鹿児島地方裁判所名瀬支部 平成17年(ワ)136号 判決 2007年6月27日
平成17年(ワ)第136号 過払金等請求事件(以下「136号事件」という。)
平成17年(ワ)第71号 不当利得返還等請求事件(以下「71号事件」という。)
鹿児島県●●●
136号事件原告
A
鹿児島県●●●
71号事件原告
B
両事件原告ら訴訟代理人弁護士
髙橋広篤
京都市下京区烏丸通五条上る高砂町381-1
両事件被告
トライト株式会社
同代表者代表取締役
●●●
両事件被告訴訟代理人弁護士
●●●
主文
1 被告は,136号事件原告Aに対し,85万2310円並びに内金59万3591円に対する平成17年6月27日から支払済みまで年5分の割合による金員及び内金22万円に対する同年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,71号事件原告Bに対し,155万6194円並びに内金109万3611円に対する平成16年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員及び内金22万円に対する平成17年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 この判決は,第1項及び第2項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 136号事件
被告は,136号事件原告A(以下「原告A」という。)に対し,103万2310円並びに内金59万3591円に対する平成17年6月27日から支払済みまで年5分の割合による金員及び内金40万円に対する訴状送達の日の翌日である同年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 71号事件
被告は,71号事件原告B(以下「原告B」という。)に対し,173万6194円並びに内金109万3611円に対する平成16年4月5日から支払済みまで年5分の割合による金員及び内金40万円に対する訴状送達の日の翌日である平成17年7月26日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,株式会社スカイ(以下「スカイ」という。)又はハッピークレジット株式会社(以下「旧ハッピー」という。)及び両社から営業譲渡を受けた被告との間で借入れと弁済とを繰り返してきた原告らが,被告に対し,①利息制限法所定の制限の範囲内で充当計算をすると,過払金が発生しているとして,不当利得返還請求権に基づき,過払金及びこれに対する支払済みまで民法所定の年5分の割合による法定利息の支払を求めるとともに,②取引履歴の不開示により精神的損害を受けたとして,不法行為に基づき,慰謝料30万円及び弁護士費用10万円並びにこれらに対する各訴状送達日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 争いのない事実
(1) スカイ,旧ハッピー及び被告(以下まとめて「被告ら」ともいう。)は,いずれも金銭の貸付け等を業とする株式会社である。
(2) スカイ及び旧ハッピーは,いずれも,被告(当時の商号は「株式会社クレストファクタリング」)との間で,平成12年3月29日付けで営業財産譲渡契約を締結し(各営業譲渡の各基準日は,いずれも,同年6月1日。),営業貸付債権等の債権を被告に譲渡した(各契約の内容はほぼ同一である。以下,各契約を合わせて「本件各営業譲渡契約」という。)。スカイ及び旧ハッピーは,いずれも,本件各営業譲渡契約に基づき,被告に対して,営業の承継に必要な書類(融資契約書,コンピュータデータ,移転する従業員の書類等)の一切の引渡しを行うとともに,旧ハッピーは,同年5月31日をもって営業を終了し,平成13年2月9日に破産宣告を受け,スカイも同じころに営業を終了して,同様に破産宣告を受けた。
被告は,スカイ及び旧ハッピーと貸金に係る各債務者との間の当初からの取引を前提にしてそのまま取引を継続するとともに,これを基に各債務者に対し残高の主張をしてきた。なお,被告は,平成12年4月5日,「ハッピークレジット株式会社」に商号変更し(同月6日登記),平成16年4月12日,現在の商号である「トライト株式会社」に商号変更登記を行った。
