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鹿児島地方裁判所名瀬支部 平成13年(ヨ)1号 決定 2001年5月18日

別紙当事者目録記載のとおり

主文

一  債務者は、別紙物件目録記載の土地上に、一般廃棄物処理施設を仮に建設してはならない。

二  債務者は、別紙物件目録記載の土地上に、一般廃棄物処理施設の建設を目的とする一切の工事を仮に行ってはならない。

事実及び理由

第一債権者らの申立て

主文同旨

第二事案の概要

本件は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)の入会権者であると主張する債権者らが、本件土地上に一般廃棄物処理施設(以下「本件施設」ともいう。)を建設しようとする債務者に対し、入会権者全員の同意がない以上、本件土地上に本件施設を建設することは違法であり、本件施設の建設のために造成工事等が行われて現状が変更されると、原状復帰は困難であって、取り返しのつかない損害が生じるとして、入会権に基づき、本件施設の建設及びそれを目的とする工事の差止めを求めた事案である。

第三争いのない事実及び証拠によって容易に疎明される事実

一  当事者

(1)  債務者は、普通地方公共団体であり、現在、本件土地に、一般廃棄物処理施設(仮称「瀬戸内クリーンセンター」)として、分別施設、焼却施設、埋立処分場などの建設を計画している。

(2)  債権者らは、いずれも、鹿児島県大島郡瀬戸内町の網野子集落に居住する者である。

二  本件施設の設置に関する経緯

(1)  債務者は、既設のゴミ焼却施設は昭和五二年に供用が開始されたものであって、損傷が顕在化し、ゴミ処理量及び維持管理の面でも大きな支障となっており、また、ゴミ焼却施設に対する規制が強化され、その対応が必要であるなどとして、新施設の建設を推進した。

債務者は、一般廃棄物処理施設建設調査特別委員会を設け、一般廃棄物処理施設建設に関する調査等をした。同委員会は、平成一〇年九月一八日に第一回委員会を開催した。当初は、節子ヨンゴ地区を設置候補地として検討していたが、同年一〇月九日の第四回委員会において、節子集落から反対意見が提出され、同年一一月五日の第八回委員会において、第二候補地であった網野子字亥ノ川の現地踏査、審査がされた。そして、同月一八日の第九回委員会において、町長は、節子地区については、説得に努めたが、絶対に反対とのことで断念し、網野子地区との折衝を開始したとの説明をした。質疑終了後、節子地区を断念し、網野子地区へ場所を変更することにつき、同意された。

(2)  同月二〇日、網野子集落で説明会が開催され、その場で、ダイオキシンに関する説明会の開催の要請があったため、同月二六日、専門家を招へいし、ダイオキシンに関する研修会が開催された。そして、同月二九日に、網野子集落は、総会において、本件土地に本件施設を建設することに関して決議したところ、四七世帯中、反対五世帯、賛成四二世帯であった。それに基づき、同月三〇日、網野子集落区長は、建設同意書に署名をした。

(3)  同年一二月二日の第一〇回委員会において、債務者の対策室長は、上記内容を報告した後、同月一一日、平成一〇年第四回瀬戸内町議会定例会において、町議会は、一般廃棄物処理施設建設調査特別委員会審査意見書を町議会の意見として、町当局に送付することを決定した。

(4)  平成一二年三月一日、債務者は、網野子集落区長との間で、本件土地に関し、使用目的を本件施設の用途に使用、期間を二五年(協議の上で更新できる)、賃料年額一一三万三二一六円などとする賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」ともいう。)を締結した。

(5)  債権者ら代理人弁護士は、債務者に対し、同年五月二四日付け及び同年六月二一日付けで、債務者は本件土地に本件施設の建設を計画しているが、入会権者全員の同意がないから、違法な計画であるので、計画の白紙撤回を求める旨の文書を送付した。

