鹿児島地方裁判所名瀬支部 平成18年(ワ)201号 判決 2007年9月26日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,原告に対し,1884万2500円及びこれに対する平成18年3月28日から完済まで年6分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
3 仮執行宣言
第2事案の概要
1 請求の類型(訴訟物)
本件は,信用金庫である原告が,地方公共団体である被告に対し,被告がA株式会社(以下「A」という。)との間で締結した建設工事請負契約に係る請負代金債権につき,Aから譲り受けたと主張して,この請負代金債権の残金1884万2500円及びこれに対する建設工事完了日の翌日である平成18年3月28日から完済まで商法所定の年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
1) 被告は,A及び株式会社B(以下「B」という。)との間で,平成17年11月17日,Aを請負人とし,BをAが工事を完成することができない場合にAに代わって自ら工事を完成することを保証する工事完成保証人として,以下の内容の契約を締結した(以下「本件請負契約」という。)。
工事名 平成17年度施行 農業集落排水資源循環統合補助事業・a漁港漁村づくり総合整備事業17-3工区
工期 平成17年11月17日から平成18年3月27日まで
工事代金 3134万2500円
2) Aは,被告から本件請負契約に係る工事代金3134万2500円のうち1250万円を前払金として支払を受けた後,原告から融資を受けるため,原告に対し,平成17年12月7日,本件請負契約に係る工事残代金債権を譲り渡した(以下,この工事残代金債権を「本件残代金債権」といい,この債権譲渡を「本件債権譲渡」という。)。なお,本件請負契約には,特約として,Aが本件請負契約により生ずる権利義務を第三者に譲渡することはできない旨が定められていたが,同日,被告により「契約代金支払請求権譲渡申出・承諾書」(甲1。以下「本件承諾書」という。)が作成された。
3) Aは,平成18年3月,事実上倒産し,本件請負契約に係る工事を遂行することが不可能となり,被告に対し,同月7日,工事遂行不能届出書を提出した。そのため,被告は,工事完成保証人であるBに対し,同日,本件請負契約に係る工事の完成を請求し,Bは,同日,これを承諾し,Aから残工事の引渡しを受けて工事を施工し,同月27日,本件請負契約に係る工事を完成させた。
3 争点
本件残代金債権は,原告とBのいずれに帰属するか。
4 争点に関する当事者の主張
1) 原告
ア 工事完成保証人は,完成保証義務の履行請求がなされれば,請負人の権利・義務を重畳的に承継するのであって,請負人と工事完成保証人とが,履行すべき請負作業は完結した一箇の工事を目的とするものであるから,これに対応する請負代金債権は不可分的に請負人と工事完成保証人とに帰属すると解するべきである。したがって,本件請負契約に関しても,本件残代金債権は,請負人であるAと工事完成保証人であるBとに不可分的に帰属するのであって,このような性質を有する債権につき本件債権譲渡がされた以上,たとえBが工事を完成させたとしても,本件残代金債権は,本件債権譲渡を受けた原告に帰属するというべきである。
イ また,Bは,本件債権譲渡に関する保証人として本件承諾書に記名・押印した上,Aと共同で,被告に対して,原告への本件債権譲渡の承諾を求めているのであって,このことからも,Bが,本件請負契約に関する工事完成保証人に止まらず,本件債権譲渡に関する保証人となり,その結果,本件残代金債権が原告に帰属することを容認する意思であったことは明らかである。平成17年12月8日にAが本件承諾書を原告に持参した際には,既に本件承諾書にBの記名・押印がされていたのであって,原告がBに対して本件債権譲渡に関する保証意思を確認する余地も必要もなかった。原告は,本件債権譲渡に関する本件承諾書に工事完成保証人であるBの記名・押印もされていたことから,万一被告から工事完成保証人であるBに対して工事完成請求がされても,被告から本件残代金債権の弁済を受けられるとの合理的期待を有していたのであって,その期待を保護すべきである。
