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鹿児島地方裁判所 昭和61年(ワ)892号 判決 1988年9月16日

亡鹿島次雄訴訟承継人

原告

鹿島春美

亡鹿島次雄訴訟承継人

原告

井川ミチ子

亡鹿島次雄訴訟承継人

原告

鹿島精一

亡鹿島次雄訴訟承継人

原告

柳元洋子

原告

鹿島昭三

原告

有村マサ

原告

中村ヨシ

右原告ら訴訟代理人弁護士

田平藤一

井上順夫

被告

日本ハウス産業株式会社

右代表者代表取締役

谷本勉

右訴訟代理人弁護士

宇治野純章

主文

一  被告は、原告鹿島春美に対し金二七五万円、原告井川ミチ子、原告鹿島精一、原告柳元洋子に対し各金九一万六六六六円、原告鹿島昭三、原告有村マサ、原告中村ヨシに対し各金五五〇万円及びこれに対する昭和六一年一二月二四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨の判決並びに仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、不動産の斡旋及び売買を業とする株式会社である。

2  原告鹿島昭三、同有村マサ、同中村ヨシ及び訴外亡鹿島次雄(以下、「原告ら売主」という。)は、昭和六〇年八月二三日、被告会社に対し、別紙物件目録記載の建物及びその敷地の地上権を代金七二〇〇万円で売り渡した(以下、「本件取引」ともいう。)。

3  ところが、被告会社は右代金のうち金五〇〇〇万円を次のとおり支払ったが残金二二〇〇万円の支払いをしない。

昭和六〇年八月二三日 金一〇〇〇万円

同年一二月二五日 金二〇〇〇万円

同六一年一一月一〇日 金二〇〇〇万円

4  鹿島次雄は本訴提起後の昭和六三年二月二日に死亡し、原告春美はその妻として、同井川ミチ子、同鹿島精一、同柳元洋子はいずれもその子として、相続により本件売買契約上の売主の地位を承継した。

5  よって、被告会社に対し、本件売買の残代金として原告鹿島春美は二七五万円、原告井川ミチ子、同鹿島精一、同柳元洋子は各九一万六六六六円宛、原告鹿島昭三、同有村マサ、同中村ヨシは各五五〇万円宛及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六一年一二月二四日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3は認める。ただし、請求原因3については、原告も自認しているとおり被告会社は原告ら売主に対し手付として一〇〇〇万円を交付したほか、後記のとおり残代金六二〇〇万円を一括して弁済しているものである。

2  同4は知らない。

三  抗弁

1  被告会社は、原告ら売主に対し、本件売買契約が成立した昭和六〇年八月二三日に手付として金一〇〇〇万円を交付したほか、同年一二月二五日、原告ら売主から本件売買残代金受領の権限を与えられていた訴外池田順子に残代金六二〇〇万円を全額支払った。

2  仮に、池田が原告ら売主から残代金受領の権限を与えられていなかったとしても、被告会社の池田に対する右六二〇〇万円の交付は、次の事由により、本件売買残代金の弁済として有効である。

(一) 本件売買残代金授受の場には原告ら売主側からは誰も出席せず、池田は原告ら売主から交付された本件建物に関する全ての権限を池田に委任する旨の委任状(乙第一号証、以下「本件委任状」という。)のほか登記委任状原告ら売主の印鑑証明書及び本件建物の権利証、売渡証書(以下、一括して「登記関係書類」ともいう。)を所持しており、これらを被告会社代表取締役谷本勉に示して、原告ら売主から代金受領の権限を与えられている旨述べた。右事実によれば、池田は本件売買代金債権の準占有者であるというべきである。

(二) 谷本は右(一)の事実から、池田が原告ら売主から売買残代金受領の権限を与えられていると信じて金六二〇〇万円を池田に交付した。

(三) 右のとおり、池田が原告ら売主から交付された本件委任状及び登記関係書類を所持していたことに加えて本件の場合池田が持参した登記関係書類の一部に押捺された原告中村の印影が同人の実印の印影と相違していたため、池田は、谷本らを待たせて原告中村方へ行き実印を押し直してもらってきたこともあって、谷本は池田の権限を疑う余地はなく、被告会社には、過失はなかったものである。