第四当事者の主張

一  被保全権利について

(1)  債権者ら

アa 近世末期から明治初期にかけて、わが国の山林原野は、藩直轄地、山主持山及び各地の里山等の個人支配地を除けば、大部分が村々入会地であるいは一村総持地であった。明治政府は、明治六年三月の地所名称区別法、同七年一一月の同法改正により、土地の官民有区分を行い、これによってすべての土地が官有と民有に区別された。官民有区分決定の根拠となったのは、村の支配進退の事実であった。明治期まで、網野子の村民は、製糖に生きてきたから、近在の山林は、薪材や黒糖の容器材の供給源として利用され、村民もそのために本件土地一帯を管理してきたのであって、これらのいわゆる入会稼ぎによって、村持が認められた。

明治四一年の「沖縄県及島嶼町村制」の施行により、網野子村は、他の一三か村と合併して東方村の一部、すなわち、網野子集落となった。この島嶼町村制の施行にあたり、鹿児島県は、県令第三〇号を以て「旧町村ノ所有財産ハ総テ新町村ノ基本財産ト為ス可シ」と布告し、旧村持山のほとんどは新町村の財産となったが、本件土地は、旧村持でありながら、東方村有とならなかった。これは、本件土地が網野子集落民の総有であったことを明確に物語るものである。

本件土地は、昭和四〇年代までは、集落民各自が自由に立ち入って草木を採取することができ、立木を自家用材のほか、伐採してパルプ材として業者に売ることが認められていた。現在は、あまり利用されておらず、少数の者が自家用材として雑木を採取するほか、自家用の山菜取りや正月用材の採取をしている程度である。山入りの時期等に格別制限はないが、立木の根株の抜去や土地の形状に変化を来たすような行為は禁止されている。

また、本件土地の登記は、時永一郎ら九名、すなわち、昭和三四年当時の網野子集落の役員の共有名義となっている。これは、権利主体である網野子集落として共有入会権を登記する方法がないため、入会権者の代表として所有権登記されたものである。

以上によれば、本件土地は、共有の性質を有する入会地であり、現在の権利者は、現在の網野子集落の世帯主となる。債権者らは、いずれも網野子集落の世帯主であるから、本件土地の入会権者である。

b 債務者は、本件土地は入会地でないとするが、本件土地は網野子集落有地であり、集落有地は、財産区有地でない限り、集落民共有入会地であって、集落という独立した団体の所有地ではない。

債務者は、法人格なき社団たる網野子集落の所有地であると主張するが、その社団たる網野子集落が本件土地を取得した経緯を立証し得ていない。

イa 債務者は、平成一二年三月一日、網野子集落との間で、本件施設設置を目的とする賃貸借契約を締結した旨主張する。

しかしながら、本件賃貸借契約は、本件土地の形状を大きく変えるとともに、本件施設稼働中は従来どおりの利用ができず、稼働終了後ももとに復されることはあり得ないから、財産の処分、変更にあたるところ、処分、変更については、入会権者全員の同意が必要であるが、本件賃貸借契約に対しては、債権者らは、明示して、事前に反対の意見を表明しており(本件について総会で議決されたのは、平成一〇年一一月二九日と平成一二年二月一四日であるが、前者は、債権者らは反対の意見を明確にしており、また、後者は、債権者らの多くは途中退席して決議に参加しておらず、債権者福島義秋は反対の意思を表明した。なお、平成一二年四月一六日の総会は、本件について決議をしていない。)、したがって、本件賃貸借契約は、入会権者全員の同意を得ていないから無効である。

b 債務者は、網野子集落では、従来、全て多数決で処理してきた慣習があるから、本件賃貸借契約は有効であると主張する。

しかしながら、まず、そのような明文の規定は存在しない。債務者が提出する規約においても、その旨の規定はない。

従来、網野子集落の議事のほとんどが多数決で処理されてきたが、そこで協議された事項は、予算の承認や役員の選任等の集落の管理、運営及び財産の管理に関する事項であるから、多数決で差し支えない。他方、集落の基本財産の処分などについては、多数決で処理されていない。

