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鹿児島地方裁判所加治木支部 昭和53年(ワ)101号 判決 1979年8月10日

原告

前田美恵子

ほか五名

被告

前薗吉隆

主文

一  被告前薗吉隆、同株式会社極洋開発、同山野秀明は、各自、原告前田美恵子に対し金六六七万八三四五円、同前田健一、同前田毅、同前田徹に対し各金四六〇万七三五一円、同前田矢市、同前田イトに対し各金六六万四八〇一円およびこれらに対し、被告前薗吉隆は昭和五四年一月二三日から、被告株式会社極洋開発、同山野秀明は同年一月一四日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告前薗吉隆と同前薗カヨ子間になされた別紙物件目録記載の土地に関する次項の登記にかかる贈与契約は、これを取消す。

三  被告前薗カヨ子は原告らに対し、別紙物件目録記載の土地について、鹿児島地方法務局加治木支局昭和五三年一月六日受付第四七号による昭和五〇年一二月二〇日贈与を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

四  原告らの被告前薗吉隆、同株式会社極洋開発、同山野秀明に対するその余の請求および、被告前薗カヨ子に対する主位的請求を、いずれも棄却する。

五  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

六  この判決の第一項は仮に執行することができる。ただし、被告株式会社極洋開発および同山野秀明において、各原告に対し、第一項の元本金額の各三分の一あての金額(一円以下切捨て)の担保を供するときは、各原告から各提供者に対してなす強制執行を免れることができる。

事実

第一申立

(請求の趣旨)

一  被告前薗吉隆、同株式会社極洋開発、同山野秀明に対し

被告前薗吉隆、同株式会社極洋開発、同山野秀明は、各自、原告前田美恵子に対し金一、四七〇万五、一八二円、同前田健一、同前田毅、同前田徹に対し、各金一、〇五六万六、九八四円、同前田矢市、同前田イトに対し各金二〇八万二、三五三円、および、これらに対する訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二  被告前薗カヨ子に対し

1 主位的請求の趣旨

被告前薗カヨ子は、別紙物件目録記載の土地につき、鹿児島地方法務局加治木支局昭和五三年一月六日受付第四七号による昭和五〇年一二月二〇日贈与を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

との判決を求める。

2 予備的請求の趣旨

被告前薗吉隆と同前薗カヨ子との間に昭和五〇年一二月二〇日別紙物件目録記載の土地につきなされた贈与契約はこれを取消す。

被告前薗カヨ子は、別紙物件目録記載の土地につき、鹿児島地方法務局加治木支局昭和五三年一月六日受付第四七号による昭和五〇年一二月二〇日贈与を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

との判決を求める。

三  訴訟費用

訴訟費用は全部被告らの負担とする。

との判決を求める。

(請求の趣旨に対する答弁)

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決、ならびに、被告株式会社極洋開発および被告山野秀明について仮執行の免脱宣言を求める。

第二主張

(請求原因)

一  交通事故の発生

被告前薗吉隆は、昭和五二年一一月二四日午後五時ころ、鹿児島県姶良郡加治木町木田二五一二番地日産チエリー鹿児島販売株式会社加治木営業所先町道において、同町みろく交差点方向から新中部落方向へ向けて大型貨物自動車(鹿一一や二三―〇六)を運転して時速約二〇キロメートルで進行中、同方向に道路左側を歩行中の訴外亡前田實を追越そうとした際、自車左横部バンバー付近を同人に接触させ、同人をその場に転倒させて自車左後車輪で轢過し、同人を脳出血兼脳挫傷兼頭蓋底骨折、肺損傷疑等により即死せしめた。

二  責任原因

1 前記交通事故は、被告前薗吉隆が、前記場所は道路幅員約二・七メートルであり、また、同人が運転していた前記自動車の車幅は約二・四五メートルであるにもかかわらず、訴外亡前田實との間隔を注視しないで無理に追越そうとした過失により惹起したものである。従つて同被告には民法第七〇九条による損害賠償責任がある。

