鹿児島地方裁判所 昭和59年(行ウ)2号 判決 1987年5月29日
原告
柳井谷五男
同
柳井谷道雄
同
若松與吉
同
岩重弘栄
同
有村正吉
同
荒武一雄
同
中尾正義
同
安松良和
同
川畑初二
同
池畑義雄
同
伊集院兼義
同
前田秀秋
同
坪山貞己
同
牧之瀬ミチ子
同
川崎ノブエ
同
伊集院ミツエ
同
城ケ崎辰視
同
藤後栄四郎
同
柿並三郎
同
暉峻康瑞
同
吉永章
同
鈴木篤
右原告ら訴訟代理人弁護士
長谷川純
同
三宅弘
同
井之脇寿一
同
増田秀雄
被告
波見港港湾管理者の長
鹿児島県知事
鎌田要人
右指定代理人
永松健幹
外一四名
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告が昭和五九年八月一一日鹿児島県に対してした別紙公有水面埋立免許目録記載の公有水面の埋立を免許する旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
二 被告
(本案前の答弁)
主文と同旨の判決
(本案の答弁)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決
第二 当事者の主張
(請求の原因)
一 原告らの地位
別紙当事者目録記載(1)ないし(3)の原告ら(以下「(1)ないし(3)の原告ら」という。)は、いずれも鹿児島県肝属郡高山町に住居を有する漁民であり、かつ高山町漁業協同組合(以下「高山町漁協」という。)の正組合員である。
同目録記載(4)ないし(22)の原告ら(以下「(4)ないし(22)の原告ら」という。)は、高山町、同郡東串良町、同県曽於郡志布志町に住居を有する者である。
二 処分の存在
被告は、昭和五九年八月一一日、鹿児島県に対し、公有水面埋立法(以下「法」という。)二条一項に基づき、別紙公有水面埋立免許目録記載の公有水面埋立免許(以下「本件埋立免許処分」という。)をなし、同月一七日、同法一一条に基づき、鹿児島県告示第一三九二号をもつて、同処分を告示した。
三 取消原因(その一)
湾港管理者の長が法二条所定の埋立免許処分をするためには、当該埋立に関する工事の施行区域内における公有水面に関し漁業権を有する者の埋立についての同意を必要とする(法四条三項一号、五条二号)。
本件埋立免許処分にかかる工事の施行区域内の公有水面(以下「本件公有水面」という。)には、鹿共第五七号共同漁業権(以下「五七号共同漁業権」という。)が設定されているところ、五七号共同漁業権は、高山町に住居を有する漁民の総有に属するものであつて、本件公有水面の埋立に対する同意は共有物たる五七号共同漁業権の処分または変更に属する行為であるから、被告が本件埋立免許処分をするためには、五七号共同漁業権の権利者たる高山町に住居を有する漁民全員の同意を必要とするところ、このうち(1)ないし(3)の原告らは本件公有水面の埋立に同意していない。
したがつて、五七号共同漁業権の権利者たる漁民全員の同意を得ずになされた本件埋立免許処分は、法四条三項一号に違反する違法な処分というべきである。
以下、これを詳述する。
1 共同漁業権は、関係地区漁民の総有に属する。
(一) 漁業権とは、定置漁業権、区画漁業権及び共同漁業権をいう(漁業法六条一項)が、このうち共同漁業権とは、一定の水面を共同に利用して同法六条五項各号所定の第一種ないし第五種共同漁業の内容たる漁業を営む権利をいう(六条二項)。
五七号共同漁業権は、一定の水面を共同に利用して第一種ないし第三種の共同漁業を営む権利であり、その種類及び名称は次のとおりである。
① 第一種共同漁業
ひじき漁業、ふのり漁業、てんぐさ漁業、はまぐり漁業、あわび漁業、さざえ漁業、とこぶし漁業、いせえび漁業、うに漁業、なまこ漁業、たこ漁業
② 第二種共同漁業
雑魚磯建網漁業、ふか建網漁業、雑魚沖刺網漁業、あさひかにかかり網漁業、かに・雑魚かご網漁業、小型定置漁業
③ 第三種共同漁業
えび手繰網漁業
(二) 「総有」とは、ゲルマンの村落共同体の土地を中心とする所有形態にその典型を見出す共同所有形態であり、村民がその「個」たる地位を失わずそのまま「全一体」として結合した団体すなわちいわゆる「実在的総合人」が所有する共同所有形態である。すなわち、村落共同体(実在的総合人)は、個々の構成員の変動を越えて同一性を保持してその土地に対する支配権を保持し、また個々の構成員は、実在的総合人という独立の総一体の一員として共同体の内部規範に従いその土地を共同利用するとともに、自らも構成員たる資格において共同に土地所有の主体となる。要するに、「総有」は、実在的総合人が所有の主体であると同時に、その構成員もその資格において共同に所有の主体であるような共同所有形態である。
わが国においても、おそくとも徳川時代には、部落とか組と呼ばれる一定の地域に住む人々が主として草刈り、薪取り、牛馬の放牧、天然林の育成伐採、人口造林あるいはカヤやキノコ取りなどの目的で、共同で集団的に利用し、管理する山林原野(入会林野)が各地でみられたが、明治時代に入ると、土地制度が改革され入会林野に対する住民の権利も入会権として法認されるに至り(民法二六三条、二九四条)、かくして古くからわが国の部落に存在した入会林野の総有形態は、入会権としてその存在を明確に物権として法定され、右入会権の内容は、まず各地方の慣習に従うものとされた。
(三) そこで、わが国における「総有」の内容を明らかにするため、その具体的発現形態である入会権の内容を明らかにする。
入会権は、一定地域の住民が住民としての資格において、一定の山林原野で雑草、秣草薪炭用雑木の採取等の収益を共同してすることを内容とする慣習上の物権であり、その典型的な利用形態においては、入会地全体の上に地域住民すべてが各自平等に使用収益する権利であつて、その主体は、実在的総合人としての部落であるが、同時にその構成員各自に帰属するものである。
また、入会権は、入会集団による管理、利用の事実がある限り消滅せず、入会地利用が不可能となつた場合でも必ずしも消滅しない。更に、入会権を放棄、処分するためには、入会集団構成員全員の同意が必要であつて、多数決によつてはなされ得ないものである。
入会権者たる構成員各自は、第三者の入会権侵害行為に対して妨害排除の請求をすることができる。
(四) 漁業法は、共同漁業権が関係地区漁民の「総有」に属する権利であることを法的に表現したものである。
(1) 徳川時代においては、永年の漁場利用の慣行または功績、貢納等による特許により、地元の漁村部落が地元の漁場を独占的に利用することが認められていたが、これがいわゆる「海の入会」の権利である。この権利は、その漁村部落の漁民集団の総有に属し、村中総漁民により漁場が入会利用されていた。
