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鹿児島地方裁判所 昭和40年(ワ)178号 判決 1968年4月03日

主文

被告渕本敏太郎は原告のため別紙物件目録記載の不動産につき昭和三三年三月一四日鹿児島地方法務局受付第三八二八号を以てなされた所有権移転請求権保全の仮登記に基づく所有権移転の本登記手続をせよ。

被告福島俊雄、同鹿児島市農業協同組合は各本登記手続を承諾せよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告は昭和三三年三月一三日被告渕本敏太郎に対し、金三〇万円を弁済期同年六月一四日の約定のもとに貸し付けた。そうしてその際もし期日に弁済がない場合には、弁済に代え同被告所有の別紙物件目録記載の不動産(以下本件不動産と略称する)の所有権を原告に移転する旨の代物弁済の予約をなし、右代物弁済の予約に基づく所有権移転請求権を保全するため、同年三月一四日鹿児島地方法務局受付第三八二八号を以て、右請求権保全の仮登記を経由した。

二、ところが被告渕本は、弁済期を過ぎても債務を弁済しないので、原告は本件訴状により同被告に対して代物弁済の予約完結権を行使し、右訴状は昭和四〇年五月二七日同被告に送達された。従つてこれにより本件不動産の所有権は原告に帰属したものというべく、被告渕本は原告に対し、前記所有権移転請求権保全の仮登記に基づく本登記手続をなすべき義務がある。

三、仮りに右代物弁済が認められないとしても、被告渕本は昭和三三年三月一三月被告に対する前記貸金債務を担保するため、原告との間で本件不動産につき売買予約をなし、もし弁済期日に弁済がなかつたときは、原告において売買予約の完結権を行使することとした。そうして本件不動産につき右売買予約に基づく所有権移転請求権を保全するため、前記仮登記を経由した。

ところが被告渕本が期日に弁済しなかつたこと前記のとおりであるので、原告は昭和三四年三月三日同被告に対し、前記売買予約を完結する旨の意思表示をした。仮りに右完結権の行使が認められないとしても、原告は本件訴状ないし昭和四二年七月一七日付準備書面を以て、完結権行使の意思表示をしている。

四、ところで本件不動産については、被告福島俊雄のため昭和三三年一一月五日鹿児島地方法務局受付第一七、七三一号を以て、同月四日売買を原因とする所有権移転登記が、また被告鹿児島市農業協同組合のため同三四年八月二八日同地方法務局受付第一四、八八四号を以て、同日根抵当権設定契約を原因とする根抵当権設定登記及び同年一一月二四日同地方法務局受付第二〇、四四六号を以て、同日根抵当権設定契約を原因とする根抵当権設定登記及び同三七年五月三〇日同地方法務局受付第一一、二一三号を以て、同年五月一五日根抵当権設定契約を原因とする根抵当権設定登記がそれぞれなされている。しかしながら右各登記は、いずれも原告の前記所有権移転請求権保全の仮登記より後順位であり、同被告らの所有権ないし根抵当権は、右仮登記を以て保全されている原告の所有権に対抗し得ないものであるから、同被告らは原告に対し、右仮登記に基づく本登記手続を承諾すべき義務がある。

被告ら訴訟代理人は、請求棄却の判決を求め、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一、請求の原因一の事実のうち、被告渕本が原告のため本件不動産につき、原告主張の日時に所有権移転請求権保全の仮登記をしたことは認めるが、右は昭和三三年三月一三日付売買予約を原因とするものである。被告渕本が原告から借り受けたのは金三〇万円であつて、金二万七〇〇〇円は利息である。

二、同じく二の事実のうち、被告渕本が弁済期日に弁済しなかつたことは認める。

三、同じく三の事実のうち、原告主張のように前記貸金債務を担保するため、原告との間において本件不動産につき売買の予約を締結したことは認めるが、原告が昭和三四年三月三日右予約完結権を行使したことは否認する。