2(一) 被告株式会社極洋開発(以下被告会社という)は、建築土木資材販売、土木建設請負等を業とし、被告前薗吉隆は当時その被用者であつたものであるが、同人は、被告会社の採石場から前記自動車に石を積んで運搬し、それを終つて再び採石場へ帰る途中に前記交通事故を起こしたものである。従つて被告会社は民法第七一五条第一項による損害賠償責任がある。

(二) また、被告会社は、前記自動車を所有し、自己のためこれを運行の用に供していたものであり、前記交通事故当時は、右のとおり、その運行により生じたものであるから、被告会社は自動車損害賠償保障法第三条によつても損害賠償責任がある。

3 被告会社は、実質的にはその代表取締役である被告山野秀明の個人企業とも言うべき零細企業であり、被告山野秀明は使用者である被告会社に代わつてその事業を監督していた者であるから、被告山野秀明は民法第七一五条第二項による損害賠償責任がある。

三  損害

1 葬儀費

原告前田美恵子はその夫である訴外亡前田實の葬儀をとり行なつた。その葬儀費として金四〇万円が相当である。

2 逸失利益およびその相続

(一) 訴外亡前田實は前記交通事故当時四〇歳の小学校教諭であつたものであり、その死亡前一年間の給与総額は金四二五万二一八五円であり、前記交通事故により死亡しなければ、あと二〇年間は、少なくとも右同様の収入があつたものと考えられる。

(二) そして、その後七年間は右の七〇パーセントすなわち年間金二九七万六五二九円(一円未満切捨て)の収入をあげ得たものと考えてよい。

(三) 訴外亡前田實は一家の支柱として、妻である原告前田美恵子、子である原告前田健一、同前田毅、同前田徹、父である原告前田矢市、母である原告前田イトらを扶養していたものであり、生活費控除を収入金額の三〇パーセントとするのが相当である。

(四) 以上をもとに訴外亡前田實の逸失利益を年ごとホフマン方式により中間利息を控除して計算すると次のとおり金四七一七万〇八四七円(一円未満切捨て)となる

425万2,185円×0.7×13.616+297万6,529円×0.7×(16.804-13.616)=4,717万847円

(五) 訴外亡前田實の相続人として、妻である原告前田美恵子が金一五七二万三六一五円(一円未満切捨て)、子である原告前田健一、同前田毅、同前田徹がそれぞれ金一〇四八万二四一〇円(一円未満切捨て)あてずつ、右逸失利益を相続した。

3 慰藉料

原告らは夫であり、父であり、あるいは子である訴外亡前田實を悲惨な死によつて失ない筆舌に尽し難い精神的苦痛を受けている。これに対し、被告前薗吉隆、被告会社、被告山野秀明らは償いの行為に出るところがないのみならず、被告前薗吉隆に至つては、後記のとおり、財産の隠匿を計つている有様である。原告らの精神的苦痛は、もとより金銭などによつて癒せるものではないが、慰藉料として少くとも原告前田美恵子、同前田健一、同前田毅、同前田徹は各金三〇〇万円、原告前田矢市、同前田イトは各金二〇〇万円を請求する。

四  損害の填補

自動車損害賠償責任保険から金一五〇〇万円が支払われたので、これを相続人である原告前田美恵子、同前田健一、同前田毅、同前田徹の相続分に応じて分けると原告前田美恵子が金五〇〇万円、原告前田健一、同前田毅、同前田徹がそれぞれ金三三三万三三三四円(一円未満切上げ)となるので、これを右各原告の損害額から控除する。

五  弁護士費用

弁護士費用として金二〇〇万円を要し、これを、各原告の前記損害額から、右損害の填補額を控除した金額、すなわち原告前田美恵子が金一四一二万三六一五円、同前田健一、同前田毅、同前田徹がそれぞれ金一〇一四万九〇七六円、原告前田矢市、同前田イトがそれぞれ金二〇〇万円、に応じて按分すると、原告前田美恵子が金五八万一五六七円、原告前田健一、同前田毅、同前田徹が各金四一万七九〇八円、原告前田矢市、同前田イトが各金八万二三五三円(いずれも一円未満切捨て)となるのでこれを各請求額に加算する。