(2) 明治三四年漁業法(法律第三四号)及び明治四三年漁業法(法律第五八号、以下「明治漁業法」という。)は、右のような漁場の利用関係、権利主体等各般の点において、できる限り従来の実態的関係ないし旧慣を認める趣旨のもとに、これを近代的に整備したものであつた。
すなわち、「海の入会」の権利のうち、地先水面における地元部落民の入会慣行は専用漁業権に構成され、専用漁業権は更に慣行に従つて免許される慣行専用漁業権と、慣行に基づかずに新たに申請によつて「漁業組合」のみに免許される地先水面専用漁業権との二種に分けられたが、地先水面の従来の入会慣行のものは、ほとんど地先水面専用漁業権として出願、免許された。また、従来は部落総漁民の人的に結合した団体である部落漁民集団(実在的総合人)が、対外的にはその部落独占の漁場利用の権利を主張し、対内的には部落漁民各自の行う入会漁業の管理をしてきたものであるが、漁村の保護及び漁場の維持のため、部落漁民によつて組織された漁業組合なる法人に専用漁業権を保有させ、もつて組合という形を通じて漁民の集団管理という慣行を実質的に継承したのである。
(3) 現行漁業法(昭和二四年法律第二六七号)も右明治漁業法の規定を踏襲し、共同漁業権、特定区画漁業権及び入漁権について、関係地区漁民が右漁業権を「総有」するものであることを規定したものである。
すなわち、まず現行漁業法六条二項、五項は、共同漁業権を一定の水面を共同に利用して一定の漁業を営む権利と定義しているが、漁業協同組合(以下「漁協」という。)が共同漁業を営まないことは沿革及び水産業協同組合法(以下「水協法」という。)一一条から明らかである。仮に漁協が共同漁業権の権利主体であるとするならば、「共同漁業権」を「共同漁業を管理する権利」あるいは「組合員に共同漁業を営ませる権利」と定義するはずである。この規定は、共同漁業権の権利主体が漁協ではなく関係地区漁民にほかならないことを示すものであつて、共同漁業権の性格あるいはその帰属主体を最も端的に明らかにしたものである。
また、現行漁業法八条一項は、漁協の組合員(漁業者または漁業従事者に限る。)であつて、一定の資格に該当する者は、漁業を営む権利を有する旨規定するが、この規定が置かれた理由は、共同漁業権の権利主体が関係地区の漁民集団であるにもかかわらず(六条)、右漁民集団に直接漁業権を免許するといつた方法をとらず、漁協という法人に免許するという方法をとつた(一四条)ことに鑑み、関係地区の漁民の固有の権利を漁業法上明示的に認め、六条と一四条の間の調整を図る必要があつたからにほかならない。
また、「漁業を営む権利」は、単に漁民たる各組合員が対内的に漁協に対し漁業を営むことを請求し得る社員権的権利ではなく、対外的にこの権利の侵害者に対して直接損害賠償請求や妨害排除請求をもなし得る一種の物権的権利である。仮に「漁業を営む権利」が漁協の有する漁業権から派生する社員権的権利であるとすれば、かような社員権的権利に過ぎないものを漁業法で明示的に定めるはずがなく、社団に関する権利として水協法に規定されるべき筋合のものである。
同法一一条一項は、都道府県知事が共同漁業権の免許をするにあたり、その関係地区を定めなければならない旨規定するが、関係地区とは、後述の同法八条の書面同意制度、同法一四条の適格性の要件を判断するに際し基準となる地域であつて、自然的、社会経済的条件により当該漁場が属すると認められる地区であり、現実の漁村部落を基礎として定められているのである。したがつて、この規定は、共同漁業権が関係地区漁民の総有に属することを地域性の面から明らかにしているものである。
このほか、漁業権行使規則の制定、変更、廃止について総会の議決前に関係地区組合員の三分の二以上の書面による同意を要するとし、もつて共同漁業権の関係地区ごとの行使を保障して実在的総合人たる関係地区漁民の意思を尊重することとした同法八条三、五項、漁協に共同漁業権の保有主体としての地位を賦与した結果生じ得る漁協組合員と関係地区内の漁民が乖離する事態を防ぎ、関係地区漁民に共同漁業権を帰属させるために設けられた同法一四条三、四、八、一〇、一一項、漁業権の移転を制限し、あるいはその貸付を禁止することにより、関係地区漁民以外の者が共同漁業権を取得し、または行使することを制限した同法二六条、三〇条の各規定も、いずれも共同漁業権が関係地区内に住居を有する漁民の総有に属することを前提とし、あるいはこれを法的に表現したものにほかならないものである。
なお、同法三八条一項、三九条二項は、漁協が適格性を喪失したときまたは漁業に関する法令の規定に違反したときにおいて、漁業権を取り消され、あるいはその行使を停止させられる旨を規定するものであるが、これは漁協が共同漁業権の免許の保有主体であることを前提とする規定に過ぎず、漁協のみが共同漁業権の権利主体たり得ることの根拠とはならない。すなわち、既存の漁協組合員が、共同漁業権の実質的権利主体である関係地区漁民と乖離したときには、三八条によつて免許を取り消し、また、漁業権者が漁業に関する法令に違反したときには、三九条二項に基づき、漁業権を取り消され、ないしその行為を停止させられることを定めたものであり、これによつて、関係地区漁民は、共同漁業権を終局的に失うわけではない。都道府県知事は、水面がある限り、漁場計画を「定めなければならない」義務を有し(同法一一条一項)、新たに適格性を有する漁協に共同漁業権を免許する必要があるのである。
(4) 現行の漁業補償実務例も、共同漁業権者が関係地区漁民集団であることを端的に表わしているというべきである。
漁業補償とは事前の損害賠償であり、これを受ける者は漁業権等に関して権利を有する者であるが、漁業権が漁協に帰属し、組合員は右漁業権から派生する社員権的権利を有するに過ぎないとすれば、「漁業権等に関して権利を有する者」とは一義的に漁協を指すことになり、したがつて、事業者は、漁協が当該漁業権の消滅または制限に関し受けた損害を賠償すればよいことになる。ところが漁協は共同漁業権の保有主体であつても漁業を営なまず、権利を行使して利益を享受する関係はないから、漁業権の消滅等に関して損害賠償を求める余地がなくなり、また仮に漁協に補償がなされた場合も、右補償金は水協法五六条により剰余金として出資額あるいは利用分量の割合に応じて配当されることになる。
しかし、この結果が不当であることは明らかであるのみならず、現行の漁業補償問題のすべてが事業者と漁業者との間で締結された漁業補償契約によつて解決されている実状と合致しない。共同漁業権者が関係地区漁民集団であると解してこそ、事業者は「共同漁業権に関して権利を有する者」とは関係地区漁民であるとし、この者ら全員に総有的に帰属している共同利用権あるいは共同収益権たる共同漁業権に関して漁業補償をすることができるのである。
