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鹿児島地方裁判所 昭和49年(わ)7号 判決 1974年4月30日

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。

押収してある自動車運転免許証一通の偽造部分を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、先に拾得した鹿児島県公安委員会発行の小吉照夫に対する自動車運転免許証一通(免許証番号第九六六八〇〇二〇八六〇―〇九七八号、免許の種類「大型」「普通」)を自己に対する自動車運転免許証のように偽造しようと企て、昭和四七年八月下旬頃、鹿児島市伊敷町六六六番地の二の自宅において、行使の目的をもって、安全かみそりの刃を用いて同免許証の透明ビニール製カバー下部右側部分を切断したうえ、同カバーに覆われた免許証用紙写真欄に貼付してあった小吉照夫の写真を剥ぎとり、その跡に糊を用いて自己の写真を貼付し、同免許証があたかも自己に対する免許証であるかのごとく作成し、もって同公安委員会の記名押印があり同委員会が作成すべき自動車運転免許証一通の偽造を遂げ、昭和四九年九月二二日午後九時四五分頃鹿児島県熊毛郡南種子町中之上南種子駐在所先路上において普通乗用自動車(鹿五五そ三一六六号)を運転中、折から交通違反取締中の種子島警察署司法巡査久木山隆一から職務質問を受け運転免許証の呈示を求められるや右偽造に係る自動車運転免許証をあたかも真正に作成された免許証であるかのごとく装って同巡査に呈示して行使し、

第二、同日時場所において、公安委員会の運転免許を受けないで同車を運転し、

第三、昭和四九年一月四日午前一一時五四分頃、鹿児島市伊敷町六七〇番地先路上において、公安委員会の運転免許を受けないで同車を運転し

たものである。

(証拠の標目)≪省略≫

(法令の適用)

一、判示所為

第一のうち有印公文書偽造の点は刑法一五五条一項、同行使の点は同法一五八条一項(一五五条一項)

第二、第三は各道路交通法六四条、一一八条一項一号

一、牽連犯

判示第一の有印公文書偽造と同行使との間には手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により一罪として犯情の重い同行使罪の刑で処断

一、刑種選択

判示第二、第三の各罪につき、所定刑中いずれも懲役刑選択

一、併合罪加重

同法四五条前段、四七条本文、一〇条(最も重い判示第一の罪の右刑に同法四七条但書の制限内で加重)

一、執行猶予

同法二五条一項

一、保護観察

同法二五条の二第一項前段

一、没収

同法一九条一項一号、二項(判示第一の偽造有印公文書行使罪の組成物件)

(判示第二の罪につき、有罪の言渡をなし免訴の言渡をしない理由)

被告人は、判示第二の無免許運転をなした際、同時に酒気帯び運転をもなしていたのであるが、判示第一に摘示のとおり、折から交通取締中の警察官からその運転について職務質問を受けるや、偽造にかかる小吉照夫名義の自動車運転免許証を警察官に呈示したため、そのときは無免許運転の罪についてはその発覚をまぬかれ、ただ酒気帯び運転の罪についてのみ同人名義でいわゆる交通事件原票を作成され、これに基づき昭和四八年一〇月五日種子島簡易裁判所において同罪により罰金二万円に処せられ(同人名義で略式命令、同月二〇日確定)、すでにその罰金を完納していることが明らかである(検察事務官作成の前科調書、判示第二の罪についての前掲各証拠)から、このような同一機会の無免許運転の罪と酒気帯び運転の罪との関係を観念的競合と併合罪とのいずれであると解するか、その点の理解如何によっては、検察官も指摘するとおり、本判決においても、判示第二の罪につき有罪の言渡ではなく免訴の言渡をなすべきではないかとも思われるのである。

そこで、この点につき検討するに、被告人はその際に無免許のまま酒気帯び運転をなしたというのであるが、その際に「無免許であったこと」「酒気帯びの状態にあったこと」「自動車の運転をなしたこと」などは、いずれもそれだけ自体では未だ何ら違法とはいいえないのであり、たゞ、自動車の運転を開始しようとした被告人としては、無免許運転禁止命令(道路交通法六四条)があることにより、運転の開始に先立ち免許の取得を遂げておくべき作為義務が課せられることとなっていたにもかかわらず、かつまた、酒気帯び運転禁止命令(同法六五条一項)があることにより、運転の開始に先立ち酒気帯び状態の解消を遂げておくべき作為義務が課せられることとなっていたにもかかわらず、その際に無免許運転禁止命令に背こうとの意思決定をなし、自らの無免許であることを認識しながら、あえて免許の取得を遂げずにそのまま(不作為)自動車の運転をなした(作為)という点において、その一連の意思決定―認識―不作為―作為が無免許運転の罪(同法一一八条一項一号、故意犯)を構成する構成要件的故意行為とされているのであり、さらには、その際に酒気帯び運転禁止命令に背こうとの意思決定をなし、自らの酒気帯び状態にあることを認識しながら、あえてその状態の解消を遂げずにそのまま(不作為)自動車の運転をなした(作為)という点において、その一連の意思決定―認識―不作為―作為が酒気帯び運転の罪(同法一一九条一項七号の二、故意犯)を構成する構成要件的故意行為とされていると解されるのである。

このような被告人の所為を前構成要件的な社会的事実として観察してみるとき、その際に自動車の運転をなしたというその表面的に観察される行為の外観それ自体としては、たゞ一個のものが存在しているにすぎないといえるのではあるが、そこに至る被告人の意思内容という点においては、上述の如き別個各別の内容をもった二個の意思決定が存在しているのであり(無免許のまま自動車の運転を開始しようとの意思決定をなした被告人としても、酒気帯び状態の解消を遂げてから自動車の運転をなし、少なくとも酒気帯び運転の罪だけは回避するとの意思決定に出ることも可能であったのである)、さらには、上述の如き不作為の部分などその行為の客観的側面という点においても、別個各別の内容で重なりあいを欠いた二個の不作為が存在しているのであり、このようにみてくると、被告人としては、たゞ一個の社会的行為をなしたというのではなく、二個の社会的行為をなしたものといわざるをえないのである。

かくして、被告人のなした無免許運転と酒気帯び運転とは、一個の行為にして数個の罪名に触れる場合とはいいえず、併合罪の関係に立つ二つの罪を構成するものと解されるのであり、従って、そのうちの酒気帯び運転の罪につき先に確定裁判を経ていたとしても、その確定裁判の効力がこれとは別個独立の併合罪関係に立つ無免許運転の罪についてまで及ぶことはないというべく、果してそうであるとするならば、判示第二の無免許運転の罪についても、検察官の主張するように、有罪の言渡をなすべきであり、これについて免訴の言渡をなすべきものではないと解されるのである。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森山淳哉 裁判官 栗原宏武 坂主勉)

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