六  請求額

従つて、本件交通事故に基づく各原告の被告前薗吉隆、被告会社、被告山野秀明に対する請求額は次のとおりとなる。

原告前田美恵子 金一四七〇万五二八二円

同前田健一、同前田毅、同前田徹 各金一〇五六万六九八四円

同前田矢市、同前田イト 各金二〇八万二三五三円

七  別紙物件目録記載の土地について

1 被告前薗カヨ子は同前薗吉隆の妻であるが、右両者間で、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)につき鹿児島地方法務局加治木支局昭和五三年一月六日受付第四七号を以て、昭和五〇年一二月二〇日贈与を原因として所有権移転登記がなされ、現在、右土地は被告前薗カヨ子の名義となつている。

そのため、被告前薗吉隆は無資力の状態となつており、また、被告会社、被告山野秀明らにも不動産はもとより、これと言つた資産もない状態である。

2 これは、右所有権移転登記のころ、夫婦である被告前薗吉隆、同前薗カヨ子が通謀し、原告らの本件交通事故に基づく損害賠償請求権を以てする強制執行から免れしめるため、右土地を、昭和五〇年一二月二〇日に被告前薗吉隆から同前薗カヨ子に贈与したかの如く仮装して所有権移転登記をなしたものである。従つて、右登記は有効な登記原因を欠く登記であり、被告前薗カヨ子は同前薗吉隆に対し右登記の抹消義務を負うものであるが、被告前薗吉隆が右抹消登記手続請求権を行使しないので、原告らは、被告前薗吉隆に代位してこれを行使する。

3 仮りに、被告前薗吉隆から同前薗カヨ子に対し真実右土地が贈与されたものであるとすれば、被告前薗吉隆らに右所有権移転登記の際原告らに対する詐害の認識があつたことは明らかであり、詐害行為に該当するので、原告らは被告前薗カヨ子に対し債権者取消権を行使し、右贈与契約を取消すと共に、右所有権移転登記の抹消登記手続を求める。

八  よつて、請求の趣旨の項に記載のとおりの判決を求めるため本件訴を提起する(なお、訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員の請求は民事法定利率による遅延損害金の請求である。)

(請求原因に対する答弁)

一  請求原因第一項の事実中、本件交通事故発生の事実および結果は認める。

二  同第二項1の過失の存在は争う。

三  同第二項2の(一)の事実は認めるが、責任の存在は争う。同第二項2の(二)の事実は認めるが、責任の存在は争う。同第二項3の事実は否認し、責任の存在を争う(以上、被告会社および被告山野秀明)。

四  同第三項の損害の事実は争う。ただし、同第五項の弁護士費用に関する事実は認める。

五  同第七項の事実中、原告ら主張のとおりの登記手続がなされていることは認めるが、その余の事実は否認する。

被告前薗カヨ子は、その所有にかかる木造瓦葺平家建居宅および付属建物を、被告前薗吉隆のために担保として提供し、昭和四三年六月二〇日、本件土地と共に鹿児島銀行加治木支店に対し極度額一五〇万円の根抵当権が設定された。その後、昭和四九年一〇月一七日、右極度額は五〇〇万円に増額された。そこで、被告前薗吉隆は、この余剰価値の少なくなつた土地を被告前薗カヨ子に贈与したもので、この旨の話し合いは、本件事故以前から存したのである。その登記手続は、たまたま本件事故後になされているが、以上のように、右は、虚偽表示でも、詐害行為でもない(以上、被告前薗カヨ子)。

(抗弁)