四、同じく四の事実のうち、本件不動産につきそれぞれ原告主張のような登記がなされていること、右各登記が原告のためなされた前記仮登記より後順位であることは認めるが、その余の点は否認する。本件不動産は池田政重が被告渕本から買い受け、これを信託的に義弟である被告福島名義としたものである。

以上のとおり述べ、さらに抗弁として次のとおり述べた。

五、被告渕本は昭和三三年九月三日本件不動産を池田政重に売渡すこととし、被告渕本、池田及び原告とで話し合つた結果、原告は被告渕本が池田に本件不動産を売り渡すことを承諾すること、池田は原告に対し被告渕本の原告に対する借受金債務金三〇万円及び延滞利息金二万七、〇〇〇円を支払うこととし、池田振出の九〇日先を満期とする約束手形を交付することとの内容の和解が成立した。そこで池田は被告渕本から本件不動産を代金一七三万二、〇〇〇円で買い受け、右代金のうち金一四三万二、〇〇〇円は被告渕本の日本電建株式会社、鹿児島相互信用金庫、柿内栄熊及び原告に対する債務を立替支払い、残額金三〇万円を同被告に支払う旨約した。そうして池田は前記約定により、原告に約束手形を交付しようとしたところ、原告から現金で支払うよう求められたので、持ち合わせていた金五万円を支払つた。その後池田はしばしば原告に対し小切手又は現金を持参して、支払金額を確定するよう交渉したが、そのつど原告は言を左右にして金額を確定せず、その未確定を理由として金員を受領しないまま現在に至つた。しかし池田は前記約定に基づき、日本電建株式会社に対して金四九万三、〇七五円、鹿児島相互信用金庫に対し金一三万円、柿内栄熊に対し金三八万円、被告渕本に対し金三八万余円をそれぞれ支払い、また本件不動産の昭和三三年一一月五日以降の固定資産税を支払つている。以上に述べたとおりで原告と被告渕本との間の本件不動産の売買予約は、前記和解により合意解除されたものであるから、原告はこれに基づく予約完結権を失つたというべきである。

六、仮りに右主張がその理由がないとしても、本件不動産は昭和三三年三月一三日当時金二五〇万円ないし三〇〇万円相当の価額であつたもので、現在の時価は金七〇〇万円にも達している。被告渕本は当時鉄工所経営に失敗し、借財が多く破産状態に陥つていたもので、原告は同被告の窮迫に乗じ、僅か金三〇万円の貸金債権のために、短期間の弁済期徒過を条件とする売買予約を締結させたのであるから、右予約は公序良俗に反し無効である。

原告訴訟代理人は、抗弁に対する答弁として、次のとおり述べた。被告ら主張の五の事実のうち、池田が日本電建株式会社その他に金員を支払つたことは不知、その余の事実は否認する。もつとも昭和三三年一二月二六日頃原告が被告渕本から金五万円を受領したことはあるが、その当時本件不動産の所有名義は原告不知の間に被告渕本から他に移転された後であり、原告は右金員の受領を一旦拒否したのであるけれども、同被告から強く受領を求められたので、已むなくこれを一時預ることとして受領したのである。同じく六の事実も否認する。本件不動産のうち建物の売買予約締結当時における時価は五六〇万円であり、土地は坪当り金六、〇〇〇円、総額金一〇〇万円前後である。そうして原告の仮登記よりも先順位にあつた日本電建株式会社、鹿児島相互信用金庫、柿内栄熊らの抵当権の被担保債権元利金合計金一三〇万円以上の存在を考慮すると、本件不動産の当時の取引価額は金三〇万円位と認めるのが相当である。従つて前記売買予約には客観的に暴利性がない。のみならず原告は被告渕本の無思慮、無経験、窮迫に乗じた訳でもないから、右資買予約はこの点からいつても、公序良俗に反するとはいえない。

立証(省略)

