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鹿児島地方裁判所 昭和36年(ワ)159号 判決 1967年9月04日

原告 旗手建設株式会社

右代表者代表取締役 旗手喜彬

右訴訟代理人弁護士 宮元庄蔵

被告 有馬勇二郎

右訴訟代理人弁護士 松村仲之助

主文

被告は原告に対し金八、五〇〇円を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者双方の申立て)

一  原告

「被告は原告に対し別紙物件目録中(一)ないし(三)の各土地、(四)および(五)の各建物をそれぞれ明渡し、かつ、金五万八、五〇〇円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに右金員支払を求める部分について仮執行の宣言。

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

(請求原因)

一  別紙目録記載の(一)ないし(三)の各土地、(四)および(五)の各建物について

1  建築請負業者である原告は、被告との間に昭和三四年九月二四日有馬医院診療所病室並に住宅新築工事につき請負契約を締結したが、その内容は、後に昭和三五年一月三一日の契約で一部設計変更されたので、結局つぎのとおりとなった。すなわち、

工事内訳

(イ)木造瓦葺二階建診療所

建坪二九五・八六平方メートル(八九・五坪)

(ロ)木造アルミニューム葺平家建居宅

建坪一〇一・四五平方メートル(三〇・六九坪)外二階四三・五七平方メートル(一三・一八坪)

竣工期

右(イ)につき昭和三五年三月一〇日

右(ロ)につき昭和三五年三月三一日

請負報酬額

右(イ)につき金三三五万円

右(ロ)につき金二二六万三、五〇〇円

2  原告は右当初の契約に基づき昭和三四年九月二日工事に着手し、別紙目録記載物件のうち(一)ないし(三)の各土地を右工事場所ならびに建築場所として使用してこれを占有し、かつ、右工事により別紙目録記載物件のうち(四)建物(四五パーセントの工事終了)および(五)の建物を占有していた。

3  ところが、被告は原告に対し、その間原告が工事を一時中止していたのを幸いに昭和三五年五月九日到達の内容証明郵便で前記契約を解除する旨の意思表示をしたうえ、不法にも鹿児島地方裁判所に対し占有移転禁止の仮処分の申請をなし、同裁判所の別紙目録記載の各物件に対する原告の占有を解いて同庁所属執行吏の保管に附する旨の仮処分命令をえて、同年同月二三日右命令の執行委任をなしたので、同日右執行吏が別紙目録記載の(一)ないし(五)の各物件を保管するに至った。そのうえ、被告は同年七月一六日右執行委任を解除したので、これらの物件は当然従前よりの占有者である原告に対して引渡さるべきであったにもかかわらず被告は不法にも右各物件を執行吏より受取り、もって執行吏の手を介して原告の占有をとり上げ侵奪し以後別紙目録(四)および(五)の各建物の工事を完成し、現にこれらに居住して占有し、同時に別紙目録(一)ないし(三)の各土地を使用してこれを占有している。

よって原告は被告に対し右各物件に対する前記2の占有権に基づき右各物件の返還を求める。

二  別紙目録記載の(六)および(七)の物件について

右物件はいずれも原告の所有で、右物件を別紙目録記載の(一)ないし(三)の各土地上の工事現場に置いて保管していたところ、被告は昭和三五年七月頃前記工事を自ら進めるに際し右の事情を知りながら若しくは当然これを知り得べきであったのに不法にも右物件を右場所から勝手に搬出してこれを処分した。ところで、これら物件の右処分時の時価は杉丸太は金五万円板は金八、五〇〇円であったから、原告は被告の右不法行為により右価額に相当する損害を蒙った。よって原告は被告に対し右損害金五万八、五〇〇円の支払を求める。

(被告の答弁および抗弁)

一  答弁

1  請求原因一、1の事実はいずれも認める。

2  同一、2の事実中、原告がその主張の工事に着手したことは認めるが、着手の時期は昭和三四年一〇月上旬である。原告がその主張のとおりの土地および建物を占有していたことは認める。なお、別紙目録記載の(四)の建物の完成率は六五パーセント、別紙目録記載の(五)の建物の完成率は一五パーセントであった。

3  同一、3の事実中、被告が執行吏から別紙目録記載の(一)ないし(三)の各土地、(四)および(五)の各建物の占有を奪ったとの点は否認する。右各建物は被告において建築工事を進め完成したので、すでに昭和三五年七月一六日当時の原告主張の如き建物は存在しない。その他の事実は認める。

4  同二の事実中、被告が勝手に別紙目録記載(七)の板を勝手に処分したことは認めるが同(六)の杉丸太を他に搬出して処分したとの点は否認する。

二  抗弁

1(占有回収の請求について)仮に被告の占有侵奪の事実が認められるとしても、被告がこれらの物件を占有し建築を続行した際、原告は現場に工事人を差し向けたこともなければ一度も異議を述べたことがなく結局原告は昭和三五年七月頃被告の占有関係を承認して占有回収請求権を放棄した。