入会地の一部を道路用地として売却したときも、集落の総会で入会権者の大多数の賛成で決定されているが、それ以外の者もそれを追認したものとみなされ、結果として全員の同意があったものとして処理されたものである。

債務者が例示しているものは、反対意見があっても、その反対者自体が自主的に自分の意思を引っ込め、異議の申し立てをせず、多数の決定に従ったものにすぎないものである。

集落の基本財産を少数の反対を押し切って多数で処分した事実はない。

本件においては、入会権者である債権者らは、本件賃貸借契約に明示で反対の意思を表明している。

したがって、本件賃貸借契約は無効である。

(2)  債務者

アa 債権者らは、債権者らが本件土地上に関し共有の性質を有する入会権を有することを主張し、それに基づいて本件申立てをしているのであるから、その発生原因事実を主張立証する必要がある。債権者らは、その主張する共有の性質を有する入会権が発生した当時の本件土地に関する慣習とそれに従えば本件土地が網野子集落の総有に属することを主張すべきであるところ、債権者らは、発生時における慣習について何も述べていない。債権者らは、本件土地に関し、いつころ、入会に関するどのような慣習があったのか、具体的に明らかにできていない。債権者らは、入会権の発生根拠となった本件土地に関する慣習の内容を明らかにすべきである。債権者らの主張及び疎明は、本件土地に関し、入会的事実はなく、また、入会に関する慣習がなかったことを示すものに他ならない。

また、本件土地に入会権があるとした場合、多くの入会事例にみられる事実と相反する以下のような事実がある。①構成員になるについて、特別の要件が不要である。②網野子部落会以外に、本件土地を管理する組織がない。③網野子集落の構成員であれば、誰でも、本件土地を含む網野子集落所有の山林から収益できたし、現在もできる。④本件土地の一部を処分するにあたって、網野子集落の部落会の多数決原理が貫徹された。すなわち、昭和四一年、四二年、四四年に、本件土地の立木の一部を鶴崎パルプ株式会社に売却したとき、及び、昭和四四年に、本件土地の一部を納氏に売却したとき、いずれも反対意見があったが、賛成多数により、売却された。

b 本件土地は、法人格なき社団である網野子集落の単独所有であり、本件土地に共有の性質を有する入会権は存在しない。

網野子集落には、網野子集落に住所を有しかつ居住する者全員で組織された網野子部落会が存在し、網野子部落会規約に基づき網野子集落の組織運営及び財産管理等を行っているから、網野子集落は法人格なき社団である。

入会集団は、集団の単一性と構成員の独立性を特徴とし、集団の単一性と構成員の従属性を特徴とする社団とは異なる。したがって、社団たる網野子集落が、同時に入会集団であることは、講学上あり得ない。

また、本件土地に入会の慣習は存在しない。すなわち、本件土地は、以前は集落から片道二時間近くを要する距離にあり、網野子集落は、本件土地のほかに集落の周辺に山林を有していたので、集落民は、本件土地に行くまでもなく、集落の周辺の土地で用が足りていたから、本件土地に行くことは滅多になかった。

網野子集落が所有する土地は、本件土地のほかにもあるが、その中には、墓地、宅地もある。墓地や宅地が入会地であることはあり得ない。

c 本件土地が網野子集落の所有に帰した経緯は、網野子集落の年寄りの話では、嘉徳集落から取得したものである。

イ 債務者は、本件土地の賃借権者である。

債務者は、次のような経緯により、網野子部落会と本件土地について賃貸借契約を締結するに至った。すなわち、網野子部落会は、平成一〇年一一月二九日に開催された網野子集落の総会で、本件土地に債務者が一般廃棄物処理施設と一般廃棄物最終処分場を建設することについて議題とし、その旨とそのために本件土地を賃貸することについて、賛成四四、反対五の多数で可決した。賃貸借契約の具体的な内容等については、平成一二年二月一四日の総会で議題となったが、賃貸条件について役員に一任することを出席者の全員一致で可決した。これに基づき、債務者は、同年三月一日、網野子集落との間で、本件土地に関して賃貸借契約を締結した。同年四月一六日に開催された平成一二年度定期総会で、本件賃貸借契約等に関する議案を上程し、出席者全員に、賃借人が債務者であることや賃貸条件等を記載した資料を配付し、質疑応答がなされた。この総会には債権者らも出席したが、反対意見はなく、了承された。