2 公有水面埋立への同意には関係地区漁民全員の同意もしくは承認を必要とする。
(一) 総有における権利者総員一致の原則
入会集団が入会地を共同利用していく上で、単一かつ最高の意思決定をする必要を生ずることがあるが、右意思決定は、入会団体の同質性あるいは入会集団の慣習を背景にして統一的に単一のものとしてなされることになる。このような入会権の行使、管理ないし処分が入会集団構成総員の合致した意思により統一的になされる現象が「入会権者総員一致の原則」と呼ばれているものである。
わが民法には右原則を明文上明らかにした規定はないが、右原則は入会集団における基本的慣習規範として判例法上確立し、財産法体系の中に組み入れられているといえる(民法二六三条、二九四条、法例二条)うえ、入会林野等に係る権利関係の近代化の助長に関する法律(昭和四一年法律第一二六号)には、右原則を明文化した規定が存する(三条、二〇条一項)。
(二) 公有水面埋立の同意手続における右原則の適用
法四条三項一号、五条二号によれば、都道府県知事が公有水面埋立の免許をするためには、「その公有水面に関」する「漁業権者」の「埋立への同意」が必要であるところ、前記のとおり、共同漁業権における漁業権者とは関係地区漁民全員であつて、かつ、公有水面埋立免許がなされれば、右漁民集団の入会漁場が当然のことながら埋め立てられ、縮小し、変更されるのであるから、右埋立免許への同意は、入会漁場の処分あるいは変更にあたり、したがつて「入会権者総員一致の原則」から、関係地区漁民全員により一致してなされなくてはならないものである。公有水面埋立への漁業権者の同意手続における漁協の関与は、実在的総合人としての漁協による関与であつて、法人としてのそれではない。このことは、補償交渉や補償金の配分が漁協の財産に関する処分行為として当然に理事によつて処理されるのではなく、実在的総合人の特別の代表者によつて処理されることからも明らかである。
なお、公有水面埋立への同意を漁業権の得喪または変更に準ずるものとして、水協法五〇条四号を類推し、漁協の総会における特別決議によつてするべきであると解する見解がある。しかし、右見解は何らの法的根拠もないうえ、公有水面埋立への同意(これは、公有水面が埋立により滅失することにより右部分の漁場が滅失することを容認するということに過ぎない。)と、これとは無関係の権利者の意思表示に基づく漁業権の得喪、変更とを混同するものであり、かつ、埋立に伴つて漁場が滅失しても、漁業権の免許内容たる漁場区域は、もつぱら最大高潮時の海岸線を境界線として定められるものであるから、漁業権の内容はいささかも変更されないのである。更に、法人としての漁協が行う事業には「漁場の管理」がないから(水協法一一条一項)、漁協が漁場の管理行為である埋立への同意をすることができないことは明らかであつて、仮に漁協において、埋立への同意議決を行つたとしても、単に法人としての漁協が埋立につれて同意の意思を決定したというに過ぎず、右以外のいかなる意味をも有しないのである。したがつて、右見解が失当であることは明らかである。
3 以上のとおり、公有水面埋立免許をするためには、関係地区漁民全員の同意が必要であると解すべきところ、本件埋立免許処分は、高山町に住居を有する漁民である(1)ないし(3)の原告らの同意を得ないままになされたものであるから、法四条三項一号、五条二号に違反する違法な処分である。
四 取消原因(その二)
本件埋立免許処分は、法四条一項三号に違反する。
1 志布志湾湾奥の白砂青松、枇榔島およびそれらの地先海面は自然公園法に基づき、すぐれた自然の風景地として日南海岸国定公園志布志海岸地区に指定されている。国定公園には、自然公園法第一二条に基づき公園計画が定められることになつているが、当該国定公園の公園計画(保護計画および利用計画からなる。)は、別紙図面のとおり定められており、うち保護計画によれば、枇榔島が第一種特別地域に、白砂青松・権現山・ダグリ崎等が第二種特別地域に、特別地域の汀線から沖合一キロメートルの海面が普通地域にそれぞれ指定されている。これらの特別地域及び普通地域を合わせたものが、当該国定公園の公園区域である。
2 ところで、本件埋立免許処分に伴い建設が予定されている志布志国家石油備蓄基地は、東串良町の地先海面に位置しており、その西側海浜寄りの護岸は、汀線から約五〇〇メートルの距離にある。したがつて、基地面積約一九六ヘクタールのうち三分の一強、約七〇ヘクタールが国定公園普通地域内に位置することになる。
自然公園法は、すぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、もつて国民の保健、休養及び教化に資することをその目的としている(一条)が、この目的に照らせば、国定公園の公園区域内に備蓄基地を建設することは、公園指定と相容れない矛盾した行為といわなければならない。
したがつて、本件埋立免許処分は、法四条一項三号、すなわち「埋立地ノ用途ガ土地利用又ハ環境保全ニ関スル国又ハ地方公共団体(港務局ヲ含ム)ノ法律ニ基ク計画ニ違背セザルコト」に違背している。
3 原告らは、いずれも、当該国定公園の公園区域に隣接して居住している住民であり、それ故に公園指定に伴う効用・便益を他地域の住民にまして享受してきたものである。自然公園の保護及び利用の増進は、国民の保健、休養及び教化に資することを目的とするものであるから、国民は、自然公園が保護され、すぐれた自然の風景が保全されることにより、自然公園法で定められた生命、健康上の利益を有することが明らかである。また、自然環境保全法及びその関連法も、国民の健康で文化的な生活を享受する利益ならびに自然環境の恵沢を享受する利益を法律上の利益として規定していることが明らかである。ところが、本件埋立免許処分により、原告らの享受している右利益が侵害されることになる。
五 結論
よつて、原告らは本件埋立免許処分の取消しを求める。
(本案前の答弁の理由)
一 原告らは、いずれも本件埋立免許処分の取消しを求めるについて何ら法律上の利益を有しないから、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)九条に照らし、本件訴えを提起しうる原告適格を有しないものである。