そうすると、被告会社の池田に対する六二〇〇万円の弁済は債権の準占有者に対する弁済として有効であるから、被告会社の本件売買代金債務は弁済により全額消滅している。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、被告会社が原告らに売主に対し手付金一〇〇〇万円を交付したことは認めるが、池田に売買残代金の受領権限を与えたことは否認し、その余の事実は知らない。

2  同2の事実のうち、原告ら売主が、池田に本件委任状及び登記関係書類を交付したことは認める。ただし、本件委任状は本件建物に入居していた賃借人に対する立退き交渉を容易にするために作成し池田に交付したものであり、同人に売買残代金受領の権限を与えたものではない。その余の事実は知らない。また、池田を債権の準占有者であること、被告会社に過失がないことは争う。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因について

請求原因1ないし3は当事者間に争いがなく、同4は弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

二抗弁について

1  被告会社が原告ら売主に対し本件売買契約が成立した昭和六一年八月二三日に一〇〇〇万円を手付金として交付したことは当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、被告会社の代表取締役である谷本勉は、昭和六一年一二月二五日に、本件取引の仲介業者の一人であった池田に対し、六二〇〇万円を本件売買残代金の弁済として交付したことを認めることができ右認定に反する証拠はない。

そこで、谷本の池田に対する右六二〇〇万円の交付が本件売買代金の弁済としての効力を有するか否かについて検討する。

右争いのない事実に<証拠>を総合すると次の事実が認められ、証人池田順子、同長濱雅章及び同橋野孝の各証言、原告中村ヨシ本人、被告会社代表者の各尋問の結果のうち右認定に副わない部分は容易に信用することができず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件建物は原告ら売主四名の共有であったが、その敷地である鹿児島市中央町二六番二八宅地289.25平方メートル及び同所二六番二九宅地17.19平方メートルの二筆の土地(以下「本件土地」という。)は福岡市在住の福迫操の所有であり、原告ら売主は福迫から本件土地を賃借していた。

(二)  池田は夫重則とともに不動産仲介業を営んでいるものであるが、昭和六〇年、株式会社タイセイから本件土地及び建物売買の仲介依頼を受けて先ず福迫と交渉していた。

(三)  長濱は池田と同業者であるが、池田が株式会社タイセイから右委託を受けた時よりも少し後れて被告会社から本件土地及び建物買入仲介の委託を受けた。しかし前記のとおり池田が既にタイセイからの依頼により所有者と交渉していたことを知っていたので、被告会社からの話を池田に打明けた。そこで池田はタイセイの委託を反古とし、長濱と共同して被告会社のため本件土地及び建物の売買成立に向け、原告ら売主や福迫と交渉にあたることになった。

(四)  そして池田と長濱は、本件土地については福迫と交渉する一方、昭和六〇年七月下旬原告中村ヨシの夫親夫が経営していた鹿児島市内の建築事務所を訪れ、本件建物の売買を申し入れた。親夫も原告中村ヨシも池田や長濱とは全く面識がなく初対面であった。

(五)  原告中村ヨシは他の共有者三名(全員兄弟である。)の意向を確めたところ、三名とも「値段によっては手放してもよい」とのことであった。そこで親夫が窓口となり、池田や長濱を通じて被告会社と価額の交渉に入り、結局同年八月本件建物を七〇〇〇万円で被告会社に売却する話がまとまった。

(六)  同年八月二三日夜、原告中村の自宅に長濱、池田、被告会社代表取締役の谷本が参集し、原告中村のほかに親夫も立会し、売買契約書が取り交わされた。谷本は予め長濱から手付金として一〇〇〇万円を用意するように指示されていたのでそれだけの金額の現金を持参していたが、実際に契約書を交わす段になると長濱や池田から手付金は売主一人につき二〇〇万円合計八〇〇万円でよいと、前に聞いていたのとは違うことを言われた。そこで一〇〇〇万円のうち八〇〇万円だけ親夫に交付し、残りの二〇〇万円を持ち帰ることにした。

ところが、その後原告中村の自宅から帰る車の中で、池田は谷本に対し、谷本が懐中にしている右二〇〇万円を本件建物の仲介手数料として真ぐに欲しいと要求した。これに対し谷本は、手付を入れただけでまだ取引が済んでいなかったので、最初はよい返事をしなかったが、池田が被告会社のために働いたことを認めざるを得ず、結局契約書上売買代金に上乗せすること、したがって原告ら売主が二〇〇万円を池田に出したことにするのを条件に池田に右金額の仲介手数料を支払うことを承諾した。