このように、本件賃貸借契約は、法人格なき社団である網野子集落が、その規約に従って、網野子集落内部の意思決定をし、その代表権ある区長が債務者との間で締結したものであるから有効である。

二  保全の必要性について

(1)  債権者ら

ア 債務者は、本件土地の現状を変更する権限が全くないにもかかわらず、工事に着工しようとしている。造成工事等が行われ、現状が変更された場合、原状復帰は非常に困難であり、取り返しのつかない損害が生じる。よって、早急に、債務者の工事を差し止める必要がある。

イ 債務者は、本件施設は公共の要請のある必要性の高い施設であるから、この施設の建設が差し止められると町民の生活に重大な支障が生じると主張する。しかしながら、本件施設は、現在のゴミ行政に逆行した施設であって、本来的に必要性のない施設である。また、本件施設は、「今、この場所に、この規模で」必要な施設ではない。債務者としては、他に取り得る代替案が存在する。仮に、本件施設が必要であるとしても、それが入会権を侵奪する正当な理由とはなり得ない。また、公共性があるというのであれば、土地収用法の手続をとればよい。損害が生じたとしても、それはまさしく債務者の自業自得である。

(2)  債務者

本件施設は、債務者及び債務者に居住する町民にとって、必要不可欠な施設である。廃棄物の処理及び清掃に関する法律によると、一般廃棄物の処理等は、市町村の責務とされているところ、債務者の現在のゴミ焼却施設は耐用年数を大きく超過している。さらに、「廃棄物の処理及び清掃に関する法律の一部を改正する法律」(平成九年法律第八五号)の制定に伴う「廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令の一部を改正する政令」(平成九年政令第二六九号)及び「廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行規則の一部を改正する省令」(平成九年厚生省令第六五号)が制定され、平成九年一二月一日から施行されたが、同政省令によって平成一四年一二月以降に要求される排ガス中のダイオキシン濃度基準に、現在操業している焼却施設で対応することは到底できない。また、最終処分場についても、現在の処分場は平成一五年度には閉鎖する予定となっており、平成一六年度以降は次の最終処分場が必要となる。

本件申立てが認容された場合、後日、異議、抗告又は本案等でそれが誤りであることが確定しても、その間、多大な所要時間を要する。そのため、本件申立てが認容された場合、ある期間、債務者には焼却施設がないことになり、その間、各家庭から排出される家庭ゴミの処理は不可能となり、町民の日常生活に回復しがたい甚大な影響を与える。

これらの意味で、本件施設は、債務者の清掃行政における不可欠な基幹公用施設であり、その公共性は極めて高い。このような公共的な目的を有する事業の差止請求が認容されるためには、厳しい要件が必要とされるはずである。仮に、債権者らの主張にかかる入会権が存在したとしても、それは、あくまでも財産権であり、それが侵害された場合には、財産的補填が可能である。

第五当裁判所の判断

一  被保全権利について

(1)  入会権の存否

ア 一件記録及び当裁判所に顕著な事由によれば、以下の事実が一応認められる。

a 網野子集落の概況

網野子集落は、平成一三年一月末日現在、人口一〇二人、世帯数五九世帯の、債務者の中で東側に位置する集落である(入会権の主体である地域集団のことを「部落」ないし「集落」というが、ここで「集落」とは、日常用語としての非都市的地域集団のことをいう。)。

網野子集落には、古くから、集落民によって組織される集落会があった。最高議決機関として総会(定期総会が年一回、そのほか臨時総会が開かれることがある)があり、役員の選出、予算決算の承認等が決議され、日常的なことがらについては、不定期に開かれる役員会で決定されていた。