すなわち、行訴法九条は、行政処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限り、取消しの訴えを提起できる旨規定しているところ、取消訴訟は、行政当局の違法な行政処分によつて侵害された権利・利益の回復・救済を図る制度であるから、同条にいう「法律上の利益を有する者」すなわち取消訴訟の原告適格を有する者とは、当該行政処分によりその権利又は法律上保護された利益を侵害され又は侵害されるおそれがあり、その取消しによつてこれを回復すべき法律上の利益をもつ者に限られるべきである。しかして、右にいう法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益と解すべきであり、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果としてたまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。したがつて、原告らに本件埋立免許処分の取消しを求める原告適格を認めることができるかどうかは、本件免許の根拠となつた行政法規すなわち公有水面埋立法の解釈いかんによることとなる。
二 (1)ないし(3)の原告らが原告適格を有しないことについて
(1)ないし(3)の原告らは、同原告らが本件公有水面に関する五七号共同漁業権の漁業権者であるとして、本件埋立免許処分の取消しを求めるもののようである。
しかしながら、五七号共同漁業権の漁業権者は高山町漁協そのものであつて、同漁協の組合員は、右漁業権の範囲内において同漁協の制定する共同漁業権行使規則に従つて漁業を営む権利を有するに過ぎず(漁業法八条一項)、同漁協と別個独立に漁業権を有するとは到底いえないのであるから、同原告らに原告適格は認められない。
また、五七号共同漁業権の漁業権者たる高山町漁協は、昭和五八年一〇月二二日、適法に成立した臨時総会において、五七号共同漁業権の一部についてこれを放棄すること及び共同漁業権行使規則について同漁協の有する共同漁業権の範囲を右「漁業権消滅区域を除く五七号共同漁業権」とする議決を特別決議をもつて行つている(水協法五〇条四号)のであるから、漁業を営む権利を有する者にも埋立免許処分の取消しの訴えにつき原告適格を認めるとしても、(1)ないし(3)の原告らの本件公有水面における漁業を営む権利も消滅し、かかる意味においても同原告らには原告適格がないことが明らかである。
以下、これを詳述する。
1 共同漁業権の帰属
漁業法によると、漁業権とは一定の漁業(定置漁業、区画漁業、共同漁業)を営む権利であり(六条二項)、都道府県知事の免許によつて設定され(一〇条)、設定された漁業権についてはこれを物権とみなし土地に関する規定を準用する(二三条)とされている。すなわち、漁業権とは、特定の水面において特定の漁業を排他的に営む絶対権であつて、行政府(都道府県知事)の漁業の免許(申請を前提とする。)という行政処分(設権行為)によつてのみ設定されうる権利であり、時効や先占、慣習によつて取得されることはないものであるということができ、しかも漁業権には存続期間の定め(二一条)があり、この定めは一定の期間ごとに漁場の総合利用計画(漁場計画、一一条)の見直しを行つて、より総合的かつより高度に水面を漁場として利用するために設けられているのである。
漁業法は、「漁業生産に関する基本的制度を定め、漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構の運用によつて水面を総合的に利用し、もつて漁業生産力を発展させ、あわせて漁業の民主化を図ること」を目的とするものであるが(一条)、右「漁業生産に関する基本的制度」すなわち漁場の利用関係については、都道府県知事が、同法一〇条ないし一九条所定の手続に則り、漁場の利用方式について十分な調査研究と技術的検討を加えたうえで、漁民の要求を基礎としてあらかじめ漁場の利用関係を定め、それに従つて漁業権の免許を申請させ、申請者の適格を審査し、もつてこれを免許するものとされている。したがつて、漁業権を免許する側にとつては自己の定めた漁場計画に違背した免許をなすことのできないことは当然として、免許を得ようとする側においても漁場計画と異なる申請をした場合には免許されず(同法一三条一項二号)、また、漁場計画のたてられなかつた水面について、漁場計画とは無関係に申請者独自の見解で免許申請をしても免許を受けることはできないのであり、このことからも漁業権の入会権的性格は漁業法上否定されることは明らかである。
ところで、共同漁業権の免許について適格性(免許を受け得る最小限の資格要件)を有する者は、①関係地区の全部または一部をその地区内に含み、②業種別漁協(またはその連合会)でなく、③関係地区内に住所を有し一年に九〇日以上沿岸漁業を営む者の三分の二以上(世帯単位)を組合員に含むという要件を満たす漁協またはこれを会員とする漁業協同組合連合会(以下漁協と合わせて「漁協等」という。)であり(同法一四条八項)、したがつて漁協等に限つて共同漁業権が免許されることになるから、共同漁業権の保有主体は漁協等に限定されることになる。
なお、漁協等のみが共同漁業権の権利主体たり得ることは、これらが適格性を喪失したときは漁業権が取り消され(法三八条一項)、また、漁業に関する法令の規定に違反したときは漁業権を変更し、取り消し、またはその行使を停止させられる(同法三九条二項、同条一項)ことからも明らかである。
2 共同漁業権における漁協組合員の漁業を営む権利の性格
漁業法によると、漁業権とは本来漁業権者が漁業を営む権利である(六条二項)ところ、その権利の内容となつている漁業を営む態様には、漁業権者自らが営む場合と、組合の管理のもとにその組合員が営む場合とがあり、後者に属するものが共同漁業権や特定区画漁業権(七条)のようにいわゆる組合管理漁業権と呼ばれるものである。
この組合管理漁業権における漁協の組合員の漁業を営む権利について、漁業法は、漁協の組合員(漁業者又は漁業従事者であるものに限る。)であつて、当該漁協等がその有する共同漁業権ごとに制定する漁業権行使規則で規定する資格に該当する者は、当該漁協等の有する当該共同漁業権の範囲内において漁業を営む権利を有する旨定めている(法八条一項)。したがつて、共同漁業権における漁業権者はあくまでも漁協等に限られる(法一四条八項)のであるが、その行使については原則として漁協等が自らこれを行使することはなく、自己に所属する組合員にこれを行使させることになる。しかも、これにより組合員が漁業を営むことのできるのは、当該漁協等の定める漁業権行使規則の範囲内に限られるのであり、漁協の組合員であつても右行使規則で規定する資格に該当しない者は、当該漁業権にかかる漁業を営む権利はないのである。
ところで、このような組合管理漁業権における組合員の漁業を営む権利は、これを沿革的にみた場合、一部には入会権的な漁場行使の実態の系譜をひいたものもあつたが、この権利は、そういう実態としての入会権的なものを追認したという規定ではなく、全く別途に組合管理漁業権の権利内容として法定したものであり、入会権のように慣行による規制に委ねられているものではない。しかし、組合員のこの地位は漁協という団体を構成する構成員としての地位と不可分のものとして与えられている点で、いわゆる社員権的権利であるといえるのであり、また、この組合員の行使権は、内容が漁業権の内容と同じ漁業を営む権利ではあるが、漁業権そのものではなく、いわば漁業権に基づく権利であり、漁業権から派生している権利である。いうなれば組合員のこの権利は漁業権そのものではないが、それと不可分のその具体化された形態であるということができる。