2) 被告
ア 本件請負契約においては,Bは,被告による工事完成請求があったときは,本件請負契約に基づくAの権利及び義務を承継するものとされているから,工事完成保証人であるBに対して工事完成請求がされ,Bが請負人であるAから未完成工事の引渡しを受けたとき,請負人の契約上の地位の交代が成立し,Aは請負人の地位を離脱するとともに,前払金を除いた本件残代金債権はAからBに移転承継され,Aはこれを失ったというべきである。Aが本件残代金債権を失った以上,Aから本件債権譲渡を受けた原告も本件残代金債権を保持することはできないのであって,本件残代金債権はBに帰属するというべきである。
仮に本件残代金債権が不可分債権だとしても,被告は,債権者の一人であるBに全額を弁済済みであるから,原告に対する弁済の効力も生じている(民法428条)。
イ Bは,本件承諾書について,「保証人」として記名・押印をしたに過ぎず,本件債権譲渡に関する「譲渡人」として記名・押印をしたわけではない。Bが本件承諾書に「保証人」として記名・押印をしたのは,Aがその時点で有していた本件残代金債権を原告に対して譲渡することを工事完成保証人として確認したに過ぎないのであって,被告から工事完成請求がされた場合に自らが承継することになる本件残代金債権までも原告に対して譲渡する意思は一切無かった。また,本件承諾書においては,被告の承諾する譲渡金額につき,譲渡人(A)からの申請を条件とした上,「契約担当者が行う検査において合格した部分に相応する金額」の範囲内において効力を有するとされており,本件残代金債権のうちAが自ら工事を完成させた部分のみについて被告が債権譲渡の承諾を認めたことは明らかであって,Aが前払金に相当する出来形の工事を行っていない以上,原告が本件残代金債権について権利行使をする余地はない。
第3争点に対する判断
1 当事者間に争いのない事実,摘示した各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実を認めることができる。
1) 被告は,A及びBとの間で,本件請負契約を締結したが,その際作成した「建設工事請負契約書」には,下記のとおりの記載がある(「甲」は,被告を,「乙」は,Aを,第39条における「工事完成保証人」は,Bをそれぞれ示す。)。
記
<前略>
(保証人)
第5条 乙は,工事を完成することができない場合に自己に代わって自ら工事を完成することを保証する他の建設業者を,工事完成保証人として立てなければならない。
2 前項の保証人は,甲の定める基準の範囲内において選定しなければならない。
(権利義務の譲渡等)
第6条 乙は,この契約により生ずる権利又は義務を第三者に譲渡し,又は承継させてはならない。ただし,甲の書面による承諾を得た場合は,この限りでない。
<中略>
(工事完成保証人)
第39条 甲は,乙が次の各号の一に該当するときは,工事完成保証人に対して工事を完成すべきことを請求することができる。
・ 工期内又は工期経過後相当の期間内に工事を完成する見込みがないと明らかに認められるとき。
・ 正当な理由がないのに,工事に着手すべき時期を過ぎても工事に着手しないとき。
・ 前2号に掲げる場合のほか,契約に違反し,その違反により契約の目的を達することができないと認められるとき。
2 工事完成保証人は,前項の請求があったときは,第6条第1項の規定にかかわらず,この契約に基づく乙の権利及び義務を承継する。
<後略>
2) 原告のb支店では,Aから,平成17年12月6日,融資の申入れを受けた際,Aに対して,融資のためには,融資金に関する担保としてAから本件残代金債権の債権譲渡を受けるとともに,この債権譲渡につき被告の承諾を得ることが必要であると告げた。これを受けて,Aは,本件債権譲渡に関して本件承諾書を作成し,「譲渡人」欄に自ら記名・押印し,「保証人」欄にBから,「譲受人」欄に原告のb支店からそれぞれ記名・押印を受けた上,被告に提出し,平成17年12月7日付けで,被告から本件債権譲渡を承諾する旨の記名・押印を受けた。