一  過失相殺

本件事故の発生については、被害者である亡前田實にも重大な過失が存する。

すなわち、事故発生地の道路幅員は約二・七メートル、加害車の幅は約二・四五メートルであるから、道路の両側に〇・二五メートルの余裕部分があり、被告前薗吉隆は注意して運転したので、前輪は被害者に触れずに通過している。しかも、この道路は直線であるので、前輪が通過すれば後輪も当然そのまま通過できた筈であるが、被害者が、車の通過中車側に寄つた過失により本件事故が生じたものである。

二  一部弁済

被告前薗吉隆は、原告らの自認する自賠責保険金の外に、損害賠償の内金として、原告らに対し金三〇〇万円を支払つている。

三  免責

被告会社および被告山野秀明は、被用者の選任および事業の監督について、相当の注意をなしており、使用者責任を負ういわれはない。

(抗弁に対する答弁)

一  抗弁第一項の事実中、亡前田實の過失の存在は争う。

二  同第二項の事実は認める。

三  同第三項の事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因第一項中、本件交通事故発生の事実および結果は、当事者間に争いがない。

二  しかして、成立に争いのない甲第八号証の一ないし四、同七ないし一一、同一四ないし二〇によれば、本件事故は、被告前薗吉隆が、大型貨物自動車(八トン積ダンプカー)を運転して、該道路を時速約一五キロメートルの速度で進行中、道路前方約一八・八メートルの地点に、道路左側端を同一方向へ駆足で進行していく被害者を認めたのであるが、右道路は、道路前方約四一メートルの左側路肩部分に存する電柱のあたりまでは、有効幅員約二・七メートルで、その両側に草がかなり生え、整地されていない幅約〇・七メートルの路肩部分を存し、その右側は高さ約三メートルの土手、左側は水路になつているという構造であり、他方、被告人の運転していた前記ダンプカーの車幅は二・四五メートルであつたのであるから、道路左側端を駆足で走り続ける被害者の側方を、安全な間隔を保つて通過することは到底不可能であり、自動車運転者としては直ちに減速して同人の側方を通過することを差し控えるか、あるいは、警音器等を鳴らして警告して、同人が立ちどまつて安全な位置に避譲するのを確認したうえでその側方を除行して通過すべきであつたのに、これを怠り、何ら同人の避譲を待つこと等なく、前方の電柱の手前約一・三メートル付近の地点で、駆足を続ける被害者の右側方を、前記速度のまま通過しようとした過失により生じたもので、被害者は、前記ダンプカーの左側面に接触したうえ、路上に転倒し、右電柱の約〇・八メートル付近の地点で、左後輪に轢過されたものであることが認められる。

三  前項認定のとおり、本件事故は、被告前薗吉隆の運転上の過失によつて発生したことが明らかであるから、同人は民法七〇九条により、本件事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。

四  また、請求原因第二項2の(一)の事実は、当事者間に争いがなく、前項事実に照らし、被告会社も民法七一五条一項により、損害賠償の義務を負う。

五  つぎに、成立に争いのない甲第七号証、証人水口岩夫の証言および被告前薗吉隆本人尋問の結果によれば、被告会社は、資本金五〇〇万円の小規模な会社で、使用する運転手も四、五名程度のものであり、代表取締役である被告山野秀明が直接事業の監督の任にあたつていたことが認められるので、同人は、民法七一五条二項に言う代理監督者に該当するものと解され、他に、これを左右するに足る証拠は存在しない。従つて、被告山野秀明は、民法七一五条二項により被告会社と共に損害賠償の義務を負う。

六  ところで、被告会社および被告山野秀明は、抗弁として、同人らは被用者の選任および事業の監督について相当の注意をなしていたと主張するけれども、具体的な注意の内容についての主張もなく、また、その主張を証するに足る十分な証拠も存在しない。かえつて、成立に争いのない甲第八号証の一三ないし一五、同第一〇号証の一によれば、被告前薗吉隆は、業務上過失傷害、道路交通法違反等の前科前歴多数を有する者であり、かつ、被告会社は、狭あいな本件脇道に大型ダンプカーを乗り入れて事業を行つていながら、その車両には任意保険さえも付していないこと等が認められ、かつ、本件損害賠償における無責任な態度に照らしても、被用者の選任および事業の監督に注意をつくしていたとは到底推察し難い。従つて、右被告らの免責の主張は採用し難い。