3 沿革的にみた共同漁業権の法的性格
原告らは、江戸時代以降の歴史的系譜から、部落漁民集団による「海の入会」の慣習が存在し、明治三四年漁業法及び明治四三年漁業法においてこれを認め、さらに、現行漁業法においてもこれを踏襲し、共同漁業権は関係地区漁民が総有するものであることを規定している旨主張するものである。
しかしながら、原告らの右主張は歴史的事実及び漁業法の変遷を正解しないものであり失当である。
(一) 徳川期における漁業権と漁場利用の形態
漁業は、本来農業の一部門として、農民がそれぞれの地先海面において自由に自家用食糧あるいは農業用の肥料を目的として水産動植物の採取捕獲を行い、農業の副次的に営まれていたもので徳川封建制下においては、磯は地附、沖は入会といわれたように、封建領主は定棲性生物については、独占的な水面の利用権を漁村部落に特許したり、またはその独占利用の慣行を容認し、回遊性魚族の漁場については、功績、縁故、貢納等によつて漁村部落または個人に独占的水面利用権が特許された場合もあるが、原則として沖合の漁場は共同的な利用に開放されていた。
ところで、右にいう磯は地附、沖は入会ということばのひびきから、現在の共同漁業権漁場のことを連想しやすく、漁場総有説の生まれる元ともなつているが、実際は、この漁場総有制は特権階級たる本百姓・本漁師による漁場の共有形態であつたのである。
(二) 明治三四年漁業法及び明治四三年漁業法における漁業権
明治維新によつて、漁場の領有を根幹とする封建領主及びその家臣団の支配機構は廃除されたが、漁場の占有を主体とした漁場関係は実質的には一応そのまま継承された。
ところが、わが国最初の漁業法である明治三四年漁業法は、慣行による漁業権の否定と漁場主義の否定という二つの重要な基本方針に立脚して制定されたものであつた。すなわち、右にいう「慣行による漁業権の否定」とは漁業権免許制の確立ということであり、地先専用漁業権は、地方長官の認可により設立された漁業組合に対してのみ付与され、免許に基づかずに営むことは許されず(四条、一八条、二六条)、しかも免許は広範な自由裁量行為であるうえ、免許された漁業権も、休業あるいは公益目的による取消しの余地もあるものであつた(六条、八条、九条、同法施行規則八条)。したがつて、同法下の漁業権には、入会権としておよそ考えられない制限を含んでいたといえる。また、漁業そのものは組合規約に定めるところに従つて組合員に営ませるとされていたが(二〇条)、右組合規約は、漁業組合規則(明治三五年五月一七日農商務省令八号)により組合員の三分の二以上の同意によつて制定され、規約変更は組合の総会の特別決議によつて行い、かつ、いずれの場合にも地方長官の認可を必要としていたものであつて、組合員の漁業を営み得る地位は、その固有の権利によるものではなく、いわゆる社員権以外の何者でもなかつた。
明治三四年漁業法の全面改正による明治四三年漁業法においても、漁業権は免許によつて初めて成立するとともに、右免許は漁業組合に与えられるものとされ(五条)、組合員は漁業組合が取得した漁業権の範囲内において各自漁業をなすの権利を有するとされた(四三条四項本文)。もつとも、この「各自漁業をなすの権利」(操業請求権)については組合規約による別段の定めをすることが可能である(同項但書)ところから、組合員の権利の社員権的性質は、明治三四年漁業法と何ら異なることはなかつた。
(三) 現行漁業法における漁業権
現行漁業法は、従前の漁業権を一斉に消滅させ、新たな漁業権制度を発足させたものであるが、漁業権の存続期間の短縮と更新制度の原則的廃止(二一条)、担保性、譲渡性の制限(二三条ないし二九条)、貸付禁止(三〇条)などその財産的性質に著しい制約を加えるとともに、漁業権の種類についても従来の地先専用漁業権に代わつて、従来の定置漁業、特別漁業の一部を加えて新たに共同漁業権を創設し、浮魚を漁業権の対象から除外してこれを自由漁業ないし許可漁業の対象とし、地先水面の漁業権についてはその内容を縮少した。
ところで、組合管理漁業権における組合員の地位について、現行漁業法(昭和三七年法律第一五六号による改正前のもの)八条は、組合員であつて漁民であるものは、定款の定めるところにより、共同漁業権等の範囲内において各自漁業を営む権利(以下「行使権」ともいう。)を有する旨規定するが、右規定による組合員の権利の保障規定の解釈以外に、漁業法において組合員の権利についての特別規定が見当たらないことから、現行漁業法においても、組合員の権利の得喪・変更は正組合員のみによる総会の特別決議(水協法五〇条)によると解するほかなく、このことから定款による組合員の権利の制限・剥奪も同じく許されると解されるのである。
なお、昭和三七年法律第一五六号による改正後の同法八条は、行使権について従来の各自行使権を制限する意味において「各自」の文言を削り、また行使権者は漁業権行使規則によつて初めて定まるとしたものであつて、これにより漁協等は、漁業権行使規則に一定の資格を定め、もつて漁業を営むことのできる組合員の人数や範囲、これらの者が漁業を営むことができる期間を制限する等の措置を講ずることができるようになつた。
以上のとおり、共同漁業権は漁協等のみに帰属するものであつて、組合員には帰属しないことが明らかであるから、本件においても、五七号共同漁業権の漁業権者は、高山町漁協であつて、個々の組合員ではない。
4 共同漁業権の一部放棄及び公有水面埋立同意と漁協の総会の特別決議
(一) 共同漁業権の管理、処分権者
すでに述べてきたとおり漁業法によると、漁協等は免許された(一四条八項)共同漁業権について、その行使規則を制定し、漁業を営むことができる組合員の資格や人数、漁業を営むべき区域と期間、漁業の方法等を定め若しくは変更することができる(八条)のみならず、その共同漁業権を分割・変更又は放棄する(法三一条)ことができ、水協法はこれらを総会の議決事項と定めている(同法四八条一項九号ないし一一号、五〇条四・五号)。
右各規定の趣旨は、漁協等にのみ共同漁業権の免許を与え、漁協等をして漁民たるその所属組合員の営む漁業につき相互の利害を調整管理して、右組合員の健全な漁業経営の助成指導にあたらせるにあるのであつて、組合員の漁業を営む権利は、漁業権の存在を前提とするものでこそあれ、漁業権自体の管理処分権能をその内容とするものではないと解すべきである。
