鹿児島地方裁判所名瀬支部 平成20年(ワ)287号 判決 2009年6月24日
主文
1 被告が別紙担保権目録記載の抵当権に基づいて別紙物件目録記載1及び2の各土地に対してなした当庁平成18年(ケ)第34号担保不動産競売申立事件の担保不動産競売手続は、これを許さない。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 第1項の各土地について当庁が平成20年7月31日になした不動産担保権実行停止決定は、これを認可する。
4 この判決の第3項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
主文第1項と同旨
第2事案の概要
本件は、被告が別紙担保権目録記載の抵当権(本件抵当権)に基づく別紙物件目録記載1及び2の各土地(本件土地)に対してなした担保不動産競売手続について、原告が、平成8年10月24日の経過をもって本件土地の所有権を時効取得した旨主張し、民事執行法上の異議権に基づき、同競売手続の排除を求める事案である。
1 前提事実
以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠(甲1ないし11、乙1ないし3)及び弁論の全趣旨により容易に認められる。
(1) A(A)は、昭和45年3月当時、下記の土地(旧土地)を所有していた。
記
所在 大島郡<以下省略>
地番 <省略>
地目 原野
面積 2万9553m2
(2) Aは、原告に対し、同月、旧土地を代金45万円で売り渡したが、同土地の所有権移転登記手続をしなかった。
(3) 原告は、遅くとも昭和45年3月31日、サトウキビの作付けをして旧土地の占有を開始し、平成11年2月23日に同土地が土地改良事業の対象となるまで、同土地で耕作を行い占有を継続した。同日、旧土地に代わる一時利用指定地として別紙物件目録記載1の土地が指定され、平成13年3月9日、同じく一時利用指定地として同目録記載2の土地が指定されたが、原告はこれらの土地の占有を継続した。旧土地は、平成17年3月の換地処分によって本件土地を含む4筆の土地に換地されたが、原告は、上記換地処分以降も、本件土地を占有している(上記換地処分により、旧土地の占有を本件土地の占有と同視できるので、両者を併せて本件土地の占有という。)。
(4) B(B)は、昭和47年10月8日、旧土地をAから相続し、昭和57年1月13日、その旨の登記手続をした。また、Bは、被告に対し、昭和59年4月19日、本件抵当権を設定し、昭和61年10月24日、別紙登記目録記載2の抵当権を設定した上、それぞれその旨の登記手続をした。原告は、これらの事実を知らないまま、本件土地を占有し続けた。
(5) 平成18年9月29日、被告の申立てにより、本件抵当権に基づき、本件土地について、担保権の実行としての競売手続開始決定がなされ、債権者である被告のために差押えがなされた(当庁平成18年(ケ)第34号)。この担保不動産競売手続については、原告の申立てにより、平成20年7月31日に停止決定がなされた。
(6) 原告は、Bに対し、平成20年8月9日、本件の関連事件である土地所有権移転登記手続等請求事件(当庁平成20年(ワ)第288号)の訴状の送達をもって、本件土地の取得時効を援用するとの意思表示をした。
(7) 本件土地には、別紙登記目録記載1及び2の各抵当権設定登記(本件抵当権設定登記1及び2)が存在する。なお、同目録記載2の抵当権は、債務者が平成9年12月11日に被担保債権を完済したことにより、すでに消滅している。
2 争点
(1) 原告が援用した取得時効(本件取得時効)の起算点は、原告の占有開始時(昭和45年3月31日)と本件抵当権設定登記2の経由時(昭和61年10月24日)のいずれであるか(本件取得時効の起算点)
(2) 本件取得時効の起算点が本件抵当権設定登記2の経由時であるとした場合、原告が時効取得する所有権は抵当権の負担を負うか(原告が時効取得する所有権の内容)
3 争点についての当事者の主張
(1) 争点(1)本件取得時効の起算点
ア 原告
昭和36年判決(最高裁昭和34年(オ)第779号同36年7月20日第一小法廷判決・民集15巻7号1903頁参照)によれば、不動産の取得時効が完成しても、その登記がなければ、その後に所有権取得登記を経由した第三者に対しては時効による権利の取得を対抗しえないが、第三者の登記後に、占有者がなお引き続き時効取得に必要な期間占有を継続した場合には、その第三者に対し、登記を経由しなくとも時効取得をもって対抗しうる。