そして池田は翌同月二五日頃鹿児島プラザホテルで谷本から二〇〇万円を貰い、同日原告中村の自宅に赴き、親夫と原告中村に対して谷本との間の右の経緯を説明し、二〇〇万円を親夫が原告ら売主の代理人として被告会社から手付金の一部ということで受領した旨の領収証(乙第四号証)を親夫に書いてもらい、池田は右二〇〇万円を仲介手数料として受け取った旨の領収証(甲第八号証)を親夫に渡した。そしてまた、前記売買契約書は代金七二〇〇万円、手付金一〇〇〇万円と変更した新しい売買契約書(甲第一号証)に書き直された。

(七)  本件売買契約締結当時、本件建物の店舗部分には四軒の店子が、居宅部分には二世帯がそれぞれ商売を営み居住していた。そして本件売買契約締結後、池田が長濱とともに立退交渉のため本件建物に赴くと店子たちから、「家主でもない者との交渉には応じられない」旨述べられて話し合いを拒否された。またその頃店舗部分の店子の一人である西駅美千代美容室から原告中村宅に電話が掛り「明渡してくれということだけで、家主がそんなことを言わないのに明渡すわけにはいかない」旨の話があった。そこで池田は昭和六〇年九月初めころ原告中村の自宅に赴き、親夫と原告中村に対し「店子たちとの立退交渉のためにいるので委任状を書いて欲しい」というので、親夫は右のような電話もあったし、池田の申出をもっともと思い、池田の指示するまま、委任状と題し、「本件建物につき池田順子に全ての権限を委任する」旨の委任文言及び委任者として「中村ヨシ外三名」と記載し、その名下に原告中村の印鑑を押捺した書面(乙第一号証、本件委任状)を作成して池田に交付した。

(八)  谷本は長濱や池田とともに店子との立退交渉に赴いたり立退料を支払ったりしたが、原告ら売主や親夫はこのようなことはしなかった。

(九)  本件売買契約の取引期日(建物の引渡及び所有権移転登記と残代金の支払い期日)は契約書上昭和六一年一二月三一日までであったところ、谷本は同年一二月初めころ長濱に対し、同月二五日鹿児島市農業共同組合本店(以下「市農協本店」という。)で残代金を支払う旨を告げ、長濱は、池田にそれを伝えた。池田はこれを聞き、残代金六二〇〇万円のうち何割かを、口実をもうけて横取りしてやろうという考えをおこした。そこで池田はその頃親夫と原告中村に「今月二五日に残代金が出る。」と連絡し、本件建物のうち別紙物件目録記載二の建物は未登記であったので、親夫から原告ら売主四名の登記委任状と印鑑登録証明書を提出させ、翁長良弘司法書士に依頼し、同月二一日右建物の表示登記と原告ら売主名義の所有権保存登記を経由しその登記済証(乙第一五、第一六号証)を同司法書士から入手した。そして更に親夫に対し「印鑑登録証明書、印鑑、権利証を用意しておくように」と指示し、同月二五日の朝原告中村方に赴き、親夫から別紙物件目録一記載の建物の表示登記の登記済証(乙第一一号証)、原告鹿島次雄を除く原告ら三名の右建物の権利証(乙第一二ないし第一三号証の各一、二、原告鹿島の権利証については、紛失していたので、池田は翁長司法書士の保証書を準備していた。)、原告ら売主の各印鑑登録証明書(乙第一七号証の一なしい四)を受け取り、用意していた売渡証書(登記原因証書、乙第九号証)と登記委任状(乙第一〇号証)に原告ら売主四名の捺印を貰い、それらの書面とかねて前記(七)の経緯で親夫から手に入れていた本件委任状を持参し、同日正午前長濱から聞き及んでいた市農協本店に赴いた。

(一〇)  市農協本店には谷本、長濱、池田のほか株式会社共栄会取締役の下野、喜山司法書士とその事務員の橋野孝が参集した。下野が取引の場に列席したのは、共栄会が本件建物を被告会社から既に転買し、被告会社の登記を省略して原告ら売主から直接共栄会に所有権移転登記手続をする話ができていたためであり、喜山と橋野は共栄会から連絡を受けてそのための登記関係書類に目を通すために出席していた。

