諮問に対する委員会の議決に際し原告主張のように、両競願者の優先順位につき、可否各四票白票一票となり会長がこれを決裁せず、各委員が両競願者の優先順位の勘案事項を採点し、その総合点数の多数であつた訴外人を優先順位者として免許されるべき旨を議決して被告に答申したことは、いずれもこれを認めるが、その余の事実はすべてこれを争う。すなわち右議決に際し、委員会がした採点による議決方法をとつたことは何等違法ではない。
漁業法第百一条第二項は、委員会の議事進行の準則を定めた訓示的規定であつて、可否同数のときに必ずしも会長が決しなければならぬものではなく、審議の慎重を期するため他の方法によつて決することも許されているものであり、本件においても事案の重要性に鑑み、会長が決裁をしないで、委員の公正な採点により、その結果を考慮して全委員一致で訴外人を優先順位者と議決してこれを答申したものであり、その手続は何等違法のものではなくまたその内容も適正であり、被告の平素からの調査結果とも一致していたので、訴外人を優先順位者と認めてこれに免許し原告の免許を拒否する処分をしたものであつて、被告のした右処分はいずれも適法のものである。更に原告が仮定的主張として述べている優先順位に関する事実も原告独自の見解に基づくもので真実に符号しないものであり、両者の優劣は次のとおりである。
一、漁業法第十六条第二項、第四項、漁業及び漁場の経験について
原告の父が本件漁場の開拓に従事したこと及び原告が昭和十一年以降本件漁場において定置漁業に従事してきたことは争わないが、訴外人もまた昭和五年以来本件漁場に隣接する大床浦漁場において数年間にわたり定置漁業を経営し、その後は弁慶深浦の両漁場において定置漁業を経営し、右両漁場を一年交替で、他の共同経営者とともに操業に従事してきたもので、一定場所の定まりなく利益追及に専念して漁業を転々したとの原告の主張は事実を曲げたものであり、操業経験はむしろ訴外人が原告よりも優れており、本件漁場における経験も両者相等しい程度である。
二、同条第五項第一号の労働条件について
原告は、水揚高の一割五歩の割合による賃金を支給すると主張し訴外人は、固定給の外に水揚高三百万円について一割三歩の割合による歩合給を支払うものである。元来漁業は、その豊凶定まらない冒険的事業であつて時に甚しい不漁の場合も生ずることが当然予想されるのであつて、かゝる事業においては或程度の固定給を与えることが従業者に利益であり、その生活を安定させるものでもあつて、漁民の希望により一定の固定給を支払い、かつ多量の水揚げある場合にその歩合による報酬を与えることがむしろ労働条件としては良好とみるべきであつて、訴外人はかゝる賃金制をとることにより従来から著しい不漁の際にも多大の犠牲を払つて固定給の支払をしてきたものであり、更に、労災補償についても原告が労働基準法による補償を行うのに対し訴外人はこれを上回つて、公傷の場合に医療費を支払う外に賃金をも支払うものであつて、はるかに原告より有利な条件のもとに労働者を使用するものである。
三、同条第五項第四号の当該漁業の経験程度及び経営能力について
原告がその主張のような各手持資材を有していることは争わないが、訴外人は原告主張の資材の外約千五百貫の綿糸類その他の手持資材と無動力船三隻を所有しており、経営能力において原告に優るとも劣らないものである。
四、同条第五項第五号の当該漁業に対する経済的依存度について
両者の依存度が原告主張のような程度であることは争わない。しかし仮りに経済的依存度が原告がより大であるとしても、単なる個人的利益に過ぎず、漁業法の精神にもとつてまで同人を優先順位者なりと認めることはできない。
五、地元地区に住所を有する漁民特に当該漁業の操業により従前の生業を奪われる漁民を使用する程度について
原告は、両競願者相等しいと主張するが、地元地区の漁民を使用した数は、原告が昭和二十五年に十三名、同二十六年に十名であつたのに対し、訴外人は同二十五年に十四名、同二十六年に三十一名であつて、原告が漸次減少の方針を採つているのに、訴外人は漸増方針であり、漁場の如何によつてはそれに要する全従業者を地元民から採用するものであつて、両者の過去の実績に徴しても明らかに訴外人が優れている。
以上のとおりであつて、被告は委員会の前記議決が適法公正であり、かつその意見と、被告の平素の調査蒐集に基づく判断とも合致していたのでこれを受容したうえで、原告主張のような各処分をしたものであつて、その間何等の違法不当はなく、原告の本訴請求は失当であるから棄却さるべきであると陳述した(立証省略)。
三、理 由
被告が原告主張のように定置第三号漁業権の免許に関する内容を定めてこれを公示したこと、原告及び訴外西正香が各適法な免許申請をし、両者の競願となつたこと、被告が右両競願者に対する免許の許否について訴外北薩海区漁業調整委員会に諮問し、同委員会が右諮問に応じ、昭和二十六年八月三十日の会議においてこれを審議し、両競願者の本件免許に関する優先順位について議決をする際出席委員九名による採決の結果、原告を優先順位者とするもの四票、訴外西正香を優先順位者とするもの四票、白票一票となり、可否同数となつたが、会長がこれを決裁せず、更に出席全委員により漁業法第十六条第五項所定の勘案事項につき両者毎に各採点し、その多数点を得たるものを優先順位者とすべきことを申し合わせ、各自採点し、その総計が原告二百九十六点、右訴外人三百四十三点となり、結局右訴外人を本件免許に関し、優先順位者として同人に免許されるべき旨を議決してこれを被告に答申したこと、被告が右答申に基づき、主文記載の如き各処分をしたことは、いずれも当事者間に争いのないところである。