(二) 共同漁業権の一部放棄と漁業を営む権利
漁業権は、前記1のとおり物権とみなされ土地に関する規定が準用される私権たる財産権であるから、物権に共通する消滅原因である放棄を、全部放棄であると一部放棄であるとを問わずなし得るのである。したがつて、漁業権者たる漁協は、私法上の関係においては、総会における特別決議の方法により自由に漁業権の一部放棄をすることができ、放棄された水面においては、私法上の関係において漁業権を行使することができなくなるのである。
また、漁協の組合員の漁業を営む権利は、私権たる漁業権から派生する私法上の権利であるから、私法上の関係において漁業権が放棄された以上、そのよりどころを失い、消滅することは明らかである。
もつとも、漁業権を変更しようとするときは都道府県知事の免許を要するが(漁業法二二条)、これは漁業権が都道府県知事の免許という行政行為によつて発生する権利であるところから、その変更も都道府県知事の免許を得ずに漁業権者自身が任意にすることはできないという当然の事理を明らかにしたもので、いわば公法上の関係を規律するものであり、前記私法上の効力を左右するものではないというべきである。
(三) 公有水面埋立同意の方法
法による埋立同意は、漁業権の消滅それ自体ではなく、漁場の埋立によつて将来漁業権の消滅を招くことを受忍する法律行為であるということができ、それ故に漁業法はこの埋立同意についての規定を設けていないところ、埋立てによる漁場の滅失に伴う漁業権の消滅手続については、埋立同意に最も近い漁業権変動の手続規定である水協法五〇条を類推するほかない。
したがつて、埋立同意も漁協の総会における特別決議をもつて行うべきものというべきである。
5 五七号共同漁業権とその放棄及び埋立同意
(一) 鹿児島県知事は、昭和五八年九月一日、高山町漁協に対し五七号共同漁業権を免許した。右共同漁業権は第一種ないし第三種共同漁業を内容とするもので、その存続期間は昭和六八年八月三一日までとなつている。
免許を受けた高山町漁協は、右共同漁業権に基づいて所属組合員に漁業を営む権利を与えるために、「第一種共同漁業権行使規則」及び「第二・三種共同漁業権行使規則」を定めている。
したがつて、高山町漁協に所属する組合員であつて同漁協が定める右各漁業権行使規則に定める範囲内の者は、右各漁業権行使規則に定められた方法で、高山町漁協の有する共同漁業権から派生する漁業を営む権利を付与されている。
(二) しかしながら、高山町漁協は、昭和五八年一〇月二二日、組合員総数一六六名(うち、正組合員一二七名、准組合員三九名)のうち一三一名(うち、正組合員一二四名、准組合員七名)の出席を得て適法に成立した臨時総会において、五七号共同漁業権の一部についてこれを放棄することの議決(有効投票総数一二三票中、賛成一〇二票、反対二一票)をなし、右各漁業権行使規則についても同漁協の有する共同漁業権の範囲を右「漁業権消滅区域を除く五七号共同漁業権」とする議決を行つた。
さらに、これらに関し、同総会は本件埋立ての同意についてもこれを議決(有効投票総数一一〇票中、賛成一〇四票、反対六票)したうえ、同漁協は昭和五八年一〇月二八日付け文書をもつて、訴外鹿児島県に対し、本件公有水面埋立てについて異議なく同意した。
(三) よつて、高山町漁協組合員の共同漁業権行使規則に従つて漁業を営む権利は、五七号共同漁業権の一部放棄の議決がなされ、各行使規則についての範囲変更の議決がなされたことによつて、本件埋立区域については除外されたのであるから、原告らが組合員であるとしても、本件埋立区域において漁業を営む権利を有していないことが明らかである。
三 (4)ないし(22)の原告らが原告適格を有しないことについて法四条一項三号は、土地利用や環境保全という公益の実現を目的として、公有水面埋立免許という行政権の行使に一定の制約を課したものであつて、個々人の個別的具体的利益の保護を目的とするものではない。
また、(4)ないし(22)の原告らが享受していると主張する公園指定に伴う効用・便益(それが極めて曖昧なものであることはしばらくおくとしても)という利益自体も、たまたま右原告らの居住地の近くに自然公園法によつて指定された公園区域があることによつて受ける反射的利益というほかなく、更に右原告らの主張する後記の自然環境保全法上の利益なるものの内容も必ずしも明確ではないが、同法は自然環境保全の基本法として、「自然環境の適正な保全を総合的に推進し、もつて現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与する」(同法一条)という公益の実現を目的として制定されたもので、同法中には、私人の個別的利益を保護する趣旨を目的とする規定は何ら存しないのである。
したがつて、この法律をもつてしても右原告らの原告適格を肯定することは到底できないといわざるを得ない。
(請求の原因に対する被告の答弁)
一 請求の原因一の事実中、(1)ないし(3)の原告らが高山町漁協の正組合員であることは知らないが、その余の事実は認める。
二 同二の事実は認める。
三 同三の事実中、本件公有水面に五七号共同漁業権が設定されていたことは認め、(1)ないし(3)の原告が本件公有水面の埋立てに同意していないことは知らず、その余の主張は争う。
四 同四の1の事実中、志布志湾湾奥一帯が日南海岸国定公園に指定され、同国定公園についての鹿児島県側の公園計画が別紙図面のとおり定められていることは認めるが、「日南海岸国定公園志布志海岸地区」という指定区域のあることは否認する。
五 同四の2の事実中、第一段落は認め、その余は争う。
六 同四の3の事実中、原告らが別紙当事者目録住居欄記載の住所に住民登録していることは認めるが、その余は争う。
(本案前の答弁の理由に対する原告らの認否及び反論)
一 本案前の答弁の理由のうち、5の(一)及び(二)の事実は認めるが、その余の主張は争う。
二 「法律上保護された利益説」の問題点
被告は、抗告訴訟における原告適格の有無に関し、いわゆる法律上保護された利益説を採つているが、同説には次のような問題点がある。
すなわち、まず第一に、一定の行政処分については、具体的紛争が存在し紛争の成熟性があるにもかかわらず、原告適格を有する者が皆無となる可能性があり、司法審査の機会が存しないことになる。第二に、行政処分の根拠法規において保護目的とされていない利益であつても、それが所有権、漁業権等の実体法上の利益であれば原告適格は当然に肯定されるのであるから、「法律上保護された利益」は原告適格を基礎づける唯一の基準とはならない。第三に、市民の利益救済に対する立法の対応が遅れがちなわが国の現状では、根拠法規の文言によつてのみ原告適格を決定することになると、どうしても市民の利益救済の途を閉ざすことになる。