集落内の決まり事については、口伝えによる規約があったが、平成二年四月一日に、「網野子部落会規約」という明文の規約が成立した。この規約中には、「網野子部落に住所を有し、かつ居住する者で組織される。」、「総会は構成員の過半数の出席によって成立し、その議決は出席者の過半数をもって議決する。」などの規定がある。

b 本件土地の登記

本件土地に関する登記は、昭和三三年に発生した火災により、登記簿等が滅失してしまったため、昭和三四年九月三〇日以前の内容については、不明とせざるを得ない。

昭和三四年九月三〇日受付の回復登記によると、本件土地の所有者は、時永一郎、納フキサク、福島池碩、保池伝、保津宗熊、保武男、納武夫、福新良、吉寅二とされている。これらの者は、昭和三四年当時の網野子集落の役員である。

c 本件土地の利用、管理形態

ⅰ 歴史的経緯

明治政府は、財政基盤の確保(地租の確保)を目的とした土地政策を進め、その前提として、それまでの封建的領主支配のもとでの土地支配形態を整理し、近代的土地所有制度を確立する必要があった。

そのため、明治政府は、明治五年二月一五日太政官布告第五〇号により、何人も土地を所持し売買する自由があることを宣言し、さらに、土地の取引を安全、確実なものとするため、所有者に「地所地主タル確証」である地券(壬申地券)を発行した。そして、地券発行の基準を明確にするため、「地所名称区別」(明治六年三月二五日太政官布告第一一四号)、「地所名称区別改定」(明治七年一一月七日太政官布告第一二〇号)を公布し、これにより土地の官民有区分が行われ、全国の土地が官有地と民有地とに区別された。

明治政府は、壬申地券の段階では、幕府や藩が直轄管理してきた山林は官有地、検地帳に記載のある山林は民有地、その他の山林、たとえば、一村ないし数か村の部落住民が入り会っていた山林については公有地に区分する考えであったが、「地所名称区別改定」は規定が抽象的であり、具体的な区分作業については、明治八年三月二四日太政官達第三八号によって設置された地租改正事務局が担当することになり、同事務局は、①公の帳簿や図面に所持(進退支配)を行う者が登載されている場合には民有地と認め、②登載がない場合であっても、買受けの証書があれば民有地と認め、③検地帳等に登載がなく、証書がない場合であっても、「人民ノ所有地ト看認ムベキ成跡アルモノ」であれば、民有地と認めることができるとした。そして、山林原野池溝等官民有区別更正調方(明治八年六月二二日地租改正事務局達乙第三号)、山林原野等官民所有区分処分方法(明治九年一月二九日地租改正事務局議定)によれば、証拠書類がなくとも、積年所持の慣行があり、あるいは、樹木草芽等を一村で処分収益してきたとの口伝えがあり、村持といわれてきたことを近隣の村落でも明瞭に知っていてその事実を保証している場合には、民有地と認定することにした。

その後、明治四〇年三月一六日勅令第四六号により「沖縄県及島嶼町村制」が施行され、奄美大島においても町村制が施行されることになり、一〇か村に統合された。これにより、当時の網野子村は、東方村の一部となった(なお、東方村は、昭和一一年の町制施行により古仁屋町となり、昭和三一年九月一日、町村合併促進法により、他の三村と合併し、瀬戸内町となった。)。

この島嶼町村制の施行にともない、鹿児島県は、明治四一年四月一日、県令第三〇号をもって、「旧町村ノ所有財産ハ総テ新町村ノ基本財産ト為ス可シ」とし、旧村持林野は新町村の財産とするとされたが、本件土地が東方村有となったと認めるに足りる証拠はない。