(3) 原告Aは,スカイとの間で,金銭消費貸借契約を締結し,平成7年7月24日から平成12年5月5日までの間,別紙計算書1の1番から198番までの各年月日欄記載の各年月日に,各借入金額欄記載の各金員の借入れ及び各弁済額欄記載の各金員の弁済を行った(以下「本件スカイ取引」という。)。そして,原告Aは,被告との間で,平成12年6月6日から平成17年6月27日までの間,別紙計算書1の199番から324番までの各年月日欄記載の各年月日に,各借入金額欄記載の各金員の借入れ及び各弁済額欄記載の各金員の弁済を行った(以下「本件A・被告取引」という。)。
原告Bは,旧ハッピーとの間で,金銭消費貸借契約を締結し,昭和63年5月9日から平成12年5月25日までの間,別紙計算書3の1番から319番までの各年月日欄記載の各年月日に,各借入金額欄記載の各金員の借入れ及び各弁済額欄記載の各金員の弁済を行った(以下「本件旧ハッピー取引」という。)。そして,原告Bは,被告との間で,平成12年7月1日から平成16年4月5日までの間,別紙計算書3の320番から354番までの各年月日欄記載の各年月日に,各弁済額欄記載の各金員の弁済を行った(以下「本件B・被告取引」という。また,本件スカイ取引,本件A・被告取引,本件旧ハッピー取引及び本件B・被告取引を合わせて「本件各取引」ともいう。)。
(4) 本件各取引に関する原告らの最終弁済日における過払金及びその前日までに過払金につき生じた法定利息は,原告らが被告らに対して弁済した金員について,利息制限法1条1項所定の制限利率を超える部分を元本に充当し,過払金が発生した場合には,その発生日の当日から次の取引の前日までの間,年5分の割合による利息を付け,過払金及びその利息が発生している時点で新たな借入れがあった場合には,過払金及びその利息をこの新たな借入れの弁済に充当するものとして計算すると,本件スカイ取引及び本件A・被告取引を通算して計算したときは,別紙計算書1のとおりとなり,本件A・被告取引だけを計算した時は,別紙計算書2のとおりとなり,本件旧ハッピー取引及び本件B・被告取引を通算して計算したときは,別紙計算書3のとおりとなり,本件B・被告取引だけを計算したときは,別紙計算書4のとおりとなる。
2 争点
本件各取引では,原告らと被告らとの間で利息制限法1条1項所定の制限利率を超える利息による借入れと弁済とが繰り返されているから,制限超過部分の元本充当により計算上元本が完済となった場合には,借主である原告らは,被告らに対して,その後に債務の不存在を知らずに支払った金額について,それが貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業法」という。)43条所定のみなし弁済の要件を充たさない限り,民法703条又は704条に基づき,法律上の原因のない利得(いわゆる過払金)としてこれに関する返還請求権を行使できる。そして,本件では,被告は,貸金業法43条所定のみなし弁済の立証も原告らが債務の不存在を知りつつ弁済を行ったとの主張・立証もしないから,原告らは,被告らに対して,本件各取引に関して利息制限法による引き直し計算を行った上で算出される過払金の返還を請求することができる。
本件の争点は,次の各点である。
① 被告は,本件スカイ取引及び本件旧ハッピー取引に関してスカイ及び旧ハッピーが原告らに対して負っていた過払金返還債務を承継するか否か。
② スカイ,旧ハッピー及び被告は民法704条所定の悪意の受益者に該当するか否か。
③ 被告の原告らに対する取引履歴の不開示により不法行為が成立するか否か及び損害額がいくらになるか。
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点①について
【原告らの主張】
被告は,スカイ及び旧ハッピーとの間で本件各営業譲渡契約を締結することにより,スカイ及び旧ハッピーの原告らに対する貸金債権に止まらず,これに伴って生じる過払金返還債務も含め貸主としての地位の譲渡を受けたというべきである。このことは,被告が,スカイ及び旧ハッピーの全ての人的・物的財産を承継したこと,本件各営業譲渡契約以前のスカイ及び旧ハッピーの取引を前提にして顧客との取引を続け,スカイ及び旧ハッピーと同一の契約番号で顧客を管理したことなどから裏付けられる。