七  そこで、以下本件事故による損害について検討する。

その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから、真正な公文書と推定される甲第三号証の一、二、成立に争いのない甲第四号証の一、二、同第八号証の一〇、一一、同第一三号証ならびに弁論の全趣旨によれば、請求原因第三項主張の事実(ただし、被告らの損害賠償に対する態度を除く。本件の場合、この点は、慰藉料の額を、特に左右するものではない。)を認めることができ、これに反する証拠は存在しない。また、請求原因第五項の事実は、当事者間に争いない。これによつて、本件事故による損害を算定すると、つぎのとおりである。

1  葬儀費(原告前田美恵子) 四〇万円

2  逸失利益 四七〇〇万円

その算式は、原告ら主張どおり。ただし、計算結果について、誤差論および挙証責任の見地から上二桁未満の数値は切捨てる。

各原告の相続額はつぎのとおり

原告前田美恵子 一五六六万六六六七円

原告前田健一、同前田毅、同前田徹 各一〇四四万四四四四円

3  慰藉料

原告前田美恵子、同前田健一、同前田毅、同前田徹 各一五〇万円

原告前田矢市、同前田イト 各一〇〇万円

4  弁護士費用 一五〇万円

相当性を有する範囲に減額する。

各原告の按分類(損害額の割合による)

原告前田美恵子 四七万五六三二円

原告前田健一、同前田毅、同前田徹 各三二万三四〇六円

原告前田矢市、同前田イト 各二万七〇七五円

5  各原告の以上の損害の合計額

原告前田美恵子 一八〇四万二二九九円

原告前田健一、同前田毅、同前田徹 各一二二六万七八五〇円

原告前田矢市、同前田イト 各一〇二万七〇七五円

八  つぎに、被告らは、本件事故の発生について、被害者にも過失が存したことを主張する。しかして、前記認定のとおり、被害者は、本件ダンプカーの通過中に、その左側面に接触して転倒し、その左後輪によつて轢過されていることが明らかである。ところで、前記認定にかかる事故状況によれば、本件ダンプカーの接近は、そのエンジン音などによつてもこれを知り得たものと解され、他方、道路幅員に十分な余裕もなく、かつ前方には電柱もあつて側方を通過するダンプカーと並行して駆足を続けることは危険な状況にあつたことが明らかであるから、右ダンプカーが側方を無理に通過しようとする以上、被害者としても、あらかじめ、自ら立止つて路肩に十分避難する等の措置を講じ、もつて危険の発生を自ら回避する義務があつたものと解せられる。しかるに、前記認定のとおり、被害者は、これらの行動に出でず、そのまま、道路左側端(右側通行に反し、かつ運転席からみて、間隔の目測しにくい側)を駆け続け、そのことも一因となつて前記接触事故に至つたものと認められる。従つて、この点において被害者にも過失が認められる。

そこで、前記認定にかかる被告前薗吉隆の過失の程度、事故態様、道路状況、加害車種等諸般の事情を総合し、過失相殺として、前記損害額の三割を減ずることとする。これによつて、原告ら各人の損害額を計算すれば、つぎのとおりである。

原告前田美恵子 一二六二万九六〇九円

原告前田健一、同前田毅、同前田徹 各八五八万七四九五円

原告前田矢市、同前田イト 各七一万八九五三円

九  しかして、原告らは、自賠責保険から合計一五〇〇万円の填補を受けていることを自認しており、かつ抗弁第二項の三〇〇万円の一部弁済は当事者間に争いがない。そこで、前者は、原告ら主張の割合で、後者は、前項の損害額の割合に応じて按分し、これらを前項の損害額から控除すると、つぎのとおりとなる。