ⅱ 本件土地の利用状況

網野子集落民は、次のように、本件土地に立ち入って、本件土地を利用してきた。すなわち、①昭和三〇年代ころまで、黒糖を詰めるための樽木用資材として、椎の木、アサゴロ、松の木などを切り出した。②昭和四〇年代ころまで、イジュ、イスノキ、モッコク、椎の木を切り出し、集落民の家屋建築用資材として利用してきた。③昭和三〇年ころ、町が造林奨励事業として杉の植林に補助金を出したため、他の集落民の同意を得た上で、杉の木を植林した者もいた。④リュウキュウアイを植栽し、藍染め染色原科を生産していた時期があった。⑤椎の木、樫の木を切り出し、スルッパと呼ばれる長さ六尺、幅七寸五分、厚さ五寸程度の角材を生産し、鉄道軌道用の材木用材として移出していた時期があった。⑥昭和四〇年代ころまで、パルプ用の木材を伐採し、搬出していた。⑦薪炭材として立木を切り出し、利用していた。⑧萱やススキその他の草木を牛馬の飼料として利用したり、茅茸き屋根の家屋資材として利用していた。⑨椎茸栽培用の椎の木やタブノキ、ホルトノキを切り出した。⑩茶を栽培していた時期もあった。

現在では、木材価格の下落のため、営利目的のパルプ材の採取はなされていないが、なお、自家用として、雑木の採取、山菜取りをするなどして利用されている。

ⅲ 本件土地の利用に関する共同体的統制

網野子集落においては、入会地の利用、管理等について、直接明文で定めた規約は存在しない。なお、前記の「網野子部落会規約」にも、集落内の入会地の利用、管理等について定めた規定はない。

本件土地については、網野子集落に住所を置く者であれば、誰でも利用でき、その利用する時期等に格別の制限はない。

ただし、土地内の立木を自家用で使用するには許可は必要なかったが、それを販売したり、それを利用して商売する場合には、許可が必要であった。また、木材を伐採した集落民は、それを販売して得た利益の一部を、山税として集落に納めていた。

現在も、ツワブキやヨモギを採集したり、枯れ木を集めて薪にしたり、イノシシ狩りをすることは自由である。ただし、サルスベリの木については許可が必要である。

イ 以上の諸事情を前提として、本件土地が網野子集落の入会地であるか否かを検討する。

まず、前記したような歴史的経緯の中で、本件土地の登記名義が網野子集落の役員の共有名義に回復登記されていること(なお、このような登記があったとしても、本件土地が登記名義人らの個人共有地でないことは、当事者間に争いがない。)に鑑みれば、本件土地が官有地や町有地でなく、民有地とされたことがうかがえる(この事実を否定するに足りる古文書などの沿革的資料は、双方から提出されていない。)。

本件土地が民有地であったとして、次に、それが入会地であったかが問題となる。入会地と認められるためには、官民有区分以前から集落民が入会慣行を有しており、官民有区分以後現在までのその入会慣行が存続していること、入会地の利用収益について入会集団の共同体的統制が存在することが必要である。

本件にあっては、本件土地の利用及びその管理の実態は、証拠上、必ずしも、具体的かつ明確なものは認められないが、本件土地について、網野子集落の集落民が、立木を伐採したり、山菜を採取するなどした入会慣行があり、そして、売却のために立木を伐採するときは、許可を受けた上、山税を納める必要があったなど、それが共同体的統制のもとにあったこと、すなわち、入会慣行と入会集団の統制があること、そして、網野子集落に居住していることがこの入会権の主体としての条件となっていることはうかがえる。

以上によれば、本件土地は、入会集団である網野子集落の入会地であると一応認めるのが相当である。

ウ この点につき、債務者は、本件土地は、網野子集落という法人格なき社団の単独所有地である旨主張する。

しかしながら、網野子集落が法人格なき社団性を有しているかどうかはひとまず置くとして、そもそも、債務者は、網野子集落という法人格なき社団が本件土地を取得した経緯、取得原因について、疎明していない。債務者は、網野子集落が嘉徳集落から本件土地を買い受けたと聞いたとする者の陳述書を提出しているが、その時期、範囲、金額などが不明確であって、信用するに足りない。