本件承諾書は,Aらが被告に対して本件債権譲渡の承諾を求める上欄の部分(譲渡申出書部分)と被告が本件債権譲渡を承諾する旨の下欄の部分(承諾書部分)とから構成される。
上欄には,本件請負契約の履行に関し債務を負ったため,被告に対して有する契約代金支払請求権を原告に譲渡したいので,譲渡人であるA,譲受人である原告及び「保証人」であるBが連署の上,被告の承諾を求める旨の記載があるとともに,「譲渡に係る金額」として,下欄の承諾書部分を引用する形で,「譲渡人から申請があった場合に承諾書2に相当する金額」との記載,「契約金額」として,「31,342,500円」,「既受領額」として,「12,500,000円」,「差引残額」として,「18,842,500円」との各記載がある。
下欄には,「契約代金支払請求権譲渡承諾書」と題した上,次のとおりの記載と共に被告の記名・押印がある。
「申出に係る契約代金支払請求権の譲渡は,下記のとおり承諾します。
記
1, 承諾譲渡金額譲渡人から申請があった場合に承諾書2に相当する金額
2, 1.の承諾譲渡金額は,契約担当者が行う検査において合格した部分に相応する金額(譲渡人が契約代金の前金払又は部分払を受けているときは,当該前払金又は部分払に係る額を,譲渡人がその責めに帰すべき理由により損害金等を徴収されるときは当該損害金等を控除した額)の範囲内において効力を有するものとする。」
3) 原告は,Aから,平成17年12月8日,本件承諾書の提出を受けたことから,禀議を経た上,同月12日,Aに対して,1600万円の融資(以下「本件融資」という。)を実行したが,この際,Aの代表取締役ほか2名との間で,本件融資に関して連帯保証契約を締結したものの,Bは,本件融資に関する連帯保証人になってはいない。
原告は,本件債権譲渡に関して,Bとの間で,本件承諾書以外に何らの書面も作成していないのみならず,Bに対して,本件融資に先立ち,本件承諾書の内容や作成経緯等を確認するなどしていない。なお,原告は,本件融資に先立ち,本件融資に係る連帯保証人に対しては,連帯保証人になる旨の意思確認をしている。
4) 本件請負契約に関して被告から工事完成請求を受けたBは,平成18年3月27日,本件請負契約に係る工事を完成させ,同年4月7日,本件残代金債権に関して,被告から,1884万2500円の支払を受けた。なお,Aは,被告から1250万円の前払金を受けているが,BがAから残工事の引渡しを受けた時点でのAによる工事出来形は11.554%(金額にして362万1000円相当)に過ぎない。
2 前記1の認定事実を前提に検討する。
1) 公共工事においては,注文者側が請負契約の締結に当たって工事完成保証人を立てることを請求することが多いが,これは,一般的に,役務には提供者の個性が深く絡んでおり,提供者独自の技術や手法があるため,役務の提供が途中で中断された場合,同一内容の役務を同一条件で第三者に提供させることには困難が伴うこと,特に建設工事においては,各種の専門工事業者との間で下請契約を締結していることが多いが,請負人が経営不振で工事を中断した場合には,下請負人との間での代金不払い等のトラブルも多いこと,また,中断工事の続行には施工上の手戻りも多いことなどから,予め請負人が工事を完成することができない場合に備えて,請負人に代わって残工事の完成を引き受ける工事完成保証人を確保して,公共工事をできるだけ円滑に完成させる目的によるものである。このような工事完成保証人が徴求される目的に加えて,本件請負契約では,前記1の1)のとおり,「建設工事請負契約書」の第39条第2項において,工事完成保証人たるBは,被告から工事完成請求があった場合には,本件請負契約に基づくAの「権利及び義務を承継する」と定められていることに照らすと,注文者である被告から工事完成保証人であるBに対して工事完成請求がされ,Bがこれを承諾して請負人であるAから未完成工事の引渡しを受けたとき,請負人の契約上の地位の交代が成立し,Aは請負人の地位を離脱するとともに,本件残代金債権はAからBに移転承継され,Aはこれを遡及的に失ったと解するのが相当である。これを本件残代金債権の譲渡を受けた原告の側から見た場合,Aの被告に対する本件残代金債権は,本件残代金債権の債務者である被告から工事完成保証人に対して工事完成請求がされること及び工事完成保証人がこれを承諾して残工事の引渡しを受けることを解除条件とするものであり,この解除条件が成就した場合には,Aの被告に対する本件残代金債権は,遡及的に消滅すると解され,このような債権の譲渡を受けた原告も被告に対して本件残代金債権を遡及的に失うと考えられる。そして,この解除条件が成就した場合には,被告に対する本件残代金債権は,工事完成保証人たるBのみに帰属することとなる。