したがつて、行訴法九条の「法律上の利益を有する者」とは、被告の主張するごとく、当該行政法規が個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障された利益と限定して解すべきではなく、右のような利益だけではなく、憲法または何らかの法律、条理法で保護された利益をも含むと考えるべきである。
三 (1)ないし(3)の原告らの原告適格について
1 被告は、公平水面埋立免許取消訴訟において原告適格を有する者は、公有水面埋立の同意権者に限られるとしたうえで、法五条二号にいう漁業権者は漁協等であり、したがつて漁協等のみが原告適格を有する、と主張するが、同訴訟において原告適格を有する者は、埋立の同意権者のみならず、埋立に関する工事の施行区域に物権を有する者も含まれると解するべきである。なぜならば、埋立免許処分は、その後に確実に埋立工事の施行を伴うものであり、埋立工事の施行は必然的に右物権を侵害し更にはこれを消滅させるものだからである。
したがつて、(1)ないし(3)の原告らが五七号共同漁業権の総有権者であることは前記のとおりであるから、法により漁業権者が埋立の同意権者として規定されていると否とにかかわらず、右原告らは、共同漁業権の物権性に基づき、本件訴訟において原告適格を有することが明らかである。
2 仮に漁協等のみが共同漁業権の漁業権者であり、(1)ないし(3)の原告らは共同漁業権から派生する漁業を営む権利を有するにすぎないものであるとしても、次に述べるとおり、右原告らは、現在もなお本件公有水面につき漁業を営む権利を有しており、右漁業を営む権利も物権的権利であるから、原告適格を有するものである。
(一) 漁業権は私権であるから、一般の私権と同様、その放棄をなすことは権利者の自由である。しかし、漁業権は、その設定が申請を前提とする知事の免許による(漁業法八条)のであり、個々の漁業権の具体的な権利内容(漁業種類、漁場の位置および区域、漁業時期)は知事の免許の内容として決定される。
(二) ところで、「共同漁業権の一部放棄」といわれるのは、埋立などが行われる際に、埋立予定水域などの一定範囲の水面が漁場区域の一部に該当する場合、右一部区域に限り共同漁業権を放棄することを指しているようである。もしそうだとすると、共同漁業権の一部放棄とは、共同漁業権区域の一部縮小であるということになり、漁業権の権利内容(漁場区域)の変更の性質をもつものである。
(三) 漁業法二二条は、漁業権を変更しようとするときは、知事の免許(以下「変更免許」という。)を受けなければならない旨規定している。したがつて、共同漁業権の一部放棄は漁場区域の縮小を内容とする漁業権の変更免許を受けなければ法的に実現しない。
(四) 現行漁業法は、漁業権の免許に関し、明治漁業法の先願主義(漁業権を欲する者が自分の好きな内容を申請し、既存の漁業権と両立する限り免許する方式)に代えて、漁場計画制度を採用した。漁場計画制度とは、漁業上の総合利用を図り、漁業生産力を維持発展させるため、充分な調査研究の技術的基礎の上に漁民の要求に基づいて予め漁場計画(漁業種類、漁業の時期、位置、区域などの漁業権の内容、免許予定日、申請期間などを定めた計画)を樹立し、それに応じて申請をした者について、適格性を審査するとともに、予め定めた優先順位に従つて漁業権を免許する制度であるが、漁業法は「免許の内容等の事前決定」(一一条)、「免許についての適格性」(一四条)、「免許の優先順位」(一六ないし一八条)などの条項を通じて漁場計画制度を規定している。
そして、漁場計画は、漁業上の総合利用を図り、漁業生産力を維持発展させることを目的として樹立される計画であるから(漁業法一一条)、漁業生産力を従前よりも減少させる内容の変更免許はあり得ない。共同漁業権の一部放棄は漁業生産力を従前より減少させることはいうまでもなく、共同漁業権の一部放棄を内容とする変更免許は法的にあり得ない。
(五) 高山町漁協は、被告主張のとおり昭和五八年一〇月二二日開催の臨時総会において、本件公有水面につき、「第五七号共同漁業権の一部放棄」の決議を行つた。しかし、前記のとおり共同漁業権の一部放棄は変更免許を受けなければ法的に実現しないのに、高山町漁協は変更免許を受けていないし、また海面の埋立のための共同漁業権の一部放棄を内容とする変更免許をなすことができないから、いずれにしても高山町漁協は、右の特別決議にもかかわらず、なお本件公有水面につき第五七号共同漁業権を有しており、右特別決議は法的にはなんらの効力もないものである。
(六) したがつて、本件公有水面が滅失しない限り、五七号共同漁業権は存続しており、(1)ないし(3)の原告も保護されるべき法律上の利益としての漁業を営む権利をなお有しているものであるから、右原告らには原告適格があることが明らかである。
四 (4)ないし(22)の原告らの原告適格について
前記一で述べたとおり、行訴法九条の「法律上の利益を有する者」とは、広く憲法、何らかの法律または条理法で保護された利益を有する者を含むと解すべきところ、(4)ないし(22)の原告らは、自然公園法で定められた生命、健康上の利益及び自然環境保全法上の健康で文化的な生活を享受する利益や、自然環境の恵沢を享受する利益を有しているものである。
右の利益は国民すべてが有するものであるが、(4)ないし(22)の原告らは、日南海岸国定公園志布志海岸地区に隣接して居住しているが故に、これをより大きく有しているのである。
したがつて、(4)ないし(22)の原告らは、本件訴訟において原告適格を有するというべきである。
第六 証拠関係<省略>
理由
第一本案前の抗弁について
一公有水面埋立免許取消訴訟の原告適格について
行訴法九条によると、行政処分の取消しの訴えを提起し得る者は、当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」に限られる旨規定されている。そして行政処分の取消訴訟は、その取消判決によつて処分の法的効果を遡及的に失わしめ、処分の法的効果として個人に生じている権利利益の侵害の状態を解消させ、右権利利益の回復を目的とするものであるから、右法条にいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利利益を侵害されまたは侵害されるおそれのある者をいい、右「権利利益」は行政処分がその本来的効果として制限を加える権利利益に限定されるものではなく、当該行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている権利利益もこれに当たるものというべきである。