理由

一、請求の原因一の事実うち被告渕本が原告から金三〇万円を借り受けたこと、被告渕本が原告のため、本件不動産につき原告主張の日時に所有権移転請求権保全の仮登記をしたことは、いずれも当事者間に争がなく、右貸金の貸付日時、金額、弁済期等の約定が原告主張のとおりであつたことは、被告らにおいて明らかに争わないから、これを自白したものとみなすべきである。そうしていずれも成立に争のない甲第一、二号証、同第三号証、同第五ないし第七号証並びに証人大迫信義の証言(但し後記採用しない部分を除く)、原告谷口栄及び被告渕本敏太郎(但し後記採用しない部分を除く)の各本人訊問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち原告は被告渕本から前記貸金の申込を受けた際、以前同被告への貸付金の弁済が円滑になされなかつたこともあつて、貸付をためらつたのであるが、間に入つた大迫信義の懇請もあつたので、本件不動産を担保とすることで金三〇万円を被告渕本に貸し付けることとした。そうしてその手段として、本件不動産に原告のため所有権移転請求権保全の仮登記をなし、期限に債務の履行がなかつた時は、原告において債務の弁済に代えて本件不動産の所有権を取得し得ることとし、予め被告渕本が原告に交付しておく売渡証書、委任状、印鑑証明証等を以て、前記仮登記に基づく所有権移転の本登記をなすことができる旨を約した。しかし仮登記手続をするため当事者が司法書士のところに赴いた際、説明が十分でなかつたこともあつて、結局売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をすることとなり、前記当事者間に争ない事実のとおり、右のとおりの仮登記がなされるに至つた。以上の事実を認めることができ、証人大迫信義の証言及び被告渕本敏太郎の本人訊問の結果中右認定に反する部分は採用せず、他にこの認定を左右するような証拠は存在しない。

そうして右認定の事実によれば、原告と被告渕本は前記貸金債務を担保するため、本件不動産を目的として代物弁済の予約を締結したものであつて、登記簿上は前述のような経過により、売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記がなされたものと解するのを相当とする。

二、次に被告渕本において弁済期日に前記貸金を弁済しなかつたことは、当事者間に争がなく、原告が本件訴状において同被告に対し、前記代物弁済の予約完結権を行使する旨の意思表示をなし、右意思表示が昭和四〇年五月二七日被告渕本への訴状送達により同被告に到達したことは、本件記録に徴し明らかである。

ところで前記所有権移転請求権保全の仮登記は、本来右認定にかかる代物弁済予約に基づく原告の被告渕本に対する所有権移転請求権を保全するものであるところ、登記簿上は売買予約を原因とするものとして登記されており、仮登記された権利関係と実質上の権利関係との間に不一致があることは前記のとおりである。しかしながら売買予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記も代物弁済予約に基づくそれも、所有権移転請求権保全の仮登記である点においては同一であり、本件において前記のとおりの事実関係のもとにおいては、仮登記にかかる権利関係と実質上の権利関係との間には同一性があるものと認めるのを相当とするから、右両者の間の不一致は更正登記によつて除去することも可能なのである。従つてこのような場合においては、実質上の権利関係との不一致があるからといつて、直ちに当該仮登記を無効と解すべきではなく、仮登記権利者において代物弁済の予約完結権行使により仮登記の目的たる不動産の所有権を取得したときは、仮登記義務者に対し右仮登記に基づく本登記手続を請求し得るものと解するのを相当とする(最高裁判所第二小法廷昭和三七年七月六日判決、民集一六巻七号一四五二頁参照)。従つて被告渕本は原告に対し、前記仮登記に基づく所有権移転の本登記手続をなすべき義務がある。