原告は、昭和45年3月31日、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と、自己が所有者であると信じるにつき善意かつ無過失で本件土地の占有を開始し、これを10年間継続したのであるから、昭和55年3月31日の経過をもって、取得時効が完成したといえる。そうすると、被告が本件抵当権設定登記1及び2を経由したのはいずれも取得時効完成後となるが、原告は、被告が本件抵当権設定登記2を経由した後、更に10年間本件土地の占有を継続したのであるから、平成8年10月24日の経過をもって、再度取得時効が完成したというべきである。
よって、本件取得時効の起算点は、被告が本件抵当権設定登記2を経由した昭和61年10月24日であり、原告は、昭和36年判決の法理により、被告に対し、登記を経由しなくとも時効取得をもって対抗しうる。
被告がその主張の根拠とする平成15年判決(最高裁平成12年(受)第1589号同15年10月31日第二小法廷判決・裁判所時報1350号10頁参照)は、取得時効を主張する者が既に最初の取得時効を援用してその旨の登記も経由した後に、再度抵当権設定時を起算点とする取得時効を援用するものであって、本件とは事案を異にする。
イ 被告
本件は、昭和36年判決の射程外である。同判決の事案は、所有権と所有権という両立しえない権利の対抗関係に関する事案であるが、本件における原告の所有権と被告の抵当権は両立しうるものであって、本件は同判決と事案を異にする。また、同判決は、時効期間は時効の基礎となる事実の開始された時を起算点として計算することを要し、時効援用権者が任意にその起算点を選択して時効完成の時期を早めたり遅らせたりすることはできないとする昭和35年判決(最高裁昭和32年(オ)第344号同35年7月27日第一小法廷判決・民集14巻10号1871頁参照。)の例外を認めたものであって、これを安易に拡張すべきではない。
むしろ、本件は、平成15年判決の法理が適用されるべき事案である。同判決は、取得時効の援用により不動産の所有権を取得してその旨の登記を有する者は、当該取得時効の完成後に設定された抵当権に対抗するため、その設定登記時を起算点とする再度の取得時効を援用することはできないとするものである。本件において、原告は、昭和55年3月31日の経過をもって完成した本件土地の取得時効を援用しておらず、その旨の登記も経由していないが、取得時効を援用し、その旨の登記を経由した者を、これらを怠った者よりも不利に扱うのは不合理であるから、平成15年判決の法理は本件にも及ぶというべきである。
よって、本件取得時効の起算点は、原告が本件土地の占有を開始した昭和45年3月31日であり、原告は、時効により不動産の所有権を取得しても、その登記がないときは、時効完成後に所有権を取得し登記を経た第三者に対し、所有権の取得を対抗できないとする昭和33年判決(最高裁昭和30年(オ)第15号同33年8月28日第一小法廷判決・民集12巻12号1936頁参照。)の法理により、本件取得時効完成後に本件抵当権設定登記1を経由した被告に対し、登記なくしてその所有権を対抗できない。
(2) 争点(2)原告が時効取得する所有権の内容
ア 原告
所有権の時効取得はいわゆる原始取得であるから(大審院大正6年(オ)第888号同7年3月2日第三民事部判決・民録24輯423頁参照。)、原告は、取得時効の援用により、本件土地につき時効完成前に設定された抵当権による制限のない完全な所有権を取得する。民法397条も、抵当不動産の時効取得により抵当権が消滅する旨定めており、本件においても同条が適用される。
イ 被告
平成15年判決は、所有権の時効取得と抵当権が両立する関係にあることから、時効完成後に抵当権の設定を受けた者がその登記を経由した後、当該抵当不動産を時効取得した者は、抵当権付きの所有権を取得したことになるとしたものであり、抵当権の設定登記の時点を起算点とする民法397条の適用を否定したものと理解するべきである。同判決によれば、占有開始時を起算点とする時効完成後に第三者が抵当権設定登記を経由した場合、たとえ占有者がその登記時から時効完成に要する期間、不動産の占有を継続したとしても、同占有者は抵当権付きの所有権を時効取得するにすぎないことになるから、昭和36年判決が適用される余地はなくなる。このように解することが、占有者の占有権原や占有態様等を把握することが困難で、時効中断のための有効な手段を持たない抵当権者の保護に資する。
