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麻生簡易裁判所 平成18年(サ)57号 決定 2006年5月02日

東京都新宿区西新宿二丁目3番地1

申立人(被告)

日本ファンド株式会社

代表者代表取締役

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相手方(原告)

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訴訟代理人弁護士

谷靖介

主文

本件移送の申立てを却下する。

理由

1  基本事件

消費者である相手方が貸金業者である申立人に対し,これまで借受金の弁済をした金員について,利息制限法所定の利率を超える金員を支払っていたので同法所定の利率による引き直し計算をした結果,過払金が発生しているとして,不当利得返還請求権に基づき,16万2046円及び内金15万9609円に対する遅延損害金の支払いを求めるものである。

2  移送申立の理由及び相手方の意見

申立人は,当事者間の極度額設定借入契約に関して生じた紛議については申立人の本店所在地を管轄する裁判所を第一審裁判所とする旨の専属的管轄合意があると主張して,民事訴訟法16条に基づく東京府簡易裁判所への移送を求めた。これに対し,相手方は,専属的管轄合意は存在しない等と主張して移送に反対する。

3  当裁判所の判断

(1)一件記録によれば,極度額設定兼借入契約書兼借入申込書(以下「基本契約書」という。)裏面の日本ファンド・メールローン規定(以下「ローン規定」という。)第9条には合意管轄裁判所との見出しで「本ローンに関して生じた紛議については,訴額のいかんにかかわらず,当社の本店,支店を管轄する裁判所を管轄裁判所とします」と記載されており,申立人の住所はこの決定書の当事者の表示に記載のとおりであるから,これによれば,申立人が移送を求める東京簡易裁判所は,当事者間において管轄が合意された裁判所であると認められる。

(2)他方,基本事件において相手方が申立人に求めている不当利得返還請求の義務履行地は相手方の住所であるから,相手方の住所地を管轄する当簡易裁判所も基本事件の管轄裁判所である。

(3)申立人は上記(1)の管轄合意条項を根拠に,民事訴訟法16条に基づく移送を求めているのであるから,申立人はこの合意をもって,上記(2)のごとき他の法定の管轄裁判所への訴えを排除するいわゆる専属的管轄の合意であると主張しているものと思われる。

(4)ところで,当事者の合意によって定まる裁判所の管轄には,他の法定の管轄を排斥して合意した裁判所のみに管轄を限定する専属的合意管轄と,他の法定の管轄を排斥することなく合意した裁判所との管轄の併存を認める競合的(併存的)合意管轄の両者があり,具体的にそのいずれに属するかは当事者の合意の意思解釈に帰するところ,他の法定管轄裁判所を排除し特定の裁判所のみを管轄裁判所とすることが明白であり,かつ,そのように合意することに正当かつ合理的理由がある等特段の事情が認められない限り,当該合意は競合的(併存的)合意管轄を定めたものと解するのが相当である。

(5)そこで,検討するに,基本事件の要旨は上記1記載のとおりである。そして,基本契約書のローン規定には上記(1)記載のとおりの条項があるが,この条項のみによっては法定の管轄裁判所を排斥したものとは認められない。

申立人は,申立人会社の営業は東京都新宿区所在の本店のみで行っており支店,営業所はないと主張する。

確かに,基本事件を当裁判所で審理すれば申立人に時間的経済的負担を負わせることになるが,東京簡易裁判所で審理すれば,逆に相手方にこの負担を負わせることになる。申立人は,インターネットや携帯電話による融資受付という方法で顧客を得るという営業形態を採り,全国的に大規模に貸金業を展開する会社である。他方,相手方は500万円以上の負債を抱えた収入の乏しい一般市民であり,法令の正当な要件を満たすことなく利息制限法所定の利率を超えた金利で貸し付けたと考えられる申立人らの金融業者からの過払金の返還を以て経済的再起を図ろうとしている者である。このような場合,基本事件のごとく申立人にとって例外的な事故事案の際に生ずる訴訟遂行のため経費増加等の若干の不利益が発生したとしても,それによる被害は,相手方のそれと比べれば著しいものにとはいえない。したがって,申立人の上記主張を以て,ローン規定9条を専属的管轄裁判所の合意と解するに正当かつ合理的理由がある特段の事情とは認められない。

(6)その他一件記録によるも,ローン規定9条を専属的管轄裁判所の合意と解するに正当かつ合理的理由がある特段の事情は認められず,また,基本事件を東京簡易裁判所に移送することを相当とする特別の事情や必要性も認められない。むしろ,基本事件の内容及び当事者間の衡平を図る見地からすれば,当裁判所で審理することが相当である。

4  結論

以上の次第であるから,相手方が基本事件を当簡易裁判所に提起したことは適法であり,申立人の本件移送の申立ては理由がないので,主文のとおり決定する。

(裁判官 永田一元)

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