池田は前記(九)の本件建物に関する登記関係書類を喜山らの面前に差し出し、橋野がそれを調べてみると売渡証書及び登記委任状の原告中村名下の印影が印鑑登録証明書のそれと相違していたので、それを池田に指摘した。そして橋野は池田、長濱に同道して貰い原告中村宅に赴き親夫に原告中村の登録印を出して貰い、その場で右各書面に押捺し直して市農協本店に引き返した。

喜山司法書士は共栄会が本件建物を被告会社から買受けてすぐ取り壊す予定であることを下野から聞き、「それなら所有権移転登記を受けずに直接売主の名義のまま滅失登記をする方がよい」と助言した。しかし下野はその場では決められず、どちらにするか後に喜山に連絡することになり、喜山は池田が持参した登記関係書類を一応全部持ち帰ることになった(原告ら売主の名義のままで滅失登記をするのであれば、原告ら売主から提出された登記関係書類は必要ではなかった。)。

池田は親夫から交付されていた本件委任状を谷本に示し、「中村親夫さんは病気で来られないので原告ら売主の委任状を貰ってきた。残金は自分が預かる」旨を述べ、喜山も「登記関係書類は全部揃っていて間違いない」と述べたので、谷本は残金を池田に渡してよいかどうか親夫や原告中村に連絡せず現金で六二〇〇万円を池田に交付し、池田名義の預り証(乙第二号証)を池田から受け取った。

(一一)  池田は右同日谷本から受け取った六二〇〇万円のうち二〇〇〇万円を持参して原告中村宅に赴き、同原告及び親夫に対し「年内に代金を貰うと来年三月に税の申告をしなければならず、そうなると地主の福迫さんに都合の悪い事情があるので、こちらも来年の取引ということになり、取り合えず二〇〇〇万円だけ貰ってきた」「福迫さんには来年の一月八日に、中村さんらには一月一〇日に残金を支払うことになった」旨述べ、二〇〇〇万円を差し出したので、親夫らはそれを受け取り原告ら売主名義の領収証(甲第一〇号証の一ないし四)を池田に交付した。

(一二)  ところが年が明けた昭和六一年一月九日池田から原告中村宅に電話があって、親夫に「本件建物の滅失届が済んでいないので取引ができない。今月の二一日まで待って欲しい、」旨前年暮の話と相違することをいうので、親夫が怒って「約束は守らんといかん」と強く言うと池田は翌一〇日二〇〇〇万円だけ原告中村方に持参し「今月二一日には残金を持ってくる」と言って帰った。同月二一日は、午前一〇時に池田が来る約束があったので、原告中村宅に親夫と同原告、原告鹿島次雄、原告鹿島昭三、原告有村マサが揃って待っていたが、池田がなかなか姿を見せず、午後二時頃になってやっと現われ、「滅失届が済んでいないので残金二二〇〇万円は払えない。実は二二〇〇万円は市農協へ預けている」と述べて市農協の証明書らしきものを親夫らに示した。

(一三)  共栄会は、本件建物について所有権移転登記を経由することなく、昭和六一年一月二一日までに本件建物を取り壊し、同月二二日建物滅失登記手続をしたが、池田は二二〇〇万円を原告中村宅に持参しなかった。

(一四)  親夫は同年二月初め谷本に電話を掛け二二〇〇万円支払いを受けていないことについて詰ると、谷本は「池田が委任状を持ってきたので六二〇〇万円全額支払った。領収書も貰っている」旨答え、被告会社には責任がない旨強調した。

2  証人池田順子は、被告会社から残代金の支払いのあった昭和六〇年一二月二五日の当日、原告中村宅で、残代金受領の権限を証するものとして、本件委任状を原告中村から交付された旨証言する。

しかし前記1で認定したとおり、本件委任状の委任文言が抽象的であって、売買代金の受領について具体的な記載がないばかりか、作成年月日、原告中村を除く原告ら売主の氏名の記載や捺印もなく、六二〇〇万円もの大金受領の権限を与えるものとしては、きわめて杜撰なものであることに加え、池田自身が前記1のとおり依頼者たる被告会社から預かった大金を着服してはばからない悪質な不動産仲介業者であることを考えると、池田の右証言は容易に信用できないものといわなければならない。

3  右1に認定の事実に基づき判断する。

(一)  先ず、本件委任状は残代金の支払いとは関係がなく、親夫が別の機会に本件建物の店子の立退交渉のために池田に交付したものであるから、池田が本件委任状を所持していたことをもって本件売買残代金受領の権限を原告ら売主が与えたことにはならないものというべきである。