原告は、委員会の右議決手続は違法であると主張するので、まずこの点について判断することゝする。
漁業法第十二条により、都道府県知事が漁場計画の作成漁業権の免許等について、海区漁業調整委員会の意見をきくことを要するものとした趣旨は、漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構たる委員会の適正な運営により、広く漁業生産関係の全般にわたり漁業者及び漁業従事者の意向を強く反映させるとともに、委員会にこれが実質的審査権を付与し、もつて、漁業行政における行政庁の恣意を排除して漁業制度の民主化を図り漁業生産力の増進を期することを目的としたものというべく、従つて委員会は法律上では単に諮問機関たるに過ぎないけれども、その議決は事実上行政庁を拘束し、行政庁においては高度にこれを尊重しなければならぬことは論ずるまでもないところであつて、これがため漁業法第百三条は、行政庁において、委員会の議決が法令に違反し、又は著しく不当であると認めるときは、理由を示してこれを再議に付し適法妥当な議決を求めることができることを明定し、もつて法の所期する漁業行政の実施を期しているところであり、これに伴い委員会における議決もまた右の趣旨に則り、法令の定めた手続に従い、かつ、妥当な結論を得なければならぬことは勿論であつて、法定の手続によらず又は著しく不当な内容を包蔵する議決は、いずれも違法のものとして無効又は取消を免れないものと解すべきである。
そうして、漁業法第百一条第二項の規定によれば、委員会の議事は、出席委員の過半数によつて決し、可否同数のときは、会長の決するところによると定められているから、その表決は、起立、記名又は無記名の投票、挙手、異議の有無等いずれの方法によるかは一に委員会の裁量に属するところであるが、そのいずれの方法によるとにかゝわらず、当該議案に対する賛否につき、委員の内心的意思を明確に表示し得る方法によつてなされなければならないことは条理上当然であり、これを明らかにし得ない方法による表決は許されないものと解するのが相当であり、かゝる方法によつて明示された構成員の意見が可否同数となつた場合には、会長が右の法条によつて与えられた決裁権を行使し、自己の所信に従い可否いずれかに決することを要するものと解すべきである。すなわち、前記法条は強行法規と解すべきものであつて、被告主張の如く訓示的規定と解すべきものではない。成立に争のない乙第一号証及び第三号証によつては右の解釈を覆えすことはできない。
そこでこれを本件委員会の議決についてみるに、同委員会が本件漁業権の免許に関する優先順位を議決するに際しての各委員の意見が、採決の結果可否同数で、白票一票となつたことは前示のとおりであり、右白票は、可否いずれの意見をも表明していない無効のものであるから、前段説示の表決の方式に従い、可否同数の場合として、会長において法定の決裁権を行使し、そのいずれかに決すべきであつたにかかわらず、あえてこれをせず、かえつて採点による総合点数の多少により、訴外人を優先順位者とする旨議決したことは、明らかに前示法条の解釈を誤つた違法の手続と解さゞるを得ない。
加うるに、かゝる採点制による場合においては、その構成員の一部の採点の不公正によつて或いは表決と全く異る結果を招来し得ることも有りうべく、例えば、一委員が、一方のすべてに最高の評点を与え他方のすべてに最低の評点を与えるが如きことがあれば、一票の表決権をもつて、優に二票以上の表決権を行使したと同一の効果を発生し得るものとなり、或いは両者相等しく採点することにより、可否いずれをも決し得ない表決権の行使となることも生じ、一人一意思の表示を基本とする表決手続を容易に免脱して議決の適正を害する可能性も内包し、著しく不当なものであることは深く論ずるまでもないところであつて、明らかに議事採決の原則を逸脱する無効な採決手続といわねばならず、従つてかゝる無効な手続によつてなされた委員会の議決もまた無効のものと認むべきである。
そこで、更に進んでかゝる無効の議決による委員会の意見を受理し、これを基としてなした被告の本件各処分が適法であるかどうかについて判断するに、漁業権の免許につき委員会の意見をきくべきことの趣旨並びに、これが拘束力等については、すでに説示したとおりであり、委員会の意見が本件各行政処分をするにつき欠くことのできない重要な前提手続であることもまた自ら明らかであつて、被告はこのような無効な意見を受理することなく、その再議を命ずる等の適宜の措置を採り、もつて適法な意見をきいたうえで、これが処分をなすべきであつたにもかゝわらず、これを有効なものと誤認し、これを基として本件各処分をしたものというべく、明らかに漁業法所定の免許に関する重要な手続を誤つた違法の処分であり、この違法は治ゆすることのできない重大な瑕疵であつて、これにより原告の権利を侵害したこともまた窺知されるから、他にこの違法処分の効力を維持し得べき特別の事由の認められない本件においては、爾余の争点について判断するまでもなく、いずれもこれが取消を免れないところである。そこで原告の本訴請求はすべてその理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 森由直記 溝口節夫 滝田薫)