前記した歴史的経緯からみて、従前、本件土地が入会集団である網野子集落の入会地であったことがうかがえるから、債務者主張のように、本件土地が網野子集落という法人格なき社団の単独所有地であるためには、網野子集落という法人格なき社団が社団性を具備した後、あるいはその形成過程において、入会集団である網野子集落の構成員全員の同意に基づき、入会集団である網野子集落から法人格なき社団である網野子集落に対し、その所有権を移転した事実が認められなければならない。なお、ここで、所有権の移転とは、入会集団である網野子集落と法人格なき社団である網野子集落が実質的には同一のものであるとみて、かつ、入会権が、集落という集団の所有としての性質とその集団の個々の構成員の所有の総和としての性質という二面的な性質を具備する権利であることに鑑みれば、入会権の変容により、後者の性質の解消、すなわち、個々の構成員の所有の総和としての性質の喪失、いわゆる「入会権の解体、消滅」(なお、これには、前者の性質の解消、すなわち、集落という集団の所有としての性質の喪失による「個人共有への変化」の場合もある。)があった事実と言い換えることもできる。

しかるに、本件においては、この点について、債務者は主張をせず、また、それを疎明するに足りる証拠を提出していない。したがって、債務者の前記主張は採用できない。

(2)  本件賃貸借契約の性質

一件記録によれば、本件賃貸借契約は、本件土地上に本件施設を設置するためのものであり、本件施設が本件土地上に設置された場合、本件土地に対する入会権者の使用収益行為は不可能となること、このように、本件賃貸借契約は、その入会的利用形態の変更を来すものであるから、本件土地の変更、処分にあたることが一応認められる。

(3)  本件賃貸借契約(本件土地の処分)の有効要件

網野子集落において、入会地の処分のための要件について定めた規約は存在しない。しかしながら、入会地の処分については、原則として、これにつき入会権者全員の同意が必要とされるのは、共有の性質を有する入会権の性質からして、当然のことである。

債務者は、網野子集落では、規約に基づいて運営されており、財産の処分についても、定めはないが、総会における多数決によって運営されてきた旨主張する。

一件記録によれば、たしかに、網野子集落では、日常的な管理事項については、多数決によって決定されてきたことが認められるが、しかしながら、他方、財産の処分については、集落民全員の同意のもとに決定されているものと認められる。

この点について、債務者は、昭和四一年、四二年、四四年に、本件土地上の立木の一部を売却したが、その際、これを総会で付議したところ、一部に反対者があった事実を指摘する。

しかしながら、同意は、必ずしも、総会において全員一致の決議がされることを必要とするものではなく、総会後、決議事項が実施されるまでの間に、総会において反対した者が、説得等に応じて、事後的に追認した場合についても、同意があったものと認めるべきである。上記の総会においては、結局、付議事項を賛成する旨の決議がされており、そして、その後、その付議事項が実施されるに至るまでの間においても、その反対者から、再度総会を開くべきであるとの提案や申し出があったことを疎明するに足りる証拠はなく、また、それについて反対する運動があったり、訴訟提起などの法的手段がとられたことを疎明するに足りる証拠もない。したがって、これらについては、総会で反対意見を述べた者も、最終的には同意し、結局、入会権者全員の同意があったものと認めるのが相当である。

その他に、債務者が、多数決によって決議したと主張する具体例は、いずれも、処分行為ではなく、管理行為に属することがらであって、前記判断に影響を及ぼすべき事例とはなり得ない。