本件各営業譲渡契約において,被告とスカイ及び旧ハッピーとの間で過払金返還債務を承継しない旨の合意をしていたとしても,過払金返還債務と貸金債権は表裏一体のものであることから,貸金債権は承継するがみなし弁済が不成立の場合の過払金返還債務は承継しないといった恣意的な分断を認めることは許されない。
そして,被告は,本件各営業譲渡契約締結時に,スカイ及び旧ハッピーが原告らに対して過払金返還債務を負担していることを知っていたにもかかわらず,両社から利息制限法所定の制限を超過した約定利率での消費貸借契約を承継した上,多大な利益を上げている。このような被告が,原告らから過払金の支払を請求されるや,スカイ及び旧ハッピーが原告らに対して負担していた過払金返還債務は承継しないと主張することは信義則に反する。
以上から,被告は,スカイ及び旧ハッピーが原告らに対して負っていた過払金返還債務を承継する。
【被告の主張】
被告は,本件各営業譲渡契約により,スカイ及び旧ハッピーから営業貸付債権の債権譲渡を受けたが,負債に関しては,同契約の契約書において,顧客預り金及び顧客前受利息(収益)に関する債務のみを引き継ぐと記載されているのであって,過払金返還債務については両社から承継しないことは明白である。
仮に被告が本件各営業譲渡契約によりスカイ及び旧ハッピーから貸主としての地位の譲渡を受けたのだとしても,このような契約上の地位の移転に伴い,同契約以前に両社に対して既に発生していた過払金返還債務も当然に承継することになるわけではない。
被告は,本件各営業譲渡契約締結時に,スカイ及び旧ハッピーが原告らに対して過払金返還債務を負担していることを知らなかったし,その他,被告がスカイ及び旧ハッピーの過払金返還債務を承継しないと主張することが信義則に反することを裏付けるような事情はない。
以上から,被告は,スカイ及び旧ハッピーが原告らに対して負っていた過払金返還債務を承継しない。
(2) 争点②について
【原告らの主張】
被告らは,原告らから利息制限法1条1項所定の制限利率を超える利息を受け取っていることを認識していたから,民法704条所定の悪意の受益者に該当する。したがって,スカイ及び旧ハッピーから過払金返還債務を承継した被告は,原告らに対して,本件スカイ取引及び本件A・被告取引を通算して計算した過払金並びに本件旧ハッピー取引及び本件B・被告取引を通算して計算した過払金に,各過払金の発生の当日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による法定利息を付して返還する義務がある。
【被告の主張】
被告は,悪意の受益者ではないから,過払金に利息を付して返還する義務はない。
(3) 争点③について
【原告らの主張】
原告ら代理人弁護士は,原告らの債務整理手続を進めるため,被告に対し,原告Aに関して平成17年9月12日付けの書面等を,原告Bに関して同年4月1日付けの書面等を送付し,原告らとの全取引履歴の開示を求めたが,被告は取引履歴の一部を開示したに過ぎなかった。そのため,原告らは,いずれも,自らの債務に関して正確に整理手続の選択をすることができず,不安な状態が続き,ついには本件各訴訟を提起せざるを得なくなり,精神的苦痛を受けた。貸金業者である被告は,取引履歴の開示要求に全面的に応じる義務があるにもかかわらずこれに違反しているのであるから,原告らに対する不法行為が成立するというべきである。
そして,このような被告の不法行為によって生じた原告らの精神的苦痛に対する慰謝料は各30万円,取引履歴不開示と相当因果関係が認められる弁護士費用の額は各10万円を下らない。
【被告の主張】
被告が,原告らに関する取引履歴の開示を行うことが遅れたことは認めるが,いずれも訴訟提起後直ちに開示していることから,不法行為責任が生ずる程度に至っていない。
第3当裁判所の判断
1 認定事実
当事者間に争いのない事実,摘示した各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実を認めることができる。
(1) 本件各営業譲渡契約の要旨は次のとおりである(乙B1,11)。