したがつて、右の行政法規による行政権行使の制約に違反して処分が行われ行政法規による権利利益の保護を無視されたとする者も、当該処分の取消しを訴求することができ、また右制約とは明文の規定によるものに限られず、直接法律に規定がなくても、法律の合理的解釈により当然導かれる制約をも含むものと解される(最高裁昭和六〇年一二月一七日第三小法廷判決、判例時報一一七九号五六頁)。
しかし、右権利利益は、行政法規が個人的利益の保護を目的とするのではなく、他の目的特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果、たまたま一定の者が受けることとなるいわゆる反射的利益とは区別すべきものである(最高裁昭和五三年三月一四日第三小法廷判決、民集三二巻二号二一一頁)。
法二条に基づく公有水面の埋立免許は、一定の公有水面の埋立を排他的に行つて土地を造成すべき権利を付与する処分であるから、法五条各号所定の権利者に限らず、当該公有水面に関し権利利益を有する者は右埋立免許により当該権利利益を直接に奪われる関係にあり、その取消しを訴求することができるが、埋立免許に関し、法四条一項各号により課せられている制約によつて埋立予定地域付近に居住する住民が間接的に受ける利益の如きは反射的利益にすぎないものというべきである。
二(1)ないし(3)の原告らの原告適格について
1 被告が鹿児島県に対し本件埋立免許処分をしたこと、本件公有水面には五七号共同漁業権が設定されていること及び本案前の答弁の理由5の(一)及び(二)の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に<証拠>によると次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(一) 被告は、昭和五八年九月一日、本件公有水面を含む高山町地先の海面に高山町漁協のため五七号共同漁業権の免許をなし、(1)ないし(3)の原告らは同漁協が定めた漁業権行使規則に基づき右共同漁業権の範囲内で漁業を営む権利を有していた。
(二) 鹿児島県は、志布志石油国家備蓄基地建設のため本件公有水面を埋立てることを計画し、昭和五八年一〇月六日、本件公有水面に関し五七号共同漁業権を有する高山町漁協に対し、埋立につき法四条三項に基づく同意を求めた。
(三) そこで高山町漁協は、同月二二日、臨時総会を開催し、水協法五〇条、四八条一項に基づき、議決権を有する正組合員一二七名のうち一二四名の出席を得て、無記名投票の方法による特別決議を行つた結果、五七号共同漁業権の漁場区域のうち本件公有水面につき五七号共同漁業権を放棄する旨の漁業権一部放棄の議決(有効投票数一二五票中、賛成一〇二票、反対二一票)及び前記埋立同意の議決(有効投票数一一〇票中、賛成一〇四票、反対六票)をなした。
(四) 鹿児島県は、昭和五九年二月二七日、法二条に基づき、波見港湾管理者の長である被告に対し、本件公有水面埋立免許の出願をなし、被告は同年八月一一日本件埋立免許処分をなした。
2 前記一の判断及び右認定事実によると、(1)ないし(3)の原告らは、本件公有水面につき共同漁業権を有する者ではないから、法五条所定の公有水面に関し権利を有する者には該当しないものの、漁業法八条一項により高山町漁協の有する共同漁業権の範囲内で漁業を営む権利を有していたから、当該行政法規たる公有水面埋立法には明文の規定はないが、本件公有水面に関し権利を有していたものというべきである。
しかしながら、高山町漁協は、臨時総会において、本件公有水面に関し共同漁業権を放棄する旨の漁業権一部放棄の特別決議を行つたものであるから、これにより右共同漁業権及びこれから派生する権利である右原告らの漁業を営む権利も本件公有水面につき消滅に帰し、右原告らは本件埋立免許処分の取消しにつき法律上の利益をもたず、原告適格を欠くものとしなければならない。
3 右原告らは漁業権は入会権と同様に関係地区住民の総有に属するから、関係地区住民全員の同意がなければ放棄できない旨主張するが漁業権は入会権とは異なり、知事の免許によつて発生する権利であり(漁業法一〇条)、一定の存続期間の経過によつて消滅し(同法二一条)、また漁業権の得喪又は変更が漁業協同組合の総会の特別決議事項であること(水協法四八条一項九号、五〇条四号)等からすると、総有に属する権利ということはできないから、右原告らの主張は(独自の見解であり)採用できない。
4 また右原告らは、漁業権の一部放棄は漁業権の変更に当たるから、知事の変更免許を受けなければ法的に実現しないのに、高山町漁協は右変更免許を受けていないし、また、漁業権の一部放棄を内容とする変更免許は法的にはあり得ない旨主張する。
<証拠>によると本件公有水面に関し五七号共同漁業権を放棄することについて、漁業法二二条に基づく知事の変更免許を受けていないことが窺われるけれども、新たな漁場区域を一部加えることなく、従前の漁場区域を一部除外し、もつて漁業権の一部を放棄することは新たな権利の設定を受けるわけではないから、右法条にいう知事の免許を要する「漁業権の変更」には当たらないものと解され、また漁業権は放棄することができ(同法三一条一項)、漁業権の対象となる漁場区域のうちその一部を除外する一部放棄も当然なし得るものと解されるから、右原告らの主張はいずれも理由がないものというべきである。
三(4)ないし(22)の原告らの原告適格について
志布志港湾奥一帯が日南海岸国定公園に指定されていること、同国定公園について鹿児島県側の公園計画は別紙図面のとおり定められていること、本件埋立免許処分に伴い建設が予定されている志布志国家石油備蓄基地の西側海岸寄りの護岸は汀線から約五〇〇メートルの距離にあり、基地面積約一九六ヘクタールのうち三分の一強、約七〇ヘクタールが国定公園普通地域に位置することになること、右原告らは高山町、東串良町及び志布志町に住民登録していることは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると右原告らは右国定公園志布志海岸地区に隣接した地域に居住しているものと認められる。
右原告らは、本件埋立免許処分の取消しを求めるにつき、自然公園法及び自然環境保全法に定められた生命、健康上の利益等を有しているから、原告適格をもつ旨主張するが、このような利益は右各法律の適正な運用によつて生じる公益の実現の結果右原告らに生じる反射的利益にすぎないものと解され、右原告らも本件埋立免許処分の取消しを求めるにつき、法律上の利益がなく、原告適格を欠くものというべきである。
第二むすび
よつて、原告らの訴えは、いずれも不適法なものであるから、却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官下村浩藏 裁判官法常格 裁判官田中俊次は転勤につき署名押印することができない。裁判長裁判官下村浩藏)