次に、原告ら売主は親夫を通じて池田から本件売買残代金は被告会社から昭和六一年一二月二五日に支払われることを聞き及び、池田の指示に基づき本件建物の登記関係書類を親夫を通じて池田に交付したものであるが、代金の授受は特段の合意がなければ原告ら売主の自宅で行われるべきものであるところ(民法四八三条、現に手付金は被告会社の谷本が原告中村の自宅に持参した。)、被告会社は長濱に対し一二月二五日に市農協本店で残代金を支払うことを告げただけで、親夫や原告ら売主に対しては残代金の支払日や支払場所についてその都合を全く聞いていないから、原告ら売主は市農協本店で支払いを受けることに同意していたわけのものでもなく、もともと本件売買契約は被告会社が長濱に仲介を委託し、長濱が同業者の池田に協力を求め、池田に対する仲介手数料もすべて被告会社が出捐する一方、原告ら売主は池田とは一面識もなく本件売買契約の仲介を委託したものではなかったこと、買主が売買代金を第三者に委ねるよりも売主が取り壊し予定の建物の登記関係書類を第三者に託すことの方が危険が格段に低いこと、とりわけ本件の場合売買残代金が六二〇〇万円もの多額であることを勘案すると、原告ら売主が被告会社に対してではなく池田に登記関係書類を交付したことは、いささか軽率のそしりを免れないもの、それを目して池田に残代金受領の権限までも与えたと評価するのは、原告ら売主に対し酷にすぎ権衡を失するものといわざるを得ない。

(二)  池田は、登記関係書類や本件委任状を被告会社の谷本に示し、原告ら売主から本件売買残代金の受領権限を授与されてきた旨述べたものであるから、民法四七八条にいう債権の準占有者に該当するものというべきである。

しかしながら前記のとおり本件委任状の委任文言はきわめて抽象的であって、残代金受領権限を与えたものとしては不明確に過ぎ、且つ委任者の記載も「中村ヨシ他三名」とするもので、この記載自体からしても原告中村はともかくその余の原告ら売主の意思に基づくものかどうか不確かであって、大金の受領権限を与えたものとしては余りにも杜撰である。

また池田は、原告ら売主から交付された登記関係書類を持参してはいたが、池田は本件売買契約に関し被告会社のために働き、被告会社から多額の仲介手数料の支払いも受け、しかも原告ら売主とは委託関係も信頼関係もない不動産仲介業者であるから、原告ら売主としても池田を被告会社側の人間として認識し、その認識のもとに池田に指示されるまま右書面を池田に交付したに過ぎないことが容易に想像できるところである。

したがって被告会社としては、親夫ないし原告ら売主に対し、原告ら売主の代理人として池田に本件残代金を交付してよいかどうか一言確めるべきであったし、またそれがたやすくできたはずであった。

そうすると、被告会社の谷本が池田の持参した本件委任状や登記関係書類をみて、池田に本件残代金の受領権限があるものと即断したのは粗漏のそしりを免れないものであり、前記法条の適用上過失がなかったものとはいえない。

4  したがって、被告会社の抗弁はいづれも理由がない。

三よって原告ら売主は被告会社に対し平等の割合で二二〇〇万円の残代金の支払いを求めることができるところ、前記一に認定のとおり鹿島次雄は死亡し、原告鹿島春美はその妻として、原告井川ミチ子、同鹿島精一、同柳元洋子はその子として相続により亡鹿島次雄の本件売買契約上の売主の地位を承継したから、結局被告会社に対し、原告鹿島春美は二七五万円、原告井川ミチ子、同鹿島精一、同柳元洋子は各九一万六六六六円(円未満切捨て)宛、原告鹿島昭三、同有村マサ、同中村ヨシは各五五〇万円宛及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和六一年一二月二四日から支払ずみまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めることができるから、これを求める原告らの請求をいずれも正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官下村浩藏 裁判官岸和田羊一 裁判官坂梨喬)

別紙物件目録

一 所在 鹿児島市中央町二六番地二八

家屋番号 二六番二八

種類   居宅店舗

構造   木造瓦鉄板葺平家建

床面積   102.58平方メートル

二 鹿児島市中央町二六番地二八及び同番地二九土地上に存する左記未登記建物

種類 居宅店舗

構造 木造平家建一棟

三 鹿児島市中央町二六番地二八及び同番地二九土地の地上権他一切の権利

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