よって、原告の占有開始時を起算点とする時効完成後に被告が抵当権設定登記を経由した本件においては、平成15年判決の法理により、原告は被告の抵当権が付いた本件土地の所有権を取得するにすぎない。
第3争点についての判断
1 争点(1)本件取得時効の起算点
(1) 前記の事実関係によれば、原告は、遅くとも昭和45年3月31日から、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と本件土地の占有を開始し、その占有開始時において、本件土地を所有すると信じるにつき善意かつ無過失であったものと認められる。そして、原告は、その後も本件土地の占有を継続しているのであるから、占有開始時から10年に当たる昭和55年3月31日の経過をもって、本件土地につき取得時効が完成したというべきである。
これを前提とすると、被告は、上記時効完成後の昭和59年4月19日及び昭和61年10月24日に各抵当権設定登記を経由しているから、原告は、取得時効を援用したとしても、被告に対して時効による所有権の取得を対抗することができず、被告の抵当権が設定された本件土地の所有権を取得できるにすぎないことになる(昭和33年判決参照)。
しかしながら、前記認定のとおり、原告は、被告が各抵当権設定登記を経由した後も、Bによる相続や被告に対する抵当権設定の事実を知らないまま、所有の意思をもって、平穏に、かつ、公然と本件土地を占有し続けており、被告の上記各登記時も、本件土地を所有すると信じるにつき善意かつ無過失であったと認められる。そして、原告は、被告による本件抵当権設定登記2の経由後、時効取得に必要な10年を経た平成8年10月24日経過時まで本件土地の占有を継続したと認められるから、被告に対し、登記を経由しなくとも時効取得をもって対抗しうる(昭和36年判決参照)。すなわち、本件取得時効の起算点は、被告が本件抵当権設定登記2を経由した昭和61年10月24日と解するべきである。
(2) これに対し、被告は、上記のような解釈は、時効の基礎たる事実の開始された時を取得時効の起算点とし、その任意の選択を許さないとする判例法理(昭和35年判決、平成15年判決参照)に反する旨主張する。そして、同法理の例外を認めた昭和36年判決は、その射程範囲をなるべく狭く解するべきであって、原告の所有権と被告の抵当権の対抗関係が問題となる本件においては、平成15年判決の法理が適用されるべきであるとする。
しかしながら、以下のとおり、被告の主張は理由がない。
すなわち、最高裁の判例法理によれば、時効完成前に原所有者から所有権を譲り受けた第三者に対しては、時効取得者は登記なくして時効による所有権の取得を対抗することができ(最高裁昭和41年(オ)第629号同42年7月21日第二小法廷判決・民集21巻6号1653頁参照。)、時効完成後に所有権を譲り受けた第三者に対しては、登記がなければ時効による所有権の取得を対抗できず(昭和33年判決)、この峻別の実効性を保つため、時効期間は、時効の基礎となる事実の開始された時を起算点として計算することを要し、時効援用者が任意にその起算点を選択して、時効完成の時期を早めたり遅らせたりすることはできない(昭和35年判決)。昭和36年判決は、このような判例法理を前提とした上で、第三者の登記後、占有者が更に時効取得に必要な期間占有を継続した場合に、昭和35年判決の例外として、第三者の登記の時点を起算点とする取得時効の援用を認めたものである。これは、上記のような場合、占有者は第三者の登記の時点から新たな他人の物の占有を開始したとみることができる上、時効の援用を認めた方が、永続した事実状態の尊重による法律関係の安定という取得時効制度の趣旨に沿うからであると解される。また、第三者の登記後に改めて時効取得に必要な期間占有を継続することを条件とすれば、昭和35年判決が禁じた占有者による起算点の恣意的な選択を防げることも考慮されているといえる。他方、昭和36年判決のような例外を認めないとすると、時効完成後に第三者が所有権移転登記を経由した場合、その後占有者がいかに長く当該不動産の占有を継続したとしても、上記第三者に対し所有権の取得を対抗できないことになり、取得時効制度の趣旨が没却されかねない。また、占有者が第三者の登記後に何らかの事情で一旦占有を中断して再開した場合、その中断時を起算点として新たに時効期間が進行することになるが、このように占有を中断した者の方が占有を継続した者より有利な結果を得るのは相当でない。