原告前田美恵子 六六七万八三四五円

原告前田健一、同前田毅、同前田徹 各四六〇万七三五一円

原告前田矢市、同前田イト 各六六万四八〇一円

従つて、原告らの被告前薗吉隆、被告会社、被告山野秀明に対する請求は右各金額および附帯請求の範囲で理由がある。

一〇  つぎに、本件土地の贈与の点について判断する。

本件土地について、本件事故の後である昭和五三年一月六日受付をもつて、原告から被告前薗カヨ子に対し、昭和五〇年一二月二〇日付贈与を原因として所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第五号証、同第八号証の一八、同第九号証、同第一〇号証の一、同第一二号証、証人黒岩雄次郎の証言、被告前薗吉隆本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、本件土地はその後昭和五四年三月一五日付をもつて、真正な登記名義の回復を理由に、再び、被告前薗吉隆名義に移転されたが、同年四月四日付をもつて、さらに右移転登記が錯誤を理由に抹消されていること、被告前薗吉隆には、本件土地以外に、前項認定にかかる損害賠償債務を履行するに足る十分な資産を存しないこと、被告会社および被告山野秀明は、当初から、損害賠償の請求に応ぜず、またその資力にも多くを期待し難く、結局、損害賠償請求の主な相手方は、被告前薗吉隆にならざるを得ない状況にあつたこと、他方、同人も、賠償について誠意を欠き、自己名義の不動産の存しないことを主張して、刑事第一審の実刑判決後に至るまで、賠償義務の履行をなしていないこと、被告前薗吉隆と被告前薗カヨ子は夫婦であること等の事実が認められる。

ところで、原告らは、主位的請求として、前記贈与が、通謀虚偽表示であると主張する。たしかに、前述のように本件登記後、これについて真正名義の回復を理由とする移転登記がなされている事実は認められるのであるが、前記前薗吉隆本人尋問の結果等に照らすと右は、贈与税の負担を免れるためであつたというのであり、右事実のみで、その日時の点はともかくとして、本件贈与自体が、虚偽表示であると速断することはできず、他に、これを証する適格な証拠も存しない。よつて、その余の点について判断するまでもなく原告らの右請求は理由がない。

ところで、右被告前薗吉隆は、その本人尋問において、同被告は、被告前薗カヨ子から、本件土地上の建物を共同担保として提供を受けており、その代償等の意味で、本件事故前に、本件土地を妻たる被告前薗カヨ子に贈与した。しかし、登記手続については、贈与税の負担を免れるため婚姻後二〇年の経過をまつていたと述べる(調書第二二項)のであるが、右は、同人の他の供述部分(調書第二六項ないし二八項)に照らして到底採用し難く、他に、本件土地の贈与が本件事故前になされていたことを推認するに足る適格な証拠も存しない。そして、前記認定の各事実をあわせて考えると、前記昭和五三年一月六日付登記にかかる本件土地の贈与は、本件事故によつて被告前薗吉隆が原告らに対し前記損害賠償債務を負担した後に、原告らを害することを知つてなされたものと推認し得るのであつて、他にこれを左右するに足る十分な証拠は存しない。

よつて、原告らの被告前薗カヨ子に対する、詐害行為取消権にもとづく予備的請求は理由がある。

一一  よつて、原告らの被告前薗吉隆、被告会社および被告山野秀明に対する各請求は、第九項の各金額の範囲およびこれに対する本件損害発生の後であることの明らかな各訴状副本送達の日の翌日(被告前薗吉隆について昭和五四年一月二三日、被告会社および被告山野秀明について同年同月一四日)から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の請求の範囲でこれを認容し、その余の各請求は理由がないからこれを棄却し、被告前薗カヨ子に対する主位的請求を棄却し予備的請求はこれを認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行および同免脱宣言について、同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小田耕治)

物件目録

姶良郡加治木町木田字赤坂弐七六六番壱

宅地 壱七八参・八七平方メートル

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