ア 被告は,スカイ及び旧ハッピーから営業貸付債権その他営業承継に必要な資産を承継する(両社の保有する顧客データ及び台帳・契約書類一式については,顧客が完済をしたか否かを問わず全て承継資産に含む。)。
イ 被告は,スカイ及び旧ハッピーの従業員のうち被告への入社を希望する者全員を雇用する。
ウ 被告は,スカイ及び旧ハッピーの債務につき,顧客預り金及び顧客前受利息(収益)に関する債務を引き継いだ金額を限度として免責的に引き受けるが,これ以外の債務については一切引き受けない。
エ 譲渡対価については,平成12年2月13日現在の譲渡資産・負債の評価額を基準とする。ただし,本件各営業譲渡契約の譲渡対象である無担保貸付債権のうち,基準日(同年6月1日)から2か月以内に,介入口座(弁護士が介入通知をした債務者の口座),過払金返還請求を受けた債権等の債権回収に困難を来すものと被告が認識したものについては,当該債権の元金残高相当額を基準額から控除するほか,過払金返還請求を受けた債権については,被告が過払金として返還する額をこの控除額に追加する。
(2) スカイ及び被告は,原告Aに対し,平成12年8月30日付けの「債権譲渡・譲受通知書」と題する書面を交付し,原告Aが債務者となっている貸金債権に関して,被告がスカイから債権譲渡を受けるとともに同債権に係る契約上の地位の移転を受けたことを通知した。そして,この書面には,原告Aとスカイとの間の当初からの継続的な金銭消費貸借契約を前提に,利息制限法所定の制限を超過した約定利率に基づき計算した債務残高が記載されており,その後,被告は,原告Aとの間で,この債務残高及び約定利率に依拠して取引を継続した。
(乙B2)
(3) 被告は,原告Bとの間で,原告Bと旧ハッピーとの間の当初からの継続的な金銭消費貸借契約を前提に,利息制限法所定の制限を超過した約定利率及びこれに基づき計算した債務残高に依拠して取引を継続した(なお,旧ハッピー及び被告は,原告Bに対して,前記(2)同様の「債権譲渡・譲受通知書」と題する書面を送付したものと窺われるが,証拠としては提出されなかった。)。
(甲25,27)
(4) 原告ら代理人弁護士は,原告Aの債務整理手続を進めるため,被告に対し,平成17年9月12日付け及び同月16日付けの各書面を送付して,原告Aと被告らとの間の全取引履歴の開示を求めたが,被告は,平成17年9月16日に,取引開始日を平成13年7月13日とし,貸付残高を40万円とする取引履歴を開示しただけで,同日以前の取引履歴を開示しなかった。そのため,原告Aは,平成17年10月26日に136号事件の訴えを提起したが,被告は,その直後の同年11月4日に至って初めて,全取引履歴を開示した。
(甲19,20,24)
(5) 原告ら代理人弁護士は,原告Bの債務整理手続を進めるため,被告に対し,平成17年4月1日,同月19日,同月28日,同年5月23日及び同年6月13日付けの各書面を送付して,原告Bと被告らとの間の全取引履歴の開示を求めたが,被告は,平成17年4月20日に,取引開始日を平成7年4月22日とし,貸付残高を49万9602円とする取引履歴を開示しただけで,同日以前の取引履歴を開示しなかった。そのため,原告Bは,平成17年7月8日に71号事件の訴えを提起したが,被告は,その約2か月後の同年9月13日に至って初めて,全取引履歴を開示した。
(甲23,25,26)
2 争点①について
本件各取引のように,貸金業者と消費者金融を利用する者との間の取引によって生じる貸金債権は,一般の債権と異なり,貸金業法43条1項の要件が満たされた場合には貸金業者に貸金債権が認められるが,その適用がないため利息制限法による引き直し計算が行われた場合において,過払金が発生したときには,貸金業者がその返還債務を負う性質のものであるから,このような性質の債権債務は表裏一体の関係にあるというべきである。そうすると,スカイ及び旧ハッピーから原告らとの間の金銭消費貸借契約に基づく貸金債権につき譲渡を受けた被告は,原則として,この金銭消費貸借契約に関して生じる貸金債権と過払金返還債務の両方を一体として承継するものと考えられる。