この点,原告は,本件残代金債権は,請負人であるAと工事完成保証人であるBとに不可分的に帰属するのであって,このような性質を有する債権につき本件債権譲渡がされた以上,たとえBが工事を完成させたとしても,本件残代金債権は,本件債権譲渡を受けた原告に帰属すると主張するが,このように捉えることは,前記のとおりの工事完成保証人を徴求する目的及び本件請負契約の文言と整合しない。加えて,本件請負契約のうち工事完成保証人に関する文言は,昭和47年改正後の公共工事標準請負契約約款とほぼ同様であるが(なお,同約款は,その後も数次の改正が行われている。),昭和47年改正前の同約款における工事完成保証人の権利義務に関する文言は,工事完成保証人は工事完成請求があったときは,請負人に「代わってこの工事を完成する責を負うものとする」とされていたところ,この文言では,工事完成保証人が残工事を施工しても工事残代金債権を行使することができないことになるが,それでは不合理であるとの反省などから,同年に改正が行われたと窺われることに鑑みると,原告の主張する解釈が不合理であることは明らかである。
2) ところで,原告は,Bは,本件債権譲渡に関する保証人として本件承諾書に記名・押印しているとして,Bが,本件請負契約に関する工事完成保証人に止まらず,本件債権譲渡に関する保証人となり,その結果,本件残代金債権が原告に帰属することを容認する意思であったと主張する。
たしかに,本件承諾書において,Bの肩書きは,「保証人」と記載されている。しかし,Bは,前記1の2)のとおり,被告に対して本件債権譲渡の承諾を求める上欄の部分(譲渡申出書部分)に記名・押印しているに過ぎず,本件承諾書には,Bが本件債権譲渡の保証人となる旨の記載もなければ,前記1)のとおりの解除条件を充たせばBが被告に対して取得することになる本件残代金債権を原告に譲渡する旨の記載もない。それどころか,本件承諾書には,本件債権譲渡の譲受人たる原告に向けた何らかの意思表示を窺わせるような記載は一切ないのであって,本件承諾書は,原告とBとの間の権利関係を何ら規定・創設するものではないといわざるを得ない。しかも,原告は,本件債権譲渡に関して,Bとの間で,本件承諾書以外に何らの書面も作成していないのみならず,Bに対して,本件融資に先立ち,本件承諾書の内容や作成経緯等を確認するなどしてもいない(前記1の3))のであって,万一被告から工事完成保証人であるBに対して工事完成請求がされても被告から本件残代金債権の弁済を受けられるとの原告の期待は,一方的な期待に過ぎず保護に値しないというべきである。原告としては,本件融資に当たって本件残代金債権の担保的価値を十分保全するためには,Bとの間で,直接,本件債権譲渡に関する合意をしておくべきだったのである。結局,本件承諾書にBが記名・押印したのは,Aがその時点で有していた本件残代金債権を原告に対して譲渡することを工事完成保証人として確認したに過ぎないというべきである。
なお付言すると,請負人と工事完成保証人とは,それぞれが施工した出来高に応じて注文者から割合的に工事代金を回収できる権利を有するとの見解も見受けられるが,この見解は,それを裏付ける理論的根拠が脆弱であって採用が困難であるし,本件では,前記1の4)のとおり,請負人たるAは,自らの施工した出来高を遥かに上回る前払金を受けていることに鑑みると,本件残代金債権の一部の支払を原告が受けると考える余地もない。
3) 以上のとおり,被告に対する本件残代金債権は,Bに帰属することになるから,原告の被告に対する本件請求は認められない。
第4結論
以上によれば,原告の本件請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないから,これを棄却することとする。
(裁判官 三輪方大)