三、そこで次に被告ら主張の抗弁について判断する。いずれも成立に争のない乙第一ないし第四号証並びに証人池田政重の証言、被告渕本敏太郎の本人訊問の結果によれば、次の事実を認めることができる。すなわち被告渕本は昭和三三年九月三日本件不動産を代金一七三万二、〇〇〇円で池田政重に売り渡すこととし、右代金中金一四三万二、〇〇〇円は、買主池田において本件不動産に設定されている抵当権の被担保債権の支払に充てることとし、残額金三〇万円は被告渕本に対し昭和三三年九月三日内金二〇万円、同年一〇月三〇日までの間において明渡と同時に金一〇万円を支払うことを約して売買契約を締結した。そうして買主である池田は右契約に基づき本件不動産の抵当権者である日本電建株式会社に対し金四九万三、〇七五円、柿内栄熊に対し金三八万円を弁済し、さらに鹿児島相互信用金庫に対しても債務の一部を弁済した。以上の事実を認めることができる。しかしながら右売買に際し、原告と被告淵本及び買主池田の三者間に和解が成立し、被告渕本の原告に対する前記借受金債務元利金合計金三二万七、〇〇〇円を池田が支払うこととし、同人振出の九〇日先を満期とする約束手形を原告に交付して、原告と被告渕本との間の本件不動産についての売買予約を合意解除したとの被告の主張については、前記証人池田政重の証言及び被告渕本の本人訊問の結果中にこれに副う趣旨の部分があるけれども、これを原告本人訊問の結果と対比するときは未だ採用するに足らず、他にそのような事実を認めるべき証拠は存在しない。もつとも原告本人訊問の結果によれば、原告が昭和三三年一二月二四、五日頃被告渕本から金五万円を受領したことを認めることができるけれども、右は被告渕本が本件不動産を他に処分して貸金を弁済したい旨申し入れ、強く右金員の受領を求めたので、原告も已むなく一時預る趣旨で受領したものと認められるから、右事実があるからといつて被告ら主張の合意解除がなされたと認めなければならないものではない。また証人福留正志、同池田政重の各証言中には、昭和三九年末か翌四〇年初め頃原告の妻が被告鹿児島市農業協同組合を訪れ、原告の池田に対する債権を被告組合において代払して貰いたい旨申し入れたとの趣旨の部分があるけれども、これのみを以てしては当時原告が池田に対して債権を有すると主張していたような事実を肯認するには十分でない。証人池田政重の証言、被告渕本敏太郎本人訊問の結果中前記認定に反する部分は採用せず、他にこの認定を左右するような証拠は存在しない。

四、最後に被告らの公序良俗違反の主張について判断するのに、被告らは原告と被告渕本との間に前記代物弁済予約が締結された昭和三三年三月一三日当時、本件不動産の時価は金二五〇万円ないし三〇〇万円相当であつた旨主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠は存在しない。被告渕本敏太郎の本人訊問の結果中には右時価は金二百万円を下らなかつたとの趣旨の供述があるけれども、仮りにそうだとしても、成立に争のない甲第一、第二号証、同第四号証、乙第一号証、同第三号証並びに証人池田政重の証言、原告及び被告渕本の各本人訊問の結果によれば、本件不動産のうち宅地については、鹿児島相互信用金庫及び柿内栄熊が、建物については日本電建株式会社がそれぞれ抵当権を有しており、その被担保債権額は元本だけでも合計金一〇〇万円を超していたことが認められるから、前記代物弁済予約の目的となつた債務の元本額が金三〇万円であることを考えれば、未だ暴利行為として右予約が無効となるものとは解せられないし、また原告が被告渕本の窮迫ないし無思慮、無経験に乗じて右代物弁済の予約を締結したというような事実を認めるべき証拠も存在しない。従つて被告らのこの点に関する主張もまた採用することができない。

五、本件不動産につき被告福島俊雄及び被告鹿児島市農業協同組合のため、それぞれ原告主張のような所有権移転登記及び根抵当権設定登記がなされており、右各登記が原告のためなされた前記所有権移転請求権保全の仮登記より後順位であることは当事者間に争がなく、従つて同被告らは原告に対し右仮登記に基づく所有権移転の本登記手続を承諾すべき義務がある。

六、以上認定の次第で、原告の被告らに対する本訴請求は、いずれもその理由があるから正当としてこれを認容すべきである。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

別紙

物件目録

(一) 鹿児島市原良町一、九三四番

一、宅地     五七一・九〇平方米(一七三坪)

(二) 同所同番地

家屋番号  同町九八八番

一、木造瓦葺平家建居宅一棟

床面積    六九・一二平方米(二〇坪九合一勺)

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