鹿児島地方裁判所名瀬支部 平成17年(モ)60号 決定 2005年9月22日
東京都新宿区西新宿8丁目2番33号
申立人(被告)
三和ファイナンス株式会社
同代表者代表取締役
●●●
鹿児島県名瀬市●●●
相手方(原告)
●●●
同代理人弁護士
髙橋広篤
主文
本件移送申立てを却下する。
理由
第1申立ての趣旨及び理由
本件申立ての趣旨及び理由は,別紙「移送の申立書」写しのとおりであり,基本事件につき,主位的に,民事訴訟法(以下「法」という。)16条に基づき,東京簡易裁判所への移送を,予備的に,法17条の趣旨に基づき,鹿児島簡易裁判所への移送を求めるというものである。
第2当裁判所の判断
1 基本事件は,相手方外1名の原告(以下まとめて「相手方ら」ともいう。)が,申立人外4名の被告(以下まとめて「申立人ら」ともいう。)に対して,申立人らからの借入金に関して利息制限法を超える利息の支払を行ったとして,不当利得返還請求権に基づき,過払金及び遅延損害金の支払を求めるとともに,取引履歴の開示が一部拒絶されたとして,不法行為に基づき,損害賠償及び遅延損害金の支払を求めた事案である。基本事件における相手方らから申立人らに対する各請求は,法38条後段の共同訴訟の要件を満たすものであって,その訴額の合計は,250万5100円である(なお,提訴後に訴えの一部取下げがされたが,その後の訴額の合計は,155万1595円である。)。したがって,基本事件は,地方裁判所の事物管轄を有する。
そして,相手方らの各請求についての義務履行地は,いずれも相手方らの住所地となるところ(民法484条),その住所地は,いずれも鹿児島県名瀬市内であるから,基本事件については,法5条1号により,当裁判所に土地管轄がある。
2 この点,申立人は,相手方との間で,申立人の本店所在地(東京都新宿区)を管轄する裁判所を管轄裁判所とする専属的合意管轄を定めたので,申立人と相手方との訴訟については,基本事件から分離して,東京簡易裁判所へ移送すべきであるとする。
そこで検討すると,一件記録によると,相手方が申立人から借入れを行う際に作成した(申立人が署名,指印している。)「借入限度基本契約書」(以下「本件契約書」という。)の中には,「第10条(合意管轄)この金銭貸借に関する訴訟又は調停の必要を生じた場合には,貸主の本店所在地を管轄する裁判所を管轄裁判所とすることに合意します。」との記載がある。そうすると,申立人と相手方との間では,両者間の「金銭貸借に関する訴訟」について,訴額に応じて,申立人の本店所在地(東京都新宿区)を管轄する東京地方裁判所又は東京簡易裁判所に管轄があるとの合意がされたことが一応認められる。
しかし,本件契約書第10条では,前記のとおり,表題も,「合意管轄」とされているに過ぎず,内容的にも,他の管轄裁判所の排除が明記されているわけではない。また,本件契約書の形式も,申立人が消費貸借契約を締結するに当たって一般的に利用している定型の書式が用いられたものである。
さらに,本件契約書上では,合意管轄の対象について,「この金銭貸借に関する訴訟又は調停」との漠然とした記載がされるに止まっているのであって,相手方が,管轄の合意を行うに当たって,申立人が相手方に対して貸金の返還を求める場合のみならず,基本事件のように相手方が申立人に対して過払金の返還や取引履歴の開示拒絶に関する慰謝料の支払を求める場合についてまで十分想定していたとは考え難い。
そうすると,相手方が,本件契約書の作成に当たって,相手方との間の消費貸借契約に関する訴訟等全般について,本件契約書記載の裁判所以外の管轄を全部排除する訴訟上の重大な結果を招くことになるとの認識を十分有していたと考えることはできない。
以上のとおり,本件契約書による管轄の合意は,他の管轄を全部排除して,合意した裁判所のみに管轄を限定するもの(すなわち専属的合意管轄)とまでは認められない。
3 申立人は,予備的に,訴訟の著しい遅滞を避けるため,鹿児島簡易裁判所への移送を求める。しかし,そもそも,基本事件は,鹿児島簡易裁判所の管轄に属しないから,この申立ても理由がない。
なお,申立人は,当裁判所が申立人にとって「尋常でない遠隔地裁判所」であり,当事者の衡平の観点から,法17条による移送が認められるべきであると主張する。しかし,申立人が貸金業者である一方,相手方は一般消費者であって,双方に相当の経済力の格差があること,期日間における書面の提出や電話会議の活用等により審理を進めることができること,基本事件において予想される争点に照らして,必要な証拠調べの内容,回数等はそれほど多大なものになるとは想定できないことなどを考慮すると,相手方の住所地を管轄する裁判所以外へ法17条により移送することは,当事者間の衡平を害し妥当でない。
4 よって,主文のとおり決定する。
(裁判官 三輪方大)