以上によれば、網野子集落においては、前記の原則を修正、変更する慣習は、存在しないものと認められる。

(4)  本件賃貸借契約に関する決議等

ア 一件記録によれば、次の事実が一応認められる。

a 平成一〇年一一月二九日、網野子集落の総会が開催され(出席者四五名、委任者四名)、本件土地に一般廃棄物処理施設を設置することについての決議がなされ、賛成四四票、反対五票で可決した。なお、無記名投票のため、反対者の氏名は不明である。

b 平成一二年二月一四日、網野子集落の総会が開催され(全戸数五九戸、出席者三八名、委任者四名)、本件賃貸借契約の内容について決議された。賃料を一平方メートルあたり二二円から二五円、立木補償費を一平方メートルあたり九四円から一〇〇円の範囲で折衝すること、契約については、役員に一任することなどを可決した。この総会の途中、債権者保武男は、このような問題を多数決で決められるはずはないなどと発言した後退席し、また、債権者福島義秋は、反対の意見を述べた。

c 平成一二年四月一六日、網野子集落の総会が開催され(全戸数六〇戸、出席者四七名、委任者三名)、前年度の収支報告がされたほか、本件賃貸借契約について、賃料を一平方メートルあたり二四円、立木補償費を一平方メートルあたり九四円とすることなどが記載された資料が配付され、その内容に関する報告がされた。

d 債権者ら代理人弁護士は、債務者に対し、平成一二年五月二四日付け及び同年六月二一日付けで、債務者は本件土地に本件施設の建設を計画しているが、入会権者全員の同意がないから、違法な計画であるので、計画の白紙撤回を求める旨の文書を送付した。

イ 以上によると、本件賃貸借契約については、網野子集落においては、平成一〇年一一月二九日の総会における決議が存在するものの、その時点で反対者が少なくとも五名はいたものであり、また、その後の総会においても、全員の同意を得たことを認めるに足りる疎明はない。

債務者は、平成一二年四月一六日の総会において、本件賃貸借契約についての議案を上程し、質疑応答がされたところ、反対意見がなかったことから、全員の同意があった旨主張するが、上記総会の時点では、本件賃貸借契約はすでに締結されており、この総会においては、もっぱら賃貸条件についての報告、質疑がなされたにすぎないこと、その約一か月後には、債権者らは、代理人弁護士を通じて、債務者に対し、全員の同意がないから、債務者の建設計画は違法なものである旨を通知していることなどからすれば、上記総会の決議があることをもって債権者らの同意があったと認めることはできないというべきである。

(5)  結論

以上のように、本件土地は、入会集団である網野子集落の入会地である。したがって、本件賃貸借契約を締結するにあたっては、その構成員である入会権者たる集落民全員の同意が必要である。しかるに、本件賃貸借契約の締結にあたって、全員の同意があったことについて、これを疎明するに足りる証拠はない。したがって、本件賃貸借契約は無効といわなければならない。そして、本件債権者らは、網野子集落の集落民であり、入会集団である網野子集落の構成員である。以上によると、被保全権利は一応認められることとなる。

二  保全の必要性について

一件記録によれば、たしかに、本件仮処分により、本件施設の建設が妨げられ、債務者に本件施設の建設が遅延することによる損害が生じるおそれがあることは認められる。しかしながら、他方、このまま債務者による本件施設の建設がなされれば、本件土地につき、債権者らの入会権者としての使用収益が不可能となる上、その後の権利回復も困難となることも認められ、本件土地の現状を変更させないようにする必要がある。

債務者は、本件施設の公共性が高いことを強く主張するが、そうであるならばこそ、その手続は、慎重に行われるべきであった。本件土地に本件施設を建設する必要があるのであれば、本件土地の権利関係について、より慎重に調査をし、その調査結果に基づき、本件土地の権利者である入会権者らに対し、賛同を得るための説得、交渉をし、その全員の合意をとるべく措置を講ずるべきであった。しかるに、本件においては、網野子集落民の多数から合意を得たからといって、区長と賃貸借契約をしたものであって、全員について合意をとるべく説得、交渉をしたとの疎明はない。このような場合、債務者に債務者主張のような損害が生じたとしても、それは、債務者自身に帰責されるべきことがらであり、そのことの故に保全の必要性がないということはできない。

以上によれば、保全の必要性についても、一応認められるというべきである。

第六結論

以上のとおり、債権者らの申立ては理由があるから、担保を立てさせないで、これを認めることとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 平塚浩司)

<以下省略>

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