しかも,被告は,スカイ及び旧ハッピーから,営業貸付債権を承継したのみならず,顧客情報,契約書等の貸金契約に関する情報や従業員も承継するとともに(前記1(1)ア,イ),原告らに対して,スカイ及び旧ハッピーと原告らとの間の当初からの継続的な金銭消費貸借契約を前提にしてそのまま取引を継続し,これを基に原告らに対し債務残高の主張をして,利息制限法の制限を超過する利息に基づく利益を得てきたところでもある(前記1(2)(3))。他方,スカイ及び旧ハッピーは,いずれも本件各営業譲渡契約の暫く後に破産宣告を受けているのであって(前記第2の1(2)),原告らが,スカイ及び旧ハッピーに対して過払金返還請求権を行使することは現時点では不可能に等しい。
そして,被告は,貸金業者で日常的に貸金債権の内容・状況に関する調査を行っているのであって,本件各営業譲渡契約の際に譲渡対象の営業貸付債権に関して貸金業法43条所定のみなし弁済の成否の判断を行うことも可能であったのみならず,実際にも,本件各営業譲渡契約において,譲渡対象である無担保貸付債権のうち過払金返還請求を受けたものに関して,基準日(平成12年6月1日)から2か月以内に被告が認識した場合には当該債権の元金残高相当額及び被告が債務者に対して過払金として返還する額を譲渡対価の基準額から控除すると具体的に定められていることからすると,被告は,本件各営業譲渡契約の締結当時,個々の譲渡対象の貸金債権に関して,みなし弁済が成立せず過払金返還債務が既に発生している可能性も高いし,将来債務者側から被告に対して本件各営業譲渡契約以前の取引に関する過払金の返還が求められる可能性も高いとの認識を有していたと考えられる。これに対して,消費者金融の利用者に過ぎない原告らは,本件各営業譲渡契約の締結当時,スカイ及び旧ハッピーに対して過払金返還請求権を行使できる立場にあることはもちろん,両社が破産手続に入ることによって,本件各営業譲渡契約以前の取引に関する過払金返還請求権を両社に行使することが現実には極めて困難になることの認識も全く有していなかったと考えられる。
以上検討したとおりの,貸金債権と過払金返還債務とが表裏一体の関係にあるという債権債務相互の性質に加えて,被告がスカイ及び旧ハッピーと原告らとの間の当初からの継続的な金銭消費貸借契約を前提にしてそのまま取引を継続し,これを基に原告らに対し債務残高の主張をして,利息制限法の制限を超過する利息に基づく利益を得てきた一方,原告らがスカイ及び旧ハッピーに対して過払金返還請求権を行使することは現時点では不可能に等しいという状況や,本件各営業譲渡契約以前の取引に関する過払金返還請求権行使の可能性についての被告・原告らの相互の認識状況・調査能力の相違などにかんがみると,仮に,被告が,スカイ及び旧ハッピーとの間で,本件各営業譲渡契約に係る譲渡対象の貸金債権に関して本件各営業譲渡契約以前の取引で発生した過払金返還債務については承継しないとの合意をしていたとしても,この合意を原告らに対して主張することは信義則上許されないというべきである。
したがって,被告は,原告らとの関係では,スカイ及び旧ハッピーが原告らに対して負っていた過払金返還債務(過払利息を含む。)の承継を拒否できないというべきであり,被告の原告らに対する過払金返還債務の算出に当たっては,原告Aに関しては,本件スカイ取引及び本件A・被告取引を通算して計算し,原告Bに関しては,本件旧ハッピー取引及び本件B・被告取引を通算して計算すべきこととなる。
3 争点②について
前記のとおり,本件各取引に関しては,借主である原告らは,貸主である被告に対して,制限超過部分の元本充当により計算上元本が完済となった後に債務の不存在を知らずに支払った金額について,それが貸金業法43条所定のみなし弁済の要件を充たさない限り,過払金として返還を請求できるという客観的状況にある。そして,被告らは,貸金業者であることからすると,本件各取引に関するこのような客観的状況を熟知しつつ本件各取引を続行していたものと窺われる。このような本件各取引に関する客観的状況とそれに関する被告らの認識状況とを併せ考えると,被告らは,本件各取引につき最初に過払金が発生した当時から,これが法律上の原因のない利得であることを知っていたものと推定される。そして,本件各取引に関してみなし弁済の成立を基礎付ける事実その他この推定を覆すに足る事実を裏付ける証拠はない。
したがって,被告らは,過払金の発生当初から,民法704条所定の悪意の受益者であったと認められる。