以上のような判例法理は、第三者が原所有者から抵当権の設定を受けた本件においても、当然に適用されるというべきである。被告は、第三者が抵当権者である本件においては、平成15年判決の法理が適用されるとするが、同判決の主眼は、その理由付けからも明らかなとおり、第三者が抵当権者であったことではなく、一度占有開始時を起算点とする取得時効を援用し、所有権移転登記を経た占有者が、時効完成後に抵当権設定登記を経由した第三者に対抗する方便として、再度の取得時効を援用するのを禁止することにあったと解するべきである。このような場合に再度の時効の援用を認めることは、占有者による恣意的な起算点の選択を許すことになり、まさに昭和35年判決が禁止するところである。
本件において、原告は、占有開始時を起算点とする取得時効を援用しておらず、その旨の登記も経由していない。この場合、平成15年判決の事案とは異なり、原告が援用した取得時効の起算点を本件抵当権設定登記2の経由時と認めたとしても、原告に起算点の恣意的な選択を許したことにはならない。そして、原告は、上記登記経由時から、新たに抵当権の設定された本件土地の占有を開始したとみることができる上、上記時点を起算点とする取得時効の援用を認めることは、原告が被告の抵当権設定登記後も長期間本件土地の占有を継続した事実を尊重することにつながり、時効制度の趣旨にも沿うといえる。
よって、本件には昭和36年判決の法理が適用されるというべきである。
2 争点(2)原告が時効取得する所有権の内容
(1) 民法397条は、債務者又は抵当権設定者以外の者が抵当不動産につき取得時効に必要な条件を具備した占有をしたときは、抵当権は消滅する旨を定めているが、この規定は、所有権の時効取得がいわゆる原始取得であることから、その反射的効果として時効完成前に設定・登記された抵当権は消滅するという当然のことを定めたものであると解される。
本件においても、原告は、債務者や抵当権設定者ではない上、本件土地の占有継続によりその所有権を時効取得するのであり、その起算点は、前記のとおり昭和61年10月24日であると認められる。そして、本件抵当権は、同日を起算点とする時効完成前の昭和59年4月19日に設定・登記されたものであるから、原告による本件土地の時効取得の反射的効果として消滅するというべきである(なお、占有者が抵当権の存在を容認して占有を継続した場合には、抵当権の負担の付いた所有権を時効取得すると解する余地もあるが、本件がこれに当たらないことは明らかである。)。
(2) この点に関し、被告は、平成15年判決について、抵当権設定時を起算点とする民法397条の適用を否定したものと理解すべきであって、原告は被告の抵当権の付いた本件土地の所有権を取得するにすぎない旨主張する。そして、このように解することが、抵当不動産の時効取得につき、占有者の占有状況を把握したり、時効中断の措置をとったりすることが事実上困難な抵当権者の保護に資するとする。
しかしながら、前記のとおり、平成15年判決は、占有者に時効の起算点の任意選択を許さないという従来の判例法理を確認したものであり、被告の主張するような趣旨まで含むものとみることはできない。また、占有状況の把握や時効中断が困難であるという事情は、抵当権者が時効完成前に抵当権の設定を受けた場合と、時効完成後に設定を受けた場合とで差異はない。被告のように解するとすれば、前者の場合にも占有者は抵当権の負担の付いた所有権を取得すると解さないと一貫しないが、これは従来の判例法理や民法397条と矛盾する。被告の主張は採用できない。
第4結論
以上によれば、原告は、取得時効の援用により、昭和61年10月24日にさかのぼって本件土地の所有権を原始取得し、これを登記なくして被告に対抗することができるから、民事執行法上の異議権に基づき、本件土地について担保権実行としての競売手続の排除を求めることができる。
よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。
(裁判官 内田哲也)
(別紙)担保権目録<省略>
物件目録<省略>
登記目録<省略>