2(別紙目録記載(七)の板の損害賠償請求について)被告は原告に対し次の債権を有している。すなわち、原告が訴外株式会社鹿児島銀行から金一五〇万円を借受けるに際し、被告は右銀行に金一五〇万円の定期預金をし、昭和三四年一〇月二〇日右銀行の原告に対する貸金債権を担保するため、右預金債権に質権を設定したが、その後右質権が実行されて、原告の債務は弁済されたので、被告は原告に対し右弁済により金一五〇万円の求償権を有するに至った。よって被告は原告に対し昭和四二年七月二四日の本件口頭弁論期日において右求償権をもって原告の本訴板の損害賠償債権金八、五〇〇円とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(被告の抗弁に対する原告の答弁)

1 抗弁1の事実は否認する。

2 抗弁2の事実中、被告が原告に対し金一五〇万円の債権を有することは認める。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一、占有回収請求について

1  原告が被告との間でその主張する日に主張通りの建築請負契約を締結したこと、右契約に基づき原告が工事に着手し(時期の点を除く。)、別紙目録記載の(一)ないし(三)の各土地、(四)および(五)の各建物(ただし、工事完成率の点を除く。)を占有していたこと、その後工事を中止していたこと、被告が原告に対しその主張の日に右契約を解除する旨の意思表示をしたのち、鹿児島地方裁判所に対して占有移転禁止の仮処分の申請をなし、同裁判所の仮処分命令をえて同年同月二三日執行がなされ、その際別紙目録記載(一)ないし(五)の各物件に対する原告の占有が解かれ同庁所属の執行吏がこれを保管するに至ったこと、および同年七月一六日右執行委任の解除がなされ、以後被告が別紙目録記載の(四)および(五)の各建物の建築工事を続行してこれを完成し、現にこれらに居住して占有し、同時に別紙目録(一)ないし(三)の各土地を使用してこれを占有していることはいずれも当事者間に争がない。

2  そこで、被告の右建築工事の続行に際し、はたして原告の占有が侵奪されたかについて考えると、もともと特段の事情のない限り、仮処分命令の執行それ自体をもって、民法第二〇〇条にいわゆる占有の侵奪があったとは解しえないものであるところ、この点に関しては≪証拠省略≫を総合すると、原告の経営は当時非常に苦しくもっぱら被告の出す報酬金の前払いをもって維持されていた状態で、そのため、ついに前記工事が中止されるに至ったこと、および被告は、前記約定の工事完成の見込みがないと認めて、前記契約の解除および仮処分の執行におよんだ事情を認めることができる。しかし、右事実のみをもってしてはとうてい特段の事情があったとはいえず、他に侵奪の事実を認めるべき証拠はない。

もっとも、被告本人尋問の結果によれば、被告は仮処分執行委任を解除したのち執行吏から任意にその保管にかかる物件の引渡しを受けたことが認められる。そうして、以上の如き事実関係の下では、本来ならば右執行吏は執行委任の解除後その保管にかかる物件を債務者である原告に引渡すべきであったのであるが、このように執行吏が誤って任意に債権者たる被告に引渡した場合には、たといそれが原告の意思に反する場合であっても民法第二〇〇条第一項の法意に照し、これをもって同条にいわゆる「奪われた」場合に当らないものとみるのが相当である。

そうだとすると、原告の占有回収を求める本訴請求はその他の事実について判断するまでもなくその理由がないものといわねばならない。

二  損害賠償請求について

1  別紙目録記載の(一)および(七)の各物件が原告の所有であること、右物件が別紙目録記載の(一)ないし(三)の土地上に置いて保管されていたこと、右物件中板については被告が勝手にこれを搬出して処分したことは当事者間に争がなく、かつ、右(六)および(七)の物件の搬出当時の時価が、それぞれ金五万円および金八、五〇〇円であったことはいずれも被告は明らかにこれを争わないので、自白したものとみなすべきである。

2  しかし別紙目録記載(六)の杉丸太につき被告が勝手に搬出して処分したとの原告の主張事実は、これを認めるに足りる証拠はない。

従って、杉丸太についての原告の請求は理由がない。

3  次に、以上の事実によると別紙目録記載の(七)板についての原告の損害は被告の不法行為によって生じたものというべきである。そうして被告はこの点につき相殺の抗弁を主張しているが、もともと不法行為に因って生じた債務については、債務者は相殺によって債権者に対抗し得ないものであるから、被告の相殺の主張はその主張自体既に理由がなく、結局被告は原告に対し右板の損害賠償として当時の前記時価相当の金八、五〇〇円の支払義務があるといわねばならない。

三  よって、原告の本訴請求は、金八、五〇〇円の支払を求める限度においては理由があるのでこれを正当として認容し、その余の請求は理由がないので、失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松本敏男 裁判官 吉野衛 松本昭彦)

<以下省略>

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