4 原告らが被告に対して有する過払金返還請求権のまとめ
前記2,3で検討したところを前提にして,被告が原告らに支払うべき過払金返還債務の額を計算すると,次のとおりとなる(なお,各過払金の「利息」の算定に当たっては,理論的には,各始期を各過払金発生当日と,各終期を各過払金発生直後の取引(弁済又は借入れ)の当日として計算した上,受益者に対して過払金の返還を求めることができるが,原告らは,各終期に関しては,各過払金発生直後の取引(弁済又は借入れ)の日の前日までとして計算の上,本訴請求を行っているので,当裁判所もこれに基づいて請求の認容額を定めることとした。)。
【原告A】
別紙計算書1のとおり,最終弁済日である平成17年6月27日時点における過払金は59万3591円と,同日の前日までに過払金につき生じた民法所定の年5分の割合による「利息」(民法704条前段)は3万8719円となり,結局,被告は,原告Aに対して,これらの金員の合計額63万2310円と内金59万3591円に対する同月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による「利息」(同条前段)とを支払うべきことになる。
【原告B】
別紙計算書3のとおり,最終弁済日である平成16年4月5日時点における過払金は109万3611円と,同日の前日までに過払金につき生じた民法所定の年5分の割合による「利息」(民法704条前段)は24万2583円となり,結局,被告は,原告Bに対して,これらの金員の合計額133万6194円と内金109万3611円に対する同月5日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による「利息」(同条前段)とを支払うべきことになる。
5 争点③について
貸金業者は,債務者から取引履歴の開示を求められた場合には,その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り,貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として,信義則上,保存している業務帳簿(保存期間を経過して保存しているものを含む。)に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負うものと解される。
被告は,顧客情報,契約書等の貸金契約に関する情報をスカイ及び旧ハッピーから承継している(前記1(1)ア)ことに照らすと,債務者である原告らから取引履歴の開示を求められた場合には,本件各営業譲渡契約以前の取引に関する履歴も含めて全ての履歴を開示すべきことは明らかであり,それにもかかわらず,前記1(4)及び(5)のとおり,一部の取引履歴の開示を行わなかったというのであるから,被告の行為には違法性がある。被告の取引履歴の不開示の結果,原告らは,自らの債務に関して正確に整理手続の選択をすることができず,不安な状態が続き,ついには本件各訴訟を提起せざるを得なくなり,精神的苦痛を受けたことも認められる(甲19,23)。したがって,被告は,原告らに対し,取引履歴の不開示により不法行為責任を負う。
そして,前記1(4)及び(5)のとおりの原告ら代理人弁護士による開示要求の状況,被告が当初開示しなかった部分の取引の期間と内容,被告は提訴後に至ってようやく全ての取引履歴を開示したという経緯などに照らすと,原告らの精神的苦痛を慰謝するための金額としては,各20万円を,本件各開示拒絶と相当因果関係を有する弁護士費用としては,各2万円を,それぞれ認めるのが相当である。さらに,被告が,原告らに対して,これらの損害賠償債務について,少なくとも本件各訴状送達の日の翌日から民法所定の年5分の遅延損害金を支払うべきことも明らかである。
第4結論
以上によれば,原告らの本件各請求は,いずれも主文の限度で理由があるからこれらを認容し,その余はいずれも理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき民訴法64条ただし書,61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項を,それぞれ適用して,主文のとおり判決する。
(裁判官 三輪方大)
<以下省略>